権利と請求権
「権利」と「請求権」は、同義に使われることも多いが、基本的には別個の概念である。両者の関係を整理しておかないと、いくつかの文脈で混乱することがある。
これは、同書の物権法に関する記述のはじめの方にある一節。ここから、いくつかのことが分かる。
その上で、物権の効果としての物権的請求権についていくつかの性質が説かれているが、それらが本当に物権的請求権に特有のものなのか。再整理の余地がある。
上記１．を前提とすれば、物権は物権的請求権、債権は本旨弁済の請求権を発生させる権利となる。
物権的請求権の性質として、�（�権と切り離して譲渡することはできない、�∧�権と独立に消滅時効にかからない、の２つが説かれる。しかし、実はこれは、債権と本旨弁済請求権との関係にも当てはまろう。
翻ってみれば、債権譲渡（さらには広く、権利の移転）や消滅時効（あるいは取得時効）などの法的概念は、「権利」に関するものであって、「請求権」に関するものではない。上記�´△蓮△△�まで、「権利」と「請求権」とを峻別しなかったころの議論に過ぎず、いいかえれば、「権利」と「請求権」とを本稿のように整理した以上は無用の議論であろう。
ただ、「請求権」は「債権」を離れては存しないため、一方で、「債権」があれば特段の事情のない限り「請求権」があるといえるため、「請求権」が訴訟物であるときの請求を理由づける事実（請求原因）は、「債権」の発生原因事実と一致することになる（先回りしていえば、ここにいう「特段の事情」こそが阻止の抗弁である）。
一方、債務者側から訴訟を起こすとすれば、通常は、債務不存在確認の訴えとなる。ここでの審理の対象は、「債権」であり、「請求権」ではない。請求権不存在確認の訴えは、論理的にあり得ないものではないが、おそらく確認の利益が認められないことになろう（紛争の抜本的解決にはならない）。
法律要件分類説にいわゆる阻止の抗弁が消滅・障害の抗弁と異なるのは、阻止の抗弁は、「債権」の不存在を導かない点である（消滅・障害の抗弁は、債権自体の不存在を導く）。
請求訴訟における消滅・障害の抗弁は、訴訟物たる請求権の源たる債権自体を不存在とすることによって、請求を棄却に導く。これに対して、阻止の抗弁は、債権そのものの存在を前提とした上で、債権の効果としての請求権の行使を許さないという意味を持つ。よって、債務不存在確認の訴えでは、阻止の抗弁（主張の段階としては再抗弁になる）は、主張自体失当となる。
「具体的請求権」に対する概念は「抽象的請求権」であり、これは例えば、給付の訴えにおける訴訟物の特定の限界の問題として表れよう（抽象的不作為請求の可否）。
そのいずれであろうと、「請求権」の存否は法律問題であり（→憲法問題と法律問題）、法律に規定があれば、――それが憲法に根拠を求めうるか否かに関係なく――請求権は発生するのである。
すると、具体的権利・抽象的権利の文脈で語られる「具体的請求権」の話は、少なくとも、“法律に規定を置けば請求権が発生する”かどうかを問題にしているのではない。繰り返しになるが、それは法律問題であり、憲法問題の議論ではないからである。
さらには、“法律に請求権の規定が置かれれば具体的権利となる”とするのも誤りであるということになる。憲法論としては、憲法問題と法律問題で触れたように、法律上の請求権が憲法上の要請を明文化したものと理解すべきかどうかが憲法問題なのであり、法律に規定を置けば憲法上の権利の性質が変ずるというのは論理性を欠く（法律が違憲審査の対象であることと矛盾する）。
例えば、芦部信喜・『憲法 第三版』p.244には、憲法「二五条の生存権が生活保護法のような施行立法によって具体化されている場合には、憲法と生活保護法とを一体としてとらえ、生存権の具体的権利性を論ずることも許されるであろう。」とあるが、これは、法律に請求権等が明定されているときに、その状態をさして、“法律の規定は憲法上の具体的権利を明文化したものである”と理解することが可能となる、という意味に解することになるのではないだろうか。
ついでに言えば、法典の前文・第１条等で、当該法典が憲法○○条の権利の具体化である旨を宣明したところで、それが憲法上の権利の性質に直接の影響を及ぼすことはない。法的に意味を持つ憲法解釈は裁判所の専権であり、立法府の手になるそれら条文の文言は、当該立法府の憲法解釈・憲法問題に対する姿勢を明らかにするに過ぎないからである。もっとも、憲法問題も市民の法意識によって左右されるべき問題であるとすれば、直接の民主的基盤を有する立法府の解釈・姿勢は裁判所においても相当程度に尊重されるべきである、とする主張は意味を持つであろう。
その上で、具体的権利・抽象的権利の差は、どの程度の法的効果を認めるか――具体的には、立法不作為を訴訟で争うことができるか――の違いであり、「請求権」の存否とは必ずしも論理的な関係に立たないことになる。
１．総論
「人と物の関係が直ちに権利になるのではなく、権利とは人と人との関係である（二人以上の人のいない所には権利はない（ロビンソン・クルーソーは、フライデーが現れるまでは権利を持たない））。要するに、人と人との間で紛争が起こった場合に、相手方に対してなんらかの請求をすることになるが、その根拠が権利であり、それが物権であろうと債権であろうと同じである。」（星野英一・『民法概論�供�p.6）これは、同書の物権法に関する記述のはじめの方にある一節。ここから、いくつかのことが分かる。
- 二人以上の人のいない所には、権利は必要ない。
- （しかし）「権利」の対象は、人である必要はない。
- （これに対して）「請求」の対象は、人である。
２．物権・債権
