GD1942 1939年part3

1939年9月16日 ベルリン
「それでは会議を始めます。
 本日、お忙しい中を緊急に参集頂いたのは、既にご承知の通り、
 ポーランドからの軍事支援要請があったためです。
 大きな問題が無い限り、既定の方針に従って宣戦布告することになりますので、
 この会議は対ソ戦にあたっての最終確認となります。」
重苦しい空気の中、議事の進行を任されたシュペーアが口を開いた。

「まずローゼンベルク閣下から現在の各国の情勢について説明いただきます。」
「既にご存知の事も多々あるかとは思いますが、改めて現在の外交情勢について説明いたします。」
シュペーアに促されると、巨大な会議卓から髪をきっちりと分けたスーツ姿の閣僚が立ち上がった。
「本日つい先程、ポーランドの公式な外交ルートを通じて軍事支援の要請がありました。
 簡単にまとめてしまえば - "イワンを追い出してくれ"ということです。」
出席者から「それみろ、散々警告してやったのに。自業自得だ。」という苦笑が漏れた。
「具体的な軍事協定、戦後処理、指揮権の問題などについては?」
「詳細は現在詰合せ中ですが、
 戦後のダイツィヒ回廊を含む領土の返還、ポーランド軍の指揮権委譲、
 領内での自由通行権について、非公式ながら好感触を得ています。」
ヒトラーは満足げに頷いた。
「よろしい。ローゼンベルク君はこれら必須条件について、早急に公式な回答を得るように。」
「はっ。承知しました。
 次にフランス及びイギリスですが、ソビエトに対して宣戦布告する構えは見せておりません。
 おそらく、ロシアという地域で戦争を随行する用意が無い為だと思われます。
 その代わり領土の割譲を条件とした停戦を提案しているようですが、スターリンはこれを無視しています。」
会議室に唸り声が満ちた。
英仏が介入してくれれば、ドイツは参戦しなくても済む。
もし英仏が力不足でドイツ領までソビエト軍がドイツ国境まで迫ったとしても、
西欧3カ国の力を合わせるならば、戦いははるかに楽になる。
そういった希望的観測を誰もが多少なりとも抱いていたが、現実は期待を裏切っている。
史実でもドイツだけに宣戦布告した英仏だが、やはりソビエトと事を構える事はしないというのだ。
「つづいて日本とイタリアですが、ご存知の通り9月10日に日ソ伊3国協商協定に調印しました。
 当初イタリアはポーランドに宣戦を布告しませんでしたが、9月15日に宣戦布告しております。
 英仏が黙っているのを見て、単に勝ち馬に乗ろうとしたのでしょう。
 日本は沈黙を守っています。まだソ連との蟠りが大きいようです。」
ドイツ首脳部ではイタリアと日本について、大きな関心を払っていなかった。
特に日本については"地球の裏側での出来事"という認識が大勢を占めていた。
「最後に、友好国の動静について報告いたします。
 現在、対ソ戦争に突入した場合、わが国の側に立って参戦してくれる見込みがあるのは、
 ポーランドを除けばルーマニアとフィンランドです。
 これらの国にはドイツ製の兵器…えー、突撃砲でしたかな?を払い下げている事もあり、
 ドイツ国防軍から顧問や連連絡将校が既に現地入りしています。
 これに対してハンガリーはやや冷淡ですが、
 戦況が優勢であれば2年以内に参戦してくれると予測しております。」
東部方面軍を指揮するルントシュテットは重々しくうなずいた。
「トルコについては?」
マンシュタインが質問した。
彼は対ソ戦において南方軍集団を指揮する事になる。
「あの国は対英関係を重視している為、相変わらず慎重です。
 しかし、先立って新型戦車を売却したことで多少は態度を軟化させました。」
「当然ですな。
 200両もの - 完全充足状態の2個戦車大隊を編成できる"まとも"な戦車を、ただ同然でくれてやったのだから。
 カフカス方面からソ連が侵攻した場合でも、トルコ人達は強力な機動防御を行うことが可能になったはずだ。」
