194 名前:十一番とツンデレ彼氏 [sage] 投稿日:2010/02/04(木) 17:59:15 ID:7SoIj10I
195 名前:十一番とツンデレ彼氏 [sage] 投稿日:2010/02/04(木) 18:00:13 ID:7SoIj10I
196 名前:十一番とツンデレ彼氏 [sage] 投稿日:2010/02/04(木) 18:00:48 ID:7SoIj10I

十一番とツンデレ彼氏


 寒空の下、男の口から白い気体が幾重にも漏れ出た。
 気温の寒さと呼気との温度差によって出るものではない、それは紫煙。
 本日十本目になる、煙草の煙だ。
 いい加減禁煙しようと思っているのだが、こうして誰かを待っている時のようにそわそわしている状況ではついつい手が伸びてしまう。
 それを自覚しながら、男は空を見上げて悪態をついた。


「ったく、もう雪降りそうじゃねえか。あいつ何時まで待たせやがる……」


 フィルター付近まで火が近づいているのに気付き、彼は懐から出した携帯灰皿に煙草を押し込む。
 もう既に中身はいっぱいで、流石にこれ以上吸うのは無理がある。
 今日はこれで吸い収めだろうか。
 そう思うとどこかもったいなくて、禁煙しようという意識が少し薄れそうな気がした。
 漂う副流煙を残り香とばかりに吸い込む。
 そんな時だった。
 待ち人が訪れたのは。


「あー、ごめんごめん、遅くなったッス〜!」


 爛漫と澄んだ声を上げながら、彼女はこちらに向かって走ってきた。
 ぴょんぴょんと上にはねた癖のある赤毛の、見るからに元気一杯という愛らしい少女。
 戦闘機人としての運命の下に生まれた、名をウェンディという。
 彼の恋人だった。




 
「ったく、ついてねえぜ……」


 と、彼は白い息を吐きながら毒づく。
 理由は先ほど入ったファミレスと喫茶店。
 今日のデートはこれといって目的のない、ただ会う為の時間だった。
 だから彼とウェンディは、とりあえずどこかの店に入って温まろうという事になる。
 が、運が悪かった。
 都合三件の店に入るも、全て満席。おまけに待合席も満杯ときた。
 時間に遅れたウェンディを待って、一時間以上も待ち続けた彼にとっては踏んだり蹴ったりだ。
 かじかむ手を擦る恋人に、赤毛の少女はすまなそうな表情で頭を下げる。
 
 
「ほんっとうに悪かったッス」

「悪いと思ってんなら今度から遅れんな」

「うう……気をつけるッス」


 そう言って、ションボリと肩を落として頭を下げるウェンディの姿は実に愛らしかった。
 だが、それとこれとは別問題。
 冷えた身体と、長時間待たされたという現実が許しを拒む。
 故に彼は、やや険をこめた言葉を呟いた。


「そう言って毎回遅れてんのはどこのどなたさんかねぇ」

「あぅぅ……」


 言葉でちくっと苛められ、ウェンディはまるで飼い主に叱られた子猫みたいに身を縮める。
 そして幾許か顔を伏せると、何か思いついたのかはっと顔を上げ、言った。
 

「じゃ、じゃあ……ちゃんとお詫びするッス」

「ん? お詫び?」


 疑問符を孕んだ彼の問いに、少女は元気良く、そうッス! と大きく頷くと、彼の手をギュっと握った。
 寒空の下で寒風に当たっていた彼の手とは比べ物にならない程温かく、そして柔らかい指。
 一瞬、彼の心臓はドキリと高鳴る。
 だがそれも一瞬だ。
 次の瞬間、彼の身体は恋人の少女に思い切り引きずられていったのだから。





 ウェンディに引きずられ、連れて来られたのは公園だった。
 休日といえどこの寒空、市民の憩いの場である場とて、人影はまばらだ。
 今にも雪が降り出しそうな曇天の下で外に出ようという者もそういまい。
 そんな時に公園に連れられて来た彼の気分ときたら、正直あまり良いものではないのは当たり前だ。
 故に言った。


「……何で俺はこんな所に連れて来られてんだ?」


 されど答える者はなし。
 彼をこんな所まで連行し、挙句の果てにベンチに放置した少女は、ちょっと待ってるッスー! と告げてどこかに消えてしまった。
 本当に、一体何だと言うのか。
 またしょうもないくらい煙草が吸いたくなり、懐に手が伸びる。
 だが彼がライターで火を灯すより早く、あの能天気な少女の声が高らかに響いた。


「お待たせッス〜!」


 シュバ、っと無意味にポーズを付けて、ウェンディはベンチに座る彼の前で華麗にダイブ&着地。
 突然の、だが見慣れたハイテンションに、男はやや呆れ顔。
 だがそんな事など露ほども気にせず、少女は手にした物を差し出した。
 それは熱気を有した円筒状の物体、内部に飲料用液体を内包した金属。
 いわゆる一つの、


「缶コーヒー?」


 だった。
 しかも一本や二本ではない、その数実に十本以上。
 そして、思わず彼が告げた疑問符に、答えるのはやはり能天気ボイス。


「そうッス! こんだけ買えば温かいっッスよー!」


 言うや否や、少女は早速行動を開始した。
 彼が反応するより早くちょこまかと動き、上着のポケットに缶コーヒーを手当たり次第に捻じ込んでくる。
 ちょ、おい止めろ。
 そう言うが時既に遅し、言った時には上着のポケットは軒並みコーヒーの缶に占拠され、さらには顔の前に一本の缶が差し出されていた。


