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 病院の待合室に溢れる老人たちを見て、奈々子は溜め息を漏らした。
 ついつい、待合室にかけられている時計に目をやってしまう。昼の11時を過ぎていた。
 病院で診察の手続きをしたのは10時過ぎで、もう1時間近く待たされていることになる。
 これだけ老人がいれば仕方が無いのかもしれない。そう考えながら、ずっと興味も無い車関係の雑誌を眺めていた。
 父親が隣に座っているので、女性週刊誌を読むのも変だったし、他には絵本くらいしかない。
 退屈が過ぎて、奈々子は息を吐いた。そして、竜児のことを脳裏に描く。

 昨日の夕方に自転車で転び、足を痛めた。そこに通りかかった竜児に助けられて、治療をしてもらった。
 そうこうしているうちに、竜児の優しさに触れて、奈々子は竜児に好意を抱くようになっていた。

「しかし、転んで怪我するとはなぁ」
 隣に座る父から話しかけられて、奈々子はぼうっとしていた思考を現実に戻した。
「仕方ないじゃない」
 隣に座っている父親に、わずかに視線を向ける。短い髪をがりがりと掻きながら、壁にかけられた時計を見上げていた。
 昨日の夜に、帰ってきた父へ怪我をしたことを告げた。
 そして、明日の朝に病院へ連れて行ってほしいと頼んだのだ。
 父の仕事は昼過ぎからが多いので、朝なら病院に連れて行ってもらえると思ったのだ。
 そして連れてきてもらって、診察の順番待ちをしている。
「まぁ、これからは気をつけろよ」
「わかってるわよ」
 そう答えたところで、ようやく名前が呼ばれて奈々子は右足で立ち上がった。
 診察室の前で待つ看護師のもとまで歩くのも大変だった。ようやく左足に体重をかけても、あまり痛まない程度にはなった。
 早く冷やしたのがよかったのかもしれない。

 診察室に入って、事情を医師に話す。足首のあちこちに触れて、痛む箇所をすぐに割り出した。
 どうやらたいした怪我でもないらしく、診察はすぐに終わった。
 もし一週間経ってまだ痛むようなら、もう一度来るようにとのことだ。
 待った時間に比べて、診察時間の短さに、奈々子はつい溜め息が漏れてしまう。
 昨日、竜児がしてくれたように、看護師が湿布を貼って、新しい包帯を巻いてくれる。
「あの、その包帯、貰えますか?」
 ついそんな言葉が出てしまう。竜児が巻いてくれた包帯を、失いたくなかった。

「どうだったんだ奈々子」
「捻挫だって。別に骨にヒビが入ったりとかそういうのじゃないらしいわ」
「ふーん……。まぁ、大事に至らなくてよかったじゃないか」
「そうね」
 会計と、処方される薬を出してもらうまで、またしばらく待たなければいけなかった。
 父は待つ時間が嫌になったのか、500円玉を取り出した後で財布を奈々子に渡して外へタバコを吸いに出かけてしまった。
 病院の中なので、携帯電話は使えない。本当だったら、麻耶とメールでもしていたかった。
 朝方にもメールの交換をしていたが、麻耶も学校へ行かなければいけなかったし、奈々子も病院へ行く準備をしなければいけなかった。

 ふっと、足元に視線を落とす。
 ローファーに素足という、ちぐはぐな足元。左足首には、足の甲と行き来するようにして包帯が巻かれている。
 ズボンのような服は着られないので、ワンピースしか選択肢がなかった。ブーツも今は履けそうにない。

 学校はどうなってるだろう。そう思って、奈々子はソファにもたれて天井を仰いだ。
 外に出て携帯電話を使おうにも、今の足で動くのは億劫でその気になれない。
 待合室の老人たちは、本当に病気なのかどうかもわからない快活さで会話を交わしている。
 外の天気は、昨日とうってかわっての快晴。そのせいか、肌を叩くかのような冷たい空気に満ちていた。
 
 奈々子は自分の髪を撫でながら、竜児のことを考えていた。
「うーん、どうしようかしら」
 わずかに首を傾げて、髪に指を通す。
 竜児を口説くにはどうしたらいいのだろう。
 その方法が思いつかない。

 そもそも、竜児には他に好きな人がいるという。
 その事実は奈々子にとって重かった。
「ゆっくりと、距離を縮めていくしかないのかしら……」
 会話作りのきっかけは、すでに用意してある。

 ひとつは、竜児の家に制服と下着を置いてきたこと。
 もうひとつは、竜児のハンカチを今も持っていること。

 これだけで、2回は自然と話せるはずだった。
 この2回を有効に使って、その後も自然と話ができるように関係になればいい。
 そんなことを考えていた。

「……さすがにパンツを置いてくるのはやりすぎたかしら」
 あの時はあまり深く考えていなかったが、今になって恥ずかしくなってくる。
 一日履いていたものを、男の子の家に置いてきたのだから。もし、あれに竜児が気づいたらどんなリアクションをするのだろう。
 泰子になんとかしてもらうのが、一番可能性が高いかもしれない。
 手にとって、竜児が匂いを嗅いでハァハァしてたらどうしよう。下着フェチでないことを、祈った。
「高須くんは、そんな人じゃないわよね……。でも」
 あの下着を、竜児はどうしたのだろうと考えてしまう。
 できることなら、ハァハァせずに竜児が自分のことを考えてほしいと思った。
「でもやっぱりパンツはさすがに……」
「パンツがどうしたんだ奈々子?」
「うわぁっ?! な、なによお父さん。いきなり近づかないでよ。びっくりしたじゃない」
「いきなりって……。ちゃんと話しかけただろうが。ほら、どっちにする」
 父親が差し出した2本の缶コーヒーを見て、奈々子は深く考えずに甘そうなほうを選ぶ。
「で、パンツがなんだって?」
「な、なんでもないわよ」
 話をはぐらかそうとしたところで、ちょうど受付から声がかかった。
 奈々子は父親に財布を押し付けると、受付に向かわせた。

 車の中で、奈々子はずっと外を眺めていた。2車線の国道は空いていて、奈々子の乗った車はすいすいと進む。
 膝の上に乗せたハンバーガーセットが揺れないように、手で押さえた。昼食を作る気にもなれなかったので、ドライブスルーで手早く済ませることにしたのだ。
 学校は今頃昼休みかと思って、奈々子は携帯を開く。麻耶から送られてきたメールが3件溜まっていた。
 麻耶に返信のメールを打ちながら、学校のことを聞いてみる。いつもと変わったようなことはないらしい。
 溜め息を吐いて、奈々子は携帯をバッグに放り込んだ。竜児のことを麻耶に尋ねてみようかと思ったが、聞けなかった。

