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102 プリマヴェーラ   ◆/8XdRnPcqA sage New! 2010/02/17(水) 22:36:15 ID:EQ3WOOcI




* * * * *




やがて、三日目の朝が訪れた。
しかし、亜美はまだ真夜中。 死んだように眠っている。
昨夜、なかなか嘔吐しない亜美を無理やり吐かせた。
胃の中が空っぽになるまで、水を飲ませて、また吐かせる。
それは拷問のようだったが、心を鬼にして続けた。
ようやく一段落して亜美をベッドに運んだのは明け方近い時間だった。
そして、俺が眠れたのはほんの2時間あまり。
亜美の様子が気になって熟睡はできなかった。
状況からみて、亜美の症状はごく軽いように思えた。
だが、一番大切なのは、その元凶となっているものをどうやったら取り除いてやれるのか、だ。
それには…
伝えるしかない。
俺の気持ちを。 俺の本当を。

だが、口下手な俺には自信がなかった。
いったい、どんな言葉に代えたら、伝えられるのだろう。

静かな寝息を立てて眠る亜美の、たおやかな髪を手ですくいながら、想う。
これほど愛しいのに、これほど大切なのに…
『愛している』という言葉では伝わらない『愛』があるのか。
自分の恋愛経験の少なさが、これほど呪わしいと思ったことはない。

ふと、櫛枝と大河の顔が頭に浮かんだ。
未熟ではあったが、あれも間違いなく、恋。
たしかに亜美の言う通り、記憶喪失にならなければ、俺は亜美を好きになることは無かったのかもしれない。
だが、亜美が去った後、いつまでも亜美にこだわる俺に櫛枝は言った。
『それは同情だ、もう会えないかもしれない相手より、目の前に居る大河を見てやれ』と。
その時、俺は思ったはずだ。
もう会えないかもしれない相手に同情して、忘れられなくなるだって?
有り得ない。 それは同情とは言わない。 恋だ。
あの時から俺は川嶋亜美に恋焦がれていたのだ。 嘘の仮面に隠された『本当』に、――― 焦がれていたのだ。
そうだ―――。
それこそが俺の『本当』。
ありのままの亜美に、ただ、ひたすらに恋焦がれた。
櫛枝も大河も関係ない。
そこには、ただありのままの二人が向かい合っているだけだ……。

ぐちぐち考えても仕方がねぇ。 どうせ俺のことだから、考えた通りに口が動くとも思えない。
素直に、俺が思っていることを話すしかない。
どんなに理屈っぽく、格好悪くなっても仕方が無い。 それが俺なんだから。

ベッドに沈んだ亜美を見る。
少しだけ目を腫らしているが、表情は安らかだ。
時計は午前8時を指している。
サマータイムでない今の季節なら、プラス8時間。 時間的には都合がいい。

亜美が目覚める前に、一つだけ確認するべき事が俺にはあった。


(あんた… 知らなかったの? …ほんっっっとに、どーしよーも無いバカね。)
「うぐっ」
(はぁ… まぁ、いいわ。 ちょうどあんたがイタリアに行った頃だけど、週刊誌とかに噂が載ってたの。 川嶋亜美、引退かってね。)
「本当か? なんでだ!」
(うっさいわね、話の途中なんだから、だまって聞きなさいよ!)
「お、おぅ。」
(重度の躁鬱病なんじゃないかって、わりと彼女に近い人のコメントとかも出てて、けっこう信憑性高くって。 実際、急に連続ドラマ
降板したりしたから…。 最初は私も『そんなタマじゃないわ』って思ってたんだけどね……。)
(半分はデマだったけど、半分は本当だったみたい。 それでかなりイメージダウンして……それでも女優は続けてたけど。)
「そう、か…。」
(………実は当時、みのりんとその話しになって、二人で会いに行ったことがあるの。 門前払いされたけどね。  …っていうか、
北村君のほうが詳しいんじゃないの? なんでそっちに聞かないのよ!) 
「いや、北村はどこぞの発掘調査とやらで連絡不能だった。」
(…そう。 でも、なんで急にそんな話… まさか、ばかちー、あんたの前でもおかしくなった…の……?)
その声は弱々しく、大河の亜美を心配する気持ちが伝わってくる。
お陰で、俺の気持ちも暖かくなった。
「いや、大丈夫だと思う。 ありがとな、大河。」
(そう? ならいいけど。 ………私、少しだけ解る気がするのよ…。 誰にも…誰にも解ってもらえないのって…すごく……。)
「大河…。」
(あ〜っ! もう! なんで私がばかちーの心配しなくちゃなんないのよ! バカらしい。)
(大体、エロチワワのくせに、いつまでも一人で悲劇のヒロインぶってるんじゃないってのよ!)
(みんなだって、みんなだって… みのりんも…、私も…、竜児だって… 血を流したんだから…。)
「…おう。 …そうだな。」
その通りだ。 今まで何もなかった訳じゃない。 櫛枝や、大河、…色々な想いを踏み台にして、今の俺は立っているんだ…。
(そうよ! だからね、あんた、それだけの犠牲払っといて、ばかちーの事不幸にしたらね…。)
「お、おぅ。」
(…殺すわよ。)
「………。」

それっきり電話は切れた。
最後のは… 大河の場合、比喩表現じゃなくて、本気なんだろうな…。
だが、大河と話してよかった。
大河の優しさが俺に勇気をくれる。 大丈夫だと、自信をくれる。
俺と亜美、二人だけで生きているわけじゃない。 ちゃんと解ってくれている奴等がいる。 味方になってくれる奴等が。
亜美の心が壊れかけているのは確かなようだが、決して手遅れじゃない筈だ。
大丈夫。

それから、俺はただ何もせず、部屋の中を眺めていた。
頭の中では、出会ってから今までの亜美の姿が浮かんでは消える。
その光景は途切れることが無い。
…いつの間にか、彼女はこんなにも俺の心を占めていたのだ。

窓の外から僅かにもれてくる喧騒。
カーテンの隙間から差し込んだ光の中で、埃が踊っている。
その細長い光が、亜美の真っ白な顔に当たって、まぶしさを増した。
気がつくと随分と太陽の位置が変わっている。
「ん……。」
むずかる様に光を逃れようとする亜美。
僅かに瞼が開き、濡れた瞳が太陽を弾く。
「ん、んん〜〜。」
寝返りを打ちながら手で目をこする。
あと数分もすれば、教会の鐘が正午を知らせる頃合。
ようやく、眠り姫のお目覚めのようだった。


もっそりと、亜美が上半身を起す。
いまだ酩酊しているかのような視線が部屋の中を彷徨って、一旦俺を通り過ぎた後、また戻ってきた。
「おぅ。 おはよう。 …気分はどうだ?」
「…ん、んん。 …?」
まだ、亜美の目に思考の光は宿らない。 だが、思ったより酷い状況ではなさそうだ。
「お…はょ…」
ようやくまともな言葉を話したかと思ったら
「あれ? いま…何時 って、 あつっ!!」
急に覚醒して、直後、頭を押さえた。
「おい、大丈夫か、気分はどうだ!」
あわてて傍に寄る。 
「くっ… あたま… いたい。」
「おぅ。 無理すんな、気分が悪かったら、横になれよ。」
「あぅ… これって…… あたし…」
亜美の顔に一瞬、恐怖が宿る。 
サンタ・マリア・イン・コスメディン教会で言っていた、真実の口を極端に恐れた理由。
その正体がこれだ。

あんな形で俺達の前から去ることになった事。
最後まで俺に嘘をつき続けるしかなかった事。
自分の恋心を表に出してしまった事を、櫛枝や大河に対する裏切りと感じているゆえの罪悪感。
そして、それらの重みに耐えられず、ひび割れてしまった己の心。
俺に告げていない事実がまだあって、それを言い出すことが出来なくて。
それをまた、『嘘』と感じて自分を責める。

おそらく昨夜のことが記憶にないが故、それらの『嘘』が漏れ出てしまわなかったか、と恐怖するのだろう。
そして、それは事実、俺の知るところとなってしまっている。
俺は嘘をつくのは嫌いだし、もちろん上手でもない。
だが、今は亜美の才能を少しでもいいから分けて欲しいと切に願っていた。
何故なら、彼女が自ら打ち明けるまで、俺は嘘をつき通さなければならないからだ。
そして、それは決して悟られてはならない。
これ以上、彼女を苦しませないためには、必要なのだ。 ……嘘が。

「ははは。 これで、一昨日の俺の失態も相殺だな。 二人そろって自爆だ。」
「……まじ… おぼえてねぇ…。」
あえてからかう様に挑発する。
「お前、ストレスたまってんだなぁー。 仕事の愚痴、すごかったぞ。 俺が芸能記者だったらスクープ記事連発だな。」
「ちょ… それ、ほんとなの?」
「おう。 かなりエグかった。」
「わすっ… つ〜 あいたた。  ……わすれてよね、そんなの。 碌なもんじゃないんだからさ、マジ頼むから…。」 
「おぅ。 なんだかもったいねぇが、俺も芸能界には興味ないしな。 忘れるぜ。 っていうか、名前とか覚えてねぇし。」
「…ほんとにぃ? ……ま、いいか。」
亜美はベッドの上で膝を抱えて体育座りになった。 頭を膝にくっつけて、やっぱり結構辛そうだ。
「…そういえば、今何時なの?」 弱々しく呟く。
「おう。 えーと…」 教会の鐘の音。 「…たった今、正午になった。」
「うそ… もうそんな時間… 竜児!」
「はははは。 いや、いいさ、気にすんな。 これといってプランがあったわけじゃないしな。」
「バカ。 見え透いた嘘やめてよ。 っつ…。 あんたが、計画練ってないなんて有り得ないじゃん…。」
「いやいや、本当に気にすんなよ。」
「だって! っつぅ…。」 「おいおい、大丈夫か? かなり頭が痛そうだが…。」
「……平気。 なれ ……」 「?」 「ほんとに、平気だから…。」
そう呟くように言いながら、亜美はベッドから足を下ろした。

「シャワー浴びてくる。 そしたら、出掛けよう?」
「おい、本当に大丈夫か? 無理すんなよ?」
「平気だって、亜美ちゃん様をなめんな、よ。」
そう言って悪戯っぽくウィンクしてみせる。 
目覚めてから、ようやく見せてくれた笑顔は、作り笑顔と判っていても、ほんの少しだけ俺を安心させた。
とはいえ、すぐに出掛けるのは愚の骨頂。
ルームサービスを頼んで、軽く腹に入れて様子を見ることにした。 

まだバスルームから水音が聞こえるうちに、ルームサービスが届けられる。
珍しいザクロのジュース。
あとは軽いブルスケッタにフルーツジャムが数種類。
いずれも二日酔いを配慮してのものだ。
さっき亜美が言いかけた言葉は、おそらく『慣れている』だろうと思う。
だからといって放っておけるはずもない。
ホテルに言って薬も一緒に用意してもらった。
亜美の態度からするに、このまま休んでてはくれないだろうから、なんとか楽に動けるように最善を尽くすしかない。

