帝国の竜神様00
昭和16年1月10日
漢口基地に並べられた零戦は30機もあり、それぞれが出撃に向けて整備を進められていた。
元々8月までこの基地には零戦が陸攻と共に配備されており、重慶に向けて空襲していたのだから、地元住民にとっては見なれた光景ではあった。
「壮観……というべきか?」
雅な女性の声が、真田博之少佐の耳に聞こえるが視線は零戦に向けられたままだ。
「皆、貴方の護衛なのです」
いつもの砕けた感じでは無く、あくまで女王に仕える従者の雰囲気で。
「わらわを貫くだけの鉄鳥の槍があると思うたか?」
「剣や弓なら貴方は倒せないでしょう。
ですが、この世界でそれが通用するかどうかはお試しになられるのは止めた方がよろしいかと」
憮然とした顔をさらけ出したまま、少し毒のこもった声で真田少佐の耳元に囁く。
「我らの眷属が、そなたらの敵国を焼き払っただけでは力不足か?」
「たとえ、貴方の力が真珠湾を焼いた貴方の同胞と同じかそれ以上であろうとも、あの国を舐めない方がいい」
女はきょとんとした顔をしたまままじまじと真田少佐の顔を眺めた。
「お主らは、敵国を鬼畜と蔑んでいたのではないのか?」
こめかみを押さえたい事だがそれをする気になれず、どうせ大本営発表の新聞でも読んだのだろうこの女になんと言うべきか考えていたが、
「獅子は獲物を狩る時にも全力をつくす。
我々の世界の言葉にこんなものがあります。
侮って返り討ちにあうのは真っ平ですから」
もっとも、こんな考えが今の帝国では傍流に追いやられているのが問題なのだが、それを彼女に言った所でらちが無い。
「難儀な事よの。
絶対的な力を持たぬという事は」
不思議そうに彼女は、また視線を零戦に戻した。
一機、また一機と空に駆け上がってゆく零戦の姿は彼女ですら魅了するに相応しい荘厳なものだった。
「……だから、空までこれたか。人は」
彼女の言葉に何も返す気になれなかった真田少佐を救ったのは伝令兵の声だった。
「少佐、一式陸攻準備できました!」
その声に彼女も獰猛な笑みを浮かべる。
「先に空に上がるぞ。
何しろわらわを守ってくれる騎士達に申し訳が無いからの」
女は服を脱ぎ捨てて、ふわふわと裸のまま中に浮かぶ。
その姿が妖艶な女から全身に鱗が生えて急速に大きくなってゆく。
全長が100メートルを超える竜が漢口基地上空に姿を現した時に、基地兵士はおろか、漢口住民全てが度肝を抜いたのは仕方ない事だろう。
「り、竜神さまだ……」
伝令兵の呆けた声を聞きながら、真田少佐は心の中でため息をつく。
誰もが彼女をみて、その咆哮を聞けば逆らおうとは思わなくなるだろう。
逆らってみた米軍が真珠湾でどういう目にあったかは、全世界に知れ渡っている。
そして、竜に対する神秘性が西洋より遥かに強いこの中国で、アメリカ太平洋艦隊と真珠湾を壊滅させた竜が日の丸をつけた飛行機と重慶に姿を現すという事が、どういう政治的効果を持つかを軍人としての真田は読みきっていた。
帝国は大陸の戦争の足抜けができる絶好の機会を得ようとしていた。
一式陸攻のシートに座りながら真田少佐は思う。
帝国は来るべき対米戦に向けて破滅の坂を転がり落ちていったはずだったのに、彼女達がこの戦争そのものをひっくり返そうとしている。
これを天佑と言わずしてなんというのだろう。
一式陸攻が空に上がり、その周りを護衛の零戦がはりつく。
「遅いぞ!
わらわの騎士達は待ちくたびれておるぞ!」
彼女の声が、真田少佐の脳内に響く。
「まさかと思うが、零戦全員のパイロットに自己紹介なんぞしていないだろうな?」
「したぞ。騎士達が守る姫の名前を知らぬのは不公平であろう?」
何が悪いのかと言わんばかりの声をテレパスで発したまま彼女は堂々と帝国最重要機密である彼女の名前を口にした。
「わらわの名前は、撫子!
名づけ親、真田博之の守護者なり!!
惚れるなら、博之の許可を取るがよい!」
彼女がテレパスで中継しなくても、全零戦パイロットと目の前の陸攻パイロットがにやにや笑っているのが想像できた真田少佐は照れ隠しという事がばればれで
大声で叫ぶ。
「さっさと重慶に顔見せして帰るぞ!!
