帝国の竜神様27
1942年5月10日 スターリングラード近郊 ドイツ南方B軍集団
ヴォルガ河西岸に広がるスターリングラードは、スターリンの名前を冠しているだけあって、ソ連南部の重要都市の一つだった。
ヴォルガ河の河川交通の要地であり、T34生産工場まであるこの都市が独軍にとって一番の重要度はこの街がバクー油田の表玄関に位置づけされているからだろう。
この街を抜ければ、バクーはすぐそこ。
実際の距離にするとかなり離れているのだが、独軍、特にロンメル率いる南方B軍はこの街をそう判断していた。
表向きは。
「閣下。こちらにいらしたのですか?」
ロンメルはロシアでもアフリカと同じように、兵士達と共に暮らし、兵士達より前に出る事により兵の信頼を勝ち取っていた。
「たしか、ロストフでも注意されたような気がしたが、前線をみないと戦争はできんよ」
流石に軍集団を率いる身ゆえ「最前線に立ってくれるな」と嘆願する幕僚達が聞いたら気絶しかねない一言をバイエルラインに吐いてロンメルは笑った。
「本国司令部から総統命令がきています。
あの街の戦車工場を確保しろと」
バイエルラインの言葉にロンメルの顔が歪む。
「つまり、それはスターリングラードを占領しろと?」
現在、南方B軍は街を遠巻きに囲んではいるが、工場から出荷されるT34が群れるスターリングラードに突っ込むような事をロンメルはまったく考えてはいなかった。
「……忘れていると思いますが、一応、我々はその為にここに来ているのですが」
バイエルラインが呆れ顔になるが、彼とて与えられた兵力でスターリングラードを占領できるとはまったく思ってはいなかった。
「ちなみに、その命令書は?」
「こちらに」
バイエルラインが命令書を渡すと、ロンメルはその命令書を丸めたと思ったらマッチで火をつけた。
ぱっと燃えた命令書をロシアの大地にまいたロンメルは何事も無かったのようにバイエルラインに尋ねた。
「命令書なんてきていたか?」
「何のことでしょうか?
そのような命令は受け取っていませんが?」
当然、ロンメルがこうする事を見越して、司令部通信要員全てに緘口令までバイエルラインは先にしかせていた。
「で、空軍への要請は?」
「もうすぐ爆撃時間ですね」
バイエルラインが時計を見ると同時に、空の上から爆撃機のエンジン音が聞こえてくる。
ロンメルが空軍に要請した爆撃機は、スターリングラードの殲滅を目指して無差別爆撃をする予定だった。
もちろん、総統が確保を命じた戦車工場は最重要爆撃目標に入っている。
ブレスト爆撃で総統の怒りを買ったゲーリングを助ける事によって、「一回だけ」という約束で中央軍集団作戦地域からもかき集められた七百機の爆撃機は、腹に抱えた爆弾をスターリングラードに向けて開放した。
激しくスターリングラードから聞こえる爆発音を前に、ロンメルはにこやかにバイエルラインに言ってのけた。
「さて、『ブラウ』の目的は達した。逃げるぞ」
と。
同日 スターリングラード スターリングラード方面軍司令部
爆弾がすぐ近くで炸裂したみたいだが、幸いにもこの地下壕に与えた打撃というのは振動で、天井の埃が部屋中央の地図に落ちてきた程度だった。
もっとも、この部屋の主であるジューコフにとってはその埃すらうとましい。
「戦車工場はどうなっている!」
「同志。残念ながら、戦車工場は壊滅状態です」
軍参謀の悲痛な声が全てを物語っていた。
ドイツ軍は占領後の事等考えてもいないかのように猛爆撃をスターリングラードに与え、配備部隊に多大な被害を与えていた。
「だが、ここで我慢しないといけない」
自分に言い聞かせるようにジューコフは言葉をかみ締めた。
そうしないと、独軍をスターリングラードに拘束させて、その背後を大量の兵力で包囲するという作戦が全て無に帰してしまうからだ。
それが分かっているのか、ドイツ軍もこの街を包囲したまま攻め込むそぶりすら見せない。
「同志ジューコフ。
問題ができた」
部屋に入ったのは、お目付けのフルシチョフ。彼の顔も青白かった。
「同志スターリンが、今回の爆撃に激怒している。
このままでは同志ジューコフの敢闘精神を疑わなければならぬと」
フルシチョフの言葉にジューコフは頭をかかえた。
今の状況で独軍を攻めたとしても、独軍はドン河まで逃げてしまうのは目に見えていた。
南方B軍にスターリングラードという餌に食いついてもらわないと、B軍の撃滅という戦果があがるはずもない。
「同志スターリンの命令は絶対だ。
北方に配備した、南西方面軍に連絡を。
ナチの背後を迂回して包囲せよ。
南方の東南方面軍にも命令を出せ。
ロンメルを捕まえるぞ」
諦めた顔でジューコフは命令を出した。
(畜生。これで、ロンメルに引きずられる形で、ソ連軍はドン河まで進出する事になる)
独軍からの国土の回復はスターリンの求める政治的効果は派生するだろう。
心の中までは、さすがにフルシチョフに読めないだろうからジューコフはそのまま心の中で独白を続けた。
(その意味が分かっているのか?
