入院第01週

入院第01週(DAY01〜DAY07)

入院第01週のあらすじ
  • 本人にはわけ分からんうちに何故か入院が決定。各種検査などを受ける。
  • 私を閉じ込める謎の組織が存在するetcの妄想が止まらない。
  • 何かいろいろひらめいて迷惑電話をかけまくり。
  • 電話を盗聴されて切られた!と逆上。
  • 奇行の末は遂に隔離室送りに。
  • 何も無いお部屋でお絵かきするには?
  • 出ないんです。●●が。
  • 日付が分からなくなりかける。まるで無人島。
  • 自分的マーキング。
  • 別室へ移動。お隣さんには迷惑をかけたらしい。

なんで入院できたのか忘れました(DAY01)


ふと気づくと私は病院の待合室にいた。
どうやら延々と待たされているようだ。隣には夫がいる。
頭がボーっとしているというか、ぐらんぐらんしているので、まともな思考ができない。
自分の中で状況が消化できないうちに、名前を呼ばれて診察室に入った。
診察室では夫と医師が何か話をしていたが、よく覚えていない。
そこで本人がぜんぜん良く分からないうちに「入院」が決まったらしい。
同意とかサインとかをした覚えはない。
「へ?」「???」

入院が決まった後はベルトコンベアに乗せられたように各種検査があった。
血圧、身長と体重、採血、レントゲン、心電図、MRI。
それぞれ検査室が違うので、病院内をぐるぐる巡らされた。
その間も頭がくらくらしているので、病院の人にすがりつくようにして院内を引っ張られていった。

一通り検査が終わった後、入院する病棟に移動した。
途中には鍵のついたドアが幾つかあったので、何となく「閉じ込められるんだろうなぁ」という予感がした。
しかし、予想に反して私の病室のドアは内側から鍵が開けられるタイプだった。
また、差額ベッド代が気になる一人部屋だった。
私は頭が働いていない割には、そういうことは気になるけちん坊である。

病室に移動してからは、担当看護婦より入院生活についてのガイダンスがあった。
規則やルールが多すぎて一度では覚えきれない程だったが、「入院のしおり」的な印刷物をもらったので、言うことをきかない頭で何度も読み返した。
この規則やルールについては、おいおい書いていきたいと思う。

夕飯は同じ病棟のホールのようなスペースで食べた。
一人一人メニューの内容が違うので名札のついたトレイを取らないといけない。
私の食事は名札の隅に「普通食」とあったので普通なんだろう。
当然他にも入院患者が大勢いたが、とにかく頭がボーっとしているので話しかける気にもなれず、そそくさと食事を済ませた。

食事のあとは薬の時間である。
薬については正しく飲み忘れや飲みすぎがなく摂取できるように、一人一人名前を呼ばれて看護婦立会いのもとで飲むことになっていた。
名前を呼ばれるまでがダルいが仕方がない。

とにかく色々あって疲れた一日だった。
窓の外は夕暮れから真っ黒い夜になっていた。

ベッドに入ってから考えた。「えーと、何で私、入院しているんだっけ?」
しかし、あまり考える時間を与えずに、眠剤が私の思考活動を停止していった。

次の日、良く寝て元気になったのか、私は突飛な行動を起こすことになる。

やばいのは私の妄想(DAY02)


入院二日目は一見静かに始まった。
普通に朝食を取り、昼間に夫との面会があった。
面会は普段は食事を取る場所のホールで行われる。
夫は入院に必要な各種日用品を私のクローゼット等から探し当てて持ってきてくれた。
下着など少々恥ずかしいものも含めて一日で必要最小限なものを揃えてくれた。
頼れるべきは家族。大変ありがたいことである。

差し入れの中にはテレホンカードもあった。
入院病棟内には携帯電話の持ち込みはできない。
廊下にある公衆電話を使ってしか外への電話はできないようになっていた。
この通信の不自由さが翌日の奇行の原因となる。


