web上で拾ったテキストをこそっと見られるようにする俺得Wiki

×××ドラ!1 174 ◆TNwhNl8TZY sage 2009/01/24(土) 19:42:50 ID:FGVTGUEy


「うふ・・・・・・うふふふふふっふふふふふふ・・・・・・・・・・」

今朝見てみると、インコちゃんが卵を産んでた。
ここ最近やたらお腹が大きかったから不思議に思ってたけど、まさか産卵するとは考えても見なかった。初めてのことだし。
普通は複数個を一日おきに産卵するそうだから、明日になったらまた産むかもしれない。
1羽飼いだから当然無精卵だけど、篭の中でずっと「うふふふふ・・・」って鳴きながら
孵らない卵を温めているインコちゃんを見てると、なんだか可哀想になってくる。

「うふふ・・・こ、こここれっはりゅ・・・っりゅりゅうちゃんんと、い〜いん・・・い、いんっぽちゃんの・・・」

学校から帰ってきてもずっとこの調子だ。
・・・いつかは離さないといけないけど・・・もうしばらくは抱卵させてあげるか。
インコちゃんをそっとしておこうと決めて、いつもより早めに仕事に出かけた泰子の分を除いた晩飯の支度をしていると
玄関が吹っ飛ばされるような勢いで開けられた。
驚いて目を向けると、大河が肩で息をしながら靴を脱いでいる。走ってきたのか? ・・・なんで?

「お、おい、大河? どうしたんだ? 飯なら今作ってるとこだから、そんなに慌てなくても」

「・・・・・・・・・」

声をかける俺を無視して、大河はズカズカと家の中に入ってくる。
居間に入ると、何故か大河はインコちゃんの篭の前で動きを止めた。
無言でガチャガチャ篭の中に手を突っ込んでいた大河が、中からインコちゃんの卵を取って窓を開けて・・・

「そぉいっ!」

クシャ・・・

ぶん投げられたインコちゃんの卵は、大河のマンションの壁に当たって割れた・・・


「×××ドラ!」


「・・・? ・・・・・・──────っ! ───! ────────!!」

・・・卵が無くなった事に気付いて、周りを見渡して探していたインコちゃんがついさっきまで卵だった物を見つけたらしい。
正直鳥の目であれがちゃんと見えてるのか? とか、壁にぶちまけられてる物が何なのか理解できてるのか?
と思わないでもないが、実際インコちゃんは窓の外・・・無残にも大河に投げられて割れてしまった卵の辺りの壁を見ながら
今まで聞いたことも無いような鳴き声を上げて篭の中で暴れてる・・・あぁ、また羽が抜け落ちて・・・
大河の方を見ると、「ふーっ・・・」とか言いながら汗を拭ってやがる・・・

「・・・大河、お前なんて事を・・・あれはインコちゃんが初めて産んだ、記念の卵だったんだぞ・・・」

「ちょっと興奮してたのよ・・・そんなどうでもいいことよりも・・・」

「ひひひどぃい・・・んこ、んこ・・・うんこちゃんとりゅうっちゃんの・・・・・・」

ひでぇ・・・あんまりな大河の物言いに、インコちゃんなんてあの大きなおめめと同じ幅した涙を滝のように流してる。

「りゅ、竜児・・・・・・これ・・・」

「・・・なんだこれ? 体温計か?」

インコちゃんの卵を投げたのとは反対の腕、ずっと握りっぱなしだった手から大河が何かを渡してくる。
白い棒状の物で、真ん中辺りに小窓が付いてる。パッと見だと体温計にしか見えない。

「・・・体温計じゃないわよ・・・真ん中に数字じゃなくて線が1本入ってるでしょ?」

「あ、本当だ・・・なんだこれ?」

大河の言う通り、体温計だと思った物には確かに真ん中の小窓に黒い線がクッキリ映ってる。
それに先端が・・・紙でできてるのか、これは。
体温計とは別物だってことは分かったけど、それでこれが何なのか・・・
あれ? けどこの形やら浮き上がってる線やら・・・どっかで・・・

「も、もう・・・ホントに分かんないの・・・? ・・・それね・・・それ・・・」

テレビなんかでたまに見るような気が・・・けど女の子しか使わないような・・・


「・・・・・・妊娠検査薬なの・・・・・・」


あ、そうだ妊娠検査薬だ。どっかで見たと思ったらドラマやニュースなんかで見たことあったっけ。
大河が聞き取りづらいくらい小さな声で教えてくれてようやくこれが何なのか分かった。
・・・妊娠検査薬か・・・こんなにマジマジと見たのは初めてだな・・・ちょっと気恥ずかしいけど感慨深いものがあるな、男の俺からすると。

「へ〜・・・どうしたんだ? これ・・・妊娠検査薬なんて・・・・・・妊娠検査薬ぅ!?」

改めて手の中の物体を凝視する。
妊娠検査薬って・・・妊娠!? 大河が!? ・・・妊娠!? 大河がか!? なんで!? 今日だって普通に授業受けてただろ!
疑問が解けた事によって、なんでこんな物を大河が持ってきたのかという新たな疑問に混乱しまくる俺。

「あ、あの・・・こないだね、電車で5〜6っこ離れた町の薬局で・・・だって、この辺だと誰かに買うとこ見られるかもしれないし・・・」

大河は俺の言ったことを意味を勘違いして取ってしまい、購入した場所の事を聞かれたと思ったらしい。
そりゃあ近所で買ってクラスの誰かにでも見られたらお終いだろう。
主に大河を発見したクラスの誰かが。
顔を赤くした大河が「恥ずかしかったんだから・・・」って呟きながら涙目になっている・・・相当恥ずかしかったんだな・・・
きっと現場を押さえられていたら恥ずかしさで泣きながら大暴れして、見つけた奴をボッコボコにしていた事だろう。
容易に想像がつく。
おまけに何故か頭の中では春田がその役に納まっている・・・こっちを見るな、俺のせいじゃ・・・
妙に生々しい想像に思わず汗が出たことで、ようやく我に返った。

「・・・そ、そうじゃなくってだな、なんでこんな・・・妊娠してるかどうかを調べて・・・」

「・・・一月半も来ないのよ・・・? ・・・前は不規則だったけど、竜児と会ってからは毎月ちゃんと来てたのに・・・・・・」

なんで頬を染める・・・そこはもうちょっと別の反応をするんじゃないのか、普通。

「竜児が私のために作ってくれたご飯お腹いっぱい食べて、掃除してくれた部屋でグッスリ寝るようになってから
 不思議と今までマチマチだったのが決まった日に来るようになって・・・」

「大河・・・」

それはただ単に、それまでの生活習慣が酷すぎたからだろう。
あんな埃とゴミだらけの部屋で、栄養の偏りそうな出来合いの物ばっかり食って、十分に睡眠もとれなかったら
絶対に体調崩すに決まってんだろ。
バランスの良い食事を摂って、清潔な部屋でしっかり寝てさえすれば改善できただけのことであって、
なんら不思議なことなんてない。
現に俺が大河と知り合った頃、いっつもクシャミしてたからあの時点でもかなり危なかったはずだ。
だけど、今ではそんな面影なんて全然残っていない。

・・・俺と大河が別々のクラスだったり、大河が俺のカバンに間違えて北村へのラブレターを入れなければ、
いくら家が隣同士だったとしてもここまでの関係を築くことができたかどうか分からない。
もし同じ高校の同級生程度の関係だったら、今だに大河はそんな生活を続けて・・・

