web上で拾ったテキストをこそっと見られるようにする俺得Wiki


147 174 ◆TNwhNl8TZY sage 2010/03/22(月) 10:06:09 ID:SM95Xp8B






瞼を透かして入ってくる光によって、沈んでいた意識が浮上してくる。
鉛のように重い目を開くと、何故か見慣れた居間の天井が見えた。
いつの間に自宅まで帰ってきたんだ。
目線だけ横に動かすと、窓から差し込む日差しが赤い。夕日だ。
ということは、もう夕方なのか。
俺、寝ちまって・・・いや、気絶してたのかよ。
かなりの時間が経過しているのは分かった。
最後に記憶にあるのはまだ午前中のことだ。
昨日からの立て続けに起こった出来事と、そのためにあまり寝られなかったためか、泥みたいに眠り込んでいたらしい。
疲れもそれなりに取れていた。
それにしても、教室の窓からほとんど紐なしバンジーで地面に着地したというのに、体のどこにも痛みがない。
おぶさったまま一緒に落下した大河は無事なのか。
そうだ、大河はどこに、

むにゅ

(・・・・・・むにゅ?)

俺を家まで運んだのは大河のはずだ。
近くにいるだろうと探そうとすると、畳からは絶対にしないような柔らかい感触がする。
そこで初めて自分が何かを枕にしていることに気付く。
不思議に思って手を頭の方へと回して触ってみると、スベスベとした手触りと共に温かさが伝わってくる。

「あん・・・」

「・・・泰子?」

声のした方に首を巡らしてみると、俺と同じく仰向けに寝そべっている泰子がいた。
かけた声で目を覚ましたのかノロノロとトロい動作で伸びをすると、上半身だけを起こして大きくあくびをする。
子供みたいに両手で目を擦ると、起き抜けの、まだ眠たそうなショボついた目で俺を見つけて、緩みきった顔を更に緩めた。

「おはよ、竜ちゃん」

「お、おぅ、おはよう」

自分でも間の抜けた声が出たと思うが、寝起きの頭では状況が今一よく掴めない。
夕方だというのにおはようもないが、泰子はこの時間に起き出すことも少なくない。
だから挨拶自体に驚いてるんじゃなくて、俺はなんで泰子に膝枕なんてされているんだ?
それが分からない。
大河がわざわざ寝ている泰子の上に意識のない俺を置いていった、なんてことはないだろうし。

「んん〜・・・竜ちゃんたらお昼からずっと寝てるんだもん、やっちゃん足痺れちゃった〜」

いつ頃から家にいたのかなんて知らないが、かなりの時間気絶したままだったようだ。
しかもその間ずっと泰子の膝に頭を乗せていたらしい。
まだ俺の頭が乗っかっているのに、泰子は膝をモジモジと動かして少しでも早く痺れた足を元に戻そうとしている。

「わ、悪い、すぐにどく・・・お、おい?」

「えへへ〜」

頭を浮かそうとする前に、上から降ってきた泰子の手で押さえつけられた。

「こうやって竜ちゃんと二人でゆっくりするのって、なんだか久しぶりだね」

グイグイ頭を押さえていることなんて微塵も感じさせない、やたら穏やかな口調な泰子。
観念して首に入れていた力を抜くと、泰子はそのまま俺の頭を撫で始めた。


「思い出すなぁ・・・小っちゃかった頃の竜ちゃんも、今みたいにやっちゃんの膝でよく寝てたっけ」

「俺はもう覚えてねぇけどな」

どれくらい昔の話をしているのかさえ俺には分からないから、相当昔のことなんだろう。
だが、一定の間隔で頭を撫でてくる泰子と夕暮れに、なんだか俺まで懐かしいものを感じてしまう。
きっと子供の頃はこういうことが日常的にあったと、そう思わせられる。

「そうなんだ・・・竜ちゃん、寝ぼけてやっちゃんのおっぱい吸ってたのも忘れちゃったんだぁ」

ホントにいつの話だよ。

「あっ、けどね? 多分すぐに思い出すと思うよ」

「・・・? ・・・なんでだ」

「えっとぉ、ちょっと待ってぇ・・・あ、あったぁ」

泰子は俺の頭を撫でていた手を、今度は自分の枕元に置いてあったバッグに持っていった。
少しの間待つと、泰子はバッグの中を探っていた手から一冊の小さな手帳を取り出す。
それを「はいこれ」と、とても楽しそうにこちらに手渡してきた。
その手帳は全体的に淡いピンク色をしていて、真ん中に可愛らしい赤ん坊の絵が描いてある。
下の方には名前蘭が設けてあり、既に泰子の名前が入っていた。
いたって普通の手帳だ。
上の方に目立つように「母子健康手帳」とさえ書いてなければ、少しファンシーなだけの手帳だ。

「今日ね、お医者さん行ってきてぇ、その足で貰ってきたの〜。でね、帰ってきたらなんでか竜ちゃんがいてぇ・・・
 待ってても竜ちゃんなかなか起きないから、やっちゃんもいっしょに寝ちゃった」

汗を流して震える俺が視界に入っていないのか、上半身を起こした泰子はその手帳を俺から取り上げると、パラパラと数ページ捲ってみせる。

「驚いた、竜ちゃん? 驚いたよね、やっちゃんもビックリ。だって三ヶ月前の一回だけでってなんだかすごいよね」

三ヶ月前・・・三ヶ月前!?
た、大河達はせいぜい二ヶ月前って言ってたのに泰子は三ヶ月前・・・え、じゃあそれって・・・

「きっとかわいいだろうなぁ、竜ちゃんとぉやっちゃんのぉ」

「泰子、ちょっと待っ・・・」

聞きたくない、その先だけは聞きたくない。
聞いてしまったら俺は立ち上がれない気がしてならない。
聞いてしまったらもう人間として終わる。

「あ・か・ちゃ・ん」

「うふ・・・・・・うふふふふふっふふふふふふ・・・・・・・・・・」

かつてこれほど不吉で、かつ不快だと思ったことがあっただろうか。
喜色満面の泰子が言うと同時に部屋の隅の方、鳥カゴの中から聞こえてきたインコちゃんの鳴き声。
いつもなら我が家の団欒をより明るくしてくれるそれが、今の俺には正直耳障りでならない。

「うふふ・・・こ、こここれっはりゅ・・・っりゅりゅうちゃんんと、い〜いん・・・い、いんっぽちゃんの・・・」

「・・・・・・・・・」


現実を受け入れたくないからか、まるで吸い寄せられるように、泰子の膝枕から立ち上がった俺はインコちゃんのカゴまで近づく。
カゴの中のインコちゃんは俺に背を向ける形で、それも何故か両羽をこれでもかと広げている。
このままいつまでもこうしている訳にもいかないし、どうしようかと立ち尽くしていたら、インコちゃんがこちらを向いた。

「かっかかわいいかわいい、りゅりゅりゅりゅうちゃんといんくぉちゃんの・・・くえぇ?」

ベロンベロンと、あの厚くて長い舌を這わせながら頬ずりまでしている時に、ようやく俺の存在に気付いたインコちゃん。
一体何をしてるんだ・・・そう目を凝らして見ていたら、インコちゃんはヨロヨロとした動きで「それ」がよく見えるように、
カゴの端っこへと移動した。

「・・・っ!?」

「あかちゃんたち・・・」

インコちゃんが今まで居た位置には1、2、3・・・計10個もの卵が転がっていた。
一体一晩でどうしてこんなに・・・あ、朝のあの酷いやつれ具合はこのためだったのか!? き、気付かなかった・・・
にしたって、普通は一日おきに1個のペースだっていうのに、いきなり10個なんて。
現にこうしてちゃんとあるんだから信じるしかないが、けどこれ、明らかに異常だろ。
今だって骨と皮しか残っていないほど痩せこけているインコちゃんは、俺が卵を凝視していることに満足したのか、
その見てくれとは正反対な張りのある声でクスクスと笑っている。
だが、やはり元気というわけじゃないのだろう、温めようとすぐそこの卵までにじり寄るのにも一苦労といった感じだ。
それでも、インコちゃんは止まろうとせず、時間をかけて少しずつ進み、そっと羽を広げて愛おしむように余さず卵を包み込んだ。

「うふふふ・・・ここ、このこたちは、ちゃっちゃんとおおきくするの・・・あのこのぶんまで・・・」

昨日の事は、インコちゃんからしてみれば悪夢以外の何物でもなかったんだろう。
だからそんなになってまで・・・

「インコちゃん・・・」

ダンダンダンダンダンダンダンッバンッッ!!!

母性本能に突き動かされるインコちゃんをただただ眺めるしかない俺の耳に、階段を駆け上がる慌しい足音と、
すぐに力任せに玄関をこじ開ける音が届く。
この時点でもう嫌な予感しかしない。
昨日、インコちゃんの記念すべき初めての卵が生のままスクランブルエッグになった時と似たような事が起きそうな、そんな予感が。
振り向けないでいると、家中をドカドカと走り回る、大河の荒い息遣いが響く。
意味不明な行動をしているんだろう大河は、泰子に何度もやめてくれるよう求められても一向にやめようとはしない。
やっと開けっ放しだった玄関が閉められると、そろそろと俺も振り返った。
そこには大きく息を吸っては吐いてを繰り返し、水道の蛇口を全開にしてコップに注いでは、何度も水を一気飲みしている大河がいた。

「ハァッ、ハァッ・・・・・・ただいま・・・起きたみたいね、竜児。気分はどう? どっか痛かったりしない?」

落ち着いた大河が、制服の袖で汗まみれの額を乱暴に拭っている。
その制服は土埃で汚れてしまっているし、左の肩口は縫い目が若干解れて下のシャツが露出していた。
髪にはどこで付けてきたのだろうか所々に葉っぱが刺さっており、顔は・・・鼻血を流し、目元なんて薄っすら青タンまでこさえている。
何をしてきたんだ、何を。

「お前・・・どうしたんだ、その格好・・・」

「・・・どうってことないわよ、こんぐらい。これからに比べればまだね・・・」

これからって・・・
疑問を口にする前に、大河は窓を指差した。

「・・・外がどうし・・・・・・・・・」


言葉を失った。
ベランダ越しに覗き込んだ窓の外には、櫛枝に川嶋、木原と香椎、会長、独身・・・教室にいた連中は軒並みがん首を揃えていた。
どうやらアパートの前の道路を占拠しているみたいだ。
通ろうとする度に、通行人が今来た道を早足で引き返していく。
なんてことを・・・ただでさえこの家は近所でも浮いているのに、そのうちを取り囲んで、あまつさえ近隣の住民を脅かすようなマネまでして。

「あっ、いたぁっ! やっぱりここにいた! お〜い! たーかーすーきゅーん!! 今助けにいってあげるからね! そこ動いちゃだめだよー!」

ちょうどこちらを向いていた櫛枝とバッチリと目が合う。見つかった。
ブンブン手を振りながら櫛枝が大声で叫ぶと、一斉に全員がこちらに顔を向けた。
俺が見たのはそこまでで、背中から伸びた大河の手によって、力任せにベランダから居間に引きずり込まれた。
だが、間髪入れずに今度は川嶋の怒声が。

「テンメェざっけんなドカスチビィッ!! ヒトん家に立て篭もるとか犯罪だろコラァ!」

た、立て篭もり!? 立て篭もりって、うちにか!?
そういえばさっき大河が家中を荒らして玄関で何かしていた。
外からじゃあ入れないようにするためだったみたいだ。
それのせいで川嶋達は家の中に入ってこれないのか。

「っさいばかちー! 私はずっとここん家の子だぁ──────!! そい! そい! そぉい!!」

勢いよく窓を開けてそう叫んだ大河は、そこに掛けてある鳥篭を抱え込むと手を突っ込み、中から卵を2〜3個いっぺんに掴んで、

クシャッ、クシャ、クシャァ・・・

眼下に並ぶ川嶋達に向かっておもいっきり投げつけた。

「キャアッ!? このっ・・・見た目よりもガキくせーこと言ってんじゃねぇよ! ゴミまで投げてきやがって!」

「うるさいうるさいうるっさぁ〜〜〜い! 文句があんならここまで来てみなさいよ! そしたら聞いてやるわよ!」

なるべく見つからないよう顔を出してみれば、アパートの前の道路にはいくつも割れた卵が散らばっている。
インコちゃんが文字通り身を削って産んだ卵が、それもゴミ呼ばわりまでされて・・・
あれだけあったインコちゃんの卵はものの一分もしないで、一つ残らず、全て大河に投げられてしまった。
篭の中にはインコちゃんのみとなり、投げる物が無くなってしまったそれには用がないと、大河は乱雑に篭を放り投げた。
床に衝突する寸前でなんとかキャッチすると、衝撃を与えないようテーブルにそっと置いておく。

「うふ・・・うふふふふふ・・・うぐ・・・ふっぐぅ・・・くえぇぇえ・・・ぐっ・・・ふふ、ふ・・・ぶふ・・・えぐ・・・ヴぇええええ・・・・・・」

篭の中でハラハラと涙を流し、涙が篭の底を濡らす度に羽毛までもが抜けていくインコちゃん。
ベランダでは、どれだけインコちゃんを傷付けたのかなんてこれっぽっちも考えていない大河が、まだ川嶋と壮絶な舌戦を繰り広げている。
そうでなくても近所迷惑だというのに、近所中に響く大声で。
自分の目つきを棚に上げるようだが、近所の目が恐くて俺は明日から引き篭もるかもしれない。
おあつらえ向きに大河が篭城の支度を整えていたし、叶うならいっそのこともう誰の目にも触れないところでひっそりと暮らしたい。
無事に明日が来れば、の話だけどな。
この調子じゃあ明日なんて来そうにねぇよ。

「だったら階段に積んであるベッドとか机とかどうにかしろぉっ! あれじゃテメェだって出れねぇだろうが!」

「あんたらが尻尾巻いて引き上げたあとでゆっくり片すからいいのよ! だからさっさと帰れ、バーカ!」

「ハァッ!? 高須くん獲り返すまで帰るわきゃねーじゃん!
 てかこのおつむまでミクロタイガー! テメェ亜美ちゃんの旦那に変なことしてみなさいよ、本気でぶっ潰すかんな!!」