モスクワ帰還が遅れるという事を。
もし、ロンメルが囮だった場合、ナチの本当の狙いがモスクワだったとしたら?
同志スターリン。
あんたは粛清される前に戦死する事になるんだぞ)
独ソ両軍双方の首脳部の見解はほぼ一致していたのに、そのとおりに戦局が推移するのはその上の戦争指導に問題があったからであろう。
ロンメルの命令無視は、その後の英軍クレタ上陸とモスクワ攻防戦という重大局面の前に「戦力を温存した英断」にヒトラー自身によって摩り替えらた。
一方、ロンメルに引きずられたソ連軍もスターリン自らが「ロンメルを撃て」という命令を撤回してモスクワ救援を命じたが、ついにジューコフはモスクワに戻る事は無かった。
この翌日、英軍がクレタに侵攻してクレタ攻防戦が始まる。
それに呼応するかのように13日には、ヴォロネジを突破した南方A軍がその機動力を駆使して南東回りで迂回しモスクワに攻撃を開始。
この欧州大戦のクライマックスの影にロンメルとジューコフはスターリングラードとドン河の間を知略を尽くして移動しまくり、戦史にその戦術を高く評価される事になった。
帝国の竜神様27
ヴォルガ河西岸に広がるスターリングラードは、スターリンの名前を冠しているだけあって、ソ連南部の重要都市の一つだった。
ヴォルガ河の河川交通の要地であり、T34生産工場まであるこの都市が独軍にとって一番の重要度はこの街がバクー油田の表玄関に位置づけされているからだろう。
この街を抜ければ、バクーはすぐそこ。
実際の距離にするとかなり離れているのだが、独軍、特にロンメル率いる南方B軍はこの街をそう判断していた。
表向きは。
「閣下。こちらにいらしたのですか?」
ロンメルはロシアでもアフリカと同じように、兵士達と共に暮らし、兵士達より前に出る事により兵の信頼を勝ち取っていた。
「たしか、ロストフでも注意されたような気がしたが、前線をみないと戦争はできんよ」
流石に軍集団を率いる身ゆえ「最前線に立ってくれるな」と嘆願する幕僚達が聞いたら気絶しかねない一言をバイエルラインに吐いてロンメルは笑った。
「本国司令部から総統命令がきています。
あの街の戦車工場を確保しろと」
バイエルラインの言葉にロンメルの顔が歪む。
「つまり、それはスターリングラードを占領しろと?」
現在、南方B軍は街を遠巻きに囲んではいるが、工場から出荷されるT34が群れるスターリングラードに突っ込むような事をロンメルはまったく考えてはいなかった。
「……忘れていると思いますが、一応、我々はその為にここに来ているのですが」
バイエルラインが呆れ顔になるが、彼とて与えられた兵力でスターリングラードを占領できるとはまったく思ってはいなかった。
「ちなみに、その命令書は?」
「こちらに」
バイエルラインが命令書を渡すと、ロンメルはその命令書を丸めたと思ったらマッチで火をつけた。
ぱっと燃えた命令書をロシアの大地にまいたロンメルは何事も無かったのようにバイエルラインに尋ねた。
「命令書なんてきていたか?」
「何のことでしょうか?
