帝国の竜神様36

1942年4月30日 マリアナ諸島 サイパン島

 第四艦隊は竜捜索の為もあり、一時的に司令部を南洋諸島の中心であるサイパンに移していた。
 一応港には第四艦隊の旗艦鹿島以下数隻が錨を下ろしているのがみえる。
 サイパンから全方位に竜捜索の為に九七式飛行艇や九六式陸攻が飛び立ったり、戻ったりでまるで戦時のような警戒感が島全体から伝わってきている。
 サイパンの他でも、デニアンや硫黄島やパラオにも竜捜索の為の哨戒機を頻繁に出しており、陸海軍は実験を兼ねて黒長耳族や獣耳族の工兵隊で飛行場の整備を行ったと聞く。
 万一の対米戦時にこれだけ準備が整っているならば、目の前のグアム島は十分に攻略が可能だろう。
 そこから先は考えたくもないが。
 そんな事を考えながら、俺達の乗る愛国丸はサイパンの港に錨を下ろした。
 従兵に先導されて鹿島に乗船する。
 聞くと、南雲中将は先に乗船していて既に井上中将と話をしているらしい。
 今日の鹿島訪問は、南雲艦隊の竜捜索に協力する形で俺達を南雲中将に引き合わせるのも目的だったりする。
 マリアナ諸島を含む内南洋を管轄する第四艦隊を率いる井上中将は、山本長官や堀社長の親友で、中でも、去年の対米開戦では最後まで反対していた一人だったという。
 そんな彼を訪ねて西村少将と撫子・メイヴと共に鹿島に乗船すると、南雲中将と井上中将が話をしながら俺達を待っていた。
「よく来たな。
 西村少将に真田少佐。
 それに彼女が我が帝国の救世主か」
「よろしく頼む。
 諸君らの働きに期待している」
 手を握りながら、まるで昨日フレミングとダレスにしてやられた後のメイヴのように不機嫌の極みで井上中将と南雲中将は俺達を歓迎した。
「しかし、歓迎している割には、その顔は不機嫌のようじゃが?」
 この馬鹿竜は思ったことを当然のように口にするが、自分達の顔に気づいてなかったのだろう。井上中将は苦笑し、南雲中将は豊前としたまま口を閉じたまま。
「何、あまり愉しくない話をしていただけさ」
 皮肉を言ったつもりなのだろう井上中将は、黙ったまま話の中身を全部押し付けたいらしい南雲中将を見て、そのまま真顔で核心を語る。
「東京からの情報だ。
 独逸大使館からの報告だが、近々スターリングラードで独ソの決戦が行われるらしい」
 こんな南国にのんびりと船でくると世界を忘れてしまいそうになるが、我が帝国は中立を決め込んで、マリアナくんだりまで海軍を派遣して竜と交渉しようとしている傍らで、世界では戦争が壮大かつ無駄な規模にまで拡大して大地や海に血を注いでいっているのだった。
 特に、ハワイに居座る竜の為にまったく政治的軍事的に動けなくなった米国があてにできなくなった英国と、同盟を組んでいるのにちっとも参戦しようとしない帝国に不信感を募らす独逸がひたすら帝国を自陣営に引きずり込もうとしている帝都の外交・諜報工作はメイドの定着と共に日常となりつつあった。
 対ソ参戦準備をしていた帝国にブレスト大空襲の写真を突きつけて参戦を回避させたり、俺達がサイパンくんだりまで来て米艦隊と一緒に竜と交渉するなどここ最近は英国優勢のままで推移しているが、独逸が独ソ戦という主戦線での決戦というニュースを流すことで行き過ぎた対英傾斜に歯止めをかけるのが狙いなのだろう。
 逆に、まだそんなニュースを流さないといけないほど独逸が追い詰められているという裏返しにも見える。
「独逸大使の言葉をそのまま使うならばだ。
 『名将ロンメル将軍の元、大軍を率いてドン川を渡り、近くスターリングラードを包囲・陥落して一気にソ連の心臓部であるバクーを突く。
 バクー油田が無くなればソ連は戦車を動かす事も工場を稼動する事もできずに立ち枯れるであろう』はたしてうまくいくのやら」