 髪を撫でながら、再び外の眺めに目を移す。
「奈々子、遠く見ながら髪を撫でるなよ」
「んー? なによいきなり」
 肘掛に肘をついたまま、奈々子が父親に視線を向ける。前方を見たまま、父親がぽつりと声を漏らした。
「それされると腹が立つ」
「そう……、でも仕方ないでしょ、髪が気になるのは」
 父親が何を言いたいのかは、なんとなく理解できた。
「男か?」
「さぁ?」
「っておーい……。はぐらかすなよ。否定してくれなきゃ」
「別に、お母さんみたいに出て行くわけじゃないから心配しないで。そもそも付き合ってもいないし、友達かどうかも怪しいくらいよ」
「まったく、なんでこう、おまえって奴は変に気が回るというか」
 肩を落とした父親に、苦笑してしまう。きっと、母も同じように髪を撫でながら遠くを見ていたのだろう。
 父ではなく、他の誰かのことを思って自分の髪を撫でていたに違いない。そして、二人は破局した。
 母は、奈々子と父を捨てて他の男と一緒になり、新しい家庭を作った。

「まぁいいけど。友達かどうかってことは、同級生か? ふーん、意外だな」
 余計な情報まで与えてしまったことに、奈々子は舌打ちしそうになった。
「もうっ、放っておいてよ」
「そりゃ放っておくけどな。奈々子はしっかりしてるし、いい子だし、心配はしてないさ」
 少しは心配してくれたっていいのに。奈々子はそんなことを考えてしまう。
「お父さんも、仕事ばっかりじゃなくて、たまには休んだら? 今日も遅いんでしょ」
「まぁ休みもあるんだけどな。ただ休みの日でも、色々やることがあるからゆっくりできないだけだ」
 そう言われて奈々子は目を細めた。
「仕事ばっかりしてるからお母さんに捨てられるのよ」
「おいおい、酷いことを言う奴だな……」
「あら、本当じゃない。ずっと仕事仕事で、ロクに家族サービスもしないで働いてばっかりで」
「……まぁ、それを言われると辛いが、仕方が無いだろ。盆も正月も休みが無いような仕事なんだから」
 忙しいからそうなったのではなくて、父の場合は仕事が何よりも楽しいからそうなっただけだ。
 仕事を通じて沢山の人に喜んでもらえるのは何よりも嬉しいのだという。
 その姿勢は奈々子にとって好ましいものだったが、それにしても限度があるだろうと思わずにはいられない。
 母と何度もケンカを繰り返し、結局は出て行かれてしまった。
「あたしは、結婚するなら家庭を大事にしてくれる人を選ぶわ」
「そうか……。まぁ、奈々子が選ぶのなら、大丈夫だろうけどな」
 目を細めて、奈々子は唇を噛んだ。不機嫌な表情を見られないように、窓の外へと顔を向ける。
 なんにもわかってない。

 驚愕のメールが届いたのは、家に帰ってハンバーガーを食べ終え、テレビを見ていた時だった。
 父親はすでに仕事にでかけて、一人でごろごろしている時に、麻耶からのメールが届いた。
『なんか高須くんが奈々子に会いたいんだって。あたしもお見舞いに行きたいし一緒に行っていい?』
 そんな内容を、絵文字をふんだんに使って伝えてきた。思わず何度か読み返して、本当なのかどうかを疑ってしまう。

「えっ? 高須くんが来るの?」
 家に帰ってきてからは、スウェットパンツにトレーナーというこのままでは外に出られない格好をしていた。
 髪も、シュシュで簡単に束ねているだけ。

 とりあえず、麻耶に返信をしないと。そう思って、携帯電話のボタンを操作して、文字を打ち込んでいく。
 けれど、ここでどう返すべきなのかがわからない。そもそも、どういう経緯で竜児が来るというのだろう。
 竜児と麻耶が何か会話をしたのだろうけれど、その内容まではわからない。

 時計を見ると、もう放課後のようだった。
 奈々子は電源ボタンを連打した後、リダイヤルから麻耶の電話番号を呼び出す。
 呼び出し音が鳴る暇もなく、麻耶が電話口に出た。

「あっ、奈々子ーっ? ねぇ、大丈夫なの? 捻挫って言ってたけど、大丈夫?」
 電話口に出た麻耶がまくしたててきて、奈々子はわずかに電話を耳元から離した。
「うん、ごめんね心配かけて。大丈夫だから。もうだいぶマシになったから」
「ほんと? よかったぁ、心配したんだよ本当に。ほんとビックリしちゃったんだから」
「うんうん、大丈夫……。えっと、それより、お見舞いに来るって?」
 竜児の名前を出すことに躊躇ってしまう。
「うん、そのつもりなんだけどー。どうなの、いい?」
「もちろん、大歓迎よ。暇で暇で、大変なんだから」
「あはは、そうなんだ。それでさー、高須くんも連れていっていい?」
「えっ? う、うん大丈夫。でも、なんで高須くんが?」
 その理由が、まだわからない。
 もしかしたら、制服と下着を持ってくるつもりなのだろうか。
 けれど、洗濯したにしては随分早い気もする。

「え? だって、昨日怪我して高須くんの家に行ったんでしょ?」
「そう、だけど」
 竜児が、そんなことまで麻耶に話していたことに驚いた。
 正直、昨日のことはかなり恥ずかしいことが多くて、あまり知られたくないものも多い。
「なんか成り行きで気になるんだってさ。ほんと、高須くんって世話焼きだよねー」
「そうね……」
 麻耶はどこまで聞かされたのだろう。それがわからない。
「んでさー、高須くんもね、なんか家に取りに行くものがあるからって、先帰っちゃってさー。なにそれって感じじゃない? スドバで待っててくれってさぁ」
「うん、うん」
 相槌を打ちながら、麻耶の話に耳を傾ける。
 パンツ、持って来る気なんだ……。
「あっ、でもね。高須くんが、ほら、こう来て、あたしと奈々子とでさ、説得して……」
 今頃になって気づいたが、自分の気持ちは麻耶の中にある思惑も壊してしまうことになる。
 もっとも、麻耶は竜児自体はどうでもいいようなので、あまり気にしなくてもいいかもしれない。
「うん、だからそっちに行くね。なんか持ってったほうがいい?」
「いいよ、気にしないで」
「うん、じゃあね」
「うん、待ってるわね」
 電話を切った瞬間に、奈々子は立ち上がって着替えをはじめる。
 決意を秘めた表情で、この後の対策を頭の中で練り始めた。

 痛む足を引き摺って洗面所に行き、シュシュを髪から外した。ヘアバンドで髪をあげてから、蛇口を捻ってお湯を出す。
 乳液までつけると、肌に馴染むまでの時間がかかりすぎるかもしれないと、洗顔をした後で化粧水だけ顔に伸ばしていった。
 さすがにテカテカの顔で二人を迎える気にはなれない。
 化粧水が馴染んできた頃を見計らって、髪を櫛で梳かしていく。コテを使う時間もないようだった。
 髪質が硬く色が黒いのもあって、空気感が足りないと見た目が重たくなりすぎる。
 家にいるのに、あまり気合を入れて髪を整えるのも変に見られるかもしれない。そう思って、奈々子はシュシュで髪をまとめて肩越しにおろした。
 体育の時はいつもこうしていたし、変に見えることはないと思う。
 次に部屋へ戻ってからブラウンのワンピースに着替えを済ませた。家の中なのに、移動するのは一苦労で、急ごうと思ったら片足で飛び跳ねるしかない。 

「あーもうっ、病院行くときからちゃんとしとけばよかった」
 今更後悔しても遅い。自分の家に、竜児がやってくる。
 これは、距離を縮める絶好の機会かもしれない。ここで、しっかりと竜児の中に自分の存在を打ち付けておきたかった。