グデーリアンは不満そうに言った。
彼はドイツ軍装甲部隊が戦車の不足分を突撃砲で補完されている事に常々不満を抱いていた。
最近はドイツ軍だけでなく、武官としてルーマニア、
フィンランド、ハンガリー、トルコ等へ出向いて新時代の機甲戦術を伝授していた。
「さすがに、カフカス方面からの協調侵攻は不可能だと思うが、
 せめて黒海を使う事ができれば南方軍集団の兵站がいくらか楽になる。
 戦闘艦が無理だとしても、せめて輸送船がボスポラス海峡を通過できるように、外務大臣閣下には尽力いただきたい。」
マンシュタインはグデーリアンが不満の次弾を発射しようとするのを遮って言った。
ボスポラス海峡における軍用艦・航空機の通行を制限するモントルー条約にドイツは批准しなかった。
だが、トルコの地理的重要性と微妙な政治的立場を考えれば強引に通行するわけにもいかなかった。
ドイツ以外の列強に与されるような事があれば、世界戦略に重大な齟齬をきたす事になる。
「承知しております。
 ですが、トルコとの交渉を進展させる為には、
 私はイギリスにもう一歩譲歩する必要があるものと思います。
 総統には来年に予測されるチャーチル政権の発足に時期を合わせて訪英していただきたく。」
「わかった。スターリンに勝つためならば、私はメフィストフェレスとでも契約するつもりだ。」
ローゼンベルクは感謝を告げ、外務省からの国外情況説明は以上です。と締めくくった。

質問がない事を確認したシュペーアは次の議題へと進めた。
「続けてハイドリヒ課長から、国内における治安情報について報告いただきます。」
「では、現在のドイツ国内における治安情況について報告します。」
ハイドリヒが立ち上がって言った。
彼は図書館情報を知ってから、ニヒルと倦怠を多分に吸収したように思われる。
「まず、旧ナチス反主流派(ナチス左派)ですが、"長いナイフの夜"以降相変わらず目立った活動はありません。
 彼らの影響力は完全に失われたといって良いでしょう。
 また、図書館情報から判明した反ヒトラー的人物についてもマークしておりますが、
 こちらも目立った動きはありません。
 おそらく、政策の軌道変更によって敵愾心を抱かなかったのでしょう。」
そういうとカナリスをちらりと見たが、完全に無視される。
小さく鼻を鳴らして続ける。
「問題は旧側近派です。
 特にゲーリング、ヒムラー、ボルマンらが急接近しています。
 彼らによれば『ナチスとドイツを本来の姿に戻す』ことが目的だそうです。
 が、さほどの脅威にはならないものと思われます。
 哀れな事に、この情報は彼らのごく身近な人物たちから得ています。
 実際のところ、彼らは利己的な復権を考えているだけで、具体的な方策と団結力は弱体です。
 万一、彼らが何らかの行動に出た場合、4課は6時間以内に事態を収拾できる体制をとっています。」
その言葉には、『お前たちも監視されている事を忘れるな』という脅迫が含まれていた。
自動冷暖房の空調が完備されているにもかかわらず、会議室内の気温は2度ほど下がったように感じられる。
「また、ヴィルヘルム・プロイェクトにまつわる話ですが、
 レオ・シラード、アルベルト・アインシュタイン、
 ロバート・オッペンハイマー、ニールス・ボーアらに適当と思われる処置を講じました。
 現在のところ、ヴィルヘルム・プロイェクトを阻害する学術的発表は一切ありません。」
カナリスが不愉快そうに鼻を鳴らした。
ハイドリヒの4課(国内課)が海外で活動することが不愉快だというではない。やり口が過激すぎるのだ。
もともと、カイザー・ヴィルヘルムB研究所で進められているヴィルヘルム・プロイェクトにあたって、
他国での先行を許さぬために国内のユダヤ人科学者を監視あるいは拘束することは予定されていた。
だが、何かと理由をつけたハイドリヒは国内だけでなく国外の物理学者を、
ユダヤ人であるなしに関係なく500人近くもリストアップし、優先度にしたがって次々に"処理"し始めたのだ。
