7-152
152 名前:スピノザ[sage] 投稿日:2007/10/27(土) 06:28:47 ID:5Wzh2lgN
OK、なのヴィを投下します
ツッコミどころ満載だろうけど、そこは敢えてスルーで。
ちなみに時間軸としては墜落事故の一年後くらい?
とにかく退院してからの話。
153 名前:スピノザ[sage] 投稿日:2007/10/27(土) 06:30:34 ID:5Wzh2lgN
『優しいのは、』
「ここ、どこ?」
思わず呟くと、応える相手が一人もいないその言葉は独り言になってしまった。
見覚えのない町並みをぐるりと見渡し、なのはは再度同じ問いを頭の中で繰り返すが、やっぱり答えはない。
その筈だ。
見覚えのない景色の中に、突然自分が立っているという事態で、答えになりそうなことと言えば精々ひとつ。
「そっか、これ夢か」
単純な脳の回路はやがて的確な答えに真っ直ぐたどり着き、ひとり納得顔を浮かべる。
夢だとわかって、それで、だからどうしろと言うのかと、なのはが我にかえって途方に暮れる間もなく、イベントは起こった。
通路を挟んだ向こう側に、見覚えのある姿があった。
自分より少し背が低い、赤い髪の少女。
そして彼女を取り巻く数人の男たち。
それは、友人同士の楽しい一時という風にはとても見えなかった。
「ヴィータちゃん!」
なのはは届くはずもない距離と知りつつも声を上げ、走り出した。
154 名前:スピノザ[sage] 投稿日:2007/10/27(土) 06:32:03 ID:5Wzh2lgN
ヴィータに近づくにつれて、男たちの声がかすかにからはっきりと聞こえてくる。
「だーかーらぁ、俺達の仲間に怪我させてくれたの、おまえだろ?責任とれよ」
「知らねーよ」
「しらばっくれないで、さっさと謝れって」
「だから知らないって言ってんだろ?もしあたしに怪我させられたってのが本当なら、それ相応のことを先にそっちがやってきたってことだ。どっちにしろ責任取る必要なんてねーよ」
「むかつく態度だな、おい。まさかこの人数に勝てると思ってるのか?」
「争うつもりもねぇーな」
発想力の乏しい男たちの脅し文句に、ヴィータは怯むことなく淡々と答える。
それが余計に、男たちのカンに触ったのだろう。
「んだと、ゴルァ」
その言葉が合図になった。
見るからに短気そうな男たちは一斉にヴィータに向かって襲いかかる。
余裕の表情を浮かべたヴィータが、仕方なしに応戦しようとしたその瞬間、男たちと彼女のあいだに小さな影が割り込んできた。
「だめーっ!」
「・・・なっ、ばかっ!」
余裕の表情が一気にくずれたヴィータは、自分を庇うように両手を広げる少女を慌てて自分の方に引き寄せる。
間髪入れず舞い込んできたいくつかの拳を勢いよく叩き落とし、なのはの体を自分の後ろの方にやった。
けれど、背後の少女が逃げる気配はない。
ヴィータはチッと舌打ちをして、眼の前の男たちと向かい合う。
適当にあしらうつもりだったのだろう先ほどの余裕はすっかり消え、纏うオーラは本気だった。
まるで、自分の後ろへは一歩も進ませないとでも言いたげに。
155 名前:スピノザ[sage] 投稿日:2007/10/27(土) 06:34:24 ID:5Wzh2lgN
その鬼気迫る様子が分らないほど馬鹿でもなかったのか、男たちは情けない悲鳴と共に、その場から走り去っていった。
しばらくの沈黙ののち、ヴィータは息をついて、面倒臭そうに振り返る。
するとそこには、予想通り、逃げずに佇む少女の姿があった。
「・・・おまえ、とろいのか?それとも頭が弱えーの?ケンカのど真ん中に入ってきたり、折角逃がしてやったのに、逃げなかったり」
「あ、ごめん・・・。えと、自分が魔法使えなさそうなことにはなんとなく気づいてたし、ヴィータちゃんが強いってこと分かってたんだけど。
なんか、つい、ほっとけなくて。・・・だって、あんな大人数で女の子いじめるなんて・・・」
「・・・ちょっと待て」
叱られた子供の言い訳のように、俯いて話すなのはを、ヴィータは不可解なものでも見るかのような目で遮った。
制されるままに言葉を止めたなのはは、頭を掻きながら、驚き、動揺しているヴィータを不思議そうに見た。
「どうしたの?ヴィータちゃん」
