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原文:
Fiscal Multipliers and Policy Coordination

Gauti B. Eggertsson FEDERAL RESERVE BANK of NEW YORK (ニューヨーク連邦準備銀行)

エガートソンはこの一連の研究で「流動性の罠」研究の第一人者と考えられている。1, 2

翻訳: night_in_tunisia


財政乗数と政策協調

ガウティ・エガートソン

要約

この論文はゼロ名目金利での財政政策の効果の大きさについて論じる。私は価格の硬直性と合理期待を取り入れた確率的動学一般均衡モデルを分析し、また政府が将来の政策についてコミットできないと仮定する。実質政府支出 (real government spendingは公的部門の消費の増加によって需要を拡大させる。赤字財政支出 (deficit spending)はインフレ予想を醸成する事によって需要を拡大させる。政府支出(実質および赤字財政)の1ドルの支出がどれだけ産出をどれだけ増加させるかを表す政府支出乗数を導く。金融政策と財政政策の協調の元では、実質支出乗数は3.4であり、赤字財政乗数は3.8である。しかしながら、中央銀行が独自のゴールを持ち、政策協調のない場合には実質支出乗数に変化はないが、赤字財政乗数はゼロになる。協調失敗 (coordination failure) は日本で、大恐慌の時に較べて最近の財政政策の効果が弱かった理由を説明していると思われる。
1 序論


デフレーションの局面と、インフレーションの局面とでは中央銀行の独立性の役割が異なる、ということを理解しておく事が重要です。インフレーションの局面において、それはしばしば政府負債の過剰な貨幣化を伴うものですが、独立した中央銀行の神髄は政府に対して拒否を突きつける能力のことです。しかしながら、長引くデフレーションの局面では極端な貨幣創造は問題になりにくく、中央銀行のより協調的なスタンスが求められるでしょう。

2003年5月31日 日本金融学会におけるバーナンキFRB議長による講演より


協調、協調
もし金融政策がそれだけでデフレーションを終わらせる能力に欠けるのなら、答えは「あきらめる」ではなくて協調された金融・財政政策を試みることである。

2003年6月 The Economist社説より

金融政策と財政政策のついての習わしとしていわれてきた事は次のようなものである<sup>*1</sup>。「不況への第一の防衛線は金融政策である。金利引き下げという中央銀行---連邦準備、ヨーロッパ中央銀行、日本銀行---の能力。実質金利の引き下げは企業や消費者が借金をし消費をすることを促し、それによって新たな雇用が生まれ、さらなる消費を刺激する、といったサイクルを生む。1930年代以来、この作戦は成功してきた。より具体的にいうと、金利の引き下げは過去30年において1975年、1982年、1991年の大きな景気後退からアメリカ経済を引き上げてきた。第二の防衛線は財政政策である。経済の落ち込みを防ぐのに金利の引き下げだけでは不十分な時には、政府は減税や自身の支出を増やすことで需要を拡大できる。この経済学者の間で共有されてきた習わしとは、ほとんどの景気後退に財政政策は不要であり、金利政策で十分である、ということだ。しかし、財政政策はいつでも武器庫には準備されているのだ。」(括弧内の一節は習わしについてのKrugman (2001)の要約である。)

中央銀行が短期名目金利をゼロにまで引き下げた時、第二の防衛線が必要である。経済が過大なデフレーションに直面している時はなおさらである。多くの経済学者が、大恐慌からアメリカ経済を最終的に救い出したのは戦争による政府支出であったと考えている。その時には短期名目金利が数年の間、ほぼゼロであった。しかし、近年の日本の状況を見ると、財政政策の効果の大きさに疑問が持ち上がる。日本銀行は1998年に喚起名目金利をゼロに引き下げ、それ以来グロスの公的債務は今日ではGDP比150%を超えるほどに膨らんでいる。いくつかの「景気対策」をうったにもかかわらず、デフレーションは持続し失業率は高止まりしたままであった(もっとも最近のデータによれば、ついに日本経済が回復し始めたようだ。景気回復とその要因となった政策の役割についてはEggertsson and Estry (2005)を参照せよ)。標準的な財政政策および金融政策は低金利環境においてデフレを抑制し、需要を刺激するには不十分なのであろうか?日本の経験を教訓にして、何人かの経済学者が論じたように我々は伝統的なケインジアンの教えを覆さなければならないのだろうか(例えばKrugman(2001)を参照せよ)?。