結果的に基礎理論すら発表されなかった為に、これまでのところ他国で同様の研究が進められている気配は無かったが、
相次ぐ科学者の失踪・訃報に、米英の安全保障当局が警戒し始めていた。
長期的に見た場合、戦後に有能な科学者の協力が得られない可能性があるし、
短期的に見た場合、6課(国外課)が海外での活動に制限を受け始めていた。
…あるいは、そこまでもハイドリヒの計算のうちなのかもしれない。
「なお、これらの方々や施設は4課が24時間体制で警護しております。
 以上で国内情勢の報告を終わります。」
そこまで考えをめぐらせ、彼は内なる敵の冷徹さに薄ら寒いものを感じた。

「次はカナリス課長から国外情勢について報告願います。」
首脳陣の多くが日本を軽視している中で、カナリスはその例外だった。
「我々が掴んだ情報によれば、日本でも戦闘準備が進められています。
 特に空母8隻を中心とした機動部隊が事故を無視した猛訓練を行っており、
 その他のシギント・ヒューミント情報を総合すると、よほど大きな外交方針の転換がない限り開戦は確定的です。
 日本人は年内に合衆国を攻撃するものと判断します。」
立ち上がったカナリスは総統に向けて続けた。
「6課では予てより米国が日本との戦争で少しでも深く傷つくように、厳選した情報を日本へリークしてきました。
 これは戦後の覇権を合衆国に握らせない為です。
 むろん、我々に戦後があればという前提ですが。」
ヒトラーはドイツ国家の復権を望んでいると同時に、世界の覇権を欧州が握る事も望んでいた。
故に、英国やフランスが没落して合衆国が覇権を握るというのは容認できなかった。
シュペーアも眉間を押さえながら頷いている。
「この結果、日本人はロンドン条約の破棄と同時に設計が完了していた大型空母ショウカク型4隻を就役させています。
 これは我が海軍のツェッペリンや合衆国のヨークタウン級を上回る基準排水量3万トンオーバーの空母で、
 100機の搭載機、主要部には500kg爆弾に対応した装甲甲板、
 さらに開放型格納庫や航空機用燃料タンク・配管の防漏処理によって、
 従来の日本空母では考えられないほどの耐久性を獲得した世界最強の空母です。
 艦載機も、秘密裏に提供したBMW801をコピーしたエンジンを搭載しており、
 カタログスペック上では我が軍の新鋭機に匹敵します。」
ヒトラーはこういった兵器に関する話が好きであるらしく、興味深げに聞き入っている。
「これに対して、ニューディールが大成功を収めた合衆国は軍事費を抑えざるを得なくなった為に、
 図書館世界ほどの軍拡を行えませんでした。
 本来なら今年進水するはずだったワスプ級の建造が中止され、
 今年起工されるはずのヨークタウン級3番艦にいたっては計画すら存在していませんでした。
 日本人がヤマト型戦艦2隻の建造に偽装してショウカク型4隻を建造した結果、
 ノースカロライナ級戦艦の建造は継続されていますが、これは明らかな失策といえるでしょう。
 合衆国のもくろみは"日本と同数の空母4と高速戦艦2を獲得しておこう"というごく妥当なものでした。
 そうすれば旧式戦艦の数の差で互角以上に戦えると踏んでいたわけです。」
会議室を見回して、肩をすくめた。
「航空優位については出席者の皆さんもご存知のはずです。
 とはいえ、これは6課の戦果ばかりとは言えません。
 合衆国はもともと大艦巨砲主義の強い国ですし、優秀な雷撃機と航空魚雷を開発できなかった事実があります。
 これらは戦艦を航空機で撃破する為には必須といえる兵器です。
 彼らは、航空機による戦艦撃沈は不可能と結論してしまったのです。
 それと、当事者である私が言うのも変ですが…
 日本という国は我々が諜報活動を行うには非常に面倒な場所です。
 何しろ白人では歩いているだけで目立ってしまいますから。
 我々は以前から日本軍にそれなりの協力者を潜り込ませていましたが、合衆国の方はそうもいかなかったようです。」