「獲り返すぅ!? 旦那ぁ!? なんべん言ったらわかんのよ! 竜児は私のだぁあああ───っ!! お嫁さんも私だぁぁあああ!!」

そうか、階段にはベッドと机があるのか。どちらも俺の部屋の物だ。
あんなもんよく一人で運べたな、大河のヤツ。
さすがにそんな重たい物を足場のあまり良いとはいえない階段上でどけるなんてすぐにはできないだろう。
そこまで考えてやっていたとしたら、大河は相当マジだ。
マジで、本当の本気で立て篭もる気でいやがる。
当の大河は川嶋の一言一句が堪忍袋の緒を引き千切る以外の何物でもないようで、それは川嶋も同じらしい。
息継ぎすらしない勢いでどんどんヒートアップしていく言葉による殴り合い。
更に、大河と川嶋の喚き声に混じってこんなやりとりも聞こえてきた。

「ねぇ奈々子、なに一人でそっちのでっけーマンションに入ろうとしてんの」

「・・・・・・べつに・・・・・・」

香椎と木原の二人は大河のマンションの入り口付近で火花を散らしていた。

「ウソ、また抜け駆けする気なんでしょ?
 どうせどっかの部屋から高須くん家まで飛び移ろうっていう魂胆なんでしょ? みえみえなんだから」

「どうしてそこまで的確にわかるのかしら。まるで麻耶もしようとしてたみたいね、抜け駆け」

「・・・・・・・・・」

「あら、どうしたの麻耶、黙っちゃって・・・図星? ・・・まさかね。あたしにはあれだけするなって言ってたんだから」

「・・・オンナの友情ってそういうもんじゃね?」

「ええそうね、否定はしないわ・・・ふふ」

「でしょ? ・・・ふふ・・・」

「「 ふふふふ・・・なにが可笑しいのよ? 」」

オンナの友情って重いな・・・

「高須くーん! お願いだから出てきて、ちゃんと話し合いましょう! 先生間違ってたって気付いたの、式場とか勝手に決めるなんて・・・
一緒に選びましょう、並んで座って・・・ね? そういうのって先生したことなかったからわからなかったの〜!」

「一生独りで式場巡りでもやってなさいよ、この妖怪独身三十路ババア!」

「崖っぷちの人間がやっと掴んだ幸せなのよ!? あんた達まだ崖っぷちじゃないんだから譲りなさいよ!!」

「関係ないって! 独身だったらきっと他にお似合いの相手が多分見つかるはずだから、それまで独り身に耐えててくれって言ってんのよ!」

「ありがとうございますうっ! けどお断りですう、もう先生高須くんに貰ってもらうんです、決めたんですうっ」

「そういうのがキショがられてたからその歳になるまで独身だったのよ! よぉっく自分の歳思い出してごらんなさい?
 ほぉら、もう三十路じゃない。崖っぷちどころかとっくに転落してんのよあんたは! この三十路三十路三十路三十路ぃ!」

「いぃぃぃぃやぁぁぁああああああああああっ!? せめてアラサーって呼んで!
 たとえ三十路じゃなくなる訳じゃないとしても、それでも三十路はやめてえええええええ! 落とさないでぇ・・・!」

こっちの方はもっと重いな・・・それも別の意味で、しかも淀みまくっていて。
・・・そういえば会長はどこに行ったんだろう、見当たらない。
さっき顔を出した時は皆に混じっていたはずなのに。

「・・・ようやく見つけたぞ、竜児」


そう思った途端、会長はスタッとベランダに現れた。
俺の見間違いじゃなければ、よじ登るというよりは降ってきたように見えたが・・・まさか木原と香椎が言っていたことを本気で実行したのか。
ありえる、会長なら十分考えられる。
大河の部屋どころかどの階の部屋も窓が開いていないだろとか、それなら屋上から飛んできたのかと色々と思うところはあるが、
それでも会長ならやりかねない。
だって実際目の前にいるんだから。

「・・・あんたはなにやっても来るだろうと思ってたわ・・・」

突然会長が舞い降りたことによって大河は川嶋と独身との舌戦を中断した。
なおもがなり立てる川嶋を一瞥はするものの、一度瞼を瞑り、開いたその目で、俺を間に挟んで会長を睨みつける。
知らず喉が鳴っていた。
会長も、大河の抑える気のない怒気と、それを映す瞳に、心もち緩んでいた表情を引き締めなおす。
大河が背にするように俺の前に立った。
軽く手を広げ、俺に離れろと促すついでに、会長に向けてこれは自分のものだと主張する。
その行為が、会長の表情を更に硬いものにさせた。
大河と同じく敵意を剥き出しにし、胸に溜まる不愉快な感情を言葉に代えて口から吐き出す。

「散々邪魔してくれてありがとうよ。お礼にそのツラ、もう一発入れてパンダみてーにしてやるから動くんじゃねぇぞ」

居丈高な物言いに会長の本気が伝わってくる。
大河の顔をあんなにしたのは会長だったのか。
苦虫を噛み潰したような顔をした大河が袖で顔を拭う。
垂れてそのままだった鼻血も、滲んでいた汗も拭き取られたその顔は瞳同様に怒りに染まっていた。

「気にしないで、お礼なんて・・・借りがあるのは私の方よ・・・倍にして返してやるわ」

「・・・・・・上等だ」

関節を鳴らしていた会長が、一度深く息を吸い込む。
その一瞬に大河が背中に手を回すと、次に手が見えた時には北村を本物の大明神になる寸前まで叩きのめした、愛用の木刀が握られていた。
だから、どこからそんな物を・・・そもそもいつもそんな物騒な物を持ち歩いているのかよ。
そして今朝だって急いで出てきたのに、木刀だけは忘れずに持ってきてるのか。
ともかく、これには会長も面食らったらしい。
舌打ちを鳴らすと、前のめりだった姿勢を無理やり仰け反らせ、大きく後退し、距離を空けようとした。
だが、そこはうちのベランダだ、大したスペースがあるはずもない。
抜きん出た反射神経に従ったためにそこまで気がいかなかった会長は袋小路に捕まった。
訪れた好機を逃さず、一気に畳みかけようと、すかさず大河が木刀を振り上げる。

「チィッ!」

「クッ!?」

振り上げられた木刀が下ろされる前に、会長が体ごと大河にぶつかりに行った。
渾身の力を込めようと腕を伸び切らせていた大河は体勢を崩さぬよう踏ん張るのに精一杯で、木刀を奪いにきた会長にまで対応しきれない。
動きの止まった大河相手に、木刀に手をかけた会長はそのまま押し潰す勢いで覆い被さった。
押し潰されまいと押し返す大河と、その大河をなんとか押し潰そうとしている会長。
一進一退の様相。しかし、やはり身長差と、それまでだって全員を相手にしていた分、大河にとっては不利に働いた。
じりじりと少しずつ、だけど確実に会長が押し始める。
二人の口から漏れ出てくるのは荒い息だけだが、次第に会長に比べ、大河の呼吸が浅く小さなものになる。
そして力み続けることに限界がきた大河が再度力むために体中に張っていた緊張を緩めた刹那、今度は会長が仕掛ける。
乾いた音を俺の耳が拾った。
振り乱れ、汗で張り付いた髪の隙間から覗く頬が赤い。

「・・・卑怯だって思うでしょ」

拮抗状態による無言を破ったのは会長の張り手と、大河の場にそぐわない自嘲のようなセリフだった。


「なにをだよ」

「・・・これとか」

軋む音を立てながら、今にも真ん中からへし折れそうなほどしなっている木刀のことを言っているんだろう。
引け目はあったようだ。
だが、木刀なら何度も振り回しているところを見ているが、大河がそんなことを言うなんて初めてだ。

「今更なに言ってやがる。大体これのどこが卑怯だってんだよ」

伏せていた顔を、大河は会長へと合わせる。

「使える物を使って何が悪い。私がお前だって同じ事をするし、それを卑怯だなんて思わねぇ」

いつだって強気に満ちて吊り上がっていた大河の目は、けれど今は弱気が支配し、泣きだしそうに歪んでいた。
考える時間があったらとにかく行動を起こして、一人で頑張って、転んだって構うもんかと突っ走って。
だけど、それで良いのか悪いのか、それはもしかしたら間違ってるんじゃないのか。
そんな葛藤に苛まされているように見受けられた。
少なくともその瞬間の大河が、俺にはそう思えた。
でも、それでも。
大河の瞳に、また火が灯る。

「形振り構ってられねぇ時に形振り構っていられるほど人間できてねぇから、
 だからどんなことしてでも欲しい物は奪い取りにきてんだよ。私だって、下の連中だって」

お前だってそうじゃねぇか───最後の言葉は、囁くような小さな声で、俺にはハッキリとは聞こえなかった。
ただそう聞こえた気がしただけで、けれど、あながち間違ってもいないかもしれない。

「・・・・・・そう・・・そう、ね・・・・・・」

木刀を握る腕に力を込めなおした大河がこちらを向いた。
射抜くような視線で上から下まで俺を視界に収めると、なんとも言い難い表情を形作る。
怒っているようにも、悲しんでいるようにも、苦笑しているようにも、諦めているようにも。
見ようによってはいくらでも移ろう大河の顔には、その数だけたしかな感情が込められていた。
今度は自分の腹部を見つめる。
その横顔はとても穏やかに見えて、

「私が幸せになっても恨むんじゃないわよ。竜児も、この子も」

一瞬にして、勝利を確信したかのような笑みを浮かべた。

「それは私のセリフだ」

会長も似たような顔をしている。
お互い譲る気なんて欠片も無いという意思の表れなのだろうか。
激しく奪い合っていた木刀を投げ捨てると、大河と会長は───

ガラガラガラ・・・ピシャッ!

・・・そこから先は、いつの間にか窓際にいた泰子が雨戸と一緒に窓も、カーテンも閉めてしまって俺には分からない。
分かるのは、泰子は窓に鍵をかけただけでは飽き足らず、居間に置いてあったタンスを引き摺り、自室から衣装ケースまで持ち出してきて、
窓を塞ぐためにどんどん積んでいく。
もしかしなくてもバリケードだ。

「・・・・・・・・・はっ!?」

一瞬何が起きたか分からなかった俺は、窓が完全に塞がれた頃になってから我に返った。
微かながら入ってくるはずの夕日は完全に遮られ部屋の中は明かりも点いておらず薄暗く、台所の窓から入る光だけが唯一の光源になっている。


『竜児っ!? なんで窓閉めんのよ、開けなさいよ! 開けて!』

バシバシと雨戸を叩く音と共に、やけに遠くに感じる大河のくぐもった声が聞こえる。
更に遠くでは、会長が俺の部屋の窓を抉じ開けようとしているみたいだが、どうやら向こうも居間と同じ状態にされているらしい。
これも泰子の仕業と思っていいだろう。
暗い部屋の中に響くのが、自分を呼ぶ女の声と雨戸を叩く音というのは呪われているようで薄気味悪い。
しかも元凶の泰子は居間から消えてしまっている。
泰子の部屋の方からなにやら派手に物を引っくり返している音が聞こえるから、多分そちらに居るはずだ。
雨戸ごと割れるんじゃないかと心配になるが、俺を呼び続けながら窓を叩く大河を無視して、
抜けそうな腰と震える足を壁に手を付くことでなんとかまともに立たせて歩くと、

「や、泰子・・・? なにしてんだ・・・?」

ひっ散らかした部屋で、ばかデカイ旅行カバンに服、化粧品、アクセサリー。
それらをギュウギュウに詰め込み、入らなくなれば別のバッグを出してまた同じことを繰り返している泰子。
いくらなんでも枕は無理があるだろ。

「あっ、竜ちゃんも早く用意して。しばらくお出かけすることにしたから」

言いながらも泰子は荷造りをやめようとしない。
たまの贅沢で買った高価な下着とそうでない物を的確に選り分けていく様を見れば、手当たり次第に詰め込んでいるわけじゃなさそうだ。

「出かけるって・・・」

単に散歩や買い物に出るんじゃない、荷物の量からしても簡単な旅行ですらない事は明白だ。
それも俺込みでと言うんだから、この家を当分の間空けるつもりなんだろう。
なんでこのタイミングで、そんな夜逃げみたいなマネを・・・

「懐かしいなぁ、ずぅっと前もこんな感じで家出したんだぁ・・・けどぉ、今度は竜ちゃんがずっと一緒だもん、全然恐くないよ?」

夜逃げみたいなマネじゃねぇ、泰子は夜逃げする気だ。
それも本気で、至ってマジで。
夜逃げと違うのは人が寝静まった深夜ではなくまだ夕刻ってだけで、逃げることには変わりないんだから、それはやはり夜逃げの部類に入るだろ。

「ちょっ・・・と待て、いきなりなに言い出すんだお前・・・家出って・・・」

「・・・ね、竜ちゃん」

パタリと、動かしていた手を止めた泰子は立ち上がった。
すると、居間と同じで部屋の中が暗くてよく見えないが、なんだか違和感を覚えた。
目を凝らしてジッと見ていると、泰子のシルエットがいつもと違うことに気付く。
普段は仕事用の服を含め、家の中でも体のラインが浮き出る物や殆ど下着同然の格好でいる泰子が、
いつもとは異なり随分とゆったりとした服装に身を包んでいる。
暗がりに目が慣れてくると、少々の痛みやデザインその物にも古臭さが見受けられる。
少なくとも俺の覚えている限り、泰子がこんな服を着ているのなんか見たことはない。

「これね、もう着ることなんてないかなぁって思ってたんだけどね、でもどうしても捨てられなかったの」

尋ねてもいないのに、泰子はワンピースによく似た服を軽く抓み、ポツポツと喋り始める。

「いろんな思い出がたくさんあって・・・ほら、ここの染みね? これ竜ちゃんが急に蹴るからビックリして、お茶こぼしちゃって」

俺が泰子を蹴る・・・?
服同様、記憶にある限りそんな覚えはない。

「着回しだってしてたし、もう18年も前のだからけっこう傷んじゃってるけど・・・どう? おかしくなぁい?」

「あ・・・ああ。いいんじゃないのか、全然」


似合ってないわけじゃない。
ただ、見慣れた泰子とかけ離れてるっていうか、なんだか落ち着いているというか。

「よかったぁ」

俺の返答に、泰子は柔和な笑みを浮かべた。

「マタニティウェアってホントはもうちょっとお腹が大きくなってからでもいいんだけど・・・うん。
 やっぱりこれ着てよっと、竜ちゃんも気に入ってくれたみたいだし」

それだけ言うとしゃがみ込んで、カバンを太らせる作業に戻ってしまう。
マタニティウェア・・・マタニティ・・・あぁ、そういう人のための服だったのか。
どうりでそんなに胴回りに余裕が・・・

「って、そうじゃねぇ! それと出て行くのとどう関係があるんだよ!?」

「そんなに深い意味はないよ。ただ、さっきの娘も言ってたでしょ? 大河ちゃんとケンカしてた娘。
 使えるものを使ってなにが悪い、って。そうしてるだけだよ、やっちゃんも」

「・・・余計に意味分かんねぇよ・・・もういい、それよりも、なんでまた出てくなんてことになるんだ」

「それは大河ちゃんたちが竜ちゃん持ってっちゃうみたいなこと言ってたから・・・竜ちゃんはそれでもいいの? ・・・やっちゃんはヤだなぁ・・・
 でもぉ、大河ちゃんたち諦めそうにないし・・・ならね、大河ちゃんたちが落ち着くまではどこかに隠れてた方がいいと思うの」

「それはっ・・・・・・」

言葉に詰まった。
この家に留まるのは危ないと、耳元で誰かに囁かれている気がするくらい危険を感じてはいるが、かといって他所に移るというのも決めかねる。

「それにもう竜ちゃんのこと、ご近所に広まってるよ、きっと」

近所迷惑を通り越して近所災害と名づけてもいいレベルの騒動だ。
最早井戸端会議のネタにされることを止めるのは不可能だろう。
その程度で終わるとも思えない。

「もしもだよ? もしも、この家にいられなくなっちゃったら・・・竜ちゃんなら、どうする?」

答えられない。
今日だけでもここから追い出される理由は山のようにできた。
そしてそうなった場合、残っている道は多くはないということも頭では理解している。

ガシャ───ン!!

