帝国の竜神様24

1942年 4月3日 夜 帝都東京 大原伯爵家

 大原家は華族としては公家系華族にあたる。
 明治維新時の功績により伯爵位をもらい、その後その富を交易に投資した結果第一次大戦で成功した家である。
 そのせいかおっとりとした家風だったような気がしていたのだが……
 いつの間にかメイドを雇ったらしく、それが丁寧にフレンチとヴィクトリアンが左右に分かれているのは公家的優柔不断だなぁとふと思ってみたり。
「お帰りなさいませ。博之お兄様」
「……ああ、ただいま。綾子」
 女学生姿の綾子が凛とした声で出迎える。
 昔のおっとりした綾子の姿をイメージしていただけに微妙に戸惑ってしまう。
「で、お兄様の後ろにいる婦人がた……
 ……静香お姉さま?」
 綾子の顔が固まる。
 たしかに、もう死んでいる姉の生きている姿を見れば誰でも固まるだろうな。
「おぅ。わらわは博之のもの……んぐっ!!」
「気にするな。というか気にしてくれるな。頼むから」
「おほほほ。いずれ正式な挨拶をさせますのでどうかご容赦を」
 羽交い絞めにして撫子の口を塞ぐ俺とメイヴの姿に、メイド共々ぽかーんとする綾子達大原家一同。
「ま、まぁ、立ち話もなんですから。
 お兄様。お父様がお待ちですよ。
 お客さまとお付の女性の方はこちらへ」
 射すくめられるような視線を俺に浴びせて、綾子はメイド達を引き連れて館の中に入っていった。

 伯爵家は本館の館を挟んで、日本庭園が広がり奥に日本家屋の別亭が建てられている。
 そこの茶室で俺は大原家当主と対面する事になる。
 うっすらと白髪がみえる髪に藍色の和服を着て茶を立てる姿がまた様になっている。
 枯れた強さというか、色や欲をそぎ落とした僧侶みたいな趣を漂わせる姿がまた茶の心のように穏やかな空気を醸し出す。
 大原重時。大原家当主にて姉を妾にした男。
 ただ静かに重時は茶をたて、俺はその姿を眺めるのみ。
 わだかまりがないと言えば嘘になる。
 だが、それが俺の若さでもあったと今は思い知ってはいた。
 感情は別だか。
「あれは、君に懐いているみたいだな」
 ぽつり。
 差し出された茶を飲んだ時に重時が言葉を漏らした。
 綾子の事なのだろう。
 さっきの凛々しいというか怒ったような綾子の顔が頭をかすめる。
「きっと、愛想が尽きているのでしょう。
 大陸で散々ろくでもない事をしましたし、女連れの帰還です」
 俺は抑揚の無い声で、茶碗を畳においた。
「その女が帝国最大の機密ならば、さぞ気持ちがいいだろうな」
 その言葉で、重時が撫子の事を知っている事を知った。
「まぁ、私も先の戦に出たし、耳もボケてはおらん。
 いくつか忠告する声も聞こえてくるのでな」
 この人は第一次大戦に陸軍で従軍し中将で退役している。
 今でも、陸軍上層部ともつきあいがあるのだろう。
「いずれ、君も大佐までは駆け上がる事になる」
 日本庭園を見ながら重時はゆっくりと言葉を紡ぎだした。
「君の功績は甚大だ。
 少佐で収まるものではないと私の友人などは言っていたよ」
 彼の友人、つまり陸軍上層部は海軍独占となっている異世界がらみの権益を手に入れる為に、俺を寝返らせる事を諦めてはいないという事か。
 それに釣られないように、海軍も近く俺の階級を引き上げざるをえないのだろう。 
 完全にまともな出世などできない体になりそうだ。
「何を人事のように言っている。
 いずれ、お前は階級の事で確実に問題にぶち当たる」
 莞爾と笑うこの人の目は笑っていなかった。
 海軍兵学校のハンモックナンバーが真ん中だった俺は出世の先が見えている。
 そんな事を考えていると、彼は老獪な笑みを浮かべてこう言ってのけた。
「だからどうだ?