 井上中将の淡々とした声に俺はふと疑問を口に出した。
「しかし、まだ勝ってもいないのに攻撃目標を堂々と言うなんて独逸のやつら正気ですか?」
「モスクワ正面まで独軍が迫っているからな。
 今のソ連はモスクワを守るか、バクーを守るかの王手飛車取りの状態にあるのさ」
 俺の問いかけに井上中将が皮肉めいた笑みを浮かべて答えを返す。
 きっと、帝都の親独派の顔でも浮かべて「対ソ、対英参戦すべし!」という幻聴でも聞いていたのだろう。
「で、バクー油田の正門となるスターリングラードが落ちる前に参戦しろと。
 バクーが落ちてからの参戦だとソ連が降伏した時にソ連領の切り取りに支障がでるという狸の皮算用でも夢見ているんじゃろうよ。
 馬鹿な連中じゃ。
 独逸にしろ、帝国にしろ、あの広大なロシアの大地を得たとしても全て支配できる訳がないじゃろうに」
 西村少将が吐き捨てると、井上中将も西村少将に同意する。
「まったくだ。
 それに独逸にとって帝国は対ソ戦で参戦が無くても、対英戦では出番があるからな。
 独逸とすれば、敵に回らないだけでなく英本土上陸の為にも連合艦隊が欲しいだろうに。
 この間ブレストで主力艦が軒並み叩かれた後であってはなおの事。
 それを『バスに乗り遅れるな』と馬鹿の一つ覚えで参戦を迫ってくるやからの頭の無さといったら……」
 きっと、撫子がやってくるまでの井上中将も参戦不回避となった時にこんな言葉を漏らしていたんだろうなとふと思った。
「だが、対英戦参戦に我々が動くと思っているのか?」
 西村少将の問いかけに口をつぐんでいた南雲中将がぽつりと言葉を漏らした。
「実際動いていたじゃないか。去年12月まで、我々は」
 ふっと三人の提督の口が止まる。
 12月まで帝国は英米に戦争をふっかけようとして、仏印や香港周辺に軍を展開していたのは何処の誰だったかと考えると、独逸の工作は成功していたといえよう。
「で、我々はそんな中何をすればいいのじゃ?」
 そんな気まずい空気なんでまったく気にしていない撫子が退屈そうに言ってのけ、その気だるそうな言い方に、南雲・井上・西村の三提督は大爆笑をする。
「さすが、帝国の救世主だ。
 帝都で右往左往している連中は胆力が足りなすぎる」 
 南雲中将は笑いながら撫子を誉め、
「まったくだ。
 我々は我々の仕事を果すのみ。
 政治など偉い人に任せておけばよろしい」
 と西村少将は好々爺の笑みで撫子に言ってのけ、
「まぁ、我々がその『偉い人』だから、面倒は我々が背負い込むとして、撫子殿はマリアナの竜を探すことだけをお願いしたい」
 と井上中将は苦笑しつつ誠意をもって撫子に懇願したのだった。

同日 マリアナ諸島 サイパン島 仮装巡洋艦ヘクター 

 愛国丸がサイパン到着後に、『何でか』入港してきたヘクターと呼ばれている商船に当然のようにフレミングは乗り込んだ。
 こんな所にふらふらとただの貨物船がいるわけも無く、船員は全員海軍所属で船に武装もつけられている武装商船である。
 そこには、マリアナの情報と緊急の電報がフレミング宛に飛び込んできているはずだった。
 英国紳士たるフレミングは常におちついていると周囲から言われている。
 それが紳士たる教育を受けたたまものであるのだが、何事にも限度というのは存在する。
 その限度を試しているのではないだろうかと逃避的考えを浮べてしまうほど、彼が見ている緊急電の文面は切迫していた。
「ソ連は正気なんでしょうか?
 ナチにモスクワ正面まで迫られているのに、モスクワを空けるなんて……」
 あまりの内容に怒り狂いたい所だが、紳士たる者感情を表に出すのは恥ずかしい事である。
 だが、わなわなと電報を持つ手が震えているのを誰が咎める事ができよう。
 英国情報部はソ連の致命的作戦ミスを詳細に掴んでいた。
 極東ソ連軍の移動が満州国境の日ソ緊張状態で思うように進まない情況下に独軍の『ブラウ』作戦が発動してしまい、スターリングラードはおろかバクー油田すら危ないという事。
 その情況下でモスクワ東方に留めていた最後の予備兵力をジューコフ将軍につけて南下させた事。
 極東軍がモスクワに到達するまでどんなに速くても一ヶ月はかかる事などがその電報には詳細に伝えられていた。
 モスクワが陥落したら日本は遠慮なくソ連に進攻するかもしれない。
 何しろ日本と独逸は同盟を結んでいるのだ。独逸の勝ちのおこぼれを貰おうとするのは当然のことだろう。
 問題はその先だ。
 ソ連を屈服させた後は独逸の矛先は英本土かイラン経由でインドに向かうのは目に見えている。
 その時に、日本がどう動くか?
 その情況で米国がまだ参戦できないなら、多分日本は英国を見捨てて独逸に走る。
 動揺を抑えて紅茶を優雅にたしなむふりを必死にするフレミングは、緊急電の最後に書かれた「どんな手を使っても構わないから、日本を参戦させるな」というチャーチル首相じきじきのご命令に答えるために頭を悩ますのだった。