「合衆国は太平洋でかなりてこずることになるな。」
現在のドイツ海軍の最大の水上艦隊にして唯一の空母機動部隊を直接指揮するデーニッツが見解を述べた。
「合衆国が保有する空母は4隻で、しかもそのうち1隻のヨークタウンは大西洋艦隊に配備されている。
 それに対して、日本空母8隻の搭載機は総勢720機、1度の攻撃隊に編成できる機数も300機以上に上る。
 太平洋の米空母は圧倒的な戦力差によって、開戦初頭になすすべも無く撃破されてしまうだろう。」
720機という数字を聞いた空軍のケッセルリングは驚嘆とともにため息をついた。
それはドイツ空軍における数個航空軍から1個航空艦隊に匹敵する規模である。
300機の攻撃隊が単発の艦上機であることを差引いても、1度の空爆で100トンの魚雷や爆弾を投下することになる。
この様な集中攻撃を受けたら、間違いなく破滅的損害を被る事になる。
「デーニッツ提督のおっしゃる通りです。
 更に、ホーネット及びワスプの建造中止によって発生する問題はそれだけにとどまりません。
 余剰の搭載機と搭乗員がなくなったことで、合衆国は空母艦載機の損害を急速に補充することが出来ません。
 陸上基地への空母艦載機部隊の心中も不可能になります。
 もしも日本人が先制攻撃の場所として図書館情報と同じようにハワイを選択した場合、
 我々が特に注目するのは燃料・弾薬とともに備蓄されている潜水艦用の魚雷です。
 魚雷が払底してしまえば合衆国は通商破壊に大きな制限を受けることになります。
 さすがに兵站を軽視しがちな日本人にハワイを占領・維持することは出来ないと思いますが、
 燃料・弾薬・工廠・ドックが失われれば占領されたのと殆ど変わりません。」
首肯するデーニッツからヒトラーに向き直ってカナリスは続けた。
「現在、大西洋艦隊の空母が太平洋へ開港されつつあります。
 更にショウカク級に対抗したエセックス級の建造計画が提案されていますが、
 "緊急に改ヨークタウン級4隻を建造し、まずは目先の戦力バランスを回復すべし"という意見と衝突し、混乱しています。
 仮に今すぐ建造を開始したとしても就役までは1年半ほどかかります。
 おそらく日本はこの機会を逃さないでしょう。
 日本が対米開戦する場合、イギリス、フランス、オランダにも宣戦布告すると思われます。
 ソビエトが大人しくなるまではそれほど多くをアジアにまわす事はできません。
 彼らが東南アジアに配置した植民地警備用の戦力では、満足な防戦すら出来ないでしょう。」
ハイドリヒが口を開いた。
「なんとも強欲なことだ。しかし、ショウカク型は今年就役したばかりと聞く。であれば連度が低いのではないですか?」
「いえ、そうでも無いようです。
 アカギ、カガ、ソウリュウ、ヒリュウの搭乗員(と搭載機)は2直制をとっていましたので、
 どうやら、これから転用されたようです。」
カナリスから白けた目線を向けられたハイドリヒは、一瞬だけ忌々しそうな表情を浮かべて、
「まぁ、1対1で戦う以上、日本人が合衆国と互角に戦えるのは開戦から1年半まででしょう。
 …地球の裏側の話はこれくらいで十分では?」
と話をそらした。
「私個人としては、日本人に対して同情の念を抱いているが、ハイドリヒの言う事はもっともだ。」
ヒトラーがそれに首肯しながら言った。
「では、イタリアについて報告いたします。
 1936年のエチオピア侵攻以来、英仏との対立を深めてきたイタリアは、
 今年4月にはアルバニアを占領し、現在も4個師団を展開しております。
 イタリア領シリアでは5個師団を基幹とした
 また、ソ連のポーランド侵攻に呼応するように、
 イタリア本土でもフランス方面に8個師団、
 旧オーストリア・スロベニア方面に7個師団を展開しております。
 山岳地帯ということでまとまった機甲戦力は無いようですが、各師団に戦車隊が設けられています。
