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107 衣替え sage 2010/06/12(土) 07:18:22 ID:LYFWRxJ+



「ええっと…、これは未だ着れるかしら?」

 竜児専用の箪笥の中を引っ掻きまわすようにして、亜美はツイードのジャケットを引きずり出し、それを竜児に手渡した。

「どれ…」

 竜児は、畳の上に座り込んで、妻から手渡されたジャケットの表と裏を仔細にあらためた。
 太めの羊毛でざっくりと織られた生地は頑丈そのもので、購入してから既に十年は経っているというのにヤレは全く
認められない。

「大丈夫そうだな…。買ったときは結構しただけに、長持ちするもんだ。こいつは、あったかいから、この冬も重宝したよ」

 そのジャケットは、社会人一年目の冬に手に入れたものだ。ツイードという、本来はカジュアルな素材ながら、黒と
グレーを基調にしたシックな織り柄が気に入り、ちょっと無理してクレジットで買ったことを思い出した。
 クライアントに会うなどのあらたまった場ではスーツだが、そうでないときは、冬の通勤着として長年にわたって竜児
のお気に入りであった。

「あんたって、本当に物持ちがいいのね…。お気に入りのジャケットを十年以上も着続ける人なんて、そうは居ないわよ」

「まぁな…」

 半ば呆れているような妻の指摘に竜児は苦笑した。「MOTTAINAI」というのもあるが、お気に入りはとことん使い
倒すのが彼の流儀である。そして、そのことは、他ならぬ亜美が一番よく知っているはずなのだ。

「でも、もう、彼岸が近い。このジャケットじゃ、見た目が暑苦しいかもな…」

 そう呟くように言って、竜児は、ジャケットのボタンを一つ一つ確認し、袖口の一つが緩んでいるのを見付けた。

「おっと、いけねぇ、いけねぇ…」

 そのボタンを一旦は糸を切って外し、ボタンが付いていた箇所の糸屑を丹念に取り去ってから、ボタンを付け直した。

「これで、よし…」

「相変わらず、あざやかな手つきね…。女の出る幕ないじゃん」

 目をいくぶん細め、口元を微かに歪めた、性悪そうな笑みを亜美は浮かべていた。

「年季の差だよ。俺は、年端もいかない頃から、こうして繕い物をしてきた。それだけのことさ。それに、このジャケットは
クリーニングに出すんだろ? だから、緩んだボタンはちゃんと付け直さなきゃ。衣類のボタンの脱落は、クリーニング
で起こることが多いんだからな」

 いつもと変わらず、筋の通った説明に、亜美は軽く嘆息して苦笑した。結婚して十年以上だというのに、彼女の夫の
メンタリティーは高校時代からほとんど変わっていないことを確認して、呆れながらも安心したのだ。

「じゃぁ、箪笥の中から冬物をどんどん出すから、あんたは引き続きそれが使えるかどうか吟味してよ」

「ああ、そうだな…」

 裁縫箱の蓋を閉め、ボタンを付け直したジャケットを竜児が簡単に畳んだのを見届けてから、亜美は再びタンスの中
に首を突っ込んだ。
 桃の節句が終わった次の週の土曜日、高須家では、冬物を整理し、春物を引っ張り出すプチ衣替えが行われていた。


「あら、こんなところにあったのね…」

 ちょっと驚いたようにそう言って、彼女は、箪笥の奥に仕舞われていたそれを夫の前に差し出した。

「何だ、俺の学生服じゃないか…」

 半透明をしたゴミ出し用のポリ袋をダストカバー代わりに被せられている大橋高校の黒い学生服だった。

「懐かしいな…。このマンションへ引っ越す時に、どっかに紛れてしまったかと思ったが、箪笥の一番奥の方にあったん
だな」

「そう、懐かしいわね。あの時は、竜児の着ている服と言ったら、こればっかだったもの…」

 そう言いながら、亜美は、ポリ袋から夫の学生服を取り出し、蛍光灯の明かりに透かすようにして、あらためた。

「しようがないさ、 それが大橋高校の制服なんだからな」

 亜美にとって、竜児の学生服姿ばかりが印象に残っているのは、その当時、学校以外で二人が会うという機会に
乏しかったからだろう。
 それを思い出すのは、今になっても、亜美にとっては少々面白くない。

「そうね、誰かさんは、高校では意中の人が他に居たから、あたしのことなんか二の次だったんじゃないかしらぁ?」

 一瞬だが、反射的に頬をぷぅっと膨らませ、半開きにした意地悪そうな視線を、傍らの夫に向けていた。

「お前、未だに根に持っているのかよ…」

 竜児も分かっていた。亜美という女は、嫉妬深くはあるが、それほど過去にはこだわらない。
 単に、夫である竜児をからかっているだけなのだ。
 だが、その亜美が、にやりと、意味ありげな笑みを露骨に浮かべた。

