443 名前:雪をもう一度 1/16 [sage] 投稿日:2009/12/26(土) 03:19:00 ID:6cexf3r.
444 名前:雪をもう一度 2/16 [sage] 投稿日:2009/12/26(土) 03:20:02 ID:6cexf3r.
445 名前:雪をもう一度 3/16 [sage] 投稿日:2009/12/26(土) 03:21:00 ID:6cexf3r.
446 名前:雪をもう一度 4/16 [sage] 投稿日:2009/12/26(土) 03:21:56 ID:6cexf3r.
447 名前:雪をもう一度 6/16 [sage] 投稿日:2009/12/26(土) 03:23:14 ID:6cexf3r.
448 名前:雪をもう一度 7/16 [sage] 投稿日:2009/12/26(土) 03:23:59 ID:6cexf3r.
449 名前:雪をもう一度 8/16 [sage] 投稿日:2009/12/26(土) 03:25:32 ID:6cexf3r.
450 名前:雪をもう一度 9/16 (ここまで前半) [sage] 投稿日:2009/12/26(土) 03:26:21 ID:6cexf3r.

──どこまでも続くこの道が、あなたの腕に触れる日まで……

数年ほど前、ミッドチルダの地にクリスマスが持ち込まれた。
地球風の店が軒を連ねる区域では、大小様々なイルミネーションがきらめき、
カップル御用達ゾーンと化して雑誌に載るなど、結構な賑わいを見せていた。
今日はクリスマスイブ……そこに、女が二人。
スバルが年末休暇のティアを引っ張ってあちこちショッピングを楽しんでいた。
「っていうか、ねえ、スバル。ここあたし達には不釣合な場所なんじゃないの、ねえ?」
「そんなことないよ、ティア可愛いよ?」
「違う、違う! 断じてそんなことじゃなく……ああもう!」

スバルも溜まった休みを消化させられていた。
家で過ごすには手持ち無沙汰で、誰かを誘おうにもエリオとキャロは既にラブラブで間に入っていけなかった。
なのははユーノとどこまでもバカップルをやってるし、フェイト辺りは一家団欒のようだ。
ヴァイスは妹と一緒にいるというし、ヴェロッサは八神家で世話になりつつ、
クロノと呑んだりはやてとよろしくやっているようだ。
聖王教会側は忙しくて敵わないらしい。
知己の全員がこうして過ごしている結果、消去法を取るまでもなくティアと一緒にいることになった。
というか、真っ先にティアに連絡したら、本人は暇で絶望していた。
「クリスマス? ああ、一人でホールケーキを食べる日でしょ」と、本気で信じていた。
少しだけ同情した。
「女二人でこんな……やんなっちゃうわ」
「えー、でも楽しいよ? あたし達が楽しめばそれでいいんじゃない」
「うんうん分かったからもう黙らっしゃい」
イブは明日。互いに渡すプレゼントを物色しようと、服屋や靴屋、ブランドショップに入って、めぼしいものを探す。
と、端末に着信が入ってきた。
ヴィヴィオからの通話で、スバルが端末を取り上げると、少女の甲高い声が耳に飛び込んできた。
「スバルさん、大変ですっ!!」
慌てた様子で、ただひたすら大変大変と連呼するヴィヴィオ。
一体なんなのかと、落ち着くようにスバルは言ったが、それでもさっぱり興奮が収まる気配はない。
「スバルさん、落ち着いて聞いて下さい」
「いや、まずヴィヴィオこそね……」
「いいですか、スバルさん──」

言葉の続きを聞いた瞬間、スバルは店を飛び出していった。
突然豹変した様子にティアは面食らい、慌ててその後を追った。
バカみたいなスピードで疾走するスバルの足にティアはまったくついていけず、後ろから叫んだ。
「ちょ、ちょっと……どこに行くのよ!?」
スバルの足は、賑やかで華やかな通りから、どんどん郊外の方向に進んでいく。
その先には、教会しかないはずなのだが。
スバルはようやく我に帰って、遥か後ろにいるティアへと声を上げた。
「イクスがね、目を覚ましたんだってー!!」
ティアも、弾かれたように足を止めた。

