帝国の竜神様68
渇国派遣艦隊は冒険者達の船を追い越して、何事も無くイッソスの港に入った。
今回は事前の根回しもあって湾内に全艦停泊しているのだが、やはり珍しいのだろう。
港から見える人の波が聳え立つ巨艦に注がれているのが分かる。
「戦艦を持ってきて大正解じゃないか」
と、今頃近藤中将辺りが言ってそうな人気ぶりである。
この後、双方の事務方が打ち合わせをして式典などを執り行う予定だが、それに俺と撫子も参加しろというご命令になっている。
とはいえ、他にも仕事がある訳で。
「で、資源調査はどうなっている?」
「どうもこうも産業革命前だぞ。
この船の船倉一杯にしただけでこの街の資源を全て奪っちまう。
石原さんは本気で、竜州を第二の満州にするつもりなのか?」
「考えただけで頭が痛くなる……
この土地に産業を興すって、維新前からやり直すのと同じじゃねーか」
食堂で絶賛死体状態でぶつぶつと呟いている満鉄調査部の皆様。
竜州開発の為に必要な調査分析ができる人材と石原中将が引っ張ってきたらしい。
もっとも、裏話を教えてくれた瀬島少佐の話だと、彼らは軍の調査とは好ましくない調査結果を出してきて目をつけられていたとか。
島流しの体裁を取って彼らを逃がす事にしたとかなんとか。
現地に詳しい人間を用意して欲しいという彼らの注文で俺に白羽の矢が立ち、こうして一緒に食事をしている訳で。
飯を口にかき入れながらも仕事から離れないあたりさすが帝大エリート連中。
「あの三角州から当分は出る気は無いのだろ?
周辺に街を作ってのんびりすりゃいいじゃないか」
一から全てを興す事に投げやりになった調査部の一員が諦めの声をあげると、別の人間が人の悪い笑みを浮かべておどろおどろしい声をあげる。
「その為だけにあの石原さんが俺達をこんな場所にまで連れてくる訳ないだろうが。
総力研にいる知り合いがとても楽しい事を伝えてくれたぞ。
帝国はこの地に二千万の殖民を企み、今年末にも二十万人をこの地に送りつけるとか」
そのとてつもない爆弾発言に側で聞いていた俺すら顔色を変えたぐらいなのだから、調査部の面々の顔など死体よろしく真っ青になっている。
「正気か!
この国は!!
今、この地に二十万人の開拓団なんて送り込んでみろ!
大半が餓死するぞ!!」
「小作問題が絡んでいるんだよ!」
立ち上がった一人の調査員の嘆きを俺含めて誰も止められない。
「帝国はこの地の種族を新たなる奴隷として行使する腹なのさ。
実際あいつらが満州で開拓した畑を見たろ。
彼女達一人で、一村の小作民と同じ働きをしやがった。
小作農の失業、大規模農業への移行、現状の動員解除に伴う失業率の上昇。
この国は英米と戦争する前に、共産革命が起こりかねない状況に追い込まれつつあった訳だ」
自嘲の笑みを見せる彼に別の調査員が追い討ちをかける。
「だから、この竜州の地に流してそのまま遣い捨てる腹か。
現状だと、最初の二十万すら半分も残らんぞ。
二十万人だぞ。二十万人。
やつらを三百六十五日三食食わせるだけで二億食の食料を用意しないとならんのに、この産業革命前世界の何処にそんな食料生産余裕があるってんだ!!」
最後の方で語気を荒げてしまいテーブルをぶっ叩いた調査員が我に帰ると同時に、また別の調査員が冷酷に一言。
「正確には、二億千九百万食だな。
つまり、俺達はこのために呼ばれたという訳だ……」
そして皆一様に箸を置いて目の前に差し出された食事を眺める。
ご飯一膳、一杯の味噌汁、沢庵に焼き海苔、お茶が一杯。
これを、二億食用意するだと……
俺自身にとってはまったくもって人事だが、己の就いている役職が後方参謀というこの手の仕事もする役職である。
今にして、はっきりとこの手の処理をする人間がいて、そいつらがとても偉いという事を理解できた。
俺達がこうして食べている食事とて、この船に運ばれるまでに色々とあったに違いないのだから。
「博之ぃ一緒にご飯を食べるの……じゃ?