「ど、どうした? 俺の学生服に虫食いでもあったのか」

 露骨な笑みは悪意のしるし。
 何かのあらを見い出して、夫をいたぶるネタが見つかった時に、亜美がよくやる仕草だった。

「う〜ん、別にぃ、虫食いとかはなさそうなんだけどぉ、なんかさぁ、これって、第二ボタンが取れているだよねぇ」

 亜美は、闘牛士が牛に向かってかざすケープのように、竜児の学生服の肩の部分を持って、はためかすように軽く
ひらひらと振った。

「そ、それがどうかしたのかよ。た、多分、クリーニングした時に、取れちまったんじゃないのか?」

 竜児も、学生服の第二ボタンの意味は知っていた。卒業生である竜児の学生服に、あるべき第二ボタンがないと
いうことは、竜児を憎からず思っている女子にそのボタンが与えられたということを暗示していた。

「ふん! とぼけちゃってぇ、さっきみたいに、クリーニングに出す前に、取れそうなボタンはしっかり付け直すあんたの
学生服のボタンが、そんな取れ方するわけがないでしょ?」

 どんよりとした意地の悪そうな色をたたえた亜美の双眸が竜児の面相をとらえ、さらにじわじわと竜児を追い詰める
ように迫って来る。

「お、おい、ま、待て! お、俺にだって落ち度はある。ボタンが取れかかっているのに気付かないで、クリーニングに出す
ことだってあるんだよ!」


 どもりながらの釈明では、それが嘘であることを半ば自白しているようなものである。

「下手な言い訳はいいからさぁ、第二ボタンは誰にあげたの? 素直に白状した方が、あんたの身のためだけどねぇ」

 双眸を半開きにして、口元を歪めた性悪笑顔が、竜児の間近に迫ってきた。

「は、白状って…」

 その第二ボタンは、たしか、卒業式が終わった後、鋏を手にした同期の女子に有無をも言わさずに強奪されたことを、
竜児はようやく思い出した。
 『やれやれ、ちょっと長めの春休みの後は、四月から東京の大学まで毎日通学かぁ…』と、物思いにふけっていた隙
に、背後から忍び寄ってきたらしい、竜児と同じ卒業生の女子が、電光石火の早業で、竜児の第二ボタンを奪っていっ
たのだ。
 更には、あまりの鮮やかさに、髪を振り乱して駆けていくその女子の後ろ姿を呆然と見送るのが精々だったことも思
い出した。

「ほらぁ、筑波山のガマガエルみたいに脂汗流してないで、第二ボタンは誰に渡したのか、答えてくれないかなぁ〜」

 白磁のように艶やかだが、性悪な笑みで歪曲された亜美の面相が、竜児の目と鼻の先に迫っていた。
 こうなると、蛇に呑まれる蛙同然である。

「い、いや、だから…」

 『ボタンは、クリーニングで取れたんだよ』と続けようとしたが、それは亜美の悪意のこもった一睨みで言えなかった。
 もう、これは第二ボタンを同期の女子にかすめ取られたことを正直に言う以外になさそうだった。
 しかし、その女子が誰だったかが、いまいち思い出せない。

「ほらぁ、さっさと答えなさいよ!」

 竜児の下顎の先端が、亜美の右手人差し指と親指とで、むんずとばかりに掴まれ、無慈悲にも振り回される。

「いてて、そ、そう乱暴にするなぁ!」

 抗議の声を叫びながら、竜児は必死でその時のことを思い出そうとしていた。
 うららかな春の日差しの中、右手に鋏、左手に竜児の学生服の第二ボタンを持ち、振り返ったその顔は…。

「お、お、お、お前じゃねぇか!」

 その時の亜美は、呆気にとられて硬直している竜児を尻目に、目を眇めた性悪笑顔で、してやったりと、ほくそ笑み、

『じゃあねぇ〜、これはありがたく頂戴しておくからぁ。それと、新学期からも同じ大学でよ・ろ・し・く』

 とだけ言い放つと、脱兎の如く、走り去ってしまった。

「あら、やっと思い出したようね。ちょっと、おつむの血の巡りが宜しくないんじゃなぁい?」

 にじり寄って来た亜美のこめかみに、うっすらと青筋が浮かんでいる。
 後ろから忍び寄られて、有無をも言わさずにボタンを強奪されるという、ビビッドな体験を、一時忘却していたらしいことが、亜美には少々許せなかったらしい。

「う、うわぁ、と、とにかく、思い出したんだから、勘弁してくれぇ!」

 一方の竜児は、顎を掴まれたまま、亜美にのしかかられ、たじたじである。


 顔面蒼白で、脂汗を滲ませている竜児の顔を、亜美は、しばらくは凝視していたが、おもむろに、歪めていた口唇を、
にやり、とばかりにほころばせた。

「な〜んちゃってね、冗談よ」

 その笑みで、脂汗まみれの竜児は、ほっと嘆息して、強張らせていた身体を少しばかり楽にした。

「ほ、本気で怒っているかと思ったぞ。それにしても、お前が怒った顔は、ストーカーも逃げ出すくらい、マジで迫力が
あるなぁ…」

「まぁね、出来は悪かったけど、一応は正解を言ったんだから、許したげる。でも、解答できなかった場合は、久しぶりに、
これをお見舞いしてもよかったかなぁ〜」

 亜美は、竜児の下顎から右手を離すと、両の握り拳を相対させ、何かにねじ込むように、両の拳を動かした。亜美が
竜児をこらしめる時、幾度となく、そのこめかみに食らわせてきた必殺技である。

