フェイト・テスタロッサのいない世界-2
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397 名前:単発ネタ ◆34IETlJpS6 [sage] 投稿日:2007/10/16(火) 10:01:14 ID:eEdP3Yk3
騒がしく喋るニュースキャスターの声と、部屋に差し込む日の光によって、わたしは目を覚ました。
掌には眠りに落ちる前に感じたのと同じ、暖かくて柔らかい手。
そして起きていた時とは逆に、わたしの肩にもたれ掛かる可愛らしい頭。
わたしが、少し体を動かすと
そのまま、ずり落ちるようにして器用に布団の中へ滑り込む。
わたしはそれを見届けると、その頭にちゃんと枕をあてがいベッドから体を起こした。
手早く身支度を済ませ、朝食を作る。
今日はパンにしようかな?
あまりわたしの和食のレパートリーは広くないから大抵はパンになっちゃうんだけど
美味しいし、いいよね
わたしが作らない日は和食ばかりなんだし・・・
そんな事を考えながらも手を動かす。
冷蔵庫から食パンを二枚取り出し、卵をかき混ぜミルクと砂糖を加えたものに浸す。
あとは焦がしたりしないようにフライパンで焼き上げれば
お手軽で美味しいフレンチトーストの出来上がり。
その甘い匂いに釣られたのか、朝食が出来たことを知らせに行くと
既にベッドは空っぽだった。
「・・・・おはよう、なのは」
背中に半分寝ぼけたような朝の挨拶が届く。
だから、振り向いてわたしも“いつものように”言葉を返した。
「おはよう、はやてちゃん」
433 名前:いない世界 ◆34IETlJpS6 [sage] 投稿日:2007/10/17(水) 09:06:36 ID:jpiPe2+Z
「なのはは今日は試験官のお仕事やったっけ?」
フレンチトーストにかぶりつきながらはやてちゃんが言う。
「はやてちゃん、食べながら喋るのはお行儀が悪いよ」
「ええやない、そんなお行儀を気にするようなほど短い付き合いや無いんやし」
わたしが諫めても、はやてちゃんはコロコロ笑って受け流す。
わたしは、それを見てしょうがないなーと溜め息をついた。
「今日はAAランクの試験だから、ちょっと色々忙しいかも」
そう最初の質問に答えてから、話の合間に一口ミルクを口にする。
そして、はやてちゃんは?と質問を返した。
「わたしは昼行灯やから、今日もボチボチ書類と格闘」
「もう、准将さんなんだからもっと真面目に働かなくちゃダメだよ」
「そないに言われても、教導官殿のおかげで今日もミッドの平和は万全やからね。わたしも楽チンや」
そう言ってはやてちゃんはわたしに嬉しそうな笑顔を投げ掛けてくれる。
わたしは、その言葉がちょっと嬉しかったり照れくさかったりで
ついつい頬が赤くなり俯いてしまう。
「そろそろ、時間危ないんやない? 試験官さんが遅れたら元も子もないやろ」
そんな、わたしの頭にかかるはやてちゃんの言葉に慌てて顔を上げると、確かにもう家を出ないと間に合わない時間だった。
「いっけない・・・少し走らないと
はやてちゃん、洗い物お願いね」
了解とでも言うようにひらひらと手を振るはやてちゃんに、いってきますと声を掛けてから
わたしは上着と靴を身に付けると、急ぎ足にバタバタと部屋を出る。
いってらっしゃい、というはやてちゃんの声を
背中に受けながら。
434 名前:いない世界 ◆34IETlJpS6 [sage] 投稿日:2007/10/17(水) 09:35:41 ID:jpiPe2+Z
「おはよう、みんな」
「「おはようございます、高町教導官!」」
今日の試験会場にギリギリの時間で到着すると、わたしは既に待っていた二人の受験者に挨拶をかける。
「久しぶりだね、ナカジマ陸曹」
二人とも、かつて機動六課で一緒に戦った旧知の顔だった。
懐かしさが少し心に沁みる。
そうは言っても、試験を甘くしたりするつもりはないんだけど
「それに・・・ヴァイス曹長?」
「今は三尉であります、教導官どの!」
「まだ試験開始まで間があるから、崩していいよ」
わたしがそう言うと、ヴァイス君は笑みを見せて態度を崩す。
相変わらずだった。
「なんで急にAAランクの受験なんか?」
「いえ、実は嫁さんが・・・ あ、アルトのことなんですがね。
あいつ、家では俺の稼ぎが悪いだのどうこう言うんですよ。
危険だからってこちらが退職させて専業主婦にさせた手前、文句言うわけにもいきませんから
ちょっとやれるだけ上を目指してみようかと思いまして」
多少口に悪く言いながらも、好きな人と一緒に居れる嬉しさが言葉の端々から感じられる。
「幸せなんだね」
「ええ、お陰様で」
時計を見ると、まだもう少し時間があった。
それを確認してわたしが話を続けようとすると
「高町教導官。
集中を乱されたくないのでお話をなさるのでしたら、余所でやっていただけませんか?」
それを咎めるような言葉が静かに、でもはっきりと辺りに響いた。
435 名前:いない世界 ◆34IETlJpS6 [sage] 投稿日:2007/10/17(水) 10:34:02 ID:jpiPe2+Z
「そう、だね。
ごめんねナカジマ陸曹」
わたしはナカジマ陸曹に謝罪すると、あっちへ行こう、とヴァイス君に手でサインを送る。
ヴァイス君は頷くと、歩きだしたわたしの後へと黙ってついて来た。
それからは少しだけ悪くなった空気の中、当たり障りのない世間話だけを交わす。
でも、わたしは喋りながらもずっと別のことを考えていた。
失敗しちゃったな
ナカジマ陸曹は過去に大切な人を・・お姉さんを亡くしているのに
その前でするには不謹慎な話だったよね・・・
・・・・あ、れ・・・?