「竜児! なんで締め出すのよ、私勝ったのよ! ちゃんぴょんよちゃんぴょん! これでけけけ、けっこ、けっこ・・・」

ドカァッ!!

「高須くん! 迎えにきたよ、一緒に行こう! ・・・て、あれ? 高須く〜〜ん、どーこー? もう平気だよ、出といでよ」

「高須くーん、そいつ玄関の前に積んであったベッドとか全部階段の下に投げ捨てたのよ。一人でよ、一人で。
 タイガーといい、そんな中身がエイリアンや物体Xみたいなバケモンよりも、早く亜美ちゃんと二人で逃げよ」

「脳筋女や腹黒の世迷言なんかに耳を貸さなくてもいいのよ。さぁ出てきて高須くん、あなたのあたしはここよ」

「そうそう、体力バカと腹黒共の世迷言に騙されちゃダメだよ、特に奈々子なんてお腹ん中ありえないぐらい真っ黒なんだから。
 だからあたしと一緒になるのが一番いいって、高須くんならわかるよね? だから出てきてよ」


「先生は」

「「「「 オバサンはすっこんでろ!!! 」」」」

「まだなんにも言ってないわよ!?」

考えている合間に突如響き渡る、居間の窓を割る音と大河の興奮した声。
とうとう会長とケリを付けたのか。過激な付け方でなければいいが。
間髪置かずに蹴破られた玄関のドア。外から雪崩れ込んできた櫛枝達が喚き声を上げている。
先陣を切った櫛枝は、相対した大河には目もくれず家捜しを開始。
川嶋の言を信じるなら、櫛枝はたった一人で玄関の前に積まれた家財道具を撤去したのか。
だが、香椎が言うにはそれは世迷言だそうだし、木原は香椎の言葉すら世迷言と言い切る。
独身は全員にバッサリ切り捨てられ、憤慨しつつもしっかり後に続く。
隅から家の中を調べ終えた櫛枝が戻ってくると、みんなして一斉に俺の部屋へと向かっていったようだが、
ここに居る俺を見つけ出すのにそう時間はかからないはずだ。
どうする、どうすれば───

「ねぇ竜ちゃん」

のほほんとした泰子が肩を叩いてくる。
こんな時になんだよ。

「やっちゃん考えたんだけどぉ」

だからなんだよ。

「みぃんなお嫁さんにもらっちゃったらどうかなぁ。あ、もちろんやっちゃんはお嫁さんいっち号〜」

いい案だな、ここが日本じゃなくてどこか多妻が許される国だったらそれで丸く収まるかもしれない。
それと俺の気持ちとか倫理観とか、他一切合切も無視すれば、の話だが。

「・・・そんなのできるわけ・・・」

ガラッ

「そうよやっちゃん、そんなの認められないわ。だって・・・」

開けられた襖の向こうには、台所から入る夕日によってオレンジ色に染められた大河。



「竜児のお嫁さんは私だけなんだから!」



──────に続いて、

「それこそ認められるかあああ!」

「ちょっと!? あんた負けたんだから出てくんじゃないわよ! 恨みっこ無しじゃなかったの!?」

「不意打ちじゃねぇか! あんなんじゃさすがに納得いかねぇ、無効だ無効! 仕切り直しだ!」

「イヤよっ、勝ちは勝ちだもん! だから竜児のお嫁さんは私だもん! 誰にも文句なんて言わせないもん!!」


あっちでも。

「大河に勝ったらお嫁さん? ・・・ヨッシャ──! その話乗ったぁ! あらよっと!」

「へ・・・うっきゃああああ!? ちょ、ちょっと実乃梨ちゃん!?」

「なにをボサボサしてんのさ、あーみんもお嫁さんになりたいんなら、まずはこの老師櫛枝をへぶっ! ・・・いったぁ〜・・・」

「ホンっトマジでテメーといいくそチビといい、どっからバットなんて危ねぇモン出しやがんのよ!?
しかも今本気で当てにきやがったろ!? 薄々わかってたけど頭おかしいんじゃねぇの!?」

「あーみんこそ、その手に持ってるのはなんだよぅ」

「い・・・いイ、いぃぃぃィぃ・・・いっそコロして・・・・・・」

「・・・これはあれよ・・・こんなのよりも、亜美ちゃんと高須くんの赤ちゃんの方が百万倍プリチーだからぜんぜん平気だしー。
 なんてったって二人の愛の結晶なんだから、きっと世界一幸せで可愛い赤ちゃんに決まってるよね」

「その百兆倍は私と高須くんの赤ちゃんの方が可愛いけどねー。どんな子だろ、将来は家族三人でキャッチボールとかしたいな。
 ううん、いっそチームができるくらい・・・いいなぁそういうの・・・なんか、夢が膨らむっていうか・・・高須くんにも見せてあげたいな、この夢」

「ハッ・・・笑えないんですけど、そのジョーダンてか悪夢っつーか寝言。あ、けど今のフザケタ発言で亜美ちゃんヤる気出たかも。
 覚悟しろよこのエセ天然、明日からその作ったキャラ通せると思わないでよね」

「キャラ作るとかあーみんに『だけ』は言わしたくないなー・・・そんじゃま、あーみんこそ覚悟しな、私こっからは手加減抜きで行くよ。
 ついでに不幸にもあーみんの得物にされちゃった顔がアレなトリッピーも、怨むんならあーみん怨んでよ」

「ぐえぇ・・・ややや、やっ、ヤァァァ・・・やっぱりたす、たすけ───りゅうちゃぁぁぁぁ・・・・・・・・・」

こっちでも。

「麻耶、ここは・・・だから・・・で・・・・・・そうしない?」

「オッケ。じゃあまずあたしが・・・だろうから、奈々子はそこで・・・・・・にして・・・・・・で、どう?」

「完璧よ、それで行きましょ」

「うん、まかしといて」

「あと曜日の割り振りのことなんだけど、日月水はあたしで火木金は麻耶でってことでいいかしら?
 これならお互い休日も入ってるし、不公平にならないと思うんだけど」

「じゃあ土曜は一緒にって感じ? けっこういいかも、そういうの、なんか楽しそう」

「あ、あなた達まさか・・・さっきまであんなに仲違いしてたじゃない! なのに二人で!? それってズルくない!?」

「残念、二人じゃなくて四人よ。こんな簡単な計算もできないなんて脳みそまで老化し始めてんじゃないの、三十路」

「三十路にはわかんないよ、オンナの友情は時と場合によりまくるってことが。ま、歳じゃ仕方ないよね」

「くぅ・・・い、いいわよ、やればいいんでしょ!? やってやるわよ! 三十路三十路って、あんまり私を舐めないで!
 こんなの、就職氷河期真っ只中の、あの終わりが見えない恐怖に比べたら・・・周りが次々と結婚して置いてかれる、あの絶望感に比べたら・・・
 そう、ゴールは目の前なんだから! 私だって幸せになってやるんだから! 可愛い赤ちゃんと旦那さま付きで幸せになるんだからぁっ!」


───そして・・・

「ん〜しょ・・・竜ちゃんこれで最後〜、重いよ〜」

窓から乗り出した泰子から一際大きいカバンを受け取ると、他の荷物同様アパートの前に一纏めにしておく。
泰子がケータイで呼んだタクシーが来たら、すぐにトランクへと詰め込めるように。
それが済むと、最後の大荷物を受け取りに階段まで戻る。

「おい、気を付けろよ」

「う〜ん・・・きゃっ」

窓から階段へ降りようと、そろそろと足だけ出した泰子が案の定足・・・いや、尻を滑らせてずり落ちる。
多分こうなるだろうと思って待ち構えていてよかった。

「・・・・・・ふぇ?」

腕の中にスッポリ納まる泰子は、目を瞑ってプルプル震えている。
だが、今か今かと待っている衝撃と痛みが中々来ないことから薄目を開けると、強張っていた体から力を抜いた。

「はひゅ〜・・・こわかったぁ。ありがと、竜ちゃん」

「気を付けろって言っただろ、ったく・・・ほら、降ろすぞ」

「え〜・・・あ、そだ・・・こ、腰抜けちゃって歩けなぁい・・・かも」

無視して降ろした。
そのままぶーたれている泰子を置いて荷物の前まで来ると、適当な所に腰を下ろした。

「・・・・・・はぁ」

「なぁにぃ? 竜ちゃんどうしたの?」

「けちけちけーち、竜ちゃんのけーち」とぶつくさ言いながらノロノロ歩いてきた泰子。
膝を抱えて地面に座る俺の横に並んで座ると、体を預けてきて、頭まで俺の肩に乗っけている。
それだけでもう機嫌を直した泰子は、今度は楽しそうに行き先を考え出した。
やれ「やっぱりこういう時は北かなー」だの「でも寒いのはやだなぁ、じゃあ南の方にしよっか」だのと、
真剣に考えている泰子を見ていたら溜め息が漏れた。

「・・・これでいいのかって思うとなぁ・・・」

「竜ちゃんったら心配性さんだねぇ。大河ちゃんたちが落ち着くまでって、やっちゃんあんなに言ったのに」

俺が心配なのは俺が居なくなったことに気付いた後の大河達だけじゃなくて、帰ってこれるかどうかもなんだけどな。
それを言ったらやめりゃあいいじゃないかと思わないでもない。
だが・・・大河達が家の中で暴れ回っているために巻き起こる騒音が、外にいるとどれだけ酷いものか改めて分かる。
絶えず耳に入ってくるそれが、俺から思い直そうという気をみるみる奪っていく。
それに多分だが、あれだけ家の中をメチャクチャにされたんじゃもう人が住めないんじゃないだろうか。
いや、音しか聞こえないから、そんな気がするだけなんだけども。
少なくとも俺の部屋の家具はそこで粗大ゴミと化していたから、大家が見つけ次第業者を呼んで片付けさせるのはほぼ確定している。

パリーン・・・ゴン

また一枚窓が割られた。飛んで来たのは・・・炊飯器か。
さっきはテレビだったし、その前は電子レンジだったし、今に冷蔵庫でも飛んできそうだ。
・・・これ、帰ってきたとして、またこの家に住めるのか・・・?
中がどうこうじゃなくて、大家から入居拒否されそうだ。

「それにしても大河ちゃんも他の娘たちもすっごいねぇ、ず〜っとやってて疲れないのかな? 若いからかな」

「泰子とあんまり変わらねぇのもいるけどな」

「そうなんだぁ・・・あれ? じゃあやっちゃんも若いってことだよね? やったぁ」

そういうつもりで言ったわけじゃねぇよ、なにを喜んでやがんだ。
若いっていうよりも子供っぽいだけだが、言うだけ無駄か。
見た目だけならホントに若いし。
目には見えない頭の中身はもっと子供だろうしな。

「じゃあ若いやっちゃんと竜ちゃんは、手に手を取り合ってカケオチしちゃお〜う。
 二人の前には辛いこともいっぱいあるかもしれないけど、でもがんばろうね」

こんなことを素面で言うんだぞ、まず精神年齢は子供だ。
それも嫌な部分だけは知恵がついているからタチが悪い。
そうだな、具体的にいえば思春期辺り、ってそれじゃあ俺と変わらないか。

「・・・・・・なぁ、大河達が落ち着けば本当にすぐ帰ってくるんだよな? 店だってあるんだし」

「そうだぁ、やっちゃんね? 今度は女の子がいいなぁ・・・みんなで川の字になって寝たりしてね、きっと楽しいよ。
 でねでね、一人っ子じゃかわいそうだから、少しお姉さんになった頃にまた赤ちゃん作って・・・いや〜んなにこの素敵なかぞくけいかく」

「俺の話聞いてるよな? あと俺は泰子の何だ? お前が尻にしてるバッグに保険証が入ってるはずだから見てみろ。
 ・・・ふざけるのはもういいから、気休めでいいからすぐに帰るって言えよ」

「あぁっ!? た、大変・・・どうしよ竜ちゃん・・・」

「な、なんだ? 急にどうしたんだよ」

「大河ちゃんたちが赤ちゃん生んじゃったらやっちゃんおばあちゃんだよ?
 やぁんどうしよっ、やっちゃんまだそんな歳じゃないのにぃ」

何の心配をしてるんだこいつは。
これだけ心配事が転がっていて、先なんて全く見えない状態だというのに心配するのはそこなのか。
子供っぽい以前に、いろんな部分が人としておかしい。
そのおかしな泰子に手を引かれて、大河たちの喧騒から離され、
『このままここに残るひとぉ、それともやっちゃんと一緒にお出かけするひとぉ』
生きるか死ぬかの二択を持ちかけられ、悩みも迷いもしたが、
『んしょっと。はい、じゃあお出かけしようね、竜ちゃん』
と、泰子に持ち上げられ、結局「お出かけ」する方に手を挙げてしまった俺が言えることじゃないが。

ドガシャァッ!!