「・・・そうだよ。まず、それだ。・・・なんでおまえ、あたしの名前知ってんだ?」
「へ?」
「大体、名乗ってもない相手に『ヴィータちゃん』呼ばわりはないだろ、普通」
「えっと・・・、なに言ってるの?ヴィータちゃん」
「だから、やめろって!馴れ馴れしいな。テメーいったい誰なんだ!?」
苛立たしそうに声を上げたヴィータに、なのははびくりと体を強張られて、ヴィータもその反応にハッとする。
「・・・あ・・・・わ、悪かったよ。いきなり怒鳴ったりして。・・・でも、そっちも失礼だろ。まずは名乗るくらいしたらどうだ」
いつもの、とまではいかないけれども多少の穏やかさが覗いて見え、なのはは少し安心する。
親しい人間に、初めて会ったときのような挨拶をするのは気まずくもあったが、なにはともあれ、今目の前にいる『ヴィータ』は、自分を知らないのだ。
なのはにも、それは理解できた。
156 名前:スピノザ[sage] 投稿日:2007/10/27(土) 06:41:05 ID:5Wzh2lgN
「・・・う・・・・うん。えっと、私、なのは。高町なのは」
「高町なにょ・・・・な、なにょ・・・・えーい!呼びにくい!!!」
「あ・・・うん。やっぱりキレるんだね」
「はぁ?」
「・・・ううん、なんでもない」
なのはがニコッと笑うと、ヴィータは毒気を抜かれたように苦笑を浮かべた。
「変なやつ」
「まぁ、それは良いとして、ここ、どこなの?」
和んだ空気のなかで、なのはのとぼけた声が呑気に響く。
「・・・・・・・は?」
「え、いや、だから・・・・ここどこ?」
「・・・・・・・迷子か?」
「う〜ん。迷子っていうか、ここがどこだか知らなくて・・・」
「立派な迷子だろうが。・・・ああ、ったく。しょーがねぇなぁ」
そう言うと、両手を頭の後ろで組み、振り返り歩き出すヴィータ。なのははそれをただ黙って見つめていた。
これからどうしようか。
せっかく会えたヴィータも自分のことを知らないと言い、去っていく。このさき歩いていたら再び自分の知る人に出会えるのだろうか。それとも無難に動かないでいようか。
いや、そもそもこれは夢であって、自分がどうしようと大して関係ないのではないのだろうか。
そんなことを考えていると、なのはがぼんやりと背中を見つめていたヴィータが立ち止まり、振り返った。
157 名前:スピノザ[sage] 投稿日:2007/10/27(土) 06:41:45 ID:5Wzh2lgN
「・・・なにしてんだ。早く来いよ」
なのはは「え?」という顔でヴィータを見た。ヴィータにとってはさっき会ったばかりの相手なのに、普通そこまでしてくれるだろうか?表情でそんな疑問を投げかけるなのはに、ヴィータが困った笑顔を浮かべる。それはなのはには見慣れたものだった。
再び歩き出しながら、背中で付いて来いと言うヴィータに、少し迷ってから追い縋る。
隣に小走りで追いつくと、ヴィータはなのはの疑問に答えてやった。
「まぁ、今のところは暇だったし・・・なんつーか、ただの気まぐれだ」
「そんなもんかなぁ」
「そんなもんなんだよ。おまえは黙って付いて来ればいいんだ」
「どこ行くの?」
「あたしのお気に入りの場所だ。たぶん、アンタも気に入るよ・・・なんとなくだけどな」
ヴィータは楽しげに笑った。
160 名前:スピノザ[sage] 投稿日:2007/10/27(土) 11:14:58 ID:5Wzh2lgN
目的地に着いたというのに、後ろの『あいつ』はまだ追いつかない。
もう少し訓練でもして体力をつけたらどうだろうか。あたしは、後ろから走ってくるあいつを見ながら思った。
・・・・いや、体力なんて、あいつには必要ないかもしれない。人間たちの『戦争』を見慣れてるせいで、どうもそっちの方に考えがいってしまうが、あたしやシグナムたちと違って、戦う必要がない者に訓練なんていらないのだ。
特にあんな、あたしの大好きな空と同じように澄んだ綺麗な目をしてるあいつには。
どうしてだろう。あいつには、戦争や戦いのない平和な世界で生きてほしいと願ってしまう。
ただその瞳と同じ色の空を見上げてほしいと願ってしまう。
さっきは『気まぐれ』だと言ったけれど、本当はその瞳に魅入られて、一緒に空を見上げたかったんだ。