大切な人を・・・無くす?
誰を?・・・・いつ?
「ど・・・どうしたんっスか、なのはさん?!」
ヴァイス君がいきなり驚いたような声を出す。
「え? ううん、どうもしてないよ」
「ですけど、それ・・・」
ヴァイス君がわたしの顔を指さす。
そこに手を当ててみると、わたしの顔は・・・涙に塗れていた。
436 名前:いない世界 ◆34IETlJpS6 [sage] 投稿日:2007/10/17(水) 10:40:37 ID:jpiPe2+Z
あれ・・・わたし、なんで泣いてるんだろう
悲しいことなんか無いのに
辛い事なんて無いのに
なんで、涙が出るんだろう
わからない・・・わたしには、わからない
頭が痛む。
思い切りハンマーで殴られたような酷い鈍痛がわたしの頭を揺さぶっている。
やがて、その痛みに耐えられなくなり、わたしはたまらず手で頭を押さえた。
膝が地面に付く。
一向に痛みは治まらない。
頭の隅にヴァイス君の声が響く・・・
喋らないで・・・頭が、痛いよ
喋ろうとするが、声はまるで出ない
なんで・・・こんな・・・
誰か・・・誰か、助けて・・・
そこで、わたしの意識はぷつりと切れた糸のように
突然に途切れた。
437 名前:いない世界 ◆34IETlJpS6 [sage] 投稿日:2007/10/17(水) 11:14:43 ID:jpiPe2+Z
わたしが“また”目を覚ますと、そこはまだ薄暗さの残る部屋の中だった。
“夢”の中のような頭痛はしない。
体に掛けられた毛布を跳ね除け、辺りを見回す。
時計が示す時間は朝の六時前、そろそろ朝日が昇る頃。
でも、部屋の中には・・・わたしの他に誰も居なかった。
隣に居たはずの、わたしの手を握ってくれていたはずの、フェイトちゃんがいない。
「ーーーーーーーーっ!!!!」
声にならない叫びが口から漏れた。
わたしは近くに転がる毛布やリモコンを蹴り飛ばし
寝起きのままならない体でフラフラとよろけながらも部屋のドアを開ける。
「フェイトちゃん!」
居間には誰の姿もない。
「フェイトちゃん!」
お手洗いにも居ない。
わたしは次々と乱暴に他の部屋の扉を開けていく。
それでも、フェイトちゃんの姿は見付からない。
「なのは?!」
「フェイトちゃん!」
そんな中、フェイトちゃんの声が何処からか聞こえた。
わたしは、その僅かな声を頼りに探すしていく。
すると、お風呂の中から微かなシャワーの音と、光が漏れているのに気が付いた。
お手洗いは思い付いても、お風呂は完全に失念していた。
今更になって自分がどれだけ動転していたのかがわかる。
わたしは、そのままお風呂場のドアに手を掛けると
確認の声もかけずに、それを開け放った。
438 名前:いない世界 ◆34IETlJpS6 [sage] 投稿日:2007/10/17(水) 11:35:55 ID:jpiPe2+Z
「え!? なのは、ちょっと待って」
湯気と流れ落ちる水の中から、フェイトちゃんの慌てたような声が聞こえる。
でもわたしは、待たなかった。
「フェイトちゃん・・・」
降り注ぐシャワーのお湯の中、服が濡れるのも厭わず
わたしは前に歩を進める。
瞬く間に服は塗れネズミになり、前髪も目を塞ぐように垂れ下がった。
それでもわたしは足を止めない。
距離にしてみればたったの二歩ほど
それだけの距離をいっぱいいっぱいの様相で進むと、わたしは目の前にあるフェイトちゃんの体を
抱き締めた。
いて、くれた・・・
ここにはフェイトちゃんが、ちゃんと“いる”
わたしの傍に、居てくれる。
それさえ分かれば、他の事なんてわたしにはどうでも良かった。
その事実以外の事柄は、流れ落ちるシャワーの水と共に一緒に排水口へと流れ去っていく。
「フェイトちゃん・・・」
「ごめんね、なのは。怖い思い・・・させちゃったのかな」
「うん、目を覚ましたら隣にフェイトちゃんが居なくて・・・
夢の中みたいにフェイトちゃんが居ないんじゃないかって思ったら、いてもたってもいれなくなっちゃった・・・」
フェイトちゃんは、それを聞いてわたしの背中に腕を回すと。
わたしのことを、同じ様にしっかりと強く抱き締め返してくれた。
439 名前:いない世界 ◆34IETlJpS6 [sage] 投稿日:2007/10/17(水) 12:01:26 ID:jpiPe2+Z