夫が帰ったあと、自分のおかれた状況を判断しようとしていろいろ考えた。
今振り返ればとんでもない妄想ばかりだったが。
「窓の外に見える止まっている車は私を助け出すために待機しているのだろう。ナンバーがゾロ目なのはその合図である」
「壁についている汚れの位置が違うので、私がいる部屋は昨日いたところと違う。夜間のうちにすりかえられたのだ」
「今いるのは昨日いたところと違うので、場所を確かめないとならない」
「私を閉じ込めて得をする謎の組織がある」
自分以外の全てに疑念を膨らませて留まることを知らない妄想が広がった。

この時点で私は自分の病名を知らなかったので、このようなおかしな妄想に対する病識がなかった。
妄想は全て現実であり、不自然なことはないように思われた。

翌日、ノンストップで奇想天外な想像を限界まで頭に溜め込みすぎたのか、私は遂に隔離室に強制送還される奇行を取ることになるのだった。

強制的にクワイエットルームにようこそ(DAY03 part1)


この日は食事以外に特にやることもなく暇だったので、昨日差し入れのあったテレホンカードを使ってとりあえず友人の携帯電話に電話をかけることにした。
しかし、留守電になってしまい繋がらない。
諦めて別の友人の電話番号をダイヤルした。が、また繋がらない。

ここで私が考えたことは妄想に満ちていた。
「この公衆電話は病院内に交換機があって盗聴されているのでは」

続いて3人目の友人に架けてみた。今度は繋がった。
だが、様子が変だった。
友人の受け答えは普段とは違い、どこかよそよそしく聞こえた。
「これは盗聴している病院内の人が出て友人のふりをしているのだ」
次々と考えが広がっていった。
「回線がおかしいことを確かめられる手段はないのか」

ここで私の頭はピカっとひらめいた。
外部から電話回線について調べるには、NTTの故障係に問い合わせるという手段を思いついたのである。
さっそく113番に電話をした。
「あのー、今かけている公衆電話がおかしいのですが…。特定の番号に繋がらないということはありますか?相手は携帯電話です」
おかしくないものをおかしいと言われてNTTの係の人も困ったのではないだろうか。
回答は、この故障係への電話はつながっているので、公衆電話側の問題とは考えづらくその先の携帯電話回線のほうの問題ではないか、というごく普通のものであったと思う。

満足のいく回答の得られなかった私は更にヒートアップしていた。
「私の邪魔をするやつは誰だ?許せん!」

改めて公衆電話コーナーを見回すと、入院病棟の患者の扱いについての相談窓口という病院外の電話番号が掲示されていた。
今度はここに苦情を申し立てることにした。
「あのー、入院している患者なのですが、電話を使うことを邪魔されていて困っているんですけど、病院側に一言言っていただけないでしょうか?」
ここでも、当然ながらのらりくらりと適当な答えでかわされ、満足のいく回答は得られなかった。
申し立て側が明らかにおかしいので、当然の結果ではあるのだが。

この時点で隔離病室送りまであと約1時間だった。

強制的にクワイエットルームにようこそ(DAY03 part2)


色々と電話をかけて得られた回答は「やっぱりこの電話おかしい」
前日の「この病棟おかしい」系の妄想と合わせると、自分の置かれた立場がどんどん不利になっているように感じた。

このあたりで心細くなった私は夫にも事態のおかしさを伝えておかなくてはと電話をかけた。
「あのね、入院した病院なんだけど色々おかしいの。
電話がちゃんと繋がらないし、盗聴されていて別の人に繋がったりするの。
あと、昨日いた病室と違うところにいつのまにか移されていたりするし。
元いた病棟は窓から見える向かいの病棟みたいなんだけど。」

支離滅裂な説明をしていたところで、突然テレホンカードの度数が切れた。
携帯電話にかけまくっていたので度数の減りが早いだけのことなのだが、当然私は勘違いをした。
やっぱり盗聴されていて切られたんだ!!