「やっと・・・はぁ・・・追いついた、よ」
いつの間にかあたしの前に来てたそいつは、苦しそうにしながらも呼吸を整えようとしていた。
「おう」
「ていう、か・・・なんで、・・・・走っ、たの?」
よほどきつかったのか、そんな質問を投げかけてくる。肩で息をするそいつに苦笑しながらもあたしは励ますように言った。
「でもほら、見ろよ」
まだ息の整わないままで、そいつは肩越しに振り返りあたしの視線を辿った。
「街があんなに小さい。アンタでも壊せちゃいそうだな」
それは少しの願いも混じっていたかもしれない。この街がなくなれば、戦争であたしが使われることも、空が汚れてしまうこともきっとなくなるから。
161 名前:スピノザ[sage] 投稿日:2007/10/27(土) 11:15:35 ID:5Wzh2lgN
あたしは笑いながら言ったけど、そいつは息を止めてその景色に向き直った。
長い坂の上から見下ろした街並みはいつもと全然違って見えて、走った体に通り過ぎる冷たい風が気持ちいい。夕焼けを前にして、ゆるやかに変化していく空の色が、見飽きた街を染め直していた。
たぶん、こいつの目を奪ったのはそんなキレイな景色とかだったんだろうけど。
あたしはそれを横目で見ながら、そいつの前髪の隙間から見えるなだらかな肌を、汗の雫が滑っていくのを何故だか見ていた。
「綺麗だね、ヴィータちゃん」
やっとで息をついて、そいつが言った。
いきなり目が合ったから、あたしは思わずビクッとなって一瞬声が出なかった。
「・・・えっ?あ、ああ、うん。そうだな、ほんと・・・綺麗だな」
慌てて浮かべた笑顔が多少ぎこちなかったみたいで、そいつはちょっと呆気にとられていた。
「ヴィータちゃん?どうしたの?」
「なっ、なんでもねぇーよ」
――――不思議だな。
あたしは、どれくらいぶりかも分からないくらい久しぶりに、心があったまるのを感じた。
どうしてこんな気持ちになるんだろう。
ただ笑っているだけのこいつが、どうして自分にこんなにも穏やかな温度を与えるのか、あたしには分らなかった。
分らないけど、ただ・・・・
ただ、心地よかった。
163 名前:スピノザ[sage] 投稿日:2007/10/27(土) 12:52:55 ID:5Wzh2lgN
「やっと見つけたぜ」
突然、穏やかさも不思議な気持ちもかき消すような声が辺りに響いた。
「っ!・・・来い!!」
後ろを振り返らなくとも、予想はついた。ヴィータはなのはの手を引いて走り出す。やがて見えてきた茂みに身を隠すが、追ってくる足音が徐々に二人の距離を縮めてくる。
「おまえはここに居ろ。今度は、絶対に飛び出してくんなよ。いいな?」
言い聞かせるようにハッキリとした口調で、ヴィータがなのはに念を押しながら立ち上がる。なのはは不安そうにヴィータを振り仰ぐ。
「ヴィータちゃん・・・」
「約束だ」
立ち上がりかけたなのはの肩を押し戻し、ヴィータが不器用な笑顔を浮かべた。
「悪いな。場所を移したかったんだ」
なのはに言い返す隙を与えずに飛び出したヴィータは、目の前の数人の男に言う。見るからに柄の悪そうな男たちは、ついさっき情けない声で逃げて行った男たちの仲間だろう。人数はさっきよりも多い。しかも、雰囲気的にこれで全部では無さそうだ。
「逃げ出したくせによく言うな」
「・・・・あそこじゃ狭くて、暴れられなかったんだよ」
先程まで浮かべていた笑顔は幻だったかのように、どこか虚ろな気迫で囁いた。
どっちが自分の本性か、ヴィータは自分でも分からない。
「・・・行くぞ、アイゼン」
―――でもきっと、これがあたしなんだよな。
164 名前:スピノザ[sage] 投稿日:2007/10/27(土) 12:55:58 ID:5Wzh2lgN
結局、いったい何人居たんだろう。
ナメられても腹が立つし、女の子だからなんて言うつもりもないが、どれだけ腰が抜けてればたったひとりにこんな人数で喧嘩を売る気になるのか。
人間の愚かさの奥の深さを思いながら、グラーフアイゼンを振り回してた自分の掌をぼんやりと見つめる。
「・・・ヴィータちゃん」
かけられた声には振り返らない。
べつに意外でもなんでもなかったからだ。
「来るなって、言っただろ?」