「そいつは、とてつもなく痛いから、勘弁してもらいたいな」

 最初に見舞われたのは、横浜での初デートの時だった。遠回しな亜美のプロポーズに気付かなかった竜児の鈍感さ
に亜美が激怒し、愛撫を装って竜児の背後に立った彼女は、それこそ渾身の力で、サザエのように固い拳骨を、竜児の
こめかみにねじ込んだのだ。

「あら? 頭の血の巡りが良くない人には、いい刺激になるんじゃないかしらぁ。実際、そうでもしないと、あんたって、
とことん朴念仁で鈍感なおっさんだからねぇ」

「鈍感なおっさんであることは否定はしないが、そのボタンの一件以降、大きな事件が色々とあったからな。新たな敵の
出現、高校時代のしがらみの清算、卒論、弁理士試験、そして俺たちの結婚だ…。色々なことがありすぎて、ちょっと
忘却していたよ」

 釈明というよりも、昔を懐かしむようなしんみりした竜児の口調に、亜美は微笑した。

「そうね、本当に色々なことがあったわね。高校時代だけでも、小説のネタになりそうな事件がてんこ盛りだったのに、
大学や社会人になってからの方が、はるかに大変だった…」

「そういうこった…。高校時代のエピソードなんてのは、今にしてみれば笑い話みたいなもんだな。社会で生きるっての
は、ガキの頃とは比較にならないくらい大変だったってことなんだ」

「うん…」

 亜美は微笑したまま夫に頷き、学生服を手にして立ち上がった。

「どうした?」

「せっかくだから、虫干しのつもりで、ちょっとあそこのフックに掛けておこうかと思って。何しろ、懐かしいから、しばらく
見ておきたいし…」

 竜児は苦笑した。

「物好きだな…」

「物好きな男の妻は、同じように物好きなのよ」

 いつもの軽口でちょっと竜児をやり込めながら、亜美は、壁に打ち込んであるフックに竜児の学生服のハンガーを


引っ掛けた。

「うん…、高校時代を思い出すな。学校から帰ると、こんな風に吊るして、ブラシを掛けていたもんだ」

 亜美は頷きながら、ハンガーに掛かった竜児の学生服を改めてチェックしている。

「そうね、丁寧に着ていたから、状態は悪くないわ。今でも着れそうね」

「そいつはどうかな。あれから体型が変わった。サイズ的にはきついと思うよ」

「そうは言っても、あんたお腹出てないし、スリムなままじゃない。ウエストは問題ないでしょ?」

 竜児は苦笑してかぶりを振った。

「いや、肩幅とかが以前よりもかなり広くなったから、きついだろうな」

 そう言われて、亜美は夫の上半身を注視した。たしかに、高校時代よりも筋肉が付き、全体にがっちりとしている。

「そうかもね…。あんたの学生服姿を拝みたかったけど、残念」

 亜美は、ふぅ、っと鼻から抜けるようなため息を軽くつき、ちょっと寂しそうに微笑した。

「まぁ、三十代のおっさんが、古びた学生服着たって醜悪なだけだって。それに昔は昔、今は今なんだ。俺の学生服姿は、写真やお前のイメージにあるものだけで充分だよ」

 夫の言葉に、亜美は半ば瞑目して、不承不承という感じで、かぶりを振った。
 お説ごもっとも。きまじめで論理的な夫の言うことは、実際、常に正しいのだ。
 だが、亜美は、何かを思い出したようにはっとすると、例の悪戯っぽい性悪な笑みを浮かべた。

「ねぇ、せっかくだから、あんたの学生服の隣に、あたしの制服も並べて掛けてみましょうよ。虫干しにもなるしさぁ」

「お、おぅ…」

 正直、なんでそんな必要がある、と言いたかったが、多少は、妻の言い分も聞いてやらねばと思い直し、竜児は、
あいまいながらも頷いて賛意を表した。
 主張と譲歩の均衡。対人関係、特に夫婦仲を良好に保つには、これが大切なのだろう。

「オッケイ! ほんじゃ、あたしの制服は、っと…」

 鼻歌まじりで、亜美は自分用の箪笥を開けて、奥の方から、竜児の学生服同様にポリ袋で被われた大橋高校の制服
を引っ張り出してきた。

「うわ、これこれ。懐かしいなぁ〜」

 亜美は、目を輝かせて、その制服を覆うポリ袋を外し、先ほどの竜児の学生服と同じように、虫食いがないか、
蛍光灯にかざしてみた。

「そっちも程度はよさそうだな」

「うん。高校最後の春休み、大学が始まる前に、きちんとクリーニングして、防虫剤かましておいたから、虫は食ってなさ
そう」

 その制服をハンガーに描け直すと、竜児の学生服と同じように、壁に打ち込んであるフックに掛けた。


「こうして並べて見ると、女子の制服はずいぶんと大胆な配色だな…」

「たしかにねぇ、赤ってのは流石にすごいよね。男子の黒に、女子の赤。コントラストっていう点でもビビッドだね」

 制服を掛けた亜美は、そう言いながら、夫の片端に寄り添って、並んで吊り下がっている学生服と自分の制服を見比
べた。
 竜児も、亜美と同じように、感慨深げに目を細めて、二着の制服を眺めている。

