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きすして3 Thread-A 356FLGR sage 2009/09/24(木) 00:06:10 ID:DQ+wLBcz

 竜児が大河の家で夕食をとる様になって三ヶ月がたって、それはもうすっかり日常の
風景になっていた。二人の母親はそれぞれの息子と娘を信頼し、見守り、そして息子と
娘も信頼を裏切らず、時に正々堂々と喧嘩したりしながら概ね円満に暮していた。それ
は大河にとっても竜児にとっても間違いなく幸せな状況で、竜児はこんな暮らしが高校
を卒業するまで続いたらいいなと思っていた。ただ、この暮らしが大河の両親(新)に
結構な負担を強いていることも薄々と感じてはいたのだ。

 夏休みを数日後にひかえた木曜日の夜。
 いつも通り三人で夕食を食べて、竜児と大河はダイニングで向かい合わせに座って緑
茶を啜っていた。大河の母はリビングのソファーに座ってテレビのニュースを観ていた。
育児休業中とはいえ有能なビジネスパーソンでもある彼女にとってそれは大事な日課
だった。おかげで大河も時事ネタには相当詳しくなっているのだが、それはこの話しに
はまったく関係ない。
 
 ずずっと緑茶を啜り、ふっと溜息をついて、
「竜児。海、どうしよっか?」と大河は言った。
 
 ―― 約八時間前 ――

 竜児は北村祐作と昼食をとっていた。生徒会長である北村祐作は昼休みを生徒会室で
過ごす事が殆どだったから竜児と祐作が一緒に昼食を取るのは週に一回あるかないかと
いったところだった。祐作が教室で昼食を取る曜日というのが決まっているわけではな
く、それは多分、祐作の気分と生徒会長としての仕事の溜り具合による、って感じなの
だろうが、竜児にとって疑問なのは自分の隣で一緒に食事をしている木原麻耶が如何に
してそれを察知しているのか、ということだった。麻耶は祐作が教室で食事をする日に
限って、すすすーっと現れて、ちゃっかり竜児の隣に陣取って一緒に食事をしていくの
だ。どういう情報網でそれをキャッチしているのか知る由もないし、唯のストーキング
なのかもしれないが、とにかくその努力にはちょっとした感動を禁じ得なかったりもす
るのだ。しかし悲しいかな一向に成果が上がっていないのもまた事実だった。

 ともかく、三人は一緒に昼食を取っていた。話題は文化祭の事だ。生徒会長、北村祐
作にとっての最後の大仕事になるイベントだ。数日後に始まる夏休みの間に生徒会とし
ては行事の概要を固めて各部や教師達との調整に当たらなければならない。

「なんとかして二日間開催を実現したいんだがな」
 祐作は言った。それは先代の生徒会長、狩野すみれも出来なかったことだった。
「そりゃ、難しいだろ」としか竜児には言いようがない。
「そうかな…」と麻耶。
「そうだろ。二日間となると準備も大変だし、特に模擬店なんてリスク倍増だ」
 竜児は険しい表情になる。
「そこなんだよな」
「無理に二日間やるより、前夜祭だけにした方が良くねぇか?」
「前夜祭?」
「前夜祭か…。アリだな」
「おぅ。去年はミスコンやったり福男レースやったりでかなりスケジュールがキツかっ
ただろ。だからミスコンと福男は前の日にやったらいいんじゃねぇの。夕方スタートで」
「そうだな。それなら行けそうだ。実はな、顧問の先生からミスコンは止めてくれって
言われてるんだ。学校行事としては不適切だろうって。でも、一般入場の無い前夜祭な
らいけるかもしれない」

「イケメンコンテストもやればいいのに」
「ミスコンの男子生徒部門じゃ駄目か?」
「いや、それ違うから」麻耶は顔の前で手をパタパタと振った。
「誰のセンスだよ?」
「駄目か? おもしろいと思ったんだがな」
「お前かよ」

「とにかく、前夜祭はいいアイデアだ。早速、検討させよう」
 そう言って祐作は弁当箱を閉じた。いざ生徒会室といった感じだ。
「え? え?」
 麻耶は軽くパニック。おかしな声を上げて手をばたつかせている。
「おいおい、放課後でいいじゃねぇか。てか、とにかく食ってから行け。弁当に失礼だ」
「おお、それもそうだな」
 そう言って祐作は弁当箱を開けた。
「おぅ。手ぇつけたらちゃんと食え」
「いや、すまんすまん」

 麻耶はちいさく溜息をついた。
「は、話しは変わるんだけどさ…」ちょっと声が裏返っていた。
「あ?」「ん?」

「夏休みに亜美ちゃんの別荘にいくんだけど、二人もどうかな?」
 ジリッとした沈黙が流れた。

「忙しいからダメかな…ダメだよね…」声がフェードアウト。
 麻耶はちらっと竜児を見た。

 竜児にしても悪い話しじゃなかった。確かにヒマとは言いがたいが、あの奇麗な海で
大河と過ごせるならそれはもう僥倖以外の何物でもないだろう。それに隣に座っている
麻耶からビシビシと飛んでくる『助けて!高須君!おねがい!』的な電波を無視するこ
とも出来なかった。
「ま、まあ、俺は大河が行くなら、別に二、三日なら平気だぞ。他には誰が来るんだ?」
「えと、亜美ちゃんと奈々子と私。タイガーは亜美ちゃんが誘ってるはず」
「ふむ」
 ふむ、じゃねぇよ。木原はお前を誘ってるんだぞ。なんとか言え。北村。などと竜児
は思念波を送信してみるのだが届いている気配はまったくない。
「女ばっかだな。なんつーか、男が一人じゃ厳しいな…」
 竜児は上目遣いで祐作を見た。もう、凶悪な目つきが更に遺憾な事になっていて、ま
るで人の良い青年に難癖を付けて恐喝するチンピラみたいな画になっていた。

「…そうだな、高須が行くなら俺も行く事にしよう」
 麻耶の顔がパッと明るくなった。
「じゃあ、細かいことはまた連絡するね」

 ―― なんてことがあったのだ。 ――


「竜児。海、どうしよっか?」
「俺はお前が行くなら行くし、お前が行かないなら行かないけど、せっかくだから二人
で行きたいなと…」
 竜児は照れくさそうにそう言った。大河はそんな竜児の表情を見て微笑んだ。
「じゃあ、決まり。ばかちーに電話しとく」
「どっちなんだよ?」
「行くに決まってるじゃない。あたしだって…そりゃ、あんたと…」
 以下、恥ずかしくて言葉にならず…
 
 テレビのニュースショーで天気予報のコーナーが始まった。
「じゃあ、ボチボチ帰るわ」
「うん」
「あら、帰るの? 気をつけてね」
 テレビを観ていた大河ママが竜児の方を向いて言った。
「はい、お邪魔しました」
 竜児は軽く会釈してリビングを後にした。それから大河の部屋の入口に置いておいた
カバンを取って玄関で靴を履き、振り返って大河の顔を眺めた。随分慣れてきたけれど、
帰るときはお互いにちょっとだけ寂しい気分になるのは相変わらずだった。

 だから、別れ際にはキスをする。竜児は少しかがんで、大河は少し背伸びして…
 軽く、二回だけ。

***

 それから数日が経過して学校は夏休みに入った。何回かスドバで打ち合わせしたり
メールでのやり取りがあって、旅行の日程は八月二日から四日までの二泊三日、メン
バーは川嶋亜美、香椎奈々子、木原麻耶、北村祐作そして竜児と大河の計六名となった。