この論文では価格の硬直性を含んだ確率的一般均衡モデルを用いた理論的な観点から3つの疑問を論じていく。金利の下落は、金利の自然率(産出ギャップがゼロになる実質金利)を一時的に負にし、極端なデフレーションと産出の急落をもたらすような一時的な需要ショックが原因である。ここでは政府---財務省と中央銀行---が国債の発行を通じて将来の政策に対して独立にコミットすることができないと仮定する(Lucas and Stokey (1983)に従って、財務省は債務の名目額に対しては返済を保障できるものと仮定する)。この論文を通じて用いられる均衡概念はマルコフパーフェクト均衡(MPE)である。これはMaskin and Tirole (2001)が定式化して以来、ゲーム理論で比較的標準的な概念である。

この論文で、低金利環境で需要を増加させる財政政策の二つのオプションについて分析する。一つ目は実質政府支出、すなわち予算を均衡させたまま政府支出を増加させるもの。二つ目は赤字財政支出、すなわち政府の実質支出を一定にする減税および負債の増加である。この論文の中心的な結論は実質政府支出にしろ赤字財政支出にしろ、名目金利がゼロであっても、デフレを克服し需要を増加させることができるということである。二つのオプションのうち、赤字財政が、デフレを克服し産出ギャップを解消させ、社会的厚生を改善するという意味において、より効果的であることが分かった。この結論は伝統的な教えを擁護するものといえるだろう。

しかしながら、少なくとも3つの点で伝統的なケインジアンの教えと異なる点がある。まず一つは赤字財政政策は財政と金融政策が協調している時にのみ有効であること。仮に協調がなければ、効果はまったくない。これは近年の財政政策の効果が弱かった日本の経験を裏打ちするものである。財務省と日本銀行が協調したリフレーションプログラムの一環としての赤字財政の拡大を行わなかったためであると考えられる。これは大恐慌時の日本とアメリカで採られた協調的なリフレーションブログラムとは対照的なものである。第二に、政府の実質支出は、伝統的なケインジアンが考えるような「現在の支出を通じての効果」だけの効果しかないわけではないということである。将来の支出についての予測を通じても効果を発揮するのである。予測が固定された伝統的なIS-LMモデルとは対照的に、最適な財政政策の元では、現在の支出よりもむしろ将来の支出への予測の方が重要なのである。第三に、後に詳述するように、財政政策の効果の大きさは、従来の研究にみられるものに較べて遥かに大きく、金融政策と協調された場合にはより顕著である。



この論文でいう、金融政策と財政政策の協調とは何を意味するのか?制度的な構成は図1に示されている。二つの政府機関が存在する。中央銀行と財務省である。中央銀応は金利 i<sub>t</sub>を決定する(もしくはマネーサプライ M<sub>t</sub>)。財務省は政府支出 F<sub>t</sub> と租税 T<t> を決定する。財務省と中央銀行が共に社会的厚生を最大化するとき政策は協調された、と呼ぶ。それぞれの機関が独立に自分の目的を追求する時に政策は非協調的と呼ぶ。財務省は社会的厚生を最大化するが、中央銀行はより狭い政策目的を追求するような状況を非協調的と想定する。このような制度的な構成を中央銀行は「目標の独立性」を持つ、と呼ぶことにする。目標の独立性を持つ中央銀行はインフレーションと産出の目標からの乖離の二次関数を最小化するものと仮定するが、これはこの分野において比較的標準的な目的関数である。このモデルでの協調的・非協調的な解の最も大きな違いは目標の独立性を持つ中央銀行はその行動の財政的側面を考慮しないということである。

(はじめに引用した)バーナンキFRB議長が強調するように、中央銀行の独立性についての標準的な理解は政府の「負債の貨幣化」の望みに対して断固として拒否する能力のことである。標準的な動学的不整合性に対して、目標の独立性を持つ中央銀行が財政的側面を無視することは望ましい。なぜならば、公債の存在はインフレーションを起こそうとする非効率的なバイアスを与えるからである(Calvo (1977)を参照せよ)。このバイアスはこの論文においても成立し、名目的な状況(すなわちデフレショックがない状況)では社会的厚生よりも狭い目的を目標独立な中央銀行に与えることが最適となる。しかしながら、Bernanke (2003)が述べるように、デフレーション環境ではこのバイアスは成立せず、少なくとも一時的な協調---社会的厚生を最大化するという共通の目標をめざすこと---は利益をもたらす。実際、デフレショックを前提にすると、この論文の定量的な結果をまとめた表1と2で示されているように、協調は財政政策の効果は引き出すために決定的なものなのである。






