web上で拾ったテキストをこそっと見られるようにする俺得Wiki

突然、親方にケツを叩かれる。 振り返ってみれば、親方はアゴで狭い玄関を指し示す。
怒鳴り声以外の声はたまにしか聞かせてくれない短気な親方は、愚図が大嫌いだ。
俺は大慌てで手についた粉を拭って、厨房を飛び出した。
イタリアじゃ、女をエスコートしない男は最低だ。
ましてやそれが、あれだけ世間を騒がせたカップルとあっては、許される筈もない。
いつもはどんな客相手でも、ぶすっとした顔しか見せない給仕のおばちゃんも、何故かあいつだけには満面の笑顔を見せる。
ぶっ壊れた壁をそのまま窓にしたっていう、日本じゃ絶対ありえないような一角が、このトラットリアの特等席。
そして同時に、そこはあいつの指定席でもあった。
その席にあいつが座っていたらアウトだ。 そしたら俺はまた皆にどやされる。
だが、今日は間に合った。
肉襦袢のような厚着、小顔にでかいサングラスと毛糸の帽子、ふわふわのマフラーで完全武装した不審者は、まだ玄関先で
上着を脱いでいる。
マフラーをほどき、サングラスを外したときに目が合った。
「よっ!」
「おぅ。」
おちゃらけた様に手をかざす、絶世の美女こそ、川嶋亜美。
俺の何よりも大切な……恋人だ。


      ローマの祝日明け   ―― ローマの祝日 エピローグ? ――


「ちょっと、ありえなくない? なんでこんなに寒いわけ?」
「そりゃ、お前、冬だからな。」
「だって、ここローマでしょ? 地中海よ、地中海。 地中海っていったら、暖かいもんでしょうが。」
「お前なぁ…無茶言うなよ…。  ぅおっ!」
給仕のおばちゃんが俺を突き飛ばすようにして、亜美の脱いだ服を預かる。 他の客なら注文すら取りにいかねぇってのに…。
「グラーツィエミッレェ〜」 「ディニエンテ」
亜美のお礼の言葉に、愛想笑いつきで返しやがった…なんなんだ、この差別は…。
ああ、そうか、今日は席までこいつを案内できないからか。
給仕のおばちゃんに睨まれながら、亜美を指定席に案内する。
「あ〜、マジ寒かったぁ〜。 竜児、ストレートティー頂戴。」
「お前には、郷に入っては郷に従うって言葉はないのかよ…」「うん。無い。」「……はいはい。 お姫様。」
こいつが来るようになってから、うちの店にはフォートナム・アンド・メイソンのブレンドが何種か常備されるようになっていた。

あの告白劇から半年ちょっと。
撮影が終わると、亜美は休みの度にローマに来て俺の部屋に泊まっていくようになった。
いくら俺が飛行機代がMOTTAINAIと言っても聞き分ける女じゃない。 
正直俺だって出来ることならずっと一緒に居たいんだから、俺が言い負かされるのは当然だ。
それに、多分亜美は不安だったんだろうと思う。
実際、亜美が言っていたようなことが起こらないとも限らなかった。
そして、密かに息を潜めて構えていた俺達を襲ったのは、遥かに想像を超えた攻撃だった。

「おう。 待たせたな。」
「ありがと、竜児。 うーん、いい香り〜。 いきかえるぅ〜。」
「じゃぁ、俺は仕事に戻る。 あとでな。」
「うん。 がんばってね。」 「おぅ。」
今でこそ、こんなふうにのんびりしているが、あれが世に出た時は目の前が真っ暗になったもんだ。
実はあの日、広場ではテストカメラが回っていた。
お茶目なイケメンハリウッドスターは俺達の姿をカメラで追わせた上に、最後に『God bless you! Ami!』の台詞と自分の
ウィンクで締めくくった。
現場で撮られた写真は、すでにネット上に流出して、日本ではかなりの話題になっていたらしい。
しかし、このフィルムには決定的に写真とは異なる破壊力が秘められている。 それは………『音声』。
そう。 そこにはあの日俺が叫んだ、こっぱずかしい絶叫が鮮明に記録されていやがった。
それが、映画のプロモーションの一環として『流出』した。
世間的には流出だが、亜美が言うには意図的なリークだったらしい。
アメリカの大手ネットワークが流した映像は瞬く間に世界を駆け巡った。
幸い、俺の顔が判別できるものは無かったが、絶叫はばっちり入っていて、動画サイトでは親切な日本人が英訳を入れてる
始末。 俺達二人は息を潜めて世間の審判を待った。
亜美の奴はパニック気味に『あたしが竜児を守るから…』なんて言って泣き出すし、亜美が泣いているのを見かけた親方に
は鉄拳制裁をうけるわで、とんでもない数日が過ぎて、世間の趨勢が見えてきた。
結論から言えば、イケメンハリウッドスター恐るべし。
彼の最後の一言が、すなわち、俺達に対する評価になっていた。 
〜様が祝福するんだから、俺達、私達も祝福しよう、みたいな?
そして、それからの俺達は、大手を振って恋人同士でいられる様になり、亜美のハリウッドデビュー作は正月にアメリカで公開
され、大ヒットとなった。
専門誌の評価もほとんどが絶賛で、特に亜美の演じたサブヒロインは高く評価され、まだ公開されていない日本でも、相当な
話題になっているらしい。
お陰様で今の俺達は、まぁ、自分で言うのもなんだが、激甘の恋人生活、まさにバカップル状態なのだ。