***

息急き切ってスバルが教会に駆け込むと、窓の向こう側に広がっている中庭に、何度となく夢に見た人物が立っていた。
雪が積もる場所で、久しぶりに見る青空を楽しそうに眺めている。
初めての感覚なのか、しゃがみこんで雪に触れては、その冷たさを噛み締めていた。
スバルはイタズラ心が湧いてきて、中庭に出ると、後ろからそっと近づいた。
長い髪の少女はスバルの存在に気づかないまま、雪遊びに興じている。
そっと手を上げると、スバルは少女の目を後ろから覆った。
「だーれだ?」
少女はビクリと飛び上がると、固まって動かなくなった。
もう一度「だーれだ?」と問いかけると、少女はおずおず答えた。
「……スバル?」
イクスヴェリアはスバルの腕に手をかけて、ゆっくりと振り向いた。
「正解ですよ、イクス」
スバルの顔をまじまじと見つめてきて、しばらくすると、イクスヴェリアの目からポロポロと涙が溢れ出した。
慌ててどこか痛いのかと聞いたら、イクスヴェリアは熱い雫をこぼしながら首を横に振った。
「違います、違うんです……スバルに会えたのが嬉しくて、嬉しくて……
こんなにも早く、スバルが生きているうちに、また同じ時を過ごせるなんて……ホントに、本当に嬉しくて……」
イクスヴェリアの言葉からは、喜びが満ち満ちていた。
その涙がスバルにも流れ込んできたようで、スバルはイクスヴェリアの身体をきつく抱きしめた。
暖かい体温。耳元の嗚咽。
全て、イクスヴェリアが生きている証拠で、互いの鼓動が感じられて、二人は長いことそのままでいた。
「やっと、追いついたわ……はぁ、はぁ、あのバカスバル、足速すぎるのよ」
息を切らしたティアが教会に着いた頃、入り口にはヴィヴィオがいた。
ティアの姿を見つけると、とてとてと寄ってきて、軽くお辞儀をしながら、そっとティアに耳打ちをしてきた。
「ティアさん、今、イクスとスバルさんがいい感じなので、邪魔しちゃダメですよ?」
「あ、ああ……そうなの?」
「ええ。私も本当は、友達とのパーティーに行く途中でちょっと寄るだけのつもりだったんですけど、
思いも掛けず目覚めたので、びっくりして……で、今スバルさんと会っていたので、そっとしてる──って訳です」
「そうなの。はぁ……」
ティアは脱力して崩れ、たまたま通りかかったセインに、水を一杯貰う羽目になった。
後になってティアは思い返す、「急がなくても良かった」

ようやく泣き止んだイクスヴェリアがスバルと一緒に二人の元へと戻ると、
並べられたお菓子と、熱く入れられたお茶で、女四人のお茶会が始まった。
「イクス、このクッキー食べますか? すごくおいしいですよ!」
「あ、それでは頂きますね。それにしても、スバルはよくいっぱい食べられますね。時々羨ましくなります」
「でも、イクス、いつか言ったでしょう? あたしは燃料駄々漏れなんですよ。何なら、あたしの体と交換してみますか?」
「うぅ、やっぱりずるいです、スバルは」
笑いながら、スバルは自分の皿からクッキーを一つ、イクスに差し出した。
「はい、あーん」
「やだ、もう、スバル……みんなが見てますよ」
顔を赤らめつつ、イクスヴェリアは大人しくスバルの指からクッキーを食べた。
が、そこでまさかの反撃が始まろうとは、流石のスバルも予想していなかった。
ちゅぷ、とスバルの指を銜えたまま、離そうとしないのだ。
それどころか、ちゅうちゅうと指先を吸って、可愛らしい歯であむあむと甘噛みしてくる。
くすぐったさがこみ上げてくる一方で、恥ずかしさがそれ以上にやってきた。
「顔、赤いですよ」
微笑みと共に、イクスヴェリアはいつまでもスバルの指をしゃぶっていた。

