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「無題」4ZLQ6pU3

黄昏。

「はぁ…」

二十九歳にして独身なる恋ヶ窪ゆりは、自分だけのアパートの、一人ぽっちの部屋で、机の上に伏せて悩んでいた。
傍らにある時計がチクチクと規律的に響いて、過ぎていく静寂を一刻また一刻と数えているが、その規律は彼女の波
乱している心には届かなかった。

「はあああぁぁぁ…」

彼女はまた嘆いた。彼女は何故嘆くか。彼女は何故、こうして悩んでいるのだろうか。そんな答えこそ幾つかある。

高須竜児が作ったメシが美味しい、と。
高須竜児が彼女の教え子だ、と。
高須竜児の年齢は彼女の半分しかない、と。
高須竜児の母親でも、彼女とは三つしか年が離れていない、と。

──明日が彼女の三十歳の誕生日だというのも原因だが、それはさて置く。要するに、彼女は恋をしているのだ。

ある日、ゆりは近所の川で、あるモノを拾ってしまった。それは物凄く醜い小動物だった。その動物を良く観察していな
ければ、誰もソレの翼とくぢはしに気づくこともなく、それが鳥だったことを気づかなかったのだろう。そして、かつて発見さ
れたこともない珍奇な品種じゃなかったとすれば、もしかしたらソレがインコだったかもしれない。何より、一応喋られるら
しい。

インコの二つの目は焦点を共有できず、くぢはしから唾液をたれて、いかにも低能そう見えた。それにもかかわらず、ゆり
はこの面相から凄まじいほどの親近感を感じ取った。何故だろう、この小さいインコは何もしていないのに、それでもゆり
の心の壁をあっさりとつらぬき、その向こうにいる秘めた感情を暴露させた。

何故もどうしてもない。これは出逢いというものなのである。

「はあ…もうすぐ三十年目なのね。」

「は、は、は…はね?」

「残りの時間を楽しめ、羽はずしていこう、と?お気遣いありがとう。でもね、分かるの。私にはもう『青春』という概念す
ら許されていないの。」

「わ、わ…わか…わか、い?」

「貴方、優しいね。ああ、私はもう若くないけど、大丈夫よ。すごく泣きたいけど、大丈夫、大丈夫よ…」

ゆりは嗚咽して「大丈夫よ」と言って、不器用にも涙を流しはじめた。

インコの「話」なんて、模倣としても極めて中途半端で、ちっとも文章になれはしない。しかし、落ち込んでいるゆりには
、その一つ一つの言葉らしきモノが、どれも暖かく、確実に彼女の心の奥に凍りついた悲しみを溶けてゆく。ここで誰か
第三者がそんなゆりを見ていれば、恐らく「こいつアホか」としか思えないのだろう。どんな風に観察しても、「そのインコと
女の人の間には、言葉の交流なんてありえない」としか結論できないんだろう。

でも、そんなことは、ゆりにとってはどうでもよかった。ゆりは、このインコのことを愛しちゃっている。愛があれば盲目にもな
れる。愛しているからこそ、ゆりはインコを信じて、インコを愛する自分も全身全霊で信じられる。

ある意味、彼女らは激しく似合っている。普通の人間はそんな風にインコから慰めを求めることはない。その上、フツー
のインコもそんな風に一人の人間に好かれることも、まったくありえない。

もしかしたら、ゆりとそのインコは、お互いにとっての「ただ一つ」の存在だったのだろう。だが、こうも早く来ていた恋は、惜
しくも開花する前に夭折した。二つの気持ちだけで作れあげた、その小さなラブラブ世界は、ゆりの右の肩に重くたたか
れた力によって、粉々にされた。

ゆりは驚いて、後ろに振り向いた。彼女はただ、誰かの目を視認してきた。その二つの瞳は邪悪そのものだった。恐怖
は一瞬、彼女の脳に千百の考えを巡らせた。

「色魔?強盗?ヤクザ?私、売られちゃうの?三十路にもなって結婚できない私に、売られる価値あるの?」

「逃げるの?逃げられるの?逃げたら、この子はどうするの?人質にとられるの?食べられるの?私にかわって売られち
ゃうの?」

「…だめ!私は逃げない!なんとしてでも、私はこの子を守る!」

そんな危険の中でも、ゆりはインコのことを考えていた。彼女はインコとめぐり合って、短い間に会話をしているうちに、心
を通っていた(と彼女が思い込んでいる)。彼女はその先のことにも、密かに甘い幻想を抱いていたのだが、今ここでそ
の幻想がこんな形で破られるとは、ゆりは思もしなかった。

ゆりは自分の砕けたガラスハートを抱く形で、インコを胸元に抱え込んだ。そうしてしばらく経つと、前に立ちふさがってい
る邪の塊はようやく──話をかけた。

「あの、ゆりちゃん先生。それはうちのインコなんです。」

彼の声は意外にも穏やかなものだった。ゆりは驚きのあまりに目を開けて見たら、その「悪人」と思い込んだ人は、彼
女が担任しているクラスの高須竜児であった。悪人に見えるが、実は信頼できる人間だった。ゆりは安心して、その身
体も緊張から開放され、地上に倒れ込んでた。