 その旅行を数日後に控えた七月末。
 大河の家から帰った竜児はいつも通り勉強に精を出していた。元より成績は良い方
だったのだが、それはその方が泰子が喜ぶから、と言う程度の動機によるものだった。
だから竜児は学年のトップを取ってやろうなんてことは考えた事すら無かったし、勉強
が将来役に立つとも大して思っていなかったのだ。でも、今の竜児には勉強そのものに
も、トップを目指す事にも意味があった。今の竜児が描いている将来像のために進学は
絶対に必要な事で、そして失敗出来ない事だからだ。
 進学のための資金の問題は祖父である高須清児が負担してくれることになり一気に解
消した。泰子のために蓄えられていた資金は手つかずで残っていて、それを竜児の為に
使うことを祖母である園子が望んだのだ。清児と泰子もそれに同意し竜児は大学進学を
選択できることとなったのである。
 そして竜児は考えた。大河の家から帰ってくる道すがらで、寝る前にベッドの中で、
勉強の手が空いた時、トイレの中、洗濯機の脱水が終わって回転が停止するまでの
ちょっとした時間、とにかく時間があれば考えた。大河と二人、どうやって暮していこ
うか、それを真剣に考えたのだ。そして今、竜児の頭の中にはそのプランがある。まだ、
誰にも話していない。でも、最初に話す相手は決まってる。もちろん大河に、だ。

「ふぅ。ん〜〜んが」
 竜児が大きく伸びをして肩をまわしていると机の上で携帯電話が鳴りだした。ふと時
計を見ると十一時半。大河だろうな、と思いながら携帯を見るとディスプレイに表示さ
れていたのはちょっと意外な人物の名前だった。

「おぅ。俺だ」
「あ、高須君。今、大丈夫?」
「ああ、問題無い。で、どうしたんだ? 川嶋」
「ちょっと頼みがあんのよ」
「なんだ?」
「あんたらだけ一日早く別荘に行けない?」
「ん、まあ、行けなくはねぇだろうけど。どうして?」
「掃除しておいて欲しいのよ」
「はぁ? 二人でか?」
「そう」
 どうにも胡散臭かった。
「…川嶋、お前、何考えてるんだ?」
「ばれたか」
「ばれるさ」
「…麻耶がね、あの娘、本気で祐作に惚れちゃってるのよ」
「みたいだな」と言うより周知の事実といった所か。

「祐作があんたぐらい物わかりが良いと助かるんだけどね。とにかく麻耶はこれがラス
トチャンスってぐらいに入れ込んでるのよ。でもさ、あんた達が一緒にいると祐作はど
うしたって麻耶よりあんたと話すじゃない」
「だろうな。…道中の人数を絞ろうってんだな」
「まあ、そういうこと。あたしと高須君とタイガーは一日前に行って掃除しとくって筋
書き」
「確かに去年行ったときは掃除で随分時間を使っちまったからな。一石二鳥か…」
「でしょ」
「で、俺らは別荘に行くとしてお前はどうすんだよ」
「夕方に打ち合わせが入っちゃったのよ。なんとかして朝イチで別荘に行くから」
「なんとかって、なんとかなるのかよ」
「楽勝楽勝。あんたと違ってこっちは旅慣れてるんだから」
「わかったよ。にしてもよぉ、北村が納得するかねぇ」
「それは大丈夫じゃね。あたしが一日早く行くのも別におかしくないし、掃除の腕前を
考えたらあんたしか居ないじゃない。あんたが行くのにタイガーを置いてくのも変じゃ
ない。そうすると自然とこの組み合わせになるのよ」
「まあ、確かに理にかなってるな。北村まで来ちまったら、あそこに行った事のない香
椎と木原だけ残っちまうし、川嶋が二人のエスコート頼むわ、とでも言っとけば北村は
納得するだろうな」
「ぴんぽーん、正解!」
「それはいいけどよ、別に俺は木原と北村をくっ付けるとか、そういうのには加担し
ねぇぞ」
「あたしだってそんなの御免よ。あくまでもセッティングだけ」
「ならいいさ。にしても、お前はお人好しだな」
「フン、あんたに言われたかないわ。じゃあ、タイガーにはあんたから言っといてよ」
「おぅ、わかった」
「そんなとこかな。そんじゃ、切るわよ」
「ああ。なあ、川嶋…」
「なによ?」
「…ありがとよ。じゃあな。おやすみ」
「…なんのこと? まあ、いいわ。じゃあね」

 電話が切れた。と、思ったら鳴った。大河からだ。
「大河?」
「あ、やっと繋がった」
「おぅ、悪かったな。もう、寝るのか?」
「寝る気満々だったのに、リダイヤルしてたら目が冴えて来ちゃったわよ」
「すまん。でも、ちょうどいい。川嶋の別荘に行く件だけどな、お前、一日早く行けな
いか? 俺と一緒に」
「どういうこと?」
「つまり……」
 竜児は手短に亜美との電話の内容を話した。
「…というわけで、一日目は二人きりなんだが、どうだ?」
「どうって、別に問題無いでしょ」
「だよな」
「…ええっ! 二人っきり!?」
 お約束すぎだろ、と思いつつ、そこはスルー。

「いや、そんなに驚かんでも…。とにかく、そういうことだから」
「わ、わかったわよ」
「じゃ、おやすみ」
「ちょっと、待ちなさいよ。寝られるわけないじゃないの…。ホントに目が冴えちゃっ
たわよ」
「とりあえず毛布でもかぶっとけ。そうすりゃ眠くなる」
「わかったわよ。また、眠くなったら電話するから」
 電話が切れた。
 五分経った。
 電話がなった。着信を押した。
「おやひゅみ…りゅーじ…」
「おやすみ。たいが」
「うみゅ…」
 切れた。
「なんだよ『うみゅ』って」
 竜児は携帯電話を置いてベッドに寝転がった。

『二人きりか… 丁度いい。大河に話そう。これからの事を…』
 大河が同意してくれるかは分らない。不安もある。大人の力も借りなければならない。
説得しなければならない人もいる。けれど、竜児はそれを話す事にした。 

 実現したいのだから、ビビってるヒマなんかないのだ。そう、自分に言い聞かせた。

***


 海沿いの線路を南に向かって走る電車に竜児と大河は揺られていた。お盆の時期を外
した事もあって車内はさほど混んではおらず、二人の乗っている車両も席の半分ほどは
空いていた。

 車窓から見え隠れする青い海は夏の強い日差しにきらきらと輝いていた。
 大河は窓側の席で流れていく景色を眺めていて、なにかを見つけては隣に座る竜児に
話しかけていた。半袖の白いワンピースは大河に良く似合って可愛らしい事といったら
この上ないし、そんな大河に青い空をバックにして微笑まれれば竜児がちょっとばかり
間抜けな顔をして見蕩れてしまうのは仕方の無い事だった。

「ちょっと。竜児。聞いてんの?」
「へ?」
「うわ、サイテー。彼女が話しかけてんのにスルーするわけ?」
「ん、ああ、悪かったよ。で、何だよ?」
「まったく、しょうがないわね。お昼ご飯どうする?って聞いたの」
「ああ、飯か」
「そうよ」
「ちょっと早いけど…ま、いいか」

 竜児は棚からボストンバッグを下ろして中から紙袋を取り出して大河に渡した。
「なんだ。ちゃんとあるじゃない。有るなら有るって言ってよ、心細くなっちゃうじゃ
ない」
「心細くなっちゃうのかよ?」
「なっちゃうのよ。もう切なさで胸が潰れそうになるわ」
「そりゃ悪かったな。でもよ、言っちまったら十時のおやつになっちまいそうだったか
らな」
 竜児はバッグを棚に戻した。
「フン。そんなに飢えちゃいないわよ」
 言いながら大河はガサゴソと紙袋を開けた。
「わぉ」むくれていた顔がぱっと笑顔に変わる。
 中にはラップで包まれたカツサンド。ああカツサンド、カツサンド。
 大河は紙袋に入っていたウェットティッシュで手を拭って、もどかしそうにラップを
開けてカツサンドをかじった。
「あわてんなよ。喉詰まらせるぞ」
 大河は無言で頷いて、ゆっくりと噛み締めてから飲み込んだ。
「あー、おいし。心が安らぐわ」
「そりゃ、なによりだ」
 そう言って竜児もカツサンドをかじった。なかなかの出来だった。
 すぐに一つ目を食べ終わった大河は二つ目を手に取った。ラップを剥がしてぱくっと
かぶりつく。
「ほうは…ゆーひ」
「食べるか喋るかどっちかにしろ」
 大河はもぐもぐと口を動かす。
 あわてて飲み込まないところを見ると食べる方を選んだんだな、と竜児は思った。
 そして仕切り直し。

