最終更新: nano69_264 2008年05月18日(日) 21:02:47履歴
[494]名無しさん@ピンキー<sage>2007/08/17(金) 03:06:46 ID:f3PswLNO
[495]名無しさん@ピンキー<sage>2007/08/17(金) 03:07:30 ID:f3PswLNO
[496]名無しさん@ピンキー<sage>2007/08/17(金) 03:09:36 ID:f3PswLNO
[497]名無しさん@ピンキー<sage>2007/08/17(金) 03:10:28 ID:f3PswLNO
HAPPY END
それは冬にしては日が昇り温かい、春の到来が近いような日だった。
ミッドチルダにある公園に一人の老人が歩いている。
かつては女性に間違われるほど艶やかだったハニーブロンドの髪はすべて白くなり、童顔だった自分に少しでも箔をつけようと生やした鬚もまた白い。
だが、その体には未だに力強さが満ちており、むしろ彼がミッドチルダに居たころよりも猛々しくなっている印象があった。
彼がこの街と世界を離れてから40年、その歳月の中で変化し、また変わらぬモノを懐かしげに眺めている。
騒々しい人々の声、光を反射し聳え立つビル、平和を享受する子供達。
彼が10年間をすごした場所は、40年の中でもそれを護り続けてきたのだ。
しばらく、そうして思い出を楽しんでいた老人であったが、ふと公園の中に自分の記憶にないものを見つけた。
なんて事は無いただの屋台なのだが、そこから実に良いにおいがしてくる。
時計を見れば、時間までまだまだ余裕があった、老人は迷わず屋台に向かい小銭をはらってホットドックを受け取る。
ケチャップとマスタードをたっぷりとつけ、齧り付けばソーセージから漏れた肉汁が余計に空腹を強調させてくれた。
そういえば、昔ここに住んでいたころは仕事が忙しくて毎日ジャンクフードで過ごしていた、まともな食事をとるようになったのは妻と結婚してからだ……
たかが、ホットドックを食べるという事だけでもそんな事を思い出す。
無理もない、老人は青春の全てを此処で過ごしその情熱を己の勤めに注ぎ続けたのだ、ここは余りにも想い出が多すぎる。
ホットドックを食べつくした老人の身に一つの風が吹く。
いかに晴れているとは言え、一月の風はやはり冷たい。
老人が思わず身をすくめると、彼の後ろから彼を呼ぶ声が聞こえた。
「……もしかして、ユーノ君?」
老人が振り返った先には、一人の老婆が居る。
老人と同じように白くなった髪を、昔の彼女を彷彿とさせる亜麻色の紐でまとめた女性。
だから、老人は彼女の正体にすぐ気がついた。
「なのは、なのかい?」
老人……ユーノ・スクライアがその名を呼ぶと、老婆の表情がパッと明るくなる。
それだけで、ユーノには彼女が高町なのはであると……いや、今彼女の苗字が何であるのかを知らないのだから「高町」と呼ぶのは若しかしたら間違っているのかもしれない。だがとにかく、幼馴染の「なのは」である証明になった。
「えぇ! 本当にお久しぶり!!」
「ははっ! まさか会えるとは!」
二人は思わずお互いの手を取りあう。
こうして、触れ合ったのは一体何時振りであろうか? それはもう記憶の彼方で二人は思い出すことすらできない。
「今日は、管理局の仕事は休みかね?」
「いいえ、管理局は5年前に辞めさせてもらったの」
「ほぅ? あのエースオブエースを失うとは、管理局最大の損失ではないか」
「もう、止めてちょうだい。女性の若いころの話題を持ち出すなんて」
「ははは、それは失礼した」
「……今は、もう若い人たちの世代ですもの。スバルやティアやエリオ、キャロ……そしてあの子達の教え子達、管理局を立派に支えてくれているわ」
「そうか、君の鍛え上げた新人達が今や管理局を担う立場か」
ユーノの視線の先には時空管理局が見える。
50年前に出会った少女が、その生涯をかけてきた組織。
きっと彼女は、己の役目を立派に果たしたのだろう。ユーノにはそれがよく分かった。
「ユーノ君は、今までどこに?」
「……ユーノ『君』は止めてもらえないだろうか、ワシはもうそんな年ではないよ」
「そうね、なら……ユーノ……かしら? ふふっ、なにか変な感じね」
