NPO法人日本茶インストラクター協会南九州会員による活動情報および日本茶情報サイト

樹齢三百年の茶樹

クロワッサン特別編集『お茶をおいしく楽しむ本 〜和みの日常茶〜』(1998年)という本、その編集後記「茶人・近藤美知絵さんの魅力」に「熊本・阿蘇の山中に自生している樹齢三百の木から取れる茶葉」という一文があります。
この樹齢三百年の茶樹は何処にあるのですか?というお尋ねが3月半ばにありました。

樹齢三百年と言えば大茶樹、大茶樹と言えば嬉野、黒木、牧園がすぐに思い浮かびますが、阿蘇に大茶樹があったということは聞いたことがありません。
熊本県茶業研究所のスタッフにお尋ねしましたが、知らないということでした。

で、これは迷宮入りするかと思われたのですが、3月末にJAやつしろの茶の担当者から見たことがあるという情報が寄せられました。
早速、上益城郡山都町(旧阿蘇郡蘇陽町)馬見原(まみはら)の茶農家Iさんを訪ねて行きました。
Iさんは80歳位、釜炒り茶を造られていますが、蘇陽の茶業の沿革に造詣が深いことで知られています。

お尋ねすると、樹齢三百年の茶樹はIさんの製茶工場の近くにあったということでした。
「あった」と過去形になっているのは、数年前に町営住宅が建設され、その茶樹があったところは現在駐車場になっているとか。
残念ながら樹齢三百年の茶樹を確認することは出来ませんでした。
しかし、樹齢百二十年位の茶樹だったらIさんの茶園にあるとのこと。
そして樹齢がはっきりとは分からないが、それより古い茶樹もあるとか、早速拝見させていただいた次第でした。


樹齢120年を超える茶樹(のり面の株仕立の茶樹がそれ)

江戸、明治、大正、昭和、平成というそれぞれの時代の中で、茶業の変遷を見てきたであろう茶樹が、ついこの間までありました。
私は、このような樹齢三百年の茶樹や園茶化されたヤマチャは「産業遺産」であると考えています。

茶の輸出が盛んであった明治の頃、茶の生産に利用されたのが九州や四国に沢山あったヤマチャです。
当時はヤマチャを活用して茶園が造られました。
茶の収穫は生産性を向上させるために手摘みからハサミ摘み、それから機械摘みへと、併せて茶樹の仕立て方も株仕立てから畝仕立てへと変化してきました。
今日では畝仕立てが一般的であり、株仕立てを見ることはほとんどありません。
株仕立てや、園茶化されたヤマチャは茶業の近代化の中で消えていった生産形態であること、だから「産業遺産」と言ったのです。

茶業の変遷を今に伝える貴重な財産に思えてならないのですが、失ったものはもう取り返しがつきません。
現在では茶業関係者にも忘れ去られている「産業遺産」を将来へも残していく取り組み、これも日本茶インストラクターの活動のひとつではないか、そのように思えてならないのです。


画像は、『くまもとの茶業1972』に掲載されている熊本県球磨郡水上村の園茶化されたヤマチャ。
私が球磨地域を訪れた1994年には、このような茶園は既にありませんでした。

written by sakataka

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