「ねぇ、竜児…」
「ん?」
「三泊もしちゃって、やっちゃん大丈夫かな」
「大丈夫だろ。泰子だって家事が出来ないわけじゃねぇんだし」
「まあ、そうだろうけど…」
「ちょっとばかり部屋が散らかって洗濯物が溜るってだけだろ」
「そういうのはいいんだけどさ…、寂しいかなって」
「かもな…。でもよ、俺もいつまでも泰子と一緒ってワケにはいかねぇし」
「なんでよ。せっかく仲良くやってるのに」
「そうなんだけどよ…。気付いたんだよ。お前と一緒にいて」
「あたしと…?」
「ああ。そうだよ。俺の傍に大河が居てくれるみたいにさ、泰子の傍に泰子を大切に
想ってくれる人がいてもいいんじゃねぇかって」
「うん…」
「泰子は若いんだから、もう一回、普通に恋して、結婚して、愛してくれる旦那がいて
さ、そんな風になったらいいなって、今は思ってる」
「そっか…。そうだね。やっちゃんだって…そうだよね」
「ああ。きっと今までいろんなことを我慢してくれてたんだと思うよ。俺の為にさ…」
 泰子の十八年間に一つの恋も無かったなんて竜児には思えなかった。きっと、いくつ
かの恋はあったのだ、そしてそれを諦めて来たのだろう。
「うん…。そうだよね」
 大河は何かを噛み締めるみたいにそう言った。
「ま、そういうこった」
 竜児は軽い口調で言った。

「そうだ。泰子と言えば… 許可、貰っといたから」
「許可って何?」
「今晩、二人きりだから…その、してもいいか…、一応な」 
「なっ!?」
 竜児の耳は赤くなっていた。
 大河の耳も赤くなった。

 竜児は約束を守る男なのだ。誓約書にサインした以上、こっそりなんてのはあり得な
いのだ。

「まあ、そういう事だから」
「そ、そうなの。まあ、そういう事なら、あたしも吝かじゃないのよ」

 顔を赤く染めた大河はカツサンドを頬張った。
「は、ほうは」
「だから食べるか喋るかどっちかにせい」
 あわてて飲み込まないところを見ると…以下、略。
 そして仕切り直し。
「今朝、みのりんからメールが来たのよ。そんで、あんたに見せろって」
 そう言って大河は携帯を開いてポチポチとボタンを押して竜児に画面を見せた。



 ――――――――――――
 大河。これを高須君に
 見せるんだ!
 
 高須君へ・・・
 ファイナルフュージョン
 承認!!

 承認!承認!承認!承認!
 承認!承認!承認!承認!
 承認!承認!承認!承認!
 承認!承認!承認!(>_<)b
 ――――――――――――

「く、櫛枝…」としか言いようが無い。
 怖い、怖すぎるぞ。櫛枝。
 承認してくれるのはいいけど、櫛枝、これは怖過ぎだ。
 しかも、承認される前に俺たちファイナルフュージョンしちゃってるし。

「これ、なんなの?」
「さあ、なんだろうな…」
「わかんないの?」
「多分、楽しんで来てねって意味だ…と思う」
 まあ、ウソではない。
「ふぅん。そうなんだ。てっきり『えっち』してもいいよって意味かと…」
「もう、バッチリ、分っちゃってるじゃねぇかよっ」

「………」「………」

 顔を赤く染めた二人はカツサンドを頬張った。
 車窓からは夏の日差しに輝く海が見えていた。

***

 電車を降りた二人は当座の食料を調達するために駅近くの商店街で買い物をした。
翌日の夕食以降の分は北村達が買ってくることになっている。ただ、当座の分、とは
言っても結構な量になったし、別荘までは結構な距離だったから二人は駅前でタクシー
を拾って川嶋家の別荘に向かった。
 タクシーは白砂の散る林道をゆっくりと走り別荘を見下ろす位置で止まった。さらに
先まで行けばクルマで乗り付けることもできるらしいのだが、それよりもここから石段
を下った方が早く着く。二人はクルマを降りてトランクから荷物を取り出して歩き出し
た。すぐに景色が開けてきて、南仏あたりのプチホテルを思わせる瀟洒な作りの川嶋家
の別荘が見えてきた。

 二人は荷物を抱えてゆっくりと石段を降り、石造りのエントランスへ。竜児は亜美か
ら預かった鍵を使いドアを開けて中に入った。玄関の中を見回し、壁に取り付けられて
いる金属の箱を見つけてそれを開け、遠隔警備のコントロールボックスに亜美から渡さ
れていたカードを差し込んだ。

「よし、セキュリティも解除したから上がっていいぞ…」
 そう言って、竜児は靴を脱いで廊下に上がった。
「ん? なんか、おかしくねぇか。大河」
 竜児はすぐに異常に気がついた。そう、この別荘はどこかおかしい。一年前に来たと
きはとは何かが違っている。
「そう? 考えすぎなんじゃないの」
 言いながら靴を脱いで廊下に足を踏み入れた瞬間、大河も異常に気がついた。
「竜児の言う通りかも。なんかおかしい」
「ちょっと奥を見てくる」
「あたしは二階を見てくるわ」
「気をつけろよ」
 竜児は荷物を床に置き廊下をリビングの方に進んでいった。その背中を見送ってから
大河はゆっくりと踏みしめる様に階段を上がっていった。リビングのドアのノブを握った
瞬間、竜児の表情が曇った。ゆっくりとそれを捻って扉を開ける。カーテンが閉められ
ているせいで薄暗いリンビングルームを舐め回す様に見てから竜児は窓際に歩きカーテン
を一気に開けた。夏の日差しが差し込みリビングの隅々までを眩いまでに照らし出す。
くん、と鼻で息をすってからロックを外して大きな窓を開け放った。潮風が吹き込んで
レースのカーテンがはためいた。竜児は足下を見て「ここもか」とひとりごちる。
リビング奥のダイニングに足を踏み入れた時、疑念は確信に変わった。

 間違いない。これは異常だ。

「りゅーじっ! きてっ!」
 二階から大河の声が聞こえた。竜児はリビングを駆け抜けて階段を駆け上がった。

「竜児! これ… これって」
 大河が居たのは二階のバスルームだった。バスタブを覗き込んでいた大河はその内側
を指で擦って、その指先を確かめた。
「大河、ここだけじゃない。一階もそうだった」
「どういうこと?」


「…川嶋の奴」
 竜児はポケットから携帯電話を取り出して亜美に電話した。呼び出し音がもどかしい。
「う〜っす、高須君。もう、着いたの?」
 亜美は気の抜けた声で電話に出た。
「ああ、着いたさ。今さっきな。これはどういう事だ?」
「何言ってんの? 全然、意味分んないんですけど」

「お前、俺を騙したな」
「はぁ? なんのこと。亜美ちゃんさーっぱりわかんねぇんだけど」
「てっめぇ、しらばっくれやがって」
「だから、何の事?」


「すっかりキレイじゃねぇか! どこもかしこも掃除する必要なんてねぇくらい」


 …しばしの沈黙。

「ああ、それね。実はさ、先々週うちの親戚が使ったもんだから業者に掃除してもらって
たんだって。三日前に掃除したばっかだもん、そりゃきれいだわ」
「お前なぁ」
「あたしも昨日聞いたのよ。でも、キレイな分には困んないでしょ」
「まあ、そうなんだけどよ」
「なによ?」
「…いや、いい」
「そう。じゃあ。明日の朝、そっちに行くから。そうね、八時ごろかな。じゃあね」
 そう言って亜美は電話を切った。

 竜児は溜息をつき、がっくりと肩を落として携帯電話を畳んでポケットに押し込んだ。
「三日前に掃除したんだってよ。業者が」
「そっか。だからこんなにキレイなのか。よかったじゃない」
「まあ、そうなんだけどよ…」
「なに、あんた、ひょっとして楽しみだったわけ?」
「ああ、実は、かなりな……はぁ」
 大河はそんな竜児の背中をタンタンと叩いた。
「いいじゃない。その分、ゆっくり出来るんだし」
「そうなんだけどよ。なんつーか、俺的には激闘の予感がだな…」
「いつまでもグダグダ言ってんじゃないわよ。もうキレイなんだからしかたないじゃない」
 口でキツい言葉を吐きながら、でも大河の表情は柔らかい。
「…ま、それもそうだな」
 ふっと竜児は表情を緩ませた。
「そうそう、もう、喉、乾いちゃったわよ。ジュースのも、ジュース」
「お前は小学生かよ」
 二人は階段を降りていった。