いつもより、少し時間がかかっていたが、バスルームから出てきた亜美はすっかりいつもの表情を取り戻していた。
こんな時は、心底凄いと思う。
流石に女優だ。 驚くべき演技力である。
「お待たせ……ルームサービスとったの?」
「ああ。 お前、胃の中がカラッポだろう? このままじゃ体に悪い。 食欲はねーだろうが、我慢して食ってくれ。」
「………うん。 分った。 竜児の言う通りにする。」
「お、おう。」 
意外にも素直な反応に少し調子がくるう。
「ここ、石鹸とか、全部サンタ・マリア・ノヴェッラ薬局の使ってるんだね。 ちょっと贅沢な感じでいいな。」
「そうか、それは気がつかなかった……」
「ま、竜児だもんね。 気がつくわきゃねーってか。 興味が無いものにはとことん鈍感。」
そんな風に毒を吐きながら、純白のバスローブ姿の亜美が上品なデザインのカウチソファに座る。
亜美は恨めしそうにルームサービスの乗ったワゴンを見て、
「こんなじゃなければ、凄く美味しそうなのに…。 流石に食欲湧かないわ…。」
と、正直に告白してくれた。
「とりあえず、ジュースだけでも飲んでみろ。 すこしスッキリすれば多少は食えるかもしれないからな。」
「うん。  ……うわ、なにこれ。 すっぱ〜。」
「おぅ。 ザクロジュースだ。」
「へ? ザクロ? あの、赤くてちっちゃいつぶつぶの実がいっぱい詰まってる、アレ?」
「そうだ。 日本のものは完熟したものを収穫しない限り、ただひたすらすっぱいが、こっちのはけっこう甘みもあるだろ?」
「うん。 なんか、すごくスッキリしてて、美味しい……。」
「薬も貰っておいたから飲んだほうがいい。 ほれ、水。」
「うん。 ありがと…。」

ザクロジュースと二日酔いの薬が効いたか、亜美は最終的に二枚のブルスケッタを食べてくれた。
まぁ、上々だ。
「ねぇ、竜児、今日の午前の予定はなんだったの?」
ミネラルウォーターをちびちびやりながら、亜美が問うて来る。 
「サン・ロレンツォ教会とドゥオーモを巡る予定だった。」
「凄いの?」
「サン・ロレンツォ教会にはミケランジェロの最高傑作クラスが置いてある。 ドゥオーモはクーポラからの眺めが凄いらしい。」
「そっか。 ごめんね。 …ねぇ、そこって、午後からでもいけるかな?」
「いや、止めておこう。 実は午後は既に予約済みの場所があるんだ。」
「どこ?」
「ルネサンス芸術の最高峰、ウフィッツィ美術館だ。」


目的地を告げると、亜美はがぜん元気になった。
昨夜のあれを見ていなければ、元気一杯だと騙されてしまっただろう。
バスローブを脱ぎ去り、俺の前で堂々と全裸になる。
慌てる俺を見て楽しげに顔を歪ませるあたり、まさにいつも通りである。
既に亜美の体は隅々まで検分済みだが、こうして日中堂々と裸身を晒されるとやはり目を逸らしてしまうものだ。
やがて外出着に着替えた亜美のスタイルはというと…
ダンガリーのシャツワンピースに、フラットブラックのレギンス、初日と同じスカイブルーのフリンジサンダルは、ロールアップした
袖口の白と相まって、足元のいいアクセントになっている。
シャツワンピースの襟はぎりぎりまで開かれて、胸の膨らみがちらちらと覗く。 
ストラップレスの『見せブラ』は、亜美の形のいいバストの下半分しか隠しておらず、トップの位置もきわどい。
ちょっと見では男物のワイシャツを素肌に引っかけただけのように見えて、とても扇情的だ。
更には、プラチナベースに1キャラットはありそうなサファイアが光るネックレスが、嫌味のない上品な美しさで胸元を彩る。
シルバーの細いブレスレットも手首の細さを上品に演出していて…
……まぁ、要するに、今日も亜美の美しさはパーフェクトだってことだ。
一見カジュアルな若者に見えて、一つ二つばかりの高品質なアクセサリーがセレブオーラを放つ。
そして亜美は、例によって思わず見とれてしまった俺の手をとった。

「ねぇ、早く出掛けようよ。」
「お、おう。 そうだな。」
「歩きだよね? 美術館ってどのくらい離れてるの?」
「そうだな…」
そんな会話をしながら部屋を出た。
亜美は、薄暗く狭い通路なのに、腕を絡めてくる。
一瞬、『歩くのが辛いのか』と思ったが、すぐに言葉に出すべきではないと思い至った。
仮にそうだったとしても、亜美が元気に振舞う以上、それは言うべき言葉ではない。
それに、こうして寄り添ってくる亜美は、本当に可愛らしいのである。
感心半分、呆れ半分、亜美を見る。
すると、開いた襟から覗く谷間が目に直撃した。 当然計算づくの罠だ。 まんまと俺は引っ掛ったわけだ。
ふと、そのとき、ちょっと変わった色合いのサファイアだと思っていた石が真っ赤に光っていることに気がついた。
「おい、亜美、それ、ア、…アレキサンドライトか?」
「……竜児って、本当に可愛くない。 宝石まで詳しいなんて。」
「マジかよ…しかもメチャクチャ品質いいじゃねーか。」
深い青緑から真紅に色が変わる1キャラットのアレキサンドライトなんぞ、俺の年収の数倍の価格のはずだ…。
「そんなの、どうでもいいでしょ。 ね、それよりさ、ちょっと遠回りしてドゥオーモの前通りたいな。」
宝石の話しにはすこし不機嫌に応じる亜美。 亜美は身につけている物の金額の話はあまりしたがらない。
貧乏な俺に気を遣っているのか、あるいは、気を遣っていると思われる事も嫌なのか。
「ウフィッツィ美術館の予約時間は14時30分からだ。 今なら、ドゥオーモの前を通っても大丈夫だな。」
だから、おとなしく亜美の話に乗っかる。
「本当? よかった。」
「まぁ、フィレンツェにきて、あそこに行かないって選択肢はないよな。」
「さすがのあたしでもあそことヴェッキオ橋くらいは知ってるし。」 
「そうだよなぁ。 まぁ、フィレンツェはそう大きい街じゃない。 歩きでもけっこう観光スポットをカバーできる。」
そんな話をしながら亜美の様子を窺うが、見た目だけなら普段とそう変わらないように見える。
こうなると、あまり気にしすぎるのもかえって良くない気がしてきた。
そこで、なるべく余計なことは考えずに、今日の行動プランについて考えることにした。
やがて1階のエントラスに着いたが、他の宿泊客には全く出会わなかった。
当たり前だ。 昼間まで寝呆けている観光客は普通、居ない。
早速、フロントにキーを預け、部屋の掃除を頼んで広場に出た。


ホテルを出て、すぐ右側にある通りに入る。 バンキ通りだ。
ほんの1分もあるけば、通りの隙間からドゥオーモのオレンジのクーポラが覗く。
それもその筈。
実は俺達の泊まったホテルから、ドゥオーモまでは500mと離れていない。
ホテルが立ち並ぶパンツァーニ通りとの合流点に至れば、其処からデ・チェレッターニ通りと名前を変えて、ドゥオーモに至る。
その合流点近くに静かに佇むのは、サンタ・マリア・マッジョーレ教会。
石積みの簡素なこの教会、じつはフィレンツェで最古の教会の一つである。
そのことを亜美に教えたところ、少し覗いていこうとなった。
亜美は案外地味なものを好むが、教会も例外ではなかったらしい。
観光客は皆無。
これといった絵画や彫刻も無いが、それはそれで美しいのが、歴史を持った建物の貫禄といえよう。
「ローマのサンタ・マリア・マッジョーレ教会はバカでっかかったけど、フィレンツェのは控えめなんだね。」
「まぁ、カトリックじゃありきたりの名前だから、あちこちに同じ名前の教会があるが…。」
「あたしは、ローマのより、こっちの方が好きかな。」
「おぅ。 いい拾い物したな。 さて、あんまりゆっくりもしてられねぇ、そろそろいくぞ。」
「ほーい。」
亜美は本当に少し気分がよくなってきたのか、若干足取りが軽くなったように見える。
俺の先になって教会から出て手招きする姿はいつもの調子を取り戻したかのようだった。

サンタ・マリア・マッジョーレ教会から出ると3分もかからずにドゥオーモ広場に出た。
フィレンツェのシンボルともいえる、サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂の赤いクーポラが青空に映える。
広場には、サン・ジョバンニ洗礼堂、ジォットの鐘楼と見所一杯で、春の観光シーズンに入った今時分、当然のように日本人
のツアー客も列をつくっていた。
芸能ネタに強いおばさん連中は、すぐに亜美に気がつくが、俺が一睨みすれば、皆たたらを踏む。
俺のような凶眼持ちが亜美と連れ添って歩いていたら、亜美に迷惑をかけてしまうのではないか、そんな思いはもう消えた。
寧ろ、より凶悪そうに振舞えば、誰も俺を亜美の恋人とは思うまい。 幸い、俺の顔はまだメディアに晒されていない。
亜美の覚悟に答える為にも、俺は誰も亜美に寄って来ないよう、インターセプトする!
このアイディアは亜美にも受け入れられて、人の多いところでは、SPを装う為に、俺にくっつかないことを了承してくれた。
ドゥオーモ広場で早速実践してみたが、どうやら効果は覿面のようだ。
「ちょっと、竜児、なんか、あたし吹きだしちゃいそう… あんたの目がこんなに役立つなんて、生まれて初めてなんじゃね?」
「お前なぁ… お前のためにと思ってやってるのに、なんていい草なんだよ… まったく。 傷つくぞ…。」
「ほらほら、笑ったり、情けない顔しない。 ちゃんと感謝してるから、あたしだけのナ・イ・ト・様。」
亜美に冷やかされつつ、ドゥオーモ見学。
内部を見ている時間は無いから、広場をウロウロするのだが、視線が気になってどうも落ち着かない。
芸能人と気づかれなくても注目を集めてしまう、美女と凶眼コンビ。
「ローマじゃこういう事はないのにな…」 
つい愚痴ってしまう。
「そりゃ、竜児はローマ詳しいからでしょ? ここじゃあたしたちも観光客だもん、どうしたって観光客とぶち当たるって。」
……ごもっとも。 意外と冷静な亜美様だった。
と、そんな時に携帯が鳴る。
ホテルからの電話だった。 同等以上の別な部屋に交換させて欲しいという。
異例なことだが、きちんとしたホテルだからおかしな事はしないだろう。
ならば、気分が変わって良いかもしれない。
それに、すこし亜美を驚かせることも出来るかもしれないし、ちょっとした悪戯と思って了承することにした。