同日 マリアナ諸島 グアム島近海 合衆国太平洋艦隊所属 マリアナ派遣艦隊 旗艦 アトランタ

「本当なのか?」
 派遣艦隊司令官フレッチャー少将はため息をついて青いマリアナの海を眺めた。
 明日はサイパンで日本艦隊とのお目見えというのに、何でこんなニュースを聞かねばならないのだろうとため息をつきたくもなる。
 甘かったといえば確かに甘かった。
 西海岸にもワイバーンが単独で飛んでくる事があったのに、航空機による警戒だけで抑えられると思ったのが甘かった。
 実際にワイバーンが単機で西海岸に飛んだ時には、西海岸全体がパニックとなり、海上輸送をはじめとした物流が混乱状態に陥った。
 西海岸全体に警戒網と戦闘機を配備してなんとか市民の同様は押さえつけたが、相変わらず西海岸の海上交通は低迷したままになっている。
 そんな状況下でハワイにドラゴンが居ついてからも、早急な奪還の為に攻撃はあくまで合衆国であってドラゴンという下等生物が西海岸飛来という行動以上のアクションを取るとは思ってはいなかった。
 その甘さがこういう事態になった以上、この交渉を切り上げてもいいのかもしれないとフレッチャーは考えていたが、それについての太平洋艦隊司令部の返答は、『日本への協力を続行せよ』だった。
 ハワイ奪還作戦失敗の責任を取ってキンメル提督が更迭された後任のミニッツ提督は、このマリアナへの派遣についてのドラゴンの情報とドラゴンと組んだ仮想敵国日本の情報を欲したのだろう。
「イギリスの話なんぞに乗るからこうなるんだ」
 小声の呟きは幸いかな司令部スタッフには聞こえていなかったらしい。
 太平洋は少なくとも東太平洋はこれで太平では確実に無くなる。
 『ハワイのドラゴン、ジョンストン島補給船団への組織的攻撃を開始』の緊急電を手に持ったままフレッチャー少将はため息を深く深くついた。

1942年5月1日 マリアナ諸島 サイパン島 南洋竜捜索艦隊 鹿島 艦橋

 昨日にはサイパンに到着していたのだが、今回は米艦隊の出迎えという事で、第四艦隊と南雲艦隊が総出で布陣して来訪するであろう米艦隊の接待の為に布陣していた。
 まぁ、歓待という割にはどの艦もすさまじく緊張していたりしているのだが。
 何しろ海軍の仮想敵であるアメリカ艦隊をお出迎えするのだ。
 今回の竜捜索の名目が無かったら、帝国としては絶対に入れたくなかった相手でもある。
 昨日、着任の挨拶をした井上中将の話によると、米艦隊の来訪コースでぎりぎりまでえらく揉めたという。
 帝国の信託統治しているマーシャル諸島に入れたくはないし、当初は大回りをしてもらってソロモン諸島からラバウルで集結して、トラック経由でマリアナという線を帝国は提案していた。
 けど、何を急いでいるのか知らないアメリカ政府はこれを拒否。
 激しい交渉の果てに英国の仲介の末、ウェーキ島からトラック北方沖を通ってマリアナに来訪するコースで妥協したのは米艦隊がウェーキ島に着いてからというのだからその交渉は押して知るべし。
 更に、米艦隊との会見場所でも揉めた。
 竜の捜索は南洋竜捜索艦隊が行い第四艦隊はその支援という位置づけなのだが、南洋竜捜索艦隊の高雄に乗せる事を日本側が渋りこうして鹿島にお鉢が回ってきたという裏話まであったりする。
「0時の方向に船影確認。米アトランタ級と認む」
 艦橋見張り員の声に緊張の色も強くなる。
 水平線上に単行陣を組んで、アトランタ級巡洋艦以下駆逐艦三隻がこちらに向かってくるのが見える。
 まぁ、そんな事既に竜の捜索活動をしている航空機の哨戒で分かっている事なのだが。
 マリアナに派遣されている米艦隊は、アトランタ級1隻・ブルックリン級2隻を中核とした駆逐艦5隻の小艦隊に一万トン級タンカー15隻(艦隊追随5隻、残りは運搬とジョンストン待機)。
 残りの船とタンカーはグアムに待機していると米艦隊の通告とグアムを見張っていた潜水艦の報告は一致している。
 今回の会見だって政治的茶番劇の域を出る事はない。
 大事なのは、太平洋を向かい合って対立していた国同士の軍隊が共同で作業を行うという事。
「やくざの手打ちじゃあるまいし」
 と、あまりにも的を得た表現をしてみせたのは西村少将だったりする。
 たしかに仲介役の英国もいる訳で、手打ちをして盃をもらったり兄弟になれば太平洋というシマを仲良く住み分けできるって……国際情勢はやくざの抗争と同じレベルか。
 違うとすれば、人死にの数だけかなと自虐的に考えたりしていると肉眼でも米艦隊の姿が確認できるようになってくる。
 ぽんぽんと鹿島から礼砲が放たれ、同じようにアトランタからも礼砲が返される。
 日米とも手すきの士官から水兵に至り敬礼し、ゆっくりと米艦隊はサイパンの港に入港した。

