94-10-01「藤波元長官の無罪判決」
9月27日の藤波元官房長官のリクルート事件の無罪判決について少々述べたいと思います。
私はこの判決は当然だと思いました。そして判決内容を詳細に読みましたが、私のその思いをそのままうらずけてくれるものでした。しかし、当日およびその後の新聞テレビ等マスコミの言い方にはかなり腹がたってきました。
そもそも私はこのリクルート事件そのものがさっぱり判りませんでした。いったい何がどうした犯罪だったのか。検察はどう立件できるのか不思議でした。そして、これでまた政府自民党は腐っているとキャンペーンをはりたがるマスコミ、馬鹿市民主義者に腹がたっていただけです。
私は、あの事件が報じられたときに、当時の「住宅情報」の編集長への年賀状に、
と書きました。またときどき飲みに行く横浜の焼鳥屋のマスターの
焼鳥屋を家族で必死にやっている彼には、大財閥でもなく、いわば学生のアルバイトの姿から、あれだけの会社グループになった江副さんの姿はけっして否定するものではなかったのです。
当時もさまざまなところで話してきたつもりですが、今回もまた言わなければと思うのです。27日当日の毎日新聞の夕刊に次のような記事がありました。
こうした見解がテレビ等でも一般的だったようです。
よく考えていただきたい。「一般国民がこういうことで納得するか」とはどういうことですかね。検察官にしろ裁判官にしろ、法にもとずいて判断すべきではないのですか。一般国民の100人のうち99人がこの男は犯罪者だ有罪にしろといったとしても、そうした声から予断を持つのではなく、あくまで法にもとずいて、証拠にもとずいて判断すべきではないのですか。アメリカの陪審員制度でも、被告人に予断をもつ人(すなわち、被告の友人であるとか敵対的関係者であるとかだけでなく、被告人のことをテレビ等々で知ってしまいある判断ができてしまっている人も)は陪審員にはなれないのです。
こんなあたりまえのことを忘れ果てている各マスコミ、各識者はどうしたことなのでしょうか。かの明治の時代、大津事件のときにあらゆる圧力や予断によらず、あくまで法にもとずいて判断した名裁判官がいました。その時代よりも、今回の検察官、各マスコミの論調は判っていないのです。
今回の藤波氏の事件の立件は、ほぼ江副氏の自白調書によるということです。江副氏は検察官に土下座させられ、調書を取られたといいます。いったい、この検察官はどの時代の人間なのですか。こんな強圧な取り調べの中での自白調書なんて、証拠として信じられるわけないじゃないですか。
私も思い出しました。昔東大闘争で逮捕された私は、当然黙秘だったから、けっこう警察、検察官は苦労したでしょうが、どうにも許すことのできない、絶対に許さない検察官の言動があります。
これを執拗に執拗に言い続けました。当然私は怒りしか感じないから、黙秘を続けます。だが、このことはけっして忘れないぞと誓ったものです。
この私を調べた検察官と江副氏を取り調べた検察官は同じです。おそらくは、江副さんのほうが私よりひどく扱われたでしょうから、結局自白調書が出来てしまったものでしょう。だがこのこともまた忘れるべきことではないのです。
なにが賄賂なのだ。何が収賄なのだ。私はもっと怒ってしまう金の収受があります。3食の食事を2食にして拠出した北朝鮮の人たちの金を堂々ともらっていた、小田実や社会党等々の連中。ラーゲリの中におかれたたくさんの人民からの搾取したソ連の金を堂々と要求し、手に入れていた日本共産党。こんな連中のやったことこそ、私たちは忘れてはならないのです。
まあ、これで少しは気分よくなれそうです。
情況への発言
私はこの判決は当然だと思いました。そして判決内容を詳細に読みましたが、私のその思いをそのままうらずけてくれるものでした。しかし、当日およびその後の新聞テレビ等マスコミの言い方にはかなり腹がたってきました。
そもそも私はこのリクルート事件そのものがさっぱり判りませんでした。いったい何がどうした犯罪だったのか。検察はどう立件できるのか不思議でした。そして、これでまた政府自民党は腐っているとキャンペーンをはりたがるマスコミ、馬鹿市民主義者に腹がたっていただけです。
私は、あの事件が報じられたときに、当時の「住宅情報」の編集長への年賀状に、
- 読売グループ、各マスコミ、各政治勢力のリクルート潰しの陰謀に屈することなく闘い抜いてください
と書きました。またときどき飲みに行く横浜の焼鳥屋のマスターの
- リクルート事件っていったい何なの?