観光客が多すぎて、いまいち楽しめないドゥオーモ広場を通り抜け、シニョリーア広場を目指して、細く薄暗い裏通りに入り込む。
フィレンツェの中心部は殆どが車が入れなくなっている。 そのため、細い通りがそのまま整備されずに残っている。
それらの細い通りは、さながら中世の街に迷い込んだ如し。
そして、その裏通りの一つを抜けていくと『ダンテの家』なる場所に出た。
「ダンテって、なんだっけ? 神曲?」 「だな。 フィレンツェ出身だが、たしか追放されて、フィレンツェを恨んで死んだ筈だ。」
「うへぇ。 なんかうらめしやーとか、化けて出てきそうな建物じゃん、スルーしよっ。」
「いや、ダンテの生家は残ってないはずだ。 たぶん、観光用に建てられた博物館モドキだな。」
「どっちにしろ、亜美ちゃん、陰鬱詩人なんかに興味ねーし。」
「…お前、そういう事言ってると本当に祟られるぞ。」
「っていうか、あっちの女の子が持ってるジェラートに興味津々なんですけど。 おいしそー。」
「食うか?」「食う。」
「んじゃ、ちょっと聞いてみるか」
………
「近くに有名なジェラテリアがあるようだな。 すぐ近いらしい。 時間も…まぁ、大丈夫だろう。」
「うん、いこっ。」
なんだかんだ言っても亜美も女の子で、甘いものはけっこう好きだ。
で、近くのジェラテリアってのは本当に近かった。 
教えられたとおり、50mくらい先に狭いが大層繁盛しているらしい店を発見する。
『ペルケ・ノ!』という店で、俺はクリームとリモーナ、亜美はヘーゼルナッツ、ショコラ、ゴマクリームを購入した。
「ちょ、これヤバイ… ほんわりした甘さなのに、後味スッキリ…マジ美味しいんですけど…。」
「こっちのレモン味もなかなかだ。 さっぱりしててこれなら俺でも完食できそうだ。」
「どれどれ…」 「おぅ! お、お前、それは味見ってレベルじゃないだろう。 盗り過ぎだ!」
「いいじゃん。 男は甘いもの嫌いでしょ? ケツの穴小さいと女の子に嫌われるよ?」
「って、おおぅ! クリームまで!」
「あ、ほーんとだー 超美味しい!」 「くっ……」
俺は半分しかありつけなくなったが、亜美の笑顔が戻ってきてくれたのが何より嬉しい。
そして改めて思った。
やっぱり美味いものには人を笑顔にする力がある。 俺の選んだ道は間違っちゃいない。
いつか、俺の料理で、沢山の人に笑顔を与えてやるのだ。
「なに、ニヤニヤしてんの? まーたなんか失礼な事考えてなかった?」
「おう… い、いや、今回は無罪だ。」
「ふーん。 今回は、ってことは、やっぱりいつもは考えてるんだ。 ふーん…。」
そんな台詞を吐きながら、俺を糾弾するような顔じゃない。 それは楽しげで、悪戯っぽい笑顔。
「えーと。 あれだな………その………すまん。」
「ふふふふ。」 楽しげな笑い声。 それが一転して尊大極まりない声色に変わる。 
「よい。 許す。」
「有り難き幸せに御座います。」 
いい加減、小芝居にも慣れてきた。
俺も芝居がかって応じると、亜美はまた楽しげに笑う。 やはり、それ以上追及するつもりはないようだ。 

そんなバカ話をしながら、デ・チェルキ通りを南に進むと、すぐにシニョリーア広場に辿り着つく。
ヴェッキオ橋、ウフィッツィ美術館、ドゥオーモを繋ぐその広場は文字通り人の流れの中心で、観光客でごった返していた。
「こりゃ、ジェラートを食いながら歩けるようなレベルじゃねーな。 それに手でも繋いで無いと、はぐれそうだ……。」
「もうちょっとで完食だから、ちょっとまって。」 「おぅ。」
「あうっ…。」 「な、今度はなんだ!」
「……キーンってなった……。」
「……そんなに急がなくていいぞ……。」 「うん。」
亜美がジェラートを食べ終わるまでの間、広場を眺めていた。
観光客は多いが、かえって人が多すぎて、周りに気をつかっている余裕は無さそうだ。
これならば……

「おう。 食い終わったか。 じゃ、いくぞ。 時間もそろそろヤバくなってきた。」
出来る奴には、『なんだそんなの』と言われそうだが、俺的には勇気を振り絞る。
そしておもむろに…
…ぐい、と亜美の肩を抱き寄せて、広場の人ごみの中に突入した…。

肩を抱いたまま、人ごみの中をすり抜けていく。
会話が途絶えてしまった。
亜美は一言も声を発しない。
決まりが悪くて、亜美の顔は見れなかったから、どんな表情をしてるのかもわからない。
こんなに大勢の人が居る中で、肩を抱いて歩くのは流石に拙かったか?
ぴったりと寄り添った亜美の体温と、柔らかさが、少しばかり俺の頭を揺らす。
シニョリーア広場が広いとは言っても、そうしていられる時間はそう長くは無い。
けれど、ロッジア・デイ・ランツィがやけに遠く感じられる。 誰も見ちゃいないと、自分に言い聞かせながらもえらく恥ずかしい。
「ふぅ。 ようやく通り抜けたな。」
「え、う、うん。」
シニョリーア広場とウフィッツィ美術館の入り口を繋ぐところにあるのが、ロッジア・デイ・ランツィ。
そこにはギリシア・ローマの神話を題材にした彫刻が沢山あって、野外ギャラリーになっている。
もちろん、そこも人だかりなのだが、あらゆる方向に向かって人が歩く広場中心よりはずっと歩きやすかった。
亜美はなんとも微妙な表情をしていて、気持ちが読み取れない。
ただ、二人して、申し合わせたように、深呼吸をした。
なんだか、付き合い始めたばかりのカップルのようだが、実は俺達はこういう普通のカップルの真似が出来ていなかった。
心のどこかに、『女優、川嶋亜美』に遠慮している部分があったのは否めない。
肩を抱くのはいつも人通りが少ない場所。
その理由こそが俺達二人の壁でもある事は薄々判っていたつもりだが、こうはっきりと自覚したのはここ2日ばかりの事だ。
ロッジア・デイ・ランツィ名物の通称「ダンテおじさん」と呼ばれる、石像のふりをした大道芸人にマジで騙され、
真っ赤な顔で恥ずかしがる亜美をからかいながら、自分自身に覚悟の在り処を問う。
俺にとっては『川嶋亜美』はたった一人の愛する女だが、社会的には『川嶋亜美』は誰か一人のものではないのだ。

「ねぇ、予約してたのに、どうして入れないの? もう予約の時間、2分過ぎてるじゃん。」
こんな不満を漏らすコイツは、本当に普通の女の子なのに…

「いや、ウフィッツィは館内に入れる人数を大体決めてあるんだよ。 団体客をまとめて入れた後なんかは、中の見学者数が
一定の数に減るまで、すこし待たされることも有る。 何人美術館から出て行くかはコントロールできないから仕方ないんだ。」
「ふーん。 でもそれって、時間とか混雑を気にしないで自分のペースで見れるってこと?」
「おう。 その通りだ。 日本の美術館も似たようなことはやるんだが、入れるだけ入れるって感じだから意味がねぇ。」
「日本ってさ、なんか芸術とか、芸能、娯楽に対しての意識が低いような気がするよ…」
「古来の日本は違うんだが、やはり、高度成長期以降そういうものが『無駄』として切り捨てられてきたような感はあるな。」
「でも、多分心はそういうの、覚えてるんだよ。 …あたしの仕事ってさ、堅気とは言い難いけど、でも、大切な仕事だと思うんだ…。」

ああ。その通りだ。 だから俺は迷う。 お前の仕事…いや、夢を、俺が台無しにしちまいやしないかと…。

「…芸術ってほどのものじゃないんだけどさ。」
「そんなこと…」
言いかけたその時、ようやく入館を促される。
「あ、入っていいの?」「おう。 そのようだな。」
「ダ・ヴィンチの絵もあるんだよね? 楽しみー。 亜美ちゃん様がダ・ヴィンチ=コードを解き明かすゼ!」
しんみりしかけた空気を、櫛枝を彷彿とさせるようなノリの明るい声が吹き払い、俺達はルネサンス芸術の殿堂へ足を踏み入れた。

ウフィッツィ美術館は他のヨーロッパの巨大な美術館と比べるとコの字型のワンフロアだけで比較的小さい方だが、それでも一日で
全てをじっくり見るのは不可能だ。
実際、飛ばし見するしかないのだが、後半は観光客、特に日本人観光客はろくに見ないで通り過ぎるという。
実にMOTTAINAI。
「一応、基本知識として最初に言っておくが。 たしかにダ・ヴィンチは偉大な画家で、その作品はどれも最高にすばらしいが…。
透視法的遠近法と空気遠近法を組み合わせた最初の画家などという紹介がなされる事があるが、間違いだ。 実際は彼が生まれる
20年近く前に、ヤン・ファン・エイクが高い完成度で実現している。」
「だれ?それ?」
「日本じゃなじみが薄いが、西洋絵画史上、最高の天才の一人でな、『神の手』と呼ばれた画家で… いや、彼自身はどうでもいい。
要するに、人の評価や、権威に惑わされないで、自分自身の感覚で見て欲しいと思ってな。 だから、今回は俺もお前に聞かれない
限り、解説なしにしようと思ってる。」
「うん。 いいね、それ。 じゃあさ、部屋ごとに、一番気に入った絵を教えあわない?」
「おう。 面白そうだな、それ。 よし、のったぜ。」
目を輝かせながら、そんな提案を瞬時に思いつくのは、流石は亜美だ。 面白そうな事を考える、天賦の才が備わっている。

そして、早速、一つ一つ絵を選びながら、時代ごとに分けられた小部屋を進んでいく。
最初に意見が一致したのは、『ウルビーノ公夫妻の肖像』だった。
「うふふふ。 これ、面白い。 こっちの男の人の鼻の形が凄いの。」
「いや、これな、鼻の骨が欠けてて、本当にこういう形だったっぽい。」
「え? なんで欠けたの、そんな所?」
「馬上試合の事故で顔の右半分が潰れちまったんだそうだ。 それで左半身が描かれてる。」
「うはっ、聞くんじゃなかった… 笑ってごめんね、おっさん。」
片手をかざして申し訳なさそうな顔を絵に向ける亜美。 こいつと一緒だと、美術品鑑賞も楽しいイベントになっちまう。
そして、次の部屋でも意見の一致を見た。
真の名画は、予備知識無しでもやっぱり人の目を吸い付けるのだろう。
選ばれた絵画は『聖母子と2人の天使』。 フラ・フィリッポ・リッピの傑作だ。
「これは、もう文句なし! 超綺麗だもん、このマリア様。 この眼差し! ゾクゾクするよ!」
「はは。随分気に入ったみたいだな。 リッピは孤児だったから、修道院に入っていたんだが、えらい女たらしだったそうだ。
このマリア様のモデルは、たらしこんだ修道女で、最終的には還俗して結婚までした、ルクレツィアだと言われている。」
「そうなんだ…。 でも、こんな美人じゃ、坊さんが欲情するのも無理ないわ。」
亜美にかかっては、高尚な美術品もこの通り。 だが、ある意味、それこそがこの絵の本質なもかもしれない。
画家の性欲が、絵画に描かれた女性をより魅力的にしているというのは確かに有りそうだ。
亜美の一言で、世界的な名画が一気に身近に感じれてしまい、思わず頬が弛む。