「ひっ・・・・・・き、きゃあー・・・やっちゃん、さすがに壁に穴空いちゃうの見るのはヒくなぁ・・・」

いよいよ本格的にヤバくなってきた。
アパートの外壁には屈めば人が潜れそうなくらいの大きさをした穴が空き、しかもどうやればそうなったのか、その穴から冷蔵庫が生えている。
ニョッキリと、どうだと言わんばかりに、それはもう立派に。
そして下向きになっていた扉が勝手に開き、中の物が地面目掛けて落下していった。
築年数が相当行っていてボロく、また安普請からかかなり薄いとはいえ、今まで家としての体裁を保ってきたそれをブチ破ったくらいだから、
家の中では筆舌に尽くしがたい事態にまで発展しているんだろう。
この上俺が逃げようとしていると知られたら・・・

「竜ちゃん、汗すごいよ・・・恐い?」

「・・・・・・・・・」


「だぁいじょうぶぅ、やっちゃんだけはずぅ〜っと一緒にいてあげるから」

「・・・泰子・・・」

人としておかしいとか思って悪かった。
今ほんのちょっとだけでも「唆されたんだ」なんて、捕まった時の言い訳を考えていた自分を心底恥じた。
そうだ、泰子だってあんなに言ってたじゃないか、大河達が落ち着くまでだって。
人生経験はそれなりに豊富なはずの泰子が言うんだから、その言葉を信じよう。
いつもは頼りなくって目も離せないのに、今は頼りがいがって、なんだか泰子じゃないみたいだ。

「だからもう恐くないよね、竜ちゃん」

「おぅ」

「よかったぁ、ならこれからはやっちゃんの言うことはちゃあんと聞いてくれるよね」

「・・・お、おぅ?」

「やっちゃん以外の女の子なんていらないよね、ねぇ竜ちゃん」

「えっと・・・や、泰子・・・?」

「うん? ・・・・・・あ、タクシー来たよ。ほぉらぁ竜ちゃん、行こ行こっ」

何だろう、だんだん誘導されていっていた気がする。
それもとても変な方向に・・・なんか、いつもの泰子じゃないような・・・
だが、深く考える前に俺は泰子の手を握って走り出した。
せっかく積んでおいた荷物もそのままに、タクシーとは逆方向に走り出した俺に泰子が何事か言っているが、
一心不乱に足を動かしていてそれどころじゃない。

(あれはまだ午前中だったから・・・あれからずっと待ってたとしたらかなり怒ってんだろうな・・・そうでなくても怒ってんだろうな、絶対・・・)

あのタクシーは泰子が呼んだものじゃない。
空車じゃなかったし、乗ってる一人が特徴的な格好をしていたから遠目でもすぐ分かった。
メイド服なんて着用してるのなんて、思い当たるのは一人しかいない。
あの光井という子が助手席に乗っていたのが見えた。
タクシー自体が近づいてくるにつれ、後部座席には大橋高校の制服を着た女子生徒二人も。
一体どこでこの家の住所を・・・生徒会の人間が二人もいるんだからやりようはいくらでもあるか。
しかしマズイ、今家には会長が大河と大暴れの真っ最中なはず・・・会長は妹のことを知ってるのか? 知らなかったら・・・
いや、そこはもう問題じゃないな。
遅かれ早かれそうなるだろう、だってあの二人は姉妹なんだから。
それにいつ帰国したのかは定かではないが、北村は今朝、会長を迎えに行っていたから遅刻してきたんだ。
ならその時点では家には居たんだから、既に話は通っているのかもしれない。
会長にありえないことはありえない、とは誰が言ったものだったか。
わりと平気で妹のことも受け入れていそうだ。
でも受け入れるのはあくまで事実だけで、他の諸々までも容認するということはさすがにしないだろう。
簡単に身を引くような人間じゃないんだ。
そうでなかったらあそこまで大河と張り合わない。

「竜ちゃん走るの早い〜、急にどうしたの〜?」

「いいから走れ!」

問題は、俺が表にいるところを目撃されたことだ。
それだけじゃない、泰子を連れて走り出すところまでバッチリと。
アパートの前に置いてきてしまった荷物も合わせて、俺が何をしようとしていたかなんてすぐに感づくはずだ。
それを考えるだけで泣きそうだった。
もちろん恐怖で。


「──────ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ・・・・・・・・・」

「え? え? なに今の、竜ちゃんも聞こえ、きゃん」

「こっちだ!」

聞こえた瞬間、慌てて方向転換して狭い路地に入る。
それでも後ろから迫ってくる何かはスピードを弛める気配がない。
それどころか一段と速くなっていく。
激しいブレーキ音を掻き鳴らして、ゴミ箱やら何やらを吹っ飛ばし、
進入禁止の標識をガン無視して突っ込んできたそれが、背後にどんどん近づいてくる。

「───じぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ・・・・・・」

「ま、待ってぇ竜ちゃん、踵取れちゃったぁ」

「ああぁもう!」

なんでヒールなんて履いてやがんだこんな時に!
靴を脱ぐ暇ももどかしく、俺は泰子を背負って走り出した。
一人で走るよりも体力がゴッソリ持って行かれるが、止まっていると今にも追いつかれる。
だけどこのままじゃどの道ジリ貧だ。

「りゅうぅぅぅぅぅぅじぃぃぃぃぃぃぃぃぃいいいいいいいい!!!!
 止まりなさぁぁぁぁぁい! 止まんなきゃ止まるまで追っかけるわよ、竜児ぃぃぃぃ!!」

チラッと目に入ったカーブミラーには、すぐそこまでさっきのタクシーが迫っていた。
この時にはもう片側のヘッドライトがお釈迦になっていて、それでも残った方のライトを強烈に明滅させている。
道ならいくらでも譲るからやめてくれ、と言っても絶対にやめてくれないだろう、俺が止まるまでは。
そして大河だ、大河。
あいつ、なんて所にいやがるんだ。
言ってることも無茶苦茶だが、やっていることはもっと無茶苦茶だ。
いくらなんでも度が過ぎている。

「どうしてお嫁さんの私に内緒でどっか行っちゃうの! 赤ちゃんだって・・・どうしてよ、ねぇ、竜児!?
 わかった、壁に穴空けちゃったの怒ってんでしょ? あれならちゃんと直すから、だから止まってぇ!! おねがいだから!!」

「そんなことよりも、危ねぇからそっから降りろぉ!」

「そんなこと!? そんなことじゃないもん、 大切なことなだもん! 私たちと、赤ちゃんのことでしょ!? どうしてそんな風に言うのよぉ!」

「そうじゃねぇ! 振り落とされたらどうすんだって言ってんだよ!」

「私が降りたら竜児も止まる? 帰ってくる? またギュってしてくれる?」

「・・・・・・・・・」

「止ぉ! まぁ! れぇええええええええええええええええ!!」

アクション映画のスタントシーンさながらに、大河は車の屋根にしがみ付いていた。
狭い道幅を、制限速度を超過したスピードを屁とも思わず疾走するタクシーは、可能な限り障害物を避けようとして小刻みに揺れていて、
しがみ付いている大河もブンブン揺すられている。
運転手はなんでそんな無茶なことを強要されて止まらないんだ。
違法運転以前の問題だろ。


「逢坂さ〜ん、高須くんがおんぶしてるのって、あれ高須くんのお母さんよね〜?
 先生まだご挨拶とかしてないんだけど、こんなことしてて印象悪くしたりしないかしら〜」

「そういやなんでやっちゃんが一緒なのよ!? やっちゃ〜ん、竜児に止まるように言ってぇ〜!」

あの暴走タクシーを運転しているのは独身のようだ。
窓を開け、頭上の大河とやり取りをしているが、二人とも自分の事しか言っていないため噛み合っていない。
持ち主の運転手はどうしたんだ。
・・・お、俺一人を追いかけるために、そこまでするのか・・・? 嘘だろ?

「大河ちゃ〜ん、インコちゃんのことお願いね〜、大家さんにも謝っておいてくれるとやっちゃん助かっちゃう〜」

「ふぇ・・・や、やっちゃん? 今なんて言ったの? よく聞こえなかったんだけど・・・と、とにかく竜児を止めて〜!」

「お店の娘たちにもよろしく言っておいて〜、あとぉ、あんまり真剣に探さなくっていいから〜、ばいばぁ〜い」

「竜児ぃっ!? やっちゃんなに言ってんの!? なんかおかしくない、ねぇ!?」

答えようがない。
俺だって泰子が何を考えてそんなことを言ってるのか、なんて理解できない。
ただ、おかしなことばかり並べ立てているのだけは分かる。
俺はひたすら聞こえないフリをして走り続けた。
思っていたほど泰子は重くはないが、それでも確実に限界は近づいてきている。
いつ足が縺れて転ぶか分からない。
この先の道は大通りに出るはずだから、捕まる可能性も高くなるっていうのに。

「高須くーん! キミはもう包囲されてるんだから大人しく投降しなよ〜! 元気でかわゆい女房子供が待ってるんだよ?
 私、いつまでも待ってるから・・・高須くんがシャバに出てくるまでずっと待ってるから。この子と、一緒に」

大河に変わって櫛枝が声を大にして言う。
包囲もなにもあったもんじゃないが、要は今すぐ逃げるのをやめろ、素直に止まれってことだろう。
刑事ドラマにでもありそうな泣き落としの演出まで用意して、けっこう凝ってるな。
まだ子供も生まれていないし、結婚しているわけじゃないんだから厳密に言えば女房というのも誤りなんだが。
それを口にするとどうなるか分からないほど俺はアホじゃない。

「嫁ほっぽってどこ行こうっていうのよ!? こんなのって・・・ひどいよ・・・今なら怒んないであげるから止まって、高須くん!
 ・・・あの、ていうかさ、まさかこれ、こんな健気で尽くすタイプな亜美ちゃんから逃げてるとか、そういうんじゃないよね? 違うよね?
 もしそうだったら、高須くん・・・亜美ちゃんから逃げられるとかマジで思ってんのかよ、あぁ!?」

今度は川嶋の胸を裂くような懇願と、直後に腹の底から搾り出した怒鳴り声が。
裏表の激しさは時も場所も関係なしに、相変わらず健在だった。
今の今自分の言ったことをよく思い出してほしい。
ちゃんと言ってたよな、怒らないって。
それに尽くすタイプ云々はどこに行ったんだろうな。
世界中探したってあんな女王様な尽くすタイプなんざ居やしねぇだろ、賭けてもいい。
にしてもあのタクシー、大河だけじゃなくて櫛枝と川嶋まで乗っていたのか、って、

「お前らもこんな狭い道でそんな乗り方やめろって!?」

「やめたら私のとこにくる? ずっと一緒にいてくれる?」

「なにバカ言ってんのよ、亜美ちゃんのとこに決まってんじゃない。ね、そうでしょ高須くん?」

「・・・・・・・・・」


「高須く〜ん? ゴメン私耳が遠くなっちゃったのかな、今なんて言ったか聞こえなかったの。だからもっかい大きな声でプリーズ。
 ついでに『大好き』とか『愛してる』とか『もう君しか見ない』なんてゆうアレンジが利いてるとなお良しとだけ教えておくよ」

「ねぇ、今のって怒ってる亜美ちゃんの方がいいってゆーフリだったりする? ちょっとMっ気あるんじゃないの、高須くん。
 ・・・いいよ、そういうの亜美ちゃんが全部受け止めてあげちゃうから、嫁として。むしろ高須くんも知らない高須くんを受け入れさせてあげる」

櫛枝の耳は遠くなってなんかないぞ、気にしなくっていいし、俺は何も言ってないからもう一回、というのは聞けない頼みだ。
それにアドリブも苦手なんだ、そういうセリフが臆面もなく言えたら今こんなことにはなっていない。
川嶋もそんな誤解を招くようなことを言わないでくれ、俺にそんなシュミはないし、知らないものは知らないままでいたい。
だからそんな鼻息を荒くする演技なんてしなくっていいから・・・演技だよな? それ。
本気でそんな危険な世界へ行ったりしないよな、川嶋。
面と向かって確かめる勇気は、そもそもからして逃げる俺になんてあるわけがなかった。
大河、櫛枝、川嶋と、背中に突き刺さる三対の視線は泰子を突き抜け、背中にビタッと照準を合わせられている。
後部座席のウインドウから身を乗り出し、俗に言うハコ乗り状態の櫛枝と川嶋。
車一台が通れる程度の路地だと、運転手が少しでもハンドル操作をミスしただけで大惨事だ。
これだけも警察に見つかれば大目玉なのに、屋根にしがみつく大河と併せたら、独身は免停じゃ済まないかもしれない。
危険行為極まる。万が一があったらどうするんだ、一人の体じゃないんだぞ。
だから、頼むから一刻も早く停まってくれ。
俺は止まれないけど。
・・・我ながら最低だ。

「竜ちゃん、まえっまえぇ!」

突然泰子が大声を張り上げる。
今度は何だ。
いや、違うな、今度は誰だ。
もう簡単なことじゃ驚ける気がしない。
なにがやってこようとこれ以上度肝を抜かれる事態にはなりはしないだろう。
そう思っていたが、そいつらは予想の斜め上を突き破っていた。

「こんな所にいたのか高須ぅぅぅぅぅううううう!!」

「街中探しましたよ!」

一体誰だろう、あいつらは。
いくら俺が不良やヤンキーに間違われるからって、知り合いにノーヘルでバイクに二人乗りする奴なんていない。
運転しているのが見覚えのあるメガネをかけているが、金髪で素肌に革ジャンという格好をするような奴じゃない。
タンデムしている方も、なんだか不幸そうな面構えをしているが運転してるソフトマッチョと同じで髪をまッキンキンに染めている。
妙に長くて角度のついたロケットカウルと三段シートと日の丸ペイントのタンクが目を引く、ちょっとクラシカルなバイクに乗っていても何の違和感もない。