この馬鹿竜が!!!」
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漢口基地に並べられた零戦は30機もあり、それぞれが出撃に向けて整備を進められていた。
元々8月までこの基地には零戦が陸攻と共に配備されており、重慶に向けて空襲していたのだから、地元住民にとっては見なれた光景ではあった。
「壮観……というべきか?」
雅な女性の声が、真田博之少佐の耳に聞こえるが視線は零戦に向けられたままだ。
「皆、貴方の護衛なのです」
いつもの砕けた感じでは無く、あくまで女王に仕える従者の雰囲気で。
「わらわを貫くだけの鉄鳥の槍があると思うたか?」
「剣や弓なら貴方は倒せないでしょう。
ですが、この世界でそれが通用するかどうかはお試しになられるのは止めた方がよろしいかと」
憮然とした顔をさらけ出したまま、少し毒のこもった声で真田少佐の耳元に囁く。
「我らの眷属が、そなたらの敵国を焼き払っただけでは力不足か?」
「たとえ、貴方の力が真珠湾を焼いた貴方の同胞と同じかそれ以上であろうとも、あの国を舐めない方がいい」
女はきょとんとした顔をしたまままじまじと真田少佐の顔を眺めた。
「お主らは、敵国を鬼畜と蔑んでいたのではないのか?」
こめかみを押さえたい事だがそれをする気になれず、どうせ大本営発表の新聞でも読んだのだろうこの女になんと言うべきか考えていたが、
「獅子は獲物を狩る時にも全力をつくす。
我々の世界の言葉にこんなものがあります。
侮って返り討ちにあうのは真っ平ですから」
もっとも、こんな考えが今の帝国では傍流に追いやられているのが問題なのだが、それを彼女に言った所でらちが無い。
「難儀な事よの。
絶対的な力を持たぬという事は」
不思議そうに彼女は、また視線を零戦に戻した。
一機、また一機と空に駆け上がってゆく零戦の姿は彼女ですら魅了するに相応しい荘厳なものだった。
「……だから、空までこれたか。人は」
彼女の言葉に何も返す気になれなかった真田少佐を救ったのは伝令兵の声だった。
「少佐、一式陸攻準備できました!」
その声に彼女も獰猛な笑みを浮かべる。
「先に空に上がるぞ。
何しろわらわを守ってくれる騎士達に申し訳が無いからの」
女は服を脱ぎ捨てて、ふわふわと裸のまま中に浮かぶ。
その姿が妖艶な女から全身に鱗が生えて急速に大きくなってゆく。
全長が100メートルを超える竜が漢口基地上空に姿を現した時に、基地兵士はおろか、漢口住民全てが度肝を抜いたのは仕方ない事だろう。
「り、竜神さまだ……」
伝令兵の呆けた声を聞きながら、真田少佐は心の中でため息をつく。
誰もが彼女をみて、その咆哮を聞けば逆らおうとは思わなくなるだろう。
逆らってみた米軍が真珠湾でどういう目にあったかは、全世界に知れ渡っている。
そして、竜に対する神秘性が西洋より遥かに強いこの中国で、アメリカ太平洋艦隊と真珠湾を壊滅させた竜が日の丸をつけた飛行機と重慶に姿を現すという事が、どういう政治的効果を持つかを軍人としての真田は読みきっていた。
帝国は大陸の戦争の足抜けができる絶好の機会を得ようとしていた。
一式陸攻のシートに座りながら真田少佐は思う。
帝国は来るべき対米戦に向けて破滅の坂を転がり落ちていったはずだったのに、彼女達がこの戦争そのものをひっくり返そうとしている。
これを天佑と言わずしてなんというのだろう。
一式陸攻が空に上がり、その周りを護衛の零戦がはりつく。
「遅いぞ!
わらわの騎士達は待ちくたびれておるぞ!」
彼女の声が、真田少佐の脳内に響く。
「まさかと思うが、零戦全員のパイロットに自己紹介なんぞしていないだろうな?」
「したぞ。騎士達が守る姫の名前を知らぬのは不公平であろう?」
何が悪いのかと言わんばかりの声をテレパスで発したまま彼女は堂々と帝国最重要機密である彼女の名前を口にした。
「わらわの名前は、撫子!
名づけ親、真田博之の守護者なり!!
惚れるなら、博之の許可を取るがよい!」
彼女がテレパスで中継しなくても、全零戦パイロットと目の前の陸攻パイロットがにやにや笑っているのが想像できた真田少佐は照れ隠しという事がばればれで
大声で叫ぶ。
「さっさと重慶に顔見せして帰るぞ!!
この馬鹿竜が!!!」
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2008年10月16日(木) 07:49:17 Modified by nadesikononakanohito