「・・・・・」
返ってこない答えに少し溜息をついて振り返ると、予想通りの人物が俯いて立ち尽くしていた。あちこちでみっともなく転がった男たちの群れの中で、その少女の立ち姿だけが変に綺麗過ぎた。ヴィータが哀しげに笑う。
「あたしのこと、怖いか?」
なのはは俯いたまま、静かに首を振って否定した。
「アンタは人を疑うとか出来なさそうだけど、どうしようもない奴ってのは居るもんだ」
足元に転がった男を、軽く蹴飛ばしながらヴィータは言う。口元には皮肉げな表情。
「あたしも含めてな」
165 名前:スピノザ[sage] 投稿日:2007/10/27(土) 12:59:36 ID:5Wzh2lgN
いつの間に、こんなに強くなってしまったんだろう。
何のために強くなったんだろう。
いつから―――そんなことを問い掛けることすら止めてしまったんだろう。
「ヴィータちゃんは優しいよ」
顔を上げ、真っ直ぐにヴィータをみつめる。
きっと悲しんでいると思ったその表情には確信があった。
一定の距離を保ったままだった2人の間を詰めるように、なのはが一歩踏み出す。
ヴィータを庇うつもりで飛び込んできたあの時のような迷いのない足取りに、ヴィータが哀れみのような声でそれを制した。
「あたしは優しくなんかねぇー。だからもうあたしに構うな」
それでもなのはは足を止めなかった。
「私を護ってくれたでしょう?」
「あれは最初からあたしのケンカだったんだ」
言ったあとで、言い訳だなとヴィータが自覚する。なのはもそれは分かっていた。
168 名前:スピノザ[sage] 投稿日:2007/10/27(土) 13:06:31 ID:5Wzh2lgN
「―――もし、」
近づくなのはとの距離を後ずさって離しながら、ヴィータが呟く。
呟きは揺れて、足元からゆっくりと曖昧になった。
夢から覚めるように。
「おまえを護る為に強くなったんだと言えたら、幸せだろうな」
どこか哀しげに笑っていたヴィータの笑顔が、ぼやけて、消えた。
目が覚めて最初に見たのは、出会ったときから変わらない、あの眼差し。
一瞬自分の状況が掴めなかったが、フェイトたちと一緒に小学校の卒業を祝って、八神家に泊まり込みで遊びに来ていたことを思い出す。
「どうした?」
眠る他の者を起こさないように、小さな声でヴィータが囁いた。
近い距離から伝わる温かい温度のなかで、心配げなヴィータがなのはを見つめる。
どうした、と聞かれる理由はすぐに分かった。
とめどなく溢れる涙が、頬をつたって落ちていく。
169 名前:スピノザ[sage] 投稿日:2007/10/27(土) 13:07:30 ID:5Wzh2lgN
「ヴィータちゃんが優しいから」
寝起きには似合わないはっきりとした口調に、ヴィータは少し驚いた。
「どうしたんだよ?なのは」
ヴィータの声になのはがきつく目を閉じると、目の端からひときわ大きな涙の雫が溢れる。
「やさしくて・・・涙が止まらない」
理由も分からないまま、ヴィータは自分の布団の中になのはを抱き寄せ、小さな手で背中をさする。
「言ってることがめちゃくちゃだぞ」
言葉とは裏腹に温かい声と手に、なのはは一層胸が苦しくなる。
胸に顔を押し付けたなのはの嗚咽を聞きながら、ヴィータは自分のなかにあるいつのものとも知れない記憶を辿った。
これは、いつからこの胸にあったんだろう。
誰にも心を許せずにいたあの頃、突然に沸き起こった「記憶」。
「―――でも、たぶん」
古い恋のような記憶。切ない誓いのような記憶。
どんなときも自分の価値を叫び続けている記憶。
170 名前:スピノザ[sage] 投稿日:2007/10/27(土) 13:08:11 ID:5Wzh2lgN
「優しいのは、なのはだ」
思い出せない幻のような記憶。
その笑顔がいつも揺り起こす記憶。
なにひとつ
確かな形は分からないけど
今はただ
その優しさが
たまらなく愛しい
171 名前:スピノザ[sage] 投稿日:2007/10/27(土) 13:08:59 ID:5Wzh2lgN
長かったけどこれにて終了です
駄文失礼しました
OK、なのヴィを投下します
ツッコミどころ満載だろうけど、そこは敢えてスルーで。
ちなみに時間軸としては墜落事故の一年後くらい?