 とりあえず、身なりを整えた後は、キッチンに行って何か食べられそうなものはないかと探す。
 ところが何も見当たらない。お茶請けになりそうなものが何も無かった。
 お茶請けは諦めよう、そう思った瞬間に、チャイムが鳴った。

「うそっ? もう来たの」
 リビングの壁にある、インターフォンの受話器に向かって、不器用に足を引き摺りながら歩く。少しの間だけなら体重をかけても、なんとかなった。
 受話器を取ってディスプレイを覗き込むと、そこには制服姿の麻耶が映っていた。広角レンズで映されて歪んだ玄関の前の画像には、竜児の姿もあった。
「ごめん、勝手に入ってくれない? 玄関まで行くのがちょっと億劫で」
「そうなの? じゃあ勝手に、おじゃましまーす。ほら、高須くんも、早く」
「お、おう。いいのか?」
 ディスプレイに映った竜児は、制服姿のままだった。お手製のエコバッグと、もうひとつ紙袋を提げている。
 やっぱり、持ってきたんだ……。中身は、制服だろう。
 きっと、制服がないと困るに違いないとすぐに洗濯して乾燥させたに違いない。

 玄関で麻耶と竜児が話している声が聞こえて、奈々子はゆっくりとリビングの扉を開けた。
「いらっしゃい」
「あっ、奈々子ー。大丈夫? うわっ、足痛そー」
「歩いて大丈夫なのか香椎?」
 二人同時に話しかけられる。
「うん、少しくらいなら歩いても大丈夫みたい」
 竜児は足元を見ながら、瞬きをしている。
 麻耶は自分の問いよりも竜児に対して先に答えたことに、首を傾げた。
「とりあえず、立ち話もなんだからこっちに来て座ってよ」

 竜児を目の前にしても、どうにか平静を保つことができたことに、奈々子は安堵の息を吐いた。
 あの顔を見た瞬間に、フラッシュバックのように昨日のことが思い出されて血が顔面に集まってきたのだ。
 あんな迫り方をした翌日だったから、上手く竜児の顔を見ることができない。ここでなんとかしないといけないのに。

 緑茶を淹れながら、奈々子は心を落ち着ける。
 湯飲みに急須からお茶を注ぎながら、奈々子はこの後に自分がどう出るべきなのかを考えた。
 とにかく、竜児に自分を意識してもらわなければ、自分の恋は進展しない。
 しかし、さっき現れた竜児は、奈々子のことを特に意識しているようには見えなかった。
 意外といえば意外。恥ずかしがって目を背けるくらいのことはしそうな気がしていたけれど、そうではなかった。
 
 うろたえることがないように、ちゃんとしっかり気を持たなきゃ。

 奈々子は意を新たにして、唇を結んだ。そう、竜児の気持ちを自分に向けさせるために頑張らないと。
 そして、思いが通じたら、また髪を撫でてもらおう、抱き締めてもらおう。もちろん、その先だって……。
「やっぱ手伝おうか?」
「きゃあっ?!」
 キッチンに突然現れた竜児を見て、奈々子は思わずお盆をひっくり返しそうになった。
「うわぁ、な、なんだよいきなり。驚きすぎだろ」
「えっ? 違うのこれは、その、びっくりしちゃって」
「それを驚くって言うんじゃねぇか」
 呆れた表情で、竜児は奈々子の傍に近づいて、お盆を持った。
「その足じゃこういうの持って歩くの大変だろ? 揺れるしな」
「……そうね、じゃあお願いするわ」
 髪を払いながら、奈々子は視線を床に落としてしまう。
 竜児はそんな奈々子に構うこともなく、お盆を持ってすぐにリビングへと戻っていった。

 え? もしかして、あたし全然意識されてない?
 奈々子は目を瞬かせて、顎に手を添えた。

 おかしい。
 昨日、あれだけ密着して会話をしたのだし、少しくらい女として意識してくれてもいいのに。
 奈々子は対面に座ってお茶を啜る竜児をわずかに見て、下唇を噛んだ。
 さっきから、麻耶ばかりが喋っていて、竜児が会話に参加する気配がない。
 今日のまるお報告に相槌を打ちながら、奈々子は竜児が黙ったままでいるのを不審気に眺めていた。
「それでさぁ、高須くん、タイガーとのことなんだけど……」
 もしかしたら、今までの会話は前振りだったのかもしれない。
 麻耶は意を決したように、両手で拳を作って隣に座る竜児に話しかけた。
「っていうかどうなってんの? 実はさ、ここだけの話なんだけど、あたし、高須くんが櫛枝に振られたって聞いてさぁ」
「……え? いや、それは」
「ほんと、全然気づかなかったし。櫛枝? なんで櫛枝なの。つーか櫛枝のことが好きだったのに、あんなタイガーとべったりしてたの? そのわりにたいがーって叫ぶしさー」
 奈々子にとって、麻耶の質問には配慮というものがあまり感じられなかった。
 デリケートなところに、あっさりと踏み込んでいる。しかし、気にならないわけではなかった。
 奈々子も大河と竜児がただの友達以上の関係にあるものだとばかり思っていた。しかし、そうではなかったらしい。
 竜児は困惑したように、麻耶から距離を取ろうと椅子の端に寄る。

「ねぇ、奈々子も気になるよね。つか、高須くん、本当に櫛枝のことが好きだったらさ、あんな誤解されるようなことしなきゃいいのに」
 奈々子が返事するよりも早く、麻耶は竜児に話しかけていた。
「いや、別に。それはあいつが腹空かしてて、そんでなんか食わせてるうちに……。ほっとけなくなって。ただそれだけだっつの」
「じゃあ高須くんはあれなの、ただ世話焼いてただけのつもりなの」
「お、おう」
 その言葉を聞いて、奈々子は胸をなでおろした。もし、大河に好意を持っているのだとしたら、二人の関係に勝る関係を作っていくのは難しいと感じていた。
「んでさぁ、それはともかくとして、そしたらタイガーってさ……。やっぱりまるおのこと好きなの?」
 その問いに、竜児は目を見開き、慌ててお茶に手を伸ばした。
「さ、さぁ、それは知らねぇけど」
「あっ、なんか嘘っぽい」
 麻耶が竜児を指して大きな声をあげる。確かに、奈々子から見ても不審な動作だった。はぐらかそうという意図が見える。
「やっぱ、タイガーってまるおのこと……。っていうかさ、高須くんはあたしの味方じゃなかったの? そこんとこどうなのよ」
「どうなのとか言われても、俺は最初っから別に協力しようとか、んなこと考えてたわけじゃ」
「ちょっとー、それって酷くない? っていうか、櫛枝のこと好きなら最初っから言ってよ! そしたら別の方法があったかもしれないのに」
 ヒートアップして机をバンと叩く麻耶に気圧されて、竜児が視線をうろうろと動かしていた。
 仕方なく、奈々子は竜児のフォローに回る。
「ほら、もうそのあたりにしといたら。高須くんも困ってるみたいだし」
「えーっ?!」
「誰が好きとか嫌いとか、そんなのなかなか言えないじゃない」
「そりゃ……。簡単に好きとか言えたら楽だけど」
 麻耶も本当に好きな相手に自分の気持ちを伝えれば、それが一番だとわかっている。
 けれどそれが出来ないから、人の協力を取り付けてもっといい関係になってから好意を伝えようと思っていた。
 自分の想いが高まれば高まるほど、落ちた時の痛みは強くなる。それを恐れる気持ちはよくわかった。