「・・・竜児のおかげよ・・・竜児の、あ・・・愛の力っていうか・・・」

「そんなこと気にすん・・・今なんて言った」

考え事をしている俺に向かって大河が放った一言は、暗くなりかけていた俺の思考を吹き飛ばすには十分な威力を持っていた。
・・・言うに事欠いて愛の力ってお前・・・
大河は顔を隠すように俯いて・・・髪の間から見える部分をみるみる赤くしながら・・・蚊の鳴くような声でボソボソ喋っている。

「も、もう・・・恥ずかしいんだから何度も言わせるんじゃないわよ・・・今度はちゃんと聞いてなさいよ?」

ちゃんと聞いてたつもりだから確かめてんだよ、聞き間違いじゃないかどうかを・・・って

「・・・りゅ、竜児のね、あ・・・あ、愛の力でね・・・私の、その、あの・・・」

「た、大河!! 言いたい事は分かった! もういいから!」

「そう? ・・・竜児、今度はちゃんと聞こえたでしょ?」

「あ、あぁ・・・そんな間近で言わなくても、ちゃんと聞こえてるって・・・だから離れろよ」

こいつ、いきなり飛びついてきと思ったら耳元で何てこと言ってきやがんだ!?
顔に触れてる大河の髪の毛と、俺の耳にくっ付いてるだろう鼻、当たる吐息・・・そんな格好で愛だの囁いてくる大河・・・
首と腰に手足をガッチリ回されているから、俺には振りほどけない。

「ん・・・それで、竜児・・・それ」

が、思いの他素直に俺から離れた大河は、今度は俺の手を指差してくる。

「今度はなんだよ・・・あ・・・」

俺の手には、さっき大河から手渡された妊娠検査薬が・・・握りっぱなしだったのか・・・

「だから・・・ちゃんと来てたのがいつまで経っても来なくって・・・それ買って調べたのよ。
 そしたらね・・・それ、線が出てるでしょ・・・? その検査薬だと、陽性ってことらしくって・・・」

陽性って、それ・・・いや、待ってくれ。まだ心の準備ができてないんだ。
頼むから少し時間を・・・

「た、大河? ちょっとま・・・」



「・・・赤ちゃん・・・できちゃったみたい・・・」



「・・・・・・・・・」

空気が固まった。
夕飯時で、窓まで開けてるってのに外の喧騒が全く聞こえてこない。
・・・ひょっとしたらこれは夢で、今にも目覚ましが鳴り出すんじゃ・・・

「どうしたの竜児? 急に黙って」

・・・夢な訳ねぇよな・・・
大河が声をかけてくると、途端に周り中の音がよく聞こえる。
固まっていたのは俺だけらしい・・・いや、よく見るとインコちゃんも固まってる・・・微動だにしないのに涙だけが凄い勢いで流れてる。
インコちゃんのどこにあれだけの水分が・・・あれ、脱水症状とかそんなもんじゃなくて、このままだと干からびるんじゃないのか?
あ、とうとう篭から水が溢れ

「・・・ねぇ・・・なんか言いなさいよ・・・なんでなにも言ってくれないのよ・・・」

「・・・・・・・・・」

俺が何も言わずに固まっているだけなのが不安にさせてしまったのか、大河が俺の腕を取ってかき抱く。
・・・夢とか現実逃避とか、何をしてるんだ俺は・・・目の前にいる大河は泣きそうになってるじゃないか。

「・・・悪い、ちょっと・・・っていうか、俺には何て言ったらいいか分かんねぇよ・・・
 これ、間違いとかってないのか? ひょっとしたら・・・」

「他ので何度もやってみたけど、全部一緒だった・・・」

「・・・・・・・・・」

言ってみたはいいけど、薄々そんな予感がしてた。
こんなこと・・・妊娠したなんて俺に言うくらいだから、大河もかなりの回数試してみたんだろう。
・・・これが夢でも間違いでもないんなら・・・俺がやらなきゃ、ダメなんだよな・・・

「・・・大河、聞いてもいいか・・・?」

意を決しろよ、俺。
ここで聞いとかないでいつ聞くんだ。

「・・・なによ・・・」

「言いたくなかったら言わなくていいんだ。お前が嫌がることを、俺は無理やりしたくない」

「う、うん・・・」

大河が抱き込んだままだった俺の腕に、更に力を入れてくる・・・震えてるのは大河も一緒みたいだ。
普段だったら絶対に尻込みしそうな空気を肌に感じる・・・こんな事を当事者でもない俺が聞くのは、きっと最低な事だって分かってるけど、
それでも・・・このまま何も聞かないで、放っておいて済まされる問題じゃないから。

「・・・父親は誰だ・・・」

・・・言っちまった・・・
こういうのは普通大河の親が聞くべきことなのは頭では理解してるけど・・・
けど、俺が聞かなきゃいけないんだと思う。
大河はきっとあの親父さんには絶対に言わないだろうし、同性とはいえ母親の方なんて論外だ。
大河の性格も今までの事も考えると、自惚れかもしれないけど俺が大河に聞くのが一番良い。
親に恵まれるとか恵まれなかったとか、そんな事を気にしたくないけど、俺も大河も・・・特に大河は・・・
もしかしたら泰子には打ち明けるかもしれない・・・だけど、大河は俺に打ち明けてくれたから。
だから、言ってくれないかもしれないけど俺がお腹の子の父親を聞いて、もし教えてくれるのならそいつも交えて話し合わないといけない。

痛いことも辛いことも、悲しい思いは全て大河だけが引っ被るなんてことはさせたくない。

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・えっと・・・」

一分なのか一時間なのか・・・どれくらい時間が経ったのか分からないくらい緊張していると、
息が詰まりそうなほどの重々しい空気の中・・・沈黙を破って大河が口を開いた。

「竜児・・・なに言ってるの・・・?」

「・・・・・・・・・」

なにって・・・
心底訳が分からないとでも言いたげな顔をした大河が俺を見上げている。
それになんだ・・・期待外れ? みたいな・・・肩透かしをくらったような・・・なんなんだ。
ただ、俺の質問に答える気は無いみたいだな・・・それだけ分かれば十分か。

「・・・スマン、言いたくないことを聞いちまったりして・・・今のは忘れてくれ、大河・・・」

「え・・・ちょ、ちょっと待って・・・父親って・・・なんであのクソ親父のことなんか今聞いたりすんのよ」

・・・何を言ってるんだこいつ・・・
今の大河を一人にはしておけないけど、ほんの少しでいいから一人になって考えたくて離れようとする俺の腕を、
大河が反対側に引っ張るようにしながら引き戻す。
辛いのは俺なんかよりも、大河の方だってことぐらい考えなくても分かる・・・分かるけど、俺にも少しだけ時間をくれよ。

「大河、もういいんだ・・・話したくなったら言ってくれれば・・・さっき言っただろ、お前が嫌なことは俺は絶対にしないから・・・」

「だ、だから待ってよ・・・父親ってなんのこ・・・と・・・・・・え? うそ・・・」

不意に大河が抱きしめていた俺の腕を離した。
予期せぬタイミングだったことでよろめき、それでも居間から出て行こうとする俺の背に向かって大河が確認でも取るような
声色で話しかけてくる。

「竜児・・・? 竜児が聞いてる父親ってまさか・・・赤ちゃんの父親のことを言ってるの・・・?」

「・・・当たり前だろ・・・それ以外にどの父親のこと・・・とにかく、もういいんだ大河・・・無理すん・・・お、おい大河?」

本当に分かってなかったのかよ・・・
が、振り返りざまに放った俺のセリフを聞いた大河はさっきの赤かった顔を一転させ、真っ青にしていく。
それに目が潤みだして、信じられないと言うように首を振り出した。

「・・・うそでしょ・・・竜児、その冗談全然面白くないわよ・・・」

「・・・冗談なんか言ってどうすんだ・・・
 俺は野次馬根性とか好奇心なんかで言ってるんじゃなくて、大河のことが心配なんだよ・・・
 ただ、お前が言いたくないものを俺は・・・だからこれ以上はもう止そうぜ・・・」