とにかく退院してからの話。
153 名前:スピノザ[sage] 投稿日:2007/10/27(土) 06:30:34 ID:5Wzh2lgN
『優しいのは、』
「ここ、どこ?」
思わず呟くと、応える相手が一人もいないその言葉は独り言になってしまった。
見覚えのない町並みをぐるりと見渡し、なのはは再度同じ問いを頭の中で繰り返すが、やっぱり答えはない。
その筈だ。
見覚えのない景色の中に、突然自分が立っているという事態で、答えになりそうなことと言えば精々ひとつ。
「そっか、これ夢か」
単純な脳の回路はやがて的確な答えに真っ直ぐたどり着き、ひとり納得顔を浮かべる。
夢だとわかって、それで、だからどうしろと言うのかと、なのはが我にかえって途方に暮れる間もなく、イベントは起こった。
通路を挟んだ向こう側に、見覚えのある姿があった。
自分より少し背が低い、赤い髪の少女。
そして彼女を取り巻く数人の男たち。
それは、友人同士の楽しい一時という風にはとても見えなかった。
「ヴィータちゃん!」
なのはは届くはずもない距離と知りつつも声を上げ、走り出した。
154 名前:スピノザ[sage] 投稿日:2007/10/27(土) 06:32:03 ID:5Wzh2lgN
ヴィータに近づくにつれて、男たちの声がかすかにからはっきりと聞こえてくる。
「だーかーらぁ、俺達の仲間に怪我させてくれたの、おまえだろ?責任とれよ」
「知らねーよ」
「しらばっくれないで、さっさと謝れって」
「だから知らないって言ってんだろ?もしあたしに怪我させられたってのが本当なら、それ相応のことを先にそっちがやってきたってことだ。どっちにしろ責任取る必要なんてねーよ」
「むかつく態度だな、おい。まさかこの人数に勝てると思ってるのか?」
「争うつもりもねぇーな」
発想力の乏しい男たちの脅し文句に、ヴィータは怯むことなく淡々と答える。
それが余計に、男たちのカンに触ったのだろう。
「んだと、ゴルァ」
その言葉が合図になった。
見るからに短気そうな男たちは一斉にヴィータに向かって襲いかかる。
余裕の表情を浮かべたヴィータが、仕方なしに応戦しようとしたその瞬間、男たちと彼女のあいだに小さな影が割り込んできた。
「だめーっ!」
「・・・なっ、ばかっ!」
余裕の表情が一気にくずれたヴィータは、自分を庇うように両手を広げる少女を慌てて自分の方に引き寄せる。
間髪入れず舞い込んできたいくつかの拳を勢いよく叩き落とし、なのはの体を自分の後ろの方にやった。
けれど、背後の少女が逃げる気配はない。
ヴィータはチッと舌打ちをして、眼の前の男たちと向かい合う。
適当にあしらうつもりだったのだろう先ほどの余裕はすっかり消え、纏うオーラは本気だった。
まるで、自分の後ろへは一歩も進ませないとでも言いたげに。
155 名前:スピノザ[sage] 投稿日:2007/10/27(土) 06:34:24 ID:5Wzh2lgN
その鬼気迫る様子が分らないほど馬鹿でもなかったのか、男たちは情けない悲鳴と共に、その場から走り去っていった。
しばらくの沈黙ののち、ヴィータは息をついて、面倒臭そうに振り返る。
するとそこには、予想通り、逃げずに佇む少女の姿があった。
「・・・おまえ、とろいのか?それとも頭が弱えーの?ケンカのど真ん中に入ってきたり、折角逃がしてやったのに、逃げなかったり」
「あ、ごめん・・・。えと、自分が魔法使えなさそうなことにはなんとなく気づいてたし、ヴィータちゃんが強いってこと分かってたんだけど。
なんか、つい、ほっとけなくて。・・・だって、あんな大人数で女の子いじめるなんて・・・」
「・・・ちょっと待て」
叱られた子供の言い訳のように、俯いて話すなのはを、ヴィータは不可解なものでも見るかのような目で遮った。
制されるままに言葉を止めたなのはは、頭を掻きながら、驚き、動揺しているヴィータを不思議そうに見た。
「どうしたの?ヴィータちゃん」
「・・・そうだよ。まず、それだ。・・・なんでおまえ、あたしの名前知ってんだ?」
「へ?」