 自分への詰問が終わったのかと思ったのか、お茶を飲み干した竜児が声をあげた。
「と、とにかく、俺はこれ持ってきただけだから」
 テーブルの下に置いていた紙袋を、麻耶から見えないように奈々子の足元に滑らせる。
 足元に来た紙袋を、奈々子は自分の椅子の隣に置いた。中身は、どうやら制服らしい。
 不審な動きに、麻耶が首を傾けてテーブルの下を覗き込む。
「あっ、そういえばそれ何? 高須くんに聞いても答えてくれないしさ」
「いや別にたいしたもんじゃねぇから。後で開けてくれ。んじゃ、俺はこれで」
 竜児が椅子から立ち上がり、学生鞄とエコバッグを持ち上げる。

 まさかもう帰るつもり?
 もっと話をしていくものだと思っていたのに、制服だけ渡して帰るのだという。
 昨日、肩を寄せ合って話をして、誘惑するようなことまでしたのに、全然意識してないの?
 それに、服と下着まで置いていって、普通に洗濯しただけ?
 もうちょっと、あたしのこと考えてくれると思ってたのに。
 すべての内臓が冷たい石にでもなったかのように、全身に重い感情が広がる。

 奈々子は足元の紙袋を拾い上げると、テーブルの上に置いた。
 そして、その中身をすべてテーブルの上に取り出す。出てきたのは、綺麗にアイロンまでかけられた制服。
 制服だけでなく、下に着ていたブラウスやキャミソール。それと、白の下着。
「えっ、なにこれ」
 麻耶が顔をしかめて、テーブルの上に広げられた制服と下着に目を向けた。
「お、おい香椎開けるなよ!」
 帰ろうとしていた竜児が、慌てて制服に手を伸ばそうとするが、途中でその手を止めた。
「わざわざ洗ってくれたんだ。ちゃんとアイロンまでかけて、高須くんって本当に主婦みたいね」
「……それは」
 竜児が言葉を継ごうとして、途中で詰まる。
「うそっ! 高須くんが洗ったのこれ。ま、マジで?」
「そうじゃないかしら。こんなに丁寧に、スカートのプリーツまでひとつひとつアイロンがけしてくれて」
「それは、仕方ねぇだろ。結構急ぎでやったから、スチームアイロンかけとかないと縮むし」
「ふーん、そうなんだ。これも、高須くんが洗ったの?」
 奈々子は白のショーツを竜児に見えるように持ち上げた。
「あたしのパンツ。高須くんが洗ったんだ」
 口角をわずかに引いて、奈々子はじっと竜児を見つめた。竜児はその視線から逃れるように床へ目を向ける。
「こっちのブラも、高須くんが触ったんだ……。ねぇ、どんな気持ちになった?」
「な、奈々子? どうしたの。ほら、とりあえずこれ仕舞ってさ」
 麻耶の言葉を無視して、奈々子は竜児に話しかける。
「ねぇ、高須くんはさ、あたしの下着触ってなに考えてたの? もしかして、匂いとか嗅いだりした?」
「そんなことしてねぇよ」
 床に視線を向けたまま、竜児は滲ませるように言葉を紡いだ。
「あら、してくれてもよかったのに。昨日助けてくれたんだから、それくらい」
「ちょっと奈々子? ど、どうしたの」
 奈々子は、下着を洗う時に竜児が平静を保っていられたとは思わなかった。
 少しは自分のことを考えてくれていたはず。それが劣情だったとしても構わない。
 昨日の今日で自分の前に現れておいて、竜児は何事も無かったかのように接してきた。

 麻耶は何故奈々子がこんなことをしているのかが理解できず、うろたえて顔を二人の間に彷徨わせていた。
「ねぇどうなの高須くん。あたしのパンツ見て、変な気持ちになったりした?」
「ならねぇよ」
 竜児は唇を噛みながら拳を握り締めた。
「あら、恥ずかしがらなくてもいいのに。正直に言ってくれても怒らないわよ」
 奈々子の言葉に、竜児は細く息を吐いた。鞄を肩に背負いなおし、背を向ける。
「もう帰るの? ゆっくりしていってよ」
 背を向けた竜児に、慌てて奈々子が声をかける。竜児は一度振り向いて、眉を吊り上げながら言い放った。
「……お前のこと助けるんじゃなかったよ」
「え?」
 助けるんじゃなかった?
 どういう意味?

 竜児はリビングの扉を開けると、そのまま廊下へと出て行ってしまう。
 奈々子は、筒の中から覗くような狭い視界の中でそれを見ていた。竜児が去っていく。
 慌てて立ち上がろうとして、左足が鋭く痛んだ。テーブルの上に倒れこみそうになっても、奈々子は手を突いて耐える。
 手を伸ばして駆け出そうとして、また転びそうになった。足が痛い。
 けれど、竜児が怒りをぶつけたまま去っていくようが何よりも痛かった。
「ま、待ってよ」
 喉を絞って大きな声をあげる。不恰好な走り方で、廊下を出ると、竜児は靴を履こうとしているところだった。
「じゃあな」
「待ってよ、ねぇ待ってってば!」
「ちゃんと返すもんは返したぞ」
 竜児の元に駆け寄ろうとして、奈々子はついに転んだ。昨日すりむいた膝を廊下にぶつけて、叫び声をあげそうになる。
 廊下に転んだ奈々子を見て、竜児が宙に手を伸ばした。

「ま、待ってってば」
「おい大丈夫か?」
「ねぇ、どうして怒ってるの? あたし、何か悪いことした?」
 膝に手を当てるよりも、奈々子は無事な右足で廊下を蹴って、這うように竜児の元へ辿り着く。
「どうしたんだよ、何やってんだお前」
 うろたえたように手を伸ばして、竜児は奈々子の膝を見る。スカートの裾から伸びた白く細い足に貼られた絆創膏は剥がれ、また血が滲んでいる。
「大丈夫か?」
「ねぇ、どうして怒ってるの?」
「お、怒ってるって別に俺は……」
 靴を履きかけたままだった竜児が、廊下に荷物を置く。
「そりゃ、香椎が怒るのも仕方ないだろうけどさ……。やっぱ放っとけないから、制服とか、その下着とか洗ってだな……」
 奈々子はわずかに這って、竜児のズボンの裾を摘んだ。
「そういうの、やっぱ嫌だろ。でも、制服が無いと困るからと思って、すぐに洗って乾燥させてアイロンかけて」
「うん……」
「でもやっぱ男に洗われたとか嫌だろうし、それに人前でそんなもん渡されても困るだろうし、その、こっそり返してだな」
 裾を掴まれていた竜児は、奈々子と視線の高さを合わせようと、廊下の縁に腰掛ける。
 俯いたままの奈々子を見て視線がうろうろと定まらず、つい玄関の置物の類に目を走らせた。
「それで、お前が困るかもしれないと思って、すぐ洗って、こっそり返して終わりにしようとしてたのに」
 一度そこで言葉を切ってから、竜児は口をもごもごと動かす。
「あんなふうに引っ張り出して、そんでその、いやらしいこと考えてたみたいに言われたら、そりゃ腹も立つけど……。べ、別にそんな怒ってるわけじゃなくてだな」
 竜児は俯いたままの奈々子を見て、励ますように声を明るくした。

