686 名前:世界最高の奇跡 [sage] 投稿日:2012/05/27(日) 00:29:09 ID:eD4AVuns [2/7]
687 名前:世界最高の奇跡 [sage] 投稿日:2012/05/27(日) 00:30:01 ID:eD4AVuns [3/7]
688 名前:世界最高の奇跡 [sage] 投稿日:2012/05/27(日) 00:30:40 ID:eD4AVuns [4/7]

世界最高の奇跡


「あ、ユーノくん」

 仕事で残業した帰り際、出会ったのは十年来の知り合いだった。
 一瞬、どんな顔をしていいか分からず、ユーノは曖昧な微笑を浮かべる。

「なのはも今帰り?」

「うん」

「そう」

 自分で言いながら、ユーノはもっと気の利いた事が出ないのかと自嘲したくなった。
 それきり会話は止まり、どちらが話題を振るでもなく沈黙が続く。
 脚だけは動き、なんとなく一緒に帰る。
 ぎこちない距離感。
 漫然と。
 いつしかなのはの家路とユーノの家路が分かれる場所へと到達した。

「じゃあ、さよなら」

「うん」

 そんな味気ない言葉を交わして、ユーノはなのはの後姿を見送った。
 そうして、幾度目か分からない後悔を噛み締めた。

「はぁ……なんでもっと、話したりできないかな……こんなんだから僕は……」

 ――いつまでも経っても告白できない。
 そう、心の中で呟いた。



 なのはと別れてから、ユーノは自分の不甲斐なさに鬱々とした気分を味わいながら漫然と夜の街を歩いた。
 まるで月の光に魅せられた夢遊病者のように。
 いざなわれたかのように、彼がたどり着いたのは一軒のバーだった。
 軒先にこじきめいた風体の、ボロボロのハンチング帽とコートを着た男がいた。
 男は帽子のつばの下に隠れた目でユーノを認めると、ちょいちょいと手招きする。

「どうぞ、いらっしゃい」

「え? あ、あの……」

「いいからいいから、おはいんなさい」

 当惑するユーノだったが、強引に薦める男の雰囲気に負けて、店の戸を潜る。
 そこには彼の想像もできない光景が広がっていた。

「あ、また来た」

「今度はどんな僕だ?」

「やあ」

「驚いてるな」

「こんばんは」

「いらっしゃい」

「そこ座ったら」

「まったまった、まだ現状を理解できてないよ」

 幾つもの声が、同じ声が響く。
 幾つもの顔が、同じ顔がこちらを見た。
 見慣れた目鼻立ち、毎日鏡の前で見ているもの。
 それはユーノだ、ユーノ自身だ。

 バーの中には無数のユーノが居て、ユーノを見ていた。

「う、うわあ!? なんなんだこれは!?」

「驚きなさんな」

 背後から声。
 店へと招き入れた小汚い男だった。
 ユーノは思わず声を荒げ、男に問いただした。

「あなたはさっきの……い、一体これはなんなんですか? 何かの幻影魔法ですか?」

「いいえ違います。みんなあなたですよ、本当の、本物の、実体を持ったあなたです」

「なんで、そんな……こんな事が……まさか」

「そう、お気づきでしょう。ロストロギアですよ。ほんの少し、時と空間をいじくる、ね」

 こんな事が出来る代物は限られている。
 先古に作られた魔法技術の遺物にしか、時間や空間への高度な干渉など出来まい。

「別の世界の……僕、がそういうものに触れた、とかなんですか」

 推察しうる可能性を問う。
 ユーノ自身には、そんなものに触れた経験はなかった。
 ならば必然的に原因は別の世界線のユーノという事になる。

「まあ、そんなところですかね。安心なさい、この珍事は今夜限りだ」

「ならいいんですが……」

「皆さんもう事態を受け入れて、酒席がてらに語らってらっしゃいますよ。あなたもどうですか」

「はあ……」

 薦められるままに、ユーノは手近な席に座った。
 カウンターの向こう側でシェイカーを振るうバーテンと目が合う。
 バーテンもユーノだった。
 左の席もユーノ。
 右の席もユーノ。
 ユーノはなんともいえない気分になった。

「あなたはバーテンになった僕なんですか?」

「いや、酒好きなだけだよ。バーテンの役を買って出ただけさ。とりあえずワインでもいくかい? ワインを頼む僕が多いんだ」

「じゃあ、はい」

 グラスに注がれた白ワイン、やはりというか、ユーノの好みの銘柄だ。
 軽く一口舐めるユーノに、左のユーノが問い掛けた。

「ねえ、君はどんな生活をしてる? 人間関係とかどう?」

「どう、って言われても……君のほうはどうなんだい?」

「そうだなぁ。結婚はしてるよ、はやてと」

「ええ!? は、はやてとなの?」

 驚きのあまり酒を吹きそうになった。
 自分がはやてと結婚、想像もできない。
 そもそも自分と彼女はただの友人関係で、それ以上の仲になるきっかけなどなかった。
 だが、この自分にはそれがあったのだろうか。
 驚愕に染まるユーノに、さらなる追撃が右のユーノから浴びせられる。