続いて入った部屋は、ウフィッツィ美術館のメイン展示ともいえる、ボッティチェリの部屋。
部屋に入って一瞥しただけで息を呑む。
どの絵画も大きく、迫力があり、そして美しい。
そして、教科書でもおなじみの超有名絵画が2点。 最早、本物の迫力は凄まじいとしか表現できない。
「これ、どっから見たらいいの?」
亜美の台詞はすでに気になって仕方が無い絵があって、他の絵がどうでもよくなった人が、よく発する言葉だ。
そんな時、期待している返答はこれ。
「好きな絵からみたらいい。」
「うん……。」
亜美が真っ直ぐに向かった絵画は幅3メートル、縦2メートルの大きな絵。
どんな人でも、必ず一度は目にしたことがあるであろう、ルネサンスの象徴ともいえる、超有名絵画の一つ。

サンドロ=ボッティチェリ 『春』。



ひたすら、じっとその絵を見つめる亜美。
その前をいくつもの観光客の塊が過ぎ去っていく。
やがて、日本人の団体がやってきて、亜美に気がついたが、一心不乱に絵を見つめる亜美の姿と、一心不乱に亜美の鑑賞の邪魔
をしそうな観光客を見つめる俺の姿の相乗効果で、ひそひそ話しをしながらも、何事も無く通り過ぎてくれた。
ふと、何か聞きたいことが出来たのか、亜美が周囲を見渡し、すぐ隣に俺が立っていたことにいまさら気がついたようだ。
「あっ…」
「ん? どうした」
「あ、うん。 竜児、この絵って、何を描いたものなの?」
「今しがたの日本人団体のガイドが解説していったの聞こえただろう?」
「うん。 結婚式のお祝いって言ってた。」
「おう。 それが有力な説のようだな。」
「それ、絶対に無いと思う…。」
ほう。 面白い。 亜美は一体この絵から何を感じたんだろう?
「どうしてだ?」
「だって、あたしだったら、結婚記念にこれ貰っても嬉しくないよ。 この絵、祝ってくれてるようには思えないもん…。」
「どのあたりが?」
「向かって右側の二人、とてもじゃないけど、結婚式のお祝いって感じじゃ無い。 なんだか、死神から逃げてるように見える。」
「周りの絵を見たって、こんなに不吉な人、描かれてないもの… 同じ画家が、よりによって結婚式のお祝いに特別に不吉に見える
ように描くの? 向かい側のヴィーナス誕生にも同じような人がいるけど、そっちは普通だよ? どうして同じように描かなかったの?
絶対、おかしいよ。」
「なるほどな…」
「あたしの感覚って、変かな…。」
「実はこの絵は、ジョルジオーネの『嵐』、ボッスの『快楽の園』などと並んで、ルネサンス期に描かれた絵画の中でも最も謎めいた
絵画と言われている。 ……いいか、だから、これから言うのは俺の想像であって、学術的な根拠はまるで無いし、この絵に対する
俺の知識もそう多くない中での話だ。」
「うん。」
「俺は、この絵は、死と再生の願い、あるいは、死者の安楽な来世を願って描いたんじゃないかと思ってる。」
「死と…再生?」
「おう。 この絵が描かれたのは1470年代末頃から1482年頃といわれているが、1478年には彼のパトロンで友人でもあった
ジュリアーノ・デ・メディチが25歳の若さで暗殺された。 そして、その少し前の1476年には、中世イタリア最高の美女と言われる、
シモネッタ・ベスプッチが23歳の若さで肺結核で死んでいる。 ボッティチェリは彼女とも友人だった。
画面向かって左端の男性のモデルはジュリアーノの可能性が高いらしい。 そしてその隣の3人の女神の真ん中の人物…」
「横顔の人… 男の人を見つめてるよ…」
「おう。 その女神はシモネッタがモデルではないかと言われてる。 確かに、ボッティチェリが描いた他のシモネッタの肖像画と同じ
髪の色、髪型をしているんだ。 そして、シモネッタとジュリアーノは恋仲だった……。」
「その二人が、この絵が描かれた直前に死んでいる…。」
「そうなんだよ。 それを素直に考えると、これは画面右側は冬から春への移り変わりを現し、中央はギリシア神話でいうエリュシオン、
女神フローラの常春の園で、左側に二人の恋人を描いたように思えてならないんだ。」
「つまり、二人は死んでしまったけれど、あの世でもう一度出会って恋仲になろうとしている、って願いの絵ってこと?」
「おう、そうだ。」「だから、死と再生… もう一度始まる恋…」
「…どうだ? まぁ、学術的な根拠は皆無なんだが。」
「凄い! 竜児、それいいよ! 本当は全然的外れかもしれないけど、亜美ちゃん的には採用!」
「…ははは… いつも一言多いよな、お前…。 でも、どうだ? そう思うと全然違って見えるだろ?」
「うん。 あたし、この絵、ますます気に入っちゃった。 ねぇ、この花柄着てる人がフローラなの?」
「おう。 昨日、キャンドル買っただろ? あれもそうだ。」
「へぇ。 なんか、中央の女神様より目立ってない?」
「真ん中はヴィーナスなんだが、たしかにフローラがかなり目立つな。」
「亜美ちゃん、今度、フローラみたいでしょって言ってみようかな。 いっつもヴィーナスじゃ飽きられちゃうし。」
「相変わらず、謙虚って言葉を知らねーな、お前は… だが、確かにお前って、どっちかって言うとフローラが似合いそうだな。」
「え? それって、どういうこと?」


「冬の間、植物は葉を落としたり、枯れてしまったりするが、春になればまた葉を茂らせ、やがて美しい花を咲かせる。」
「フローラは花の女神だが、死んでしまったものを花に変えて、彼女の庭に住ませたそうだ。 そのイメージもあって、再生の意味
も持っているらしい。 俺のイメージじゃ、お前って、ヴィーナスみたいにいつもキラキラ輝いているってんじゃなくて…」
「な、なによ…」
「つまんねーことでくよくよしたり、必要以上に責任感じてへこんだり、意外と湿っぽい所もあるよな? でも、それでも最後には
復活して、俺のケツを意地悪そうな顔して蹴飛ばしてくれるんだ。」
「………」
「俺は、お前のそういう弱さと、強さ、両方持ってるところが良いと思う。 いつもヴィーナスみたいに輝いているってのとは違うような
気がするんだよ。 まぁ、完璧に猫かぶりされたら、いっつも輝いて見えるかもしれねぇけどな。」
「………」
「冬の間、花が咲かなくても、春になれば最高に綺麗な花を咲かせる。 俺はそんなお前を信じてるし、その、なんだ、あれだな…
なんかやっぱり、こういうのは俺のガラじゃねーな… なんか上手く言えねぇ… 背中がムズムズしてきやがった。 ははは…。」
「………」
「亜美?」
亜美は僅かに横顔を俺から逸らして、長く艶のある髪がその表情を隠す。
「…ほんと。 バカ。」
「は?」
「慣れない事、しなきゃいいのに……。 やっぱり、あんたって大バカだわ…。」
「お、お前なぁ… さすがにそりゃ言いすぎ……」

「……本当、嘘が下手くそなんだから……。」

「へ? う、嘘じゃねー!」
俺に向き直った亜美はいつもの意地悪顔。
「はいはい。 わかったから。 声高いよ、静かにしな。」
「うぐっ…」
「嘘じゃねーのによ…」
「あー、ぐちぐち言わない。 女々しいっつの。」
「…へいへい。」
「それじゃ、そろそろ別の絵も見ようか? この後にはダ・ヴィンチにミケランジェロ、ラファエロにティッツィアーノに、ルーベンス、
レンブラントから、最後の最後にカラヴァッジオ、いずれも西洋絵画を代表する巨匠ぞろいだ、なんでしょ?」
「俺の口調を真似すんのはやめてくれ…。 つか、そんなに何回も言ったか、それ?」
「あたしは女優だよ? 台詞覚えらんなかったら食っていけねーって。」
「そいつはおみそれしたな。 これは下手なことは言えなそうだぜ…。」
わざとらしく、やれやれの仕草をすれば亜美は満足だ。
それこそ、花のように微笑む亜美。

「この次の部屋がダ・ヴィンチの部屋なんでしょ?」
「おう。 いっとくが、『ジョコンダ婦人の肖像』はここには無いぞ。」
「馬鹿にすんなっての。 あれはルーヴルでしょ? 亜美ちゃんでもそのくらいは知ってるっつの。」
「さっき、ダ・ヴィンチ=コードとか言ってたじゃねーか…」
「つか、あんたわざわざ『モナ・リザ』って言わない所がいやらしいって、判ってる?」
「なに言ってる。 今は、『ジョコンダ婦人の肖像』で教科書だって統一だ。 …多分。」
「亜美ちゃん、教科書なんてわっかんなーいもん。」
「お前、いつも都合のいい時だけ馬鹿になるよな……。」

いつもの掛け合いに戻って、俺達は絵画鑑賞を再開した。


………
そして時計は16時00分。
「うっへー… さっすがに疲れたぁー。」
一階出口の売店が並ぶところで亜美がおおきくのびをする。
「連れてきておいて言うのもなんだが、かなり駆け足でハードだったな…。」
「でも、面白かった! 後半、全然意見があわねーの。 やっぱ、男と女じゃ、感覚が違うのかな?」
「どうなんだろうな… もし、そうなら、ぴったっり意見が一致した絵ってのは相当凄いってことなのかな。」
「そうとも限らないんじゃない? たまたま他にいい絵がなかっただけって事もあるじゃん。」
「まぁな。 じゃ、最後に、全体を通して特に気に入った絵はなんだった?」
「もち、エリザベト=ルイーズ・ヴィジェ=ルブラン の『自画像』だね。 クソ長い名前もバッチリ暗記!」
「あー。 すげー気に入ったみたいだったもんな…。 確かにいい絵だ。」
「あとはコレッジョの『幼児キリストの礼拝』でしょ、それに、ティッツィアーノの『ウルビーノのヴィーナス』に、ラファエロの…」
「おいおい。 随分沢山あるな。 ははは。」
「だって、素敵な絵ばっかりなんだもん。 あ、思い出した。 ルーベンスが描いたおばさんの絵も目ヂカラすげーの!」
やや興奮気味に感想を述べる亜美は、すっかり復調した様子で、ようやく俺も安心した。

「でもさ、やっぱり一番ココにきたのは…」
そういって胸を親指で指さす。
「ボッティチェリの『春』かな………。」

「…そうだな。 ルネサンスを代表する絵画だしな。」
「うん。 でも絵自体もだけど……。  ……ううん、なんでもない。」
「? なんだよ。」
「とにかく、胸がキュッってなったの。 それだけ!」
「…そうか。 よくわからんが、感動してもらえたんなら何よりだ。」
「ふふふ。 そうだね… 感動っていうより……。」
「………」
「…おう。」

「……出会えてよかったって、神様に感謝した。」

俺の相槌を待っていたかのように、亜美は雑然とした人の流れを眺めながら呟いた。
「大げさだな、ここにくればいつでも会えるじゃねーか。 あの絵は門外不出だ。」
「くすっ… ふ、ふふふ。 あはははははっ。」
「な、なんだよ。」
「ふふふふっ そうだね。 でも、普通はなかなかフィレンツェにはこれないじゃん? ヨーロッパは遠いもんね。 ふふふっ。」
「そうかも知れねーが… なんだ、なんか馬鹿にされてるような気がするんだが…。」
「してない、してない。 うふふふふ。」
…してるじゃねーか。 いつもの俺をからかう時の顔だぜ…
だが、まあ、そんなことはどうでもいい。
亜美の楽しげな笑顔が復活したことのほうが重要だ。
「どれ、じゃぁ、土産物でもみたら、サン・マルコ広場まで移動だ。」
「どこ、それ?」
「ここからドゥオーモを通り過ぎて10分くらいの所だ。 そこから次の目的地に行くバスが出るんだ。」
「え? 次行くところって、フィレンツェの街中じゃないの?」
「ああ。 そうだ。 バスでおおよそ20分ってとこかな。」
「どこ?」
「フィエーゾレだ。」