「おいおい」
「だって、貴方の事は何時も『ユーノ君』と呼んでいたんですもの」
そういえばそうだったか。
それにしても、大の大人……しかも60過ぎの男を「君」付けで呼ばれるのはなんともこそばゆい。
「うぅむ、がんばってユーノと呼んでもらえないだろうか」
「えぇ、もちろん。全力全開で努力させていただきます」
「こんな時もかね?」
「40年ぶりですもの、こんな時だからですよ」
「なるほど、君らしいな」
ユーノは髭をなぞりながら、あの日々を思い出す。
なのはとの出会い、ジュエルシードを巡る戦い。
フェイトとの出会い、その結末。
八神はやてとの出会い、ヴォルケンリッターとの対決。
無限書庫の司書長として目まぐるしく送った日々。
様々な喜びと悲しみと苦しみと後悔と。
今はそれらすべてが「懐かしい」というただ一言にのみ集約されている。
「そうだな、もう40年たつのだな」
ユーノ・スクライアがミッドチルダを出たのはスカリエッティが引き起こした事件のしばらく後だった。
とは言え、その事件が切欠だったのではない。その前から漠然と考えていた事があったためだ。
当時、ユーノ・スクライアと言えば新進気鋭の考古学者として学会の注目を集めていたがユーノ自身はそうした栄誉を受ける一方で、ある疑念に取りつかれていた。
それは、「自分の評価は無限書庫という存在があるからではないか?」と言うことだ。
管理局の無限書庫には、膨大な情報が集まっている。ユーノの論文のいくつかはそうした無限書庫の情報から得た知識を元に書いたものだ。
初めて論文を書き始めていた頃は、そんな事を気にもしなかったがいくつか書いていくうちに、それは徐々に彼の中で鎌首を擡げていた。
自分の功績はあくまで無限書庫という優れたシステムの恩恵があるからこそであり、それに頼ったものなのだと。
それは、学会の中でも少なからず存在する意見であり、それが余計にユーノの苦悩に拍車をかけていた。
そうした反発から、彼の中で「自分の本当の実力でのし上がりたい」という野望が大きくなっていたのは、ある意味仕方のないことだったのかもしれない。
幸いにして、ユーノと部下たちの10年間が実り無限書庫は依然のような無機能状態ではなくなっている。自分が居なくなっても業務に差し支えはない。
そしてついに彼は決心した、スカリエッティの事件が解決し時空管理局がなんとか立ち直った頃に、ユーノ・スクライアは無限書庫の司書長という栄誉ある地位を捨て文字通り、己の身一つで世界に飛び出していったのである。
「若かったのだな、あの頃は」
ミッドチルダを飛び出し、自分の名の知られていない世界に渡ってそこで研究を始めた。
少ない文献と伝承を必死になって解析し、明かされていない言語を現在の言葉に翻訳するため何年も時をかけた。
発掘の資金を得る為に出資者に頭を下げて渡り、それでも足りなくて中断せざるを得なかった作業は一つや二つでは無い。
凄まじい苦労の連続であったが、ユーノは歯をくいしばって立ち向かった。そうする事すらユーノにとっては充実の一つだったからだ。
その中で一人の女性と出会い、結ばれて子供を授かった。
男の子と女の子、それぞれの子の名前をどうしようかと悩んだ日々は本当に幸せだった。
研究と、家庭の両立が難しい事を骨身に染み込むほどに痛感し、父親としての自分に自信を失いかけたりもした。
ユーノ・スクライアの一生は、そうしたものだ。
若かりし頃に体験した二つの冒険よりも、その後の平凡な日々の方がユーノには愛おしく感じる。
「なのは、君は今幸せかね?」
「……えぇ、とても」
「そうか。うむ、そうなのだろうな」
彼女の薬指には、古ぼけた銀の指輪があった。
きっとアレも40年の年月を重ねたのだろう、もはや光を放つことはないが彼女の人生が幸福である証であるとみてとれた。
彼女が微笑んでいる、ただそれだけでユーノ・スクライアもまた幸福になれる。
そう、それは二人の間で変わらない絆なのだから。
「おじいちゃーーん!」
遠くから、ハニーブロンドの髪を揺らして一人の少女が走ってくる。
その声と姿を認めたユーノは、高く手を振って少女を、自分の孫娘を迎えた。
「おぉ、ユンファ!」
「おじいちゃん、おまたせ!」
