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「桜の下で」

ID:nYpkrOso



「――やべ!」

 時刻は、7時45分。
 高須竜児は借家を飛び出し、学校に向けて全力疾走。
 その形相たるや、さながらリアルな鬼ごっこでもしているかのよう。
 高須姓を皆殺しに――!
 傍から見れば、追われる側というよりは追いかける側にしか見えないのだけども。
 まぁそれはそれとして。
 とにもかくにも竜児は大慌てで家を飛び出した。
 今日は始業式、三年に進級して最初の朝。
 初っ端から遅刻するわけには――

「うぐっ!?」

 あまりに慌てていたのが災いして、何かにハデに衝突。
「――いっ……て、ぇ」
「あたたたぁー……」
 誰かにぶつかったらしく、すいません、と謝ろうとして。
 その声が聞き覚えのあるものだと気付く。
「……て、ぇ?」
 そして、顔を下に向ければ――そのまさか。
 竜児の視界に飛び込んだのは、ついこの間まで毎日のように見ていたつむじ。
「……なに同じこと二回言ってんのよ」
 言ってねぇよ、なんてツッコミは入れられなかった。
 目の前にそいつがいることが、あまりにも唐突で――

「た、大河!?な!何でお前がこっ、あだっ!?」
 何でお前がここに!?
 その言葉は目の前にいるそいつの指によって唇もろとも弾き飛ばされる。
 一瞬、何が起きたのか理解できなかった。
 が、段々と沸いてくる唇の痛み(地味ながらなかなかに強烈)で、やっとのこと状況を掴んで、
「いっっってぇ!……つーか、マジいてぇ!久々に会って早々に口にデコピンてお前……!しかも今、マジで力こめたろ!?」
 全力で抗議する。
 久しぶりの、しかもあれだけ色々なことが起きた後の再会だというのに。
「あーあーうっさい。久々に会って早々、ワンギャンうるさい犬だね」
 逢坂大河はさも面倒そうに竜児の抗議をばっさりと切り捨てる。
 もはや感動も何もあったもんじゃない。
「うるさいって、お前――!」
「あぁ、はいはい。ったく、どうしてあんたは、こう――」

「……いちいち大げさなのよ、ハゲ」


 一瞬言葉に詰まった後、はぁぁぁ〜〜〜と大げさにため息をついて、そっぽを向いてしまう。
 今の表情を見られないように、揺れた瞳を隠すように。竜児にはそんな風に見えた。
 これが逢坂大河なのだ。やはり大河は大河なのだ。
 どこまでも自己中心的で、容赦なくて……それでいて、どうしようもないほどに他人想いで、
「……ハゲてねぇよ」
 胸が締め付けられて、何も言えなくなる。

 バレンタインの日、あの日。
 竜児は大河の気持ちを受け入れなかった。
 受け入れることができなかった。
 なぜなら……

「――で?あれからみのりんとはどうなの?」
 竜児の思考を中断させるように大河が聞いてくる。
 今度は目を輝かせながら。
 ……さっき瞳が揺れて見えたのは、どうやら気のせいだったらしい。
「どうって言われても……普通、だと思う。多分」
「うっわ、顔がニヤけてる、キモっ」
「キモっとかゆうんじゃねぇよ!」
「はいはい、キモイキモイ」

 あの日、2月14日。
 竜児は櫛枝実乃梨と結ばれた。
 大河の想いを知ってなお。自らの気持ちに迷いが生じた時もあったにも関わらず。
 最後の最後で実乃梨への想いを貫いた。
 散々遠回りをして、散々言い合いにもなったけれど。
 そして、二人の想いが通じ合った後も、様々な試練が待っていたけれど――

