85 名前:ふたりの足跡 1/2 [sage] 投稿日:2010/01/31(日) 13:01:23 ID:61ROyKy.
86 名前:ふたりの足跡 2/2 [sage] 投稿日:2010/01/31(日) 13:02:01 ID:61ROyKy.

「わたし、いつも思うんだ」
「どうしたの、なのは、改まって?」

暖かな風が吹く、時空管理局の一角。
カフェテリアのテラスで、なのはとフェイトは遅い昼食を採っていた。
太陽は明るく照り、二人の顔にサンサンと降り注ぐ。
フェイトは執務の合間を、なのはは新人教導の合間を縫って、久々にゆっくりしていた。
「あれから随分、落ち着いたね」
「そうだね……もう一ヵ月も経つんだ」

ジェイル・スカリエッティが逮捕されてから早いもので、世界は一時的に平和な時代を迎えていた。
次、またいつ凶悪な事件が起きるか分からない。
だからこそ存在している管理局で、束の間でも安らぎがあるのは嬉しいことだ。
コーヒーを啜りながら、なのはの手元を見る。しなやかに美しく成長した指が、キャラメルミルクのカップを握っていた。
「それ、自分で作ったのと、どっちが美味しい?」
何の気はなしに、聞いてみる。甘い香りが鼻をくすぐって、さっき食べたばかりなのにもうお腹が減ってしまいそうだ。
なのははカップに目を落とすと、うんうん言いながら回し始めた。
くるりくるりと、紙コップが踊る。ずっと見続けていたら、目が回る。
やがて顔を上げたなのはは、ゆっくりと首を縦に振った。
「うん。今度ヴィヴィオに聞いてみるね」
「……まったくなのはは」

がくっ。ずっこけたフェイトに責任はない。だがこの、管理局の白い子煩悩に何を言っても通じないだろう。
高町ヴィヴィオとして正式に養子に迎え入れてからこの方、口を開けば娘の話。
もちろん、分からないではない。何となれば、フェイトだって似たようなものだからだ。
「ヴィヴィオっていえば、この前キャロと遊んでたよ。妹ができたみたいで、すごく嬉しそうだった」
「エリオは?」
「同じ。今まで年上の人達しかいなかったから、年下の存在に憧れてたんじゃないかな?」
フェイトは二人の様子を思い出しながら、しみじみと語った。
今は、二人とも頼れる存在だ。保護者という名目だけで、実際は自立しているも同然。
エリオとキャロがコンビである限り、越えられない壁などないだろう。
「二人は順調なの?」
何の気はなしに、という感じで、なのはは聞いてきた。
くるくる回し続けているカップの中身をずっと見ているのが、その証拠だ。
「そうだね、今はまだ仲良しコンビだね。思春期になった時、疎遠にならないか心配だよ」
「……フェイトちゃんも、人のこと言えないよね?」
「うっ」

親バカ。いや、心配性と呼んで欲しい。
二人が喧嘩しないかとか、もっと仲良くなるにはどうすればいいのかとか、明らかにフェイト自身が考えることではない。
そんなこと、分かっている。分かっているが、どうしても心配なのだ。
「放っておいても、いずれエリオとキャロなら幸せな道を歩めると思うなあ」
「でも、でもでも、悪い虫がついたら――」
「あ、あはは……」
なのはに力説するも、苦笑いで流されてしまった。まだ早いと考えるのは早計なのだ。
いつの間にか、子供は大きくなっていく。そう、本人さえも知らぬ間に。
「……なのは」
昔、子供だった時代を思い出して、フェイトは口ずさんだ。
顔を上げたなのはは、いつものニコニコになっていた。
「何、フェイトちゃん?」
まん丸の瞳で、覗き込んでくる。なのはの癖というか、常々のポリシーだ。
『名前を呼んで、相手の目を見て』。たったそれだけのことにも思えるのに、それだけでなのはの周りには沢山の友達がいた。
フェイトもそれに倣って、アリサやすずか、はやてたちと打ち解けた。
「やっぱり私、なのはには敵わないよ。……私の憧れだよ、あの日からずっと」