「いい加減にして! なんなのよ・・・竜児、さっきからなに言ってるの!?
 ・・・怒ったりしないから、そんなこと言うのやめてよ・・・ね?」

「・・・俺はお前と、その子供と・・・なんでもいいから助けになってやりたいんだ・・・
 そのためには、聞くだけでも一応相手のことも聞いとかなきゃ何もできねぇだろ・・・」

「やめてって言ってんでしょ!! なんでそんなこと言うの!? なんで喜んでくれないの!?
 竜児は! ・・・竜児なら、赤ちゃんできたこと絶対喜んでくれるって思ってたのに!!
 なんで意味分かんないことばっかり言うのよ・・・なんで・・・・・・」

そこで区切った大河。だけどすぐさま口を開いて・・・

「・・・あんたと私の赤ちゃんなのに・・・喜んでよぉ・・・どうして他の男の子供なんて思うのよぉ・・・」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

今・・・大河・・・・・・え? いやいや、落ち着け、よく思い出せ・・・えぇ? 今『あんたと私の赤ちゃん』って・・・

「『おめでとう』って言ってほしかったのに・・・『嬉しい』って言ってくれると思ったのにぃ・・・
 それを・・・『父親は誰だ』って・・・! 竜児以外に、誰が赤ちゃんの父親だって言うのよ! どうしてそう思ったの!?
 他の男とか・・・そんな奴に心当たりがあるなら連れてきなさいよ! そいつぶっ殺してやるから!
 そしたら、いくらあんたが駄犬でも分かるでしょ!? 分かってよ! 分かって!! ・・・どうしたら信じてくれるのよぉ・・・」

青かった顔を、今度は怒りで真っ赤にした大河が俺に詰め寄る。
玉みたいになった涙をボロボロこぼしながら、俺の襟を掴んで力ずくで首を曲げさせると、目線を合わせて絶叫する。
激昂した大河なんて何度も見てきたはずなのに、真直ぐに俺を見据える大河の目は見た事がないような色をしていて・・・
その向こうで、大河がいつも以上に小さく見えた。
そんな気がする。

「・・・・・・竜児・・・手、出して・・・」

不意に、大河が俺の襟から手を離した。
あまりにも大河との距離が近すぎるために、一度体勢を戻した俺に向かって
身長差に加え下を向いているために表情が読めない大河が手を出すように言ってくる。

「・・・大河・・・俺は」

「うるさい・・・手よ、手! 早く!」

何を言ったらいいのかも分からないけど、何も言わずにいることもできずに口を開く俺を制して大河が急かす。
一体どうするんだ、手なんて・・・

「・・・・・・・・・」

「・・・お、おい・・・」

俺の手を取った大河は、無言で自分の方へと引いていく。
軽く握っていた手を開かせて、そのまま掌を腹部へ・・・多分、まだほんの小さなものなんだろうけど・・・
赤ん坊がいるのだろう位置に持ってきて押し当てた。

「・・・ねぇ、竜児・・・ここにね、赤ちゃんがいるの・・・」

「・・・ここに・・・」

「・・・あんたの・・・竜児と私の赤ちゃんなの・・・」

「・・・・・・俺と・・・大河の・・・・・・」

「うん・・・大切な・・・竜児と私の赤ちゃん・・・」

「・・・・・・・・・」

「・・・あ・・・竜児?」

「・・・・・・・・・」

服越しに伝わってくる大河の体温は温かくて、柔らかい感触がして・・・この少し先には今この瞬間も少しずつ大きくなっていく赤ん坊が・・・
そう思うと、自然と大河のお腹を撫でていた。
見た目にも、今こうして触っている感触でも、ここに赤ん坊がいるなんて俺には分からない。
けど、大河が持ってきた検査薬と・・・この子の父親が俺だって必死に叫んで泣いていた大河を見ると、嘘を言っているなんて思えない。
だからきっと・・・大河のお腹には、本当に俺の・・・

「ん・・・ねぇ、赤ちゃん・・・ママね、こんなひどいパパのことなんて捨てちゃおうと思うんだけど・・・どうしようかしら?」

無言で撫で続けていると、急に大河が柔らかい口調になった。
手首を掴んでいた力を弛めて、そのまま大河のお腹を撫でていたままの俺の手に自分の手を重ねながら
ゆっくりと赤ん坊に問いかける。
たまに話し込むようなふりをして、「え〜・・・」とか「もう、しょうがないわね」って・・・そう語りかけている大河。
その声はさっきまでの悲鳴みたいな声とは全く別物で・・・まるで、本当に母親みたいだ。

「大河・・・」

「・・・うん・・・竜児? 赤ちゃんがね、そんなのダメって・・・私はどっちだってよかったけど、赤ちゃんが泣いちゃうんだもん・・・
 だから・・・さっきの事は、ホントに頭に来たけど・・・今回だけは大目に見てあげるわ・・・本当に今回だけよ。
 よかったわね、私に似て優しい良い子で・・・感謝しなさいよ? ・・・あんたの赤ちゃんのおかげなんだから・・・」

「・・・悪かった、大河・・・こんな・・・お前を泣かせるつもりで言ったんじゃなかったんだ、俺は・・・」

「・・・それから、もう二度とあんなこと言わないで・・・お願いだから・・・
 あんなひどいこと・・・今度言ったりしたら、赤ちゃんが庇ったって許さないんだから・・・」

「・・・おぅ・・・」

重なったままの手はそのままに、空いてる方の腕で大河を抱き寄せた。
いつもは外見からは想像もできないほどの力で暴れている大河だけど、こうやっていると見た目よりもずっと華奢に感じる。
こんな小さな身体して、こいつは・・・それなのに俺は・・・
分かったつもりになって、結局何一つ分かってなくて・・・大河を一番傷つけていたのは俺じゃねぇか・・・
腕の中で声を押し殺して泣く大河を抱きしめながら、自分の身勝手さや不甲斐無さに押し潰されそうになる。

「なぁ、大河」

今俺がするべきなのは自己嫌悪や後悔じゃないだろ。
そんなことよりも、もっと大切なことをしなけりゃ・・・それこそ自己嫌悪でいっぱいになって、この先ずっと後悔するハメになる。

「その、あれだ・・・おめでとう」

「・・・ばか・・・ばかばかばか・・・竜児のばか・・・初めっからそう言いなさいよ・・・・・・ばか・・・・・・」

ギュッと。
大河も空いてる方の腕を回して抱きついてくる。
重ねていただけの手も、いつの間にかしっかりと握られていて・・・顔を上げた大河と俺の距離がどんどん縮まっていき・・・
そして・・・

ぐうぅぅぅ〜・・・

・・・大河の腹の虫が鳴った。
目の前数センチのところまで来て、お互いがピタリと動きを止める。
時刻はとっくにいつもの夕食の時間を回っているし、張り詰めていた緊張が少しだけ緩んだんだろう。
場の雰囲気が和らいでくれるのは、俺としては全然問題ない。むしろありがたいとすら思う。
ただ・・・いくらなんでもこの空気の中、このタイミングで腹なんて鳴らすか・・・いや、べつに大河らしいって言えばらしいんだけど。

さっきから薄目を開けて様子を窺っていた大河が、なんのフォローも入れないで自分をジッと見ている俺に
耐え切れなくなったのかプルプル震えだして・・・

ぐぎゅるるるるぅ〜・・・ぐぅ・・・

「・・・・・・・・・」

「・・・大河、腹が減ったのは分かったから・・・」

「・・・・・・・・・」

「・・・とりあえず飯にしようぜ・・・すぐできるから、ちょっと待ってろ・・・」

「・・・・・・・・・」

ぐぅ・・・

俺の胸に顔を埋めて離れない大河だったが、しばらくすると空腹に負けたのか、一度思いっきり握っていた手に力を込めてから
ようやく離れた。
理不尽だとは思うけど、照れ隠しとしては軽い方なので俺も何も言わずに作りかけだった夕食に再びとりかかる。