「ま、私に変な遠慮とかしないで良いから。それだけ」
「お、おぅ……」
「ってゆーか、みのりんは?二人で一緒に登校してんじゃないの?」
「し、してねぇよ」
 大河に遠慮して……とかではない。本当にしていない。
 付き合い始めたと言っても、実乃梨は部活とバイトに忙しい身なのだ。
 実乃梨の負担にはなりたくない、これは竜児が心から思っていることだ。
 だから、メールで会話することはあっても、二人で一緒に登校したり、放課後どこかに出掛けたり。
 まして休日を一緒に過ごしたり……なんて甘々な出来事には未だ巡り逢えてはいないのが現状だ。
「えーーーーーーー……ヘタレ」
「ヘタレとかいうな。そ、そりゃ朝、時間が重なったら、とは思うけどよ――」


「――たたた、大河ぁ!!?」

 重なった。見事に重なった。
 後ろから聞こえた声に振り向くまでもなく、竜児は思う。
 何というタイミングだろうか、と。
「みっっっっのりぃぃぃーーーん!」
 その声にグリッと身体を反転させ、嬉しそうに叫びながら――竜児との会話なんかそっちのけで――
大河は声の主、櫛枝実乃梨の胸に飛び込む。
「た、大河!?幽霊とかじゃなくて、ホントに大河なんか!?」
「うん、」
 タックル同然に飛び込んできた大河を受け止めながら実乃梨は驚きを隠せない。
 そんな実乃梨に対し、大河は、
「みのりん。ただいま」
 笑ってみせる。
「うん。……おかえり」
 その笑顔を見て、実乃梨も笑う。
 色んな感情を綯い交ぜにして、二人は微笑みあう。
 二人は視線を交わすだけで何もかも分かり合える、だから親友なのだと竜児は思う。
 そのまま数秒が経ち、最後にニッと二人で笑いあった後、

「たぁぁあいがぁぁぁぁあ!!!」
「みいいいぃのりいぃぃん!!!」
 堤防が決壊したがごとく、涙ながらに抱き合って再会を喜び合う。
「大河ぁっぁぁ!!もう会えないと思ってたよぉぉおおおぉ!!
いつ戻ってきたの!?どうして教えてくれなかったんだよぉおおぉおおぉ!」
「ごめんね、みのりん。色々あったの。本当に」
 でも、戻ってこれて本当に良かった。
 そう話す大河に大して実乃梨も、そして竜児も何も言えない。
「そんなことより、みのりん、大丈夫だった!?この性的欲求の塊みたいな犬にヘンなことされてないよね!?」
「え?や、ややややややだなぁ!?な、ナニもされてないよ!!ホント!」
 全力で首をぶんぶん振って、ね、高須くん!?と必死に同意を求める辺り、余計怪しまれるんじゃないだろうか……
 念のため断っておくが、断じて何もしていない。ナニも。

「――ってゆーか、時間、時間!!遅刻するぞ!!」
「うぉぉおお!そうだ、そうだった!!大河登場ですっかり忘れてたけど、おいらハデに寝坊かましてたんだ!!」
「えええぇえぇぇ!!私、けっこー余裕もって家出たはずなのに!?」
 青空の下、三人は慌しく駆け出す。
 鬼の形相で大橋高校への道を走り抜けながら、竜児は予感する。
 3年生としての日々は去年よりももっと騒々しくて、でも、もっと素敵な日々になるかも知れない、と。




「――はぁはぁ。何とか間に合いそうだな……」
 息を切らし、全身に吹き出る汗を拭いながら、竜児がつぶやく。
 その様、何も知らない新入生から見れば、抗争の中でチャカの引き金を引いた極度の興奮状態そのままに高校へと逃げ込んできた、
いわゆるヤの付く職業の人にしか見えず、小さく悲鳴を上げた女子生徒もいたとかいなかったとか。
「つーか、お前ら全く息切れてねぇんだな」
「ふふん。ま、このくらいならまだまだ!ね、大河!」
「うん。……てゆーか、あんた。か弱い女の子二人よりもショボイって犬としてどーなのよ」
「……誰がか弱いって?」
 ソフト部の部長に野生の手乗りタイガー。
 常人には到底辿り着けない領域に存在する二人に対して、か弱いはどうだろうか。
 実乃梨には悪いが……どうだろう。
「まぁまぁ。しかし、ヒサブリの三人登校だったのに、こんなバタバタでごめんな、大河」
「うん。それはいいんだけど……」
 そう前置きして、大河がじとりと湿りっ気のある視線を二人に送る。
「二人、普段は一緒に登校してないって聞いたんだけど?」
「「なっ!?」」
「え、いや、そ、そりゃ、今日みたいに寝坊して高須くんに迷惑かけたくないし……」
「てゆーか二人とも、まだ名字で呼び合ってんの?」
「「え゛?」」
 間髪ない大河の口撃に、二人して顔を見合わせる。
「せっかくなんだしさ、なま――」