表1と2は動的乗数の計算によって得られた財政支出の威力を要約したものである。表1の最初の列は名目金利をゼロにするようなショックを受けた場合の協調的な政策の乗数を示している。二つのシナリオでの均衡産出と財政支出を較べる思考実験を考えよう。シナリオの一つは安定化の財政政策(実質支出または赤字財政支出)を行った場合でありもう一つのシナリオは財政政策を行わなかった場合のものである。この二つの均衡を較べることで動的乗数を計算することが出来る。乗数は次の疑問に答えてくれる。(実質または赤字財政の)財政政策による1ドルは一つの均衡から別の均衡へと移る時に何ドルの産出を増加させるのであろうか?乗数の計算にあたって期待現在価値による支出と産出を求めた。これにより協調の場合には、実質政府支出の乗数は3.37であり、赤字財政支出の乗数は3.76であることがわかった。これらの乗数は伝統的なケインジアンの研究に見られるものよりも遥かに大きい。大恐慌時の財政政策についての論文で最も引用されているのがBrown (1956) である。彼の基準カリブレーションでは実質支出の乗数は0.5であり、赤字財政支出乗数は2.3である。これだけ大きな違いがある理由は古いモデルが予想の経路を無視しているからである。予想をモデル化することは政府支出の大きな効果を理解する鍵なのである。予想の経路とは次のようなものである。財政拡大が将来のインフレーションの上昇を予想させる。これが実質金利を減少させ支出を刺激する。そしてさらなる支出を刺激する将来所得の増加をも予想させるのだ。

表1の2列目には、ショックがなかった(よって金利は正である)場合の乗数を示してある。しかし、財政政策はショックが起きた時と同じ経路を辿っている。この場合、乗数は遥かに小さい。このことは財政政策は金利がゼロで、デフレーションにあるような時には極めて強力である。なぜなら金利がゼロの時には、インフレーション率と産出が社会的に望ましい水準よりも下回っているために、中央銀行はいかなる需要の増加も融通することが出来るからである。正の金利で中央銀行は逆にいくぶん財政政策を相殺する。

表2は金融政策と財政政策が協調していない場合の乗数を示している。この場合、実質支出の乗数は変わらないが、赤字財政支出の乗数は大きく変わる。協調なしでは赤字財政は効果がなく乗数はゼロになる。赤字財政はすべて未来の金利政策についての予想を通じて(すなわち未来のマネーサプライの増加の予想を通じて)機能するからである。協調された政策では、赤字財政支出は名目上の負債の増加を意味し、最適な裁量的金融政策はインフレーション予想の上昇をもたらす。なぜなら名目上の負債の増加は恒常的なマネーサプライの増加へのインセンティブと整合的だからである。しかし協調がない時には金融政策の財政的効果を考慮に入れずに狭義の目標を達成しようとするために、このリンクは切れてしまう。代わりにデフレショックがある時にはひどく部分最適な最良的金融政策の強いデフレバイアスが存在する。このことはBernanke (2003) が述べるようにデフレーションにおいては中央銀行により協調的なスタンスが求められていることを意味する。

対となる論文 (Eggertsson 2006) で、私は似ているが二つの重要な点で異なるモデルを考察した。その論文では実質政府支出の増加の効果は論じられていない。また金融政策と財政策の協調も分析されていない。関連する論文 (Eggertsson 2005) ではアメリカ経済の大恐慌からの回復を研究するために(協調に関する言及は一切ないが)ここで提示された理論的フレームワークを簡単にしたモデルを適用した。

ゼロ金利の研究には二つの流れがある。一つはゼロ金利を部分最適な金融政策と実質ショックによらない自己充足的な「悪性均衡」の一例として流動性の罠に理由を求めるものである。その解決法は自己充足的な「悪性均衡」を取り除く異なる政策ルールに政府がコミットすることである(このアプローチの主導的な例はBenhabib et al. (2002)とBuiter (2003)である)。もう一つはデフレーションとゼロ下限(zero bound)を実質的なショックへの非効率的な政策に理由を求めるものである。この場合、非効率な政策ルール(Eggertsson and Woodford (2003)を参照せよ)か、未来の政策への政府のコミットメント不足(Eggertsson (2006)を参照せよ)のいずれかがゼロ金利にいたる原因である。この論文は二番目の流れに沿っており、ゼロ金利は一時的な実質ショックに起因し、結果として得られる均衡は政府の政策的制約と未来の政策へのコミット不足のために部分最適になるというものだ。Krugman (1998)、Eggertsson and Woodford (2003)、Jung et al. (2006) 、Adam and Billi (2006)、Nakov (2006) によって強調されたように、最適な政策は目標よりも高いインフレーション率の実現へコミットすることであるが、この政策は政府が明瞭なコミットメントメカニズムを持っていなければ信認されないであろう。この論文では赤字財政支出は主に有用である。なぜならこのコミットメントの問題を解決する助けとなるからである。実質政府支出は主に効果的である。なぜなら金利がゼロに達した場合の総支出の増加による負のショックの影響を減少させるからである。Jeanne and Svensson (2004)とEggertsson (2006) はコミットメント問題を解決するための為替介入などの代替策について論じている。