「お帰り、どうじゃったかな? 試験の方は」
「うん。大丈夫!」
「ははっ、そうかそうか」
孫娘の頭を撫でながら、ユーノは満面の笑みを浮かべる。
仕事で忙しい息子夫婦の代わりに、孫の面倒を見ていたのは何時もユーノと妻だった。
その影響か、この娘は考古学に強い興味を示し、その勉強をする為にミッドチルダの有名校への入学を希望した少女、ユンファ・スクライア。
そんな孫をユーノは目に入れても痛くないほどに可愛がっていた。
「ユーノ、その子は?」
「おぉ、そうじゃった。この子はワシの孫ユンファじゃ。ほら、ユンファご挨拶しなさい」
「はい! ユンファ・スクライアです! よろしくおねがいします!」
「あらあら、元気の良いお孫さんね。わたしは、なのは……」
なのはが、自分のセカンドネームを名乗ろうとした時、唐突に彼女の携帯が音を鳴らした。
何事かと、なのはが自分の携帯を取り出すと其処には彼女の約束していた時間を大幅に超過する事を示す時刻が表示されていた。
あわてて携帯を開き、かけてきた相手と話をする。
「真一郎? ごめんなさい、もう試験終わったの? あぁ、もう待ち合わせ場所にいるのね? すぐに行くわ。えぇ、大丈夫」
なのははバツが悪そうに携帯を終うと、二人に向きなおる。
「ごめんなさいユーノ、ユンファちゃん。約束があった事をすっかり忘れていたわ」
「はは、どうしたね。昔は時間をしっかり守るタイプだったじゃないか」
「私も歳をとってしまったのかしらね……それじゃぁ、申し訳ないのだけれど」
「あぁ、気にせずに行きなさい。相手も待ちくたびれているだろう」
「えぇ、じゃあユーノ今度連絡を頂戴、みんな揃って同窓会をしましょうよ」
「そうじゃな……」
フェイト、アルフ、クロノ、エイミィ、はやて、シグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラ
懐かしい人々。彼女たちは今どうしているのだろうか?
彼らも、今幸せなのだろうか。
いや、幸せに違いない。幸福で会ってくれなければ何かの間違いだとしか思えない人々なのだから。
笑顔のまま立ち去ってゆくなのはを見送る、ユーノ。
彼女の後姿が見えなくなる頃、孫娘がなにやら悪戯を思いついたようにユーノに問いかけた。
「ねぇ、おじいちゃん。今の人、もしかしておじいちゃんの初恋の人?」
「む」
ユンファの問に、ユーノは思わずうめき声を出す。
そう、彼女はユーノ・スクライアの初恋の人だ。
彼女と出会ってから10年間、ずっと想い続けてきた。
そして、ユーノがミッドチルダを出ると決めた日に彼は彼女に思いのたけを伝え……そして、それに終止符を打つことになる。
彼女は、ミッドチルダに残って仲間たちとともに管理局の為に尽くす道を選んだ。
ユーノにとって、初恋の敗北はとても苦いものであったが、それと同時に彼女の選択に納得もできていた。
自分が10年間も彼女に告白しなかったのは、彼女への感情よりも己に与えられた務めを果たすことに心血を注ぐ事に夢中になりそしてその勤めを尊んでいたからだ。
だから、彼女の気持ちも理解できる。
「高町なのは」は、何よりも時空管理局教導官としての自分に誇りを持ちそして、己の役目を果たそうとしていたのだから。
彼女がそういう人間であるという事を、ユーノ・スクライアは誰よりも知っていたのだから。
「バアさんには内緒じゃぞ? ワシは生涯バアさん以外の女性を愛したことはない、という事で通しておるのじゃからな」
「えー?」
「おぉ、そうじゃ。折角ミッドチルダまで来たのじゃから何か旨いものでも沢山食べようじゃぁないか」
「ホントに!?」
「あぁ、本当じゃとも」
「じゃぁ、じゃぁこの前TVでやってたお店に行きたい!」
老人は、孫娘の手を引いて街の中に姿を消してゆく。
彼は、なのはが立ち去った方向を振り向くことはなかった。
彼女に抱いていた思いは、今や彼の青春の残滓なのだ。
もはやソレは、彼の中の何かを熱くさせることはなく、遠い記憶を呼び覚ます呼び水にしか過ぎない。
それでも、彼は幸福であった。
幸福であると思える選択を彼はしたのだから。
これからも彼はそうするだろう。
彼自身と、彼の愛する者達の為に。
著者:24スレ493