***

 竜児はキッチン周りだけ念入りに掃除して、カレーに入れるオニオンペーストを仕込ん
でいた。仕込みと言っても玉葱をみじん切りにして焦げない様に炒めるだけだから、時
間はかかるが忙しいわけではないのだ。竜児はガスコンロの前に置いたスツールに座って
時折木べらでフライパンの中身をかき混ぜていた。十五分ばかりそんなことをしていると、
大河がダイニングからスツールを持って来てガスコンロの前に置いてそれに座った。
「まぜればいいの?」
「ん? そう。混ぜればいい。焦げ付かせない様にだけ気をつければいい」
「へぇ。やってみていい?」
「ひっくりかえすなよ」
「わかってるわよ。どうやるの?」
「別に難しくはないさ」
 竜児は木ベラを持ってフライパンのなかのみじん切りになった玉葱をかき混ぜた。
「ま、こんな感じ」
「簡単じゃない」
「そうだな、混ぜるのは簡単だな。焦がさないようにするのが大変だけど」
「やってみろよ」
「うん」
 大河は木べらを手に取って玉葱をかき混ぜた。怪しい手つきも竜児にとっては萌え要
素みたいなものだ。
「そんな感じ。慎重にやってくれよ。ひっくりかえしても焦がしてもやり直しだから」
「わ、わかったわよ」
「そんなに固くなるなって。慌てなければ大丈夫だから」
「うん」
 玉葱からじわじわと水気が出てそれが熱せられて蒸発していく。
「まぜて」
 大河は慎重に木べらで玉葱をかき混ぜる。また、しばらく待つ。竜児が「まぜて」と
言うと大河が小さく頷いて木べらで玉葱をかき混ぜる。
 リビングのカーテンが潮風に揺れている。
 聞こえるのはキッチンには玉葱を炒める音と微かな潮騒だけ。
「竜児」
「ん?」
「地味だね」
「地味だな。でも、料理ってそんなもんだろ」
「そうなんだ。これが無くてもカレーはできるよね」
「ああ、でも有った方が美味いからな。大河、まぜて…」
 大河が玉葱をかき混ぜるとすこしだけフライパンの中が騒々しくなる。
「あたしも、竜児みたいにお料理、出来る様になるかな」
「なるさ」
「ホントに?」
「ああ。喜ばせたい人がいれば出来る様になるんだよ。そういう人がいれば失敗しても
頑張れる」
「そっか。竜児も沢山失敗した?」
「おぅ。そりゃもう、指切ったり、火傷したりな。あと、苦労したのに不味かったり」
「やっぱ大変なんだね」
「まあ、俺の場合はちゃんと教えてくれる人が居なかったからな。無駄に苦労したって
感もあるな。まぜて…」
 また、まぜる。少し音が変わる。

「じゃあ、お願いしたら教えてくれるの?」
「もちろん。まあ、家に戻ってからだけどな」
「ここじゃダメ?」
「ぶっちゃけ、あんまし道具が良くないんだよな。止めといた方がいい」
「そうなんだ…。じゃあ、帰ったら教えてよね」
「おぅ。…まぜて」
 そして、また混ぜる。
 しばらく待つ。竜児が「まぜて」と言う。大河が混ぜる。
 聞こえるのは玉葱を炒める音と潮騒。
 ゆっくりと、ゆっくりと、二人の時間が流れていく。


 作り置き食材の準備が終わるころには陽はすっかり傾いてリビングに差し込む日差し
は柔らかなオレンジ色に変わっていた。橙色に染まる水平線の彼方に入道雲が浮かんで
いる。藍色の空には雲一つない。昼間は風に揺れていたリビングのカーテンはぴくりと
も動かない。僅かな夕凪の時間帯。これから徐々に陸風が強くなっていくのだろう。
 リビングのソファーでは慣れない作業で疲れた大河がタオルケットにくるまって寝息
をたてている。竜児は『でる単』に目を通しながら時折大河の寝顔を眺めていた。時計
は六時半を過ぎた辺りを指している。あと二十分もすれば日没だ。
「大河。起きろ」
 竜児は大河の肩を揺する。「うぅん」と小さな声を漏らして大河は目をこする。
「寝ちゃった」
「疲れてたんだろ。そろそろ晩飯にしようぜ」
 もそもそと大河は身を起こした。タオルケットがかけられていた事に気付いて無言で
竜児に微笑む。竜児はそれにほんの小さく頷いて応える。それが、『ありがとう』と
『どういたしまして』の代わり。
「晩ご飯、なに?」
「今日はシンプルにパスタ」
「それだけ?」
「それだけ」
「うぅ…」泣くなよ…
「わかった、わかった…、コンビーフのピカタもつけるから」
「し、しかたないわね」
「その代わり、手伝えよ」
「し、しかたないわね」

 竜児はパスタポットに水を張りコンロにかけた。夕食はパスタ。まとめて作っておい
たトマトソースでシンプルに。沸騰するまでにピカタの下ごしらえを終わらせてしまお
う。それで、麺を茹でている間に焼けばいい。緑色も欲しいな。レタスで良かろう。そ
して夕食が済んだら星でも眺めてみよう。今日は新月だ。竜児はそんなことを考えてい
た。

***


 砂浜は岩場に囲まれていて、見える建物と言えば背後に立っている川嶋家の別荘だけ
で、それ以外は彼方の海岸線に町灯りがぼんやりと見えるだけだった。あたりは静まり
返っていて聞こえるのは波の音だけ。この世界の人口が二人になったんじゃないか、
そう思ってしまう程の静けさだった。砂浜に広げたレジャーシートの上に置いた電気
ランタンを消すとあたりはすっかり漆黒の闇に包まれた。別荘の窓からもれる明かりは
砂浜までは届かず、空には月の姿も無かったから辺りは本当に真っ暗だった。

「うわぁ」大河は子供みたいな声を上げた。
「ほんと、すげぇな」竜児もやっぱり子供みたいに声を上げた。

 本当に降ってきそうなほどの星空だった。数日前の嵐のせいでまだ空気は澄んでいる
らしく、視界のかなたの濃紺の水平線から上は全て星で埋め尽くされているようだった。
都会では絶対に見られない全天を二分する天の川の姿もぼんやりとだけれどちゃんと見
える。

 大河はシートの上に寝転がって空を見た。
「竜児、頭じゃま」
「わかったよ」
 竜児は大河の横に寝転がった。

「すごいね。なんか、掴めそうだよ」
「ああ、本当にそうだな」
「降る様な星空って良く言うけど、本当に降ってくるみたい」
「昔はどこでもこんな風に見えてたんだよな」
 二人が暮らす微妙に都会な大橋ではこんな星空は真冬でも拝めない。

「ちょっと、こわいね」
「ん、どうして?」
「…自分がちっぽけに思えて、消し飛んじゃいそうで」
「捕まえといてやるよ」
 そう言って竜児は大河の小さい手を握った。
「これで大丈夫」
「うん…」

 穏やかに凪いでいる海は静かな波音を二人に聞かせていた。

「こうしてると空に浮かんでるみたいな感じがしねぇか?」
「ふふ、ほんとだ。浮いてるみたいだね」
「不思議だな、世界に二人っきりしかいねぇみたいだ」
「うん。そうだね」

 目の前は星の海で、聞こえるのは互いの声と波の音だけ。微かな風が頬を撫でて潮の
香りが鼻をくすぐる。

「あのさ、竜児」
「ん?」
「約束、憶えてる」
「どれだよ? たくさん約束したからな」
「バレンタインの」
「おぅ。忘れるはずがねぇ。一番大切なやつだからな」
「守ってくれる?」
「守る…。絶対に」
「うん」