「さっきは、“笑い話”とかって言ったけど、これを着ていた頃の俺たちは、必死にあの時間を生きていたんだな」

「そうね…。いろいろなことがあったから…。でも、あの頃のことを、落ち着いて振り返ることができるのは、今が幸せなん
だってことなのね。それを感謝しなくちゃいけないわ」

「そうだな…」

 感傷的な気分というほどではなかったが、竜児も亜美も、畳の上に座ったまま、しばし呆けたように自分たちの制服を
眺めていた。
 こうして高校の制服を眺めているだけで、その時の情景が次々と思い出されてくるのだ。

「ねぇ、あたし、あの制服、ちょっと着てみたいんだけど、いいかしら?」

 唐突な亜美の申し出に、竜児は、「えっ?」とばかりに驚いて目を丸くした。

「いや、お前だって、高校の時とは勝手が違うって…、無理じゃないのか?」

 『体型が違う』とは露骨に言わず、婉曲な言い回しではあったが、亜美のお気には召さなかったらしい。当の亜美は、
ぷうっ、と河豚みたいに頬を膨らませている。こうした表情や仕草は、学生時代と何ら変わりがない。

「何その言い方、何げに失礼じゃない。あんたが太っていないのと同じで、あたしだってウエストのサイズは、高校時代と
全然変わっていないんだからぁ!」

 そう言い放つと、亜美は立ち上がって、ジーンズのベルトを外し、脱ぎ捨てた。
 亜美の下半身は白いショーツ一枚のみ。学生時代とさほど変化がなさそうな、すらりとした美脚が丸出しとなった。

「うわぁ、お前、昼間っから何やってんだぁ!!」

「決まってるでしょ? 今も、あたしが高校の制服を着れることを証明すんの!!」

 ハンガーから制服のスカートを取り出して、サイドのファスナーを下ろし、それに自慢の美脚をくぐらせた。
 ウエストの位置までスカートをたくし上げ、下ろしていたファスナーを締め、最後にホックでウエストを引き締めた。

「で、どうよ?」

 ウエストのサイズが高校の時と変わりがないという亜美の言い分は正しかった。
 ほっそりとくびれた亜美のウエストに、大橋高校制服のスカートは、余裕をもって、何の違和感もなく収まっている。

「ま、まぁ、そうだな…。無理なく収まっているのは認めるよ…」

 困惑しているような竜児の仕草を、彼の敗北宣言と見たのか、亜美は、意地悪そうな笑みを全開にして、腰に手をやって夫の前に仁王立ちした。

「あったり前じゃん! 亜美ちゃん、ちゃんと自己節制してっからねぇ。で、下を穿き替えたから、今度は上ね」

 亜美は、身に付けていた白いタートルネックのセーターを脱いで、下着姿になった。


「お、おい、なんでセーターを脱ぐんだ! そのまま上着を着ればいいじゃないか」

「え〜っ? 大橋高校の制服って、下はブラウスじゃん。セーターはおかしいって」

「だがよ、高校の時のブラウスなんて、もう持ってないだろ?」

「うん、持ってない。あれは汗ジミとかがあったから、処分しちゃった。だったら、ブラウスなしで直に着ちゃえばいいのよ」

 夫である竜児は、眉をひそめて困惑し切った顔をしている。
 そのさまが、亜美にとっては面白いのだろう。相変わらずの性悪笑顔で、しばし夫の顔を凝視していた。

「たく…。相変わらずの露出狂だな。高校時代と変わってねぇ…。高二の時、水着姿で水着売り場をうろついたのには、
正直たまげたぞ」

「あら、この程度で露出狂とはずいぶんね。そこまで言うなら、こうしちゃうから…」

 言うなり、亜美は、背中に手を回して、ブラのホックを外した。

「バカ! お前、ノーブラになるつもりか!!」

「そうよ。あんたが亜美ちゃんのことを露出狂ってんだから、そのリクエストにお応えしないとダメじゃん」

 そう言いながら、亜美はストラップを右肩、左肩の順に外し、白いブラジャーを脱いだ。

「再び、どうよ?」

 腕を首の後ろで組んで、胸を張った。学生時代よりも一段と豊満になった両の乳房が、竜児の眼前に晒される。

「ど、どうよ、って。今まで、飽きるほど見て、い、いじってきた、お、お前の、ち、乳じゃないか…」

 竜児のどもりがちなコメントで、亜美は、うふふ…と鈴を転がすように笑った。

「そうね、スケベなあんたが、散々に揉んで、乳首を摘んで、啜って、噛んだから、その刺激で、亜美ちゃんのおっぱい、
こんなにおっきくなっちゃったぁ〜」

「お、俺のせいかよ? 出産して、授乳したから、でかくなったんだろうが!」

「その前に、あんたが散々弄んだから、それが刺激になってんのよ。だって、大学生時代にエッチし始めてから、ブラの
サイズが変わったんだからね」

 亜美は、腕を頭の後ろで生んだまま、上半身を左右にひねるように動かした。
 ブラなしでも無様に垂れ下がらない、美乳が、ぶるぶると震え、ぷっくりと盛り上がっている乳輪と、尖った乳首が
艶かしく振動している。