「大体、名乗ってもない相手に『ヴィータちゃん』呼ばわりはないだろ、普通」
「えっと・・・、なに言ってるの?ヴィータちゃん」
「だから、やめろって!馴れ馴れしいな。テメーいったい誰なんだ!?」
苛立たしそうに声を上げたヴィータに、なのははびくりと体を強張られて、ヴィータもその反応にハッとする。
「・・・あ・・・・わ、悪かったよ。いきなり怒鳴ったりして。・・・でも、そっちも失礼だろ。まずは名乗るくらいしたらどうだ」
いつもの、とまではいかないけれども多少の穏やかさが覗いて見え、なのはは少し安心する。
親しい人間に、初めて会ったときのような挨拶をするのは気まずくもあったが、なにはともあれ、今目の前にいる『ヴィータ』は、自分を知らないのだ。
なのはにも、それは理解できた。
156 名前:スピノザ[sage] 投稿日:2007/10/27(土) 06:41:05 ID:5Wzh2lgN
「・・・う・・・・うん。えっと、私、なのは。高町なのは」
「高町なにょ・・・・な、なにょ・・・・えーい!呼びにくい!!!」
「あ・・・うん。やっぱりキレるんだね」
「はぁ?」
「・・・ううん、なんでもない」
なのはがニコッと笑うと、ヴィータは毒気を抜かれたように苦笑を浮かべた。
「変なやつ」
「まぁ、それは良いとして、ここ、どこなの?」
和んだ空気のなかで、なのはのとぼけた声が呑気に響く。
「・・・・・・・は?」
「え、いや、だから・・・・ここどこ?」
「・・・・・・・迷子か?」
「う〜ん。迷子っていうか、ここがどこだか知らなくて・・・」
「立派な迷子だろうが。・・・ああ、ったく。しょーがねぇなぁ」
そう言うと、両手を頭の後ろで組み、振り返り歩き出すヴィータ。なのははそれをただ黙って見つめていた。
これからどうしようか。
せっかく会えたヴィータも自分のことを知らないと言い、去っていく。このさき歩いていたら再び自分の知る人に出会えるのだろうか。それとも無難に動かないでいようか。
いや、そもそもこれは夢であって、自分がどうしようと大して関係ないのではないのだろうか。
そんなことを考えていると、なのはがぼんやりと背中を見つめていたヴィータが立ち止まり、振り返った。
157 名前:スピノザ[sage] 投稿日:2007/10/27(土) 06:41:45 ID:5Wzh2lgN
「・・・なにしてんだ。早く来いよ」
なのはは「え?」という顔でヴィータを見た。ヴィータにとってはさっき会ったばかりの相手なのに、普通そこまでしてくれるだろうか?表情でそんな疑問を投げかけるなのはに、ヴィータが困った笑顔を浮かべる。それはなのはには見慣れたものだった。
再び歩き出しながら、背中で付いて来いと言うヴィータに、少し迷ってから追い縋る。
隣に小走りで追いつくと、ヴィータはなのはの疑問に答えてやった。
「まぁ、今のところは暇だったし・・・なんつーか、ただの気まぐれだ」
「そんなもんかなぁ」
「そんなもんなんだよ。おまえは黙って付いて来ればいいんだ」
「どこ行くの?」
「あたしのお気に入りの場所だ。たぶん、アンタも気に入るよ・・・なんとなくだけどな」
ヴィータは楽しげに笑った。
160 名前:スピノザ[sage] 投稿日:2007/10/27(土) 11:14:58 ID:5Wzh2lgN
目的地に着いたというのに、後ろの『あいつ』はまだ追いつかない。
もう少し訓練でもして体力をつけたらどうだろうか。あたしは、後ろから走ってくるあいつを見ながら思った。
特にあんな、あたしの大好きな空と同じように澄んだ綺麗な目をしてるあいつには。
どうしてだろう。あいつには、戦争や戦いのない平和な世界で生きてほしいと願ってしまう。
ただその瞳と同じ色の空を見上げてほしいと願ってしまう。
さっきは『気まぐれ』だと言ったけれど、本当はその瞳に魅入られて、一緒に空を見上げたかったんだ。
「やっと・・・はぁ・・・追いついた、よ」
いつの間にかあたしの前に来てたそいつは、苦しそうにしながらも呼吸を整えようとしていた。
「おう」
「ていう、か・・・なんで、・・・・走っ、たの?」