フェイトちゃんの肌から、直接体温が感じられる。
シミ一つ無い綺麗な肌。
水に濡れて体に張り付く金色の髪。
そのどれもがわたしの知る限り、世界で最も美しいモノだった。
しばらく二人で抱き合ったままシャワーに打たれる。
その中で、わたしはフェイトちゃんの事を見上げるようにして、言葉を紡いだ。
「フェイトちゃん・・・もう、わたしの事を離したりしないで
ずっと・・・どんな時でも、傍にいて・・・」
「なのは・・・」
「そうしてくれるなら、わたし
何だってするよ?
フェイトちゃんになら、フェイトちゃんのためなら
わたし、なんだって出来る」
そう、フェイトちゃんが欲しいもの
したい事、なんだって
わたしは受け入れる。
だから・・・
その言葉に、フェイトちゃんはゴクリと唾を飲み込んだ。
シャワーから流れ落ちる水は、未だに凄い勢いで床を叩く。
その大きな音に比べれば、それはほんのわずかな音のはず
でもわたしの耳には、確かにその音が
聞こえた気がした。
「なのは・・・」
フェイトちゃんがまた、わたしの名前を呼ぶ。
その瞳は、何か迷うように揺れている。
だからわたしは、フェイトちゃんを見上げたまま
黙って目を閉じた。
440 名前:いない世界 ◆34IETlJpS6 [sage] 投稿日:2007/10/17(水) 12:19:39 ID:jpiPe2+Z
フェイトちゃんのしたい事、何故か今は凄くわかる気がする。
直接、肌に触れているからなのかな?
違う
きっと、わたしも
して、欲しいんだ。
フェイトちゃんに触れられたい、触れていたい。
そうしたら、もっとフェイトちゃんの存在を近くで感じていられるはずだから
目を瞑ったままそんなことを考えていると
やがて
わたしの唇に、おずおずと少しだけ躊躇うようにして、唇が重ねられた。
ギリギリ先っぽが触れ合うくらいの臆病なキス。
それに少しだけ不満になり
わたしの方からも、わずかに身を乗り出して唇を求める。
そうすると、フェイトちゃんもそれに応えてくれて
次第にわたしの唇を求めるようになっていった。
わたしとフェイトちゃんの初めてのキス。
それは
何だか甘くて
わずかに香ばしい
味が、した。
478 名前:いない世界 ◆34IETlJpS6 [sage] 投稿日:2007/10/18(木) 09:37:16 ID:+n/k7ref
二人してお風呂場から出ると、空にはもう朝日が顔を出していた。
「ふわぁぅ・・・」
情けない欠伸が口から漏れる。
「なのは、まだ眠い?」
「うん・・・ちょっとだけ」
三時間・・・実際はもっと短かったのかもしれないけれど、それだけの睡眠時間ではまだ足りないと体が訴え掛けてくる。
フェイトちゃんはわたしの答えに少し嬉しそうな表情を浮かべると
眠気で少しふらつくわたしの膝裏に手を回し、お姫様抱っこの要領でわたしの体を持ち上げた。
「わ・・・」
突然の行動に少し驚いたけれど
「フェイトちゃん、何だか王子様みたい・・・」
「なら、なのははお姫様かな?」
手を繋いでいるときよりももっとフェイトちゃんを感じられて、わたしは幸せになれた。
「ずっと前に、なのはがわたしの事こうして抱いてくれたことがあったよね」
「うん・・・」
それはもう随分昔のこと、わたしとフェイトちゃんが出会った頃の
わたし達の手が、心が、届いた時の話。
「だからその時のお返しに、いつか同じ様になのはの事を抱いてあげられたらって思ってたんだ」
フェイトちゃんはそう言って、凄く嬉しそうに笑う。
「でも、わたしはお姫様より
お妃様の方がいいな」
「?」
フェイトちゃんはわたしのそんな答えに不思議そうな顔をする。
だから、わたしは教えてあげた。
「王子様が王様になって、お姫様はお妃様になるの。
そうしたら、二人はいつまでも一緒に幸せに暮らせるんだよ。
めでたしめでたし、って」
479 名前:いない世界 ◆34IETlJpS6 [sage] 投稿日:2007/10/18(木) 10:01:51 ID:+n/k7ref
「なら、眠れるお姫様への目覚めのキスは要らないのかな?」
フェイトちゃんは少し意地悪そうな顔になってわたしに聞いてくる。
でも、わたしも負けずに言い返す。
