*解説
安全区国際委員会が提出した「日本軍の暴行の記録」の最初の提出分は第十五件まである。ここでは最初の十件に限って、それぞれの報告の信憑性について論じてみる。ところで、この「日本軍の暴行の記録」は洞富雄氏の訳出によるタイトルであるが、否定派は訳に誤りがあるとなどと攻撃している。実際には洞氏の訳に重大な誤りはないが、否定派の訳によっても信憑性は損なわれていないことを示すため、あえて報告の信憑性を検証するための底本として否定派である冨澤繁信氏が訳したものを用いることにする。この場合タイトルは「不法行為の事例」となっている。

第八号 安全地帯における日本兵の不法行為の事例 一九三七年一二月六日提出
[注]以下のものは私どもが綿密に調べる時間を持てた事例に過ぎず、私どもの担当者にはもっと多くの事例が報告されています。

本報告の最後に確認済みという一文があるのを参照のこと。ここで報告されなかった事例というのは、確かな目撃者、多数の目撃者、複数の筋からの情報などが得られなかった伝聞ということだ。
第一件 十二月十五日、日本兵達によって安全地帯衛生委員会第二区の道路清掃員六名が彼らの住んでいた鼓楼の家屋内で殺され、一名は銃剣で重症を負った。彼らは私どもの従業員であって、殺傷の理由は一切不明。兵士達はその家屋に侵入したのです。

被害者たちは国際委員会が組織した「衛生委員会」のメンバーであった。重症を負った一名はメンバーの医師ウィルソンが勤める病院に担ぎこまれたと思われる。殺された人数が確定されているということは、重症を負った被害者から、あるいは彼の同僚などの証言があると思われ、証拠として十分である。
第二件 十二月十五日午後四時、金陵女子学院の門の近くで米を積んだ荷車一両が日本兵達に奪われた。

おそらくは荷車と米の持ち主が知らせて来たのであろう。また、学院には多数の女性が収容されており、昼間に門の近くで起こった事件には目撃者もいたことであろう。
第三件 十二月十四日夜、第二分区の住人数名が各家庭から追い立てられ、一切合切奪われてしまった。その分区の長は彼自身日本兵達に二度も略奪された。

被害者家族が数家族いるのであるから、お互いに証人となることができるだろう。分区の長があるいは報告に来たのかも知れず、その彼自身二度略奪されたというのは印象的な記載である。
第四件 昨十二月十五日夜、日本兵七名が南京大学図書館に入りこみ、中国人女性難民七名を捕まえて、内三名はその場で犯された。(本件の詳細は追って南京緊急対策委員長M・S・ベイツ博士が提出の予定)。

南京大学はベイツの勤務先であり、図書館職員たちが管理していたと考えられる。そこで事件が起こったとすれば職員らが目撃したり、彼女たちから事情を聴取したと思われる。
第五件 十二月十四日夜、日本兵が中国人の家に侵入し、女性を犯したり、拉致したりする例が数多くあったので、その一帯にパニックが起こり、昨日女性数百人が金陵女子学院構内に移ってきた。そのため、昨晩はアメリカ人男性三名が同学院内で一夜を過ごし、構内にいた婦女子三千名の保護に当たった。

個別の拉致・強姦事件に対する聞き取りはされていないが、一帯にパニックを起きたということは一晩に相当数の拉致・強姦が起こったことを示すと思われる。
第六件 十二月十四日、はっきりした統率者なしの日本兵三十名が大学病院と看護寮を捜索した。病院の職員は徹底的に掠奪された。取られたのは万年筆六本、金百八十ドル、時計四、病院包帯二、懐中電灯二、手袋二組、セーター一であった。

病院と看護寮はこの時期にもっとも充実した活動をしていた組織である。盗品のリストもきちんと記録されている。盗品の種類も個数も多いことから目撃証人ないし盗難被害者も多数であり、信憑性が高い。
第七件 昨十二月十五日、公共施設にある難民収容所の全てから、日本兵達がやって来て難民達から数回にわたり掠奪をしていると報告して来た。

比較的大きな難民収容所だけで十九ヶ所あったのだが、その全てからそれも数回にわたる掠奪の報告があったのである。個別の聞き取りまでは不必要であろう。同趣旨の報告が複数ヶ所から来ていることで市内の状況は明らかである。
第八件 十二月十五日、アメリカ大使の公邸が押し入られ、小物が幾つか奪われた。

この報告はもっとも詳細が書かれていない。大使が南京から避難して留守の間も管理人は置かれていたから、管理人による報告だろう。詳細はわからないとしてもアメリカ側が後に調査すればはっきりすることである。在外公館に侵入したということはアメリカの主権の重大な侵害であるから、特に注意を喚起するため、直ちに報告したのであろう。
第九件 十二月十五日、日本兵達が裏兵乗り越え扉を押し破って金陵女子学院の教員住宅に侵入した。十二月十三日以降、動かせる物は全部建物から運び出されていたので、何一つ盗ることはできなかった。

教員住宅の住人多数が目撃しただろうから、信憑性は十分である。すでに完全に奪い尽くされていた、という印象的な記述がある。それまでに多数の掠奪があったが、すべてが記述されていたわけではないのである。
第十件 十二月十四日正午、金銀巷で、日本兵達がある住宅に侵入、少女四名を拉致し、犯した上で二時間後に帰らせた。

強姦のもっとも早い時期の例である。正午であるから、家族、周辺住民の目撃者は多く、また、帰らされたときの様子から何が起こったかは傍目にも明らかであったろう。住民は深刻なショックを受けたと思われる。
第十一件〜第十五件 省略
これらの事例は国際委員会の外国人または職員によって確認済みであります。謹んで提出いたしします。 ルイス・S・C・スマイス
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