「わ、分かったから、早く、シャツでも高校の制服でも何でも着ろ!! こ、このままじゃ、目の毒だ」

 結婚して十年にもなるが、未だに亜美の裸身は、夫である竜児にとって魅惑的であるらしい。
 それを確認できて、亜美はちょっとばかり満足した。

「はい、はい、じゃあ、この上に、大橋高校の制服を着るね」

 竜児は、『もう、勝手にしろ』というつもりなのか、肩を落とし、口をへの字に曲げている。
 その姿を目にして、うふふ…、と含み笑いをしながら、亜美は、むき出しの上半身を大橋高校制服の上着で覆った。


「うふ、なんか、くすぐった〜い。制服の裏地ってさぁ、なんか乳首に貼り付いて、刺激すんだよね。何か、亜美ちゃんの
乳首、固くなってきちゃったぁ〜」

 事実ではあったが、夫である竜児の反応を楽しむためでもあった。

「お前、やっぱり変態だよ」

 そうは言いながらも、竜児は、かすかに頬を赤くして、上目遣いで、制服のボタンを止める亜美を見上げている。

「変態な女の亭主は、同じように変態なんでしょ?」

 即座に言い返され、竜児は、面相を歪めて沈黙した。どうしても、女房の亜美に、言い合いでは敵わないのだ。

「ほらぁ、今度は、どうよ?」

 素肌へ直に貼り付いたように着用した制服の上着。案の定、高校時代に比べて、乳房が格段に大きくなっているから、
ぱっつん、ぱっつんである。
 襟のVゾーンは、亜美の乳房で盛り上がり、きつめの制服で左右から圧迫された両の乳房が、黒々とした深い谷間
を形作っていた。

「お、お、おま、お前…」

 あまりの光景に、竜児は二の句が告げず、口ごもった。エロい、あまりにもエロすぎる。

「なんかぁ、すっげーエッチな気分になっちゃう。襟から覗く胸の谷間ってさぁ、自分で見ても、いやらしいなぁ、って感じ。
あ、乳首がもっと勃ってきちゃった…」

「バカ…」

 頬を赤らめて、目線をそらせた竜児がかわいらしくて、亜美は思わず笑ってしまった。更には、竜児の股間に目をやる
と、その部分がテントを張ったように膨らんでいる。

「あんただって勃ってるじゃん。それでこそ変態女の亭主よね」

 Vゾーンからあふれそうな乳房を揺らしながら、亜美はフックから竜児の学生服を外すと、それを夫の前に差し出した。

「ほら、あんたも着るのよ。あたし同様に、ちょっとはきついかも知れないけど、ウエストのサイズは変わってなさそうだから、
何とかなるわよね?」

「知るか! そんなこと」

 そうは言ってみたが、結局は、着るはめになった。主張と譲歩の均衡のためである。ここで、闇雲に突っぱねるのは、
夫婦仲を考えると、あまり宜しくない。
 竜児はVネックのセーターを脱いだ。

「ほらぁ、シャツも全部脱ぐの! 亜美ちゃんが、上着を直に着てるんだから、あんたもそうしないと不公平でしょ?」

 気は進まなかったが、妻の言い分には従った。亜美の言うように、ポリエステルの裏地は、何だかひんやりしていて、
こそばゆい。少なくとも、感触は決してよい方ではないだろう。

「どうにか、着れたけどよ…」



 思ったとおり、肩の部分がかなりきつい。肩幅が高校時代と比べて格段に広くなっているからだろう。それに…。

「なあ、お前が取っていった第二ボタンはどうなったんだ?」

 本来、ボタンがあるべきところが、がら空きなのは、潔癖症の竜児にとって宜しくなかった。

「そう言うと思った…」

 意味ありげな含み笑いとともに、亜美は、ぱっつん、ぱっつんのVゾーンに手を突っ込んだ。そのまま、ごそごそと
襟元から胸元をまさぐっていたが、ほどなく、いぶし銀のような色合いの大橋高校学生服のボタンを取り出した。

「お前、制服の内ポケットに入れていたのかよ。それも十五年も」

「そうよ。だって、奇襲攻撃でゲットしたお宝だからねぇ。クリーニングの終わった自分の制服の内ポケットに大切に
しまい込んでいたというわけ…」

「いい加減、返してくれるよな?」

 呆れ顔の竜児に、亜美は、艶然とした笑みを向けた。

「ええ、ただ返すだけじゃ能がないから、この場でボタンを付けてあげるよ」

 竜児は、「え?」と、短く叫んで、身構えた。

「この場で付けるって、まさか、俺が着たこの状態で、ボタンを縫い付けるのか?」

「当然でしょ? あたしだって、兼業だけど、だてに主婦と母親やってないからね。ボタン付けくらい簡単よ」

 亜美は、『どうだ』とばかりに胸を張った。そのおかげで、ぱっつん、ぱっつんのVゾーンから、乳房がはみ出しそうなほど盛り上がって見える。

「し、しかし、に、肉に刺すなよ…」

 学生服の下は、素肌だから、ちょっとでも手元が狂ったら、縫い針で刺されてしまうだろう。

「失礼ねぇ、そんなドジは踏まないって」

 口調こそ少々ぞんざいだったが、当の亜美は、艶然とした笑みを保ったまま、先ほど竜児が使っていた裁縫箱から、針と糸を取り出し、針の穴に器用に糸を通した。

「ほんじゃ、始めるからね」

 万が一、ということを警戒して、直立不動で硬直している竜児を尻目に、亜美は、ちょっと屈み込んで、第二ボタンを付け始めた。

「お? い、意外に、上手いじゃないか」

 竜児ほど素早くはないが、針の運びは的確だった。

「でしょ? あたしだって、十年以上もやってりゃ、この程度にはなるわよ」

 そうして、亜美は、「ほらできた…」と呟いて、糸を切り、ボタン付けを完了した。
 針と糸、それに和鋏を裁縫箱に仕舞うと、未だ、呆気にとられたように突っ立ったままの夫の隣に並んだ。