「ごめんなさい……。ごめんなさい、ごめんなさい」
「お、おい、香椎?」
 奈々子は自分の視界がぼろぼろに滲んでいることに気づいた。竜児の顔も、濡れたガラスの向こう側のように滲んで見える。
 泣いていることに気づいても、涙を止めることができなかった。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
 竜児の顔が見えなくて、奈々子は手を伸ばした。竜児の学ランを掴んで、強く引っ張る。
「香椎? な、なんで」
「ちょっとーーっ!!! なにやってるのよ高須くん! 奈々子に何したのよ!」
 どたどたと足音をあげて、麻耶が走ってくる。そして、竜児から奈々子を引き離そうとして奈々子の頭を抱き寄せる。
 しかし、奈々子は竜児の制服を強く掴んだままで、竜児と奈々子を引き離すことができない。

「高須くん! 奈々子になにしたの! 最悪ッ!」
 麻耶は目を尖らせ、歯をむき出しにして竜児を睨んだ。その目に当てられて、竜児が怯む。
「違うの、怒らないで……。あたしが、あたしが悪いの」
 怒りを隠さずにぶつけている麻耶の体を、奈々子は体を揺すって振りほどこうとした。
 そんな奈々子に、麻耶は首を捻る。
「ごめんなさい……。あたし、酷いことしちゃって」
「いや、待てよ香椎。俺は別にそんな気にしてねぇから」
「ごめんなさい、嫌いにならないで……」
「だ、だから香椎。落ち着けって」

 奈々子の心に、後悔が生まれる。
 自分の浅はかさに嫌悪した。

 竜児は、自分のことを何よりも考えていた。
 制服がなければ困るだろうと、すぐに洗濯をしてくれた。それをしたのは夜だっただろう。
 水は冷たくて、手はかじかんだはずだ。そして洗濯を終えて乾燥させて、アイロンまでかけた。
 これだけの量にアイロンをかけるのは、それなりに時間がかかる。けれど、手を抜いた様子はなかった。
 プリーツはきっちりと折り目がつけられていたし、ブラウスの襟も形をきちんと作られていた。
 それだけのことをしても、竜児はそれを誇ろうともしない。恩に着せるようなこともしない。
 洗っといてやったぞ、なんて言わなかった。

 そして、もし男の手で下着や制服が洗われたことを他人に知られたら、奈々子が恥を掻くだろうと思った。
 だから何も言わずに、そっと返すことにした。

 それに対して、自分がしたことはなんだっただろう。
 自分のことを考えてくれてないんじゃないかと思って、酷いことをした。
 竜児の前で、制服を広げ、下着を広げて、竜児がいやらしいことを考えていたのかだなんて訊いた。
 そんなわけがないのに。

 奈々子が困らないように、恥を掻かないようにと、気を遣ってくれた。
 それをすべて台無しにした。

「ごめんなさい……」
 竜児のズボンの裾を掴んだまま、奈々子は顔を伏して縮こまっていた。
 酷いことをしてしまった。強く裾を掴んで、奈々子は涙をぼろぼろとこぼす。
「い、いや全然気にしてねぇって、泣くなよ香椎」
 そっと竜児が奈々子の肩に手を置いた。
「ちょっと高須くん、奈々子に何したの?」
「えっ?! いや、俺は」
 麻耶に詰め寄られて、竜児が怯む。

 奈々子は自分の顔を隠すように、腕で口元を覆った。垂れてきた鼻水を啜りながら、顔をあげる。
「高須くん……。あのね、あたし、あなたのことが好き」
「は?」
「え?」
 突然の言葉に、麻耶と竜児が声を失う。まったく意味がわからないというように目を丸くして、竜児は奈々子を見ていた。
 麻耶は目を瞬かせて奈々子と竜児を交互に伺う。

「って、ええええええッ?! 俺、俺か?! な、なにが起こったんだ。どうなってんだ? え、じょ、冗談?」
 竜児は慌てて口をぱくぱくと動かして言葉を捜す。両手で頭を抱えて、視線を自分の足に向けた。
「冗談じゃないの。高須くん、あなたのことが好き……」
 奈々子はうろたえている竜児の学ランを掴んで、その顔をやや下から見上げた。
 もう、奈々子でさえ自分が何をしているのかがわからなくなっていた。竜児が離れていく、そう思ったらたまらなかった。
「本当に、好きなの。お願い……、嫌いにならないで」
「ちょ、ちょっと待て、いや、なんだ、何がどうなってんだ」
 正面から奈々子に覗き込まれて、竜児の頬が赤く染まる。

「ちょっと、高須くん!!」
 麻耶は竜児の襟元を掴んで自分の顔に向けさせると、竜児の顔を睨んだ。
「奈々子がこんなこと言ってるんだけど、どうなってんの? っていうか、もちろん奈々子がここまで言ってるんだからオッケーでしょ?」
「いや、な、なんだ? なに、どうなってんの?」
 面と向かって告白されるのは、竜児にとって初めてだった。しかも、予想もしていなかった想いに頭がついていかない。
「もちろんオッケーでしょ。ほら、頭を縦に振って」
 麻耶は強引に竜児の頭を掴むとそれを下げさせる。
 奈々子はそんな麻耶を見て、言葉を挟んだ。
「いいの、やめて」
「っていうか奈々子もなに? どうなってんの。意味わかんないですけど。えっ? 高須くんが好きって、マジ?」
 よくよく考えてみれば、親友の自分でさえ奈々子が竜児に好意を持っているなどとは考えたこともなかった。
 展開がまったくわからないけれど、とりあえず親友が告白したんだからその想いが通じればいいとしか考えなかった。
 しかし、思い返すと今の状況がいったいどういうものなのかがさっぱりわからない。
「あわわわわ、ど、どうなってんのよこれ! ちょっと高須くん、どういうことなの? 説明してよ」
「お、俺にだってわかんねぇよ!」

 落ち着くまで、誰もが無言だった。奈々子は自分の行動が信じられなくて、手で顔を覆ったままうな垂れる。
 麻耶はこめかみに手を当てて、じっと目を閉じていた。竜児も顎に手を添えて、思案に耽る。
 玄関で座り込んだまま、奈々子がゆっくりと口を開いた。
「あ、あの、いい?」
「……おう」
 強面を強張らせて、竜児は唾を飲んだ。奈々子は顔をあげて、竜児の顔をちらりと見る。
 だが、その顔を直視することができない。泣いてしまうし、鼻水はずるずると鳴っているしで、自分の顔を見られるのが嫌だった。
「あらためて言うのもなんだけど……。高須くんのことが、好き」
「お、おう……」
 それだけ答えて、再び沈黙が降りる。竜児も俯いて、黙ってしまった。
 見かねた麻耶が竜児の肩を叩く。
「ほら、返事は? はいとか、喜んでとかこちらこそとかあるでしょー」
「って、全部イエスじゃねぇか」
「はぁ? それ以外あるわけないじゃん」
 竜児の凶悪な顔面を鋭く睨みながら、麻耶は首を傾げた。