「僕はフェイトと付き合ってるかな」

 他のユーノたちもその会話を聞きとがめ、自己紹介とばかりに言い出した。

「僕はリンディさんと結婚したよ」

「ああ、僕はスバルと交際してるね」

「キャロと結婚したね」

「アインスとギンガとディードとドゥーエとすずかが愛人」

「クロノの妻です」

「おにいさんのお嫁さんに」

 と。
 ユーノたちのあまりに多種多様な恋愛関係に、ユーノは絶句した。
 そもそも妻や嫁とはどういう事だ。
 生まれてこの方異性と(もちろん同性ともだ)付き合った事のないユーノには、とても同じ自分とは思えない様だった。

「君は誰か特定の相手と付き合ったりしてないのかい?」

「え、ああ……うん。研究とか書庫で忙しいし」

 ここにいるユーノのほとんどはユーノと同じく無限書庫の司書長をしているらしい。
 稀にスクライア族で遺跡発掘に専念しているユーノもいるが、考古学研究に勤しむのは変わらなかった。
 ただ務める場所や任地の違いはあり、特に恋人との交際は大きく変わっていた。
 出会い方や馴れ初めは諸々あるが、彼らは一様に想いを遂げて恋愛の勝利者となっていた。
 だがそこでユーノは一つの事に気付いた。

「ねえ、そういえば」

「ん? なんだい?」

「この中で……なのはと付き合ってる僕はいないの?」

 しんと、店の中が静まり返る。
 一瞬言葉をなくしたユーノたちは、それぞれに視線を合わせ、そして苦笑した。

「ああ」

「君が来る前に話し合ったんだけどね」

「誰もいないんだよ」

「なのはに初恋した僕は多いけど、交際にまで至った僕は皆無さ」

 そう、口々に言うユーノ。
 彼らの言葉に、ユーノは愕然となった。
 誰かが、そういう運命なのかもしれない、と呟いた。
 運命。
 思わず噛み締めた。

 もしそんなものがあるのなら、自分となのはは絶対結ばれないのだろうか。

「……」

 ユーノは目の前の酒をぐいと一気に飲み干した。
 何ともいえない味がした。



「もう行かれるんですか?」

「はい」

 しばらくユーノたちと酒と談笑に耽った後、ユーノは早めに店を出た。
 酔いは少ない、頬をなでる夜風の為か、それとも冴えた意識の為か。
 店にいざなった小汚い男が、帽子の下から含みの在る視線をよこす。
 なんとはなしに、ユーノにはその男の正体が分かった。

「じゃあ、さようなら。ユーノ」

「ええ。さようなら、ユーノ」

 つい、と帽子のつばを押し上げた奥にあったのは、見慣れた顔と眼差しだった。
 きっと、彼がこんな席を設けたのだろう。
 彼がどんな自分なのか、あえて聞きはしなかった。
 ユーノはそのまま何も言わず、去って行った。
 向かう先は自分の家ではない。
 向かう先は……



「はーい、誰ですか?」

 夜、いきなり室内に響いたインターフォンに、なのはは慌てて寝巻きの上にパーカーを羽織って応答した。
 こんな時分に訪れるのは悪戯か何かではないかと想ったが、あにはあらんや、カメラに映る相手は、つい先ほど別れたばかりの知己だった。

「ユーノくん? どうしたのこんな時間に」

「あ、ごめんなのは。ちょっと良いかな、直接会って、話したいんだけど」

「え、うん……良いけど」

 突然の来訪に訝りながらも、なのははそのまま鍵を開け、ユーノを迎えた。

「中入る?」

「いや、その前にちょっと言いたい事があるんだけど」

「何?」

「なのは、好きだ。結婚しよう」

「……え」

 時が止まった。
 それはあまりにも唐突で、脈絡のない申し出だった。
 一秒、二秒……たっぷり十秒かけて、なのはの脳髄は彼の言った言葉の意味を理解する。

「あ、あの……え? え?」

 かっと頬が熱くなった。
 こんな時どうすればいいのか、まるで分からない。
 彼の目を見る。
 自分の顔を、瞳をじっと見つめてくる眼差し。
 それは真っ直ぐで、嘘や冗談などという気配は微塵もなかった。
 思わず恥ずかしくなり、なのはは視線を逸らす。

「な、なんで……いきなり、そんな事いうの……?」

「今日、分かったんだ」

「何を?」

「自分が凄い奇跡と幸運に見舞われてるってこと」

「え?」

 彼の言わんとする事が分からず、首を傾げる。
 ユーノは言った。
 それは自分でない自分と、自分が進まなかった道を行く自分を見て理解した事だった。

「なのはと出会えたのは、なのはにこうして手が届くのは、凄い奇跡だって事。僕はこの奇跡を逃したくない」

 そっとなのはの手に、ユーノの手が触れた。
 大切な宝物に触れるように。
 震える指先。
 自分を想い心の丈が、伝わってきた。
 それ以上の逡巡はいらなかった。
 なのはは、そっと頷いた。
 そうして唐突に、突然に、二人の関係は友人から恋人というステップを飛び越えて、夫婦になった。


 自分の好きな人が、自分を愛してくれる、それは些細な、どこにでもある最高の奇跡。


著者:ザ・シガー ◆PyXaJaL4hQ

このページへのコメント

いい話だな、それに謎の男の正体は一体?

0
Posted by 名無し 2013年01月14日(月) 15:12:39 返信

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