ただ、今度は調理している間中背中に張り付かれ、できあがった料理を運び終わるまで離れてくれなかったけど。


               ・
               ・
               ・


「ごちそうさま・・・ちょっと食べ過ぎちゃったかしら」

「ちょっともなにも・・・飯だけで10合も食ったんだぞ。いくらなんでも、大丈夫なのかよ?」

「ふ、二人分だもん・・・たくさん食べなきゃいけないんだもん、仕方ないんだもん」

何でちょっと嬉しそうなんだ。言ってみたかったのか、それ。
テーブルに両肘をつきながら、まるで待ってましたとでも言わんばかりに緩みきった顔をした大河がゴニョゴニョ言っている。
そんな大河を、思わず可愛いとさえ思ってしまう・・・が。

「・・・・・・・・・」

それにしても・・・本当によく食ったな、こんなに・・・
腹ペコだろうと思って多目に作ったつもりのおかずなんて、キレイに片付けられているのは言うまでもない。
それどころか俺の分のおかずまで掻っ攫っていった上に、飯まで炊きなおしたんだぞ。
それを『ちょっと食べ過ぎた』って・・・
大河がよく食うのは分かりきってるけど・・・二人分とか言って、それでもまだ妊娠したてでこんなに食いまくって・・・
もっとお腹が大きくなったら、いったいどれだけ食うようになるんだ?
いや、その後ひょっとして・・・生まれた子供も大河並みに食欲旺盛だったら、家のエンゲル係数はどのくらいに・・・?
ふと、頭の片隅が勝手に想像し始める。

・・・・・・・・・・・・

(働いても働いても食費に消える・・・いや、追いつかない!?)

・・・だ、だめだ・・・あまりにも現実的過ぎて心臓に悪い・・・実際に生まれる前からそんな辛いことを考えるのは止そう、全然楽しくない。
考えるんだったら別の・・・良い意味でもっと現実的なことを・・・
・・・例えばお腹の子の性別だったり、生まれた後の家族の団欒だったり、二人目ができるとか・・・二人目・・・
何か引っかかった。俺は何か重要な部分を忘れてないか?
・・・そういえば、お腹の子の父親が俺って言われた時、どうしてあそこまで以外だったんだ・・・?
それ以前に、俺はなんで大河が妊娠したって言った時に俺じゃなくて、ハナから別の相手が父親って決め付けて・・・

「おいしかったわね〜。パパの一番使えるところはおいしいご飯が作れるところよね。そう思うでしょ?」

考えに没頭していた俺の耳に、緩みきった顔のままだろう大河の、メチャクチャご機嫌な声が届く。
今まで集中して考えていた内容が消えていく代わりに、頭の中が羞恥心でいっぱいになっていくのが分かる。
勝手に下を向いていた頭を上げると、予想通り緩みきった顔した大河が自分のお腹を擦りながら赤ん坊に話しかけていた。

「やっぱりそうよね。ママの子だけあって、パパのご飯が大好きなんだから・・・
 竜児、よかったね。赤ちゃんね、パパの作ったご飯おいしいって・・・どうしたのよ、顔赤いわよ?」

「・・・お、お前なぁ! ・・・そういうのやめろよ、ハズいだろ・・・さっきだって・・・」

「? やめろって・・・なにを?」

「だ、だから・・・パ、パパだのママだのって言うのをだな・・・」

「知らないの、竜児? 赤ちゃんってね、お腹の中に居ても外の音とか声とか聞いてて、ちゃんと分かるんだって。
 だから話しかけてあげたり、音楽とか聞かせてあげたりすると赤ちゃんに良いらしいの」

胎教って言うんだっけ? 確かにそんなことを聞いた覚えはあるけど・・・まだ早すぎるんじゃないか?
それに・・・パ、パパって・・・目の前でされる度に顔が真っ赤になりそうだ。

「だからね・・・さっき、ケンカしてたのも聞かせちゃったじゃない・・・あれって、絶対赤ちゃんに良くないわよ・・・
 パパとママはもう仲直りしたんだから、安心しなさいって・・・早く教えてあげなきゃ、この子また泣いちゃうもの・・・」

「・・・大河・・・」

そんなことまで考えてたのか・・・
お前が責任を感じることなんか、何一つねぇだろ・・・悪いのは全部俺で・・・
それなのに大河は、自分だって傷ついてるのに赤ん坊のことを一番に考えて・・・

「・・・悪い、大河・・・お前がそこまで気にしてたのに、俺・・・自分の事しか・・・」

「ほら、すっかりいつものパパとママだからもう大丈夫でしょ?
 ・・・それにパパはママにベタ惚れで、結局最後は泣きついて謝ってきて・・・そんなに心配しなくていいんだからね?
 パパったら、ママがいなきゃなんにもできないのよ? ホントにもう、ベッタリなんだから」

「は・・・? お、おい・・・大河、ちょっと」

「そのくせママの気を引こうとあっちこっちに尻尾振ったりして・・・困ったパパよね・・・そんなことする必要ないのに。
 ・・・困っちゃうのは、振られた尻尾に本気になっちゃうおバカなチワワと・・・ママの・・・
 けどね、やっぱり最後はママのこと一番大切にしてくれるのよ。今までだって・・・それにこれからも・・・」

「た、大河・・・なぁ、なんの事を・・・」

「・・・あ、そうよね。これからはママと、赤ちゃんのこともだもんね・・・ね、竜児?」

「・・・・・・・・・」

一瞬沈んだのはいったい何だったんだ・・・しかもベタ惚れとか泣きつくとか・・・
謝る俺を他所に、大河は両手をお腹に添えながらある事ない事っていうか、
ほとんど俺にばっかり身に覚えが無い事を赤ん坊に吹き込んでいく。
しかも同意を求めるために『うっとりとしながら』っていうのがピッタリくる表情で見つめながら、大河が聞いてきた。
その様は可愛いってよりも、なんていうか・・・いや、幸せそうだからべつにいいんだけど・・・
そんな事を考えて、どう言えばいいものか答えあぐねているとその内大河が表情を曇らせて・・・しまった、何か言わないとまた・・・

「竜児、私そろそろ帰るわ。すっかり遅くなっちゃった・・・」

「お、おぅ・・・あぁ、もうこんな時間か」

点けっぱなしにしていたテレビが、日付が変わった事を知らせている。
俺が黙っていたせいじゃなくて、テレビに目が行ったからか? あんな顔したのは。
・・・大河の言う通り、随分遅い時間になっちまったな・・・晩飯作るのも食い終わるのもけっこうかかったし・・・

「泊まってったらどうだ、大河?」

深く考える前に口から出てた。
まぁ今までも大河が家で夜を明かしたことはあるし、なにより「帰る」って言った時の大河の顔が
さっきまでの幸せそうな顔から、一気に寂しそうな顔になったからだと思う。
負い目からって訳じゃないけど、やっぱ泣かせちまったし・・・だから、できるだけ優しくしてやりたいっていうか。

「ホント? ・・・あ、でも・・・うぅん、今日はいいわ。明日学校行くとき忙しくなっちゃうし」

誰に言うんだか分からない後付っぽい理由を考えている間に大河が返事を返した。
学校か・・・頭から抜けていた。
確かに着替えだの何だのもあるし、いきなり泊まってけっていうのも無理な話だったな。
今から制服や代えの服なんかを取りに行くぐらいだったらそのまま帰って寝るだろう。