そして、竜児はそのインコを、彼の家にいる「インコちゃん」という「家族」だと紹介した。

「先生にインコちゃんを返してもらいたいんです。」

インコちゃんはペットではなく、家族なのだから、と。もっともな理由だが、ゆりはインコちゃんを譲る気がなかった。なにせ
、ゆりはインコちゃんと添い遂げたかった。ふざけたことだと思っていた竜児だが、そんなゆりはどうも理屈には動かされな
い。最後に竜児の母親である泰子が説得に加わって、結局争いは延長になって、ゆりを高須家での晩御飯に誘うこ
とになった。

晩御飯のとき、ゆりはおかずを噛みつつ、恐る恐る竜児の横顔を窺っていた。彼女はもともとインコちゃんのことを気に
していたが、いつの間にかそうではなくなって、単なる個人的な興味で竜児を見つめていた。

晩御飯のあと、ゆりと高須家のインコちゃん争奪戦が再開した。高須家はインコちゃんをゆりの奪還に成功したが、竜
児はゆりの寂しさを分かってあげた。ゆりがどんな理不尽なことを言っても、竜児はそれを優しく受け止めて、逆にゆり
を慰めていた。

ゆりが高須家を出た時に、空から雨を降っていた。竜児は傘をもって、ゆりを家まで送ると提案した。二人は小さな
傘の中に身体をくっつけていて、ゆりは雨はささやかな寒気で、竜児からの体温をより暖かく感じていた。

………

これらの事情はゆりの中ではかなり鮮明なものであって、まるで昨日(さくじつ)の出来事でもあったようだ。そう、それ
は確かに昨日(きのう)の出来事だった。これは冗談でもギャグでもない。高須竜児には、半日もしない内にゆりの
心を速攻で落とせるほどの条件こそあった。

高須竜児という男子について語ろう。彼の容姿は、不細工ではなく、寧ろ時々「カッコいい」と思われるようなものだが
、凶悪な強面ではある。法廷では、無罪推定なぞ空気に等しく 、彼は出廷しただけで、原告席にいても有罪と判
決されかねない。銀行に入れば、大人しく列に並んでいるうちに、国家公権力にサイレンを伴って疾風の如く介入さ
れるだろう。

だが、彼の担任──恋ヶ窪ゆりは、知っている。

その殺人鬼のような目の背後にいるのは、温厚な人格であったことを。彼は勤勉に心優しい少年であって、精神的に
も成熟している。家では、仕事で多忙な、唯一の親である母の代わりに家事全般を担いている。学校では成績優
秀で、操行もよく、クラスの掃除には特に熱心で、教師にとっては大変ありがたい優等生でもあった。

そう、ゆりは彼の強面に意識しつつ、彼の「いいとこ」も沢山知っている。

不良に見える人間が捨て犬に優しくしたら、その優しさは何倍も誇大される。その故、ゆりは元々彼に対して大きな
好感を抱いていた。そして昨夜の突然な出来事によって、そんな好感は一気に恋心に変わってしまった。今に至って、
ゆりの頭の中は、すでに「高須くん素敵」という単純かつ簡単で馬鹿馬鹿しい表現に満たされている。

だが、しかし、この恋は決して祝福されるようなものではない。竜児は彼女の教え子で、年は十六才か十七才しかな
い。それに、彼女が竜児に惚れた瞬間は、インコちゃんを裏切る瞬間でもあった。つまり、彼女は最愛の存在を裏切
った。もしも彼女は竜児と結ばれたとしたら、彼女は永遠にその罪から抜け出せることが出来ないまま、何時までもそ
れに束縛されるのだろう。

故に、彼女は一日を悩んで過ごせた。しかし、一日の思案のお陰で、彼女はようやく決心をつけた。

「彼の家に行こう。」

………

ゆりは竜児の家の前に立って、チャイムを鳴らした。彼女の心はドクンドクンと激しく鼓動し、竜児が出るときの対応を
計っていた。

少しの間をしたら、門は開けた。一筋の黄色の光が開いた門の隙間から零れ、膨らんで、ゆりの身体を覆いかぶさった。

「あれ〜?先生、いらっしゃい!ちょうどご飯できてるから、上がってまでって〜」

出迎えたのは竜児ではなく、泰子だった。泰子はその一言だけ残して、「竜児〜お客さんきたよーん」と叫んだら、バタ
バタと可愛らしい小走りで家の中に行ってた。ゆりはほっとしたと同時に僅かながらものの失望も覚え、力なく「お邪魔し
ます」と挨拶して、高須家に入った。

晩御飯の後間もなく、泰子はゆり、竜児とインコちゃんを家に残して、仕事に出かけた。

竜児がキッチンで皿を洗っている間に、居間にいるゆりはインコちゃんの籠の前に跪いていた。彼女はインコの目線に心
を触られないよう、頭を下げた。インコちゃんは何時ものアホ面でいて、ゆりの顔を見ているかどうかも分からない。だが
、ゆりには確信があった。インコちゃんはきっと、彼女に注目して、答えを待っていたのだ。

