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最初は本当に同情だったのかもしれない。
どうして、とか何故、だなんて考えてもどうすることも出来ないのに、私はいつもそれを考えてしまう。

「っは!んぁあ…あっ!」
「くっ!お、俺、もう…ヤバいっ!」

練習中のたった一瞬の事故が原因で、右肩を壊してソフトを続けられなくなったのは大学2年の夏だった。

「ひうっ!あんっ!!や…わたし、もうだめっ たかすくんっ、あぁっ」
「……っ、く、くしえだっ」

大学を中退して、かと言って家族に大声で夢を語って進学した手前、
大橋に帰るのも恥ずかしくてこの地で就職をして早2年以上。

「んっ…あぁ!はぁ…うあ…ああぁぁ」
「…く…うあっ」

高須くんとこんな関係を始めてしまってからも、それくらいが経つ。
背徳感でさえも消してしまう快感も相まってどんどんと深みに嵌まってしまい、抜け出すことが出来ない。
荒い息を少しづつ整えながら高須くんの腕を強く握る、背中に手を回す。
たった一瞬の温かさを求めて。
未来なんてあるわけはないのに、無くてもいい、
でも確かに今ここに温もりはあるのだ。
だからどうしてもやめることが出来なくなってしまう。

「っはぁっ……ねえ」
「…はぁ…な、んだ?」
「高須くん、好き……っ」
「んっ……」
「ちゅくっ…ちゅっ!…んうぅ。」

私はいつもこうやって一方的に想いを告げてすぐに彼の口を塞ぐ。
どんなに想いを告げても、それはいいことなんだけれど高須くんの心は変わるはずなはく、返事に困らせてしまうのが嫌だから。
そして随分と前にそう言った時、高須くんは何も言わずに困ったように私を見ていたのを見て、自分自身が酷く傷ついたからだ。

帰らないで欲しいとか、自分を好きになってもらいたいとか、
高須くんと付き合いたいとか結婚したいとか、そういうことを考えなかったと言ったら嘘になる。
だけど私はその言葉を一度も言ったことはなかった。
言ってしまったら、自分の中で取り返しのつかないことになることと、
あの頃の決意が全て偽りになってしまうことが怖かったから。
どんなことがあってもあの頃の信念だけは曲げてはならず、
大切なものを壊すのは二度としてはいけないと思ったから。

「櫛枝?寒くねえ?」
「ん?あー、ごめんよ、このアパート隙間風吹くんだ。心頭滅却で頑張ってくれい」
「いや、そうじゃなくて……おまえが。もうちょっとこっちに」
「………っ」

高須くんは同情とも愛情とも取れない不思議な態度で接してくれ、
私のつまらない話を聞いてくれて数時間だけだけど一緒にいてくれる。
最初は本当にただ話しているだけだったのだ。仕事の話大学の話、近況について、
昔のこと、どんな小さな話題も変に盛り上げて、笑って懐かしんで。
そうして気づけば雰囲気というか勢いというか、体を重ね合うようになっていた。
昔誰かがお互いの愛情がなくとも肉体関係は成立するのだと言っていたことがあったが、それは本当なのだと私は20代になって初めて知った。

いつか終わる関係でも、彼の心が誰に向いているかわかっていても、それでもいいと思う。
今、一緒に時を過ごせていることが幸せなのだ。
ただ月に2回、泰子さんに見つからないよう仕事時間を見計らい家を出て、わざわざ電車に乗ってここまで来てくれることがたまらなく嬉しいのだ。
実際には罪悪感と背徳感が9割9分を占めているわけで、頭ではわかっていても……というのは正しくこういうことなのだと思う。
こんな後ろめたい関係を中々やめようと、私が言いだしたくても言い出せないのは
残りの1%のわずかな幸せを感じてしまう自分が、邪魔をするから。


「じゃあね」
「…おう」

始発電車が動き始めるころ、高須くんはまだ薄暗い空の下帰って行く。
本音を言ってしまうとこの時が寂しい。
高須くんはもうここには来ないのではないかと思うと、それが本当は一番いいことなのに不安で不安で苦しくなり、
言ってはいけないことくらいわかっている。そんなことはわかってる。
だけどどうしても、
「……また、ね」
私はいつもこの言葉を彼に言ってしまい、その瞬間ひどく後悔をするのだ。

「……お、う」
高須くんは困ったように前髪をいじりながらいつもそう答えてくれる。
いっそ聞こえていない振りをして無視をしてくれて構わないのに。
答えてくれなければいいのにと思いながら、心のどこかでその答えに安堵を覚えている自分がいるのも、隠しようのない事実であった。
去っていく高須くんの背中を見ながら、今追いかけてその腕を掴んだらどうなるだろうかとか、
後ろから抱きついて帰らないで欲しいと願ったらどうなるかとか、たまに考えて、止める。
もちろん実行したことなど一度もない。
どうにもならないことはわかりきっているし、どうにかなってしまったときはそれはそれで本当に困る。