物価水準と財政政策との関連を強調する研究が近年盛んになっている。この分野の研究はしばしば物価水準の財政理論(Fiscal Theory of Price Level (FTPL))と呼ばれている(Leeper (1992)、Sims (1994)、Woodford (1996)を参照せよ。初期の研究についてはSargent and Wallace (1981)を見よ)。FTPLとこの論文におけるアプローチとの大きな違いは政府の扱いである。FTPLを適用した論文は中央銀行を(時に部分最適な)金利フィードバックルールにコミットするものとして扱い、財政政策は実質政府余剰の(時に部分最適な)外生的な経路(典型的には実質政府消費のいかなる変化も除外している)として扱っている。これらの仮定においては、政府の予算制約を満たすように物価が変化しなければならないため、実質政府余剰は物価に影響を与えうる(なぜなら、政府のいかなる政策の変更も仮定(すなわち政府の政策へのコミットメント)によって除外されているからである。これとは対照的に、私の設定では、財政政策が物価水準に影響を与えることができるのは、政府の未来のインフレーション率の上昇へのインセンティブを変化させるから、もしくは実質政府支出が直接需要を増加させるからである。
6 日本とアメリカの大恐慌時代の協調

目標の独立性を持つ中央銀行を考えよう。中央銀行の総合的な目標と赤字財政の拡大によって予想を変化させることは簡単であろうか?そのようなレジームの転換は信認されるか?理論的な観点から、この疑問に対する答えは明白である。財務省と中央銀行との間の協調が---そう定義したように---社会的厚生の最大化を含むため、レジーム転換はいつでも信認される。よって主に課題となるのは、そのような政策が信認されるかどうかではなく、民間部門に対して、どのように政策の透明性、確認性を高めるか、である。このための一つの方法は中央銀行が財政政策をサポートする意図を説明し、国債の買いオペをすることである。原理的にはそのような政策は何ら効果を発揮しないはずである。なぜなら貨幣と国債は完全な代替物になっているからである。しかし、中央銀行が保有する満期となった国債の償還を財務省に請求しないというような、財政政策へのサポートを明確に発表したならば、インフレーション予想に大きな影響を与えることができるであろう。その効果は国債の購入から来るものではなく、国債の購入についての解釈の方法に起因する。よって、公開市場操作は中央銀行の目標の変更とデフレーションを終結させるために財政政策の協力するという決意のシグナルとなるのである。そのような政策の鍵となる要素は政策目標の透明性と、インフレーション予想を変化させる方法の透明性である。



過去においてレジーム転換と協調はデフレーションを克服する効果があったのであろうか?これには協調的解決法として興味深い先例が日本にある。1920年代の終わりに日本は恐慌に陥った。成長の停滞は深刻であった。GNPの成長は1929年には0.5%、1930年は1.1%、1931年は0.4%であった。同時にデフレーションは経済を不具にしていた。このことは表4に示されているように、いくつかのマクロ経済指標によって確認されている。1931年12月に高橋是清が大蔵大臣に任命された。高橋は即座に三つの行動を起こした。第一に、金本位制から離脱した。第二に、日本銀行に公債を裏書きさせることで金融政策を財政政策に従属させた。第三に、大規模な赤字財政を実施した。これらの政策は表4に見られるように劇的な効果をもたらした。全てのマクロ経済指標はこの論文のモデルによって予測された方向に変化した。財政赤字が拡大するにつれ、GNPは上昇し、デフレーションは収束した。同じ時期に、金利は歴史的に低位で、公債の金利は30年代の間ほぼゼロであった。名目利子率の引き下げに加えて、我々のモデルは他の政策の発動---公債の裏書きして賄われた積極的な赤字財政---はインフレーション予想の上昇を通じて実質収益率に大きな影響を与えたものと考えられる。この経路は大恐慌時代の日本でとられた三つの政策の成功を説明する潜在的な重要性を持つものである。1936年、高橋は暗殺され、政府の財政は軍の支配下に置かれた。これに続く軍拡は過大な政府債務の拡大とハイパーインフレーションへと導いた。高橋が暗殺されるまでは、しかしながら、1930年代の経済政策は注目に値する成功を収めたのであった。