な、何じゃ?
このどんよりと淀んだ空気は!?」
いつものように突貫してきた撫子がドン引きするぐらい沈んだ空気がこの場を支配していたのだった。
「食い物か?
今までどおり、この街から買えばいいであろうが」
今までの話を聞いて、それが理解できない撫子は当然のようにそれを言ってのける。
よせばいいのに、撫子の隣に絶望しっぱなしの満鉄調査部の皆様の前でそれを言ってのける無謀っぷりに感服するばかり。
「撫子様。
現状においてすら、この街から買っている食糧では三角州の食料をまかなう事はできませぬ」
こういう時の撫子の相手ができるというのは心強い。
さすが帝大卒のエリート連中である。
「そうなのかっ!博之?」
「俺に振るなよ。俺に。
だが、彼らの言っている事は事実だぞ。
考えてみろ。お前が食べているおにぎりは米から作られているが、それを作る田んぼがあの三角州にあったか?」
じっと己の歯型がついたおにぎりを見つめてやっと理解したらしい。
おにぎりをおいてぽんと手を叩く。
その仕草がまた様になっているから困る。
「なるほど。
では、田んぼを作るのじゃ」
後で満鉄調査部の酒の席で聞いたが、
「ああ、マリー・アントワネットってああいう事を言ったから断頭台の露になったのだろうな」
と、漏らしたぐらいだからその殺気は押して知るべし。
まるでマリアナの馬鹿人魚のようだとは思っても言わない。どうせ伝わるから。
俺の思った事を読み取ったらしい。調査部の殺気にちょっと涙目でおとなしくおにぎりを食べ出した撫子が妙にかわいい。
で、馬鹿竜を仕事の殺気でねじ伏せた満鉄調査部の皆様は、馬鹿竜など相手にせずに己の仕事に戻る。
「屯田兵しかないだろ。
民間での殖民だと、作物が実る前に飢えちまう。
軍が機能していたら、とりあえずの衣食住は確保できるからな」
「いやでも竜州軍には拡大してもらわないと。
案外、石原さんそのあたりを読んで俺達を連れてきてないだろうな」
その一言に黙り込む一同。
満州事変の仕掛け人だけに、何をやらかすか分からない不気味さで背筋が寒くなる。
「食い物はどうする?」
「台湾や半島、満州から買うしかないだろうな。
既に、彼女達が生産に従事しているから、それぐらいの余剰分は用意できる。
その予算をどう引っ張ってくるかまでは知らんが俺達の仕事じゃない」
投げやりに言い放ちつつもいつの間にか食事を終えて、紙に今後の事を書いている辺りさすがというか仕事中毒というか。
ふと思った。
こいつら、この様だがもしかして楽しんでいるんじゃないだろうかと。
「問題は、この地から何をもって利益を還元するか」
「なんだっけ?