 綾子を嫁にしたら」
「は?」
 時間が止まった。
「綾子をくれてやる。
 海軍大臣がうんとはいわんだろうが、もし許可が取れて貴族階級に入ればそちらの優遇で引き上げが容易になる」
 その言葉に、俺も悪意をこぼす。
「姉を奪った代償のつもりですか?」
 静寂が茶室を支配した。
「奢るな。若造。
 私が、あれを好いていたのはお前も否定できんだろうが」  
 それぐらい重時に言わなくてもわかっているつもりではいた。
「それに、ずっと思っていた綾子の事も察してやれ。
 妻を失い、静香を失って、残る親しい者はお前ぐらいしか残ってはおらん。
 娘の幸せぐらいは叶えてやりたいのだ。
 それが亡き妻との、静香との約束でもある」
 その約束には俺の事も含まれているのを俺は黄泉路へ旅たつ間際の姉の口から聞いている。
 貴族社会であるがゆえに、姉を妻にできなかったこの人。
 そんな彼を受け入れて、妾として生きて俺まで幸せにしようとした姉。
 あの当時は憎んでいただけだが、今ならば分かる事がある。
 この人は本気で姉を愛していた。
 だから、姉の死後に散々に荒れた俺をこの人は金銭的・社会的に支え続けていたのだ。
 姉を取ったと思い込んでいる俺にできる唯一の不器用な愛し方。
 だが、それを達観するには俺は若すぎ、かといって感情に身を委ねるには年を取りすぎていた。
「言い過ぎました。
 申し訳ございません。伯爵」
 感情を消して俺は静かに頭を下げた。
 その謝罪を老人の笑みで受け取る重時だが、かといって失望のため息をつくぐらいの心の動揺を表すだけの若さは残っていた。
「大陸でお前が何をしてきたかはおおむね聞いている。
 女に溺れて、なお、求め切れなかった姉を追うか。博之。
 館の窓からみて私は我を忘れたよ。
 あれの……静香の生まれ変わりだと思った」
 それは同じ者を愛した二人だけの分かる切望でもあった。
「私も罪な事をしたと思います。
 撫子は撫子でしかないのに、姉の姿を投影してしまいました」
 片方眉をあげながら、重時が尋ねた。
「好いているのか?あの竜を?」
「はい」
 はっきりとした俺の言葉を聞いて、重時はただ一言だけ言ってそれ以上は何も言わなかった。
「男になったな」
 と。


 博之が大原重時と茶室で話している時、綾子は撫子とメイヴを広間に案内した。
「申し訳ございません。
 私は撫子様の従者ですので控えの間にてお待ちしております」
「わかりました。
 メイヴさんは控えの間の方に案内します。
 撫子が座ると同時にミニスカートとロングスカートの二人のメイドが姿を現す。
「ナタリー。お茶を入れて頂戴。
 お茶はやっぱり英国に限るわ。
 アンナ。何か甘い物をお願い。
 貴方の得意なバームクーヘンなんかいいかも。
 あと、メイヴさんを控えの間に案内して」
「はい。綾子お嬢様」
「かしこまりました。綾子様」 
 それぞれ、ミニスカートとロングスカートのメイドの一人がメイヴをつれて広間から出てゆく。
「で、単刀直入にお聞きします。
 貴方はどなたですの?」
 撫子は胸を張って答えた。
「お主の思うとおり、わらわは人間ではないな」
「何を言っているのですか?」
 怒りの色が浮かぶ綾子に撫子が有無を言わせずにイメージを投影する。
 それは、博之との出会いから今までの四ヶ月の記録、博之がどういう風に撫子に接し、撫子にひかれて、撫子を愛した記録。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
 テーブルを叩きつけて綾子は叫んだ。
「綾子お嬢様!」
「綾子様に何をした!」
 ホールのドアが開いて、ナタリーとアンナがそれぞれ拳銃を構えてホールに飛び込むがそれ以上の動作を停止させたのが綾子自信だった。
「おやめなさい!
 この……方は、お兄様の大事な方です」
「し、しかし……」
「お嬢様、それならばお嬢様がお部屋に一度戻ってお休みに……」
「私がいいと言っているのです!
 ナタリーにアンナ!
 お茶と茶菓子を速く持ってきなさい!!」
 何も言わずに一礼して下がるメイド二人。
 綾子は体を震わせて、涙を流しながら撫子を敵と認識して見つめた。
「よくも……よくもお兄様をたぶらかして……」
「強い雄に惹かれるのが牝の宿命じゃろう。
 わらわは己の心に従ったまでじゃ」
 さも当然と言わんばかりに撫子は言ってのけた。
「むしろわらわの方こそ聞きたい。
 その秘めた心を何故隠したままにしておるのじゃ?