こぢんまりしたサン・マルコ広場からATAFのバスに乗った。
残念ながら、16時15分には間に合わず、16時30分発のバスを利用する。
夕食の予約は17時30分にしていたので、着いて少々散策という、当初の予定は無しにせざえるをえない。
時間にルーズなイメージのあるイタリアにあって、フィレンツェのバスは意外に時間に正確なのだ。
「あたし、乗り合いバスってかなり久しぶりかも…」
そんな事を言って、亜美は少し落ちつか無げ。
車窓からフィレンツェの街並みをキョロキョロ眺める姿に、ちょっぴりチワワを連想してしまい、なんとなく頭を撫でたくなった。
でも、そんな事をしたら、お姫様の機嫌を損ねるのは間違いなかったので我慢する。
バスに乗っているのは地元の人半分、欧州や米国からと思われる観光客半分といったところ。
決して穴場という訳ではないが、個人で訪れる日本人観光客はやはり少ないようだ。
10分ほど走るとフィレンツェの小さな市街地から抜け出し、北側の丘陵地に差し掛かる。
風景からたちまち建物が減っていく。
「あー、なんか可愛い。」
山の斜面に立つ別荘を見て、亜美が歓声を上げる。
観光客達は思い思いの方角を指差しながら、何事か歓談している。
バスはちょくちょく止まりながら、その丘陵地を登っていき、乗っているのは疎らになった観光客とおぼしき人々ばかりになった。
「あ、ねぇ、竜児、あそこの建物、すっごい素敵。 なんだろ?教会かな?」
「ああ、あれな。 あれはお金持ち専用のお宿だ。」
「へー。 ホテルなんだ。」
「ああ。 ヴィラ・サン・ミケーレって言うんだ。」
「へ? なんか、聞いたことが………あーーーー!」
「な、なんだ、何事だ。」
「ママとパパが結婚記念日に行く所だ!」
「なっ… さ、さすが本物のセレブは違うな…。」
「すっげぇ、ふっるい建物って… 嫌そうな顔して言うから、まーたパパの趣味で変な所に行ってるんだと思ってたのに……」
…確かに15世紀の古い建物だ。 間違っちゃいねぇ…。
「あんの、クソババァッ! 騙しやがったぁっ!! こーんな素敵な所なら、亜美ちゃん大喜びで着いてくるっつの!!」
…ああ。 なんつーか、川嶋母娘の空恐ろしいやり取りが目に浮かぶ。…
「おそろしく高いぞ。ここ。 一番安い部屋でも日本円で一泊約10万だ。 一番高い部屋だと50万を超える…。」
「ますますムカツク。」
「いや、実はあそこで夕食ってのも考えたんだが、ワイン別で一人198ユーロもするんだよ… ワインも200ユーロを切るような
安いのは置いてないし……スマン、俺には無理だった…。」
「別に竜児にそんなの求めてないって。 つか、帰ったらママを問い詰める。」
「いや…結婚記念日だったら仕方ないんじゃ… お袋さんだって、たまには旦那さんと二人っきりになりた…」
「そんなの関係ないし。 もう、ママったら超ズルイよ。」
いやー、お前とそっくりなんじゃね? とは口が裂けても言えん…。
「ねぇ、もし竜児がイヤじゃなかったらさ、今度ここに泊まってみない? 今度は亜美ちゃんからのお礼ってことで…どうかな?」
ここで意地張って断るのはむしろカッコ悪い。
「お礼されるほどのことはしてないが、それでお前の気が済むんなら、いいんじゃねーか?」
「ほんと? やったぁ! よーっし、じゃ、約束だよ。 いつか絶対に二人でこようね!」
断られると思っていたのか、亜美は予想以上に喜んだ。

そして、ほどなくバスはフィエーゾレの町に着く。
フィエーゾレもまたエトルリア時代から続く町で、その歴史はフィレンツェよりもずっと古く、7000年前には既に人が住んでいた。
町の一番の観光資源である、ローマ時代の遺跡ですら、比較的新しい遺構なのだという。
そんな町の中央広場にバスがほぼ時間通りに到着した。
「いきなりドゥオーモの前なんだー。」
「おう。 40分くらいしか時間が無いが、考古学地区だけでも見ておこう。 ここから50mほどだから、移動時間を差っ引きで
15分くらいは見学できると思う。」
「ちょっとくらいは遅れても平気でしょ? イタリアだし。」
「…まぁ、実際そうなんだが、問題発言だぞ、それ。」
「いいじゃん。 別に記者会見やってるわけじゃねーんだから。 それより、とっとと行こうよ。」
「おう。 そうだな。 こっちだ。」 「ほーい。」



そこには典型的なローマの円形劇場の跡があった。
特に大きなものではないが、よく保存されていて、往時が偲ばれる。
亜美は興味深そうにその中心に立った。
「ここでなにやってたのかな。 ここに立って……」
ぶつぶつ言いながら辺りを見回し、舞台である筈の半径10mほどの半円形のスペースを歩き回る。
「この辺りだね。 ここより前に出ると端の客席から顔が見えなくなっちゃうし、横の動きが小さくみえちゃう。」
プロの視点である。
「ねぇ、竜児、観客席から見てみてよ。 竜児一人だけの為の舞台だよ。」
考古学地区は見学終了時間間際で、俺達以外の観光客はもう見えない。
「何するつもりだ?」
「ちょっとした寸劇。 えーっと、何にしようかな… ん、じゃぁ、怪しい占い師。」
「は? なんだそりゃ。」
「いいから、竜児は観客。 そこに座って見てて。」
そう言うと、亜美は寸劇を始める。
恐らく、以前に似たようなのをやった事はあるのだろうが、寸劇だから、基本は即興だ。
たった4〜5分で終わるそれは、なかなかコミカルで楽しいものだった。
そして、それ以上に、演技をする亜美の姿が美しく見える。
本人はどちらかと言えば、裏方のほうが好きだと言っていたが、やはり、演技に関する天賦の才はあるのだろう。
なにより、人を惹きつける不思議な力を感じるのだ。
亜美のそんな姿を見るたびに、俺は怖くなる。
俺の存在が、亜美の未来を塞いでしまうことになりはしないかと。
俺の為と思えば、亜美は自分の望みとは関係無しに女優を辞めてしまうだろうから…。

そうこうしていると、仏頂面の管理人がやってきて、時間だから出て行ってくれと言われる。
時計を見れば17時20分を過ぎていた。
急いでバス停のある中央広場へ戻り、そこから丘の上のサン・フランチェスコ修道院へと続く坂道を登った。
若干傾斜のきつい石畳の坂道を、二人手を繋いで登っていく。
その坂道の途中には展望台となっている小さな広場があり、そこからはフィレンツェの街が一望できる。
その展望台のすぐ傍にあるのが、予約していたリストランテだ。
到着はほんの少しだけ予約の時間から遅れてしまった。
「ねぇ、あたしの格好、大丈夫? ちょっとラフ過ぎるかな?」
「いや、リストランテっていっても、そこまで格式ばっている所じゃないから気にすんな。 だが、ボタンはもう一個してくれ。」
胸元が刺激的過ぎるので、これ幸いにと自重を求める。
男として、惚れた女の乳房が半分とはいえ、しょっちゅうチラチラ見えては健康によろしくない。
「うん。 ちゃんとする。」
亜美は上手いこと騙されて、きちっとボタンをしてくれた。

店員に案内された俺達の席は、一番窓よりの眺めのいい席。 他の席とも少し離れていて、とても雰囲気がいい。
「コースが幾つかあるが、どれがいい? 肉系と魚介系があるが、どちらかと言えば肉系がお勧めだ。」
「あんまりクドくないのがいい。 まだ、ちょっと…。」
「わかった、じゃ、タラの蒸し煮をメインにしたコースにしよう。 パスタは若干肉が入るが、そこは我慢してくれ。」
「うん。 ありがと。」
「それで、ワインなんだが…。」
「大丈夫。 あたしは平気。」 
「…本当か?」
飲ませないほうがいいのに決まっているんだが、やはり雰囲気的にもワインはあったほうがいいのも間違いなかった。
「グラスワインってできないの? それだったら飲みすぎなくていいんじゃない?」
「おう。 聞いてみるか。 もし、オーケーなら、モンテプルチャーノ・ダブルッツォのロゼにしよう。 魚にも肉にも合うからな。」
「うん、名柄はお任せ。」

数分後
結局比較的安価なモンテプルチャーノはグラスでは頼めず、ティニャレッロなら出来るという。
750mlで250ユーロの高価なワインだが、たまたま口が開いているのがあったらしい。
昨日空けた物なので、若干風味は変わっているとの事だったが、その分安くなった。
「すまん。 赤になっちまった…。」
「ま、いいんじゃない? 魚料理には白って決まってるわけじゃないでしょ? ところでさ、グラスワインでもテイスティングって
できるの?」
「どうだろうな。 リストランテを名乗るくらいだから出来てくれないと困るが…。 今回はもう空いてるやつだから無理だろ。」
「そっかー。 あれ、カッコいいよね。 女がやっちゃダメなのかなぁ… 亜美ちゃんもやってみたい。」
「意外だな。 経験ないのか?」
「いっつも家族で食事いったりしてもパパがやるから。」
「別に女がやっても問題ないぞ。 っていうか、ワインを選んだ人がやるのが常識だ。」
「それもそっか… じゃ、あたしが選べば、あたしがやっていいんだ。」
「だな。 っと、前菜が来たようだ。」
前菜がテーブルに置かれるのと同じくして、ソムリエらしき人物がワインを持ってきて、俺のグラスに少しだけ注ぐ。
どうやらテイスティングもさせてくれるらしい。
今まで亜美が、それを羨ましそうに見てたのには気がつかなかった。 意外に見てるようで見てないもんだな、と思いつつ、
俺達は今回の旅行最後の夕食を開始したのだった。

食事をしながら、亜美はちょくちょく窓の外に目を向ける。
夕焼けに染まるフィレンツェの遠望はこの上なく美しく、ロマンティックだ。
手前には糸杉やオリーブ畑の緑が広がり、所々に白い壁にオレンジの屋根のヴィッラがアクセントを添える。
アルノ川を挟んで視界の奥に広がるフィレンツェの市街地は夕日を受けてオレンジ色の宝石箱のようだ。
それが沈む夕日の色に合わせて、刻々とその表情を変えていく。
「…どうだ?」
「うん。 凄く美味しいよ。 それに、この景色、綺麗…。」
「フィレンツェの街中もいいが、こうして外から眺めるってのもおつだろ?」
「うん。 あたし、この景色、忘れないよ…。」
「…竜児と一緒に見た景色だから…忘れないように、しっかりと目に焼き付けておかなくちゃ。」
今にも壊れてしまいそうな薄い笑顔。
いつも俺の胸を締め付けるあの顔だ。 夕日の茜が、亜美を感傷的にさせているのだと思いたい。
しかし、俺の頭には昨夜の亜美の言葉がリフレインしていた。