 それは一番大切な約束。

「竜児…」呟く様に呼んだ。
「なんだ?」
「もうすぐ、ママと一緒に暮らせなくなるんだ」
「…どうしたんだよ?」
 冷静を装って竜児は聞いた。あくまでも装ってだ。心はざわめき不安感で息苦しくな
る。けれどそれを押さえ込む。ここで狼狽えて何になる。
「あたしがお父さんの子供になるのはダメなんだって。お父さんの実家が許してくれな
くてね、あたしはママの子供なのにママの家族になれないんだ」
「そうか…」
 大河がいつまでたっても『逢坂』のままだったのを竜児も気にはしていた。大河の母
親は大河が逢坂の娘では困ると言っていたはずだ。だからこれは彼女にとっても予想外
だったのだろう。
「お父さんとママが離れて暮らしてるのも良く思われてなくてね、まあ、そりゃそう
なんだけどさ。あたしもそう思うし。もうすぐママは本当の家に戻る事になると思う」
「お前はどこで暮らすんだよ?」
「今住んでるマンション。ママが借りておいてくれるって」
「じゃあ、住むところには困らないんだな」
「まあね。でも、また、一人ぼっち」
「一人じゃない」
 そう言って竜児は大河の手を強く握った。
「うん、そうだね。竜児がいるもんね」
「ああ」
 大河は頷いた。竜児はそんな気がした。
「で、いつまで一緒にいられるんだ?」
「十一月までは一緒に暮らせるって」
「あと三ヶ月ってところか」
「うん。ママね、すごく辛そうに話してくれたんだ。何度もごめんねって言ってくれた」
「そうか。おまえの母さん、頑張ってたんだな」
「うん…。卒業するまで見てて欲しかったな。あたしの事も、竜児の事も」
「そうだな。きっと、お前の母さんもそう思ってるよ」
「そうかな…」
「そうだよ…」

 星空の中を飛行機の小さな光が走っていく。

「竜児…、こわいよ」
「大河…」
「あたし、どうなるんだろう」
 震える様な、か細い声だった。
 竜児は大河を抱き締めたかった。抱き竦めて、もうお前の居場所は壊れない、そう言
いたかった。でも、それだけでは駄目なのだ。それでは暗闇で立ちすくむ彼女は歩き出
せないから。だから、竜児は立ちすくむ彼女の手を取って二人で歩く道を示さなければ
ならなかった。そして、それは竜児の頭のなかにちゃんとある。
 
「…あのさ、ずっと考えてたんだ。これからどうしたらいいのか。俺なりに考えたプラン
があるんだ。まだ、誰にも相談してないから出来るかどうか分んないけど、聞いてくれ
ないか?」
「…うん、話して」

 星空の下で竜児は自分で描いた未来図を大河に話した。それは竜児と大河が一緒に暮
しながら自立していくために、そしてみんなが幸せに近づける様に竜児が真剣に考えた
計画だった。

「どう? 大河が嫌なら考え直すけど」
「ううん。嬉しくて。考えてくれてたんだね」
「そりゃあ、考えるだろ。約束したんだから」
「ありがと…」消えそうな鼻声だった。

「盆にじぃちゃんの所に行くから、その時にお願いしようと思ってる」
「あたしも一緒に行きたい。あたしからもお願いしなきゃね」
「そうだな。大河が居てくれたら…なんだって出来る…」

 そう、なんだって出来る。彼女が天涯孤独にならないように、彼女の家族になること
だって竜児にはできる。出来るのだ。もう十八才なのだから。
 
「大河…」
「うん」
「ちょっと早いけど、お前の母さんがいるうちに結婚しよう」
「え?」
「卒業してからって思ってたけどよ、だったら半年ぐらい前倒しにしたって問題ない」
「竜児…」
「その…、お前がまだ考えたいって言うなら待つけど…」
「…本当にいいの?」
「あたりまえだ。二言はねぇ。嫁に来い」
 すん、と鼻を小さく啜る音がした。ちょっとだけ間があって、
「…うん。いく」と、大河は答えた。

「大河…。顔が見たい」
「うん、あたしも…」



 竜児は身体を起こして電気ランタンの調光ノブを少しだけ捻って微かに光らせた。
LEDの白い灯りがシートの上を弱く照らした。ほんの僅かな白い光に照らされて大河
の姿がぼんやりと光った。暗闇に慣れた目にはそれでも十分明るかった。

「お前は、ほんとにきれいだな」
「ばか」小さく呟いて、大河は微かに頬を染めながら身を起こした。潤んだ目から涙が
一粒溢れた。仄かな白い光に照らされて二人は互いを見つめた。竜児の左手に大河の右
手が重なり、引き寄せられる様に顔と顔が近づいていく。

「りゅーじ…、きすして」大河が囁く。
 それに応えて、竜児は大河の小さな花びらみたいな唇を自分の唇で塞いだ。柔らかさ
を確かめて、ふっと唇を離す。
 竜児は大河の肩を抱き寄せて子供を抱く様な格好で抱えた。左の太腿に大河を座らせ、
立てた右足で背中を、肩にまわした右腕で首を支える。竜児は左手で大河の頬に触れ、
もう一度キスをした。ゆっくりと互いの体温を確かめ合うように触れ合わせる。惜しむ
様に唇を離して、目を合わせた。小さく「すき」と呟き、大河は竜児に抱きついて彼の
胸に顔を埋めた。竜児は大河の小さな身体を抱き締めて「俺も…」と呟いてから
「すきだ」と囁いた。
 
「りゅーじ…しよ」
「お、おぅ。戻るか…」
「…ここじゃ、ダメ?」
 勿論、竜児にとっても魅力的な提案ではあるのだが…

「ダメ。衛生面でよろしくない。それに砂が入るとスゲー痛いらしいぞ」
 夏の浜辺でも竜児は竜児だった。
「そうなの…」
 大河は敷かれているレジャーシートのサイズが些か不十分なことを察した。それに
清潔かと言われれば、たしかにそうは言い難い。
「しょうがないわね」
「ま、そういうこった」
 竜児は立ち上がって手を差し出して大河の手をとり立たせた。ランタンを大河に持た
せて竜児はシートを畳んで小脇に抱えた。

 二人は手を繋いで別荘に向かって歩いていく。

「しっかり調べてたのね」
「まぁ、こんなこともあろうかと…」
 大河のパソコンでこっそりググった。無論、履歴は消去ずみだ。


***


 デスクライトだけが灯された仄暗い竜児の部屋。

 ベッドの上に胡座をかいている竜児の左太腿に大河が座っている。大河は竜児の腕に
緩く抱かれ、互いに啄む様な優しいキスを繰り返していた。
「あん、りゅーじ。いぢわる」
 緩く開いて待ち構える大河の唇を竜児の唇が塞ぐ。吐息が混ざる様なそんなキス。
「とけそぅ」小さな唇から呟きが漏れる。
 そうだな、と竜児も思う。溶けて混ざり合ってしまいそうな気もする。
「大河…もっと」
「うん」
 唇が重なり、竜児の舌が大河の中に挿入されていく。大河はそれを舌先で受け止める。
チロチロと舌を絡めて唾液でぬめる口の中でじゃれ合う。竜児の舌が引き上げて行くの
を追いかけて大河の小さな舌が竜児の口に滑り込んで行く。二人は混ざり合うぬるい体
液の中で戯れる。大河の舌が逃げて行くと竜児の舌がそれを追いかけて二人は大河の狭
い口腔でじゃれ合う。

「んっ」塞がれたままの大河の口から声が漏れた。
 こんなことを憶えたのはつい最近。初めて竜児の舌が侵入して来たときは驚きと恥ず
かしさで心臓が爆発しそうになった。だって、どう考えたってこれは淫らだもの。

