否定派の主張

南京安全区国際委員会の外国人はいずれも反日思想の持ち主である。日本の敵国の首都に住んでいたことからも明らかだ。

反論

このような決めつけをする人間がまれにいる。しかし国際委員会のメンバーに反日思想があったことを裏づける資料は一切存在しない。日本軍の罪を「告発」されたと思った人々が勝手な逆恨みで「反日」扱いしているだけである。

たとえば、しばしば国民党の手先扱いされるベイツは知日家であった。彼は南京事件が起こった当時、妻と二人の息子を日本に残しており、息子を日本の学校に通わせていた。少なくともこの時点で日本に特別な悪感情があったとは考えにくいだろう。本人も1936年と1937年に日本を訪れており、南京事件を経た翌年の夏にも再び訪日している。

国際委員会を結成した外国人たちは、戦火に巻き込まれる前に脱出することもできたのに、わざわざ危険な南京に残留し、難民保護のために奔走した。これが人道精神に基づく献身行為であったことは明らかである。「反日」などという低俗な動機で行なえるものではないし、そのように主張することは彼らに対する侮辱しか言いようがない。

もちろん日本軍の蛮行を目の当たりにした結果、国際委員会のメンバーがそれ相応の悪印象を抱いたことは否定できないだろう。しかし彼らが憎んだのは非道な日本兵であって、日本兵すべてではない。「日本」や「日本人」そのものに対して敵愾心を抱いたというのは完全な妄想である。

マッカラムの報告(1938年1月3日分)

 日本人の善行を一つ報告しなければならない。とても気持ちのよい日本人が最近病院にやってきた。彼らに患者の食料の不足を告げたところ、きょう、百斤の豆と牛肉を持ってきてくれた。この一ヵ月というもの肉は食べられなかったので、この贈り物は大歓迎だ。他に欲しいものはないかと言ってくれた。

(『南京事件資料集[1]アメリカ関係資料編』p263)
ウィルソンの手紙(1938年1月1日分)

 アメリカで四年間過ごしたことのある日本人将校は、私たちの仕事を気づかってくれて、必要なものがないか調べに毎日やってくる。彼のような人がもっといたらいいがと思う。

(『南京事件資料集[1]アメリカ関係資料編』p295)
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