電話が切られたことで一気に不安になった私は、自分がいる病棟内の探検に出かけた。
今までは自分の部屋とホールの往復しかしていなかったので、病棟の他の部分がどうなっているのか確認したくなったのである。
また、窓から外を見て現在地を確認したくなった。
入院した病棟と別の場所にいるのではないかという不安があったからである。

病棟内を一周するうちに、2人部屋や4人部屋など自分が今いる1人部屋以外の存在があることが分かった。
そのうちの一室に無断侵入してみた。
ドアが開いていたので、入るなら今がチャンスであった。
窓の外を確かめると、残念なことに向かいの建物しか見えないようになっていた。
これでは現在地を確認しようがない。ガックリきた。

ふいに「他の部屋には入っちゃいけないんですよ」と病室の患者に声を掛けられた。
「そうか、そうなのか。情報交換できないように操作されているんだ!」
また早合点をして、その病室を後にした。

電話回線への不満と、病棟自体への不満が重なり合って、更なる暴走が始まった。

強制的にクワイエットルームにようこそ(DAY03 part3)


電話は繋がらないし、病棟から外が確認できないし、他の患者から注意されるしで、何もかもが思い通りにいかない状況により、怒りゲージがMAXになった私は暴走を始めた。

ところが、この間の記憶が定かでない。(引っ張った割りにこれかよ!)
どうやら他の患者のコップの位置を入れ替えたり、その他病棟内をいろいろ「おいた」をして歩いて回ったらしい。
この異常行動を病院側に察知されてしまい、13:45に遂に隔離室への移動が決まった。

鍵つきの重そうなドアの向こう側は隔離室が幾つか並んでいた。
廊下に出されていた余りの空きベッドのうち2つくらいは拘束ベルトのついたベッドだった。
私は何か見てはいけないものを見てしまった気がした。
「私はひょっとして超ヤバイゾーンに踏み込んでいるのでは…」
今なら当時の自分に言える。「そのとおり!アナタは危険人物です!

私が入れられた隔離室は映画のように小奇麗な部屋ではなかった。
名前も「クワイエットルーム」なんてオシャレな名前なんかついていない。
床も壁も汚れや傷が目立った。どちらかというと薄暗く小ぎたない部屋だった。
それでも、ベッド以外に物がないので、スッキリというか寒々としていた。
あと、いつでもトイレの便器が目に入るのは刑務所っぽくてすごくいやだった。
しかも、トイレの横にも腰高の窓があり、上半身はおトイレ中は外から丸見え
看護士以外に見る人はいないが、これはかなりヘコむ。

他に刑務所っぽさ全開なのが、食事以外の小物のやりとりは全て小窓から行われるという点だった。
隔離室内には私物は一切持ち込み不可だったので、ティッシュ箱の一つも小窓経由で受け渡された。
用がある度にいちいち看護士を呼ばなければならないので、不便極まりない。
食事の時だけドアの鍵が開けられ、ワゴンで運ばれてきたものをベッドの上で食べるという生活だったので、一日のうちベッドに寝ているか腰掛けているかトイレかの三択しかなかった。

唯一の救いは、身体拘束をされなかった点である。
もし、拘束されていたら逆効果で、ストレスから来る病状が更に悪化したと思う。
そうは言っても、不満だらけの隔離室環境で、私は翌日以降も奇行を繰り返した。

クワイエットルームの水森亜土(DAY04)


隔離室送りになってからというもの、不自由な生活環境のせいで、前からあった病院側への不満はどんどん大きくなっていた。
今から思うとアホすぎるが、「何とかして一矢報いたい」とまで思うようになっていた。
とはいっても、すぐには何もない病室内でできることはなかった。

その機会は食事後に訪れた。
食事を下げた後は、薬を飲むためと歯磨きをするために、コップと歯磨きセットが運ばれてくる。
その歯磨きセットを見て私はひらめいてしまった。
鍵つきドアのガラス窓部分に「内側から」落書きをすればドアを開けざるを得ない!