よほどきつかったのか、そんな質問を投げかけてくる。肩で息をするそいつに苦笑しながらもあたしは励ますように言った。
「でもほら、見ろよ」
まだ息の整わないままで、そいつは肩越しに振り返りあたしの視線を辿った。
「街があんなに小さい。アンタでも壊せちゃいそうだな」
それは少しの願いも混じっていたかもしれない。この街がなくなれば、戦争であたしが使われることも、空が汚れてしまうこともきっとなくなるから。
161 名前:スピノザ[sage] 投稿日:2007/10/27(土) 11:15:35 ID:5Wzh2lgN
あたしは笑いながら言ったけど、そいつは息を止めてその景色に向き直った。
長い坂の上から見下ろした街並みはいつもと全然違って見えて、走った体に通り過ぎる冷たい風が気持ちいい。夕焼けを前にして、ゆるやかに変化していく空の色が、見飽きた街を染め直していた。
たぶん、こいつの目を奪ったのはそんなキレイな景色とかだったんだろうけど。
あたしはそれを横目で見ながら、そいつの前髪の隙間から見えるなだらかな肌を、汗の雫が滑っていくのを何故だか見ていた。
「綺麗だね、ヴィータちゃん」
やっとで息をついて、そいつが言った。
いきなり目が合ったから、あたしは思わずビクッとなって一瞬声が出なかった。
「・・・えっ?あ、ああ、うん。そうだな、ほんと・・・綺麗だな」
慌てて浮かべた笑顔が多少ぎこちなかったみたいで、そいつはちょっと呆気にとられていた。
「ヴィータちゃん?どうしたの?」
「なっ、なんでもねぇーよ」
――――不思議だな。
あたしは、どれくらいぶりかも分からないくらい久しぶりに、心があったまるのを感じた。
どうしてこんな気持ちになるんだろう。
ただ笑っているだけのこいつが、どうして自分にこんなにも穏やかな温度を与えるのか、あたしには分らなかった。
分らないけど、ただ・・・・
ただ、心地よかった。
163 名前:スピノザ[sage] 投稿日:2007/10/27(土) 12:52:55 ID:5Wzh2lgN
「やっと見つけたぜ」
突然、穏やかさも不思議な気持ちもかき消すような声が辺りに響いた。
「っ!・・・来い!!」
後ろを振り返らなくとも、予想はついた。ヴィータはなのはの手を引いて走り出す。やがて見えてきた茂みに身を隠すが、追ってくる足音が徐々に二人の距離を縮めてくる。
「おまえはここに居ろ。今度は、絶対に飛び出してくんなよ。いいな?」
言い聞かせるようにハッキリとした口調で、ヴィータがなのはに念を押しながら立ち上がる。なのはは不安そうにヴィータを振り仰ぐ。
「ヴィータちゃん・・・」
「約束だ」
立ち上がりかけたなのはの肩を押し戻し、ヴィータが不器用な笑顔を浮かべた。
「悪いな。場所を移したかったんだ」
なのはに言い返す隙を与えずに飛び出したヴィータは、目の前の数人の男に言う。見るからに柄の悪そうな男たちは、ついさっき情けない声で逃げて行った男たちの仲間だろう。人数はさっきよりも多い。しかも、雰囲気的にこれで全部では無さそうだ。
「逃げ出したくせによく言うな」
「・・・・あそこじゃ狭くて、暴れられなかったんだよ」
先程まで浮かべていた笑顔は幻だったかのように、どこか虚ろな気迫で囁いた。
どっちが自分の本性か、ヴィータは自分でも分からない。
「・・・行くぞ、アイゼン」
―――でもきっと、これがあたしなんだよな。
164 名前:スピノザ[sage] 投稿日:2007/10/27(土) 12:55:58 ID:5Wzh2lgN
結局、いったい何人居たんだろう。
ナメられても腹が立つし、女の子だからなんて言うつもりもないが、どれだけ腰が抜けてればたったひとりにこんな人数で喧嘩を売る気になるのか。
人間の愚かさの奥の深さを思いながら、グラーフアイゼンを振り回してた自分の掌をぼんやりと見つめる。
「・・・ヴィータちゃん」
かけられた声には振り返らない。
べつに意外でもなんでもなかったからだ。
「来るなって、言っただろ?」
「・・・・・」