[495]名無しさん@ピンキー<sage>2007/08/17(金) 03:07:30 ID:f3PswLNO
[496]名無しさん@ピンキー<sage>2007/08/17(金) 03:09:36 ID:f3PswLNO
[497]名無しさん@ピンキー<sage>2007/08/17(金) 03:10:28 ID:f3PswLNO
HAPPY END
それは冬にしては日が昇り温かい、春の到来が近いような日だった。
ミッドチルダにある公園に一人の老人が歩いている。
かつては女性に間違われるほど艶やかだったハニーブロンドの髪はすべて白くなり、童顔だった自分に少しでも箔をつけようと生やした鬚もまた白い。
だが、その体には未だに力強さが満ちており、むしろ彼がミッドチルダに居たころよりも猛々しくなっている印象があった。
彼がこの街と世界を離れてから40年、その歳月の中で変化し、また変わらぬモノを懐かしげに眺めている。
騒々しい人々の声、光を反射し聳え立つビル、平和を享受する子供達。
彼が10年間をすごした場所は、40年の中でもそれを護り続けてきたのだ。
しばらく、そうして思い出を楽しんでいた老人であったが、ふと公園の中に自分の記憶にないものを見つけた。
なんて事は無いただの屋台なのだが、そこから実に良いにおいがしてくる。
時計を見れば、時間までまだまだ余裕があった、老人は迷わず屋台に向かい小銭をはらってホットドックを受け取る。
ケチャップとマスタードをたっぷりとつけ、齧り付けばソーセージから漏れた肉汁が余計に空腹を強調させてくれた。
そういえば、昔ここに住んでいたころは仕事が忙しくて毎日ジャンクフードで過ごしていた、まともな食事をとるようになったのは妻と結婚してからだ……
たかが、ホットドックを食べるという事だけでもそんな事を思い出す。
無理もない、老人は青春の全てを此処で過ごしその情熱を己の勤めに注ぎ続けたのだ、ここは余りにも想い出が多すぎる。
ホットドックを食べつくした老人の身に一つの風が吹く。
いかに晴れているとは言え、一月の風はやはり冷たい。
老人が思わず身をすくめると、彼の後ろから彼を呼ぶ声が聞こえた。
「……もしかして、ユーノ君?」
老人が振り返った先には、一人の老婆が居る。
老人と同じように白くなった髪を、昔の彼女を彷彿とさせる亜麻色の紐でまとめた女性。
だから、老人は彼女の正体にすぐ気がついた。
「なのは、なのかい?」
老人……ユーノ・スクライアがその名を呼ぶと、老婆の表情がパッと明るくなる。
それだけで、ユーノには彼女が高町なのはであると……いや、今彼女の苗字が何であるのかを知らないのだから「高町」と呼ぶのは若しかしたら間違っているのかもしれない。だがとにかく、幼馴染の「なのは」である証明になった。
「えぇ! 本当にお久しぶり!!」
「ははっ! まさか会えるとは!」
二人は思わずお互いの手を取りあう。
こうして、触れ合ったのは一体何時振りであろうか? それはもう記憶の彼方で二人は思い出すことすらできない。
「今日は、管理局の仕事は休みかね?」
「いいえ、管理局は5年前に辞めさせてもらったの」
「ほぅ? あのエースオブエースを失うとは、管理局最大の損失ではないか」
「もう、止めてちょうだい。女性の若いころの話題を持ち出すなんて」
「ははは、それは失礼した」
「……今は、もう若い人たちの世代ですもの。スバルやティアやエリオ、キャロ……そしてあの子達の教え子達、管理局を立派に支えてくれているわ」
「そうか、君の鍛え上げた新人達が今や管理局を担う立場か」
ユーノの視線の先には時空管理局が見える。
50年前に出会った少女が、その生涯をかけてきた組織。
きっと彼女は、己の役目を立派に果たしたのだろう。ユーノにはそれがよく分かった。
「ユーノ君は、今までどこに?」
「……ユーノ『君』は止めてもらえないだろうか、ワシはもうそんな年ではないよ」
「そうね、なら……ユーノ……かしら? ふふっ、なにか変な感じね」
「おいおい」
「だって、貴方の事は何時も『ユーノ君』と呼んでいたんですもの」
そういえばそうだったか。
それにしても、大の大人……しかも60過ぎの男を「君」付けで呼ばれるのはなんともこそばゆい。