 米艦隊との会見は、鹿島の士官室で行われていた。
 南雲長官・井上長官・西村少将および幕僚がずらりと並び、俺はその幕僚列の端にちょこんといる。
 撫子は撫子で、長官達の隣で巫女服のメイヴを背後に控えさせながら、気だるそうに振袖を揺らして席に座っている。
 憂いのある気だるそうな視線で待つ撫子の姿はこうやって見ると威厳があるように見えるのだが、それがただ退屈しているというだけなのは付き合いのある俺とメイヴだけが知っていた。
 米艦隊のフレッチャー少将とその幕僚と従兵が姿を現し、通訳を交えて儀礼的挨拶を交わす。
 将官の自己紹介が済み、フレッチャー少将が撫子に手を差し出す。
「アメリカ海軍、マリアナ派遣艦隊司令フランク・ジャック・フレッチャーと申します。ミス・撫子」
 通訳の英語に、撫子は、
「撫子と呼ぶがいい。
 今は、帝国に世話になっておるのじゃ」
 と、英語で返した。
 フレッチャー少将の眉がぴくりと歪んだ。
 見方によれば、「英語分かるから隠し事はすんな」という痛烈なアピールにも取れるからだ。
 そこまで考えてはないだろうが。こいつは。 
 なお、当然の事ながら日本海軍は対米戦前提で色々やってきたからこの場も英語が話せる人間で揃えている。
「ミス・撫子。
 これは米海軍からの贈り物です。
 アイスクリームと言うお菓子です。
 溶けないうちにどうぞ」
 後ろに控えていたフレッチャー提督の従兵がクーラーボックスの中から、コーンつきのアイスクリームを差し出す。
 受け取った撫子は何も考えずに舌でぺろりと……
「うまいのじゃ!!!」 
 大声で叫ぶな。みっともない。
 って、聞いてないし。
 一心不乱にアイスクリームを舐める撫子の手がふと止まり、急におでこをたたき出す。
「あ、頭が痛いのじゃ〜」
 急に冷たいものを一気に食べるからだ。馬鹿竜。
 さっきまでの威厳が嘘のようだ。
 あ、メイヴが天井を向いてため息をついてる。
 まぁ、緊張した空気が一気に解けたからよしとしよう。
「凄くうまかったのじゃ!
 もっと食べたいのじゃ!!」
 もはや、だだっこのごとく従兵のクーラーボックスを涎をたらして睨む姿は水飴をねだる子供と変わらない。
「他にも、チョコレートにミントにオレンジ……」
 従兵がクーラーバックの中を撫子に見せるともはやその目は爛々と輝き、周りにもほんわかとアイスクリームへの欲望と好奇心が伝わってくる。
「そんなに慌てなくても大丈夫ですよ。ミス・撫子。
 このアイスクリームを作る機械を材料と一緒に大日本帝国およびミス・撫子への友好への証として差し上げるつもりでしたから」
「聞いたか!博之!!
 わらわはアイスクリーム食べ放題なのじゃ!!!」
 俺の名前を出すな。馬鹿竜。今の俺はただの幕僚の一人なんだからって聞いてないし。
 うわ。飛び跳ねて喜んでやがる。
 無駄にでかい胸が重力に逆らって着物の上からぷるんぷるん揺れる姿はなんというか色っぽいというか、やっぱり男子たるもの大きく揺れる胸というのは目をひき付ける訳で。
 俺以外の視線も日米共に集めているのを撫子は知っているのか知らないのか。まぁ、知ってて気にしないとみた。

