否定派の主張

国民党がティンパリーとスマイスに金を使って『戦争とは何か』と『南京地区における戦争被害』を書かせた。

国民党国際宣伝処の処長・曾虚白は自伝のなかで次のように書いている。
「ティンパレーは都合のよいことに、我々が上海で抗日国際宣伝を展開していた時に上海の『抗戦委員会』に参加していた3人の重要人物のうちの1人であった・・・(中略)
我々は目下の国際宣伝においては中国人は絶対に顔を出すべきではなく、国際友人を捜して我々の代弁者になってもらわねばならないと決定した。ティンパレーは理想的人選であった。かくして我々は手始めに、金を使ってティンパレー本人とティンパレー経由でスマイスに依頼して、日本軍の大虐殺の目撃記録として2冊の本を書いてもらい、発行することを決定した」
当時、極めてタイムリーに出版された日本断罪の書、『戦争とは何か』と『南京地区における戦争被害』(「スマイス報告」)が、実は、中立的立場の第三者の人物によって書かれたものではなく、国民党の戦時宣伝戦略のために資金援助を受けて執筆されたものであることが判明したのである。

反論

東中野は曾虚白自伝という資料のみによって、「国民党がティンパリーに『戦争とは何か』を書かせ、戦時宣伝をさせた」と結論た。しかし、史実を確定するためにはただひとつの史料を鵜呑みにするのではなく、出来るだけ多くの資料を比較検証しなければならない。また、自伝には自己宣伝や保身を目的とした記述が多々あることにも注意を払わなくてはならない。自伝が当時の記録を元に書かれたものか、後になって記憶を頼りに書かれたものかも検証しなくてはならない。

井上久士は『現代歴史学と南京事件』(笠原十九司・ 吉田裕編、柏書房)において、国民党国際宣伝処の『中央宣伝部国際宣伝処民国二十七年工作報告』という、当時編纂された史料を紹介している。そこには「われわれはティンパリー本人および彼を通じてスマイスの書いた二冊の日本軍の南京大虐殺目撃実録を買い取り、印刷出版した」(同書P249)と書かれているのである。国際宣伝処がティンパリーに金を払って『戦争とは何か』を書かせた、というのは記憶違いで、事実は著作権料を払って中国語版を出版しただけのことである。

また、1938年から1941年にかけて記録された、『中央宣伝部国際宣伝処工作概要』において国際宣伝処が編集印刷した対敵宣伝書籍は『外人目睹中之日軍暴行』と『神の子孫は中国に在り』の二種類である、と明記されている。スマイスの著作は対敵宣伝書籍に入っていない。曾がスマイスに対敵宣伝書籍をティンパリーを通じて書かせた、と言うのは記憶違いである。

自伝にはティンパリーとの「接触」について書かれた部分があるが、ティンパリーと直接に会ったかどうかもわからず、いつ会ったかも不明な文章である。ティンパリーが南京にいて、日本軍の暴行を目撃したと書かれているが、実は事件の起こる前にティンパリーは南京を離れている。直接会っていたとすればこのような間違いを書くはずはない。この件に関する曾の記憶には間違いが多く、史実の材料になる部分はあまりないと言える。

曾の自伝には自分が経験したことはあまり書かれておらず、属する組織として行なったこともすべて自分一人がしたように書かれている。自伝を書いた目的が自己宣伝であったことは容易に読み取れる。これに対してティンパリーの『戦争とは何か』とスマイスの『南京地区における戦争被害』の中には出版に至った動機がリアルに語られている。通常の読者であれば執筆の動機だけを読んだだけでも真実を見逃すことはほとんどないと言える。
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