 唇を離すと混ざり合った唾液が光る糸になって消えた。
「ん、はぁ」
「ふぅ」
 竜児はもう一度優しくキスして大河を抱き締めた。
「りゅーじ、脱がせて」
「おぅ」
 竜児は大河を抱く腕を緩めワンピースの背中のボタンを外していく。
「ちょっと立って」
「うん」
 ベッドの上に立ち上がった大河の前に竜児は膝立ちになって大河のワンピースを脱が
せていく。袖から腕を抜き腰のリボンを解くと白い布地はするすると大河の足元に落ち
ていった。竜児はぼんやりと青白く光るワンピースをフローリングの床の上に落とした。
レースで装飾された淡いブルーのブラとショーツだけになった大河は竜児に背中を向け
てぺたんと座った。
 竜児がブラジャーのホックに指をかけて外すと大河はブラジャーのストラップを肩か
らずらして腕をぬきそれを床に落とした。
 竜児もTシャツとハーフパンツを床に脱ぎ捨てた。本当はちょっとだけ畳みたい気持
ちもあるのだが、それは今やる事じゃない。そんなことは後でいい。

「はぁ…」
 自分の胸を見て、大河は小さく溜息をついた。
「なんだよ?」
「おっきくなんないもんだね」
「そんないきなりデカくなったら世の中巨乳だらけになっちまうよ」
「まあ、そうだけどさ」
「いいんだよ。これぐらいが俺はいい」
「ばか…、あん」
 竜児は大河を背中から抱く様に柔らかい乳房に触れた。ふわっとした触り心地は
スポンジケーキのようだ。柔らかいふたつのふくらみを掌で包む様に触れると細い肩が
ぴくんと揺れた。竜児は滑らかなミルク色の肌に包まれた乳房にわずかに指を沈めた。
揉むと言うより本当に触れる様な優しさで繊細に指を動かす。

「ん、あっ…、くふん…」
 キスの余韻で濡れて光る小さな唇から喘ぎ声が漏れていく。それを止めない様に竜児
の指は優しく蠢く。大河の白い首筋に赤味が増していき可愛らしい耳朶は赤く染まる。

「りゅーじ…」
 大河は視界に竜児の顔を収めようとゆっくりと振り向いた。蕩けた瞳と淡いピンクに
染まる頬が竜児の目に映った。
「顔見せてよ」
「まだ、ダメ」竜児は大河の頬に軽くキスをした。
「いぢわ……っん」
 首筋を食む様なキスに大河の言葉は遮られた。竜児は大河の首筋をたどるように唇を
滑らせて大河の耳元に口元を寄せると赤く染まった耳朶にキスをした。
「あんっ。耳…だめ」
 
 竜児は甘噛みの様なキスをしながらふわふわとした乳房の感触を確かめる様に指を動
かし続けた。人差し指の腹が小さな乳首に軽くふれると華奢な身体がびくんと跳ねた。

「んっ…」乳房の外側を親指で撫でる。
 「あんっ」下側のなだらかなカーブを薬指と小指で可愛がる。
  「んくっ…」人差し指と中指で微かにふくらんだ突起を弄ぶ。

「りゅーじ…、お願い…抱いて…」
 潤む瞳が竜児を見た。
「おぅ」竜児は胡座をかいて右の太腿の上に大河を座らせた。
 緩く抱き合って唇を合わせる。ちゅ、と湿った音がする。触れ合う様にキスをして、
竜児は大河を抱き竦めた。それに応える様に大河の細い腕も竜児の背中を抱き締めた。
 
「りゅーじ…もっと…強く抱いて…ぎゅって、して」
 竜児は大河の身体を強く抱き寄せた。華奢な身体を軋ませる様に強く抱き竦める。竜
児の背中に大河の指が食い込む。軽く汗ばんだ肌と肌が貼り付いて熱がこもり、その熱
にうなされるように大河は熱い息を吐く。

「苦しいだろ」
「いいの。もうちょっとだけ。お願いだから…」
 
 お互いを苦しい程に抱き締めながら頬と頬を合わせた。
「大河、キスしたい」
「うん」
 腕を緩めて見つめ合い、ゆるく開いた唇を触れ合わせた。柔らかな感触を愛おしく感
じながら吐息を混ぜ合わせる様にキスを楽しむ。
 竜児の舌先が大河の前歯に触れる。大河は竜児を迎え入れて舌を絡ませる。
「んふ…」
 落ち着きかけた鼓動が再び速まって行く。

 大河の右手が竜児の身体をなぞっていき股間に触れた。
「おっきくなってる…」
「そりゃなるって」
「りゅーじ。あたしのも…触って」
「おぅ」

 大河は竜児の太腿から腰を下ろして横になった。
「きれいだな。お前は」
「ホントにそう思ってる?」
「思ってる。やっと慣れてきたけどな。初めて見たときは、きれいすぎて…怖かった」
 そう言って竜児は大河の頭を撫で、そして頬にふれた。
「…ありがと」
 小さな声で大河は言った。

 竜児は大河のとなりに横になってショーツの上から陰核の近くを中指の先でくすぐった。
「っぅん…」
 膣口から陰核の間を擦る様に指先を滑らせる。力を入れずに撫でる様に優しく。
「…あんっ…」
 大河は甘い声を漏らしながら身体をよじる。滲み出した愛液でやわらかな布地が湿って
いく。竜児は右手をショーツの中に滑り込ませて陰毛の先の柔らかい部分に触れた。
 
 んくっ…ふぅ…
 
 大河は眉をよせて苦しげに喘ぐ。溢れた愛液が竜児の指先にまとわりつく。
 竜児は柔らかい割れ目に中指を沈めた。くちゅ、という音がして熱く蕩けた柔肉に竜
児の指は包み込まれた。

 んぁ…、くうんっ…  
 
 竜児は溶けて絡み付く柔らかい襞を掻き分ける様に中指を動かす。  
 指が淫裂に沈む度に、くちゅ、と濡れた音がする。
 指を動かす度に啼く様に大河は喘ぐ。肩を揺らし、苦しげに首をふる。

「…りゅーじ、脱がせて…」
「ん、おぅ」

 竜児はなめらかな肌につつまれた引き締まったヒップからショーツを剥きとるように
脱がせていく。腰からショーツを下ろしていくと溢れてクロッチに染み込んだ愛液が糸
を引いた。足を抜き、脱がせたショーツを床に落とす。

「とろとろだな」
「…はずかしい事、言わないで」
「ん、ああ」
 そう言ってから竜児は優しく唇で唇を塞いだ。そのまま、露になった性器にふれる。
人差し指と薬指で柔らかい部分を押し広げて中指で入り口をまさぐり指先にたっぷりと
体液をすくい取る。それを優しくぬりつけるように陰核を包むやわらかいを肉の襞を撫
でた。

 あぅんっ…くふっ…  びくんと大河の背中が跳ねた。もっと…そう強請る様にせつ
なげに腰が蠢く。竜児は大河の入り口に指先を沈めた。溢れそうになっている愛液をか
き出す様に入り口から陰核にむかって谷底をなで上げる。たっぷりと濡れた指先で陰核
のまわりに触れて滑る体液を塗り付ける。
  
 ぞくぞくと疼く様な刺激に大河は肩を震わせ、…んぁはああっ、ん… 歌う様に喘ぐ。
 竜児は塗り付けた愛液で溶けたように濡れているやわらかい襞を挟む様に人差し指と
中指をあてがった。襞につつまれた陰核を震わせる様に優しく小刻みに指を動かす。
 大河は竜児の身体に抱きついた。
「…だめ…」
 竜児は指を止めない。くちゅくちゅと濡れた音と大河の喘ぎ声を聞きながら、彼女を
追いつめる作業に没頭する。

「…ぁ…だめ、…ぃくっ…っちゃう…」

 大河の背中が跳ねて反り、びくびくと腰が揺れた。細い奇麗な足はつま先までピンと
伸びきっている。竜児を抱き締める腕に力がこもる。竜児も大河の背中を抱きしめる。
暴れる身体を押さえ込む様に抱き竦める。
「…ぁんっ…、うぐっぅっ…」 一杯まで高まった快感はすぐには引かず、波の様に二
度三度と大河の身体を震わせた。

「大丈夫か?」
「いっちゃった…のかな?」こんな風になったのは初めてだった。
「…そんな感じはしたけど。俺はお前しか知らないからわからん」
「そだね」
「ちょっと休むか?」
「ううん…、して。…ほしいの…」
「おぅ」竜児は小さく頷いた。