ヴィヴィオは「ふふふ、仲良しですね」とコメントを残す一方で、ティアは無言だった。
ようやく解放されたスバルは、次にヴィヴィオにクッキーを差し出す。
次に、またイクスヴェリア。負けじと、イクスヴェリアもスバルにクッキーを食べさせる。
以降、同じことの繰り返し。
スバルがイクスの口へとクッキーを持っていったり、その逆だったり。
傍から見れば、仲の良い友人と言うよりも、むしろイチャイチャカップルと表現した方が適切だった。
熱い紅茶を飲みながら、ヴィヴィオは「二人とも、もう何年もずっと友達だったみたいです」とニコニコ顔だが、
ティアの心中はそんなことを言って笑えるほど穏やかではなかった。
カタカタと、手に持つティーカップが震えている。スバルはヴィヴィオにまた「あーん」をを次にイクスヴェリアで、
その次はティアかと思いきや、またイクスヴェリア。
ティアは目の前に出された凝視したまま、スバルが取り上げてくれるのを今か今かと心待ちにしていた。
スッとスバルの手が伸びてきたとき、一瞬だけティアの顔は明るくなった。
けれど、
「ティア、食べないなら貰っちゃうよ?」
その手がスバル自信への口へと戻ってた時、その明るさはどこかへ飛んで行ってしまった。
ふつふつと怒りが沸き上がり、しかもその怒りは正体が分からないことに、ますますティアの心に苛立ちが募った。
どうしたらいいのか結論がつけられず、ティアはテーブルを叩きつけて、勢いよく立ち上がった。
「ど、どうしたの、ティア?」
スバルは驚いた目でティアを見上げたが、本当に、自分自身どうしてそんなことをしたのか、全く分からなかった。
何かが爆発し、刹那、ティアは腹の底からあらん限りの声で叫んだ。
「ス……スバルのバカー!!」
ティアは誰の静止も聞かず、教会を飛び出してどこへともなく走り出した。

ふと、我に帰った時、ティアは繁華街の真ん中にいた。
飲み屋や風呂屋が軒を並べていて、呼び込みが数十歩歩くごとに手招きをし、甘い言葉で語りかけてきた。
ティアはそれらのどれにも反応することすらなく、悪態を吐くキャッチの声を背中に受けながら、
ただ硬い地面を踏みしめて、とぼとぼと歩き続けた。
「どうして、あんなことしちゃったんだろう?」
バカなことをしたのは自分の方だと、認めない訳にはいかなかった。
でも、何故? どうして? イクスヴェリアが起きたという連絡を受けるまでは、
いや、お茶会が始まるまでは、もっとティアは楽しんでいたはずだった。
女同士で、なんて言いながら商店街を回っていた時も、その裏でスバルと一緒にいられる時間が嬉しかった。
なのに、なんで素直になれなかったのだろう。どうして、イクスヴェリアとスバルが一緒にいると、イライラするんだろう……
「あっ!!」
街外れの公園の前まで来た時、ティアは唐突に思い至った。
スバルに向けていた気持ち。イクスヴェリアに向けられていた気持ち。
それが渾然一体となって頭の中を駆け巡り、本当なのかどうか怪しくなり、やがて心が落ち着くと共に確信へと変わっていく。
嘘だ、嘘だと思いたくても、一旦気づいた激情は有り得ない速度で身体に渦を巻き、ティアを絡め取った。
「あたし……スバルのことが、好き……なの?」
腐れ縁が、果たして何年続いたのか。
異性に興味がなかったのかと自問すると、そうだと自答した。
いや、厳密には、同姓にも興味は沸かなかった。
淡い気持ちの対象がスバルにしか向いていなかったのだと、たった今気づかされた。
「ってことは、あたし、イクスに嫉妬してたってことなの……?」
心の答えは、やはりイエス。
どう足掻いても覆しようのない想いが、間違いなくそこにあった。