「………くっ…ひぅっ」
彼がいなくなったまだ薄暗い部屋で一人、私は薄い手のひらで顔を覆い泣くのだ。
一人になった寂しさか、友人に対する罪悪感か。涙の理由はわからない。
でも悲しくて悲しくて仕方なくて……仕方ないのだ。
いつだって私は、この涙を覆い隠すことしか出来ない小さな手のひらが大っ嫌いだった。
だけどいつかはこの小さな手でも、夢を、自分の幸せを掴もうと思っていたのだ。

その頑張りを信じてくれているだけで十分だったのに。
どうしてこんなことになってしまったのだろう。
いつから自分はこんなにも弱く――いや、強がることを止めてしまったのだろう。


大河は高2の冬から実家……お母さんの元で暮らしていて、今はそこから大学に通っている。
大河と高須くんは今年大学を卒業したら同棲を始め、結婚するそうだ。
そう話してくれた高須くんの顔を見たとき、悲しくもあり、だけど自分の中で安心の方が勝っていた気がした。
高須くんは大河が好き。絶対にそう、それだけは誰の異論も認めない。

止められない関係といえども、私は以前からデッドラインを設けていた。
それはどんなに続けても、大河と高須くんが結婚をするまで、そう、決めていた。
ばれなければいいなんて邪な考えをするわけではないけれど、
ばれてしまう前に終わらせなくてはいけない。
仮に見つからなくても、大河がどこか怪しみ不安がりだしたらその時点でもう私は大河を不幸にさせてしまっているわけだから。
今はさせていないのか、と訊かれれば決して首を縦に振ることは出来ないわけだけど。
そして今は3月の第一金曜日。
終わりはすぐ傍まで来ていた。


一緒に居たい、ずっと傍に居てほしい。
そう思ってしまうのは、私にはもう何もないという後ろ向きな考えからだけではない。
本当に好きなのだ。高須竜児のことが、大好きなのだ。
月に2回の逢瀬に心を踊らせ、それが許されるのものではないことに憂鬱になり、自分でも馬鹿だなぁと思う。
そしてその関係すら終えてしまうことに戦慄にも似た悲しみを覚えていることも、やっぱり馬鹿だなぁと思うのだ。

でも私はそれでいいと思う。
本来ならば決して手に入らない、見えていたものとは違う幸せのカタチを一瞬だけでも見ることが出来たから。
それ以上の悲しさを味わうことは目に見えて分かっているけれど、それもなんだか受け入れられる気がした。
大河と高須くんはお互いが大切で、私も二人のことが大好きだから。


次に高須くんが来たら、この関係を終わらせようと思う。
最後の強がりを、彼に見せてやろうと思う。
それだけは、ずっと前から決めていたことだから。

ぼやけた視界で弥生の月は今にも消えてしまいそうで、しかし優しく部屋の中の私を照らしていた。
日はもうすぐ昇る、今はその眩しさがひたすらに辛い。  

***

誰だって事が起きてから気づかされるのもで、こんなことになるなんて予想も出来なかった、と言うだろう。
先程まで寝まいと喋り通していた櫛枝だけど、どうやら完全に寝入ってしまったようだ。
薄い上唇も、柔らかそうで健康的に染まった頬も、高校時代からほとんど変わっていないどこか幼げな顔。
彼女は小さな寝息を立てながら、無意識的に布団の中で俺の手を掴んでいた。
持前の握力は大して使っていないようで決して強い力ではないけれど、しかし弱くてもしっかりと俺の手を握って離そうとはしない。
それが無意識であるから尚、俺は櫛枝の手を拒むことが出来なかった。


きっかけは大学2年の冬に行われた2Cの同窓会だった。
団結力は衰えを見せず多くの元クラスメイトが集まり、随分と楽しかったのを覚えているのだが。
そこで俺は久しぶりにあった櫛枝の様子がどうも変なのに気付いてしまった。
相変わらずのテンションで、ノリで、ギャグセンスで、大河も川嶋も北村も、
その他同級生は誰も気付いていなかったのかもしれないが、俺は言葉に出来ない違和感を覚えたのだ。