返ってこない答えに少し溜息をついて振り返ると、予想通りの人物が俯いて立ち尽くしていた。あちこちでみっともなく転がった男たちの群れの中で、その少女の立ち姿だけが変に綺麗過ぎた。ヴィータが哀しげに笑う。
「あたしのこと、怖いか?」
なのはは俯いたまま、静かに首を振って否定した。
「アンタは人を疑うとか出来なさそうだけど、どうしようもない奴ってのは居るもんだ」
足元に転がった男を、軽く蹴飛ばしながらヴィータは言う。口元には皮肉げな表情。
「あたしも含めてな」
165 名前:スピノザ[sage] 投稿日:2007/10/27(土) 12:59:36 ID:5Wzh2lgN
いつの間に、こんなに強くなってしまったんだろう。
何のために強くなったんだろう。
いつから―――そんなことを問い掛けることすら止めてしまったんだろう。
「ヴィータちゃんは優しいよ」
顔を上げ、真っ直ぐにヴィータをみつめる。
きっと悲しんでいると思ったその表情には確信があった。
一定の距離を保ったままだった2人の間を詰めるように、なのはが一歩踏み出す。
ヴィータを庇うつもりで飛び込んできたあの時のような迷いのない足取りに、ヴィータが哀れみのような声でそれを制した。
「あたしは優しくなんかねぇー。だからもうあたしに構うな」
それでもなのはは足を止めなかった。
「私を護ってくれたでしょう?」
「あれは最初からあたしのケンカだったんだ」
言ったあとで、言い訳だなとヴィータが自覚する。なのはもそれは分かっていた。
168 名前:スピノザ[sage] 投稿日:2007/10/27(土) 13:06:31 ID:5Wzh2lgN
「―――もし、」
近づくなのはとの距離を後ずさって離しながら、ヴィータが呟く。
呟きは揺れて、足元からゆっくりと曖昧になった。
夢から覚めるように。
「おまえを護る為に強くなったんだと言えたら、幸せだろうな」
どこか哀しげに笑っていたヴィータの笑顔が、ぼやけて、消えた。
目が覚めて最初に見たのは、出会ったときから変わらない、あの眼差し。
一瞬自分の状況が掴めなかったが、フェイトたちと一緒に小学校の卒業を祝って、八神家に泊まり込みで遊びに来ていたことを思い出す。
「どうした?」
眠る他の者を起こさないように、小さな声でヴィータが囁いた。
近い距離から伝わる温かい温度のなかで、心配げなヴィータがなのはを見つめる。
どうした、と聞かれる理由はすぐに分かった。
とめどなく溢れる涙が、頬をつたって落ちていく。
169 名前:スピノザ[sage] 投稿日:2007/10/27(土) 13:07:30 ID:5Wzh2lgN
「ヴィータちゃんが優しいから」
寝起きには似合わないはっきりとした口調に、ヴィータは少し驚いた。
「どうしたんだよ?なのは」
ヴィータの声になのはがきつく目を閉じると、目の端からひときわ大きな涙の雫が溢れる。
「やさしくて・・・涙が止まらない」
理由も分からないまま、ヴィータは自分の布団の中になのはを抱き寄せ、小さな手で背中をさする。
「言ってることがめちゃくちゃだぞ」
言葉とは裏腹に温かい声と手に、なのはは一層胸が苦しくなる。
胸に顔を押し付けたなのはの嗚咽を聞きながら、ヴィータは自分のなかにあるいつのものとも知れない記憶を辿った。
これは、いつからこの胸にあったんだろう。
誰にも心を許せずにいたあの頃、突然に沸き起こった「記憶」。
「―――でも、たぶん」
古い恋のような記憶。切ない誓いのような記憶。
どんなときも自分の価値を叫び続けている記憶。
170 名前:スピノザ[sage] 投稿日:2007/10/27(土) 13:08:11 ID:5Wzh2lgN
「優しいのは、なのはだ」
思い出せない幻のような記憶。
その笑顔がいつも揺り起こす記憶。
なにひとつ
確かな形は分からないけど
今はただ
その優しさが
たまらなく愛しい
171 名前:スピノザ[sage] 投稿日:2007/10/27(土) 13:08:59 ID:5Wzh2lgN
長かったけどこれにて終了です
駄文失礼しました
2007年10月27日(土) 15:03:12 Modified by nanohayuri