「夫婦だったら、いつでも好きな時にキスするんだよ」
そう言ってわたしはフェイトちゃんの首に手を回すと、その柔らかな頬に口づけた。
途端にフェイトちゃんの顔が朱に染まる。
さっきあんなにお互いの唇を求め合ったばかりなのに、不意打ちにはまだ全然耐性がないみたいだった。
でも、そんな所も可愛くて
とても愛おしい。
わたしはもう、全部フェイトちゃんのものなんだから
もっと、フェイトちゃんの好きなようにしていいんだよ
だから・・・ずっと、傍にいてね
わたしは言葉には出さずに、心にだけその言葉を浮かべながら
フェイトちゃんの顔を見つめていた。
480 名前:いない世界 ◆34IETlJpS6 [sage] 投稿日:2007/10/18(木) 10:24:21 ID:+n/k7ref
やがて、ベッドにたどり着くとフェイトちゃんはわたしをそのまま横たえたりはせずに
そのまま一緒にベッドへと倒れ込んだ。
「ふぇ・・・フェイトちゃん?!」
わたしが驚きの声をあげるのも無視して、フェイトちゃんはそのままわたしの体の上に覆い被さっていく。
その目は、熱に浮かされたようにトロンとしていた。
そっか・・・もう、我慢できないんだね
うん、いいよ
フェイトちゃんになら
わたしはもう、何時でも準備できてるんだから
わたしは手を前に広げるようにして突き出し、フェイトちゃんを迎え入れる形を取る。
「でも、はじめてだから
最初は優しくして欲しいな」
そんなわたしの言葉は聞こえなかったのか、フェイトちゃんは思い切り倒れ込むようにしてわたしの体にのし掛かってきた。
「フェイトちゃ・・・苦し・・・」
人一人分の体重が重力の力を加えてわたしの体にかかる。
大した高さは無かったからいいものの、一瞬胸が圧迫され
呼吸が止まった。
フェイトちゃんって普段は冷静なのに、戦闘になると結構熱血で後先考えない戦い方するから
こういうことする時も、そうなのかな
そんな考えが頭の隅によぎる。
本当ははじめては優しくして欲しかったけれど、これがフェイトちゃんの望みなら、わたしはそれを受け入れる。
481 名前:いない世界 ◆34IETlJpS6 [sage] 投稿日:2007/10/18(木) 11:08:05 ID:+n/k7ref
そうやって意志を再度固め、フェイトちゃんの次の行動を待つが
一向にフェイトちゃんは動かなかった。
1分後
わたしの耳元に微かな音が聞こえてくる。
それはとても穏やかな、寝息だった。
「・・・あれ?」
わたしは、首だけを動かして横を向く。
すると、そこにはフェイトちゃんがわたしの顔のすぐ横で布団に頭から突っ伏したまま
静かな寝息を立てて眠っていた。
そう言えば、フェイトちゃんはさっきも眠る前からわたしよりずっと眠そうにしてたっけ・・・
目がトロンとしていたのは眠かったから
倒れ込んだのは力尽きて眠気に負けてしまったから
お風呂場で燃え上がったはずの炎は、ほとんど残り少なかったロウソクを懸命に燃やし続けていたが
もう少しの所で最後の一片までも燃やし尽くしてしまったようだった。
そんな風にわかってしまうと、何だかとてもおかしかった。
わたしの頬に笑みが浮かぶ。
フェイトちゃんを起こさないように、声は出さず
ただ、わたしはニヤニヤしながら
眠りに落ちるまでずっとフェイトちゃんの横顔を見つめ続けていた。
わたしの上に覆い被さるフェイトちゃんの体を、ギュッと抱き締めながら・・・
夢は、もう・・・見なかった。
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397 名前:単発ネタ ◆34IETlJpS6 [sage] 投稿日:2007/10/16(火) 10:01:14 ID:eEdP3Yk3
騒がしく喋るニュースキャスターの声と、部屋に差し込む日の光によって、わたしは目を覚ました。
掌には眠りに落ちる前に感じたのと同じ、暖かくて柔らかい手。
そして起きていた時とは逆に、わたしの肩にもたれ掛かる可愛らしい頭。
わたしが、少し体を動かすと
そのまま、ずり落ちるようにして器用に布団の中へ滑り込む。
わたしはそれを見届けると、その頭にちゃんと枕をあてがいベッドから体を起こした。
手早く身支度を済ませ、朝食を作る。
今日はパンにしようかな?