ティアはよろめく足取りで公園に入ると、ベンチにへたりこんだ。
「嘘、嘘よ、こんな……こんな、今更気づくだなんて、莫迦みたいじゃないのよ……いや、莫迦なのか。
間抜けすぎるわ、ティアナ・ランスター。バカ、バカ、バカ!!」
頭をポカポカと叩いて、一人沈む。
星空を見上げて、そこに月はもうなくて、がくりと目線を地面に戻す。
立ち上がって身体を思い切り逸らしてみたが、何も変わらなかった。
なんと遅いことだ。あまりにも、遅すぎる。
スバルが好きだと知っていたら、今日のショッピングはもっと楽しめただろうし、
嫉妬という感情に気づいて余計な癇癪を爆発させる必要もなかった。
どうして、スバルのために、もっと優しく振舞うことができなかったのだろう。
イクスヴェリアと一緒に過ごしている時間を、許してあげられなかったのだろう。
今更、戻ることなんてできない。悔やんでも悔やみきれない。
切なさと愛しさが胸を抉り、暗闇にただ一人佇む。
今から帰ったとして、スバルにどんな顔をすればいいのか。
そんなことさえ分からなくなって、ティアは何度も両頬をバチンと叩いた。
すると、電子音が公園に響いた。聞き慣れた音、端末に着信が入った音だ。
端末を懐から取り出すと、相手はスバルだった。
もう、スバルからの着信履歴が十件近くたまっていた。向こうが心配している証拠だ。
慌てて回線を開けると、すっかり走り疲れた様子のスバルが叫んだ。
「ティア! よく分からないけど、ごめんなさい! 今、どこ?」
あちこち探してたんだけど、とは意地でも言わない様子だった。
ティアは自分がどこにいるのか分からないと告げると、スバルにキョトンとされた。
周囲の特徴を聞かれ、ほとんど何もない、住宅地のど真ん中にあるような公園だと答える。
「でも、繁華街を通り抜けたことだけは覚えてるわ」
「その後、右にも左にも曲がってない?」
「ええ、多分」
スバルはそれで分かったらしい。公園に留まるように言われて、すぐ通話は途切れてしまった。
冷たい風が、一陣吹き抜けていった。その場に立ち尽くしたまま、ティアは心が空っぽのまま、夜空を眺め続けた。

十分ほど経ったか。
スバルが本日二度目の全力疾走で、公園に駆け込んできた。
体力に関しては誰よりもあるはずのスバルなのに、その息は完全に上がっていた。
ティアの姿を見かけると、安心したように手を膝に突いて、息をずっと整えていた。
その間ずっと、ティアは自責の念に駆られていた。
一番大事なことにいつまでも気づかないで、醜い嫉妬でスバルに八つ当たりして、
その上、疲れきるまで走り回らせて、心配させて……
「ごめんなさい、スバル」
ティアは、心の底からスバルに謝った。
もう、自分が嫌いで嫌いで仕方がなかった。
頭を下げたまま、そのままでいると、急にその身体が持ち上げられた。
そして、身体に感じるきつい力。スバルに抱き締められたのだと理解するまで、たっぷり一分はかかった。
「頭なんて、下げないでよ……ごめんなさいはあたしの方だよ、ティア。
イクスとまた会えて嬉しかったけど、それでティアを除け者みたいにしちゃって、ホントにごめん」
走り通しだったスバルの高い体温が、直に伝わってくる。

イクスヴェリアも同じだったのかな、とティアはしばらく前の過去を思い返した。
知らず、涙がぽろぽろと零れてくる。
自分の不甲斐なさに。スバルの優しさに。そして、スバルへの気持ちに。
「違う、違うの……あたしが、あたしがバカだったのよ……スバルは悪くない、何にも悪くないの……」
泣き崩れそうになる身体を、スバルはいつまでも支えてくれた。
近くのベンチに座って、心が落ち着くと、ティアは途切れ途切れに切り出した。
どうして怒ってしまったのか、イクスヴェリアとスバルの関係。
そして、一度言葉に詰まり、ティアは顔を真っ赤にしながら、深く息を吸うと、一息に言った。
「あたし、スバルのことが……好きみたい」
長い沈黙の幕が降りた。息が詰まりそうな重い空白が、二人の間に立ち込める。
永遠にも思える長い時が経った後、ティアとスバルは同時に声を出した。
「ねえ……!」
あまりにも絶妙なタイミングで互いの声が響きあったので、二人は笑い始めた。
それがまた、面白いように和音を作った。
「スバルからでいいわよ」
ティアが先を譲ると、スバルは「うん」と頷きながら、手元に目を落とした。
ごくりと、ティアは生唾を飲み込む。一体、何を話すのだろう。
開口一番、「ごめんなさい」だったら、どうしよう?
やがてスバルが口を開き、突いて出てきた言葉は、我が耳を疑った。
「あたしもね……ティアが好き」
ティアは、嬉しいとかいう感情よりも、口をぽかんと開けたまま、塞がらなかった。
一体、スバルは自分が何を言っているのか分かっているのか。
それとも、『好き』というのは単に友情の『好き』なのか。分からない、分からない。
「でもね」
スバルが続きを言った時、ティアは覚悟を決めた。
けれど、その覚悟はとんでもない方向へとすっぽ抜けてしまった。
「これが、あたしの気持ちが、ティアの『好き』と同じかどうか、よく分からないんだ……
あたし、ティアと同じくらい、イクスのことを大切に思ってて、大好きだから。
だから、今すぐティアの気持ちに答えてあげることは、できないかな」