 ですが、まともな装甲車両はM11/39中戦車とP26重戦車だけで、
 不足分を豆戦車や旧式戦車で多数補完しているようです。」
結局、戦争準備が整っていないのはどこの国も同じなのだ。
「なお、P26重戦車はソビエトから提供されたディーゼルエンジンを搭載しています。
 また、戦車砲としては34口径75mm報を搭載していますが、
 90mm高射砲の搭載試験を行っていることが確認されており注意を要します。
 ただし、これらの兵力については国境地帯に広く配置されておりますので、
 侵攻的な意図ではなく国境監視…というより恫喝の意味合いが強いものと思われます。
 空軍についてはCR42ファルコやG50フレッチアといった戦闘機とSM79スパルビエロ爆撃機を中心として、
 トリノやウディーネの近郊に200機づつ程度が展開しております。
 海軍は旧式戦艦4、新型戦艦2 - 今年になって就役したリットリオ級です - が地中海で行動中で、
 どうやら英仏海軍に対する威嚇行動を行っている模様です。
 日本とは異なりイタリアは利用価値が薄く、しかも直接交戦する可能性があったので、
 一切の情報をリークしなかった為、非常に弱体なままです。
 総合的に考えて、海軍の水上部隊以外、我がドイツにとって脅威たりえないと判断します。」
国防軍の面々が頷くのを確認し、カナリスは報告を終えた。
「ソビエトの情勢については、後ほど国防軍から軍事計画とあわせて報告いたしますので、
 国外課からの報告は一旦終わります。」

「次は本日出席できなかった経済大臣に代わって、
 私からドイツおよび主要国の経済状況について報告いたします。
 1935年以来、我が国では完全雇用状態と好景気が維持されています。
 年平均15%に達する驚異的経済成長か10年近く続いた結果、図書館情報の基準で換算してGDPは4500億ドルに達しました。
 他国からはインチキをしているか、神の寵愛を独占しているようにしか見えないでしょうね。
 図書館情報におけるソ連のGDPは4300億ドルで、単純に比較した場合は1.046倍と対等以上です。」
思わず出席者から、「おぉ」という感嘆が漏れる。
「ちなみに図書館世界の我国のGDPは1939年時点で2410億ドルで、ソ連の56%しかありませんでした。」
 我が国は経済において世界第2位になりましたが、恐ろしいのは合衆国です。
 現時点でも8640億ドルという驚異的経済力を持ちながら、
 図書館世界では戦争期間中もこれが延び続け、1944年には17155億ドルに達するのですから。
 これに対して1944年のドイツは2737億ドルでした。」
カナリスの話を流すように聞いていた出席者も、あちこちで呻き声を上げた。
具体的な数字を出される事で、その圧倒的な能力をまざまざと実感させられたのだ。
"合衆国が敵に回った場合、どうあがいても勝てない"という判断はまったく妥当だといえた。
「ただし、この成長は軍拡によるものです。もしも開戦しなかった場合、長期的に見れば非常に危険です。
 そして国債発行と米国製品購入による莫大な債務も有ります。
 シャハト閣下によればこれらの債務をまともな方法で返済した場合、
 ドイツ経済の成長を見込んでも25年を要するとのことです。
 ただ、こちらについては図書館で得たさまざまな情報から直ぐに帳消しに出来ると考えております。
 大量の余剰兵器、膨大な数の特許、高性能な電子部品など、多種多様な製品が世界中で売れるはずです。
 負けた場合は、ドイツ国家そのものが変質する事で不良債権となるでしょう。」
あまりにも開き直った彼の発言に、出席者はあきれ返ると同時にある種の頼もしさを感じた。

「続けて軍需省からの報告です。
 まず、動員可能兵力はこれまでの併合や進駐により950万人に達しました。
 実際の動員状況と充足率については後ほどのブロンベルク閣下の説明に譲ります。
 工業規格の統一は一昨年年の段階で完了しました。