こっちの森で娘っ子達が飼っていた巨大蚕。
あれでも大規模生産してばら撒くか。
ほとんどただ同然に近い形で絹が作れるから運送費だけで済むぞ」
彼らが言っているのは、グウィネヴィアの森に生息していた芋虫の化け物の事で、野蚕らしく糸まで吐くのはいいのだが、その巨大さゆえ実に気持ち悪いあれである。
とはいえ、図体のでかさからそれ一匹で蚕千匹に匹敵する糸が取れるので、なんとか使えないかと真っ先に彼らに紹介されていたりする。
「労働力が最低で済むのであれば、こっちもプランテーション化を考えるか。
気候も考えんとならんが、茶・カカオ・コーヒー・綿……」
もう一人の呟きに、別の一人が嘆く。
彼らの仕事はそんな嘆きに満ちていた。
「これも軌道に乗るのを考えると十年仕事だな」
「来年の百円より、明日の十銭という所か。
どれこれもすぐそこにある帝国の経済危機に対処できないときてやがる」
帝国経済は戦争に突入しなかったがゆえに破綻の瀬戸際に迫っていた。
まぁ、戦争に突入したらしたで破綻確定なのだが、この首に縄がかかって足が微妙に地についている感覚がまた自覚できる者にとって拷問以外の何者でもない。
「運搬も考えんとならんだろうな。
こっちでも鉄道を引くか?」
「それは絶対条件だろうが。
物流インフラが整って初めて他の商売が考えられるのだからな。
満鉄ならぬ竜鉄か……」
ふっふっふと不気味な笑いをあげる調査員の皆様。
つんつんとおとなしかった撫子が俺をつつくが無視。
多分、
(こやつら楽しんでいるのじゃ)
いや、テレパスで伝えなくても分かるから。それ。
俺と撫子の呆れた視線などはなから存在しないかのように彼らは彼らの夢を語り続ける。
「本当に満州の夢もう一度だよな」
「石原さんが戻ってきたわけだ。
あの人の事だ。
向こうで邪魔された王道楽土をこの地で作るつもりなのだろうよ」
「違いない」
そして、急にため息をつく調査員の皆様。
夢と現実をしっかり分けて考えているあたりさすがというかなんというか。
「で、その金を何処から持ってくるかだが……」
現在、我が帝国は緊縮財政中。
これだけの開発資金をどう工面するかで頭を悩ましているのだった。
黒長耳族を担保にした開発公社の話もあるが、その金の殆どは内地の開発に当てられる予定である。
「黒長耳族と獣耳族の確保は絶対条件だ。
今居るカッパドキア共和国だけでなく、イシス王国やデロス諸島にも船を送るか?」
「そこまで船を出すともう西方世界の物流握った方が速くないか?
愛国丸ぐらいの貨客船十隻で、西方世界の物流は掌握できるぞ。今なら」
「その宝石よりも貴重な船は欧州大戦のおかげで、大忙しなのを知っていて言っているのだよな?
ここに送り込むより、インド洋や豪州行きの船の方が稼げるじゃないか」
笑ったり落ち込んだりと忙しい連中である。
まぁ、そんな現状だからイッソスにやってきた船は、海軍に徴用されたままの特設巡洋艦ばかりだったりする。
しかも、それも返せとの声がちらほらと。
「金を注ぎ込める理由が必要なのだよ。
この地での生産は、ほぼ我々がいた世界での生産費で考えるとゼロ同然だ。
金銀銅鉄……その他もろもろの資源をただ同然でかき集めて本土で精製。それを欧米に売るしかないだろうよ」
「と、なると鉱山開発からかよ。
捜索から始めて十年仕事になるだろうな。間違いなく」
「十年で済めばいいが」
そして、一同一斉にため息をつく。
「ふっふっふ。
心配するでない。皆の者」
「はい。とりあえず黙ってくれ。
彼らの仕事の邪魔するんじゃない。
ほら。あっちに行った行った」
とりあえず、立ち上がってえらそうなポーズを取って出番を待っていたらしい撫子は無駄に胸を揺らして誇りながら、魔法の言葉を口にした。
「おぬしらの苦労を取り除いてやろう。
博之から、原油という泥水が必要という事は知っておったので、あの地にあるかどうか調べておいたのじゃ」
一斉に集まる視線に、女王のような貫禄で笑う竜神様。
間違いなく、この瞬間の撫子は輝いていた。
「で、それは何処に?」
「ここじゃっ!!!」
撫子の指差した場所をまじまじと眺めて、まるで1929年ウォール街大暴落のように落ちてゆく撫子の株。
「な、なんじゃっ!!
どうして皆がっかりするのじゃっ!!!」
「いや……」
「だって……」
「なぁ……」
((その位置なら満州の油田開発するなり、イギリスやオランダから買ったほうが安くね?))