「そうか・・・じゃ、送ってくくらいはさせてくれよ。そのくらいは」

「いいわよ、すぐそこなんだから・・・もう、そんなに心配しなくても大丈夫よ。
 ・・・ぁ、け、けど・・・竜児がどうしてもって言うんなら、その・・・面倒じゃないんだったら・・・」

「面倒なんて思ってないし、隣っていっても心配なんだよ。ほら、行こうぜ、大河」

「・・・ありがと・・・」

玄関を出て、階段を下りて、大河のマンションに入って、今度はエレベーターで上がって・・・
たったそれだけの短い距離を、大河と並んで歩く。
時間にしたらあっという間だけど、なんだか新鮮に感じる。
普段だったら、遅くなっても送っていくことなんてないしな。
隣だし、万が一変質者や何かが出ても大河だったら問題無いだろう・・・けど、やっぱりこんな事があった日だからか
少々過保護になっているのが自覚できる。
手も繋いでるから、川嶋に見られたら「相っ変わらず高須くんはタイガーに鬼甘だよね。手なんか繋いで、お父さんかよ」
って茶化されそうだ。
・・・お父さん、か・・・今だって全然実感が湧いてこないな・・・
不意に、大河が繋いでいた手を離す。

「・・・じゃ、また明日ね、竜児・・・おやすみ」

「おぅ・・・何かあったら呼べよ? すぐ来るから・・・おやすみ、大河」

考えながら歩いていると、もう大河の家に着いた。
ドアを開けた大河と軽く挨拶すると、もうすることも無いし・・・俺も帰ろう。

大河がドアに鍵をかけるのを音で確認すると、踵を返して歩き始める。
・・・本当に今日は疲れた・・・とっとと風呂入って寝よう・・・・あ、インコちゃんのご飯忘れてた。・・・まぁいいか、帰ってからで。
エレベーターが来るまで、そんな取りとめのない事を考える。
もっと考えなくちゃいけない事・・・
子供の事に大河の事も・・・それに学校とか、いろいろ考え出したらキリが無いけど・・・
俺一人で考えて、決めちまった事じゃなんにもならない。

情けないけど、やっぱり父親よりも母親の方が子供のことを考えてるって・・・今日の大河を思い出すと、そう思う。
・・・いや、もしかしたら俺が子供のことを考えてないだけかもしれない・・・
大河があれだけ泣き叫ぶまで、勝手に大河と誰かの子供だって決め付けて・・・今だって、現実味が感じられないでいる。
・・・もしかしたら、俺も親父みたいに大河と子供を置いて出ていくんじゃ・・・

「・・・何でそうなるんだよ・・・」

本気で気が滅入る・・・疲れてるからこんな暗いことしか頭に浮かばないんだ、早く帰って寝ろ。
ようやく降りてきたエレベーターに乗って、大河を送ってきた時よりも何倍も重くなったように感じる体を引きずって
目的の階で降りる。
マンションを後にすると、後はアパートの階段を上るだけ。
それだけなのに、アパートの前まで来たところで『それ』に目が行った。

「・・・ったく、今日は古紙回収じゃねぇのに・・・」

ゴミ置き場にビニール紐で括られた雑誌の束を見つけた。
多分誰かが回収日を勘違いして置いてったか、回収日そのものを守らない奴がいるんだろう。
持って帰る訳にもいかないけど、そのままの状態で放置しておけないから、
せめて次のゴミ回収の邪魔にならないように少しだけ場所を移しとこうと近づくと・・・

「・・・・・・・・・」

エロ本かよ・・・しかも何で表紙を上にして出すんだ、春田じゃあるまいし。
・・・見なかった事にしよう。そもそも俺が捨てた物じゃないし、俺が捨てたと思われたら嫌だ・・・
そう思ってこの場から去ろうとする。
だが、どういう訳かピタリと足が止まる。
何か気になる・・・捨ててあった雑誌じゃなくて、何か・・・

「・・・・・・・・・」

振り返って、もう一度ゴミ置き場を観察してみる・・・捨ててある雑誌以外におかしなところは見当たらない。
雑誌にしても、いろいろドギツイ言葉で煽られてる表紙が見えるだけで・・・
いい加減止めよう、これじゃ俺が捨ててある雑誌を持って帰るかどうか迷ってるみたいに見られそうだ。
もし・・・もしも大河にでも見られようものなら・・・

・・・・・・・・・・・・

『ねぇ赤ちゃん? パパったらね、ママがいるってのに他の女で・・・他の・・・ふざけんなバカ犬ぅぅぅっ!』

俺の話なんて聞かないで、そうしたもんだと思い込むだろう。
そしてさっきみたいに赤ん坊に語りかけていると思ったら、いきなりキレて暴れる・・・あの調子じゃ絶対にそうする・・・
もしくは・・・

・・・・・・・・・・・・

『・・・あんた、私よりもそんなんが良いっての? 赤ちゃんまで作っといて・・・ふざけんなバカ犬ぅぅぅっ!』

それどっちもキレてんじゃねぇか・・・しかも大して変わってねぇ・・・
・・・つまらない事なんて考えてないでもう帰ろう・・・どうかしてるな、俺は。
その気になれば大河と・・・まぁ、こんなことだってできるんだから、捨てられてる本なんてどうだっていいだろ。
こんなもん拾って喜ぶのも春田くらいだろうし。
そうやって踏ん切りをつけてゴミ置き場に背を向け、我が家に向かって歩き出そうとする・・・が。

「・・・あれ・・・?」

また足が止まった。
それよりも・・・その気になれば大河とって・・・

・・・・・・大河と・・・・・・

「・・・そういえば俺・・・いつ、大河と・・・」

大河は一月半もアレが来なかったって言ってたから、それ以前にしてなきゃ計算が・・・
いや、計算とかそんなもんじゃなくって・・・けど・・・えぇっと・・・

「・・・・・・・・・」

し・・・した覚えがない・・・大河と子供を作るようなこと、俺はいつしたんだっけ・・・?
・・・お、思い出せない!? ちょ、ちょっと待て、そんなことある訳が・・・・・・・・・いつだ!? いつしたんだ!?
ありえねぇだろ、そんな大事なこと忘れちまうなんて。
・・・だ、だからあんなに以外だったのか!? 俺が父親って言われたとき・・・
俺には身に覚えがないから、だから俺以外の相手が父親って無意識に決め付けて・・・
ま、まさか・・・

「・・・嘘・・・だったのか・・・? ひょっとして、大河のやつ俺を・・・」

『竜児以外に、誰が赤ちゃんの父親だって言うのよ! どうしてそう思ったの!?
 他の男とか・・・そんな奴に心当たりがあるなら連れてきなさいよ! そいつぶっ殺してやるから!
 そしたら、いくらあんたが駄犬でも分かるでしょ!? 分かってよ! 分かって!! ・・・どうしたら信じてくれるのよぉ・・・』

「・・・・・・・・・」

大河が嘘を吐いてるってことは絶対に無い・・・と思う。
確証なんて検査薬くらいで、それだと俺が父親っていうのは証明できないんだけど、
そんな物よりもよっぽどあの時の大河の方が信じられる。
嘘でも冗談でも間違いでもなくて、大河は妊娠していて・・・その父親は俺のはずで・・・


「だ、だったら何で俺は何も覚えてないんだ・・・」

・・・・・・・・・たいがぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁぁああぁぁああああ!