 お主の心のままにわらわと同じように博之に思いをぶつければよい……」
「それ以上言わないでください!」
 叫ぶ綾子の声に動揺の色が混じる。
「できる事とできない事があるのです。
 貴方みたいに、好きだからの一言で思いを伝える事が私の身ではできないのです」
 穏やかに諭すように撫子に言ってのける綾子の諦観の呟きになお、撫子が食って掛かる。
「おかしいのじゃ。
 博之は『人間を舐めるな』とわらわにいうた。
 それは、わらわという絶対種に対して人間という種こそ頂点に立つという宣言にも等しい物だぞ。
 ならば頂点に立つ人間が、子孫を残すという絶対優先事項において何故諦めなどという言葉が出てくるのじゃ?」
「それはっ!貴方がいるから……」
 綾子の言葉に今度は撫子が激昂する。
「わらわが何時、博之を独占した!
 わらわは博之の物である事は何度も宣言したが、所有物がどうして主人を独占できようか!
 おぬしは、試そうともせずに諦めているに過ぎないのじゃ」
 撫子の売り言葉に綾子も買い言葉で返す。
 貴族の子女としてあるまじき行為ではあるが綾子は完全に我を忘れていた。
「貴方に何が分かるのですか!!
 静香お姉さまが先立たれてから博之お兄様が壊れてゆく事を見ている事しかできなかった私の気持ちが分かると言うのですか!
 大陸で女に狂うお兄様にわが身を差し出そうともできないこの歯がゆさがわかるものですか!
 戦争が終わって、お兄様が帰ってくるのにその姿の後ろに貴方を見つけた私の動揺と憎悪が分かるものですか!」
「分かるものか」
「は?」
 あっさり一言。
 だからこそ、綾子も虚を突かれた。
「わらわは、竜だからのぉ。
 そんな人間の感情は読めるが、分からないし、分かろうともしないのぉ。
 欲しい物は欲しいという。
 好きならば好きと言うし、抱いて欲しいなら抱いてというからのぉ。
 博之がいやというても離れるつもりもないしの。
 それが愛というものではないのかの?」
 多分、真理であるがゆえに絶対に受け入れる事ができない言葉を綾子は必死に受け止めた。
「お兄様が受け入れた人ですから私は貴方を認めますが、貴方とはもう合いたくあいませんわ。
 失礼します」
 立ち上がって、振り返りもしない綾子に向けて撫子は楽しそうに追い討ちをかけた。
「こっちは、何時来でもかまわんぞ。
 お主と話すのは愉しいからの」 
 それに何も答えずに憮然とした表情で綾子が出て行き、後は呆然とするお茶とバームクーヘンを持ってきたメイドだけが残った。

「さて、お主らもわらわに話があるようじゃな?」
 にこり。獲物を見つけた獣のような笑みを撫子は浮かべて二人のメイドに尋ねるがそれぐらいでびびるような女達ではなかった。
「始めまして。ドイツ第三帝国親衛隊、武装SS所属。アンナ・シェーンベルクと申します。撫子様」
「英国情報部所属ナタリー・スチュワートと申します。撫子様」
 二人のメイドは互いの顔を見ようともせずに図ったように一礼してみせる。
「たかだか、一人の人間の所有物に大層な出迎えご苦労な事よ……」
 差し出されたお茶とバームクーヘンを口に入れる撫子の目が点になる。
「これは……うまいの……」
「最高級のダージリン葉ですわ。
 英国がインド洋を支配しているのでこういう品がやってきているのですわ。撫子様」
「ドイツの誇るバームクーヘンはいかがですか?