「――うぉ!?タイガー!?タイガーが戻ってきてるぅ!?」
「え?うっそ!!ってマジだ!本物の、れあるタイガーだ!!!」
 大河が爆弾を投下する前に飛び込んできたのは、2−C……もとい、元2−Cの能登と春田。
 微妙に何か間違ってるけど、あえてそこは触れないことにしよう。
「……なま――」
「タイガー、元気だった!?今まで何してたの!?」
「てゆーか、どーやって戻ってこれたのさ!?」
 俺めっちゃ嬉しい。何か泣きそうだよ〜〜〜〜〜……、俺も俺も〜〜……とか、今にも踊りだしそうな勢いで喜び、
そして騒ぎ立てる二人組。
 ……大河が再度何かを告げようとしていたようにも思えるが、きっと気のせいのはずだ。うん。
「なま……だぁ〜〜〜、うっさい!せっかく良いとこだったのに」
 超のつく程にハイテンションな二人に悪態をつきながらも、大河は大河で満更ではなさそうだ。


「そだ!俺、いいこと思いついちゃった!タイガーの復活祝いしちゃおうぜ!!」
「おっ。いいじゃん、グッジョブのとっち!しちゃおー、しちゃおーーっ。タイガー、どっか行きたいとことかある?」
 三人を置いてけぼりにして、一気に(勝手に)盛り上がる能登&春田。
 ハイテンションそのままに、「どう?どう?」と大河に詰め寄る。
「あー、うっさい。ん〜〜〜〜〜〜〜……じゃあ、花見」
 二人の勢いに負けたのか、考えたんだかよく分からない間の後、間違いなく思いつきで提案。
「いいね!花見、花見!ふひひ、ふわらぁしぃ〜〜!」
「……何か違ってるけど、あえて突っ込まないことにするよ、俺」

「よし。その話、俺も乗ったぞ!!」
「ぅおう!?北村っ!?」
「やぁ、みんな。久しぶり!!」
 竜児の驚きを余所に、元2−Cの学級委員こと北村祐作はビッと片手を上げ、爽やかに挨拶。
「そして、おかえり。逢坂」
「うん、ただいま」
 大河と視線を交わして、北村はうんうんと満足げに頷く。
 そんな北村を見て、大河も優しく微笑む。
 そんな二人を見て、竜児は感慨深い思いに浸る。
 大河と北村が視線のやりとりだけで分かり合えるような関係になるなんて……
 少し前の自分に想像できただろうか、と。

「……大河、変わったよね」
 実乃梨も似たようなことを思ったのかも知れない。
 隣にいる竜児にしか聞こえないくらいの声で囁く。
「おぅ。だな」
「私たちも。私たちも変わっていかなきゃね。大河に負けないように」
「おぅ」
「で、さ。高須くん。さっきの大河の話なんだけどさ、」
「おぅ?」
「えーーーーっと、なんつんだ、その……」
 急に視線を下に落としてポツポツと話す実乃梨。
 竜児はハテナマークを浮かべながら、次の言葉を待つ。のだが、
「なま――」

「よし、みんな!!」
 二人の会話をタイミングよくぶった斬る形で、北村が高らかに宣言する。
「逢坂の復帰を祝って……やるぞ!2−C、もとい、元2−C花見大会っ!!!」


続く

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