金融・財政政策の協調のもう一つの重要な例は大恐慌時代のアメリカである。このエピソードはEggertsson (2005) でいくらか詳しく説明している。その論文から分かることは、アメリカで大恐慌を終わらせたものは、金融と財政の協調によるレジーム転換によって説明できる予想のシフトによって、その大部分を説明できる、ということである。

赤字財政と実質支出を同時に積極的に行った場合にどちらが相対的な重要性を持つか、という研究は今後の重要なトピックになるであろう。日本の近年の経験はカリブレートされたモデルで研究する価値がある。ここで論じたように、近年の日本でのデフレーションとデフレ期待の進行を見ると赤字財政がインフレーション期待に対して影響があったとは思えない。しかし、実質政府支出の増加がさらなる日本経済の悪化を食い止めた蓋然性は高い。私が提示したモデルは、実質政府支出の増加がなければ、デフレーションと経済の低迷は実際に日本で観察されたものよりもさらに悪い結果になったはずだということを示している。モデルは(経済の低迷に対応するための)日本の近年の実質政府支出の増加はもっと厳しい低迷に陥ることを防ぐ重要な役割を果たしたことを示している(もっとも、さらに支出を拡大した場合についてはオープンクエスチョンであるが)。しかし、需要喚起のための実質政府支出の積極度についての合意がないことは明記しておくべきことであろう。例えばKuttner and Posen (2001)は季節調整された実質政府支出の増加はよく言ってもわずかであったと論じている。さらにいえば、日本はここで示されたマルコフ解が要求する持続的に政策を実行しなかった(つまり、実質政府支出はゼロ金利にあるどのような状態においても増加させられなければならない)。このことは重要である。なぜなら、モデルが示唆する本質的に重要なことは現在の実質政府支出を増加させることではなく、未来のゼロ金利制約に嵌まったいかなる状況においても増加させるという予想だからである。よって、政府はデフレーション圧力がなくなるまで実質政府支出を増加させることを発表する必要があり、これは丸子不均衡の分析によって示されたように信認される発表になるのだ。
7 Conclusion

インフレーションは何十年もの間、貨幣的安定への主な脅威と看做されてきた。70年代の二桁のインフレーションの後遺症で、金融政策と財政政策を分離し、インフレーションの防止を第一の目的とする「独立した」中央銀行の手にその権限を与えようという動きが起きた。この展開は理論のレベルでの重要な貢献によって強化された。もっとも重要なものは裁量的な政府が「インフレーションバイアス」を持つことを示したKydland and Prescott (1977)とBarro and Gordon (1983) であろう。デフレーションが当たり前であった大恐慌時代の後遺症の中での政治的、理論的議論は極めて対極にあったことは忘れられがちである。ポール・サミュエルソンはデフレーションと戦う能力に欠けたために生じた不況を強調して大恐慌時代の連邦準備を「自らの独立性の虜」と評した。同じようにミルトン・フリードマンは「金融政策はセントラルバンカーに任せるには重要すぎる」と評した。本論文はデフレーション環境では財政と金融の協調にいくらかのメリットが存在することを示している。この協調の本質を見極める研究はこれから間違いなく重要なものとなるであろう。協調解は非協調解の結果に収束していくため、協調は一時的なもので十分効果的であることを指摘しておきたい

財務省との協調なしでも中央銀行は様々な方法---為替介入や民間資産の購入など---によって物価と産出を刺激することが出来ると論じる経済学者もいる。独立性のある中央銀行はこの論文での協調の元での赤字財政が示したような、未来の物価上昇へのコミットメントと同じような結果を、自身のバランスシートの拡大によって得ることができる(中央銀行は民間資産の購入や為替レートへの介入によってインフレーション予想を上昇させることができる。Eggertsson (2006)、Svensson and Jeanne (2004)を参照せよ)。その理由は次の通りである。独立した中央銀行は自己のバランスシートの価値に神経質である。なぜなら自己資本の毀損は、貨幣の増刷(これは望ましい水準よりインフレーションを高める可能性がある)または財務省による救済(これは独立性を失う結果を導く)によって賄われることになるからである。しかしながら障害は、原理的には未来のインフレーション率の上昇にコミットできるにもかかわらず、もし中央銀行が自己のバランスシートに過剰に神経質になると、サミュエルソンが指摘したような、自らの手足を縛る「独立性の虜」になってしまうことである。理由は、非標準的な公開市場操作で購入した資産は不確実な収益性を持ち、中央銀行がバランスシートの大幅な毀損と高いインフレーション率との間のトレードオフに直面する可能性が常に存在するからである。よって、仮にその他の政策を考えるにしても、財政と金融政策の一時的な協調は説得力のあるケースであると言えよう。
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