『ハハッ、冗談よ、冗談!! あたしとアンタは腐れ縁、それ以上でもそれ以下でもないわ。
これからもよろしくね、スバル。友達として……』
──ティアはそう言おうと思っていたが、完全にタイミングを逸してしまった。
冗談で終らせておけば、この後が気まずくならずに済みそうだった。
けれど、スバルは真剣に考えてくれた。そしてその上で、回答をくれた。
痛いほどの優しさに、ティアの心へチクチクと切なさが刺さる。
いっそのこと、嫌ってくれたら良かったのに。友達の関係のまま、ずっと続いていてくれても良かったのに。
でも、スバルは、決められないと、言った。
だから、ティアには、どうすることも、できなかった。
では、どうすればいいか。答えはもう一つに決まったようなものだった。
「スバル……一つだけ、お願い」
「ん、何?」
明るい調子で、スバルが聞き返してくる。
ティアは無言で立ち上がると、スバルの手を引いて公園を出た。
「ど、どうしちゃったの? ティア、なんか顔が引きつってるよ?」
「うっ、うるさいうるさいうるさい!! いいから黙って着いてきなさい!
返事は今日中にして貰うの、このクリスマスに!
今からイクスのところに行って、どっちをスバルが選ぶのか、どっちがスバルを選ぶのか、決めるのよ!!」

この選択が間違っていなかったと、ティアは後々になって思い返す。
同時に、恐らく世界で一番過激な選択をしてしまったものだと、思い出す度に顔を真っ赤に染めてしまうのだった。

***

教会に戻ったとき、既に夜の帳は降り、早めの夕食が取られていた。
シスター達とイクスヴェリアが、静々黙々と食べている横で、ヴィヴィオだけが軽いスープだけだった。
「これから、友達とパーティーをやるので。それに、色々あってお腹減ってないんです」
それが、イクスヴェリアの目覚めだけに起因しているのではないということを、この場の誰も知らない。
二人は夕食の御相伴に預かったが、何となくこそばゆくて、スバルとティアの間に会話は無かった。
その様子を敏感に感じ取ったのか、イクスヴェリアもまた、言葉少なだった。
ただ一人、女同士の三角関係に入り込んでいないヴィヴィオだけが、訳が分からずぽかんとしていた。
食事を終えた後、ティアはヴィヴィオに言った。
「ごめんね、ヴィヴィオ。パパとママのところ──家に戻って貰えないかしら? それか、エリオとキャロのところとか……」
ピシッ、とティアは自分の発言に硬直した。
なのはとユーノが婚約したのは、去年のクリスマス。あの後、新人達から漏れ聞いた話では、確か二人は……結ばれたはず。
一方、エリオとキャロも、重大事件さえなければ休暇のはずで、
それはもう他人の闖入が許されない程愛し合っているに違いない。
後で確かめたところ、二人の端末とも終始ドライブモードで、連絡は一切付かなかった。
まさか緊急信号で確かめる訳にもいかず、ティアはこの件を棚上げにした。
ティアが固まったまま、どうしようかと考えていると、最高の名案を思いついた。
「そ、そうよ! ヴィヴィオ、そろそろお友達とパーティーがあるんじゃない!?」
時計を見ると、子供のパーティーならもう始まってもいいような時間だった。
それにヴィヴィオが気付くと、慌てて飛び出していった。どうやら時間をちょっとばかり勘違いしていたらしい。
その前にと、ヴィヴィオはイクスヴェリアを誘ったが、
「あ、イクスはどうするの? 今からでも一人くらいなら──」
「いえ、私はスバルと一緒にいます」
まったくの空振りに終った。
ティアはスバルに振り向き、またイクスヴェリアを見据えると、両方の手を引いた。
「済みませんが、あたし達、お先に失礼します」
ぐいぐいと引っ張っていくティア。連れて行かれるスバルとイクスヴェリア。
シスター達は、そんなに急いでどこへ行くのかと三人を見送った。