それが確信に変わったのは、櫛枝がふざけて春田に絡み、奴を投げ飛ばそうとしたときだった。
右手を大きく上げたとき、一瞬だが櫛枝が顔を歪めた気がした。
それでバランスを崩した櫛枝は春田を巻き込み倒れ、いやー、体格差があり過ぎたわ、なんて笑って、
春田は相変わらずのアホ全開で怒り、バカとアホがやっちゃったよ、
なんて周りはふざけてその場は和やかそのものだった。
同窓会が終わって暫く経って、俺はその時の櫛枝の様子がどうも気になって、教えて貰っていた住所に尋ねて行ったのだ。
友達が何かあって困っているなら助けてあげたい、そのくらいの軽い気持ちだったのだが、それが全ての始まりだった。

櫛枝は器用な奴だけど、肝心なところで不器用だと思う。
訪ねて行った俺を見ると驚き、何かあったのかと訊くと尋常じゃないほどきょどり出して、しばらくはずっと誤魔化していたが、珍しく根負けして教えてくれた。


その年の夏、櫛枝はソフトを止めたという。
正確には止めざるを得なかったと言うべきか。
俺だけには絶対に知られたくなかったと言った櫛枝に、俺は何と言っていいのかわからず掛ける言葉を失った。

夢を追いかけていて頑張れなくなってしまう奴は五万といる。
本当に夢を掴むのは実はごく少数だ。
そんなことは分かっていたけど。
だけど痛いほどに真っ直ぐに夢を目指す彼女なら、いつか掴んでしまうのではないかと信じて止まなかった。
その姿はいつだって眩しく輝いていて、自分たちの救いに、道しるべになるものだと思って止まなかったのだ。

最初は後ろめたい気持ちを抑えつつも、元気づけるつもりで通い出した。
しかしあまりにその関係が深くなってしまったから俺はいつも止めようと思い、それを切り出すつもりで彼女の家に行くのだが、
俺を迎い入れる櫛枝の表情があまりに安堵に満ちていて、言い出せなくなってしまうのだ。

そうして俺たちがこんなことを繰り返して2年が経つ。
おまえは何をしているんだと、いっそ誰かに殴ってもらった方が幸せだったのかもしれない。

俺は大河が好きだ。
こんなことをしていて随分と説得力がないのだが、それは本当だ。
大学を卒業した秋には結婚も決めている。
だから大河を裏切るようなことは絶対に出来ないし、やらない、そう決めていた。
櫛枝は俺のことが好きだと、会う時にいつも一回だけ言う。
そしてその言葉に俺が頷けないのを知っていて、すぐに俺の口を塞ぐ。
多分櫛枝は未来を求めているわけではないのだと思う、だから俺は余計に止めようと言いだせなくて、
情けなくも時間だけが経ってしまった。

でもこんな関係も今日で最後なのだ。
もう終わりにしようと櫛枝が言い出したのは数時間前。
俺は今日彼女がそう言いだすことを実は少し分かっていて、その言葉にうなずいた。
もうすぐ始発電車が動き始めるころだ。行かなくてはいけない。
隣の櫛枝の肩を軽くゆすり起こす。


「じゃあね」
「…おう」

櫛枝は笑っているつもりなのだろうか、それでも泣きだしてしまいそうな笑顔で、
いつもどこか躊躇いながら
「……また、ね」と呟く。
高校時代いつでも見ていたあの太陽のような笑顔とは別の、言葉では表しようもない切ない笑顔。
俺はその言葉に答えるべきではないとわかりつつも、頷いてしまうのだ。
でも、またね、という櫛枝の言葉を聞いてどこか言葉に出来ない嬉しさと安堵感を抱いている俺もいた。
そんな矛盾が生じてまうのは恐らく、櫛枝が俺の初恋の相手だから。
愛情とも同情とも取れない半端な態度をとってしまったのは、今の俺と昔の俺が一時的に混ざり合ってしまっていたから。


でも今日は一度だけ俯いて顔を上げ、いつもとはどこか違う笑顔でもう一度だけじゃあね、と櫛枝は言った。
これが俺達の本当の終わりなんだと思う。
櫛枝はもうまたね、とは言わない。
それが彼女なりの決意なんだと思う。
だから俺はそんな彼女の決意に答えるように、また俺自身何かを決意するように一度だけおう、と返した。

「………」
大橋駅は随分と人で賑わっていて、そこにはいつも通りの日常があった。
大学の卒業式も終わり、もうすぐ大河と同棲を始める。
多分そうやって新しい幸せに包まれ始めたら、
俺は今日までのことを少しずつ記憶の奥底に隠していくのだと思う。


気づけば朝日が差し始め、西の方でうっすらと輝く月はもう消えてしまいそうだった。
今も宇宙のどこかで、月は太陽に照らされているのだ。
ふと思う、全てを照らす太陽は、何に照らされているのだろうかと。





私たちは……俺たちは
『どこで間違ってしまったのだろう』

END
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