すると、物権が“物に対する権利”であるというのは、“すべての人に対する請求権の源となる（請求権を発生させる）法律状態”のことを意味していると解することが可能かもしれない。その上で、物権の効果としての物権的請求権についていくつかの性質が説かれているが、それらが本当に物権的請求権に特有のものなのか。再整理の余地がある。
上記１．を前提とすれば、物権は物権的請求権、債権は本旨弁済の請求権を発生させる権利となる。
物権的請求権の性質として、�（�権と切り離して譲渡することはできない、�∧�権と独立に消滅時効にかからない、の２つが説かれる。しかし、実はこれは、債権と本旨弁済請求権との関係にも当てはまろう。
翻ってみれば、債権譲渡（さらには広く、権利の移転）や消滅時効（あるいは取得時効）などの法的概念は、「権利」に関するものであって、「請求権」に関するものではない。上記�´△蓮△△�まで、「権利」と「請求権」とを峻別しなかったころの議論に過ぎず、いいかえれば、「権利」と「請求権」とを本稿のように整理した以上は無用の議論であろう。
３．いわゆる「阻止」の抗弁
債権者は債務者に対して、本旨弁済の履行を求める給付の訴えを起こすことができる。ここでの審理の対象（訴訟物）は、「請求権」（本旨弁済の請求権）であって、「債権」そのものではない。訴訟において給付の内容たりうるのは、あくまで「請求権」であって、「債権」等の「権利」は、請求権の源に過ぎないからである（債権そのものを“請求”することはできない）。ただ、「請求権」は「債権」を離れては存しないため、一方で、「債権」があれば特段の事情のない限り「請求権」があるといえるため、「請求権」が訴訟物であるときの請求を理由づける事実（請求原因）は、「債権」の発生原因事実と一致することになる（先回りしていえば、ここにいう「特段の事情」こそが阻止の抗弁である）。
一方、債務者側から訴訟を起こすとすれば、通常は、債務不存在確認の訴えとなる。ここでの審理の対象は、「債権」であり、「請求権」ではない。請求権不存在確認の訴えは、論理的にあり得ないものではないが、おそらく確認の利益が認められないことになろう（紛争の抜本的解決にはならない）。
法律要件分類説にいわゆる阻止の抗弁が消滅・障害の抗弁と異なるのは、阻止の抗弁は、「債権」の不存在を導かない点である（消滅・障害の抗弁は、債権自体の不存在を導く）。
請求訴訟における消滅・障害の抗弁は、訴訟物たる請求権の源たる債権自体を不存在とすることによって、請求を棄却に導く。これに対して、阻止の抗弁は、債権そのものの存在を前提とした上で、債権の効果としての請求権の行使を許さないという意味を持つ。よって、債務不存在確認の訴えでは、阻止の抗弁（主張の段階としては再抗弁になる）は、主張自体失当となる。
４．具体的権利・抽象的権利
憲法上の人権が、具体的権利か抽象的権利かが問題とされることがある。ところが、その同じ文脈の中でしばしば「具体的（な）請求権」という語が用いられることがあり、これは、例えば本稿のような立て分けを前提としなければ、非常に混乱しがちである。「具体的請求権」に対する概念は「抽象的請求権」であり、これは例えば、給付の訴えにおける訴訟物の特定の限界の問題として表れよう（抽象的不作為請求の可否）。
そのいずれであろうと、「請求権」の存否は法律問題であり（→憲法問題と法律問題）、法律に規定があれば、――それが憲法に根拠を求めうるか否かに関係なく――請求権は発生するのである。
すると、具体的権利・抽象的権利の文脈で語られる「具体的請求権」の話は、少なくとも、“法律に規定を置けば請求権が発生する”かどうかを問題にしているのではない。繰り返しになるが、それは法律問題であり、憲法問題の議論ではないからである。
さらには、“法律に請求権の規定が置かれれば具体的権利となる”とするのも誤りであるということになる。憲法論としては、憲法問題と法律問題で触れたように、法律上の請求権が憲法上の要請を明文化したものと理解すべきかどうかが憲法問題なのであり、法律に規定を置けば憲法上の権利の性質が変ずるというのは論理性を欠く（法律が違憲審査の対象であることと矛盾する）。
例えば、芦部信喜・『憲法 第三版』p.244には、憲法「二五条の生存権が生活保護法のような施行立法によって具体化されている場合には、憲法と生活保護法とを一体としてとらえ、生存権の具体的権利性を論ずることも許されるであろう。」とあるが、これは、法律に請求権等が明定されているときに、その状態をさして、“法律の規定は憲法上の具体的権利を明文化したものである”と理解することが可能となる、という意味に解することになるのではないだろうか。
ついでに言えば、法典の前文・第１条等で、当該法典が憲法○○条の権利の具体化である旨を宣明したところで、それが憲法上の権利の性質に直接の影響を及ぼすことはない。法的に意味を持つ憲法解釈は裁判所の専権であり、立法府の手になるそれら条文の文言は、当該立法府の憲法解釈・憲法問題に対する姿勢を明らかにするに過ぎないからである。もっとも、憲法問題も市民の法意識によって左右されるべき問題であるとすれば、直接の民主的基盤を有する立法府の解釈・姿勢は裁判所においても相当程度に尊重されるべきである、とする主張は意味を持つであろう。
その上で、具体的権利・抽象的権利の差は、どの程度の法的効果を認めるか――具体的には、立法不作為を訴訟で争うことができるか――の違いであり、「請求権」の存否とは必ずしも論理的な関係に立たないことになる。
2007年01月18日(木) 01:40:16 Modified by streitgegenstand