「俺はお前のせいで死にかけたんだぞ!? なのにお前ときたら・・・この野郎、この野郎! この野郎おおおおおおおお!!」

そのわりにはケガらしいケガが見当たらない。
あれだけボロボロにされ、窓から落とされ、落ちてきた俺と大河のクッションにまでなったというのに、北村はピンピンしている。
にわかには信じられない、正直死んでもおかしくないようなダメージはいくつも貰っていた。
肉体的な意味でもそうだが、それ以上に精神的なものの方が遥かに北村には堪えているはずだ。
なのに、北村はとても満身創痍には見えない。
むしろレンズ越しに爛々と輝く双眸はやる気に満ちていて、全身からも並々ならぬ活力が漲っていて靄でも立ち上っているようだ。
その靄の色がドブ水みたいにどす黒く濁りまくっているように思えてならないのは何でなんだ。


「幸せを奪われた人間はどうなると思います? ・・・あんたも道連れにしてやる・・・俺と一緒に不幸になれえええええ!!」

こっちの方は逆にやつれまくってはいるが、北村と似たような、しかし厚みは段違いな負のオーラをそこいら中に放っている。
今朝会った時よりも不幸っぷりに磨きがかかっており、俺が寝ている間にどんな不幸が舞い降りたのかが端的ながら察せられる。
至って普通な、どちらかというと大人しそうでもあった後輩の劇的な変貌に戦慄すら覚えた。
そういうヤツがキレると何しでかすか分からなくって一番ヤバイっていうのは本当なんだな。
だって釘らしきものがぶっ刺さっているバットみたいなもんを手にしてるんだぞ。
それで俺をどうするのかも気になるが、そのバットがメタリックな鈍い光沢を放っているのがどうにも気にかかる。
しかも釘の尖端部分が飛び出してるのは一体なにをどうやったんだ、打ち抜いたのか?
・・・あれでも生徒会長と生徒会役員なんだよな・・・面影なんてもう微塵も残っちゃいないけど。

「そこを動くなよ高須、お前も俺と同じ目に遭ってもらうからな!」

「ちゃんと往生してくださいよ!」

大橋高校が誇る失恋大明神と疫病神が手を組み、前方から特攻してきた。
一層の唸りを上げるエンジン音。一気に加速し、疾駆する車体。
その後部では振りかぶられた、直撃したら痛みを感じる間もなくこの世の場外まで吹っ飛ばしてくれるだろうバットの形と名を借りた凶器。

「北村ぁ!」

「幸太くん!」

前門の虎、校門の狼よろしく一本道で挟み撃ちをされ、逃げ場がない。
このままじゃ後ろから迫り来るタクシーに轢かれるか、前からバイクに撥ねられるという時。
会長の凛とした声と、そしてもう一人の悲鳴が狭い路地に木霊する。
ゴムが焼ける鼻につく臭いと、鼓膜が破れるような甲高い音を立て、道路にくっきりとタイヤ痕を残して、北村の運転するバイクが急停止した。
その隙に横をすり抜ける。

「な・・・会長!? ど、どこから・・・・・・」

北村が動揺している。
振り返ると、停車したタクシーの助手席の窓からちょうど狩野の兄貴が身を乗り出すところだった。
狩野の妹は兄貴の両足を抱えて、窓から顔を出している。
さっきは分からなかったが、後部座席にもまだ誰か座っている。
あれは・・・木原と香椎か。
この分じゃあトランクに押し込められているヤツもいるだろう。

「なにやってんだ北村、テメェ死にてぇのか! ・・・お前にもしものことがあったら私は・・・」

「か、会長・・・すみませんでした、俺・・・そんな、会長にそこまで・・・」

先ほどの威勢はどこへやら、バイクから飛び降り駆け足で会長の下まで来ると、北村は自分の行いを心の底から悔やんだ。
会長も厳しい言葉の中に、なにやら思わせぶりなものを見え隠れさせている。
こうしていると在りし日の、まだ会長が会長で、北村が副会長だった頃のようだ。
ヤンキーそのものな格好をしていながら頭を下げて反省している北村と、車窓から飛び出している会長という図はかなり奇抜で、
事情を知らない者が目にしたら北村は何か問題を起こした下っ端で、会長は女だてらにあんな不良そうな外見をした男を従える、
もっとおっかない存在に映るかもな。
あながち間違ってもいないのと、どちらにしろ人の上に立っているというのがとても会長らしい。

「だめだよ幸太くん! いっつもケガしてるのに、そんなカッコでバイクになんて・・・心配、させないで・・・」

「さ、さくらちゃん・・・ごめん・・・」


こちらはこちらで甘酸っぱい青春の一ページを覗いているみたいだ。
それに心配されているというのが富家にとっては非常に嬉しかったらしい。
毒気が抜けたように、触れたら憑いてきそうな怨霊みたいな何かが霧散する。
後ろ手に隠していた凶悪なバットも覚られぬよう投げ捨てた。
あの二人がいる限り、北村も富家ももうあんな危ないマネはしそうにない。
図らずも会長たちに助けられた。

「わかりゃいいんだよ、わかりゃ・・・ホラ、今度はちゃんとそれ被ってけ」

会長はスッと伸ばして指で、北村がどこかの誰かから拝借してきた派手なバイクを差す。
その先には、使われなくとも一応はくっついていたヘルメット。

「竜児を頼んだぞ、北村。必ず生け捕りにしろよ、じゃねぇと私がお前をぶっ殺すからな。わかったらさっさと行け」

「はい! 命に代えても高須を生け捕りにします!」

それをしっかりと被った北村は、決して穏やかではない会長の言葉を真剣な面持ちで復唱した。
満足気によし、と会長が頷く。
おかしい、俺の記憶がたしかなら会長は北村のことを邪魔者扱いまでしていたんだが。
ああ、けどそういえば使えるものは何でも使うみたいなことも言ってたっけな、さっき。
本当に臨機応変で有言実行な人だ、目的のためには手段を選ばないってのはああいうのを指すんだろう。
なんていう男らしさなんだ。
とてもじゃないが教室内で垣間見せた、あの乙女みたいな仕草や表情が信じられない。
それすらも計算でやっていたんじゃないのかと、そんな疑惑がごく自然に首をもたげる。
そんな会長にいいように使われている北村は・・・あれはあれで幸せそうだから放っておこう。
迂闊に近寄れば生け捕られる。

「気をつけてね・・・じゃあ、がんばって幸太くん! 高須先輩のことお願い!」

「ありがとうさくらちゃん。俺がんばるよ、さくらちゃんのために」

会長は言うに及ばず、妹の方も約一名に非常によく利く人心掌握術みたいなものを心得ていたらしい。
姉仕込みだろうか。それじゃあ強力なわけだ。
思惑通りに、まんまと狩野姉妹の手先と化した北村達が颯爽とバイクに跨ると、アクセルをガンガンに吹かし、
タクシーを先導するように走り出した。
ラッパ管が奏でるけたたましい爆音が、追いかけっこ再開の合図みたいだ。
ヘルメットを被っただけで、あいつらがやる事は大して変わってないじゃないか。
とりあえずの危機は脱したが、追っ手が増えただけで何の解決にもなっていない。
状況は悪化の一途を辿るのみで、時間だけがいたずらに過ぎていく。
体力の限界なんてとうに迎えていた。
だが、それでも、止まりそうになる足に鞭を打つ。楽になりたいと泣き言をほざく肺に問答無用で酸素を送り込む。
捕まろうものなら何をされるか分からない。
だというのに、考えたくないのに脳裏を過ぎるその場合の映像。
言葉では言い表せないが、ただただ滝みたいに肌を流れ落ちる汗がいやに冷たくてベタベタする。
そうこうする内、路地を突っ切り、大通りへと入ってしまった。
左右を見回すも、歩道にはそれなりに通行人がいる。
迷っている間にも着々と大河たちは距離を詰めてくる。
勢いに任せ、信号も、横断歩道も何もない車線を突っ切った。
飛び出してきた俺に向かっていくつもクラクションや「死にてぇのか!」なんていう罵声が飛んでくるが、あそこで止まれば本気で死んじまう。
冗談じゃなくそんな予感がしたんだ。
肝が冷えたが無事渡りきれた、これで少しは時間が、


「高須くーん、待ってちょうだーい。先生の言うこときかないイケナイ子はお仕置きするわよー」

全然稼げてねぇ。
クソ、なんだってそう地味にハイスペックなんだよ。
あのタクシーは走っていようと止まっていようと関係なく、車と車の間をスルスルと縫うようにすり抜けて、
何の苦も無くこちらに向かってきていた。
小回りが利くはずの、北村の駆るバイクの方が四苦八苦している。
誤って反対車線にはみ出してしまったちょうどその時、不運にも前方から来たトラックと追突までした。
それなのに、大河達の乗るタクシーは楽々という感じに走行している。
ドライバーの意外な特技と取るべきか、この機をなにがなんでも、それこそ何をしようとも絶対に手放さないという怨念じみた執念のなせる技か。
前者であってほしい。
そうじゃなかったら、教師という立場までかなぐり捨ててまで、妊娠発覚と結婚とを直線で結ぶほどに積もり積もった結婚願望とその期待が、
俺の首根っこを鷲掴みにしようと忍び寄る幻覚さえ見えそうだ。
応えられる気がしない、荷が重すぎて。
決死の思いで行った交通違反は無駄に終わった。
反対側の歩道に入っただけで、別の、どこか入り組んだ道に入ろうにも、ゾロゾロと下校途中の学生がそれを阻む。
うちの高校の生徒だ。
一限の真っ只中で窓から落ちてった俺のことは、もうどの学年にも知れ渡っているらしい。
どいつもこいつも俺がこんな所にいるのが信じられないという顔をしている。
その原因となった騒動も行き届いてるな、この様子じゃあ。
そう理解した瞬間、帰る場所も、学校での居場所もいっぺんに消えたことを思い知らされた。

「あん? 高っちゃん? おーい、高っちゃーん」

「よ、よく無事だったな・・・俺、てっきりもう・・・」

と、通りの向こう、人波を割ってこっちに近づいてくる影が二つ。
出てきたのは春田だった。隣には目を見開く能登を連れている。
てっきりって何だ。

「なぁなぁ、あの後大変だったんだよ、落ちてったまま動かねぇ高っちゃんをタイガーが掻っ攫ってってさぁ。
 みんなしてそれ追っかけてっちゃうし、北村なんか救急車で運ばれてったんだぜ。
 しかもその後だってもう引っ切りなしに何があったのか聞かれまくってて授業どころじゃなかったしよ、俺らだってわけわかんねーのに」

「それにタイガーがなんか、私たちは赤ちゃんもいるしもうすぐ結婚するの、だからほっといてって校舎に向かって宣言までしてたから、
 だからもう高須はタイガーと駆け落ちでもしたんじゃないかって、学校じゃあその話題で持ちきりだったよ」

そんな事があったのか。
やっぱり何があったか、おおよそは学校にいたならば知られているのか。
しかも広めたのは大河自身。
もうもみ消せるわけがない。
それに救急車って、北村、本当に大丈夫なのかよ。
いくらヘルメットを被ってたって、ものには限度があるだろ。
今頃また搬送されてるんじゃないのか、富家も一緒に。

「・・・あれ? そういや高っちゃん何してんの、こんなとこでって、あっ、ちょ」

春田がそう声をかけてくるも、これ以上立ち止まってる暇も、説明している暇もないと、無言で走り出した。

「おーーーい、高っちゃ〜〜〜ん!? ・・・たく、なんだよ、シカトすることねぇじゃ」

「どきなさぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜い!!」

気を付けろとか、ここは危ないとか、早く逃げろとか、今までありがとうとか。
なんでもいい、せめてなにか、一言でいいから、春田に言っておくべきだったと後悔した。
先に立たないものを悔やむ時間すら惜しい俺には、人懐こい笑顔を浮かべていた春田を心の中で思い出す以外どうすることもできなかった。

「春田!? 春田ぁぁぁ!?」


一切しなかったブレーキ音と、代わりに何か相当な質量をしたモノが吹っ飛んでいく音と、そして能登の悲痛な叫び声。
それらが全てを物語っている。
これ以上の犠牲者はシャレにならないと、咄嗟に目に付いた建物に入った。
汗だくで息も絶え絶え、なにより泰子を背負っている怪しさ満点の俺を受付の係員が不審がるが、目を合わせると黙る。
ついでにどこか隠れられそうな所は無いかと尋ねた。
かなり迷惑そうな顔をされたが、ズイっと近づくと態度が軟化する。

通された、というか、怯えた受付に指示された通りに歩を進めていった先は随分と広い部屋だった。
いや、部屋というよりは天井も高いし、小さなホールと言った方がしっくりくる。
内装も白を基調にしたもので、柔らかい中にも清楚な雰囲気を醸し出している。
飾られた花も強く自己主張せず、室内に上手く溶け込み彩を与えている。
重厚なパイプオルガンの存在感が一際目を引く。
並べられた長椅子が右手側と左手側にそれぞれ対になるよういくつも並べられ、その真ん中は通路となっていた。
チリ一つとしてない赤い絨毯が真っ直ぐ布かれたその先には───