「いや、状況がその、飲み込めなくてだな……。え? 俺のことが好きって、マジ?」
「……本当よ。何回も言わせないでよ」
 その言葉を聞いて、竜児は唇を結んだ。鼻に手を当てて、じっと自分の膝を見る。
 奈々子はその様子を見て、心臓を刷毛でくすぐられたような焦燥感に襲われた。
 竜児の中に、奈々子の存在はまったく無い。そのことがわかってしまった。
「あ、あのね高須くん! 今すぐじゃなくていいから返事。あたしが、高須くんのことが好きだってこと、知っててくれたらいいから」
「奈々子? それでいいの、っていうか今すぐ高須くんがはっきり言えばいいんじゃない」
「いいの、まだ……。だから、高須くん。あの、考えておいてね」
「お、おう……」

 自分の部屋に一人で戻った奈々子は、後ろ手に扉を閉めた。静まり返った部屋の匂いを嗅ぐように、鼻から息を吸い込む。
 そして、声をあげた。
「ああもうっ!! なにしてるのあたし!!」
 奈々子は頭を抱え込んだ。ふらふらと吸い寄せられるように、ベッドに向かってゆっくりと歩く。
 ベッドの上に倒れこんで、強く目を閉じた。

 静かな部屋で、エアコンもつけずにベッドの上にうつ伏せて頭を抱える。
 こんなことになるなんて。
「信じられない、なんでこうなったの?」
 がばっと顔をあげて、思い出す。

 竜児に酷いことをしてしまった。怒っている竜児を追いかけて、泣きついた。
 泣いただけでも相当格好悪いのに、その後に告白までしてしまった。
 あれには自分でも情けないと思う。もっとゆっくりと関係を深めていくつもりが、告白までしてしまった。
 
 ベッドのシーツが乱れるのも気にせずに、奈々子は転げまわった。
「えっ? あたし、告白したんだよね……」
 思わずさっきのことが自分の白昼夢か何かだと思ってしまう。しかし、実際に告白をしてしまったのだ。
 情けないぼろぼろの泣き顔で、好きだなんて言って。恥ずかしさで奈々子の顔が熱くなる。
 首を振っても、頭を抱えても、自分の恥ずかしい姿が思い出されてしまう。
 洗っても洗っても落ちない汚れのように、奈々子の脳裏に焼きついた痴態が胸を苛んだ。
「うぅ……。どうしたらいいのかしら」
 溜め息を吐いてから、ごろんと仰向けになった。

 誰もいない家は静かで、時計だけがカチコチと音を立てている。
 わずかに冷たい空気に晒されて、奈々子はワンピースのまま布団の中にもぐりこんだ。
 皺ができるかもしれないが、今はそんなことを気にしていられる状態ではなかった。

 毛布の暖かさに包まれて、奈々子は息を吐く。こんな予定じゃなかった。
 もっと自分のことを知ってもらって、ゆっくりと関係を築いていくことを望んでいたのに。
 結果は、まだ自分に好意を抱いてくれていない相手に、思い切り告白してしまった。

「高須くん……」
 名前を呟いてから、目を閉じて竜児の姿を思い浮かべる。
 告白してもすぐに返事をくれなかったのは、自分に好意がまったく向いていなかったから。
 それは仕方が無い。はっきり言って、今までたいした接点もなく、会話もなかったのだから。
 こんな短時間で、急激に人を好きになってしまった自分にも呆れてしまう。

 竜児は、奈々子が思っていたよりも紳士で、優しい男だった。
 自分の下着や制服を、きちんと洗って返してくれた。そこになんの邪気もなく、奈々子のためにと一生懸命になってくれた。
 竜児のことを考えているだけで鼓動が弾む。
 奈々子は毛布を抱き寄せて、抱き枕の代わりにした。何かを抱き締めていないと、体が暴れてしまいそうだった。
「ほんとに、好きなんだから……」
 脳裏に浮かぶ竜児に、もう一度想いを告げる。
 あの優しさにもっと触れたかった。竜児がどんなことを考えたりしているのかを知りたい。
 優しくしてほしい。頭をそっと撫でてくれたことが思い出されて、奈々子は身をよじった。

「んっ……」
 脳裏に竜児の姿を思い浮かべているだけで、心臓は高鳴り肌が火照る。
 毛布をぎゅっと抱き締めた奈々子は、丸めた毛布を足の間に挟みこんだ。
「高須くん、本当に、好きなの」
 手が大きくて、指が細かった。あの指で、触れて欲しい。髪を撫でてくれたら、どんなに気持ちがいいだろう。
 頭を撫でて、優しく抱き締めてほしかった。

 太ももの間に挟んだ毛布に、自分の太ももを擦り付ける。体の動きが止められない。
 肌のすべてが熱くなって、何かに触れていないと気が治まらない。痒みに似た、止められない内側からの衝動は、奈々子の全身に広がった。
 呼吸がいつのまにか浅くなり、口の中が渇く。強く目を閉じて、毛布を強く強く抱き締めた。
「はぁ、んっ」
 体が熱い。
 悪夢にうなされているかのように、全身に汗が滲む。腹部が、きゅんといなないて奈々子を責めた。
 熱に浮かされたように、奈々子は想い人の名前を口にする。

「高須くぅん」
 自分の口からこぼれ出た言葉に、奈々子は目を見開いた。
 鼻にかかった甘い声。愛しい人の名前を呼んだ瞬間に、自分の中に芽生えたものが何なのかを理解する。
 両脚の間に挟んだ毛布に、自然と股間を擦りつけていた。
「うそっ?」
 自分を苛んでいるものは、性欲だった。
 竜児のことを考えているだけで、体が疼いていく。肌を満たした熱い火照りが、ゆっくりと脊髄を昇っていった。
 脳を侵す衝動に、奈々子の体が震える。
 
 止められない。
 自覚してしまった。

 毛布を抱き締めて、肌を擦り付ける。腰はもぞもぞと動き、スカートがめくれあがった。
 目を閉じて、竜児のことを思い浮かべる。両脚は行き場を求めて動き回り、そのたびに太ももが擦れて気持ちが良かった。

「あ、んん……」
 唇から甘い声が漏れないようにと思うが、息苦しくてそれどころではない。
 胸郭が何度も何度も収縮を繰り返し、そのたびに頭の中身が白く染まっていく。
 熱湯に溶かした片栗粉のように、理性はトロトロと溶け出した。疼きがとまらない。
 体が熱い。竜児に触ってほしい。竜児に撫でてほしい。体を、抱き締めて欲しい。

 けれど、竜児がいない。
 奈々子の傍に、瞳の裏に浮かんだ人はいなかった。

 毛布を抱き締めても、心が満たされない。
 奈々子は閉じた瞼から、じわっと涙が染み出していくのを感じた。
「……ぅ」
 肺の中身が凍りついたように、冷たい感情が染み出していく。