 お茶に狂って食については世界最低な英国と違い我がドイツは食べ物も世界一と自負しております」
 美味しそうにバームクーヘンとお茶をご馳走になりながら撫子が一言。
「けど、お主等の国ではこれのどちらかしか食えないわけよの。
 ならば、わらわはこの国にいる方がいいのぉ」
 ぴしっと固まったメイド二人に撫子は手を振って笑ってみせる。
「冗談じゃ。
 気にせずとも良い。
 しかし、人間の力というのは我らを超えていると博之は言っておったがのぉ。
 そんなにわらわの力が必要か?」
 先に元に戻ったのはナタリーだった。
「ええ。人の力も図体が大きくなって小回りができなくなりまして。
 小回りの聞く撫子様のお力を借りようと思うしだいで」
 皮肉を言ってみる撫子に本家英国の諧謔を交えて皮肉を返すナタリーにアンナも負けじとドイツ人らしい実直さで返して見せた。
「社会的には我々人類がドラゴンより上でしょう。
 ですが、肉体的には撫子様はこの地球上で頂点に立たれる方の一人ですので。お力を借りようと」
「わらわだけでなくて、この国を巻き込んでそちたちの戦争に協力せいと。
 人殺しは最高の快楽らしいな。
 わらわも勇者どもを殺してきたが、人ほど諦めが悪くて、狡猾で、恐ろしいやつらだったのは忘れてはおらぬ」
 愉快そうに笑う撫子を見てとりあえず、二人のメイドは同時に安堵する。
 情報が筒抜けな帝国政府から真田博之の事を探り出して、その実家にあたる大原伯爵家にメイドとして雇われたのはつい最近の事。
 親独派の多い政府筋からアンナが重時に紹介され綾子付のメイドとして赴任すると、親英色にそまりつつある資本家筋から今度はナタリーが紹介される。
 二人ともただに近い賃金でここに来ているのはこの時を待っていたからに他ならない。
 二人同時なのがまた問題ではあったが。
 多分、重時だけでなく綾子もアンナとナタリーの本当の主人を知っている。
 それでいて、堂々と雇っているのは公家貴族的バランス感覚以外の何者でもない。
「で、だ。
 お主らはその戦争にわらわを協力させるために何を博之に貢いでくれるのじゃ?」
 撫子が本題に入ると二人とも似たような事を言う。
「総統閣下は撫子様の戦争協力の功績で元帥杖をご用意なさっています」
 当然階級もという言葉を顔に出してアンナは撫子に貢物を差し出す。
「大英帝国も元帥の地位と侯位、もしくは藩王位を用意しております」
 ナタリーはドイツが出せない貴族位を前面に出して撫子を誘う。
「そちらの誠意はよく分かった。
 博之に伝えておこう。
 で、だ」
 撫子が妖艶な笑みを浮かべて二人を誘った。
「お主らが要人にしている性技を博之に披露してほしいのじゃが。
 男を転ばせるのならば、己が体を使うのが一番だろうて」
 その言葉に二人も妖艶に微笑みながら、
「撫子様の心のままに」
 とだけ言って恭しく頭をさげた。

「……かわいそうに」
「どうしました?メイヴ様?」
 控えの部屋で一人お茶を飲んで撫子からのテレパスを全て聞いていたメイヴに聞きなれた声が聞こえてくる。
 メイヴは人払いの魔法を唱えて、声の主に「いいわよ」と声をかけた。
「一月振りです。メイヴ様」
「そうね。オイフェ。
 何か変わった事はあった?」
 巫女服姿のダークエルフ、オイフェが姿を現す。
 彼女は神祇院長耳局局長として、メイヴがいない間の指揮を取ってきたのだ。
 異世界にて迫害されながら裏仕事で生きてきた彼女達にとって情報は生死を分けるほど貴重なものだった。
 それは、一族を率いるメイヴもしっかり認識しているから、人払いの結界まで張ってオイフェからの帝国の生の情報を得ようとしている。
「街をみればそれなりにメイヴ様でもお分かりかと。
 ですが、光が強くて影もまた濃いのが現状です」
 オイフェの語る帝国の姿は、海軍省で博之達と聞いた帝国の姿とは幾分違っていた。
「国内で、政府批判がかなり強くなっています。
 大陸からの足抜けが、実質的に何も得る事が無かったのが大きいですね」
 10年にも渡る大陸での戦争は外交的にはまだ続いているが、実質的な停戦は既に国民党との間で合意しており、急速に撤兵が進んでいた。
 結果、帰還した兵士達からの口から大衆に大陸での戦闘とその終結が語られ、「この戦争は何だったのか?」という批判が噴出しているという。
 もちろん、この戦争が足抜けできなければ欧米列強と戦争になっていたなんて分かるはずも無い。
 二人がもう少し日本の歴史を知っていたなら「日比谷焼き討ち事件」という単語が頭に浮かぶだろう。