 5年の歳月をかけたかかったわけですが、
 これは工業の成長にブレーキがかからぬように歩調を合わせた為です。
 現在ドイツの工業生産力は合衆国についで世界第2位です。
 仮に合衆国の対ソ援助が無く、原材料を円滑に輸入でき、
 工業力に打撃を受けなければ、我国の工業生産力はソ連を凌駕します。
 戦時体制に移行した場合、年産で航空機8万機、戦車6万両、各種火砲50万門、弾薬600万トンを発揮できる計算です。
 一方、ソ連は航空機3万5千機、戦車3万両、火砲14万門、弾薬250万トンです。
 ソ連の数字は対ソ支援を受けた図書館世界での最高値です。」
動員兵力はソ連の1500万に劣るが、工業生産力においては凌駕したわけだ。
「図書館世界での合衆国の対ソ援助については皆さんご存知だとはお思いますが、100億ドルを超える膨大なものでした。
 対ソ援助において重要なのは戦車や航空機など正面装備以外の品目です。
 例えば36万台のトラックをはじめとする膨大な車両は、ソビエトが戦争中に用いた全車両の60%を占めます。
 また、500万トンの食糧は1200万の将兵を戦争の全期間を通じて養うことを可能にしました。
 これら支援のおかげで、ソビエトは基礎産業に振り向ける力を開戦時の50%以下に絞り、
 正面装備の生産能力を開戦時の2倍に引き上げる事ができました。
 私がここで強調しておきたいのは合衆国製工業製品の信頼性です。
 対ソ支援が無い場合、ソビエトは正面装備の生産を引き下げて対応するしかありませんが、
 これらのソビエト製品は非常に信頼性が低く、稼働率はとても誉められた物ではありません。
 つまり、損失分を多く見込んで生産する必要があるわけです。
 また、38万台の野戦電話と雑多な無線機など、電子・電気製品も重要な品目です。
 あの有名なT-34戦車のうち開戦時に無線装置を装備していたのは30%にしかすぎません。」
シュペーアが資料から顔を上げてヒトラーの方を見ると、
"戦争経済"という言葉を好むヒトラーは満足げに頷いた。

「現在の重点生産品目は、正面装備では中戦車、装甲兵員輸送車、戦闘爆撃機です。
 主力となる戦闘爆撃機生産ライン変更があったことと、中戦車の生産ラインの稼動初年であったため、
 昨年実績は航空機9千機、戦車3千両、各種火砲5万門、弾薬90万トンに終わりましたが、
 今年は航空機1万5千機、戦車1万両、各種火砲6万門、弾薬120万トンを見込んでおります。」
そういうとシュペーアはグデーリアンに向って頷いた。
彼の言うところの"まとも"な戦車が今までよりも多く手に入ると知って、幾分気が晴れたようだ。
「装甲車両については、装甲兵員輸送車に装輪式を主力として採用したことで、
 装軌関連の生産ラインのほぼ全力をパンター戦車の生産に振り向けております。
 自走ロケット砲、自走砲、自走迫撃砲、自走高射砲、自走対空機関砲、装軌式兵員輸送車は
 中戦車の需要が逼迫している為、相対的に優先度を下げております。
 昨年の獲得した旧チェコ領ズデーテンの生産力は、40t級重装甲車両の生産には向いていませんでした。
 その為、こちらは突撃砲の生産に割り当てております。
 この新規生産された突撃砲は、中戦車の充足に伴って余剰した中古のものと合わせて同盟軍へ売却する予定です。
 突撃砲については同盟国でのライセンス生産も提案しております。
 従来の国内の突撃砲の生産ラインは自走砲の生産に順次変更中です。
 列車砲については極少数の注文生産のような状態になっています。」
「攻城用の大型列車砲については、大型爆撃機の爆撃で代用可能との連絡を受けたので、それでかまいません。」
マンシュタインがフォローするように答えた。

「では航空機生産の報告に移ります。
 戦闘爆撃機の生産ラインは完全に新型機への変更を完了しました。
 Fw190との置換による空軍のBf109の退役は半分程度まで進んでおり、