家はもう目の前だけど、今来たばかりの道を今度は全速力で駆け戻る。
途中、大河のマンションから出てきた人とすれ違ったら悲鳴を上げられた。
普段だったらそれなりにへこむとこだけど、今は心底どうでもいいから無視してエレベーターに向かう。

「乗ります! 乗りますからちょっと待っ・・・クソッ!」

そのまま行けばすんなり乗れたはずなのに、俺が近づいたらエレベーターの中にいたカップルが
いきなり扉を閉めやがった・・・女の方なんて泣いてたよな、あれ・・・
さっきは人なんて全然いなかったのに、何で今度は一々・・・
今までで一番もどかしく感じるエレベーターに乗って大河の家がある階に出ると、また走って・・・

ドンドンドンドンッ!

「大河! 俺だ、開けてくれ! 聞きたいことがあるんだ! 大河ぁ!!」

インターホンではなくドアそのものを叩いて大河を呼び出す・・・近所迷惑なんて今は気にしてる場合じゃない。
もし大河がもう寝ていたら、インターホンの音なんかじゃ起きないかもしれないだろ。
俺は一刻も早く真相を・・・

「うるっさいわね! こんな時間になんの用よ! イタズラなんかだったらただじゃ・・・あれ? 竜児?」

おもいっきりドアを開けた大河・・・物凄く不機嫌そうだったが、ドアに吹っ飛ばされて床に転がってるのが俺だと分かると
鬼みたいだった形相を引っ込めてこっちに寄ってくる。

「やだ・・・どうしたの、竜児!? こんなにボロボロになって・・・さっきノックしてった奴ね!? そいつにやられたんでしょ!?
 あのボケェ・・・私を呼び捨てにしてただけでもムカつくのに、私の竜児になんてことを・・・!
 ・・・待ってなさい、すぐにとっ掴まえて今のあんたの万倍ボロクソにしてやるんだから・・・」

何言ってやがんだ・・・俺をボロクソにしたのは誰でもない、お前だろう・・・
大河が俺を抱き起こしながら的外れなことを言っている。
どこをどう見たら俺以外に大河ん家のドアを叩いた挙句、俺を襲って逃げる奴がいるんだ・・・自慢じゃないがさっきすれ違った連中は
皆が皆俺に襲われそうになったって思ってるぞ、絶対。

「ごめんね、赤ちゃん。眠たいでしょうけど、ママと一緒にパパを虐めたバカをボコボコにしてやろうね」

ま、まだろくに体もできていないだろう胎児になんてことを強要させやがんだ・・・
寝てる場合じゃない、早いとこ大河を止めないと居もしない相手をホントに探しに行きかねない。

「た、大河・・・ドアを叩いてたのは俺だ。急ぎの用があって・・・こんな時間にすまなかった」

「ふぇ・・・そうなの? ・・・だけど竜児、なんでこんなにボロボロに・・・」

「・・・大河ん家のドアがダンプみたいな勢いで俺をブッ飛ばしたんだよ」

「・・・そそそそれで、どうしたのよ? こんな時間に・・・」

大河、こっちを見ろ。横を向きながら話題を逸らすなんて露骨なことすんなよ。
言わんとしてることが伝わったのか、俺が皮肉を言うと途端に焦りだす大河。
べつにいいけど、吹けないんなら口笛なんて吹こうとするなよ。見ているこっちの方が恥ずかしい。

「あ、ひょっとして・・・」

と、俺から顔を逸らしていた大河が、何か思い当たる節でもあったのかこっちに向き直る。
・・・野性の勘でも働いたのか? いくらなんでも、さすがに俺が戻ってきた理由なんか分かるわけ・・・

「えへへ・・・はい」

「・・・・・・?」

なんだ? 震えている膝に鞭打って立ち上がった俺の目の前で、大河はバンザイでもするように両手を広げて何かを待っている。

「・・・・・・・・・」

「・・・おやすみのギュッっじゃないの? さっきしなかったし」

「いや・・・」

「あ、じゃあチュウ? ・・・ん・・・」

「ち、違うって・・・こんなとこで話してるのもなんだから、とりあえず上がらせてもらっていいか? 大事な話なんだ」

「・・・いいけど・・・大事な話って一体な・・・・・・っ!」

「・・・大河、どうかしたのか?」

「う、うぅん・・・さ、早くしましょ」

「お、おぅ」

マンションの通路で抱き合ったりだのキスだのをせがむ大河をかわしながら、なんとか大河の家に入る。
こんなところでそんなベタベタなカップルみたいなこと、恥ずかしくてできる訳ねぇだろ・・・
一瞬「妊娠までさせといて今更・・・」とも過ぎったが、そもそも俺はその過程を大河に聞きに来た訳で・・・

「大河? どこ行くんだよ」

「どこって・・・私の部屋よ。竜児も早く来なさいよ」

「ここでいいじゃねぇか、俺も長居する気はないし・・・」

「・・・こっち来て・・・」

「だから・・・話ならここで・・・」

「・・・・・・来て・・・」

リビングでよかったのだが、何でか大河は自分の部屋に来いの一点張りで譲らない。
仕方なく俺が折れて大河の部屋に入る。
真っ暗な部屋に入った大河は、何故か明かりを点けることなくそのまま進んでいき、
ベッドに腰かけると俺も座るよう促してくる。
特に何も考えずに少しだけ距離を空けて大河の隣に座ると、即座に大河はその距離を埋めた。
面食らっている俺の腕を両手で抱きこむと、大河は肩に頭を乗せて寄りかかってくる。

「竜児・・・用ってなぁに? さっき言ってたけど・・・大事な話なのよね・・・?」

「・・・あぁ、まぁ・・・それに、大河以外にこんなこと聞けないんだ」

「そぅ・・・なんだ。そうよね、私以外になんて・・・だって、赤ちゃんだってできたんだし・・・」

「あ、あぁ・・・それで、大河・・・笑わないで聞いてくれ。俺は大河と・・・」

「笑う訳ないじゃない・・・いいの、竜児・・・なにも言わなくっても、ちゃんと分かってるから」

こいつは本当に野生の勘でも発揮して、俺が言いたい事がなんだか分かるのか?
尋ねる前にそう思ってしまうくらいに、大河は何かを納得しているようでしきりに頷いている。
『俺は大河と、いつ子作りしたんだ?』なんて聞きづらいが、まさか本当に言う前に大河が全部理解しているとも信じきれないので
恥ずかしいのを堪えて再度問いかけようとする・・・が、どうした訳か大河が泣き始めてしまった。

「・・・いいよ、竜児・・・・・・ぐす・・・」

「お、おい、大河? お前なんで泣いてんだよ?」

「だって・・・嬉しくって・・・赤ちゃんができて、なのに最初竜児・・・けど、もうそんなこといいの、ホントにいいの。
 ・・・これからは、竜児と私と赤ちゃんと・・・ずっと一緒なんだもん・・・それが嬉しくって・・・
 浮気なんかしたら承知しないわよ? 私・・・もう竜児だけなんだから・・・竜児じゃなきゃいやなんだから」

・・・大河の野性の勘は・・・

「た、大河、ちょっと待て・・・お前は何を言ってるんだ? ずっと一緒とか浮気とか」

「なにって・・・プププ、プロポーズしに来たんでしょ? 竜児・・・
 大事な話で、私以外にできなくって・・・それって、プロポーズしかないじゃない。
 ・・・私はね? 二ヶ月も前に・・・きっと、赤ちゃんができた時の夜に竜児が「好きだ」って言ってくれた時からずっと・・・
 だから今更聞かなくったって、私の答えは決まってるの・・・いいよ・・・うぅん、こんなんじゃダメよね? ・・・はい・・・」

図らずも俺が聞きたかった事は大河が狙ったわけでも無いのに言ってくれたから、俺が大河の家にいる理由は無くなってしまった・・・
が、このまま帰る訳にもいかなくなった。