「ほら、飲むと温まるッスよ?」


 そう言って首を傾げ、少女が見せたのは悪戯っぽい子猫の微笑み。
 鬱陶しいくらいの甲斐甲斐しさなのに、しかし怒る気なんてちっとも起きない愛らしさだった。
 こういうのは反則だろ、そう胸中で密やかに思いながら、彼は差し出された缶コーヒーを受け取る。


「ったく……これだけじゃちょっと足りねえだろ」


 そんな事を言いながらも、彼は少女の買ったコーヒーをしっかりと飲んで暖を得る。
 甘すぎる、ノンシュガーが好きなのに。
 もう何度も言ってるのに、ウェンディは何時までも甘いコーヒーばかり自分に飲ませる。
 だがこれにもちっとも怒る気なんて起きなかった。
 たぶん言っても、どうせ三日で忘れるから。
 そう思いながら甘いコーヒーを飲む彼は、だが呆れるにはまだ早かった。


「よし、じゃあ次いくッスよ〜」

「え、ちょ、おい?」


 こっちの言葉なんて無視して、十一番の機人少女がいそいそと彼の上着のファスナーを下ろした。
 一体何事か。
 本日何度目か分からない疑問符の、答えはすぐに出た。
 上着のファスナーを下ろすや否や、ウェンディはベンチに座る彼の脚の間にちょこんと尻を乗せ、上着に包まるように身を寄せた。
 二人きりの時はよくやる温もりの体勢、しかし世間様に見られる状態では初体験の事象。
 彼の頬が、コーヒーの熱気でなく羞恥によって紅潮した。


「お、おいウェンディ……」


 何か抗議しようと彼は言葉を選ぶ。
 だが、相手は機先を制してこう告げた。


「えへへー、寒いならあたしの事ホッカイロにすれば良いっすよ〜♪」


 そう言いながら、機械仕掛けの可愛い少女は空いた彼の手を自分の腰に回させて、ごろごろと甘えた。
 ほとんど飼い主に甘える子猫の様で。
 どうしようもないくらいこちらの怒りを削ぐ。
 こんな風に甘えられたら誰だって怒るに怒れないじゃないか。
 やれやれと内心で呆れながら、彼はコーヒーを飲み、胸にすっぽりと納まった少女を片手で掻き抱く。


「ったく、しょうがねぇなぁ……」


 ただそれだけを言うと、そこで会話は途切れた。
 特に何か目的があった訳ではない。
 会いたかった、と、それだけが理由の逢瀬。
 こうして身を寄せ合えば、結局は世界のどこでも良いのだ。
 冬の寒空と寒風の中、二人は静かにコーヒーを飲んで思う。


「ま、こういうのも悪くねえか」


 と。
 胸に抱いた少女も、彼のそんな言葉に、うんうん、と頷く。
 体温が高いのか、それとも愛情か、抱いてみるとウェンディは本当にホッカイロみたいに暖かで、彼も悪くないと思った。
 そしてそんな時だ。
 ふと胸中に湧き出た疑問符が、何気なく唇から滑り出る。
 

「なあ」

「何ッスか?」

「いや、あのさ、お前なんでいつも遅れてんだよ」


 素朴な疑問だ。
 いかに普段からマイペースなウェンディとて、毎度遅れてやって来るには何か理由があるのではないか?
 そんな彼の言葉に、少女は一瞬黙る。
 どうした事かと思えば、後ろから覗く耳たぶがやや赤みを帯びて紅潮しているではないか。
 何事だろうと思うが、それより早く少女が振り返る。
 うっすらを紅色に染まった頬、そしてどこか力なく下がった眉尻。
 まるで野に咲く可憐な一厘の野花の風情に、彼は一瞬どきりと心臓が高鳴るのを感じる。
 そして、そんな普段は見せない不安そうな顔で、少女は言った。


「えっと、その……笑わないッスか?」

「ん? どういう意味だ?」

「いや、その……」


 もごもごと唇を動かし、言葉にならない呟きを口の中で転がすウェンディ。
 しばしそうして言葉に迷い、だが真っ赤になった顔で、少女は言った。


「来る前に……髪型整えたり、服選んでて……遅れたッス」


 と。
 恥ずかしそうに告げた。
 普段の元気ぶりや爛漫さなどどこへやらと言った、どうしようもないくらい愛くるしい乙女ぶり。
 ああもう、反則過ぎるだろう。
 遅刻の怒りなど百万光年宇宙の果てに追いやられ、彼はただただそう思った。
 恋人の少女のそんな姿に、より一層愛が深まるのを感じ。
 だがそれを言うのは恥ずかしすぎて、照れ隠しに言う言葉は少しそっけなく。
 

「ったく……バカか、お前は」


 だが、同時に力を込めた手でもっと強く掻き抱いて。
 言葉に出せない愛情を、彼はただ抱擁で答える。
 素直になれない男の数少ない愛情表現。
 それを知ってるウェンディは、ただただ幸せを噛み締めて、抱かれるままに抱かれた。
 曇天の空が遂にちらちらと白雪を地上に舞い散らせ、一段と空気が凍てついていく。
 だがそんな事はもう二人には関係なかった。
 傍にある相手の体温が切ないくらいに互いを温めてくれるから。

 寒空の下で冬を味わうのも悪くない。

 そんな平和な一時だった。



終幕。


著者:ザ・シガー

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