「こういうことだったの・・・も、もぉ・・・それならそうってちゃんと言いなさいよね、ビックリしちゃったじゃない」

世界一有名な人物を模した、厳かなステンドグラス。

「ほへー・・・初めて入ったけど、やっぱスゴイんだね・・・実はさ、こんなのってけっこー憧れてたんだけど、その・・・なんか照れちゃうな」

「亜美ちゃんならもっと良いトコ押さえられっけど・・・まぁ、高須くんがいいっていうんならここでもいいかな」

そこから差し込む光が、手前に供えられた十字架と祭壇をより神聖に、神秘的に飾り立てている。

「奈々子、こっからはもう出し抜こうとかナシだからね」

「いいわよ、でも・・・先に謝っておくわ。ごめんね、麻耶。年賀状くらいは出してね? 旧姓で、なんて嫌がらせしたら怒るわよ」

「お父さん、お母さん・・・人よりほんのちょっと時間かかっちゃったけど・・・私、今から幸せになるから・・・やだ、本気で泣きそう」

天井からは電球色の落ち着いた明かりを、見栄えは豪華なシャンデリアが灯している。

「私は神前式が理想だったんだが」

「だったらお姉ちゃんは神社にでも行ってきなよ、一人で」

「知ってますか? 引く所で引く、合わせる所で合わせるのが家内の鏡だそうですよ? ・・・失礼ですが、会長にはあまりそういうのは似合わないかと・・・」

「た、高須先輩、この中でなら私が一番尽くすタイプです、絶対そうです」

ここが、この空間が何をするためにしつらえられた場所なのかを把握する頃には手遅れだった。
俺と泰子が入っていくらも立たず背後から声がかけられる。
唯一の出入り口は大河を中心に、横一列に並んだ櫛枝や川嶋達によって封鎖が完了していた。
荒らされ尽くした我が家を考えると、篭城を選んだ時点で結果は目に見えていると思わないこともなかったが、
春田という犠牲を出してしまった以上最早他にどうしようもなく、しかも逃げ込んだ先は皮肉にも愛を確かめ合い、神様に報告するあそこ。
懺悔室送りにされた方がまだマシだ。
きっといない、いたとしても俺を嫌っているに違いない神様は迷惑がるだろうが、知ったこっちゃないし、それにあれは個室なんだろう。
同じ神様の前だっていっても、たとえ逃げられなくても、こことじゃ天と地ほどの差がある。
セレモニー的な色合いが濃いとはいえ、それでも今俺が立っているのが特別な場所には違いない。
それは大河も例外ではないらしく、しかも俺が故意にここへと連れてきたみたいなことをうっとりとしながらのたまっている。
他の面々も似たり寄ったりの反応を返している。
櫛枝は感心混じりに照れて、川嶋も文句を垂れながらもその顔は満更でもなさそうだ。
ウェディングチャペルっていうのは女性に対しては凄まじい効果があるらしい。
偶然ここに、なんて誰も信じちゃくれないほどに蕩けた顔ばかりだ。
内一名なんてあれだけ拘っていたのも忘れ、祝福する側から、念願の祝福される側に立てたことに涙ぐんでいる。


「わぁ・・・わぁ〜」

お前もかよ。
おぶさっている泰子が歓声を上げる。
背中から降りると踵の折れたヒールを脱ぎ捨て、夢遊病患者みたいなフラフラとした危なっかしい足取りで歩き回る。
そのくせ目だけはキラキラしていた。
あいつ、何気にこういうのに憧れてたのか。意外だ。
それにしてもマズい。

「あの・・・た、大河、ちょっといいか」

もう何が誤解かすら分からないくらい積み重なった誤解を、少しでいいから解かなくては。
・・・一気に崩れたとき、そこに転がってるのは物言わぬ俺・・・あ、悪寒と鳥肌がいっぺんに。
しかし、一度生まれた誤解は呼び水にでもなっているのか、新たな誤解を招き続ける。

「なぁに、そんな改まって・・・ああ、あれね、あれ。ここにはいけ好かないのしかいないし、神父もいないけど・・・まぁいいわ。
 赤ちゃんだけはママとパパをお祝いしてくれるもの、そうよね?」

誓いの言葉をかけてくれるもんだと、そう信じて疑わない大河が歩み寄ってくる。

「・・・ん」

いや、違った。
誓いの言葉もすっ飛ばし、大河は爪先立ちになり、頤を上げた。
そして最後に潤んだ瞳をそうっと瞑る。
何を待っているかなんて考えずとも分かる。

「ちがっ、そうじゃ」

「なにも言わないで。全部わかってるから」

全っ然分かってねぇよ。
お前は俺の言いたいことなんて毛先ほども分かっちゃいねぇ。

「あ、でも、そうね、これからはホントの夫婦になるんだもん、お互いの気持ちがきちんと伝わってなきゃだめよね。
 私だけなんでもわかってたってしょうがないわ」

こいつのパパだのママだの夫婦だの、要は家族とかそういう類のものに対する観念はどこで培われたんだ。
一度問い詰めたい気がするが、果たしてそれまで俺の首は胴体と繋がっていられるのか。

「だから、今度は私の番。聞いて、竜児」

空気がガラリと変わったのを肌で感じた。
それまで薄く笑みを浮かべていた大河。
しかし、微かに翳りが覆う。

「・・・竜児が赤ちゃんの父親は誰だって言ったとき、すごく悲しかった」

その時、その瞬間を思い出しているんだろうか。
広がる翳りは留まらず、ついには大河全体を覆いつくす。

「嬉しかったから・・・何度も何度も確かめて、夢じゃないって、ホントなんだって・・・私、本当に嬉しかった・・・けど・・・」

口にすれば、誰かに話せば楽になるものと、そうでないものがあって、大河が口にしているのはそうでないもの以外のなにものでもない。
苦悶に歪む顔は、そう悟らせるに十分な力を持っていた。
それでも、独白は続く。


「嫌われたって思った・・・喜んでくれる、竜児ならきっと・・・そうじゃなかったらって思うと怖くて、そんなの絶対ないって、
 信じたかったのに・・・あんなこと言う竜児がわかんなくなって、遠くに行っちゃったみたいで・・・
 いっそのこと、竜児のことなんてキライになれればいいのにって、そう思ったりもした」

大河が俺の手を取る。
そしてゆっくり、自分の方へ。

「でも、できなかった」

引かれていった手は、軽く握っていた。
それを、一本一本解くように、大河は丁寧に開いていく。
瞑っていた瞳も。

「竜児がいなくちゃ、なにもできないの」

瞼が上がりきり、抑えられていた雫がこぼれて頬を濡らす。
無意識に、空いていた手で拭う。

「竜児をキライになることも、竜児を諦めることもできない。なのに、竜児の傍にいるとそんな気持ちもどっかいっちゃう」

手の平に感じたのは制服の厚い生地、シャツの手触り。
奥へ奥へと押し付けられていくと、温もりと、柔らかな感触。
昨日と同じように、けれど昨日よりもほんの少し、だけど確かに大きくなっていく赤ん坊を宿した大事な部分を撫でる。

「だめになっちゃった、竜児と一緒じゃなきゃ」

その手に、大河の手が重ねられた。
両手で包みこむように、しっかり。

「・・・ねぇ、竜児・・・ここにね、赤ちゃんがいるの・・・あんたの・・・竜児と私の赤ちゃんなの・・・」

昨夜のやり取りをなぞる大河。
紡ぐ言葉もそのままで、押し当てた手に伝わってくる体温と、柔らかさもそうだ。
胎動は、きっとまだ始まってもいないんだろうけど、大河の鼓動と一緒にそれも伝わってくるようで。

「大切な・・・竜児と私の赤ちゃん・・・私一人じゃ、ママだけじゃなにもしてあげられない・・・だから、パパが、竜児が一緒じゃないとだめなの」

なぞる言葉に繋いだ新しい言葉には、紛れもない大河の本心があった。

「竜児が一緒にいてくれればなんでもしてあげられる。竜児も、赤ちゃんも守れるママになれる。
 だって傍にいてくれるだけで竜児が守ってくれてるんだもん。私も、赤ちゃんのことも」

重ね合わせた互いの手と手。
力が篭り、撫でるようには動かせず、当てがったままになる。
大河が深く静かに息を吸う。

「私は・・・私は、好きなの・・・竜児を、竜児が・・・大好き」

そこで区切り、もう一度爪先立ちに。
腹部に当てていた手が引っ張られ、たたらを踏むまいと前のめりになる。
目線が合う位置にまで頭が下がっていったとき、瞼は既に閉じられていた。

「愛してる」

唇が離れ様、そう囁く。
コマ送りのように少しずつ離れていく大河は今まで見た中で一番幸せそうな笑顔を輝かせていて、


「私もだよ、高須くん」

「あたしだってそうだからね」

「「 だからちょっとだけ待っててね、話つけてくるから 」」

今度は早送りみたいに物凄い勢いで離れていった。
櫛枝と川嶋の手によって。

「しつっこいわね・・・みのりんもばかちーも、もういいでしょ。
 ここはもう幸せな私たちを涙で見送ってお終いっていう流れじゃない、邪魔しないで」

「べつに私もその流れはぜんぜん賛成だよ。もちろん大河も幸せな私と高須くんを見送ってくれるんだよね、しんゆー代表として」

「邪魔なのはテメェだっつーの。さらりと自分だけ幸せになろうとか、そんなのがまかり通ると思ってんの? 亜美ちゃん以外で。
 ていうかあんたら全員邪魔だからどっか行っててくんない、亜美ちゃんロマンチックに神様しか見てないとこで誓い合いたいから」

俺から少し距離をとると、櫛枝と川嶋は大河に詰め寄る。
今の一連の出来事がよっぽど腹に据えかねるものだったらしい、後ろに控えていた面々もジワジワ近づいてきて大河を取り囲む。
周囲を固められた大河だが一歩も引かず、逆に余裕を滲ませた目で周りを見渡す。
それが余計に櫛枝たちをイラつかせると知ってて、敢えて。
愛を誓い合った、誓いのキスも済ませた。
私たちはこれで立派な夫婦なのよ、文句があるならかかってきなさいとでも言わんばかりの態度だ。
大河の中では勝敗は決したらしい。もちろん勝者は大河ただ一人で、残る全員はただの敗者。
フンッと鼻で笑い、胸の前で腕を組むいつもの不遜なポーズで、本来なら最も低い身長でありながらこの場にいる全員を見下ろす。
真っ青になっているだろう俺以外、顔を険しくさせない者はいなかった。
櫛枝は表情筋をビクビクと痙攣させた、もはやお約束の青筋が縦横に走ったぎこちない笑顔。
心底胸糞悪いという内心を一切隠そうとしない川嶋は、蔑みを込めた冷たい目を大河に、そして他の者にも向ける。
木原と香椎は珍しく大河相手にもキツい言葉を並べ立て、会長の妹と生徒会の女子生徒もそれに乗る。
驚いたことに、一見物静かなメイドそのものである光井という子も、真っ赤になって抗議を上げている。
独身なんて、あれもう泣いてるんじゃないのか?
熱が篭るにつれ、次第に責め立てる声が大きなものになっていくが、しかし大河はそんなものどこ吹く風。

「負け犬が寄ってたかって遠吠えなんてしたってみっともないだけよ」

と、本人にその気があってやっているのかなんて知りはしないが、更なる挑発までかます。
一様に口を閉ざした櫛枝達、一転して達静まり返り、凍りつく場の空気。
だが、それも長くは続かなかった。
にわかに大気が震えだす。どこからともなく地響きまで。
プチッ、なんて生易しい物ではなく、例えるとしたらきっとブヂリィッ! という、こんな感じだろう。
切ってはいけない最後の一線が、捻じりに捻って引き千切られた野太い音は。

「なんだよそれ! みっともないって、ズルばっかして私から高須くん盗ろうとする大河の方がよっぽどみっともないよ!」

「言ったわね!? 亜美ちゃんまだ負けてねぇけど、その負け犬に吠え面かかされたって泣くなよテメェ!」

「私ズルなんてしてないもん! 竜児を盗ろうとしてるのだってみのりんの方じゃない!
 ばかちーこそなによ、自分が泣きそうだからって強がり言って! それがみっともないっつってんのよ、このまけちー!」

櫛枝と川嶋、そして大河を皮切りに、場内に怒号が犇き合う。
厳かで神秘的なはずの空間は、本来そうであるべきなのに、口が裂けても幸せに満ちているなんて言えない修羅場へ。
中心に大河を据え、円を描くように囲む櫛枝達。
額と額をぶつけ合うほどの至近距離で飛び交う言葉はどれもこれもが一触即発を容易に踏み越えるものであり、
取っ組み合いにならないのが不思議なくらいだ。
なったとして、止める術なんてないんだが。
そんな中、最初から一人輪に加わらないでいた人物が、足音も立てずにこちらへとやって来る。


「あいつの後というのが癪だが、まぁいい。こういうのは順番よりも気持ちの方が大事だからな」

どんなことがあろうと、最後に勝つのは私だ。
会長がにじり寄ってくるに従って、そういう考えがひしひし伝わってくる。
ものの数秒も経たず会長はあと半歩というところまで歩いてきた。
だが、そこで立ち止まると、何故か頬が赤く染まる。
心なしか肩もふるふる震えているように見受けられるし、右に左に瞳が揺れる。
おもむろに手が伸び、胸ポケットをまさぐると、するすると白い布状のものを取り出した。
いつ、どんな時でも唯我独尊で、毅然としているのが会長だろ。
なのになんでそんな、その辺の長椅子か燭台から取ってきたようなレースをベールに見立てて被るんだ。
この場に合わせてそんなことするなんてらしくないし、やってて照れるんならムリにすることはないじゃないか。

「ど、どうした、早くしろ・・・これでも恥ずかしいんだ」

なにをすればいいんだろう、医者でも呼べばいいのか。
薄いレースの向こう、熱に浮かされたようなぼうっとした顔で見上げられ、何をすればいいのかも分からないのに急かされる。
その上半歩分あった距離も、踏み出した会長が潰す。
大河ほど極端な差はないにしろ俺の方が背は高い。
会長も首をしっかり上に向けないため、見上げられるとなると必然、上目遣いの形に。
潤んだ瞳にはうちのベランダで大河と一騎打ちをしていた際の男らしさはすっかり消えてしまっている。
何度見ても慣れないし慣れる気がしない、本気で会長じゃないみたいだ。
誰だ、会長の乙女スイッチを押したヤツは。

「・・・こんなことまで私からさせるのか?」

まったく、世話が焼ける、と。
呆れた口調とは裏腹に、会長は自分でレースの前を捲った。
積極性までは失っていないらしい、この人を嫁に貰ったヤツは尻に敷かれるだけでなく、一生会長の背中を見て過ごす気がする。
いや、貰われていくのか、会長に。
先を歩くだけでなく、手綱をしっかり握る会長がありありと浮かぶ。
浮気なんてする気にもさせそうにない会長の亭主関白ぶりが様になりすぎていて、

「あの・・・か、会長」

だというのに今ここで一番花嫁してるのは他の誰でもない、会長じゃないか。
冗談でも新郎、なんて茶化せない新婦ぶりに目が眩む。
神前式派じゃなかったのか、たしかさっきそう言ってたよな。
話題をそっちに逸らしてみようかとしてみたが、口元に人差し指が立てられ、その先を遮られる。