 奈々子は自分の手を、股間に伸ばしていった。めくれあがったスカートの中に手を入れて、ショーツの上から触れる。
 途端に尾骨から脳髄へと電撃が駆け上がった。声が、奈々子の喉を突く。両脚の間に差し入れた手で、指先をショーツに触れさせた。
 股間から染み出た液体で、ショーツが濡れている。指先が触れると、小さな水の音が鳴った。
 触れているだけでも、肌にぴりぴりとしたものが溢れていく。呼吸さえ自分のものにならなくて、奈々子は腹に力を入れた。
 こんな気分になるのは初めてのことだった。なのに、指先の動きを止めることができない。

 くちゅくちゅと音がして、奈々子は耳を塞ぎたくなる。自分の股間に触れて、そして気持ちよくなっている。こんな姿を誰かに見られたら死んでしまう。
 自分が快感を覚えていることに、わずかな嫌悪感が芽生えた。けれど、止められない。
 空いた手で、胸を揉みはじめた。ブラの上から胸の形を変えるだけでも、奈々子に快感が訪れる。

「あ、ぅん」
 声の色は甘く切ないものになる。口から漏らすまいと、どうにか唇を閉じるのだが、喉で生まれた音は鼻に抜けてしまう。
 息苦しくて、息をする度に喘ぎが生まれた。
「う、うぅ、だめぇ」
 胸を揉みながら、ショーツの上からぐちゅぐちゅと股間を刺激する。直接触らなくても、奈々子の脳は焼け切れそうなほどの快感に襲われていた。
 暴力的なまでに快感は奈々子を攻め立てて、すべてを白に染めていこうとする。
 ひとりで気持ちよくなって、そのたびに竜児がいないことに胸が冷たくなった。
 寂しさを紛らわせるために、慰める指先を強く動かす。

 奈々子は毛布を跳ね飛ばして、仰向けに転がった。
 膝を立てて足を開く。ワンピースの裾を思い切りまくりあげて、自分の部屋の中に股間を曝け出した。
「高須くん……。高須くん」
 もし、竜児が自分に触れてくれたらどうなるんだろう。そんなことを考えると、奈々子の腰がきゅぅきゅぅと泣き始めた。
 白い腿は外気に晒される。大きな胸はブラの上からでも形を変えていく。
 加速していく。竜児への想いが止まらない。竜児を思う。

 竜児が奈々子に触れる。指で、下着越しに奈々子の秘部をこする。
「ああっ、あぅ」
 奈々子の頬は朱に染まり、火照った体を写すように吐息が熱くなる。
 めくれあがったスカートの中身を見せ付けるように、腰をわずかにあげた。
 大きく股を開く。膝は外を向き、誰にも見せないようにしている股間が晒される。

 解け残った砂糖のようなどろどろの理性が、恥ずかしいと声をあげるが、その声は奈々子自身の喘ぎに掻き消えた。
 ついに、奈々子はショーツの中へと手を差し込んでいった。陰毛のさわさわした感触を通り越し、熱く濡れた襞に指先を触れさせる。
 膣の奥からじゅんじゅんと溢れ出た液体が、奈々子の指先に絡みついた。中指でそっと割れ目をなぞりながら、奈々子は胸を揉み続ける。
 長く黒い髪はベッドの上に散らばり、奈々子の唇からこぼれた唾液がシーツに染みを作る。
 瞳は潤んで焦点が合わず、遠くの想い人にだけ寄せられた。
 濡れそぼった唇は、好きな男の名前を喘ぎ声に混ぜて送り出し、細い喉からは甘い声が溢れ出た。

 耐えられなくなって、奈々子は膣の入り口に指を沿わせて、そこをくりくりと弄りだす。
 腰が浮く。膝は震え、爪先は行き場をなくして彷徨う。
 加速する。快感が暴れまわる。
 ショーツの中で蠢く指は、竜児の指。胸を揉むこの手は竜児の手。
 腰が溶けていく。快感は痛みに近づき奈々子を苛む。心の中には竜児の面影。

「高須くんっ、んっ、ああっ」
 瞼の裏に描いた竜児の姿が、白く霞んでいく。指の動きは加速して、気持ち居場所を捜し求めていた。
「もっと、もっと触って」
 腰が意思とは無関係に動き出して、自分の指を求める。つぅと指を滑らせて、奈々子は皮に包まれた敏感な場所へ指を伸ばした。
 触れるのと同時に、大きな声が出て奈々子は首を仰け反らせる。
 強く目を閉じて、息を繰り返し、竜児を呼ぶ。
 もう耐えられない。すべてが真っ白に染まろうとしていた。

「高須くん、あぅっ、んんっ!」
 指先が包皮に包まれた小さな蕾に触れる。
 奈々子の全身に絶頂への鞭が振られる。同時に、奈々子は一際大きな声をあげた。

 湯船に大きくもたれて、奈々子は足を伸ばした。
 浴室を満たした湯気は奈々子の顔を包む。お湯の温かさが全身に染み込んで、奈々子は熱い息を漏らした。
 トリートメントの匂いがわずかに落ちてきて、奈々子は髪に巻いたタオルを軽く手で押さえた。
 湯船に浸かってどれだけの時間が経っただろう。もう随分長い間ここにいるような気がした。
 風呂に浸かってぼんやりとするのは何よりも好きだったが、今はそれに心地よさを感じなかった。
 体を包んでいるのは、泥のような倦怠感だけ。

「はぁ……」
 溜め息を吐いてから、奈々子は風呂場の縁に手を伸ばし、二の腕に自分の頬を乗せた。
 本当に溜め息しか出てこない。こんなに恥ずかしい一日は、今までに無かった。

「高須くんに告白して……。高須くんのことを思って、ひとりで、あんな、はしたないことを……」
 気持ちよかった。本当に気持ちよかったのは認める。
 けれど行為後の心は、スチールウールで磨いたかのようにぼろぼろだった。
「あたしって、自分で思ってたよりもダメね……」
 大人っぽいなどと口々に言われて、自分もそのつもりになっていた。
 確かに、幼児性の抜けない同級生に比べれば落ち着いていたかもしれない。
 けれど中身を開ければ、そこには目も向けられないような醜いものが詰まっていた。

「はぁ……。どうしよう」
 呟いた声が浴室に消える。
 左足首の痛みは随分治まってきていた。しかし、ここで暖めてしまうと腫れてしまうかもしれない。
 けれど風呂に入らないという選択を採ることはできなかった。下着はぐっしょりと濡れていたし、服はあちこちに皺ができていた。
 髪も変に跳ねていたし、何よりも全身に汗をかいていた。

 告白、してしまった。
 どうしてあのタイミングで言ってしまったんだろうと、今更ながらに後悔してしまう。
 竜児の気遣いを無碍にした挙句、竜児のことをいやらしい人のように扱って、嫌われてしまった。
 嫌われたくなかった。泣いて、竜児のズボンの裾を掴んで、離れないようにと願った。
 
 ふぅと息を吐いて、ぼんやりと開いた目から指先を見る。
 これから、どうしたらいいのだろう。そんなことを考えてしまう。
 竜児の顔がまともに見られるのかどうかだってわからなかった。