二ヶ月前なんて、俺には大河と一緒に学校に行って、普通に授業受けて過ごしていた記憶ぐらいしかない。
大河とシた覚えが無いのに、大河が俺の子を妊娠したって言って・・・それが嘘にも思えないから、せめていつシたのか具体的に分かれば
ひょっとしたら本気で俺が忘れていただけなんていう、自分の頭は心配になるが一先ずは安心できそうな展開を望んでいたのが
いつの間にか、俺が大河にプロポーズしに来てるなんていう・・・
あれ、ちょっと待てよ? だんだん俺も何しに来たか分からなく・・・

ボフ・・・

これまでの経緯を整理しようとして余計にこんがらがっていると、横から引っ張られてベッドの上に倒れた。
引っ張っているのは当然大河。
足だけベッドの外に投げ出して寝ている格好の俺をズリズリと枕元まで引きずっていき、
それが済むといそいそと隣で寝そべる大河を呆然と見ながら思う。

なんだこれ

「んしょ・・・もう大分遅いし、今日は泊まっていきなさいよ。
 赤ちゃんも喜ぶし・・・それに私だって、一人で寝るの寂しかったんだから・・・ね? いいでしょ?」

「・・・・・・・・・」

断られるなんて全く考えていないのか、返事も聞かずに毛布をかけてくる大河に、まさか「悪い、今日は帰る」なんて言えるはずもなく

「・・・やったぁ・・・おやすみ・・・」

無言で頷くと、瞬く間に大河が寝息を立て始めた。

「・・・二ヶ月前・・・お、俺が忘れてるだけだよな・・・? ・・・大河もあんなに言ってたんだし、明日起きれば多分思い出すって・・・もう寝よ・・・」

気になって気になって、眠気なんてこれっぽっちも無かったのは言うまでもない。


               ・
               ・
               ・


「・・・ふぁ・・・」

ろくに眠れなかった・・・全然疲れが抜けてねぇ・・・そして思い出せてねぇ・・・
朝方に眠っちまったもんだから、弁当どころか朝飯の用意もなにもできなかった・・・大河なんて俺が起こすまで寝てやがって・・・
おかげで制服に着替えてすぐ出なきゃならなかったし・・・泰子のやつ、飯がないことに機嫌悪くさせてなきゃいいんだけど・・・

「・・・ねみぃ・・・」

あの後・・・


「・・・すー・・・すー・・・・・・」

すぐ横で寝息を立てている大河を意識しちまってたのと、疲れきってんのに頭は例の事でいっぱいになってて全然眠れず
仕方ないから徹夜しようと明るくなるまで踏ん張ってはみたものの、気が付いたら俺も寝てしまっていた。
大慌てで大河を起こし、学校に行くから支度するよう言い聞かせて大河のマンションから飛び出し、
家に戻って制服に着替えると、昨日からこの状態でいたのか? 羽毛が抜け落ちて干物みたいにシワシワになっていたインコちゃんに
ご飯と水を大量に与えておいた・・・一瞬もしやとも思ったけど、近づくと

「たす、たたすたすたすけてぇ・・・りゅりゅう、ちゃん・・・」

って言ってたし、水なんて皿に頭から突っ込んで飲んでいたからきっと大丈夫だと信じたい。
泰子も顔は見てないけど、玄関に靴もあったし脱ぎ散らかした服が点々としていたから帰ってきてはいるようだ。
・・・説明すると長くなるから、朝帰りしたことは黙っておこう・・・ひょっとしたら俺が家に居なかった事にも気付いてないかもしれないし。
『飯の用意ができてなくて悪い、適当に済ましておいてくれ』と書いた書置きをテーブルに置いてすぐに大河のマンションに戻ると

「・・・すー・・・すー・・・りゅうじぃ・・・ばかぁ、あかちゃんがのむぶんなくなっちゃう・・・」

叩き起こして制服を投げ渡した。なんて夢見てやがる。

「えっとね・・・竜児がね? わ、私の」

言わなくていい、聞いた訳じゃ・・・チラチラこっち見てないで早く着替えろよ、遅刻するぞ。

「え、うん・・・竜児がそう言うなら・・・」

目の前で寝巻きを脱ぎ出した大河を見た瞬間に部屋を飛び出した。


「・・・ふぁ・・・ねむ・・・」

いつも以上に慌しかった朝の事を思い出すと、よくまともな時間に出ることができたよな・・・

「ねぇ、あんたちゃんと寝てないの? さっきから欠伸ばっかりじゃない」

「・・・おぅ・・・ちょっと寝不足なだけだ、気にすんな」

「ふ〜ん・・・私なんてここ最近で一番グッスリ眠れたのよ? いい夢も見れたし」

・・・男の俺には分からないが、毎月来るモノが来ないっていうのはやはり相当不安になるんだろうな・・・大河もやっぱり・・・
まぁ夢云々は聞かなかったことにしておこう・・・どうせ夢だ、俺が何かした訳じゃない。

「よかったな・・・それよりもそろそろ・・・腕、離さないか?」

「いやよ・・・転んだりしたらどうすんのよ? こうやってれば安心でしょ」

「逆に不安だ・・・歩きにくくって俺が転びそうなんだよ。そうなったら大河ごと倒れちまうだろ?」

「そうなの? ・・・そうだ、こうやって・・・もっとギュっってしとけば大丈夫よ。これでいいわよね?」

・・・普段だってこんなとこでコケたりしないくせに・・・大河が組んでいた腕をキツ目に絞めながら更に密着してくる。
それに全然解決できてねぇってのに「これでいいわよね?」って・・・
出掛けに「竜児・・・怖いから手ぇ繋いでいい? もし転んだりしたら赤ちゃんが・・・」なんて言われてしまい、
「そのくらいなら」と、昨日送っていく時同様に大河と手を繋いで・・・繋いでいたのはホンの少しで、今度は「これじゃあ不安だから・・・」
と、直後にさっきの要領で腕を組んでほしいと頼まれ・・・今、俺と大河は通学路をベッタリ寄り添いながら歩いている。
・・・昨晩から赤ん坊をダシにされている気がしてならないが、それを指摘してもはぐらかされるか泣かれるか怒るかの
三択しか予想できないので、俺も何も言わずに大河と腕を組んで歩いている。
まだ学校まで距離があるが、それでもチラホラとうちの生徒が俺達を・・・
特に、「あの」手乗りタイガーが男と腕を組んで歩いているのを見て、信じられないという顔をしながら通り過ぎていく。
その度にいい加減腕を離さないか? と持ちかけてみても、大河は「だって、赤ちゃんが・・・」の一点張りで・・・
周りからの視線と大河の涙目で板挟みだ・・・女の子と腕を組んで歩くのが、精神的にここまでしんどいだなんて誰も教えてくれなかったぞ。

「あ、みのりんだ。みのりーん!」

「おぅ!? く、櫛枝!?」

恥ずかしくって頭を下げて歩いていたから気付かなかったけど、曲がり角を曲がった先を櫛枝が一人で歩いている。
大河が大声で呼ぶと、櫛枝にしては珍しくビクッと立ち止まり・・・そういえば俺みたいに俯きながら歩いてたな・・・
やけに遅い動きでこっちを振り返ると、一瞬また俯いて、次の瞬間には猛ダッシュでこちらに走ってくきた。

「た、大河、さすがにもう腕離そうぜ? 変に勘ぐられたりしたら面倒だろ?」

「べつにいいじゃない、どの道みのりんにもばかちーにも言うつもりだったんだもん・・・赤ちゃんができたって・・・」

こんなところで言うんじゃねぇ! 周りの連中が一斉に振り返ってきたじゃねぇか!
そりゃあ妊娠したなんてこと、いつまでも隠し通せることができないことくらい分かってる。
分かってるけど、俺にはまだ心の準備とか諸々ができてないんだよ・・・せめてもうちょっと時間をおいてほしいってのに大河は・・・
妥当な理由が出せずに、それでもあれこれ言ってまずは組んでいる腕を離そうとする俺を無視して大河は櫛枝に手を振っている。