「ばか、こういうときは名前で呼ぶんだよ・・・いや、ちょっと違うな」

滅多にないんじゃないのか、会長が一度口にした発言を撤回するなんて。

「これからは、だな・・・竜児・・・」

右腕が首に、左腕が腰に回される。
密着すると会長は気持ち背伸びをする。

「なにしてんのよそこぉっ!」

「おりゃ──────!」

「ちょっと目ぇ離すとこれかよチクショウ!」

飛んできた。
そんな表現ではなく、大河と櫛枝、川嶋は本当にここまで飛んできた。
北村を叩き伏せたとき同様の抜群の連携を発揮し、勢いそのままに会長を引っぺがす。
しかし、当然ながら会長は北村とは違うし、北村より一枚も二枚も上手だ。
引っぺがすことには成功したが、引き離すということまではできず、会長は二、三歩後ずさるとすぐに体勢を立て直す。


「みのりん!」

「あいさ!」

だが、それも織り込み済みだったらしい、体勢を立て直す際の一瞬の隙を突き、櫛枝が会長を羽交い絞めにした。
穏やかに事を運ぶ気なんてこれっぽっちもないだろう大河が並ぶ椅子に手をかける。
やめろ、そんな本気で重そうなもん持ち上げようとしたりするんじゃない。
その血走った目も引っ込めてくれ、恐ぇよ。
しかもその椅子の脚が若干浮いてて、持ち上げられないことはなさそうだというのが余計に恐い。
あと少しというところで邪魔をされてすこぶる機嫌を損ねているが、それでも会長は慌てず騒がず、櫛枝に知らせる。

「おい、あいつはいいのか」

「へっへーん、そんなカビくっさい手には引っかからないってあああぁっ!? 大河、あっち!」

即座に会長の戒めを解いた櫛枝が驚く大河に後ろを見るよう指を差す。
振り返ってそれを見るや、舌打ちを一つした大河がダッシュで俺の元へ。

「高須くん、これからは亜美ちゃんだけ見てよね、約束したよ。幸せになろうね、あたしと、この子と」

無理だ、少なくとも前半の約束は守れそうにない。
だって言いきった直後、川嶋は突っ込んできた大河共々俺の視界の外へと転がっていった。
だけど川嶋に継ぎ、会長から剥ぎ取ったレースを頭に乗せた櫛枝の姿が。

「病める時も健やかなる時も、死が二人を別ったって愛を誓い続けます・・・今の、私は絶対守るよ。神様だけじゃなくて、この子に誓って」

だから俺にも誓ってくれと、そう続けるつもりだったんだろう。
けれど櫛枝がその言葉を俺に誓わせることはなく、背後から突然伸びてきた手によって後方へ追いやられる。
入れ違いに前に出てきたのは木原と香椎だった。

「あたしさ、亜美ちゃんみたく可愛くないし、奈々子ほど胸もなくて、自慢できることだって、取柄だって・・・だけど、これだけは譲りたくないよ」

「人のこと胸しか取柄がないみたいな言い方が引っかかるけど、奇遇ね、あたしもそのつもりよ高須くん」

「ちょっと、いいとこで邪魔とかしないでくんない、しかも人のセリフに便乗までして。奈々子ってマジで黒すぎにもほどがあるよ、お腹」

「あらごめんなさい。でも麻耶こそ、お邪魔だってわかんないのかしらね」

俺が一番木原と香椎の仲を邪魔してそうだからどっか行ってようか。
数瞬お互いを横目で見合った二人だが、その隙間を割って会長の妹と生徒会の女子が現れた。

「お姉ちゃんのこととかずっと待ってたのになんで来てくれなかったんですかとかいろいろ聞きたいことはあるけど、
 今一番聞きたい言葉って、高須先輩ならなんだかわかりますよね」

「・・・きちんと取ってくれますよね、責任」

と、そこに左手側から滑り込んできたメイド。
ふわりと翻ったスカートを両手で押さえると、今度はその手を胸の前、まるで祈りでも捧げるように組む。

「た、高須先輩、わた、私・・・だ、抱いてください!」

抱きしめてじゃないのかよ、それじゃ別の意味で捉えられちまうだろ。
焦りと極度の緊張で噛み噛みだった下級生メイドの爆弾発言は、口にした本人諸共周囲にいた木原達を吹き飛ばした。
いや、実際にそうなったのは別の人間のせいなんだが。


「経済的余裕のない内から結婚なんて早い早すぎるわ絶対にダメよたとえ保護者の方が許しても私が許しません許さないわよ許すもんですか許さないったら許さないんだから。
 結婚というものはね、理想を追求するだけじゃなくて現実に向き合えるだけの然るべき生活力がないと許されないの、してはいけないのよ。
 冗談でも愛さえあればやってけるなんて甘ったれないでね、そんなの現実の問題から逃げる言い訳にすぎないわ。
 私べつに僻んでるとか妬んでるんじゃなくって心配してあげてるんですよ、教育者として。間違ったことだって言ってないでしょう?」

たしかにそれは正論かもしれないけど、含むものが全く無いって言ったらそれは嘘だろ。

「その点先生は社会的信用の高い公務員、それも教師ですし、自慢じゃないけど蓄えもかなりありますし、あと最近資産運用にも・・・それは置いといて。
 ともかく逢坂さんたちみたいなただわっけーだけのお子様と違って自立した立派な大人ですから。
 誰憚ることなく一緒にいたい人といられますし、もちろんそれを支えられるだけの余裕はあります。
 第一授かりものだって・・・ねぇ高須くん、名前はどんなのがいいかしら? 一姫二太郎じゃないけど、先生はじめは女の子がいいなって、どうかな?」

どうって、なにがだ。
そんなのそれこそ授かりものなんだから産む側が決められるもんじゃないだろ、同意を求められても困る。

「いい加減にしろおおっ! なんなのよあんた達、ホントになんべん言ったらわかんのよ!?」

いきなり影が落ちてきたと思ったら、そんな叫びが広い場内に響き渡る。

「いいわ、いいわよ、何度でも言う! あんた達がわかるまで、何度だって!」

声のしたほうへと目を向ければ、そこには祭壇の上に仁王立ちした大河。
ステンドグラスを背にし、祝福されたかのように、注ぐ光を体中に浴びている。

「竜児は、私のだあああああああ!!」

叫び、足場にしていた祭壇から飛び降りた。
神々しく照らされた大河がなんだか空から降りてきた天使みたいだと、場違いにも見とれてしまった。
天使がそんな罰当たりなマネも、近くにいる人間を手当たり次第に蹴散らすなんてことも、天に召されたってしないだろうけどな。

「た、大河、もうその辺で・・・」

「竜児」

手を止める大河。小さく肩で息をしている。

「竜児からも言ってやって。私だけだ、って」

「な・・・なにをだ・・・?」

「決まってるでしょ・・・愛してるって・・・」

俺に注意を向けつつ、警戒と威嚇を緩めない大河によって距離を開けざるをえない櫛枝達が目を光らせる。
そっちじゃねぇだろ、こっちだろ、ちゃんとわかってんだろうな、なぁおい? わかってんなら愛してるの後に私の名前を告げろ、と込めて。
言葉に直せばもうちょっと噛み砕いた表現になるだろうが、安易に手を差し出せば噛み砕かれそうなギラついた目から放たれる異様な光。
常日頃悩ませられる自分の目つきなんて比じゃない鋭い視線に晒され膝が笑い始めた。喉もカラカラだ。

「・・・竜児・・・」

バタ───ン・・・

縋り付いてきた大河、一斉に行動を起こしにかかる櫛枝、川嶋、それに会長達。
しかし、突然開けられた扉によって全員の動きが止まる。


「あ、竜ちゃ〜ん」

力の抜ける声で入ってきたのは、今の今まで勝手気ままにいずこかへ行っていた泰子だった。
が、大河達から力が抜けるなんてことはなく、逆に緊張が走る。
泰子は注目を集めていることには一切関心がなさそうに、暢気にも小さく手を振りながらゆっくりこちらへ向かってくる。
たまに裾を摘み上げ、床に擦らないようにしてはいるが、一人では土台無理だろう。

「泰子・・・それ、どうしたんだ・・・」

「そこに置いてあったから借りてきちゃった。似合う?」

それはただ置いてあったんじゃなくて展示してあったんだよ。
こういった物もご用意いたしております、とかそういうつもりで飾ってあったに決まってるだろ。
勝手に借りてきていいもんでも、ましてや断りを入れたって着ていいもんじゃないんだよ。

「・・・やっちゃん、なにそれ・・・」

わなわなと小刻みに震える指先で泰子を差す大河の表情は驚愕としか言い表せない。
泰子がその場でくるりと一回転。
ちょっとズレた、展示品にしてはいやに高価そうなティアラを直すと、はちきれんばかりの笑顔でこう言う。

「ウェディングドレスだよ〜、かわいいでしょ」

いくつも散りばめられた繊細な刺繍。
大きく開かれた、けれどいやらしさは感じさせない胸元。
アクセントに施されたレースが上品さを演出している。
長く伸びた裾にもこれでもかと縫い付けられており、さながら歩いたあとに純白の花でも咲いているようだ。
高級感漂う、それ以上に着た者を幸せで溢れさせるウェディングドレス。
身を包まれた泰子も幸せに満ちている。
よくそんなもの一人で着れたな。ていうかよく着ようと思ったな。
それ以前によく持ち出せたな、そんな目立ってしょうがないもん。

「見ればわかるわよ、そんなの・・・あの、そうじゃなくてね、な・ん・で、やっちゃんがウェディングドレスなんて着てるの・・・?」

本当は薄々勘付いている。
大河の顔を見れば分かるし、櫛枝だって川嶋だって。
ただ、いくらなんでもそれはさすがにありえないだろうという思いがそれを否定したがっている。
例外は会長だけで、もはや達観しているような遠い目で俺を見据えていた。
泰子はそんな大河達を意にも介さず、嬉しくて仕方がないという風に言う。

「ねぇねぇ聞いて大河ちゃん、やっちゃんね、赤ちゃんできたんだぁ」

「へ・・・へぇーそうなんだ、おめでとうやっちゃん。実は私もなの」

「ありがとっ。大河ちゃんもおめでとう〜、大河ちゃんの赤ちゃんならきっとかわいいんだろうなぁ、竜ちゃんみたいに」

「やだもうっ、そんなほんとのこと言わないで、照れちゃうじゃない」

うわすげぇ重てぇ、なにこのやりとり。
爆弾でキャッチボールでもしてる方がまだ気が楽だ。
なんでこんなちょっとした刺激で破裂しそうな状況の中、そんなにこやかに報告しあえるんだよ。

「それでやっちゃん、差し支えなければ、その、赤ちゃんのパパって誰だか聞いていいかしら?
 ぜんっぜん深い意味とかないんだけど、どんなバカ犬・・・じゃなかった、りゅ・・・人なのかなーって気になって」

腹の探りあいに早くも飽きたようだ。
大河が軽く先制ジャブを仕掛ける。


「んとねー、どんな人だと思う、大河ちゃんは」

「そうね。異常に目つきの悪くて、病的なくらいキレイ好きで、おいしいご飯が作れて、ぶっきらぼうだけど優しくって、
 なによりも大事にしてくれて、何があっても守ってくれる。そんな私の竜児みたいなやつだったら、私も安心ね」

ピンポイントすぎるだろ、具体的に挙げてどうしたいんだよ。
ジャブというにはキレも重みもありすぎる大河の言葉を、しかし泰子は身を捻るだけでヒラリとかわす。

「うーん、半分くらいは当たっててけっこう近いかもなんだけどぉ、でもやっぱりまだ遠いかなぁ」

「じゃあヒントちょうだい、次こそ当ててみせるから」

「えっとね、楽しいときも辛いときも、どんな時でも傍にいてくれて、すっごくしっかりしてて、こんなダメなやっちゃんをずっと支えてくれて、
 小言も多いしちょっと厳しいとこもあるんだけど、でもそれってちゃんとやっちゃんのこと考えてくれてるからなんだよ?
 ・・・とっても大切で、大切にしてくれる、やっちゃんの竜ちゃん・・・大好き・・・あ、これじゃ正解言っちゃってたね〜。ごめんね、大河ちゃん」

それどころかお返しとばかりにがら空きのボディーに一発、もう一発と、とんでもない破壊力を秘めたストレートをぶち込む。
まだ焦らしは続くだろうと、いささか余裕ぶって身構えていた大河だが、予想を裏切る電光石火の猛攻に膝をついた。
櫛枝達は稲妻に撃たれたように真っ白になり、ピクリともしない。
会長は頭を掻き毟り、苛立たしげに床やら椅子を蹴っている。
あの人の許容量にも限界があったらしい、そして今のは会長ですら受け止めきれない出来事だったようだ。
会長含め、あれだけ非常識な行動力を発揮していた櫛枝達でも、相手が泰子となると常識の二文字に引っかかるのか。
そりゃそうだ。
と、大河が俺を支えにして立ち上がる。

「おおおお、おお、お、おもしろいウソね、やっちゃんたら。一瞬信じちゃったじゃない」

「そ、そうそう、高須くんのお母さんも人が悪いなーもう、おらビックラこいただー」

「えーと・・・あ、亜美ちゃんはお義母様のそういうユニークなとこ、けっこう好きかなぁ」

足と同じく震える声、硬く回らない舌でそう言うと、櫛枝と川嶋が乾ききった笑い声を上げながら同調する。
苦しさがそこはかとなく滲み出ている。
それでもいいから、泰子だけは否定しなくてはと、きっと大河たちの中では警鐘が鳴り響いてるんだろう。