***

イクスヴェリアの部屋は、とても静かな場所だった。
こちらからコンタクトを取らない限り、誰も訪れないような、そんな離れの塔だった。
ベッドの上にスバルを正座させると、ティアは仁王立ちになってスバルに迫った。
「二股ってどういうこと?」
単刀直入、かつ強烈な一撃。ただこれは実際、スバル本人に向けた科白ではない。
その横で雷を打たれたように硬直した、イクスヴェリアに向けての言葉だったと言った方が適切かもしれない。
イクスヴェリアは必死に自分を奮い立たせ、ショックから立ち直ると、同じくスバルに迫った。

「スバル、この女とはどういう関係なんですか。どこまで行ってしまったんですか」
目が据わっている。そして肝も据わっている。流石は、ベルカの冥王陛下といったところか。
突然口調が変わった二人に、スバルは大混乱しているようだった。
「ティ、ティアとは腐れ縁と言うか、士官学校時代からずっと一緒で、ご飯食べたり、お風呂入ったり、買い物行ったり……」
「えっ、お風呂……?」
イクスヴェリアは無言になった。くるりとティアの方を振り向くと、そこでティアは勝利に満ち満ちた顔をした。
裸だって何度も見たんだぞ、と視線で自慢する。思い出せば、裸どころではなかった。
「もう、あたしはスバルに何もかも見られちゃったのよね。だからもう、スバル以外のお嫁には行けない身体なの」
「ちょっ、ティア、あたしそんなとこまで……!」
「あら、おっぱい魔人はどこのどなたでしたっけ」
「あぅ……」
「うっ、スバルは大きな胸の女性が好みだったんですね……」
完全にスバルは置いてきぼりである。女二人でバチバチと火花を散らす。
本人含め、うかつに口を挟もうものならば、その瞬間に死亡確定のスターライトブレイカー&マリアージュが炸裂することだろう。
いよいよ口論が行き着くところまで行ってしまい、膠着状態に陥った二人は、ずいっとスバルに詰め寄った。
「どっちが好きなのよ、スバル!?」
「どっちが好きなんですか、スバル!?」
喧嘩が一歩激化する度に、スバルは一歩後退っていたが、終に壁際に追い詰められてしまった。
二人の少女に同時に言い寄られ、額には脂汗が浮いていた。
極まったのか、スバルは悲鳴を上げて思考停止に陥った。
「あたしがスバルの彼女よ!」
「いいえ、私です」
最後の手段とばかり、どこぞの奉行ばりにスバルの両腕を互いに押さえ込み、全力で引っ張りあう。
こうなったら俄然ティアの方が有利だが、ところがどっこいイクスヴェリアも火事場の馬鹿力で全然ヘコたりない。
──最初に限界を訴えたのはスバルだった。
「……うわぁーん! どっちも好きなの! 決められないの!!」
泣き崩れるスバルに、ようやく我に帰ったらしいティアとイクスヴェリアが、同時にパッと手を離した。
気不味く、顔を合わせる二人。わんわんと泣きじゃくる姿が、罪悪感を誘う。
「お願い、ケンカしないでぇ……そんなの、いやだよぉ……
あたしは、どっちかなんて決められないの……どっちも、好きなんだよぉ」
スバルの『好き』は、友達以上恋人未満のそれなのだが、それに気付ける者は誰もいない。
ティアはいたたまれなくなってきた。二人はじっと、双方硬直したままでいたが、やがて無言のまま意思の疎通が始まった。
火花は少しずつ収まっていき、最後にはティアが一歩引いた。
無言の結論に、スバルが「え、え? え!?」と二人を交互に見ている。
イクスヴェリアはベッドに上がると、スバルにじりじり寄っていった。
「そういえば、スバルさんの先祖が住んでいた世界には、クリスマスなるイベントがあるそうですね。
先程、ヴィヴィオから聞きました」
「あ、ああ、うん。本格的にこっちで流行りだしたのはなのはさんのお陰だけど……」
「そうですか……」
イクスヴェリアはもじもじして、視線を逸らした。
そして、互いの吐息が感じられる距離まで顔を近づけると、イクスヴェリアはガバっと頭を下げた。

「プレゼント……クリスマスのプレゼントは、スバルさんを、くださいっ!!」
目玉焼きが作れそうな、真っ赤な顔。
一方、スバルは目を白黒させながら、イクスヴェリアの告白を聞いていた。