あまりわたしの和食のレパートリーは広くないから大抵はパンになっちゃうんだけど
美味しいし、いいよね
わたしが作らない日は和食ばかりなんだし・・・
そんな事を考えながらも手を動かす。
冷蔵庫から食パンを二枚取り出し、卵をかき混ぜミルクと砂糖を加えたものに浸す。
あとは焦がしたりしないようにフライパンで焼き上げれば
お手軽で美味しいフレンチトーストの出来上がり。
その甘い匂いに釣られたのか、朝食が出来たことを知らせに行くと
既にベッドは空っぽだった。
「・・・・おはよう、なのは」
背中に半分寝ぼけたような朝の挨拶が届く。
だから、振り向いてわたしも“いつものように”言葉を返した。
「おはよう、はやてちゃん」
433 名前:いない世界 ◆34IETlJpS6 [sage] 投稿日:2007/10/17(水) 09:06:36 ID:jpiPe2+Z
「なのはは今日は試験官のお仕事やったっけ?」
フレンチトーストにかぶりつきながらはやてちゃんが言う。
「はやてちゃん、食べながら喋るのはお行儀が悪いよ」
「ええやない、そんなお行儀を気にするようなほど短い付き合いや無いんやし」
わたしが諫めても、はやてちゃんはコロコロ笑って受け流す。
わたしは、それを見てしょうがないなーと溜め息をついた。
「今日はAAランクの試験だから、ちょっと色々忙しいかも」
そう最初の質問に答えてから、話の合間に一口ミルクを口にする。
そして、はやてちゃんは?と質問を返した。
「わたしは昼行灯やから、今日もボチボチ書類と格闘」
「もう、准将さんなんだからもっと真面目に働かなくちゃダメだよ」
「そないに言われても、教導官殿のおかげで今日もミッドの平和は万全やからね。わたしも楽チンや」
そう言ってはやてちゃんはわたしに嬉しそうな笑顔を投げ掛けてくれる。
わたしは、その言葉がちょっと嬉しかったり照れくさかったりで
ついつい頬が赤くなり俯いてしまう。
「そろそろ、時間危ないんやない? 試験官さんが遅れたら元も子もないやろ」
そんな、わたしの頭にかかるはやてちゃんの言葉に慌てて顔を上げると、確かにもう家を出ないと間に合わない時間だった。
「いっけない・・・少し走らないと
はやてちゃん、洗い物お願いね」
了解とでも言うようにひらひらと手を振るはやてちゃんに、いってきますと声を掛けてから
わたしは上着と靴を身に付けると、急ぎ足にバタバタと部屋を出る。
いってらっしゃい、というはやてちゃんの声を
背中に受けながら。
434 名前:いない世界 ◆34IETlJpS6 [sage] 投稿日:2007/10/17(水) 09:35:41 ID:jpiPe2+Z
「おはよう、みんな」
「「おはようございます、高町教導官!」」
今日の試験会場にギリギリの時間で到着すると、わたしは既に待っていた二人の受験者に挨拶をかける。
「久しぶりだね、ナカジマ陸曹」
二人とも、かつて機動六課で一緒に戦った旧知の顔だった。
懐かしさが少し心に沁みる。
そうは言っても、試験を甘くしたりするつもりはないんだけど
「それに・・・ヴァイス曹長?」
「今は三尉であります、教導官どの!」
「まだ試験開始まで間があるから、崩していいよ」
わたしがそう言うと、ヴァイス君は笑みを見せて態度を崩す。
相変わらずだった。
「なんで急にAAランクの受験なんか?」
「いえ、実は嫁さんが・・・ あ、アルトのことなんですがね。
あいつ、家では俺の稼ぎが悪いだのどうこう言うんですよ。
危険だからってこちらが退職させて専業主婦にさせた手前、文句言うわけにもいきませんから
ちょっとやれるだけ上を目指してみようかと思いまして」
多少口に悪く言いながらも、好きな人と一緒に居れる嬉しさが言葉の端々から感じられる。
「幸せなんだね」
「ええ、お陰様で」
時計を見ると、まだもう少し時間があった。
それを確認してわたしが話を続けようとすると
「高町教導官。
集中を乱されたくないのでお話をなさるのでしたら、余所でやっていただけませんか?」
それを咎めるような言葉が静かに、でもはっきりと辺りに響いた。
435 名前:いない世界 ◆34IETlJpS6 [sage] 投稿日:2007/10/17(水) 10:34:02 ID:jpiPe2+Z
「そう、だね。
ごめんねナカジマ陸曹」
わたしはナカジマ陸曹に謝罪すると、あっちへ行こう、とヴァイス君に手でサインを送る。
ヴァイス君は頷くと、歩きだしたわたしの後へと黙ってついて来た。
それからは少しだけ悪くなった空気の中、当たり障りのない世間話だけを交わす。
でも、わたしは喋りながらもずっと別のことを考えていた。
失敗しちゃったな
ナカジマ陸曹は過去に大切な人を・・お姉さんを亡くしているのに
その前でするには不謹慎な話だったよね・・・
大切な人を・・・無くす?