「こうして、制服姿で並んだのは、例のストーカー退治の時が初めてだったかしらね」

「う〜ん、多分、そうだろうな」

 あの時は、ストーカーに付きまとわれていた亜美を救済すべく、竜児が亜美の彼氏役を演じていたのだ。

「で、ストーカーを撃退した後、あんたの家に上がり込んで、ハチミツ入りのホットミルクを飲んで…」

「そっから先が、問題だったんだよな…」

 竜児は、気恥ずかしそうに、かぶりを振っている。

「あの時、あたしは何だか感極まっちゃって、あんたにのしかかった…。でも、もうちょっと、っていうところで、あたしも
躊躇したのね」

 あと、ちょっとで、一線を越えてしまうというとき、亜美は、『な〜んちゃってね。冗談よ』と、言って、すんでのところで
行為を打ち切ったのだ。

「あの時、俺もお前も躊躇しないで、素直に互いを求めていたら、その後の高校生活はどんなもんだったんだろうな」

「分からないけど、やっぱり色々あったんじゃないかしら。タイガーとか、実乃梨ちゃんとか、祐作に、能登に、春田…、
それに麻耶や奈々子。個性の強いキャラが揃っていたから、すったもんだはあったでしょうね」

「だろうな…」

 今となっては笑い話みたいでも、当時は、みんながそれぞれの思いを胸に、懸命だったのだ。それゆえに、すんなりと
物語は終わらなかったに相違ない。

「でも、今となっては、あの頃が懐かしいわ」

「そうだな…。だが、こうして突っ立っていても何だから、ちょっと座ろうや」

「うん、それもいいけど、こうして制服姿になったんだし、それにこの部屋、あの時のあんたの家と同じで、畳敷きなんだ
よね」

 そう言いながら、亜美は、ぺろっ、と舌なめずりした。瞳が艶っぽく輝き、白目の部分が少々充血している。

「お前、ストーカー事件の時の続きをしたいのか?」

「そうよ、亜美ちゃん、もう興奮しちゃってさぁ。濡れてきちゃった…。それに…」

 おもむろに夫の股間に手を当てた。

「い、いきなりだな…」

「でも、あんただって、おちんちんカチカチじゃん。これは、一発出しとかないと身体に悪いわよ」

「う…」

 言葉を詰まらせたが、乳房がこぼれそうな亜美の制服姿に劣情しているのは事実なのだ。
 その本音を、亜美は違えることなく見抜いていた。

「変にうなってないで、あの時みたいに、壁に頭と肩だけもたれ掛けて、横になりなさいよ。そしたら、あたしが、あんたの


上に乗っかるからさぁ」

「お、おぅ…」

 言われたとおりの姿勢をとると、これも先ほどの言葉どおりに、亜美が竜児の上にのしかかってきた。そして、互いに
唇をそっと重ねた。

「これよ…、これがしたかったんだわ」

 ひとしきりディープなキスを堪能した後、口唇から唾液の糸を煌めかせながら、亜美はとろんとした目で呟いた。

「でも、今回はこれで終わりじゃないんだろ?」

「そう、次は、制服姿で、本番いくわよ…」

 亜美は、前身頃がダブルになっている制服の第一列のボタンを外した。Vゾーンからはみ出したくてしかたがなかっ
た乳房が、ぼよん、と震えながらこぼれ出てきた。

「何か、素っ裸よりも格段にエロいよな」

 そのコメントに応えるつもりなのか、亜美は、にやりと淫靡な笑みを浮かべながら、竜児の眼前にはだけた胸を突き出
した。

「ねぇ、おっぱい吸ってよ。それも思いっきり、あたしが悶えちゃうくらいにさぁ」

 竜児は、そのゆさゆさと揺れる亜美の左の乳房を右手で掬い、こりこりに勃起している乳首に口づけした。

「うふ…、くすぐったいけど、気持ちいい…。ねぇ、いつもみたく、甘噛みしながら啜ってよ」

「お前、本当に乳首吸われるのが好きだなぁ…」

「あ、あたしに限ったことじゃないわよぉ。女って、みんなおっぱい吸われると気持ちいいの。だって、そうじゃなかったら、
授乳なんてめんどくさいこと、す、するわけないじゃん」

 呆けたように目をトロンとさせ、口元からは涎を垂らしながら、亜美の呼吸が少し荒くなってきた。三十路を過ぎても、
亜美の乳首は十代の頃と変わらずに敏感そのものだ。

「右いくぞ…」

 ひとしきり、左の乳首を舌先で転がし、啜って軽く噛んでやった後、竜児は右の乳首にしゃぶりついた。愛撫を待ち
焦がれていたそれは、盛り上がるように膨れた乳輪を従え、その真ん中から、つん、とばかりに固く突き出ている。