ゆりは竜児の家に来て、竜児の顔を見て、その心の優しさに触れて、口の中のご飯の残り香も味わった。答えはすで
に決まってる。ゆりは深呼吸して勇気をかき集まって、ゆっくり頭を上げて言った。

「インコちゃん……ごめんなさい。」

ゆりの心はもう戻らない。だから、彼女はこの三角関係を終わらせなくてはならない。

「インコちゃん、私ね、貴方が好きだったの。でも、今の私には高須くんがいる。 インコちゃん、私は貴方から離れなけ
ればならないの。」

彼女は籠を開けて、インコちゃんをそこから出させて、抱いた。その目には愛情が溢れてた。

「インコちゃん、私は貴方を縛りたくないの。インコちゃん、貴方は素敵よ。きっと、世界のどこかでまた幸せを捕まえるわ
。」

彼女は未練がましく、何を話しても必ず「インコちゃん」という名前を呼ぶ。呼ぶたびに涙を流すほど心が痛めても、彼
女は「インコちゃん」を呼ばすにいられなかった。

「インコちゃん、さようなら。」

ゆりは窓を開けて、インコちゃんを抱き上げ、ソレを解放しようとする。

「さ、さ、さ…さらば!」

目の前の自由に、インコちゃんはあまりにも愉快そうにはしゃいでた。しかも珍しく正しい言葉を言った。

「インコちゃん…!」

でも、ゆりにはそれが悲しみの叫びにしか聞こえなかった。彼女は愛らしそうにインコちゃんの羽を梳き、餞別をして、両
手の拘束を少しずつ解き、インコちゃんを空に返した。一粒の涙が彼女の頬に滑り、流れ星のようにインコちゃんの旅
に祝福を捧げた。

「せ、せせせ先生!インコちゃんはどうしちゃったんですか!?」

……インコちゃんの叫び声は竜児をキッチンから引き出せた。ゆりは一つ肝心なひとを忘れている──インコちゃんは彼
女の私有物ではない。竜児は籠を見て、その周りに散らした羽根に気づいて、その場にしばらく唖然とした。

「高須くん…私はご飯を食べに来たわけじゃないの。ううん、私はご飯だけを食べるつもりはないわ。」

インコちゃんの姿はもう大橋の夜色に飲み込まれた。それに伴って、ゆりの心も解放され、なにかの束縛から抜け出し
た。彼女の精神は広い平原に、「師と生」や「年の差」などの世間の倫理など置いて、奔放のまま走っていた。

「なっ、なに!?そんなのインコちゃんに何の関係があるんですか!?結局インコちゃんを奪いたいんですか!?いや…
もしかして食べましたか!?ヤンデレですか!?」

竜児はパニックしている。ゆりの不可解なセリフが、竜児の理性を奈良の底まで追いつめている。彼は「警察を呼ぶ」と
いうのも心の中で立案していたか、その容姿で連れ去れるのは自分自身だと分かって諦めた。そんな絶望の中、彼に
はゆりの次のワケの分からない言葉を待つしかなかった。

「いいえ、私はインコちゃんを、ここから出したわ。インコちゃんには悪いけど…私はね、高須くんを、愛している。」

ゆりは愛の告白を言った。そして、彼女は竜児に抱きつき、壁まで押して、唇で竜児の口を封じた。竜児の喉には何
千も愚痴の言葉が詰めたが、ゆりはその巧い舌技で、それらの出すことを許さなかった。

未知への恐怖。目の前の不思議への戸惑い。竜児は呼吸を忘れている。

事態はもう竜児──否、マトモな人間の理解力を遥かに超えている。

何時間ものの体感時間のあと、ゆりはようやく唇を離して、至近距離で竜児の両目を見ていた。竜児は、やっと呼吸
を取り戻した。彼の目は相変わらず凶悪で、氷の槍をゆりの顔へと放つ。だが、そんな氷の槍もゆりの赤く染めた灼熱
な頬に触れて、あっさりと溶かされていた。

「高須君……ううん、竜児、竜くん。貴方は何も言わなくていい。先生には分かるの。私たちの体温だけで話し合えば
いいの。」

竜児はとある手乗りタイガに、「生と死の挟間」というものを何度も見せられた。彼は経験して 、体感して、分かって
いた。「アレは獣の目だ」と、彼の直感がオーバーヒートして告げた。そして、逃げることは不可能だということにも、彼は
悟っていた。

その時、竜児はやってゆりの頬にある涙の跡を気づいていた。だが、彼は「愛おしい」などと微塵も考えていなかった。な
ぜなら、この場合で一番泣きたくなるのは彼のはずだった。泣く権利さえ目の前の加害者に横取られ、彼はさらなる
絶望を食わされていた。

「ベッドに行こう。怖がらなくていいよ。先生が教えるあ、げ、る。フフ」

………

深夜、高須家。

部屋のシングルベッドがギシギシと猛烈に揺れ、周囲の熱く熱いドロドロな時空をかき、時計の時針をゆっくりと十二時
に回す。恋ヶ窪ゆり(30)は最高の誕生日プレゼントを受け取った。

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