 竜児は先走りの染みがついたトランクスを脱いで床に放った。枕元に置いておいた
コンドームを開封して固く勃ったモノに塗り付ける様に被せた。

 背中を向けて横になっている大河の肩に触れた。それに気付いて大河は仰向けになり
竜児を見上げた。優しく微笑んで瞼を閉じる。
「きて」
 竜児は大河に覆いかぶさりキスをした。ふっくらとしたやわらかさを確かめる様に優
しく唇を食む。それから首筋に、鎖骨、乳房にキスをした。ちいさな乳首にキスをして
から舌先で舐め上げる。
「…あん」可愛らしい喘ぎ声がもれる。
 大河の蕩ける淫裂に指を這わせるとぷちゅぷちゅと濡れた音が漏れた。にじみ出た熱
い蜜で満たされた花弁に指先を埋める。優しくかき混ぜて蕩けた蜜でやわらかい襞を濡
らしていく。

「いれるぞ」
「…うん」
 大河は膝を立てて、竜児が入ってくるのを待った。溢れ出た愛液で濡れて光る淫裂に
竜児の先の部分が触れると大河は肩を微かに震わせて小さく喘いだ。
 竜児はゆっくりと腰を沈めていった。固く屹立したモノが狭い入り口を押し広げて
たっぷりと濡れた大河の中を侵していく。強すぎる刺激に大河は息を詰まらせ目を潤ま
せる。ぬるぬると蕩けながらキツく締め付けてくる大河の内蔵を竜児は押し広げて貫い
た。根元まで大河の中に沈めたところで竜児は動きを止めた。小さな唇から喘ぎ声まじ
りの熱い息が漏れ出した。

 竜児は息を荒げる大河の頬に触れた。
「痛かったか?」
「ううん…」大河は首を振って、
「きもち…いい…」と恥ずかしげに言い、潤む瞳で竜児を見つめた。
 ずん、とした愛おしさに胸が締め付けられた。

「うごくよ」「うん」
 竜児はゆっくりと引き抜いていく。引き抜かれたモノに蜜が絡み付きぬらぬらと光る。
そしてまた埋めていく。最後まで押し込まず半分程のところで引き返す。浅い抽挿を繰
り返して少しずつその速度を上げていく。

 …あ…あっ…っん…  竜児は一度動きを止めて、大河に優しくキスをした。
   ゆっくりと引き抜いて、 …ん…あ…
     それからゆっくりと舐るように一番奥まで押し込んだ。

 …くううんっ… 大河は啼く様に喘いで身体を捩らせた。

 また、抜き取って入り口の近く、浅いところを刺激する。くちゅくちゅと濡れた音を
させて浅い動きを繰り返す。竜児の動きに同期して大河の柔らかな乳房がふわふわと揺
れる。
 大河は薄く瞼をあけて溶けた瞳で竜児を見つめた。
「もっと…」
 それに応えて、竜児は一番奥の部分を突き刺す様に一気に貫いた。

 一番奥の部分を竜児に突かれ、意識が飛ぶほどの刺激が背中を駆け上がってくる。

 …ぅあんっ、くふぅっ、も…っと…… 

 言葉にならない悦びが喘ぎ声になって漏れる。
 貫かれた肉が彼のモノを締め付ける。抜き取られてしまう事を拒む様に抱き締めて縋
り付く様に彼を締め付ける。

 その感触に竜児は低く呻いた。意識を少しそらして一気に達してしまわない様に立て
直す。かがむ様に背中をまるめて大河に覆いかぶさり、蕩ける様な息と喘ぎ声を漏らし
ている唇を唇で塞いだ。

 竜児は身体を起こして大河の腰に手を添えて押さえつけ、そのまま、小刻みに腰を動
かして大河の奥の部分を繰り返し突いた。
 
 …あ…あん…ぁあん… 奥の部分を深々と貫かれる感覚に大河は喘ぎながら首を左右
に激しくふった。肩を切なげに揺らし、両手でシーツを固く握りしめる。竜児が動く度
に繋がっている部分からぐちゅぐちゅと淫らな音がもれだす。

 竜児は奥まで沈めてそのまま大河に覆いかぶさり背中を抱いた。
「大河。首につかまれ」
「…え? こう?」
 大河は竜児の首に腕をまわした。
「あっ」
 竜児は大河の身体を引き起こした。竜児の腰の上に大河が跨がる格好で抱き合う。
 …あん… 一番奥の部分を押し上げられて息がつまるような刺激が背中を駆け上がる。

 抱き合う腕を緩めて唇を合わせた。互いの唇を味わうように湿ったキスを繰り返して
舌を絡めあう。それにつられるように大河の内側がひくひくと竜児を締め付ける。

「…あたってる…」うなされる様に大河は呟いた。
 深々と繋がっている部分からじんわりと疼く様な甘い刺激が伝わり、それが胸の奥の
方で暖かな感覚に変わっていく。

 …しあわせ… 大河の脳裏に不意にその言葉が浮かんだ。

「りゅーじ…あいしてる」
「ああ、俺も…あいしてる…」
  
 そして何度もキスを繰り返す。固いモノに突き上げられているところから、うずうず
と疼く様な快感が湧き上がってくる。背中を駆け上がってくる様な抽挿によるそれとは
違って、ふつふつとこみ上げてくる暖かな優しい感じ。

「…これ、好きかも…」
「そうか…動かすぞ」
「…ぅ、うん」

 竜児は大河の腰の下に手を差し込み、大河の腰を上下に揺らした。その度に奥の部分を
竜児の先端に突き上げられ、意識が飛びそうになるほどの刺激が押し寄せる。

 …ぁん…ぁん…っん…くっ…ふぅ… 激しく喘いで首をふる。竜児にしがみつき、
荒い呼吸で酸素を貪って、また喘ぐ。びくん、と背中が震える。竜児にしがみついて
抱き締める。そうしていないと飛んでいってしまいそうだから。
 
 竜児は動きを緩めて大河を抱き締めた。
 二人はそろって深く息を吐いた。

 大河は竜児の肩に手を添えてぎこちなく腰を前後に動かした。
「うまく…ぁん…できない…んっ…もんね…」
 頬を赤く染めて言った。
 不意に違う刺激が来て竜児は軽く呻いた。首の後ろが粟立つ様な感覚は竜児に限界が
近い事を伝えた。

「じゃあ、体位かえるぞ」
「え? うん」

 竜児は大河を抱いて押し倒す様に寝かせた。
「大河。もう、ボチボチ、限界…」
「うん…いいよ。りゅーじ。きて」

 竜児はゆっくりとした動きで大河の中から引き抜いていった。中程まで引き抜き、そ
こから一気に押し込む。高い喘ぎ声と、ぷぢゅっ、という濡れた音が混ざり合う。引き
抜くとまとわりついた体液が溢れて大河の肌を濡らした。竜児は徐々にピッチを上げて
いった。繰り返し深い部分を貫き一番奥の部分をノックする。ぬるぬると締め付けてく
る大河の内蔵を自分のモノが押し広げながら侵していくのを感じながら、竜児は激しく
抽挿を繰り返した。

 津波のように押し寄せる快感に大河は翻弄される。喘ぎ、肩を揺らし、首を振る。
 竜児が動く度にぐちゅぐちゅという淫らな音が響きベッドが軋む。
「ぁん、ぁん…、っああ…」
 貫かれる度に淫らに喘ぎ、もっと、もっと、もっと、と催促する。
 ときに仰け反り、歯をくいしばり、眉を寄せ。竜児の二の腕を握りしめて彼を求める。

「…くっ、…いくぞ……」「うん…きて…」
 竜児は腰があたるところまで一気に押し込み、そして呻いた。
「んくぅっ…」
 身体の奥深くを突き上げられて声がもれた。その瞬間に弾ける様に竜児が脈打ったの
を大河は感じた。大河の中で竜児はびくびくと跳ねながら精液を吐き出した。それは
コンドームに受け止められて大河の中にはとどかない。けれど大河は竜児が放った物を
自分が受け止めていることを感じていた。それを本当に受け止められる日が来る事を信
じているから、今はそれだけで十分だった。