誰を?・・・・いつ?
「ど・・・どうしたんっスか、なのはさん?!」
ヴァイス君がいきなり驚いたような声を出す。
「え? ううん、どうもしてないよ」
「ですけど、それ・・・」
ヴァイス君がわたしの顔を指さす。
そこに手を当ててみると、わたしの顔は・・・涙に塗れていた。
436 名前:いない世界 ◆34IETlJpS6 [sage] 投稿日:2007/10/17(水) 10:40:37 ID:jpiPe2+Z
あれ・・・わたし、なんで泣いてるんだろう
悲しいことなんか無いのに
辛い事なんて無いのに
なんで、涙が出るんだろう
わからない・・・わたしには、わからない
頭が痛む。
思い切りハンマーで殴られたような酷い鈍痛がわたしの頭を揺さぶっている。
やがて、その痛みに耐えられなくなり、わたしはたまらず手で頭を押さえた。
膝が地面に付く。
一向に痛みは治まらない。
頭の隅にヴァイス君の声が響く・・・
喋らないで・・・頭が、痛いよ
喋ろうとするが、声はまるで出ない
なんで・・・こんな・・・
誰か・・・誰か、助けて・・・
そこで、わたしの意識はぷつりと切れた糸のように
突然に途切れた。
437 名前:いない世界 ◆34IETlJpS6 [sage] 投稿日:2007/10/17(水) 11:14:43 ID:jpiPe2+Z
わたしが“また”目を覚ますと、そこはまだ薄暗さの残る部屋の中だった。
“夢”の中のような頭痛はしない。
体に掛けられた毛布を跳ね除け、辺りを見回す。
時計が示す時間は朝の六時前、そろそろ朝日が昇る頃。
でも、部屋の中には・・・わたしの他に誰も居なかった。
隣に居たはずの、わたしの手を握ってくれていたはずの、フェイトちゃんがいない。
「ーーーーーーーーっ!!!!」
声にならない叫びが口から漏れた。
わたしは近くに転がる毛布やリモコンを蹴り飛ばし
寝起きのままならない体でフラフラとよろけながらも部屋のドアを開ける。
「フェイトちゃん!」
居間には誰の姿もない。
「フェイトちゃん!」
お手洗いにも居ない。
わたしは次々と乱暴に他の部屋の扉を開けていく。
それでも、フェイトちゃんの姿は見付からない。
「なのは?!」
「フェイトちゃん!」
そんな中、フェイトちゃんの声が何処からか聞こえた。
わたしは、その僅かな声を頼りに探すしていく。
すると、お風呂の中から微かなシャワーの音と、光が漏れているのに気が付いた。
お手洗いは思い付いても、お風呂は完全に失念していた。
今更になって自分がどれだけ動転していたのかがわかる。
わたしは、そのままお風呂場のドアに手を掛けると
確認の声もかけずに、それを開け放った。
438 名前:いない世界 ◆34IETlJpS6 [sage] 投稿日:2007/10/17(水) 11:35:55 ID:jpiPe2+Z
「え!? なのは、ちょっと待って」
湯気と流れ落ちる水の中から、フェイトちゃんの慌てたような声が聞こえる。
でもわたしは、待たなかった。
「フェイトちゃん・・・」
降り注ぐシャワーのお湯の中、服が濡れるのも厭わず
わたしは前に歩を進める。
瞬く間に服は塗れネズミになり、前髪も目を塞ぐように垂れ下がった。
それでもわたしは足を止めない。
距離にしてみればたったの二歩ほど
それだけの距離をいっぱいいっぱいの様相で進むと、わたしは目の前にあるフェイトちゃんの体を
抱き締めた。
いて、くれた・・・
ここにはフェイトちゃんが、ちゃんと“いる”
わたしの傍に、居てくれる。
それさえ分かれば、他の事なんてわたしにはどうでも良かった。
その事実以外の事柄は、流れ落ちるシャワーの水と共に一緒に排水口へと流れ去っていく。
「フェイトちゃん・・・」
「ごめんね、なのは。怖い思い・・・させちゃったのかな」
「うん、目を覚ましたら隣にフェイトちゃんが居なくて・・・
夢の中みたいにフェイトちゃんが居ないんじゃないかって思ったら、いてもたってもいれなくなっちゃった・・・」
フェイトちゃんは、それを聞いてわたしの背中に腕を回すと。