そのような命令は受け取っていませんが?」
当然、ロンメルがこうする事を見越して、司令部通信要員全てに緘口令までバイエルラインは先にしかせていた。
「で、空軍への要請は?」
「もうすぐ爆撃時間ですね」
バイエルラインが時計を見ると同時に、空の上から爆撃機のエンジン音が聞こえてくる。
ロンメルが空軍に要請した爆撃機は、スターリングラードの殲滅を目指して無差別爆撃をする予定だった。
もちろん、総統が確保を命じた戦車工場は最重要爆撃目標に入っている。
ブレスト爆撃で総統の怒りを買ったゲーリングを助ける事によって、「一回だけ」という約束で中央軍集団作戦地域からもかき集められた七百機の爆撃機は、腹に抱えた爆弾をスターリングラードに向けて開放した。
激しくスターリングラードから聞こえる爆発音を前に、ロンメルはにこやかにバイエルラインに言ってのけた。
「さて、『ブラウ』の目的は達した。逃げるぞ」
と。
同日 スターリングラード スターリングラード方面軍司令部
爆弾がすぐ近くで炸裂したみたいだが、幸いにもこの地下壕に与えた打撃というのは振動で、天井の埃が部屋中央の地図に落ちてきた程度だった。
もっとも、この部屋の主であるジューコフにとってはその埃すらうとましい。
「戦車工場はどうなっている!」
「同志。残念ながら、戦車工場は壊滅状態です」
軍参謀の悲痛な声が全てを物語っていた。
ドイツ軍は占領後の事等考えてもいないかのように猛爆撃をスターリングラードに与え、配備部隊に多大な被害を与えていた。
「だが、ここで我慢しないといけない」
自分に言い聞かせるようにジューコフは言葉をかみ締めた。
そうしないと、独軍をスターリングラードに拘束させて、その背後を大量の兵力で包囲するという作戦が全て無に帰してしまうからだ。
それが分かっているのか、ドイツ軍もこの街を包囲したまま攻め込むそぶりすら見せない。
「同志ジューコフ。
問題ができた」
部屋に入ったのは、お目付けのフルシチョフ。彼の顔も青白かった。
「同志スターリンが、今回の爆撃に激怒している。
このままでは同志ジューコフの敢闘精神を疑わなければならぬと」
フルシチョフの言葉にジューコフは頭をかかえた。
今の状況で独軍を攻めたとしても、独軍はドン河まで逃げてしまうのは目に見えていた。
南方B軍にスターリングラードという餌に食いついてもらわないと、B軍の撃滅という戦果があがるはずもない。
「同志スターリンの命令は絶対だ。
北方に配備した、南西方面軍に連絡を。
ナチの背後を迂回して包囲せよ。
南方の東南方面軍にも命令を出せ。
ロンメルを捕まえるぞ」
諦めた顔でジューコフは命令を出した。
(畜生。これで、ロンメルに引きずられる形で、ソ連軍はドン河まで進出する事になる)
独軍からの国土の回復はスターリンの求める政治的効果は派生するだろう。
心の中までは、さすがにフルシチョフに読めないだろうからジューコフはそのまま心の中で独白を続けた。
(その意味が分かっているのか?
モスクワ帰還が遅れるという事を。
もし、ロンメルが囮だった場合、ナチの本当の狙いがモスクワだったとしたら?
同志スターリン。
あんたは粛清される前に戦死する事になるんだぞ)
独ソ両軍双方の首脳部の見解はほぼ一致していたのに、そのとおりに戦局が推移するのはその上の戦争指導に問題があったからであろう。
ロンメルの命令無視は、その後の英軍クレタ上陸とモスクワ攻防戦という重大局面の前に「戦力を温存した英断」にヒトラー自身によって摩り替えらた。
一方、ロンメルに引きずられたソ連軍もスターリン自らが「ロンメルを撃て」という命令を撤回してモスクワ救援を命じたが、ついにジューコフはモスクワに戻る事は無かった。
この翌日、英軍がクレタに侵攻してクレタ攻防戦が始まる。
それに呼応するかのように13日には、ヴォロネジを突破した南方A軍がその機動力を駆使して南東回りで迂回しモスクワに攻撃を開始。
この欧州大戦のクライマックスの影にロンメルとジューコフはスターリングラードとドン河の間を知略を尽くして移動しまくり、戦史にその戦術を高く評価される事になった。
帝国の竜神様27
2007年03月26日(月) 19:01:19 Modified by nadesikononakanohito