「傍にいちゃいけない」

何となくだが、その気持ちが理解できた。
まさに俺がいつも感じていたことを、亜美もまた、違った立場で感じていたのかもしれない。
心のどこかで、自分が相手にとって重荷になってしまうと思っている。
好きだけど、いや、好きだからこそ、一緒には居られない。
何よりも大切な人だから、その幸せを心の底から願うから…
そんな、想い。

きっと、限りなく正しくて、
そして、限りなく間違った…
想い。


日がすっかり沈むと、街から遠いこのフィエーゾレには、フィレンツェよりも暗い夜が訪れる。
食事を終えて、通りに出る。
ごく小さなこの町では人通りなどあるはずもない。
観光客も、夜に訪れるのは少数派だ。
フィレンツェを望む絶景を見るために、サン・フランチェスコ修道院に向かう階段を手を繋いで昇っていく。
いつもの掛け合いを楽しみながらも、頭の隅で考えていた。
人を好きになることが素晴らしい事だというなら、どうしてこうも苦しいのか?
俺はただ、こいつの悲しい顔なんか、泣き顔なんか見たくないだけなのに。 何故、こうも上手くいかない?
いや、表面上は上手くやっている。 一緒に食事をして、買い物をして、映画を見て、愛し合って…。
恋人でいるなら、これでいい。 たぶん、最良の関係を築けていると思う。
けれど、これから先の事を考えると判らなくなる。
本当に俺達はこれでいいのか、と。

しかし、今は迷っている時ではない。
あの日、俺達の前から去った亜美はどれほど悲壮な決意をしていたのだろうか。
せっかく手に入れたものを、手に入れることができる筈だったものを、亜美は全て捨て去って、背を向けた。
おそらくは、俺と、櫛枝と、大河との『できあがった関係』を崩さないため…
…自分のいない世界を守るために…自分を殺した…。
ここで俺が揺らげば、亜美は、いつまた同じ決断を下すか判らないのだ。
だから、今の俺が考えている事を素直に伝えるしかない。 

「すごい…… オルヴィエートの夜景も凄かったけど、これは別格だわ…。」
サン・フランチェスコ修道院の前庭から見るフィレンツェの夜景は素晴らしかった。
修道院の施設がまるで絵の額縁となったように、遠くに光る街の明かりを切り取っている。
「夜のこういう建物ってさ、オオカミ男とか、ゾンビとか出てきそうで気味悪かったけど、竜児と一緒だと素敵に見えちゃう。
んふふっ。 なんだか不思議だね。」
「確かに古い修道院といえば、ホラーの宝庫だな。 実際、昔の聖人の骨なんかが無造作に置いてあったりする。」
「でも、今夜はすっごい素敵な場所だよ。」
「そりゃなによりだ。 喜んでもらえたなら、連れて来たかいがあるってもんだ。」
「あ、こっちこっち。 ほら、あれ、ドゥオーモのクーポラじゃない?」
「そうかもしれねぇが、ちょっと木が邪魔だな…」
「ねぇ、さっきの展望台ならよく見えるんじゃないの? 行ってみようよ!」
「おう、わかったから、そんなに慌てるなよ。」
「いいから、早く!」
駆け出しはしないが、いそいそと歩みを速める。

そして辿り着いた展望台は、果たしてフィレンツェの街を余すところ無く望むことが出来た。
限りなく黒に近い群青色の空。
東の空にある、つぶれた団子のような月はまだ黄色がかっていたが、それに照らし出された雲は鈍い白に輝いている。
黒と黒で描かれたアルノ川の細長い扇状地に多数の光が連なり、人の営みを示す。
その光からは、美しく広大な自然の中にあって、人の作り出した美しさも相当な広がりを持っていることがわかる。
そして、その瞬く光の花園の中心に、まるで蕾のように、サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂のクーポラがあった。
さっきまでは饒舌だった亜美も今は静かにその景色に見入っていた。
こうなると、一気に大人の女の雰囲気に変わる。
モデル業が染み付いているのか、頭の天辺から、爪先まで、その動きは洗練されていて、美しい。
何も言わず、静かにその隣に並ぶ。
微かに触れた腕に、やがて温もりと、微かな重みを感じて…

はたして、どれくらいそうしていたのだろう。
月はすでに蒼くなっていた。

「隣にいるのがお前で、本当によかったと思ってる…。」

自分でも思いがけず口からこぼれ出た台詞。
それは、理性が訴えるのとは矛盾した気持ち。 幼い、感情。
こいつの隣に立っているのは、いつも俺でありたい、そんな我侭な… けれど正直な俺の『本当』の気持ち。

「誰かの手を引いたり、誰かの背中を支えたり。 そういう関係もあるだろうが…」
「今の俺は、自分の足でしっかりと歩いていきてぇと思ってるんだ。 だから、支えて助けてくれる人よりも、一緒に隣を歩いて
くれる相手が欲しい。 いつもくっついて支えあうんじゃない。 傍で見守り続けてくれる相手が、欲しい。」
息を呑む気配。
「お前、前に言ったよな。 俺達は対等だって…。 それから、こうも言った。 俺の一歩前を歩いていくって、よ。」
「思い…出したんだ…。」
「いや、『覚えて』いたんだ。」
「そう… あたし、口ばっかだね。 全然、前なんか歩いてない。 今にも置いていかれそうだよ…」
「違うだろ、お前だってちゃんと前に進んでるだろう? お前、今の仕事、好きになってきてるんじゃねーか?」
「………」
「もう、簡単に辞めるなんて言えない位には、好きなんだろ? 役者ってやつがよ。」
答えは無い。
ただ、風に乗って届く都会の音が、微かな地響きのように聞こえてくるばかりだ。

やがて亜美は一つ大きな溜息を吐くと、場違いなくらい明るい声で答える。
「…やだな… 高校の時と立場逆転しちゃったね。 …なんでもお見通しってやつ?」
「あの頃は俺も餓鬼だったよ。 ま、今もそんなに変わらねぇけどな。」
「竜児の言うとおりかもね。 あたし…」
声とは裏腹な切なげな表情。 だから、その先は言わせない。
「それでいいよ。 ちゃんと自分の夢に向かって俺達は歩いていく。 それぞれの足でな。 それでも俺はそんなお前をずっと
見ていたいし、もし、お前が転んだら… その時は……」
「その時は?」
「起してやる。 お姫様だっこでな。 …だから、俺がすっころんだり、鴨居に頭ぶつけてぶっ倒れたら、…お前が起してくれ。 
その、…できれば優しく、な。」
「………」
「………」
「ぷっ。 くっくっくっ……」
「…なんだよ…。」
「せっかくかっこよく決めたのに、なんで最後でヘたれるの?」
「なんでって、お前、いつもめちゃくちゃ手厳しいじゃねーかよ。 俺はこんな面してるが、ガラスのように繊細なんだよ!」
「あはははははは。 ははっ…ガラスのようにって、あははは。 自分で言う? そういうの。 あははは。」
「…事実だ。」
「ぷっ。 なにふくれてんの? あははは。 かっわいー。 あはっはははっ……… 」

涙が出るほど笑う亜美。
少し無理やり感がある笑い声は暫く続いて…



急に笑い止んだ亜美は俺の首に手をかける。
「できたらいいね。 そういうの。」
「やるんだよ。 少なくとも、そう在りたいと努力するんだ。 …二人でな。」
「そうか…。 そうだね。」
「そうだよ。」
「ふふふ。」
微笑む亜美の唇を奪う。
最初は軽く触れるだけ。
「竜児。 さっきの言葉、あたし信じてみる。 …竜児はこんなあたしのこと、本当に必要としてくれてるんだね…。」
「それはな、俺が生まれてから今まで質問されたなかで一番の愚問だぞ。」
次の口付けは舌を絡めて。
呼吸が苦しくなるほどに求め合う。
ようやく唇を離したら、狂おしいほどに抱きしめたくなる。
フィレンツェの街を彩る光の渦が、亜美の背後に広がり……嗚呼、まるでそれは女神を讃える星々の様だ。
その美しさに、逆に囚われていたのかもしれない。
俺が求めたのは亜美の美しさではなかった。 その内面にこそ心を奪われたのに。
昨日まで、その事実を俺は見失っていた。
こいつが女優だろうが、世界中の人々から愛されていようが、そんな事は関係ないじゃないか。
臆病で、寂しがりやで、不器用で、いつも自分から外れくじを引きたがるこいつの事が俺は好きなんだ。
大切で、大切で……ずっと守ってやりたいんだ。
だから、これからのことも一生懸命考えるしかない。
どんなに困難でも、俺にはこいつのことを諦めるなんてことはとても出来そうにないから。
すこしづつ伝えていこう。 俺の想いを。
すこしづつ近づけていこう。 二人の道を。

そうして、何度も、何度もキスをする。
まるで何かに取り付かれたように。
少しでも俺の想いが届きはしないかと、深く、激しくキスをする。
性器のつながりは無くとも、それは正しく交尾と称するに相応しい交わりだった。
時折唇が離れても、亜美が声を上げる暇は無い。
あえぐように息をするとまた、激しく唇を奪う。
背中に爪を立てていた亜美の手が、力をなくして俺の背を滑り落ちていった。
…そして
いまにもその時が訪れてしまいそうになった時、亜美は、強引に俺から体を離す。
とろんと欲情した顔。
しかし、彼女なりのプライドなのか、達するのを拒絶した。
だが、かえって艶っぽい。
不規則に震える体、荒い息、頬に張り付く髪。
「…ねぇ…ここじゃ…いや…。 ホテルに戻ろう?」
ようやく口にした言葉も、蕩けそうに甘い声だ。
正直、服を引き剥がし、このままクローバーの絨毯に押し倒してしまいたい衝動に駆られた。
だが、ここは公共の場で、イタリア警察はそういうことにはすこぶる厳しい。
「…お、おぅ。」
あ。 俺も声が震えてる。 こりゃ、ちょっと休まないとダメかもしれない。
時計を見る。
いつの間にか、時計の針は22時を指そうとしていた。

残念ながら、休むのはバスの中にしよう。 22時を過ぎるとバスの便数が半分以下になる。
15分刻みだったのが、30分刻みになり、やがて一時間刻みになるのだ。
大急ぎで中央広場に戻り、なんとか22時のバスに飛び乗ってフィレンツェに戻った。
フィレンツェ行きのバスはガラガラで、フィエーゾレを出る時には俺達以外には老紳士が一人乗っているだけ。
わびしいバスの車内灯が寂しさを加速する。
そんな、うらびれた雰囲気も俺達に似合いな気がした。
「なんかさ、駆け落ちでもしてるみたい…」
亜美も同じ事を考えていたのか、苦笑いを浮かべて言う。
「おう。 芸能記者の追跡をかわして逃れる、川嶋亜美と若頭だ。」
「ぷっ。 それじゃ、三流ドラマだっての。」
「…そうか? うーん…脚本家はできそうにねぇな…。」
「春田くんの方がまだマシだね。」
「よりによって春田かよ… せめて能登にしてくれ…。」
「それ、能登くんに失礼っしょ?」
「……散々だな、おい。 言うんじゃなかった。」
そんな毒舌を吐きながらも、亜美は時々体を摺り寄せてくる。
まるで甘える子犬のように。
時折触れる柔らかな膨らみは、その先端がはっきりそれとわかるくらいに硬くなっている。
女性の性感は、肉体的なそれよりも、精神的な部分に大きく影響されると聞いたことがあったが、どうやらまんざら出鱈目
という訳でもないらしい。
亜美は、すっかり体が出来上がってしまっているが、一生懸命欲情に流されないよう耐えている様子だった。