わたしのことを、同じ様にしっかりと強く抱き締め返してくれた。
439 名前:いない世界 ◆34IETlJpS6 [sage] 投稿日:2007/10/17(水) 12:01:26 ID:jpiPe2+Z
フェイトちゃんの肌から、直接体温が感じられる。
シミ一つ無い綺麗な肌。
水に濡れて体に張り付く金色の髪。
そのどれもがわたしの知る限り、世界で最も美しいモノだった。
しばらく二人で抱き合ったままシャワーに打たれる。
その中で、わたしはフェイトちゃんの事を見上げるようにして、言葉を紡いだ。
「フェイトちゃん・・・もう、わたしの事を離したりしないで
ずっと・・・どんな時でも、傍にいて・・・」
「なのは・・・」
「そうしてくれるなら、わたし
何だってするよ?
フェイトちゃんになら、フェイトちゃんのためなら
わたし、なんだって出来る」
そう、フェイトちゃんが欲しいもの
したい事、なんだって
わたしは受け入れる。
だから・・・
その言葉に、フェイトちゃんはゴクリと唾を飲み込んだ。
シャワーから流れ落ちる水は、未だに凄い勢いで床を叩く。
その大きな音に比べれば、それはほんのわずかな音のはず
でもわたしの耳には、確かにその音が
聞こえた気がした。
「なのは・・・」
フェイトちゃんがまた、わたしの名前を呼ぶ。
その瞳は、何か迷うように揺れている。
だからわたしは、フェイトちゃんを見上げたまま
黙って目を閉じた。
440 名前:いない世界 ◆34IETlJpS6 [sage] 投稿日:2007/10/17(水) 12:19:39 ID:jpiPe2+Z
フェイトちゃんのしたい事、何故か今は凄くわかる気がする。
直接、肌に触れているからなのかな?
違う
きっと、わたしも
して、欲しいんだ。
フェイトちゃんに触れられたい、触れていたい。
そうしたら、もっとフェイトちゃんの存在を近くで感じていられるはずだから
目を瞑ったままそんなことを考えていると
やがて
わたしの唇に、おずおずと少しだけ躊躇うようにして、唇が重ねられた。
ギリギリ先っぽが触れ合うくらいの臆病なキス。
それに少しだけ不満になり
わたしの方からも、わずかに身を乗り出して唇を求める。
そうすると、フェイトちゃんもそれに応えてくれて
次第にわたしの唇を求めるようになっていった。
わたしとフェイトちゃんの初めてのキス。
それは
何だか甘くて
わずかに香ばしい
味が、した。
478 名前:いない世界 ◆34IETlJpS6 [sage] 投稿日:2007/10/18(木) 09:37:16 ID:+n/k7ref
二人してお風呂場から出ると、空にはもう朝日が顔を出していた。
「ふわぁぅ・・・」
情けない欠伸が口から漏れる。
「なのは、まだ眠い?」
「うん・・・ちょっとだけ」
三時間・・・実際はもっと短かったのかもしれないけれど、それだけの睡眠時間ではまだ足りないと体が訴え掛けてくる。
フェイトちゃんはわたしの答えに少し嬉しそうな表情を浮かべると
眠気で少しふらつくわたしの膝裏に手を回し、お姫様抱っこの要領でわたしの体を持ち上げた。
「わ・・・」
突然の行動に少し驚いたけれど
「フェイトちゃん、何だか王子様みたい・・・」
「なら、なのははお姫様かな?」
手を繋いでいるときよりももっとフェイトちゃんを感じられて、わたしは幸せになれた。
「ずっと前に、なのはがわたしの事こうして抱いてくれたことがあったよね」
「うん・・・」
それはもう随分昔のこと、わたしとフェイトちゃんが出会った頃の
わたし達の手が、心が、届いた時の話。
「だからその時のお返しに、いつか同じ様になのはの事を抱いてあげられたらって思ってたんだ」
フェイトちゃんはそう言って、凄く嬉しそうに笑う。
「でも、わたしはお姫様より
お妃様の方がいいな」
「?」
フェイトちゃんはわたしのそんな答えに不思議そうな顔をする。
だから、わたしは教えてあげた。
「王子様が王様になって、お姫様はお妃様になるの。
そうしたら、二人はいつまでも一緒に幸せに暮らせるんだよ。
めでたしめでたし、って」