コーヒーを一口。フェイトはこの十年でようやく作ることのできた笑みを、なのはに浮かべた。
人を安心させられる柔和な表情は、なのはから覚えた。
エリオもキャロも、フェイト一人が成し得たことではないとはいえ、この笑顔が二人の氷を少しでも溶かしたのだ。
「ありがとう、なのは。何年経っても、いつまでも、なのはは私の誇りだよ」
カップを握る手を上からそっと包み込んで、フェイトは礼を言った。
初めて友達になってからの十年間、色々なことはあったけれど、隣には常になのはがいた。
それがどれだけ心安らげることか、フェイト自身が一番良く知っている。
孤独で、父親の顔を知らず、
母親はアリシアの幻想を抱いたまま──結局、死者蘇生の方法は存在しなかった──虚数空間に落ち、
なのはがいて、どれだけ救われたのか、なのはと一緒に歩んできて、どれだけ楽しさと苦しさを分かち合えたのか、
もう到底数え切れるものではない。
「格好いいよ、なのは」
本心からの言葉。なのはの場合、格好いいのだ。
無論のこと、誰もが羨む可愛さと、このところどんどん綺麗になってきた美しさも持ち合わせているが、
それ以上に、格好いいのだ。口で説明しろと言われても、これが中々難しい。
敢えて表現するならば、

「天使みたいな格好良さだね、なのはのは」
ぼっ、となのはの顔が赤くなった。十年前とはまるで逆だ。
あの時は、自分が面白いくらい赤面していた。
なのははあうあう言いながら視線を宙に浮かばせると、恥ずかしさで俯いた。
「そんな、言い過ぎだよフェイトちゃん……それを言うなら、フェイトちゃんの方が綺麗な髪だし、よっぽど天使らしいもん」
──ああ、抱きしめたい。
子犬を抱きしめたくなるのと、丁度同じ感情だ。小さくていじらしいものを、なのはは大人になっても持ち続けている。
羨ましく思う理由の一つに、間違いなく数えられる。
ちょっとだけ拗ねるのが、なのはの可愛さだろう。嫌味がない。
自分でやったら、相当不機嫌に見えると、以前アリサに指摘された。
「フェイトちゃんだって格好いいよ。十年前と同じ」
なのはははにかみながら、言葉を紡いでいく。それはまるで、子供の頃に戻ったみたいだった。
初めて友達になってから、学校の屋上で語り合った、あの日にタイムスリップできたようだった。
「なのはも、やっぱり覚えてる?」
「うん! あの後、私が廊下で滑って転んじゃったことも」
「あはは、あれはなのはらしかったね」
「ぶー、そんなこと言わなくてもいいのに」
「はははっ」

いつまでも仲のいい友達というのは、そうそういるものではない。
フェイトは中学校、そして管理局へと来るに連れ、それを強く意識した。
だからこそ、なのはは大切な存在なのだ。
おそらく一生ものの付き合いをできる人間は、家族と生涯の伴侶を除いたら、
「なのはしかいないよ。私の『大』親友」
改めて、握手を求める。なのはがそれに応えると、フェイトは提案した。
ここまで十年前のデジャ・ビュが訪れているなら、やることは一つだ。
「なのは、これから時間ある?」
「うん、そんなには無理だけどね」
今度は、フェイトの番が来たのだ。あの時とはあべこべで、でも全部に対称性が見える。
フェイトはコーヒーを飲み干して大親友の手を取ると、その手を引いた。
「遊びに行こう。公園で散歩するだけでもさ」
「……うんっ!!」

真っすぐな気持ちは、あれからもう何度も伝えた。だったら、次にやることは一つ。
その気持ちを、二人で一緒に分かち合うのだ。


著者:Foolish Form ◆UEcU7qAhfM

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