 竜児は大河に覆いかぶさり触れる様にキスをした。何かに酔った様に頬を朱に染めて
目を潤ませて自分を見上げる彼女が堪らなく愛おしかった。
 大河は左腕で竜児の背中を抱いて、右手で竜児の後頭部を優しく撫でた。
 竜児は深く息を吐いて、鼓動を減速させながらゆっくりと身体を起こした。

「大河…大丈夫?」
 言いながら髪を撫でた。
「うん…大丈夫。それに、はずかしいけど…その、すごく…よかった」
「…そうか。おれも、なんつーか、よかった」

 竜児はそっと優しくキスをした。
「抜くよ」
 大河は小さく頷いた。
 
 竜児は大河を貫いているものをゆっくり引き抜いた。ゆっくりと内側を擦られて大河
は切なげに小さく喘いだ。竜児はあふれた愛液で濡れた大河の性器をティッシュで丁寧
に拭い、彼女の体液で濡れたゴムの始末を手早くすませた。そして大河の身体にタオル
ケットをかけて、自分もそれに潜り込んだ。

「うでまくら…」大河は頭をちょっとだけ持ち上げる。
「おぅ」と言って竜児は大河の首の下に腕を差し入れる。
 大河は頭を竜児の二の腕に下ろした。二人は向き合う様に横になって見つめ合った。
 竜児は大河の細くくびれた腰を緩く抱いた。
 大河は竜児の厚い胸に触れた。

「りゅーじ、あのね…」
「おぅ」
「…嬉しかった。ありがとね」
「んん?」
「ほんとに行っちゃうからね。お嫁に。もう、ほんとに絶対キャンセルできないからね」
「おぅ、お前もキャンセル出来ねぇからな」
 大河は小さく笑って「しょうがないわね」と言って微笑んだ。

「なぁ、大河…」
「うん」
「俺は本当に単純にお前が好きでたまんねぇから、ずっと一緒にいたいから結婚するん
だ。お前が独りぼっちになるのが可哀想だから、なんて理由で結婚するんじゃない」
 大河は目を閉じて、呟く様に「うん」と言った。ゆっくりと瞼を開けると潤んだ瞳か
ら一筋涙がこぼれ落ちた。
「あたしだって、寂しいからお嫁に行くんじゃないのよ。あんたが好きだから、ずっと
傍に居たいから…」

 結婚するのよ。と大河は静かに、でもはっきりと言った。

 竜児は大河の髪を撫でた。大河は竜児の頬に触れた。

「りゅーじ…、これから大変だね」
「ああ、大変だな。けど、なんとかするさ」
「うん」

 竜児は思う…
 辛い事も苦しい事も悲しい事も、全部喰らって飲み込んでやろうと。そしてそういう
諸々を、全部生きていく力や強かさに換えてやるのだ。そうやって、決して優しくない
けれど、けれど捨てた物でもないこの世界を大河と二人で生きて行くのだと。

 二人は見つめ合い、そしてゆるく抱き合った。互いの肌の温もりの心地よさが二人を
眠りに誘っていく。意識が徐々に途切れていく。

「りゅーじ、ねむくなっちゃった」 
「俺も…。大河、パジャマ着ないと…」
「うぅ、めんどい」
 本当に面倒くさそうに大河は呟いた。
「そう言うなよ。また風邪ひいちまうぞ」
 竜児は腕に乗っている大河の頭を抱える様にして起き上がった。
「ほら、もうちょい頑張れ」

 蕩けた目をした大河はベッドからおりてトランクからショーツとパジャマを出した。
ショーツを履きパジャマを着ると、まるで倒れ込む様にベッドに横になった。
 竜児はトランクスとTシャツを身に着けて、うつぶせでベッドに横たわる大河にタオ
ルケットを掛けた。床の上で遺憾な状態になっている衣類に最低限の処置を手早く施し
てタオルケットに潜り込んだ。
 大河はもぞもぞと身体を動かして横向きになった。
 二人は顔を見合わせてどちらからともなく優しくキスを交わす。

 竜児が腕を伸ばすとそれを待っていた様に大河は竜児の脇に肩を入れる様にして横向
きに寝て頭を彼の胸にのせた。竜児は大河の肩を片手で抱き、空いている方の腕でタオ
ルケットを掛け直した。
 
「りゅーじ…おやすみ」
「おやすみ。たいが」

 目を閉じる。
 滑り落ちる様に眠りに落ちていく。
 ほとんど同時に。
 いつもそう。
 愛し合う事に全部のエネルギーを使い切ってしまうのだと思う。
 
 寄り添う身体の質量に
 寄り添う身体の温もりに
 傍らに確かな存在を感じながら
 
 二人は眠りに落ちていった…    

***


 翌朝。

 別荘を見下ろす林道にタクシーが止まった。開いた自動ドアから姿を見せたのは川嶋
亜美。膝丈のデニムにオフホワイトのチュニックブラウスという至って普通のシンプル
なファッションだ。そんなありきたりの服装でも川嶋亜美はセレブオーラをバシバシと
放出しまくりだった。

 亜美は運転手からトランクを受け取ると軽く会釈して別荘へと続く石段を降りていった。
弱く吹き始めた海風が潮の香りを運んでくる。

 重厚な作りの玄関に立ち、呼び鈴を押して待つことしばし。
 ドアを開けて姿を見せたのは高須竜児。エプロン姿なのは朝食の準備中ということな
のだろう。八時ちょっと前に朝食の準備中ということは高須君的には寝坊だろう。彼の
後ろに手乗りタイガー。こんな風に迎えられるとこっちがゲストのような気分になる。
川嶋家の別荘に来たのに高須家に遊びに来た様な変な気分だ。

「うっす、高須君、あんどタイガー」
「おぅ、来たな」
「おはよ、ばかちー」

 竜児は亜美のトランクを持った。
「川嶋、朝飯は?」
「ん、ああ、まだだけど」
「おぅ、丁度良かった。一緒に食おう。荷解きはそれからでいいだろ?」
「え、うん」
「じゃあ、大河、食器をもうワンセットたのむわ」
「うん」と言って大河はダイニングに向かう。

「高須君、高須君」
「なんだ?」
「なんかさ、新婚夫婦の家に遊びに来た様な心境なんだけど…」
「うっ…なんだそりゃ」
「照れるなって」言いながら亜美は竜児の背中をバシバシと叩いた。
「ぐ…このやろ」竜児はリビングに向かって歩き出した。
「ちょいまち」亜美は竜児のTシャツの背中を鷲掴みにして引っ張った。
「なんだよ?」

 振り向く竜児の耳元に亜美は口元を寄せた。
「ねぇ、昨夜、したの?」
「な、な、な、なにおだ?」
 竜児の首から上が赤くなった。真っ赤だった。
 その様子を見て亜美はクスクスと笑い出した。
「高須君…、バレバレだよ…」
 竜児の首がカクっと折れて項垂れた。

『竜児! なにやってんの!』

「ほらほら、可愛いハニーがまってるわよ。早く行けって、このエロ男!」
 亜美はニマニマと笑いながら、竜児の背中をバシバシと叩いた。

「まったく…。あのよ、川嶋…」
「え、なによ?」
「ありがとよ…楽しかった。お前のおかげだな」
「別にいいって…」

 告白させてもらったお礼なんだから。遅くなっちゃったけどさ…

「…ま、これから三日間たっぷり働いてもらうから」
「おぅ。まかせとけ」
 竜児は軽く応えてリビングに亜美のトランクを置いて大河の待つキッチンへ向かった。

 亜美はリビングのソファーに座ってキッチンに並んで立つ二人の姿を眺めていた。
 優しく、どこか懐かしい物でも眺める様な眼差しで。

 いいな…と、思う。羨ましいとか、そういう意味ではなく、風景というか空気という
か、雰囲気が素敵だった。胸に微かに疼く様な痛みはあるけれど、でも、こんな風に三
人で過ごすのも悪くない。

 そう…、これだってかなり素敵なことに違いない。
 こんな二人が自分の友達だって事はやっぱり素敵な事だと思う。
 
「わ、わ、ちょ、りゅ、竜児!!」
「おわっ、大河! 何やってんだ!?」

 ちょっと騒々しいけれど…
 素敵な事には違いない。そう思う。

(きすして3 Thread-A おわり)

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