亜美の指定席は、崩れた壁から蔦や季節の花々が顔をだし、特に午後は差し込む光で絶妙な美しさを醸し出す。
たしかに雰囲気もよく、特等席には違いなかったが、亜美がその席に拘るのには、実は別な理由があるのを俺は知っている。
その席からは厨房の中が一番良く見えるのだ。 それはとりもなおさず、厨房からも一番よく見えることを意味する。
そこに座って、俺の仕事が終わるのを本を読みながら待つ亜美の姿は、俺の一番好きな光景になりつつあった。
トラステベレのトラットリアは深夜まで営業するのが売りだ。 遅番になると帰りは日付が変わる。
親方はいつも、亜美が来る日は早番にしてくれる。 もちろん、ずっと待っている亜美を気遣ってだ。
それでも、今日も亜美は7時間待った。
そして、この後は当然のように「お姫様タイム」の始まりだ。 俺は休む暇がない。
けれど、このお姫様に振り回されるのは今に始まった事じゃないし、好きになった時から覚悟の上だ。
「ねぇ、竜児。 亜美ちゃん、ジェラート食べたくなっちゃった。」
「はぁぁ? お前、今冬だぞ。 それに来た時、寒い寒いって文句いってたじゃねーか。」
「でも、食べたいなぁ〜。 ねぇ、竜児、ダメ?」
「いや、まぁ、通年でやってるバールもあるにはあるけどよ…。 遠いぞ?」
「いいよ。 歩こ。」
いつもこの調子だ。 何を言い出すか見当もつかねぇ。
今日もまた散々あちこち引き摺りまわされるんだろう……。 まぁ、嫌じゃねーけどな。

1時近い時間になって、やっとアパートに戻ってきた。 俺はもうヘトヘトだ。
「そういや、今回はいつまで休みなんだ?」
「うん。 明後日の午後の飛行機でロンドン。」
「ロンドンかよ…。 今度はなんなんだ?」
「そんなのプレミアにきまってんじゃん。 今週ヨーロッパ公開だから。」
「お、おぅ。 そうか。」
「まーた、忘れてるし。 ま、いいけどさ。 シャワー先借りるね。」
「おう。」
もう何度も抱いたが、どうしてもこの部屋で二人っきりになると緊張する。
ひょいとシャワールームから顔を出す亜美。 乳房が片方見えているのは絶対にわざとだ。
「竜児〜。 一緒に入るぅ?」
「狭くて入れねぇって。」「あはははは。 そうだね。でもぴったり抱き合えば入れるかもよ?」「それじゃ洗えねぇだろ…。」

「…………」
「………ん、んん…」
「おはよ、竜児」
「…あ、ああ。 亜美か。 おはよう… って おおぅ!」
「もう、朝だよ。」
「……俺、寝ちまったのか…わりぃ。」
「あははは。 なに誤ってんのさ。 確かにぃ、亜美ちゃん、体うずいちゃってぇ、仕方なーく、自分で慰めちゃったけどぉ〜。」
「…な」
「嘘。」
「竜児ってば、可愛いー。 そんな申し訳なさそうな顔すんなっつーの。」
「お前なぁ…」
「ちょっと亜美ちゃん、調子に乗って竜児の事疲れさせちゃったみたい。 ごめんね。」
ん? なんだ? この匂い。 これって…
起き上がってテーブルを見て愕然とした。
「こ、これ、お前…… そういう事か。 亜美、やっぱりお前は腹黒天使だよ…。」
「ひっどーい。 ただの天使、でしょ?」
そこには朝食が用意されていた。 それはごく簡単なものだったが、亜美が相当苦労して作ったってのは想像に難くない。
「ああ。」
「びっくりした?」
「ああ。 すげー驚いた。」
「ま、竜児に比べたら食いモンっていえねーような物だけど、食べてみてよ。」

「…結構いけるじゃねーか。」
驚いた。 たしかに美味くはないが、想像よりずっとまともだった。
「よかった。 こっそり練習してたんだ。 やっと食べれるレベルになったからさ、もういてもたってもいられなくって。」
本当に、こいつは…ビックリ箱みたいな奴だ。 なにを仕掛けてくるか、全然読めねぇ…。
もうこりゃ、全面降伏だな。
「亜美。」
「ん?」
「やっぱ、お前、最高だよ。」
ぷしゅ〜って音が聞こえて来そうな位、たちどころに真っ赤になる亜美。 あれ? もしかして俺やっつけたか?

「な、な、な、なに、い、いってんのさ…。」

それは……最高に幸せな、そんなローマの点描。


                                                             おわり。

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