「うぅむ、がんばってユーノと呼んでもらえないだろうか」
「えぇ、もちろん。全力全開で努力させていただきます」
「こんな時もかね?」
「40年ぶりですもの、こんな時だからですよ」
「なるほど、君らしいな」
ユーノは髭をなぞりながら、あの日々を思い出す。
なのはとの出会い、ジュエルシードを巡る戦い。
フェイトとの出会い、その結末。
八神はやてとの出会い、ヴォルケンリッターとの対決。
無限書庫の司書長として目まぐるしく送った日々。
様々な喜びと悲しみと苦しみと後悔と。
今はそれらすべてが「懐かしい」というただ一言にのみ集約されている。
「そうだな、もう40年たつのだな」
ユーノ・スクライアがミッドチルダを出たのはスカリエッティが引き起こした事件のしばらく後だった。
とは言え、その事件が切欠だったのではない。その前から漠然と考えていた事があったためだ。
当時、ユーノ・スクライアと言えば新進気鋭の考古学者として学会の注目を集めていたがユーノ自身はそうした栄誉を受ける一方で、ある疑念に取りつかれていた。
それは、「自分の評価は無限書庫という存在があるからではないか?」と言うことだ。
管理局の無限書庫には、膨大な情報が集まっている。ユーノの論文のいくつかはそうした無限書庫の情報から得た知識を元に書いたものだ。
初めて論文を書き始めていた頃は、そんな事を気にもしなかったがいくつか書いていくうちに、それは徐々に彼の中で鎌首を擡げていた。
自分の功績はあくまで無限書庫という優れたシステムの恩恵があるからこそであり、それに頼ったものなのだと。
それは、学会の中でも少なからず存在する意見であり、それが余計にユーノの苦悩に拍車をかけていた。
そうした反発から、彼の中で「自分の本当の実力でのし上がりたい」という野望が大きくなっていたのは、ある意味仕方のないことだったのかもしれない。
幸いにして、ユーノと部下たちの10年間が実り無限書庫は依然のような無機能状態ではなくなっている。自分が居なくなっても業務に差し支えはない。
そしてついに彼は決心した、スカリエッティの事件が解決し時空管理局がなんとか立ち直った頃に、ユーノ・スクライアは無限書庫の司書長という栄誉ある地位を捨て文字通り、己の身一つで世界に飛び出していったのである。
「若かったのだな、あの頃は」
ミッドチルダを飛び出し、自分の名の知られていない世界に渡ってそこで研究を始めた。
少ない文献と伝承を必死になって解析し、明かされていない言語を現在の言葉に翻訳するため何年も時をかけた。
発掘の資金を得る為に出資者に頭を下げて渡り、それでも足りなくて中断せざるを得なかった作業は一つや二つでは無い。
凄まじい苦労の連続であったが、ユーノは歯をくいしばって立ち向かった。そうする事すらユーノにとっては充実の一つだったからだ。
その中で一人の女性と出会い、結ばれて子供を授かった。
男の子と女の子、それぞれの子の名前をどうしようかと悩んだ日々は本当に幸せだった。
研究と、家庭の両立が難しい事を骨身に染み込むほどに痛感し、父親としての自分に自信を失いかけたりもした。
ユーノ・スクライアの一生は、そうしたものだ。
若かりし頃に体験した二つの冒険よりも、その後の平凡な日々の方がユーノには愛おしく感じる。
「なのは、君は今幸せかね?」
「……えぇ、とても」
「そうか。うむ、そうなのだろうな」
彼女の薬指には、古ぼけた銀の指輪があった。
きっとアレも40年の年月を重ねたのだろう、もはや光を放つことはないが彼女の人生が幸福である証であるとみてとれた。
彼女が微笑んでいる、ただそれだけでユーノ・スクライアもまた幸福になれる。
そう、それは二人の間で変わらない絆なのだから。
「おじいちゃーーん!」
遠くから、ハニーブロンドの髪を揺らして一人の少女が走ってくる。
その声と姿を認めたユーノは、高く手を振って少女を、自分の孫娘を迎えた。
「おぉ、ユンファ!」
「おじいちゃん、おまたせ!」
「お帰り、どうじゃったかな? 試験の方は」
「うん。大丈夫!」
「ははっ、そうかそうか」
孫娘の頭を撫でながら、ユーノは満面の笑みを浮かべる。