自分の思いつきにウキウキしてきた私はすぐに実行に移した。
指に歯磨き粉をチューブから思いっきり出して、窓にいたずら書きを始めた。
やっているうちに、どんどん楽しくなって、ハイになってきた。
30歳以上の方ならご存知かと思うが、透明なアクリル板に絵を描く水森亜土の気分だった。
亜土ちゃん最高!

しかし、楽しい落書きタイムもすぐに終わってしまった。
すぐに看護士に見つかってしまい、ジ・エンドであった。
当然おこられた。

それにしても、水ですぐに落ちるし、迷惑を掛け過ぎない配慮が行き届いた素晴らしいいたずらだ!
ちっとも懲りずに、私は自画自賛して得意気だった。
この時点では反省など全くしていなかった。

●●と戦う日常の始まり(DAY05)


入院中毎日決まって看護士に確認されることが幾つかあった。
脈拍、体温、便通の有無である。
最初の2つはいいにしても、最後の便通については、毎日「なし」で答えていた。
「トータルで何日出てないんだ?」
日付の感覚があやしくなっていた私にはよく分からなかった。
実際は、星取表にしてみると●●●●●という感じである。
相撲なら負け越しか?!という雰囲気。

あまりにも便通がないので、薬に便秘薬が足されることになった。
おそらく便秘は薬の副作用かと思われる。
どんな薬にも副作用がつきものである。

しかし、その後もあまり便通の状態は改善されなかった。
おおよそ、●●●●●○●●●○●というくらいの感じで。
取り組みの悪い星取表は結果的にそのまま退院まで続くことになる。

一人で漂流記ごっこ(DAY06 part1)


入院して6日も経つと、私は時間どころか日付の感覚まで良く分からない状態になっていた。
常に頭がボーっとして冴えないという理由もあったが、何より隔離室には窓は無く、外の様子がほとんど分からない。
こんな時、どうしたらよいのか?
昔読んだ漂流記では、壁だか木だかに一日ごとに印を付けていたはずである。
しかし、筆記用具も何もない部屋では壁に印をつけることなどできなかった。

そこで、私はひらめいた。
トイレットペーパーをこより状にして、結び目を日数の分だけ付けるのだ。
我ながら素晴らしい思いつきだった。
「私ってあったま良い〜♪」
今考えればくだらないアイデアだが、さっそく実行に移した。

結び目の作成はやや難しかった。
何回かは破れてしまい失敗した。
それでも、なんとか結び目のだんごが並んだこよりが出来上がった。

次に、この「簡易日付カウンター」の隠し場所を考えた。
病院側に変なものが見つかると取り上げられてしまうかもしれない。
私は自分の枕の下に隠すことにした。
これならば、見つかることはなさそうである。
「これで病院に勝ったー!」

この日も、自分の思いつきに一人ご満悦で上機嫌な私であった。
妙なアイデアは、同日もう一度別の形でやってきた。

一人で漂流記ごっこ(DAY06 part2)


なにも所持品を許されないという隔離室の状況は、かなり耐え難いものである。
暇つぶし道具一切無し!ということは、寝るくらいしかすることがない。
本当に刑務所そっくりな待遇に、私のストレスはたまる一方だった。
「何でもいいから遊び道具にしたい!」「暇つぶししたい!!」
人生始まって以来の暇さ加減に、爆発寸前であった。

ところで、入院中は食事とは別に「おやつ」の時間もあった。
おそらく食べ過ぎないようにという理由であろうか、毎回限られた分量だけが、各自のお菓子の在庫から適当な量ずつ支給された。
お菓子の外袋にはマジックで名前が書いてあったので、本当に各自別々のものなのであろう。
おやつは食事以上に楽しみで待ち遠しい時間であった。

この日のおやつはBitというチョコレートだった。
3cm角くらいのチョコがビニールの個包装に入っているお菓子である。
前の日も同じものだったので、実は少し食べ飽きていた感があった。
なので、そのうち1つは自分のお遊びに使おうと考えていた。
またどうしようもないいたずらを思いついてしまっていたのである。