479 名前:いない世界 ◆34IETlJpS6 [sage] 投稿日:2007/10/18(木) 10:01:51 ID:+n/k7ref
「なら、眠れるお姫様への目覚めのキスは要らないのかな?」
フェイトちゃんは少し意地悪そうな顔になってわたしに聞いてくる。
でも、わたしも負けずに言い返す。
「夫婦だったら、いつでも好きな時にキスするんだよ」
そう言ってわたしはフェイトちゃんの首に手を回すと、その柔らかな頬に口づけた。
途端にフェイトちゃんの顔が朱に染まる。
さっきあんなにお互いの唇を求め合ったばかりなのに、不意打ちにはまだ全然耐性がないみたいだった。
でも、そんな所も可愛くて
とても愛おしい。
わたしはもう、全部フェイトちゃんのものなんだから
もっと、フェイトちゃんの好きなようにしていいんだよ
だから・・・ずっと、傍にいてね
わたしは言葉には出さずに、心にだけその言葉を浮かべながら
フェイトちゃんの顔を見つめていた。
480 名前:いない世界 ◆34IETlJpS6 [sage] 投稿日:2007/10/18(木) 10:24:21 ID:+n/k7ref
やがて、ベッドにたどり着くとフェイトちゃんはわたしをそのまま横たえたりはせずに
そのまま一緒にベッドへと倒れ込んだ。
「ふぇ・・・フェイトちゃん?!」
わたしが驚きの声をあげるのも無視して、フェイトちゃんはそのままわたしの体の上に覆い被さっていく。
その目は、熱に浮かされたようにトロンとしていた。
そっか・・・もう、我慢できないんだね
うん、いいよ
フェイトちゃんになら
わたしはもう、何時でも準備できてるんだから
わたしは手を前に広げるようにして突き出し、フェイトちゃんを迎え入れる形を取る。
「でも、はじめてだから
最初は優しくして欲しいな」
そんなわたしの言葉は聞こえなかったのか、フェイトちゃんは思い切り倒れ込むようにしてわたしの体にのし掛かってきた。
「フェイトちゃ・・・苦し・・・」
人一人分の体重が重力の力を加えてわたしの体にかかる。
大した高さは無かったからいいものの、一瞬胸が圧迫され
呼吸が止まった。
フェイトちゃんって普段は冷静なのに、戦闘になると結構熱血で後先考えない戦い方するから
こういうことする時も、そうなのかな
そんな考えが頭の隅によぎる。
本当ははじめては優しくして欲しかったけれど、これがフェイトちゃんの望みなら、わたしはそれを受け入れる。
481 名前:いない世界 ◆34IETlJpS6 [sage] 投稿日:2007/10/18(木) 11:08:05 ID:+n/k7ref
そうやって意志を再度固め、フェイトちゃんの次の行動を待つが
一向にフェイトちゃんは動かなかった。
1分後
わたしの耳元に微かな音が聞こえてくる。
それはとても穏やかな、寝息だった。
「・・・あれ?」
わたしは、首だけを動かして横を向く。
すると、そこにはフェイトちゃんがわたしの顔のすぐ横で布団に頭から突っ伏したまま
静かな寝息を立てて眠っていた。
そう言えば、フェイトちゃんはさっきも眠る前からわたしよりずっと眠そうにしてたっけ・・・
目がトロンとしていたのは眠かったから
倒れ込んだのは力尽きて眠気に負けてしまったから
お風呂場で燃え上がったはずの炎は、ほとんど残り少なかったロウソクを懸命に燃やし続けていたが
もう少しの所で最後の一片までも燃やし尽くしてしまったようだった。
そんな風にわかってしまうと、何だかとてもおかしかった。
わたしの頬に笑みが浮かぶ。
フェイトちゃんを起こさないように、声は出さず
ただ、わたしはニヤニヤしながら
眠りに落ちるまでずっとフェイトちゃんの横顔を見つめ続けていた。
わたしの上に覆い被さるフェイトちゃんの体を、ギュッと抱き締めながら・・・
夢は、もう・・・見なかった。
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2007年10月27日(土) 16:31:01 Modified by nanohayuri