そして、サンタ・マリア・ノヴェッラ駅につくまでの27分間、亜美はなんとか、その劣情に耐え切ってくれた。
駅からホテルまでは5分程度。
幾分か気温が下がり、少しばかり肌寒く感じられるフィレンツェの夜は、こんな時間でもまだ賑やかだ。
まだ沢山の人がうろつく広場を横切って辿り着いたホテルのフロント。
そこにはとんでもないサプライズが待ち受けていた。
たしかに部屋を交換するとは聞いていた。
だが、フロントで渡された鍵は…『Bellavista Suite』
最上階にある、いわゆるハネムーンスイートだった。 もちろん高い。 というより、普通には予約すらできない特別な部屋
である。
ホテルのフロントのべったりとした色男は亜美をチラ見して、片眉を上げる。
高額なその部屋には泊まれないが、スイートに泊まりたいという客でも居たのか。 空いている部屋を埋めて、一組でも
多く客を入れるのは、部屋の回転率勝負のホテル業では当然の事だが、そこで有名人をいい部屋に泊めてやろうという
打算が働いたのだろう。 
もちろん、宣伝効果を狙ってだ。 どこかで亜美が喋ってくれれば儲けもの、という腹なのだ。
ホテルにとっては打算の産物でも、俺達にとってみれば、純粋に嬉しい出来事。
イタリア語はまだ片言の亜美だが、それでも部屋が変わった事は聞き取ったらしい。
「なんなの? トラブル? ダブルブッキングとかじゃないでしょうね。」
「いや、トラブルというか… むしろ、いい話だ。」
とっさに説明に困っていると、キスシーンを堪能していただいた件のボーイが何食わぬ顔でまた俺達を案内し始める。

「…最上階。」
「おう。 部屋がアップグレードした。」
「まじ? 超ラッキーじゃん。 やっぱダブルブッキング誤魔化したんじゃね?」
とことん性悪説な所が亜美らしい。
そして部屋に着くと、亜美はすっかりご機嫌になった。
フィレンツェには建物に高さ制限があって、大きな建物が建てられない。 多くのホテルはどんぐりの背比べ。
そして、俺達の案内された部屋には広々としたオープンテラスがあった。
つまり、キャンドルライトがゆらゆらと照らすそのテラスからは、フィレンツェの街並みが360°見渡せるのだ。


今回、例のボーイはチップも貰わずに、そそくさと出て行った。
早速お楽しみください、と言わんばかりの微笑を残して。
無理も無い。
亜美が放出するフェロモンは半端じゃなかった。
エッチしたいオーラが全身からみなぎっている感じ。
「あー。 つっかれたー。 なんだかんだいって、今日も楽しかった。 竜児のお陰だね。」
そう言って、そのままソファーにドスンと沈む。
だが、その目線も、声も、仕草も、いちいち色っぽい。
俺はといえば、そのあまりの色気に我を忘れてしまいそうで、インテリア観察に逃避していた。
インテリアは…どれも素晴らしい。 それぞれが上手く調和して、現代風の部屋に適度な風格を与えている。
よほどセンスのいいスタッフが居るに違いない。 これなら、少し落ち着けそうだ。
亜美はそんな俺の心理はとうに見透かしているのだろう。
「さて、バスルームはどんなかなぁ?」
独り言じゃない独り言を言ってそれらしいドアを開く。
「うわぁ、すっごい! 竜児、天井が全部ガラス張りだよ! すっげーゴージャス!」
「おおぅ。 こいつは…」
「ねぇ、あたし先にお風呂入っていいかな?」
俺に落ち着く時間をくれるつもりらしい。
「おう。 いいぞ、ゆっくり疲れを癒してくれ。」
「じゃ、おっさきー。」
そうして、亜美がバスルームに消えた直後。
突然のノックの音。
「なんだ? ルームサービスは頼んでいないし… 」
ドアを開けると、先ほどのボーイが立っていた。
曰く。
部屋を突然入れ換えて、迷惑をかけたので、サービスということだが…
もって来たのはこれまたセンス抜群の食器に一山のイチゴ。そして、フェッラーリ・ロゼ。 値段の割には素晴らしい味わいの
イタリアを代表するスプマンテだ。
その素晴らしいプレゼントを見ていると、どういうわけか、無性に亜美の体が見たくなってきた。
映画なんかじゃ、大抵こういうアイテムがあると、大人の女が色気たっぷりにイチゴをくわえ…
いかん…俺って変態か? それとも既に亜美の魔力で正気を失っているのか?
もう一度、インテリア観察に意識を向ける。
だが…
今度は唇からサクラ色の液体を溢れさせる女の口元が頭に浮かぶ。
…だめだこりゃ。
認めちまおう。
俺もとっくの昔に欲情しちまってるんだ。
亜美の体が欲しくて欲しくてたまらない。
大河風に言うならば、今の俺は盛りのついた馬鹿犬ってやつだ。
この二日、連続で交われなかった。
ぶっちゃけ溜まってる。
そのうえ、フィエーゾレでの熱いキス。
目を閉じれば、シャワーのお湯が亜美の真っ白な体を滑り落ちる光景しか思い浮かばない。

そしてその妄想に囚われた俺は、服を脱ぐのも忘れてふらふらとバスルームに進入したのだった。



「え? なに… 竜児…」
「………」
「…イチゴ?」
しまった。イチゴを持ったままだった。
「お、おう。」
「どうしたの、それ。」「なんか、ホテルからのサービスらしい。」「へぇ… ラッキーじゃん。」
「………」
「ど、どうしたの?変だよ?」
「いや、お前、やっぱりめちゃくちゃ綺麗だよな…」
薄暗くムーディな部屋の明かりと違って、バスルームの照明は煌々と白い大理石を照らし、その中に立つ亜美の肉体を
これでもか、というくらいに鮮やかに見せる。
「…だめだ。 もう我慢できねぇ…」
俺はイチゴを洗面台に置くと、真っ直ぐ亜美に抱きついた。
慌ててシャワーを止める亜美。
「ちょ、あんた、服!」
そんなの、気にしている場合じゃない。 
亜美を抱きしめる。 亜美がなにか騒いでいるが、もう聞こえなかった。
「亜美。 お前を見せてくれ。 もっと、もっと、近くで、全部、何もかも… お前の全てが見たい。」
ぎゃーぎゃーなにか騒いでいた亜美が、急に大人しくなる。
「なんなの? もう。 いっつも見てるじゃん…… はぁ… いいよ。 どうすればいい?」
「そのまま、そのままじっとしていてくれ…。」
「…うん。 でも、せめて服…ってもう遅いね…びしょびしょだよ…」
少し呆れ顔の亜美。
長い黒髪は深く艶のある、蒼さすら感じさせるほどの漆黒。
細く、繊細で柔らかい髪は濡れて白い肌に張り付いている。
美しい眉は殆ど手入れしなくてもいいから楽だと言っていた。 額にかかる髪をよけながら、親指でその眉をなぞった。
そのまま手を美しくシャープな顎の線に添って滑らせる。
頬は柔らかく、しかしスッキリとしていて、精悍な印象を受ける。 本人はいつも可愛いを連呼するが、明らかに美人顔だ。
大きな目は、千変万化に表情を変える。 はっきりとした二重瞼につけ睫毛かと思うほどの長い睫毛。
日本人としてはやや彫りが深いが、外人のようなゴツゴツとした印象は無い。 まさに絶妙のさじ加減は神にのみなせる
技だろう。すっと通った鼻梁も、顔の中でのバランスを最優先できめられたかのよう。
そしてその唇は…
「ちょっとその目つき、自重してよね。 今日見たカラヴァッジオのメドゥーサより怖いって…亜美ちゃん石になっちゃーう。」
こんな毒舌を吐くなんて想像さえできないほど、美しい。
そして細く長い首筋も、鎖骨のくぼみに溜まるお湯の煌きも、吸い付くような柔らかい肌と相まって、完璧な造形美を成して
いる。 肩から、二の腕に続くラインも無駄が無く、細くも太くも無い見事な曲線美で構成されている。
そして、少し視線を下げると、そこには女性美の象徴のようなふくよかな乳房がある。
全く形が崩れない半球形のそれは巨乳というには小さいが、十分に豊かで、それでいて全身のバランスを崩さない程度の
大きさ。 そして、その先端を彩る、やや褐色がかったピンクの乳首は明らかにその体積を増やしていた。
明らかに何らかの刺激を期待しているその器官に、視線だけを送る。
亜美は少し落ち着かなくなってきた。
「竜児、なんか変な気分だよ… あんまりじっくり見ないで… ここ明るいし、ちょっと恥ずかしいよ。」
いつもは堂々と俺に裸を見せつけてからかうくせに…。
亜美の言葉は無視して、その滑らかな肌を凝視する。
その美しい体に手を這わせれば、吸い付いてくるような柔らかさ。
美しく見せるために鍛えられた体は、筋肉質でありながら適度な脂肪をのこし、女性らしさを少しも失っていない。
きゅっと締まった腰は、おそらくはカタログスペック通りで、同じ数値の筈の他のタレントとは明らかに細さが違う。
そこから安産型というのか、やや張り出した腰骨へ向かう曲線の悩ましさよ。
この付近の曲線美はどんな男でも虜にしてしまうであろう。
俺は、膝をつき… 顔を近づけ… 縦長の可愛らしい臍へとキスをする。