「みのりん、おはよ・・・キャアッ!」

「たた、たたたたた、高須くーん!!」

「ゲフゥッ!」

だが、声をかけていた大河を無視して、櫛枝は止まることなくこっちに走ってくる勢いそのままに突っ込んできた。
咄嗟に組んでいた腕を力ずくで抜くことができたから、俺につられて大河も道路に倒れることは回避できたようだ。
頭から突っ込んできた櫛枝はさすが体育会系とでも言うべきか、男とはいえ鍛えてもいない俺を紙みたいに弾き飛ばしてやっと止まり、
ついでに何故だか道路に仰向けになって寝ているところへ馬乗りしてくる。
・・・昨日といい今日といい・・・いや、日付的には二回とも今日か・・・何で俺は硬い床に転がるハメになるんだ・・・

「ハッ!? や、やっちまったー!? 高須くん、しっかり!」

「りゅ、竜児!? イヤァッ、しっかりして! みのりん、なんでこんな酷いこと・・・ここ道路だよ!?
 それなのに竜児、あんな風に頭から倒れて・・・っ竜児が死んじゃったらどうすんのよぉ!!」

「ち、ちがうんやー! 私もどうすればいいか分かんなくって・・・
 昨日からずっと高須くんに会ったらどうすればいいか考えてて、けどホントに会っちゃったら頭の中真っ白になっちゃって・・・」

俺に馬乗りになった状態で肩を掴み、上半身だけ起こしておもいきり揺すりながら櫛枝がよく分からない事を言っている。
昨日から俺に何か用があったのか? そんな事を言ってるみたいだけど、だったらどうして顔を合わせた途端にいきなりこんな・・・
とにかくまずは揺するのを止めてもらおう。
これじゃまともに話もできない。

「く・・・櫛枝・・・俺は大丈夫だから、そんなに揺らさないでくれ・・・」

「!? た、高須くん! ごめん、本当にごめんなさい! 私・・・高須くんにケガとかさせるつもりなんてなくって・・・」

「うおぉ!? 櫛枝? わ、分かった。櫛枝に悪気がないってのは分かったって」

「高須くん・・・」

話しかけるといきなり抱きつかれた。
通勤途中の会社員や通学中の小学生・・・もちろんうちの生徒まで、往来の真ん中で座り込んで抱き合う俺と櫛枝を指差して見てる。
大河と腕組んで歩いてた時よりも更に恥ずかしい。
そして勿論・・・

「なにしてんの、みのりん」

大河もこっちを見ている。
櫛枝からは背になって見えてないだろうが、血走った目で自分を見下ろしている大河を見ないで済んでむしろ良かったのかもしれない。
目が合ったら襲いかかってきそうだ。

「ヒィッ!? ・・・た、大河・・・? なにって・・・」

「・・・竜児! どっか痛いとこない!? 大丈夫?」

「あ、あぁ・・・」

自分から声をかけておいて無視すんなよ・・・それにそんなドスのきいた声出すな、櫛枝が怯えてるだろ。

「よかったぁ・・・竜児、『みのりんに』ぶっ飛ばされて頭から道路に倒れて・・・心配したんだからぁ・・・」

「・・・ぐっ・・・」

一部分を強調すんなよ・・・いつもはあんなに明るい櫛枝が、気にして暗くなってるじゃねぇか。

「だ、大丈夫だって・・・ケガもしてないだろ? もう心配いらないから、さっさと学校行こうぜ。櫛枝も・・・」

「・・・あっ! ・・・ごめん、高須くん・・・ずっと乗っかっちゃってて・・・」

いつまでもこうしていても、目立ちまくって堪ったもんじゃない。
俺としては早くこの場から離れて、ちょっと険悪になっている大河と櫛枝の仲を元通りにしないと気が気じゃない。
だけど、ベタベタ俺の顔や頭を触っていた大河が、立ち上がろうとしていた俺を突然止める。

「ダメよ竜児・・・頭にタンコブできちゃってる・・・」

「・・・痛っ・・・本当だ・・・」

「ちょっと待ってて、その辺のコンビニで冷やす物買ってくるね」

「いや、いいって。ほっときゃ治るだろこんなもん・・・って、おい大河・・・」

止める間も無く大河は走っていってしまった。
確かに鈍く痛みがあるけど、たかがコブ程度でわざわざ・・・まぁ、心配してくれてんだしこれ以上言ってても仕方ないか。
それよりも・・・立ち上がって、また俯いてしまっている櫛枝に近づく。

「あ・・・高須くん・・・大丈夫? ごめんね・・・こんなことする気じゃなかったのに・・・」

「おぅ、俺はもう平気だけど・・・どうしたんだよ? 今日の櫛枝、なんか変じゃないか?
 それに・・・何か、俺に用があるみたいなこと言ってたよな」

「・・・・・・うん・・・大河もいないし、丁度いいのかな・・・ねぇ、高須くん。
 いつかさ、『私もいつか恋愛して、結婚して、幸せになるって信じてる』って話ししたこと・・・まだ覚えてる?」

「・・・あぁ・・・」

「あれさ・・・あの時の私には、ホントに遠い先の話だと思ってたんだ・・・
 遠すぎて遠すぎて・・・きっと目の前に来ても、通り過ぎても気付かないで、ずっと先の話だって・・・
 ・・・私には関係ないって・・・そう思ってた・・・」

「そんな事・・・」

「だって『あの時の私』は『今の私』とは全然違ってて・・・こんなに早く誰かとそんな感じになるなんて思ってもみなくって・・・
 だから、こないだ・・・高須くんが私のこと抱きしめてくれたときは、ホントにビックリして・・・嬉しかった・・・」

「・・・・・・・・・」

「あれから・・・どうしたらいいか、ずっと考えてたんだ・・・大河は高須くんがいなきゃ・・・あーみんも・・・
 この一月ちょっと、本気で悩んでたんだけど・・・私、決めたよ。
 ・・・これ、なんだか分かる? 昨日使ってみたら・・・そしたらさ・・・なんて言えばいいのかな・・・
 恥ずかしいんだけど、高須くんにはちゃんと言わなきゃだめだよね・・・」

「・・・・・・・・・」

話の要点が今一掴めずに様子を見ていると、櫛枝がカバンを漁り始めた。
ゆっくりとカバンから引き抜かれていく櫛枝の手には、どこかで見たような白い棒状の物体が・・・
・・・俺はそれを昨日見たから、それがどんな用途で使われるかも知ってるし、
真ん中の小窓に入っている線がどういう意味を持っているかも知っている。
それにこの数十秒後の展開だって、薄ぼんやりながらなんとなく分かる。
分からないのは、何で櫛枝がそれを持っているのかとそれを俺に渡してくる理由くらいで・・・

「・・・私ね、見たいものが変わったんだ・・・
 もちろん幽霊だってまだ見てないから見たいし、UFOだってツチノコだって・・・見たことないものはなんだって見てみたい・・・
 けど、それよりももっと見てみたいものができちゃったの」

「・・・な、なにを見たいんだ・・・」

絶対聞いとかなきゃいけないような気がするのと、聞かなかった方が良いような気がするのは何でだ。



「・・・・・・ここに居る子と、私と・・・高須くんが一緒にいるところを、私は見てみたいの・・・・・・
 ・・・・・・私、妊娠したよ・・・高須くんの赤ちゃん・・・・・・」



コンビニから大河が帰ってくるまで、昨日の大河みたいにお腹に手を添えながら見つめてくる櫛枝に
俺は何も言えずに固まっていた。

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