 不要になった機体はフィンランドとルーマニアに売却しております。
 Bf109についてはこれら友好国でもライセンス生産できるように調整中なのは突撃砲と同様です。
 Ju187急降下爆撃機は僅かに500機を生産したに過ぎませんが、
 これは戦闘爆撃機とエンジンを同じBMW801エンジンを消費するため優先度を下げた為です。
 あ、失礼しました。これら戦闘爆撃機と急降下爆撃機の生産数には海軍向けの機体も含まれます。」
ヴェーファーとケッセルリングと共にデーニッツが頷いた。
ドイツが現在保有する航空隊は
「戦略航空軍向けの機体ですが、戦略爆撃機は1年半で250機のみ生産済みです。
 理由は急降下爆撃機と同じ理由です。
 これとは対照的に、エンジンにBf109と同じDB600系を使用するDo335は生産が好調です。
 生産開始初年にも関わらず各タイプを合わせて600機を生産しています。
 空中警戒機、空中給油機は大型輸送機の生産と並行して少量生産しており、
 年内に必要と思われる空中警戒機20機と空中給油機10機についてはすでに既に引渡し済みです。」
今度はウーデットがやや不満げに頷いた。
「今年いっぱいはそれで何とかします。
 ただ、来年以降は本格的に戦略爆撃機が必要になります。損失を見込んだ場合、年産で1000機は欲しい。
 それから、もうひとつ頼みがあります。」
それを聞いたシュペーアは了解していると言うように頷き返した。
「Bf109の高高度型ですね。
 あれは戦略爆撃機や戦闘爆撃機など主力機の生産ラインを圧迫しませんから、
 新型制空戦闘機が量産可能になるまで生産は続行します。
 逆に言えば、新型機用のエンジンの生産が軌道に乗る来年末までは、
 あれで何とかしていただくほか有りません。」
「ありがとうございます。
 新型機の方は数的不利が予想される再来年に間に合えば十分です。」

「正面装備以外の重点生産品目は、油槽船及び輸送船、広軌用の復水式機関車及び貨車・枕木・レール、
 大型輸送機、大小の輸送用ハーフトラック、高オクタン価ガソリン、トランジスタ、ペニシリンなどです。
 通常のトラックと中型輸送機については合衆国から大量輸入した為、少し楽になりました。
 今後は合衆国からの輸入品目に船舶を加えたいと思います。
 また、国内の主要鉄路に広軌軌道を敷設する作業は今年4月で完了しました。
 ですが、このまま軍への動員が拡大すれば、現在の生産能力を維持する事は難しくなります。
 次々と労働者が徴兵されているのですから。そこで、総統閣下にお願いがあります。
やはりそうきたか。とでも言うようにヒトラーはシュペーアを一瞥した。
「現在我が国は完全雇用状態を達成しており、成人男性は次々に徴兵されつつあります。
 つまり、労働力の不足が今後深刻化するということです。
 閣下、今こそ女性を有効活用すべきです。
 女性が男性と比べても遜色ない労働力である事は図書館情報からも明らかです。
 生産現場だけではなく軍においても、後方要員であれば務められるものと考えます。」
もともと、ドイツは女性の社会進出が少ないというわけではなかった。
だが、失業率を改善する為に1933年から1935年にかけて、
さまざまな社会保障的誘惑によって女性を労働市場から追いやった経緯があった。
「私は女性には良き母で居てもらいたいのだ。
 前線で戦う兵士にはそれが必要だと考えている。」
と言った後、だがそれで勝てるのならば君の好きにするが良い、とヒトラーは折れた。
「ありがとうございます。では、以上で軍需省からの報告を終えます。
 次は兵器局から、新技術研究の成果について報告していただきます。」

国防軍兵器局は、名目共に3軍の兵器開発を統括する機関として、
陸軍兵器局から名称を変更し、他の研究機関を吸収する形で1933年に誕生した。
その第2代局長であるカール・ベッカーは咳払いをして立ち上がった。
「現在兵器局で進められている研究は実に多岐にわたっております。