「あ、そ、そこぉ…、啜ったまま、軽く噛んで、ひ、引っ張ってよぉ〜」

 あやしい呂律は、竜児の愛撫が効いている証拠でもあった。
 だが、快楽で身悶えていても、そこはしたたかな亜美である。
 四つん這いになって竜児にのしかかっていた体勢のまま、器用に竜児の学生服のズボンのホックを外して、
ファスナーを下し、ブリーフをめくって、カチカチに勃起した極太ペニスを剥き出しにした。

「ちょ、お、お前…」

 竜児は、軽く抗議しかけたが、意表を突くような大胆さは、亜美であればいつものことだと思い直し、口ごもった。


 亜美は、更に、自身のスカートをまくり上げ、白いショーツの股ぐらを横にずらして、濡れそぼった秘所をさらけ出した。

「ね、ねぇ、亜美ちゃんのあそこ、もう、ぐちょ、ぐちょ…」

「い、入れて欲しいんだな?」

 亜美は、頬を染めながら、無言でゆっくりと頷いた。

「じゃ、い、いくぞ…」
 
 竜児は、右手で極太ペニスを支えると、その先端で固く膨れ上がっている亀頭を、愛液を滴らせている亜美の陰裂
に二度、三度と擦りつけて馴染ませた。

「う、うふ…。じ、じれったいけど、お豆とか、膣の入り口とかの敏感な部分が擦られて、き、気持ちいい…」

 亜美も、意識なのか無意識なのか、腰をゆすって陰部を竜児の亀頭に擦りつけている。

「しかし、こんなシーン、子供には見せられないな」

「そ、そうね…。せ、性教育っていうにはあまりに生々しくて、美由紀みたいな奥手の子が見たら、ぜ、絶対に逆効果。
トラウマになっちゃうかも…」

「でも、土曜の午後は、お袋さんのおかげで、夜までピアノと歌のレッスンなんだよな?」

「そ、美由紀を芸能人にするママの魂胆が見え見えで、正直ムカつくけど、きょ、今日ばかりは、あ、ありがたいわね」

 亜美がいつになく興奮している。それは竜児も同じだった。いつものセックスと違い、昼日中に、それも高校時代の
制服を着たままという、アブノーマルな雰囲気に、ある種酔っているのかも知れない。

「そ、そろそろ、いくか?」

「う、うん…。あたしのあそこが竜児のおちんちんを、た、食べたくてしょうがないから」

 そう言いながら、亜美は徐々に腰を落としていった。膣口が、竜児の亀頭で、ぬるり、と押し広げられ、その竜児の
亀頭が一センチか二センチほど、膣内に侵入してきた。

「あ、う…。いい…、やっぱ、挿入される、こ、この瞬間がいいわぁ…」

 亜美が、痙攣のように身体を震わせて、快感に身悶えている、その瞬間、「わぁ〜ん!!」という悲鳴とも、泣き声とも
つかない大きな声が、室内に響き渡った。

「「み、美由紀ぃ!!」」

 あろうことか、夜まで帰ってこないはずの美由紀が、べそをかきながら、身を震わせて、部屋の入口に突っ立っていた。
 更に悪いことに、美由紀の後ろには、前の小学校での美由紀のクラスメートで、今は美由紀と一緒に歌とピアノの
レッスンを受けている、ともちゃんの姿があった。
 そのともちゃんは、

「いひゃぁ〜、こ、こりゃぁ〜、お、お楽しみじゃなかった、お、お取り込み中、ど、どうも、す、すいやせんでしたぁ〜」


 それだけ呟くように言うと、回れ右して、そそくさと逃げ出した。

「あ、と、ともちゃん、ま、待ってよぉ!!」

 だが、ともちゃんは、『とんでもない』とばかりに首を左右にぶんぶん振っている。

「みーちゃん、今日のところは、私ら、みーちゃんのパパとママのお邪魔虫だからさぁ、家の外に出た方が、
なんかよさそうだよ」

「あ、待ってよぉ! それにお邪魔虫ってどういう意味なのぉ?!」

 そのまま、どたどたと玄関まで子供二人分の足音が響き、

「大人には、大人の事情ってもんがあるんだよぉ。で、私らは、大人にとってお邪魔虫なんだよぉ」

「え〜? わ、わけわかんない」

「いいから、みーちゃんも、パパとママの邪魔をしちゃいけないから、ほとぼりが冷めるまで、私のうちに居た方がいいよ」

 あわてて靴を履いているらしい、ごそごそという物音の後、いくぶんは乱暴に玄関のドアが開閉される音がして、
外の廊下を一目散に駆けていく足音が、ぱたぱたと聞こえてきた。

「み、み、み、み、見られちゃったぁ!!!」

「お、おい、最悪じゃねぇか!!」

 自分の娘だけでなく、その友達にまで、竜児は亜美の乳房にむしゃぶりつき、亜美は、竜児のペニスを挿入しようと
している寸前の現場を押さえられてしまった。
 それも、いい年をした大人が、高校の制服を着てである。
 誰がどう見ても、倒錯的というか、変態そのものだ。