今度は、停滞する沈黙の帳が降りた。
頭を下げたまま、ぷるぷると震えているイクスヴェリアを見つめたまま、スバルは長い間一言も発せなかった。
助けを求めてティアの方を見ると、彼女はそっぽを向きながら、手をひらひらさせた。
念話で、言葉によらず突っぱねられる。
「あたしのことは気にしないで。『今は』、イクスにだけ構ってあげなさい」
その一言で、完全に止めを刺された。孤立無援、スバルは一人で全てを決断する時がやってきたのだった。
覚悟を決めると、ぽん、と両手をイクスヴェリアの肩に載せた。
「顔を上げて、イクス」
震えたまま一言も喋らなかったイクスヴェリアが、ゆっくりと顔を持ち上げる。
その目尻には、僅かに涙が浮いていた。
恥ずかしいのに必死に耐えていたのか、それとも悲しみへの覚悟なのか。
スバルは指先でそっと雫を拭ってやると、唾を飲み込んだ。
「本当に……あたしでいいの?」
イクスヴェリアはコクリと頷いて、きゅっとスバルの腰に手を回してきた。
小さくて温かな、柔らかい少女の身体は、どこまでも華奢で、どこまでも守ってあげたいと思える。
けれど、それ以上の関係になるというのは、どうも、倫理が許さないというか……
「古代のベルカに、こんな格言があります。『供された皿を空にしなければ戦が起きる』と。
俗説ですが、『真の愛に年齢も性別もない』というのもあります」
「つ、つまり……?」
「……プレゼント代は、私の身体でお支払いします」
少女の上目遣い。涙に潤み、煌めいた瞳は、スバルの心を強かに打った。
そしてそれは、もう二度と確認など取る必要がないのだと知った。
イクスヴェリアが、そっと目を閉じて、唇をちょこんと突き出す。
朱に染まった顔を見ているうちに、どくどくと鼓動が上昇していく。
『供された皿を空にしなければ戦が起きる』の意味が、ようやく理解できた。要するに、『据え膳食わぬは女の恥』ということか。
スバルは目を閉じて、イクスヴェリアの身体を抱き締める。
そして、その柔らかい唇に、そっと口づけた。

どれくらい、長いキスだったのか。
少女の髪から漂ってくる、心を蕩かす甘酸っぱい匂いを感じながら、時を忘れていた。
スバルが二度目を開けた時、イクスヴェリアは恋する乙女そのままの顔でうっとりとした表情を浮かべていた。
頭が茹だっているだろうその潤んだ瞳を見ていると、何度でもキスしたくなってくる。
自身も、どこまで理性が続くのか分からないくらい地が上っていた。
「……ダメぇーっ!!」
ティアが思い切りスバルを突き飛ばし、抱いていたイクスヴェリアごとひっくり返る。
もう我慢できないという血走った目のティアはイクスヴェリアを引っぺがし、スバルに濃厚なキスを見舞った。
イクスヴェリアとの純情なキスは露と消え、代りにティアの舌が割り込んできた。
口を、舌を、唇を舐められ、吸われ、愛撫されて、頭がぼーっと霞んでいく。
身体に入っていた力が抜け、くたりとベッドに横になる。完全に、今のスバルはまな板の上の鯉だった。
同時の告白。同時のキス。
一度に多くのことがありすぎて、スバルは幸せでいればいいのか、頭を抱えればいいのか、もう分からなくなった。

雪が深々と積もっていく。
天使たちは、今日ばかりは見逃してくれるらしい。
そう思えるほど、白い羽たちは余りにも静かに降っているのだ。
交互にキスを交わすスバルは、いつしか二人の胸に挟まれていた。
ティアの豊かな双房と、イクスヴェリアのぷにぷにした大平原。
イクスヴェリアに染み付く、まだ青い果実の匂い。ティアから漂ってくる、成熟した大人の匂い。
どちらも魅力があって、捨て難い……
一瞬で恋人に昇格してしまった、二人の少女を同時に抱きながら、スバルは遠い空を見上げた。
「あ、言っておくけどね、イクス。あんたが二号よ」
「その言葉、そのままお返しします」
二人の少女から同時に抱かれながら、スバルは空を遠い目で見上げた。

──そばにいて欲しい、そう、今夜だけは……


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著者:Foolish Form ◆UEcU7qAhfM

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