と、皆内心で突っ込むぐらい、この馬鹿竜が指した場所は竜州のど真ん中。
虚無の平原と呼ばれる、虫ども蠢く大地の奥深くだったのだから。
帝国の竜神様 068
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今回は事前の根回しもあって湾内に全艦停泊しているのだが、やはり珍しいのだろう。
港から見える人の波が聳え立つ巨艦に注がれているのが分かる。
「戦艦を持ってきて大正解じゃないか」
と、今頃近藤中将辺りが言ってそうな人気ぶりである。
この後、双方の事務方が打ち合わせをして式典などを執り行う予定だが、それに俺と撫子も参加しろというご命令になっている。
とはいえ、他にも仕事がある訳で。
「で、資源調査はどうなっている?」
「どうもこうも産業革命前だぞ。
この船の船倉一杯にしただけでこの街の資源を全て奪っちまう。
石原さんは本気で、竜州を第二の満州にするつもりなのか?」
「考えただけで頭が痛くなる……
この土地に産業を興すって、維新前からやり直すのと同じじゃねーか」
食堂で絶賛死体状態でぶつぶつと呟いている満鉄調査部の皆様。
竜州開発の為に必要な調査分析ができる人材と石原中将が引っ張ってきたらしい。
もっとも、裏話を教えてくれた瀬島少佐の話だと、彼らは軍の調査とは好ましくない調査結果を出してきて目をつけられていたとか。
島流しの体裁を取って彼らを逃がす事にしたとかなんとか。
現地に詳しい人間を用意して欲しいという彼らの注文で俺に白羽の矢が立ち、こうして一緒に食事をしている訳で。
飯を口にかき入れながらも仕事から離れないあたりさすが帝大エリート連中。
「あの三角州から当分は出る気は無いのだろ?
周辺に街を作ってのんびりすりゃいいじゃないか」
一から全てを興す事に投げやりになった調査部の一員が諦めの声をあげると、別の人間が人の悪い笑みを浮かべておどろおどろしい声をあげる。
「その為だけにあの石原さんが俺達をこんな場所にまで連れてくる訳ないだろうが。
総力研にいる知り合いがとても楽しい事を伝えてくれたぞ。
帝国はこの地に二千万の殖民を企み、今年末にも二十万人をこの地に送りつけるとか」
そのとてつもない爆弾発言に側で聞いていた俺すら顔色を変えたぐらいなのだから、調査部の面々の顔など死体よろしく真っ青になっている。
「正気か!
この国は!!
今、この地に二十万人の開拓団なんて送り込んでみろ!
大半が餓死するぞ!!」
「小作問題が絡んでいるんだよ!」
立ち上がった一人の調査員の嘆きを俺含めて誰も止められない。
「帝国はこの地の種族を新たなる奴隷として行使する腹なのさ。
実際あいつらが満州で開拓した畑を見たろ。
彼女達一人で、一村の小作民と同じ働きをしやがった。
小作農の失業、大規模農業への移行、現状の動員解除に伴う失業率の上昇。
この国は英米と戦争する前に、共産革命が起こりかねない状況に追い込まれつつあった訳だ」
自嘲の笑みを見せる彼に別の調査員が追い討ちをかける。
「だから、この竜州の地に流してそのまま遣い捨てる腹か。
現状だと、最初の二十万すら半分も残らんぞ。
二十万人だぞ。二十万人。
やつらを三百六十五日三食食わせるだけで二億食の食料を用意しないとならんのに、この産業革命前世界の何処にそんな食料生産余裕があるってんだ!!」
最後の方で語気を荒げてしまいテーブルをぶっ叩いた調査員が我に帰ると同時に、また別の調査員が冷酷に一言。
「正確には、二億千九百万食だな。
つまり、俺達はこのために呼ばれたという訳だ……」
そして皆一様に箸を置いて目の前に差し出された食事を眺める。
ご飯一膳、一杯の味噌汁、沢庵に焼き海苔、お茶が一杯。
これを、二億食用意するだと……
俺自身にとってはまったくもって人事だが、己の就いている役職が後方参謀というこの手の仕事もする役職である。
今にして、はっきりとこの手の処理をする人間がいて、そいつらがとても偉いという事を理解できた。
俺達がこうして食べている食事とて、この船に運ばれるまでに色々とあったに違いないのだから。
「博之ぃ一緒にご飯を食べるの……じゃ?