 お風呂を出て、髪をドライヤーに当てながらつい自分の顔を見てしまう。
 そこそこに整った顔だとは思うが、それでも亜美には到底かなわないと思ってしまう。
 きっと竜児には亜美の美しさが理解できないのだろうと、奈々子は息を吐いた。
 本当に、亜美は別格の存在だ。どの角度からどう見てもかわいい女の子なんて、少なくとも自分の知る限りでは亜美だけだった。
 さらに美容に関する知識も豊富だった。現に、奈々子も基礎化粧品のラインをすべて亜美のお薦めに変えたし、それで効果が出てることも実感している。
 長い髪はさらさらで麗しく、乳白色の肌にはシミひとつ無い。体型は神様が自らノミを振るって作ったのではないかと思うほど綺麗に整っている。
 日本人離れした細く長い足、女性らしく細い指、美しい爪。
 美しい宝石の原石でありながら、それを自分の努力で磨き続ける亜美には、どうしたって敵わないと思ってしまう。
 
 大河も奈々子から見れば十分に綺麗な存在だった。異国の人形のような顔立ち、子どものような愛らしい瞳。
 あのふわふわの長い髪も羨ましかった。何よりも、一番竜児の傍にいる。

 そんな二人がすぐ近くにいるのに、竜児は実乃梨のことが好きだという。
「ままならないわね……」
 きっと、実乃梨のあの明るい性格に惹かれたのだろう。けれど、奈々子は自分の性格が明るいものではないことを知っていた。

 容姿も、性格も、自分は竜児の好みではない。
 今はそれが辛かった。さらに好意を寄せられているわけでもないし、むしろ嫌われてしまったかもしれない。
 なんて望みの薄い恋なのだろうと、奈々子は突っ伏したくなった。
 だからといって、諦めることもできそうにない。
 
 現実的な思考で、これからを考える。
 竜児は優しいから、奈々子が傷つかないように言葉を選んで奈々子を振るだろう。
 その時、見苦しくならないように自分は去らなければいけない。
 諦めきれない気持ちを抱えたまま、竜児が困らないように、身を引く。
 そして、行き場を失くした想いを抱えたまま、今日のように自分で自分の体を慰める日々が続くのだろう。
 あまりにも惨めな未来が予想できて、奈々子は瞳から涙をはらはらと流した。
 ドライヤーを鏡台に置いて、両手で顔を覆う。

 ギロチン台に首を置いて、その刃が落ちてくるのを待つような気分だった。
 自分は竜児に振られてしまう。それが予想できて、辛かった。
 かといって、竜児の気を惹くような何かがあるわけでもない。

 部屋に戻って明かりを点ける。ベッドの脇に腰掛けて、仰向けに転がった。
 束ねた髪を肩の上に置いて、天井を眺めながら、奈々子は置きっぱなしにしていた携帯に手を伸ばす。
 携帯電話の画面を見ると、麻耶からメールが送られていた。
『高須くんにガツンって言っといたから』
 そんな文言を見て、奈々子は細く息を吐いた。一体なにを言ったのだろう。
 メールを打ち返すのが面倒で、奈々子は麻耶に電話をかけることにした。

「あっ、もしもし、奈々子?」
 電話越しに明るい麻耶の声が聞こえて、奈々子の顔がわずかに綻んだ。
 自分のために一生懸命になってくれたことを思い出す。
「ごめんね、今大丈夫?」
「うんうん、全然だいじょぶ。っていうか奈々子、どうなってんの? いやマジでわかんないんですけど」
「そうね……。あたしにもさっぱり」
 溜め息混じりの言葉は、本心から出た言葉だった。どうかしていたのだろうか。
 きっと、昼に飲んだ痛み止めで意識が朦朧としていたに違いない。つい、何かの所為にしたくなる。
「えっと、マジで高須くんのこと好きなの?」
「うん……」
「すっごく意外でさぁ、びっくりしちゃった。っていうか奈々子年上派じゃなかったの?」
「そのつもりだったんだけど、高須くんにやられちゃったわ」
「ふーん、高須くんにねぇ……。あっ、そうだ。高須くんなんだけど、あの後ちゃんと言っといたからね!」
 何を言ったのだろう。余計なことを言ってなければいいのだけど、と奈々子は心配になった。
 ベッドから体を起こして、腰掛ける。少しだけ湿った髪を撫でながら、奈々子は受話器に耳を傾けた。

「しっかり、奈々子のことアピっといたから。奈々子のいいところ言いまくってね、そんで絶対付き合ったほうがいいよって勧めといたよ」
「……そう」
 奈々子の胸に、ちくりと痛みが走る。麻耶の言い方から、竜児がしっかりとした返答をしていないことが推測できた。
 もし竜児が麻耶の言葉に耳を傾けて、その通りだと感じたなら、竜児は麻耶に自身の意見を伝えていただろう。
「高須くんもまんざらじゃなかったみたいだし」
「えっ? うそっ、なに言ってたの?」
 俯いた顔をあげて、携帯電話を強く耳に押し当てる。
「ぷっ、なにその反応、めちゃ早いじゃん」
「あ、うん。まぁ、ね」
 電話越しに、麻耶が笑いを堪えているのが聞こえてきた。
 少しだけ恥ずかしくなって、下唇を軽く噛む。
「奈々子は綺麗だし、好きだって言われて嬉しかったって言ってたよ」
「ほ、本当なの?」
 逸る気持ちを抑えるように、奈々子は声のトーンを沈めた。
「うんうん、マジだって。なんかそんなこと言ってたし」
「そう……」
 自分に告白されて嬉しかったのだとすれば、まだ望みはあるかもしれない。
 もっとも、麻耶が大袈裟に伝えているだけで、真実とは違うのかもしれないけれど。
「奈々子のこと応援するし、上手くいくように協力もするし」
「ありがと、助かるわ」
「奈々子のためだもん。全然いいよ」
 おせっかいな友人の励ましに、少しだけ心が楽になった。
「それでね、亜美ちゃんにも奈々子が高須くん好きになって大変なんだけどーってメールしたんだけど、まだ返事無いんだよねー。仕事終わんないのかなぁ」
 本当に、おせっかいね……。
 奈々子は目の前が暗くなったような気がして、ベッドに倒れこんだ。


 麻耶との通話を終えた後、奈々子はベッドの上で仰向けに転がり、部屋の蛍光灯の明かりを遮るように目の上に腕を置いて考え事に耽っていた。
 このままでは、竜児との関係が深まるとは思えない。そこに、亜美に自分の恋心を知られてしまったという。
 亜美が自分に対してどうしてくるのか、奈々子には想像がつかなかった。
 いや、亜美がどうするかより、自分がどうするのかを考えないといけない。まだ、諦めるには早いはず。
「……望みは、あるのかしら」
 ふと呟いてみても、誰も答えてくれるわけがない。自分で考えて、決めないといけない。
 竜児の気持ちを、自分にだけ向けさせることが出来るだろうか。
 卑怯な手段を、使わなければいけないかもしれない。もう一度、色香で惑わすようなことをするかもしれない。

 竜児ほど優しくて、気遣いができる男は他に見たことがない。
 もし、竜児と一緒になれたなら……。幸せな家庭が、作れるかもしれない。
 想像の中で生まれた未来に奈々子は強く惹かれた。
 諦めてたまるものか。情けないことになるかもしれないし、みっともないかもしれないけど、沢山の犠牲を払っても竜児を手に入れたい。
 絶対に、やってみせる。

 奈々子は口元に微笑みを浮かべて、明日のことを思った。

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