「ウソなんかじゃないよねぇ竜ちゃん」

そこで俺を睨むなよ、大河。
俺の中で鳴りっぱなしの警鐘がまた一段とやかましくなる。

「それに竜ちゃん、やっちゃん以外の女の子だっていらないって言ってくれたよね。
 寂しい思いだって、もうさせないって、そう言ってくれたよね」

言ってねぇよ、俺そんなこと一言だって言ってねぇよ。
それに前者はともかく後者なんて初耳だぞ。

「で・・・ででででも、やっちゃんと竜児はほら、あれよあれ、その・・・ねぇ・・・? だからそんな、赤ちゃんなんて」

「大河ちゃん」

しどろもどろな大河の肩を泰子がポンと叩く。
そのままさり気なく横へ横へと大河をずらしていく。
俺との間に十分な間隔が空くと、泰子は大河から手を離して戻ってきた。

「竜ちゃんはやっちゃんのだよ」


引っ張られた腕が柔らかい物体に抱かれる。
大河の表情がみるみる強張っていく。
櫛枝はもう青筋を浮かべていない。代わりに皮膚の下で何かが蠢いている。
なんの感情も映さない川嶋に、静かな、けれど爆発したがっている怒りを感じた。
そんな三人の横に、乱れた髪を手櫛で直した会長が並んだ。
足並みは揃ったようだ。

「竜児? 私ね、竜児がいなくちゃほんとにだめなの、なんにもできないの。けど今わかったわ、あんたも私がいなきゃだめなのよ」

「大河の言うとおりだよ高須くん。私がずっと傍にいてあげなかったから、だからそんなとこまで落っこっちゃったんだね。
 この櫛枝改め高須実乃梨一生の不覚だ、自分が不甲斐ないよ」

「けど大丈夫、これからは亜美ちゃんが一生面倒見てあげるから心配しないでね。愛の鎖でがんじがらめにしてあげちゃうから」

「安心しろ、私が責任をもって治してやる。なにをしてでもな」

生暖かくてわざとらしい笑顔だった。
心にズシンと圧しかかる、痛いくらいの重みをもった言葉に涙が出そうだ。

「竜ちゃんは変じゃないもん。ねぇー竜ちゃん」

変だろ、花嫁衣裳を着込んだ母親と腕組んでるってだけで十分変だ。
その腕が更に埋まっていく。
トクトクと高鳴る拍動が僅かに伝わってきた。
渋面を無理やり抑え込んでいた大河が頬をヒクつかせながら前に出る。

「やっちゃん、やっちゃんがどういうつもりか知らないけど、いい加減そこ代わってくれない?
 この先ずっと竜児の隣は私の指定席だから」

「やだ。だってここ、竜ちゃんが連れてきてくれたんだもん。やっちゃんのことお嫁さんにしてくれるんだよ」

断じて違う。
ここに入ったのはまったくの偶然であって、俺の意思は少しも関係ないんだ。
頼むから俺の話を聞いてくれよ。

「だからそんなのできるわけないでしょ!? それに竜児と私はもう、ふ、夫婦なのよ、ついさっき誓い合ったの。
 それだけじゃなくてききき、き、キスだって」

「竜ちゃんこっち向いて」

反射的に反対側を向こうとする俺の顔をガッチリと挟んだ泰子が、やや濃い目に紅を差した唇を俺のそれへと押し付ける。
離そうともがくも、お構いなしに両腕まで回してグイグイ押し付ける。
押し付け・・・なんだこれ、歯茎や上あごをなぞりあげて舌に絡んでくるぬるっとしたの・・・舌?

「はいこれでやっちゃんも大河ちゃんと同じですー、けどやっちゃんの方が愛情たっぷりのチュウだったからやっちゃんがお嫁さんですー」

追いつけないほど飛躍した、最早小学生並みの考えと対抗心だな。
そのわりには扇情的だったと、離れた後も橋を架けていた糸が次第に球になり、最後には落ちていくのを眺めながらぼんやり思った。

「なによそれ、なんでそうなるのよ、そんなのおかしいじゃない、おかしいわよね!? それとも私がおかしいの、ちがうでしょ!?」

「た、大河、ちょっと」

「落ち着けってーのよ」


さっきまでの圧倒的優位に立っていたはずの大河はどこに行ったんだろう。
地団駄を踏むなんていう小学生よりも更に幼い行為をする大河を、大河を引きずり落としてその座を得ようと、
あれだけ躍起になっていた櫛枝や川嶋が宥めているくらいだ。
だけど大河のショックは相当デカかったらしい、聞く耳を持たない。
さすがにやりすぎたと思ったのだろうか。
泰子が声をかける。

「大河ちゃん」

「・・・やっちゃん・・・」

「いぢわるしちゃってごめんね」

意外というか、素直に謝る泰子の言葉を、大河もすんなり受け取った。
暗くなっていった大河の表情に光が差す。

「じゃあ」

「けどぉ、それとこれとは別だよ。やっちゃん大河ちゃん好きだけどぉ、竜ちゃんのことは大好きだから」

「・・・マジ?」

「うん、おおまじ」

崩れ落ち、四つんばいになった大河が床を殴りまくる。
俺の見間違いじゃなければ大理石でできている床がじわじわへこんでいっているが、
大理石だと思っていたのが間違いだったかもしれない、ヒビまで入ったし。
それでも大河の気は済まず、ひたすら床を殴り続ける。
かける言葉も見つからず、させるがままにしている櫛枝達の表情も浮かばないものばかりだった。
だが、突如大河がその動きを止める。
しばらくそうしていると今度はバッと体を起こして立ち上がった。
櫛枝達も大河の動向に注目する。

「そう・・・そうよ、なにも変わんないじゃない・・・」

「大河・・・?」

「それなのにバカよね、私も・・・こんなことでうろたえちゃって」

「お、おい、大河」

つーっと、幽鬼かなにかみたいに大河が歩いてくる。
呼び止める声も届いてないのか、ブツブツと独り言を呟き、時折納得しているように頷いてみせたり含み笑いをしたり。
ハッキリ言って不気味だ。
不安定な印象を受けざるをえない。

「竜児」

だけどそんなもの、目の前まで来た大河は微塵も感じさせなかった。

「まだ竜児の口から聞いてなかったわね」

それ以上に、そして一気に不安定になったのは俺自身なんだから。

「さぁ言って、本当に愛してるのは誰なのか」


一拍置いてからざわめく式場内。
そこかしこから潜めた声が聞こえてくるが、これだけ人がいるというのに誰かと誰かがこそこそ内緒話をしているわけじゃない。
みんな独り言だ。

「なんだ、それなら話は早いや」

「くそチビのくせにやるじゃん」

「結果なんてわかりきってるが、これで収まるならそれでもいい、乗ってやる」

「やっちゃんプロポーズされちゃうのなんてはじめて」

ある意味博打だ。
1か0かイエスかノーか男か女か勝つか負けるか。
俺に提示された選択肢は選ぶ一択のみ。降りることは許されない。
大河達にしてみても選ばれるか選ばれないかの二択のみ。
どちらにしろ多い方じゃない。
それでも、だからこそ大河は賭けにでたんだ。
他の方法だと決着が付かないいたちごっこを延々と続けるだけ。
向こうから諦めるのを待つような大河じゃなし、仮に待ったとして、待っても待っても諦めなかったら。
泰子のことだってある。
こんなところであんなことになるとは露ほども思っていなかっただろう。
眼中にすらなかった泰子が、今一番の脅威となって立ちはだかっていると大河は感じているはずだ。
櫛枝や川嶋というならいざしらず、相手が泰子では実力行使を働けない以前に上に立つ、なんていう態度もとれない。
友達に接するようなノリでも、大河はたしかに泰子を家族として見ていた。
実家のそれにするような反抗的な接し方じゃないのは、それだけ信頼しているからで、それは今だって変わらないんだ。
皮肉なことに築いた関係が確かなものとなった分、大河は泰子にだけは気を遣ってしまう。
というよりも、ケンカらしいケンカもなかったから、こういった、お互いがどうしても折れない場合、
これ以上どうしていいのか分からないというのもあるのかもしれない。
それでも手を上げるようなマネはしたくない。
今この時に限り、泰子は大河にとって会長とはまた違った天敵と言っても過言ではなくなっていた。
手の出しようがないんだから余計に歯痒く思っているのも、あの地団駄っぷりを見ればイヤでも分かる。
だから、俺に言わせるんだ。

「・・・竜児・・・」

愛してるのはお前だけだって。
そうすればもう誰であろうと何も言えないと、そう考えて。
勝算もある。
いや、大河からしたら勝つ事からして前提なんだ。
信じて疑わないんだから、俺が必ず大河の手を取るって。
でなけりゃ自分から持ちかけてきたりしないだろ、こんな、万が一でも負けたら全てが泡となって消えるだけじゃなく、
提案した手前反故にすることも認められない大博打。
それでも、それを承知で大河は自分に一点賭けをする。
櫛枝達もそんな大河に倣う。
思えば教室でも全く同じ状況に陥ったが、あの場は遅刻してきた北村と、北村が連れてきた会長の割り込みで辛うじて流れた。
あんなことがそう都合よく何度も起こることなんてありはしないだろう。
脱出も見込めない。
学校を出る際は大河の行き当たりばったりでむちゃくちゃな方法で幸運にも、だったが、櫛枝達に加え、今度はその大河が阻むだろう。
家の時は居なくなったことに気付かなかっただけであって、今みたいに見つめられていたらそんなこと出来るわけがない。
なにより、どうせいずれは捕まって、またここに連れ戻されるだけだ。
ニタニタ笑ってるように思えてしかたないそこの十字架に磔にされている神様じゃなくて、大河達の目の前に。


「俺は・・・・・・」

なんだって一番重要なところで俺に放り投げるんだよ。
簡単に答えが出せるわけねぇだろ。
それができねぇから今こうなったんだよ。
どうしたらいいんだ。

「・・・・・・・・・」

ふと、いつしか顔を伏せていた俺の目に、床をスクリーンに映し出されたステンドグラスの絵が飛び込んできた。
教会を描いたものらしく、天を衝くような十字架と、その周りを幸せの象徴が飛び回っている。
不意に脳裏を過ぎったのは我が家の幸せの象徴兼アイドル。
ぱっちりおめめを瞬かせ、愛くるしい鳴き声を残し、俺の手の届かない自由という名の大空へと羽ばたいていった。

「い・・・インコちゃんが好き・・・だな・・・」

俺のバカ。

「そうじゃないでしょう、竜児」

ただちに大河が言い直しを要求する。
ふざけた返答をした俺に特に何もせず、淡々とそれだけ言うが、放つ雰囲気が物語っている。
二度はないわよ、と。

「・・・あの・・・大河、一ついいか」

「なにかしら。新婚旅行はできれば赤ちゃんと一緒に行きたいわ」

「・・・聞いておきたいことがあるんだよ」

「まさかあのこと? しょ、しょっ・・・だ、だめよ、赤ちゃんがちゃんと生まれてくるまではしちゃだめなの、わかるでしょ。
 それまでがまんしなさいよね」

まだ言ってもいない質問を無視する大河を、こちらも無視して進める。
この期に及んで往生際の悪い。
それでも聞かずにはいられなかった。


「・・・これ・・・答えないっていうのはできたり・・・」

「どうしてそんなこと聞くの」

「い、いや・・・それは・・・」

向けられた視線があまりにも冷ややかで思わず腰が引けた。
意味が分からないとか、そういった疑問は欠片もなかった。
ただただ背筋を凍らせるほどの重圧をかけてくる大河に、蚊の鳴くような声でこう言った。

「・・・・・・答えたくねぇ・・・・・・」

静かに両の頬に手が添えられる。
瞬時に硬直し、無意識のうちに目を瞑り、固く歯を食いしばって身構えた。
ふざけたことを言ったら二度目はないと、口にしなくても大河は俺にちゃんと言っていた。
だというのに、答えたくない、と。
ぶん殴られてもおかしくないと思った。
だが、予想に反して痛みはいつまで待っても襲ってこない。
添えられた手も動く様子はない。
おそるおそる目を開く。
視界いっぱいに大河がいた。
真剣な、けれど冷たさはなく、むしろ暖かみのある表情。
小さな、本当に小さな手はもうボロボロで、痛々しくて、けれど大河そのものみたいに柔らかくて。
怯えて固まっていた体から、だんだん緊張が解けていく。

「そういうわけにはいかないのよ、竜児」

諭すような大河の背後に櫛枝と川嶋が立つ。

「私、高須くんの本当の気持ちが聞きたい。他でもない、高須くんの言葉で」

「知ってるでしょ高須くん? 亜美ちゃん超わがままだって。知りたいのよ、高須くんのことぜんぶ、なんだって」

大河が一歩下がる。
添えられた手は名残惜しむように時間をかけて離れていった。


「たった一言でいい。竜児が竜児の想いを打ち明けてくれさえすれば、それだけでいいの、だから」

そこで一拍置いた大河。
すーっと息を吸い込み、そしてそれは俺以外の全員に伝染する。



『 だからぜったい私(あたし)(やっちゃん)の名前を言いなさい(言え)(言って)(言ってください)(言ってね) 』



惚れ惚れするくらいピッタリ息が合っていた。
互いが互いを押しどけるような物言いをしてるのが信じられないほどだ。
大河も、櫛枝も、川嶋も、会長も。
木原も香椎も独身も、会長の妹も生徒会の女子も光井というメイドも。
もちろん泰子も。
誰の名前だって口にできるわけがなかった。

「・・・・・・・・・」

『 ほら、恥ずかしがらないでしっかり私(あたし)(やっちゃん)の目を見て 』

「・・・・・・ごめ」

『 謝んなくていいから 』

「・・・・・・許し」

『 怒ってないから 』

「・・・・・・たす」

『 私(あたし)(やっちゃん)が守ってあげるから、だからそんな心配なんてしなくていいから、早くして 』

「・・・・・・・・・」

『 ・・・もう一度だけ言うわね(言うぞ)(言うね) 』

こんなやりとりがあと何度続くんだろう。
終わらせることはわりと容易くできるだろうけど、でも絶対に終わらないだろうというのも薄ぼんやりながら理解できた。

『 私(あたし)(やっちゃん)を愛してるって言いなさい(言え)(言って)(言ってください)(言ってね) 』



               ・
               ・
               ・



ポコォ・・・ン・・・

「うふ・・・・・・うふふふふふっふふふふふふ・・・・・・・・・・」

                              〜おわり〜

146 174 ◆TNwhNl8TZY sage 2010/03/22(月) 10:05:09 ID:SM95Xp8B
「×××ドラ!」の続きを投下
「×××ドラ!」終了後「×××ドラ! ─── ×××ドラ! × i ───」を投下しますが、蛇足だと思われるのでご注意ください。

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