な、何じゃ?
このどんよりと淀んだ空気は!?」
いつものように突貫してきた撫子がドン引きするぐらい沈んだ空気がこの場を支配していたのだった。
「食い物か?
今までどおり、この街から買えばいいであろうが」
今までの話を聞いて、それが理解できない撫子は当然のようにそれを言ってのける。
よせばいいのに、撫子の隣に絶望しっぱなしの満鉄調査部の皆様の前でそれを言ってのける無謀っぷりに感服するばかり。
「撫子様。
現状においてすら、この街から買っている食糧では三角州の食料をまかなう事はできませぬ」
こういう時の撫子の相手ができるというのは心強い。
さすが帝大卒のエリート連中である。
「そうなのかっ!博之?」
「俺に振るなよ。俺に。
だが、彼らの言っている事は事実だぞ。
考えてみろ。お前が食べているおにぎりは米から作られているが、それを作る田んぼがあの三角州にあったか?」
じっと己の歯型がついたおにぎりを見つめてやっと理解したらしい。
おにぎりをおいてぽんと手を叩く。
その仕草がまた様になっているから困る。
「なるほど。
では、田んぼを作るのじゃ」
後で満鉄調査部の酒の席で聞いたが、
「ああ、マリー・アントワネットってああいう事を言ったから断頭台の露になったのだろうな」
と、漏らしたぐらいだからその殺気は押して知るべし。
まるでマリアナの馬鹿人魚のようだとは思っても言わない。どうせ伝わるから。
俺の思った事を読み取ったらしい。調査部の殺気にちょっと涙目でおとなしくおにぎりを食べ出した撫子が妙にかわいい。
で、馬鹿竜を仕事の殺気でねじ伏せた満鉄調査部の皆様は、馬鹿竜など相手にせずに己の仕事に戻る。
「屯田兵しかないだろ。
民間での殖民だと、作物が実る前に飢えちまう。
軍が機能していたら、とりあえずの衣食住は確保できるからな」
「いやでも竜州軍には拡大してもらわないと。
案外、石原さんそのあたりを読んで俺達を連れてきてないだろうな」
その一言に黙り込む一同。
満州事変の仕掛け人だけに、何をやらかすか分からない不気味さで背筋が寒くなる。
「食い物はどうする?」
「台湾や半島、満州から買うしかないだろうな。
既に、彼女達が生産に従事しているから、それぐらいの余剰分は用意できる。
その予算をどう引っ張ってくるかまでは知らんが俺達の仕事じゃない」
投げやりに言い放ちつつもいつの間にか食事を終えて、紙に今後の事を書いている辺りさすがというか仕事中毒というか。
ふと思った。
こいつら、この様だがもしかして楽しんでいるんじゃないだろうかと。
「問題は、この地から何をもって利益を還元するか」
「なんだっけ?