仕事で忙しい息子夫婦の代わりに、孫の面倒を見ていたのは何時もユーノと妻だった。
その影響か、この娘は考古学に強い興味を示し、その勉強をする為にミッドチルダの有名校への入学を希望した少女、ユンファ・スクライア。
そんな孫をユーノは目に入れても痛くないほどに可愛がっていた。
「ユーノ、その子は?」
「おぉ、そうじゃった。この子はワシの孫ユンファじゃ。ほら、ユンファご挨拶しなさい」
「はい! ユンファ・スクライアです! よろしくおねがいします!」
「あらあら、元気の良いお孫さんね。わたしは、なのは……」
なのはが、自分のセカンドネームを名乗ろうとした時、唐突に彼女の携帯が音を鳴らした。
何事かと、なのはが自分の携帯を取り出すと其処には彼女の約束していた時間を大幅に超過する事を示す時刻が表示されていた。
あわてて携帯を開き、かけてきた相手と話をする。
「真一郎? ごめんなさい、もう試験終わったの? あぁ、もう待ち合わせ場所にいるのね? すぐに行くわ。えぇ、大丈夫」
なのははバツが悪そうに携帯を終うと、二人に向きなおる。
「ごめんなさいユーノ、ユンファちゃん。約束があった事をすっかり忘れていたわ」
「はは、どうしたね。昔は時間をしっかり守るタイプだったじゃないか」
「私も歳をとってしまったのかしらね……それじゃぁ、申し訳ないのだけれど」
「あぁ、気にせずに行きなさい。相手も待ちくたびれているだろう」
「えぇ、じゃあユーノ今度連絡を頂戴、みんな揃って同窓会をしましょうよ」
「そうじゃな……」
フェイト、アルフ、クロノ、エイミィ、はやて、シグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラ
懐かしい人々。彼女たちは今どうしているのだろうか?
彼らも、今幸せなのだろうか。
いや、幸せに違いない。幸福で会ってくれなければ何かの間違いだとしか思えない人々なのだから。
笑顔のまま立ち去ってゆくなのはを見送る、ユーノ。
彼女の後姿が見えなくなる頃、孫娘がなにやら悪戯を思いついたようにユーノに問いかけた。
「ねぇ、おじいちゃん。今の人、もしかしておじいちゃんの初恋の人?」
「む」
ユンファの問に、ユーノは思わずうめき声を出す。
そう、彼女はユーノ・スクライアの初恋の人だ。
彼女と出会ってから10年間、ずっと想い続けてきた。
そして、ユーノがミッドチルダを出ると決めた日に彼は彼女に思いのたけを伝え……そして、それに終止符を打つことになる。
彼女は、ミッドチルダに残って仲間たちとともに管理局の為に尽くす道を選んだ。
ユーノにとって、初恋の敗北はとても苦いものであったが、それと同時に彼女の選択に納得もできていた。
自分が10年間も彼女に告白しなかったのは、彼女への感情よりも己に与えられた務めを果たすことに心血を注ぐ事に夢中になりそしてその勤めを尊んでいたからだ。
だから、彼女の気持ちも理解できる。
「高町なのは」は、何よりも時空管理局教導官としての自分に誇りを持ちそして、己の役目を果たそうとしていたのだから。
彼女がそういう人間であるという事を、ユーノ・スクライアは誰よりも知っていたのだから。
「バアさんには内緒じゃぞ? ワシは生涯バアさん以外の女性を愛したことはない、という事で通しておるのじゃからな」
「えー?」
「おぉ、そうじゃ。折角ミッドチルダまで来たのじゃから何か旨いものでも沢山食べようじゃぁないか」
「ホントに!?」
「あぁ、本当じゃとも」
「じゃぁ、じゃぁこの前TVでやってたお店に行きたい!」
老人は、孫娘の手を引いて街の中に姿を消してゆく。
彼は、なのはが立ち去った方向を振り向くことはなかった。
彼女に抱いていた思いは、今や彼の青春の残滓なのだ。
もはやソレは、彼の中の何かを熱くさせることはなく、遠い記憶を呼び覚ます呼び水にしか過ぎない。
それでも、彼は幸福であった。
幸福であると思える選択を彼はしたのだから。
これからも彼はそうするだろう。
彼自身と、彼の愛する者達の為に。
著者:24スレ493
- カテゴリ:
- 漫画/アニメ
- 魔法少女リリカルなのは
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感無量……。