否定派の主張

日本軍は強姦を取り締まった。強姦事件は当時の正式な報告もあるが、肝心な点はそれらが「ちゃんと処罰されている」という点である。また強姦は個人的な犯罪であるし、日本軍に責任はない。

反論

(1)処罰されたのは九牛の一毛である。
強姦件数は少な目に見て、8000件、一般には2万件と言われる。その中で起訴・処罰されたのは第十軍法務日誌(小川関治郎)では数件にとどまる。処罰されたのは0.1%以下ということになる。わかっていてもあまりに件数が多いのでいちいち捕まえられなかった。公然と見逃された例もある(ラーベの日記12月18日の項)。これをもって「処罰された」では到底すまされないだろう。

(2)陸軍刑法は強姦を取り締まるのには不十分な規定であった。
強姦は親告罪とされていた。このため兵士の多くは憲兵に知られるのを防ぐため強姦後殺害に及ぶという、いっそう凶悪な行為に走った。当時の陸軍刑法には独立した強姦罪の規定がなく、「略奪の罪」の中に強姦罪が包含されていたにすぎない。

陸軍刑法第八六条
「戦地又は帝国軍の占領地に於て住民の財物を略奪したる者は一年以上の有期懲役に処す。前項の罪を犯すに当り婦女を強姦したるときは無期又は七年以上の懲役に処す」
(参考:吉田裕『天皇の軍隊と南京事件』p86)

この陸軍刑法が改正され、強姦罪が独立の項目となり、強姦にともなう殺傷をも取り締まる趣旨を明確にしたのは昭和17年(1942年)のことである。

(3)強姦頻発後の抑止策はほとんど取られなかった。
多数の強姦が起こったことを知った後も軍の上層部は効果的な抑止策を取らなかった。訴え出る部署も設けられたという資料はない。ベルリン強姦の際にソ連軍が行ったように強姦をはたらいた兵士を銃殺刑を行って強姦を終息させるということもしなかった。

強力に強姦禁止策を取らなかったのは、性欲の禁圧が対上官抗命に及ぶことを恐れたからである。事実、強姦罪で起訴されたものは強姦罪一本ではなく、他に上官抗命など重要な軍規違反を伴うために起訴に及んだものもある。徹底的に兵士を抑圧して侵略戦争に向かわせるという日本軍の体質が兵士をして最も弱い立場である中国市民、婦人に向けられた暴力を引き起こさせたのである。そのことを知る軍上層部は積極的な強姦抑制策を取らなかった。やむを得ないものと考えるからこそ、従軍慰安婦制度を創設することにしたのである。

(4)日本軍の教育、体質に真の責任がある。
兵士たちの大多数は出征前も、帰郷後も健全な市民であった。決して生まれながらの犯罪者ではなかった。その兵士たちがためらうことなく戦地で強姦に及んだのは日本軍の教育なり、制度こそが強姦を引き起こすような環境を与えていたと結論せざるをえない。

(5)個人的な犯罪では済まされない。
南京では小隊、分隊単位で女性の拉致・監禁・輪姦を行われている。これは立派な軍の組織としての行動である。この行動が師団、連隊としての命令に基づいていないから組織行動ではなかったと捉えるのは正確ではない。あらゆる階級において上官命令の無視の風潮がまん延しによって、小隊、分隊単位の自主的・組織的な強姦活動が発生したとらえるべきであろう。

強姦の証言に対するウヨクの奇異な反発は何を示すのか
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