チョコレート菓子はだいたい28℃以上で溶けることになっている。
つまり、人間の体温より低い温度で溶けるのだ。
そのため、わきの下にはさむなどすれば、チョコレートを簡単にやわらかく溶かすことができる。
そして、溶かしたチョコで何か書きたい時には、包装の隅を少し破れば、細い幅で何でも書くことができる。
バースデーケーキの上にチョコレートクリームでメッセージや絵を描くときのように。
そう、私が思いついたしょうもないアイデアは溶かしたチョコレートで何かを書くということであった。

しかし、前回歯磨き粉の件でおこられた経験から、大胆な落書きは避けることにした。
それよりも、自分が寝ている間にベッドを移されているのではないかという病院への疑念がまだ消えていなかったので、そちらの確認用に使うことを考えた。
結局チョコレート痕を残したのは、ベッドのパイプ部分と、病室の窓の桟の端だけである。
見つかりづらいように、どちらもほんの少しだけの量にしておいた。

ちまちましたいたずらしかしなくなったため、病院側は私が大人しくなったものと判断したのであろうか。
次の日に私は部屋を移ることになった。

お隣さんごめんなさい(DAY07)


約7日目にして、もう何日入院しているのか私は分からなくなっていた。
前に作成した日付カウンターも、毎日定期的にカウントアップしない限り用をなさない。
そもそも、今が何時か知ろうにも時計がないので、昼食が運ばれてくると「だいたい12時くらいだな」という程度の把握しかできない上に、頭がボーっとしているので先ほどの食事が何ご飯だったかあまり確信が持てないという状態だった。
そんな朦朧とした意識の中でも、どうにか食事や歯磨きといった動作だけは一人でできていたようである。

部屋を移るということは急に知らされた。
といっても、部屋への持込私物はゼロなので、移動は簡単である。
廊下に置いてあった家族からの差し入れ等の私物は、看護士がまとめて運んでくれた。
移動ということで、どんな部屋に移るのか私は興味津々だった。
しかし、移動中にまた拘束ベルトのついた空きベッドを見てしまい、若干ブルー度が増した。

新しい部屋は隔離病棟の中の隣の部屋だった。
隔離室なので、基本的に部屋の中のレイアウトは前の部屋と変わらない。
寒々しく何も無い空間と端っこにむき出しのトイレ。ドアの鍵は外側のみ。
部屋が変わっても、気分転換とは程遠い状況である。
「まだホリエモン生活(=獄中生活)が続くのかぁ」と私はうんざりした。

しばらくすると、さっきまで私がいた部屋に誰かが移動してくる様子だった。
隣に引っ越してきた人は割と声が大きい女性だった。
しかも、よくしゃべる。
看護士とのおしゃべりの時間を楽しみにしているようだった。

ふと、隣からこちらが冷や汗もののやり取りが聞こえた。
「看護士さーん。何か部屋が汚れているんですけど!血とか付いてるし!!」
私は一瞬で分かった。
「それは血痕じゃなくて、私が付けたチョコレート痕だ!」(汗)
と言っても、それを申告はせずに黙っておいたが。
これ以上おこられるのは勘弁である。

さて、入院して一週間が経ったわけであるが、この時点での私は、自分の置かれた状況がいまひとつ飲み込めていなかった。
隔離室に閉じ込められていることに対しては、納得するどころかまだ腹立ちを覚えていた。
本当は妄想にしたがって迷惑行動をするような患者は、隔離した方が患者本人のためにも、他の患者のためにも病院の取るべき最善策であると思えるようになるのはもっともっと先のことだった。

次のページ>>入院第02週


これは過去記事のまとめページです。
最新記事はブログ統合失調症患者のクワイエットルーム体験記でお読み下さい。
2007年12月07日(金) 14:17:06 Modified by quiet_room




スマートフォン版で見る

×

この広告は60日間更新がないwikiに表示されております。