 まぁ、じっと見ているのも悪いからと視線をそらすと、うわ。メイヴはなんでそんなに機嫌が悪そうに……やっぱりこれも諜報が関係あるのかな?
(あるに決まっています!
 好物の買収なんて初歩の初歩です。
 更に問題なのが、撫子様が甘い物が好きという情報が漏れてないとこんな所でこんなに効果的にアイスクリームを出してきたりしません!!)
 目が合ったのをいい事に一方的にテレパスでまくしたてるメイヴ。
 うわ。むちゃくちゃ機嫌が悪いぞ。
 しかし、甘味料が好物なんて隠しもしなかったし。
 こんなものを見せられたら何が重要情報に化けるか俺の頭では理解不能だぞ。
(うむ。アンナとナタリーの前でバームクーヘンやお茶を美味しく頂いていたしのぉ)
 まてや馬鹿竜。てめぇが一番やばい人間の前で情報駄々漏れで接してやがった。
 あ。メイヴが立ったまま真っ白になってる。
(あ、もしかしてまずかったのか?メイヴ?)
(いいんです。
 撫子様ですからもういいんです。
 撫子様のフォローの為に私達がいるんですから、どうか撫子様は天真爛漫にお振る舞いになってくださいませ)
 メイヴよ。背景にどす黒いオーラを醸しだして、にっこりと撫子に微笑むのはやめろ。
(博之ぃ……ああいう時のメイヴはもの凄く怖いのじゃ……)
 お、アイスに興じていながらさり気なくおびえの色が混じっている撫子というのも珍しい。
 どんな説教でもされたのやら。
(うむ。以前メイヴに叱られた時は魔法具で拘束された目の前でメイヴが男どもをはべらせておもいっきり乱れていたぞ。
 あれは生殺しなのじゃ)
 蛇ならぬ竜の生殺しという訳か。いい性格してやがる。
(何かおっしゃっていますか?)
(何も言っていないのじゃ)
(何も言っていませんが?)
(……もういいですから、ちゃんと大人しくしてくださいませ)
 当然テレパスで話しているんだから筒抜けなんだろうが、こういうやりとりが互いのコミュニケーション上かなり大事だと後で気づいたりする。
 全てを悟り、知る事ができると、「知らないふりをする」という行為を許すかどうかでその人との距離が分かるという事を。  
 話はアイスに夢中な撫子をほっといて、将官どうしで具体的にマリアナの竜の捜索についての打ち合わせに移っていた。
「で、明日からそれぞれ合同で組んで、こことここ、ここまでを捜索……」
「航空機でここからここまでの捜索線を張りますので……」
「合衆国艦隊はここからここを……先導としてうちの船を出しますので……」
「日本海軍の好意に感謝します。我々も更なるお手伝いを……」
 真剣かつ、腹の探り合いに何食わぬ顔で爆弾を落としたのが、アイスクリームをたいらげた撫子の一言だった。
「きておるぞ」
 場が凍る。
 「何が?」と言う言葉を吐く間抜けは幸いかなこの部屋の中に居なかったし、居たら居たで色々と問題になると思うのだがそれはおいておくとして。
 だからといって、この固まった部屋の空気をどうしろというのだろう?
 何しろ探しにきているのにいきなりそれがここにきているなんていわれた日にはなんて顔をすればいいのか分からない。  
 口に出すのも憚られるが、お偉方は固まったままだし、後ろの幕僚にこの馬鹿竜に尋ねる勇気も度胸もないだろうし。
「で、だ。
 何が来ているんだ?」
 自ら馬鹿になる事を志願してたまらず口を出した俺に撫子は窓の方に指を向けて一言。
「出てくるがよい」
 そして、鹿島を取り囲むように海面からひょっこりと顔を出す上半身裸の美女の群れ群れ群れ。
「ほらの」
 帝国海軍だけでなく、合衆国海軍の将兵まで唖然とさせながら、撫子は「えっへん」と無駄に大きな胸を反らせて 威張って見せたのだった。
 こうして、後に『第二次世界大戦における政治的茶番劇』として有名になるマリアナでの竜捜索は日・米・英誰もが予想をしえない展開でその幕を開けた。

 なお、会見を終えた後、アイスを一口舐めたメイヴもアイスの虜になり、撫子と醜いアイス争奪戦を繰り広げたのをここに追記しておく。


帝国の竜神様 36
2007年09月16日(日) 02:09:56 Modified by hrykkbr028




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