 研究・開発が終了し量産体制に移った代表的なものとして、
 排気タービン、ペニシリンで知られる抗生物質、トランジスタ、センチ波レーダー、電波探知装置が有ります。
 先程、軍需大臣の話に出てきた空中警戒機は、これら無線装置及び半導体研究の努力の結晶であります。
 また、トランジスタを使用した信頼性と出力を兼ね備えた小型で簡便な無線通信機は、
 既に大小各種の兵器に搭載されており、陸軍では分隊レベルまで配備が進んでいます。」
兵器局がヴィルヘルム・プロイェクトに次ぐ努力を注いだ結果、
電子装置に関しては当初予定していた目標を達成していた。
「ジェットエンジン開発ですが、
 軸流圧縮式ターボジェットエンジンについてはユンカース社の推力1t級の物が既に最終評価フェイズに入っております。
 さらに1年半以内には推力2t級のエンジンが試作できる見込みですが、やはり稼働時間が極端に短いのがネックです。
 仮に航空機に搭載した場合、飛ぶ度にエンジンを交換する事になりかねません。
 ターボジェットを使い捨て用途に使用するという発想から幾つかの試作兵器が既に製造されており、
 これらは既に海軍と空軍の実験飛行隊で試験を受けております。
 遠心圧縮式ターボプロップエンジンについてはBMW社の3500馬力級の試作機がまもなく完成します。
 再来年を目処に4000馬力級のものが量産可能になる見込みです。
 ターボファンエンジンの方はフラッター問題から脱していません。
 試作レベルで解決できても、3年以内に量産レベルに持ち込む事は不可能だと思われます。」
それを聞いて空軍の出席者は失望の色を隠せなかった。
「やはり、ジェット戦闘機は使い捨てに近い要撃機として運用するしかないか…」
ウーデットがため息と共にそうつぶやいた。
「次にロケットエンジンの開発ですが、
 コンポジット推進薬を用いた固体ロケット、
 液体酸素/液体水素を用いた液体ロケットの2種に研究を絞り込んでおります。
 これらは弾道飛翔体向けに主眼をおいて開発しており、発射実験を繰り返しております。
 先週、ペイロード1t・飛距離300kmの発射テストに成功しました。」
それを聞いたヒトラーは落胆した。
「それでは国防軍と私からの要求仕様である、
 "ペイロード5tで射程3500km"及び"ペイロード1tで射程6000km"には程遠いではないか。」
ベッカーは計画の妥当性と将来の成果について説明した。
「お言葉ですが総統、弾道飛翔体は最高度の技術の集合体なのです。
 推進装置だけではなく、誘導装置の精度向上や再突入体の耐熱処理など、
 解決すべき課題はいくらでもあります。
 ゆえに、要求仕様のような今すぐ兵器として使える程の性能と信頼性を持たせることは困難です。
 ですから、段階的に規模を拡大していくと言う基本方針は、
 全く妥当であると私もドルンベルガーも考えております。
 我々の開発計画が順調に進めば、今後5年以内に射程3500kmの2段固体ロケット、
 更に10年以内に射程6000kmの3段固体ロケットを手に入れることが出来ます。
 その頃になれば、誘導装置の進歩と"分裂装置"の小型化によって、
 弾道飛翔体は実用的かつ決定的な兵器となるでしょう。」
それを聞いてもヒトラーは納得できないようだったが、
更にシュペーアやウーデットからも説得を受けて、しぶしぶ現在の計画での開発続行を認めた。
ベッカーは最後に
「"分裂装置" - ヴィルヘルム・プロイェクトについては最高機密に属しますので、
 この場では報告いたしません。
 必要かつ安全と判断した方のみに、オットー・ハーン所長から直接知らされております。」
と述べて報告を終えた。

「次に、国防軍から対ソ戦の基本戦略と、当面の具体的作戦について説明いただきます。」
2007年09月12日(水) 22:54:03 Modified by ID:1DeUMoheuA




スマートフォン版で見る