一瞬、キュッと腹筋が引き締まる。
頭上では乳房がゆらめき、微かに息を飲み込む音。
「ね、ねぇ、竜児」
「すまん、もう少し…」
「う、うん…」
臍から下腹部へと俺の顔は降りていく。
なだらかな曲線を描く下腹部も、亜美の特別に美しい場所の一つだ。
下腹がでっぱっていると、さほど太っていなくとも、全体の印象として、たるんだ体に見えるものだ。
しかし、亜美のそこは緩やかな曲線を描きつつも、少しもたるんだ印象もなく、まるでアスリートのよう。
それでいて、女らしい柔らかさを保っている。
そして胴体の終わりには、美しきヴィーナスの丘が待っている。
小高く盛り上がったそこは、これだけ痩せているのに、なぜこうもピンポイントで脂肪が集まるのだろうと、不思議に思わず
には居られない。
とろけてしまいそうなくらいに柔らかいそこ。 鬱蒼とした茂みに覆われたそこ。
「竜児、やめて、恥ずかしいよ…」
そういって、軽く開いていた足を閉じようとする。
太ももに手をやって、それを阻止しつつ、更に顔を近づけた。 鼻先が触れそうなくらいに。
「いや… あんまり見ないで……だって、その……あたしのって、…変じゃない?」
「はぁ?」
突拍子も無い問い掛けに、思わず変な声をあげて、顔を離した。
何を今更言ってるんだ? っていうか、何が変なんだ?
「変って、なにが?」
「そ、その…」 「おぅ。」 「そ、その…」 「おぅ。」
「……ちょっと、毛深いっていうか…… あと、もっこりしてるし……」
「はぁ? そんなの、別に変でもなんでもないだろ。」
「だ、だって、他の子と比べて…」
「あのな、俺はお前しか抱いたことがねぇ。 これからも他の女を抱く気はねぇ。 だから、他の女なんか心底どうでもいい。」
「…う、うん。」
「それにな、毛なんかあって当たり前なんだからそれが多かろうが少なかろうがたいした問題じゃない。 もっこりしてるのは
女の骨盤はそもそもそういう形をしているんだし、出産の時は有利だ。 それに骨盤がちゃんと閉まっている証拠だぞ。 健
康には必須といってもいい条件だ。 歩行に関わるからな。 さらに、セックスのときは柔らかくてすげー気持ちいいんだぞ。
そもそも古来から…」
「竜児。」
「…なんだ?」
「うぜぇ。 超うぜぇ。 このタイミングで薀蓄始まるとは夢にも思わねっつーの。」
台詞は厳しいが、今にも笑い出しそうな顔と声。
「おぅ? す、すまん。 つい…。」
「だめだね、こりゃ、きっと死んでもなおらないわ… うふふふふ。 でも、 そっか。 気持ちいいんだ…」
「おう。 お前のあそこはぷくぷくして、キュッとしまって、うにうにして、最高に気持ちいい。」
「あのさ、うれしいんだけど、もうちょっと何とかならないの? 表現。」
「…俺はそんなに口は上手くねーんだ… これでいっぱいいっぱいだよ。」
「じゃぁさ、今度特訓してあげるよ。 どうやって亜美ちゃんを口説いたらいいか。 そして、セックスする度に亜美ちゃんの事を
褒め称える…っつ」
口では当然勝てるわけもないので、攻撃に出た。 股間に顔を埋め、一番敏感な場所を舌で探す。
「って、奇襲攻撃かよ、ずるっ っふぅ あっ」
「おう、実力行使だ。」
そう宣言して俺達は本格的に交戦状態に突入した。



広めのバスタブ、お湯は4分の一くらいたまっているが、そこに亜美を押し倒す。
ばちゃばちゃと水音を立てながらの格闘戦。
「あぅ…」 「はっ」 「んあっ」 「ふうっ…」
亜美が時々喘ぐ。 緒戦は俺の圧倒的優勢だ。
「ちょ、ずるいっ。 あああっ」
乳房を揉みしだかれ、さらに股間も揉まれて、亜美が不規則に体を震わせる。
「こ、このっ」
反撃を試みるも、俺の圧倒的優勢は揺るがない。 亜美はすでに、体の全部が性感帯といっていほど出来上がっていた。
「もう、ずるい! 服ぬげっつーの、このおばさん男!」
はっはっはっは。 いくら罵られようが、勝ったほうが正義だぜ。
すっぽんぽんの亜美と、普通に服を着ていてしかもびしょびしょなので非常に脱がしづらい俺。

自ずと勝者は知れている。
やがて亜美は殆ど抵抗も出来なくなって、ただ喘ぐだけ。 激しく愛液を吹きだして、あえなく轟沈した。

相当具合がよかったのか、亜美はそのまま10分ほど復活できずにぐったりしていた。
その隙に、俺は一旦部屋に戻ってフェッラーリ・ロゼの栓を抜き、服を脱いでバスルームに戻る。
ぐったりしている亜美は俺の姿を見ると頬を膨らます。
「…ずっるい。 超ずっるい。」
「ははは。 悪かった。 第二ラウンドは正々堂々やろうぜ。 だが、その前に、コイツを楽しもう。」
コップはあえて持ってこなかった。
洗面所に置いたイチゴを一つ、亜美の唇に運ぶ。
亜美は未だに不機嫌に膨れているが、二度ほど唇に押し付けてやると、ようやくイチゴを咥えた。
それから、たっぷりともったいつけてイチゴを齧る。
コレだよ、コレ。 流石女優、と言わざるを得ない。
映画のワンシーンを見るような、実に色っぽいイチゴの食べ方。 特にリクエストしたわけでもないのに、何気にやってしまう
辺りがすげぇ。
そしてボトルから直接喉にスパークリングワインを流し込む。
当然のように、唇の端から溢れ出たサクラ色の液体が、泡を立てながら、喉を流れ、胸に辿り着く。
コレだよ、コレ。 流石女優、と言わざるを得ない。
映画のワンシーンを見る……って、さっきも言ったな…。 
何も言わなくても心のリクエストに答えてくれる辺りが亜美の凄いところだ。 喜ばせ方を良く判っている。
「どうせ、こういうの期待してたんでしょ? もう、ほーんと男ってアホなんだから。」
「ハハハ…すまん。」
「ん、でも、このイチゴもシャンパンもすっごい美味しい。 竜児も試してみなよ。」
「おう。 そうだな、俺も頂くとするか。」
「あ。 あたしが食べさせてあげる。」
俺の手から素早くイチゴを奪うと… 咥えやがった…。
「ん。」
「んって、お前…」 「ん!」 「はいはい…」
当然唇が触れ、キスになる。
「次はシャンパンね。」 「スプマンテだ。」 「細かいなぁ。 おなじっしょ。」
「ん。」
まぁ、予想通りだ。 亜美のやつ、自分の口に含みやがった…。
「ん!」 「はいはい…」
今度はキス以外の何者でもない。

こうして、典型的バカップル状態に陥った俺達は暫くバスルームで戯れたのだった。




………
そして日付が変わって1時間後。
第二ラウンドを終えて、亜美を抱えるようにしてバスタブに横たわる。
天蓋はすべてガラスで、フィレンツェの夜空につぶれた団子のような月が蒼く光る。
「月だ…」
「だな。」
「綺麗だね。」
「だな。」
「前に、竜児のこと、月に例えたよね。 覚えてる?」
「ああ。 お前の別荘行った時だよな。 覚えてる。」
「あの時は、こんな関係になるなんて思えなかったな… たぶん、望んではいたのかもしれないけどね。」
「…お前… あの時から?」
「どうなのかな……自分でも本気だったのか、わかんないの。 でも、多分、本気だったんだろうね。」
「………」
「わかってなかっただけでさ。 バカだよねぇ…」
「そんなもんだろ… あの頃は俺だって自分の気持ちなんか…、恋だったのか、憧れだったのか。 …よくわかってなかったさ。」
「だがな、今はわかってる。 はっきりと。」
顔を上げた亜美と逆さに見つめあう。
「もう、離さねーぞ…。」

そうして、俺は抱きしめる。 絶対に離さない。 この手は二度と離さない。
「……ありがとう…竜児…。」

「ねぇ。」
「ん?」
「第三ラウンド行ってみる?」
「……元気だな。」
「だって、二連敗なんて、亜美ちゃんのプライドが許さないもん。」
「しかたねぇ… 受けて立つか。」


* * * * *


「くあっ」
大きな乳房が激しく揺れる。
俺のペニスを根元まで咥え込んだヒダが怪しく蠢く。
クリトリスは痛々しいくらいに赤く腫れあがり、僅かな刺激でも、激しく体を震わせた。
本日の第三ラウンド。
どうやら亜美は戦闘不能寸前。
今日も3連勝のようだ。
「あっ、あっ、あっ… あぁーーーっ」
普段はあまり大きな声は出さない亜美だが、本格的に駄目になると、とことん乱れる。
ストロークの度に甘い声を上げ、ついに絶叫した。

俺の安アパートのベッドをびしょびしょにしたのは殆どが亜美の体液だった。
俺の下で大きく足を開き、腰をひくひくさせて横たわる亜美。 時々からだが跳ね、胸がたゆんと揺れる。
この姿を見ていると、俺は更に亜美に突き刺したくなるが、ここは武士の情け、優しく抱きしめてやろう。

暫くして、ようやく口がきけるくらいに回復した亜美。
「……トータルではまだあたしの勝ち越しだからね。」
負惜しみを言う。
実際、付き合い始めた頃は一方的に俺がいかされまくっていた。 だが、最近、亜美の弱点がわかってきて、かなり優勢に
戦えるようになっていた。

「でもよぉ… 結局、フィレンツェにいても、俺の部屋に帰ってきても、あんまりやってる事かわらねえのな…」
「確かに、昨日はやりすぎた。 ちょっと勿体無かったかも……。」
「だよな。 流石に7連続は疲れたぜ。 せっかくのハネムーンスィート、もっとエレガントに…」
「あんたが言う? あんたが止めないからでしょうが! 亜美ちゃん、干からびるかと思っちゃったよ!」
「お、おぅ… すまねぇ。 だ、だが、お前だって、途中までは、リベンジとか言って乗り気だったじゃねーか。」
「最後の二回は余計だったの!」
「そ、そうは言うが、リアルタイムじゃ、お前文句言ってなかったぞ。 イかされてからだろ、文句言い出したのは。」
「きーーーー。 生意気!生意気! 調子に乗ってんじゃないわよぉー。」
にやりと意地悪顔で笑う亜美。 喧嘩腰の台詞に反して、顔は楽しげだ。
「おぅ! じゃ、いくか! 第四ラウンド。」
「もちろん!」
「ふふっ、また返り討ちにされるとも知らずに……」
「いったわねー……………」
「おう!………」
「………」

トラステベレの安アパートの一室で、組んず解れつ。
石造りというだけで、防音なんて全く考慮外のこの建物だ。
きっと表の窮屈な通りにも、俺達の笑い声が微かに届くのだろう。

それは……最高に幸せな、そんなローマの点描。


                                                                    おわり。



130 98VM  ◆/8XdRnPcqA sage New! 2010/02/17(水) 23:02:25 ID:EQ3WOOcI
お粗末さまでした。
分割投下いかがでしたでしょうか?
読み易かったならば、何よりですが、問題点もありそうですね。
なお、作中ではいわゆる、ご都合主義がありますw あくまでファンタジーですからw

で、自分の好きなように書くと、原作の雰囲気を損なってしまうのは分っているのですが
ついつい、自分設定を作ってしまう傾向があります。
本作によって気分を害された方がおられましたら、お詫びいたします。
また、ご支援・感想いただきました皆様、有難うございました。




101 98VM  ◆/8XdRnPcqA sage New! 2010/02/17(水) 22:35:00 ID:EQ3WOOcI

こんばんは、こんにちは。 98VMです。

最後に三日目です。
明けない夜は無い。出口の無いトンネルは無い。
この先に、君の笑顔があるのなら…
僕はどんな暗闇も恐れない。

前提: とらドラ!P 亜美ルート90%エンド、ローマの祝日シリーズ
題名: プリマヴェーラ (ローマの平日5)
エロ: ぎりぎりエロかも。
登場人物: 竜児、亜美
ジャンル: 世界○車窓から。
分量: 25レス(予定)

個人的に、このかっぽーの一番の障害は二人とも理屈っぽい所ではないかとw



【田村くん】竹宮ゆゆこ 29皿目【とらドラ!】
http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1266...

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