否定派の主張

南京大虐殺などというものは戦後になっていきなり出てきた。それ以前には一切問題にされていなかったのに、東京裁判で大問題とされた。

反論

すでにここまでの項目で何度も説明してきたように、中国はもちろん、アメリカ、ヨーロッパ、世界各国で南京の暴虐は報道されていた。知らないのは情報統制を受けていた当の日本国民だけであった。もちろん外交官など、事件を知りうる立場にいた日本人も多くいた。

さすがに最近はここまで無茶なことを言う人間は少なくなり、微妙にひねって「20万、30万虐殺という大規模な虐殺は東京裁判(または南京軍事裁判)でいきなり出てきた」とするパターンもある。
しかしそれは終戦まで事件が包括的に調査されることがなかったという事実を無視している。南京は1937年12月から終戦までの8年間、日本軍の占領下にあった。中国側が事件の規模を調査することは不可能であったし、日本軍には調査する意思がなかった。

つまり、この大規模な事件の「全体像」を正確に把握できた者は一人もいなかった。
バラバラに推定(あるいは確認)された情報があったとしても、それを相互に突き合わせなければ、全体でどれだけの被害があったかは算定することはできない。日本軍に占領された状況で、総被害者数が判明するはずがないのである。逆に占領段階から「20万の死者が出た」といった個人の証言があったとしても、その場合は「どうやって数えたんだ」という疑いをかけるのは間違いないだろう。

全体調査が終わって初めて何十万という数字になったとしても、それ自体を「不審」と扱うことはできない。そう言えるのは、日本側が占領中に調べた被害者数より圧倒的に多かった、という場合だけだろう。

世界に知られていた南京事件
http://www.nextftp.com/tarari/nankinhodo.htm
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