こっちの森で娘っ子達が飼っていた巨大蚕。
あれでも大規模生産してばら撒くか。
ほとんどただ同然に近い形で絹が作れるから運送費だけで済むぞ」
彼らが言っているのは、グウィネヴィアの森に生息していた芋虫の化け物の事で、野蚕らしく糸まで吐くのはいいのだが、その巨大さゆえ実に気持ち悪いあれである。
とはいえ、図体のでかさからそれ一匹で蚕千匹に匹敵する糸が取れるので、なんとか使えないかと真っ先に彼らに紹介されていたりする。
「労働力が最低で済むのであれば、こっちもプランテーション化を考えるか。
気候も考えんとならんが、茶・カカオ・コーヒー・綿……」
もう一人の呟きに、別の一人が嘆く。
彼らの仕事はそんな嘆きに満ちていた。
「これも軌道に乗るのを考えると十年仕事だな」
「来年の百円より、明日の十銭という所か。
どれこれもすぐそこにある帝国の経済危機に対処できないときてやがる」
帝国経済は戦争に突入しなかったがゆえに破綻の瀬戸際に迫っていた。
まぁ、戦争に突入したらしたで破綻確定なのだが、この首に縄がかかって足が微妙に地についている感覚がまた自覚できる者にとって拷問以外の何者でもない。
「運搬も考えんとならんだろうな。
こっちでも鉄道を引くか?」
「それは絶対条件だろうが。
物流インフラが整って初めて他の商売が考えられるのだからな。
満鉄ならぬ竜鉄か……」
ふっふっふと不気味な笑いをあげる調査員の皆様。
つんつんとおとなしかった撫子が俺をつつくが無視。
多分、
(こやつら楽しんでいるのじゃ)
いや、テレパスで伝えなくても分かるから。それ。
俺と撫子の呆れた視線などはなから存在しないかのように彼らは彼らの夢を語り続ける。
「本当に満州の夢もう一度だよな」
「石原さんが戻ってきたわけだ。
あの人の事だ。
向こうで邪魔された王道楽土をこの地で作るつもりなのだろうよ」
「違いない」
そして、急にため息をつく調査員の皆様。
夢と現実をしっかり分けて考えているあたりさすがというかなんというか。
「で、その金を何処から持ってくるかだが……」
現在、我が帝国は緊縮財政中。
これだけの開発資金をどう工面するかで頭を悩ましているのだった。
黒長耳族を担保にした開発公社の話もあるが、その金の殆どは内地の開発に当てられる予定である。
「黒長耳族と獣耳族の確保は絶対条件だ。
今居るカッパドキア共和国だけでなく、イシス王国やデロス諸島にも船を送るか?」
「そこまで船を出すともう西方世界の物流握った方が速くないか?
愛国丸ぐらいの貨客船十隻で、西方世界の物流は掌握できるぞ。今なら」
「その宝石よりも貴重な船は欧州大戦のおかげで、大忙しなのを知っていて言っているのだよな?
ここに送り込むより、インド洋や豪州行きの船の方が稼げるじゃないか」
笑ったり落ち込んだりと忙しい連中である。
まぁ、そんな現状だからイッソスにやってきた船は、海軍に徴用されたままの特設巡洋艦ばかりだったりする。
しかも、それも返せとの声がちらほらと。
「金を注ぎ込める理由が必要なのだよ。
この地での生産は、ほぼ我々がいた世界での生産費で考えるとゼロ同然だ。
金銀銅鉄……その他もろもろの資源をただ同然でかき集めて本土で精製。それを欧米に売るしかないだろうよ」
「と、なると鉱山開発からかよ。
捜索から始めて十年仕事になるだろうな。間違いなく」
「十年で済めばいいが」
そして、一同一斉にため息をつく。
「ふっふっふ。
心配するでない。皆の者」
「はい。とりあえず黙ってくれ。
彼らの仕事の邪魔するんじゃない。
ほら。あっちに行った行った」
とりあえず、立ち上がってえらそうなポーズを取って出番を待っていたらしい撫子は無駄に胸を揺らして誇りながら、魔法の言葉を口にした。
「おぬしらの苦労を取り除いてやろう。
博之から、原油という泥水が必要という事は知っておったので、あの地にあるかどうか調べておいたのじゃ」
一斉に集まる視線に、女王のような貫禄で笑う竜神様。
間違いなく、この瞬間の撫子は輝いていた。
「で、それは何処に?」
「ここじゃっ!!!」
撫子の指差した場所をまじまじと眺めて、まるで1929年ウォール街大暴落のように落ちてゆく撫子の株。
「な、なんじゃっ!!
どうして皆がっかりするのじゃっ!!!」
「いや……」
「だって……」
「なぁ……」
((その位置なら満州の油田開発するなり、イギリスやオランダから買ったほうが安くね?))
と、皆内心で突っ込むぐらい、この馬鹿竜が指した場所は竜州のど真ん中。
虚無の平原と呼ばれる、虫ども蠢く大地の奥深くだったのだから。
帝国の竜神様 068
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2010年10月14日(木) 23:35:09 Modified by nadesikononakanohito