 女性参政権運動での帝国政府の妥協ぶりの遠因は、この大陸の戦争の勝利なき足抜けにある。
 内部にたまった不満を何だかの形で発露させて解消させないといけなく、その対象として女性参政権が黒長耳族保護の理由から選ばれたに過ぎない事をオイフェは掴んでいた。
「大衆は娯楽と金貨を求めています。
 その娯楽が不評だった以上、金貨を与えなければなりませんがそれも苦労しています」
 オイフェの言う金貨――雇用問題――もまた予断を許してはいなかった。
 大陸200万の兵の内、満州配備の100万は別として残り100万の雇用問題は相変わらず陸軍の頭を悩ませていたのだ。
 都市部を中心に、英国と英領植民地向けに輸出が黙認されたからある程度の雇用は回復できた。
 だが、農村部を中心とした雇用策はこの異世界交易が主体となるのでまだ効果に時間がかかる。
「100万の内、除隊して職についた者が35万。
 上海近辺で国民党協力を名目に駐留しているのが10万。
 残りは各駐屯地で待機という形です。
 彼らに食わせる職が無いのが一つと」
「誰だって、自分の兵を削るのはいやという訳ね」 
「はい。おっしゃるとおりです」
 メイヴが異世界に行っていた間に日本は対ソ戦の準備を始めていた。
 もちろん、ドイツの要請と英国の黙認の元ではあるのだが、満州の100万全てでソ連領に攻勢をしかける訳には行かず、この本国待機55万は対ソ戦での貴重な予備兵力となる事が期待されていた。
 これに大蔵省と内務省が噛み付いた。
 ただでさえ軍事予算を削りたい大蔵省は「大陸の戦争が終わったのにどうして予算維持なんだ!」と噛み付くが、対ソ戦の事がいえない陸軍は統帥権を持ち出して拒否すれば、内務省も「地方振興策を準備しているからさっさと本土の兵を除隊させろ」と嫌味を言ってくる始末。
 幸いかな、ソ連の無線封鎖で大蔵省も内務省も今は黙っているが、戦争終結とそれに伴う予算削減は軍を除く政府官僚のコンセンサスとして成立しており、陸軍が統帥権で拒否しようにもできない所まできていた。
 同じ事は海軍にも言える。
 確実に軽減される海軍予算と大建艦を始めた米国との板ばさみに予算を更に必要としているのに、軍事予算削減は既に規定路線に入っている。
 ロイズが提案した護衛艦隊の供出に飛びついたのも、ソ連の無線封鎖に第一機動艦隊を日本海に出したのも全ては海軍予算維持の為のアピールに過ぎない。
 そして、陸海軍はこの限られたパイをめぐって水面下で暗闘を既に始めていた。
「何か明るい話題は無いのかしら?」
 ため息をつきながらメイヴが言うと、オイフェが苦笑して口を開く。
「先ほど掴んできた話ですが、異世界交易の成功で政府は大々的に交易を拡大させるつもりみたいですよ。
 カッパドキア共和国の金貨の山を見た大蔵官僚が『この量の金貨が帝国にやってくるなら戦争なんてしなくて住むじゃないか』と叫んでいましたから」
 愛国丸が日本に持って帰った金貨は3000枚を超えていた。
 戦争が終わったとはいえ経済制裁は続いており、外国での決済に事欠いていた日本にとってこの金貨3000枚というのがどれほど大きいかは言うまでも無い。
「大体、世の中の問題は金で解決します。
 その金が転がり込んでくる体制になればこの国もいい方向に行くでしょうね」
 オイフェは気楽に言ってのけたが、その言葉をまったくと言っていいほど信じていなかった。
 帝国は戦争終結の平和の配当を受け取る前に、10年の戦争の負債を清算しないといけない。
 そういう中で、金が転がり込んでくる体制というのは必ず事態をややこしくさせる。
 ため息をつきながらメイヴは窓から日本庭園を眺めた。
 博之がこちらに向かってくるのが見える。
「分かったわ。
 報告ご苦労様。
 あと、ここのメイドに巫女も何人か入れて置くように手配して」
「かしこまりました。
 では失礼します」
 オイフェが姿を消して、博之を出迎える為にメイヴも部屋から出て庭園に向かった。
「博之さま。今夜はがんばってくださいね」
「何だか気色悪いぞ。メイヴ」
 その夜を境にアンナとナタリーは館にこなくなった。
 彼女達がまたメイドとして復帰するのに二ヶ月を要する事になる。

 帝国の竜神様 24
2008年05月15日(木) 17:39:12 Modified by nadesikononakanohito




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