- 私「…………まずリクルートの側はほとんど悪くないんじゃないかな。もし金をたかった政治家がいるのなら、たかった奴が悪いんだよ。それよりリクルート潰しじゃないの」
- 店主「そうだよね。リクルートって、俺たちのあこがれみたいな会社だし、江副さんも大変だね」
- 私「うん、江副さんは可哀想だよ、やっぱりリクルートって、俺たちの世代には若くていい存在だと思うんだね。それが気にいらないんだろうけれど」
焼鳥屋を家族で必死にやっている彼には、大財閥でもなく、いわば学生のアルバイトの姿から、あれだけの会社グループになった江副さんの姿はけっして否定するものではなかったのです。
当時もさまざまなところで話してきたつもりですが、今回もまた言わなければと思うのです。27日当日の毎日新聞の夕刊に次のような記事がありました。
- 東京地検幹部の一人は「政府の高官に多額の小切手や株式が渡され、自宅の改装などに使われた事実が厳然とある。これからは『これはわいろです』と言って持っていったものしか立件できないのか。一般国民がこういうことで納得するかどうかね」と判決への不満をあらわにした。
- (毎日新聞1974.9.27夕刊)
こうした見解がテレビ等でも一般的だったようです。
よく考えていただきたい。「一般国民がこういうことで納得するか」とはどういうことですかね。検察官にしろ裁判官にしろ、法にもとずいて判断すべきではないのですか。一般国民の100人のうち99人がこの男は犯罪者だ有罪にしろといったとしても、そうした声から予断を持つのではなく、あくまで法にもとずいて、証拠にもとずいて判断すべきではないのですか。アメリカの陪審員制度でも、被告人に予断をもつ人(すなわち、被告の友人であるとか敵対的関係者であるとかだけでなく、被告人のことをテレビ等々で知ってしまいある判断ができてしまっている人も)は陪審員にはなれないのです。
こんなあたりまえのことを忘れ果てている各マスコミ、各識者はどうしたことなのでしょうか。かの明治の時代、大津事件のときにあらゆる圧力や予断によらず、あくまで法にもとずいて判断した名裁判官がいました。その時代よりも、今回の検察官、各マスコミの論調は判っていないのです。
今回の藤波氏の事件の立件は、ほぼ江副氏の自白調書によるということです。江副氏は検察官に土下座させられ、調書を取られたといいます。いったい、この検察官はどの時代の人間なのですか。こんな強圧な取り調べの中での自白調書なんて、証拠として信じられるわけないじゃないですか。
私も思い出しました。昔東大闘争で逮捕された私は、当然黙秘だったから、けっこう警察、検察官は苦労したでしょうが、どうにも許すことのできない、絶対に許さない検察官の言動があります。
- お前は、なんで喋らないんだ。お前は朝鮮人か。朝鮮人だろう。朝鮮人は、自分が朝鮮人であることが判ると困るから、決して名前を言わないんだ。お前が朝鮮人でなく、日本人なら、名前くらい言え。
これを執拗に執拗に言い続けました。当然私は怒りしか感じないから、黙秘を続けます。だが、このことはけっして忘れないぞと誓ったものです。
この私を調べた検察官と江副氏を取り調べた検察官は同じです。おそらくは、江副さんのほうが私よりひどく扱われたでしょうから、結局自白調書が出来てしまったものでしょう。だがこのこともまた忘れるべきことではないのです。
なにが賄賂なのだ。何が収賄なのだ。私はもっと怒ってしまう金の収受があります。3食の食事を2食にして拠出した北朝鮮の人たちの金を堂々ともらっていた、小田実や社会党等々の連中。ラーゲリの中におかれたたくさんの人民からの搾取したソ連の金を堂々と要求し、手に入れていた日本共産党。こんな連中のやったことこそ、私たちは忘れてはならないのです。
まあ、これで少しは気分よくなれそうです。
情況への発言
2007年01月21日(日) 09:36:39 Modified by shomon