「ど、ど、ど、ど、どうしよう?!」

「ど、どうしたも、こうしたもあるか! と、とにかく、エッチは中断してだな…」

「中断してどうするのさ」

「美由紀を懐柔するしかない。今夜は、あの子の好物を、パーティー並みに豪勢に作ってやって、普段は与えない甘い
ソフトドリンクとか、甘いケーキとかも、好きなだけ食わせちまおう」

「そ、それだけで、お、大人しくなってくれるかしら?」

 今や顔面蒼白で、うろたえている亜美に、竜児も冷汗三斗で、かぶりを振った。

「多分、足りないだろう。だから、明日は、美由紀が行きたいところ。遊園地でも、映画でも、ピクニックでも、と、とにかく、
どこへでも連れてってやって、ひたすらご機嫌をとるしかねぇぞ」

 昔を懐かしんでの変態プレーは、とてつもなく高くつきそうだった。


 本来なら、明日の日曜日は、家で仕事をしようと思っていたのだから、これはきつい。

「え、えらいことに、なっちゃったぁ〜。と、とにかく、あたしらは着替えて、美由紀を懐柔する準備をしなくちゃ」

「お、おう…」

 何てバカなことをしたんだろうか、と自己を叱罵しながら、竜児と亜美はそそくさと着替えた。
 我に返れば、学生服の'ズボンや、制服のスカートは、亜美の愛液でドロドロに汚れていた。

「クリーニング屋に、何か言われそうだな…」

 それを思うと、正直頭が痛いが、今はどうしようもない。応急処置として、濡れタオルで可能な限りベトベトを取り除く。
それから、元通りに着替えた二人は、冷蔵庫や食材を入れる棚を確認した。

「ねぇ、あの子、脂っぽいもんが好きだから、サーモンのムニエルに、ステーキ、それにご飯はパエリアとかどうかしら?」

「お、おう、そ、そうしちまおう。今夜だけは、高価なサフランもケチらずに使って、ちゃんとしたパエリアを作ってやるさ」

「それと、食後は、うちでは太るからっていって、クリスマスとか、誕生日にしかあげない生クリームたっぷりのケーキも、
好きなだけ食べさせちゃいましょ。ケーキは、これから作ってられないから、あたし、駅前までひとっ走りして買って来る」

「お、おい、ま、待て!」

 浮足立っている妻を牽制すると、竜児は、エコバッグを手にした。

「お、落ち着け。どうせ、買い物は駅前でするしかない。なら、一緒に行って、必要なものをくまなく買い揃えておこうや」

「う、うん、そ、そうだわね…」

 春物の薄手のコートを羽織って、竜児と亜美は、玄関から飛び出した。
 そのまま、脱兎のような勢いで、駅前の商店街を目指す。商店街までは、大きなモミの木がランドマークになっている
交番の前を通るのが近道だった。

「おや、高須先生じゃないですか…」

 この前のクリスマスの前に、剪定したモミの木の枝を持って行っていい、と言ってくれた交番の巡査は、普段とは似て
も似つかない、悪鬼のような形相の竜児と、同じく般若そのものの亜美の面相を認めて、「ひぃっ!」と柄にもなく仰天した。
 竜児と亜美は、それこそ修羅のような形相で、件の巡査には目もくれず、その傍らを駆け抜ける。
 駅前の食料品店をはしごして、美由紀が喜んでくれそうな食材を片っ端から買い漁った。それも、普段は、高カロリー
なため控えていた霜降り肉も惜しげもなく買い込んだ。

「デザートは、お前に任すから、何でもいい、あの子が喜びそうなものを買い漁ってくれ」

「う、うん」

 竜児は、妻に、予備として持って来ていたもう一つのエコバッグを手渡した。
 亜美は、それを手に、洋菓子店と、和菓子店を回るのだ。ケーキを嫌だとヘソを曲げる畏れもあったから、その時は、
和菓子と薄く入れた抹茶でも出すという作戦だった。


『そっちはどう? こっちは、あの子が好みそうな甘いもんは、考えられる限り買い揃えたけど…」

「こっちも、必要な食材は全部買えた。お前は、今どこに居るんだ?」

『駅の改札前。そこで、合流して、とにかく早く帰って、今夜の晩餐の支度をしましょうよ』

「了解した」

 携帯電話で互いの首尾を確認し、竜児と亜美は駅前で落ち合った。
 そのまま、来た時と同様に、血相変えて半ば駆け足で帰宅した。

「とんでもない突貫工事だな」

 この前のクリスマスパーティーと同水準の料理を、一〜二時間以内にこしらえなければならなかった。
 竜児と亜美は、お揃いの黒いエプロンを着用すると、手分けして晩餐の準備に取り掛かった。
 三口あるコンロと、オーブンをフルに使って、どうにか予定した料理が出来上がり、配膳を始めた頃、仏頂面した
美由紀が帰ってきた。

「お、お帰りなさい、美由紀…」

 出来上がったばかりのパエリアが湯気を立てている鉄鍋を、鍋敷き越しにテーブルの中央に置こうとしていた亜美に、
彼女の娘は、じろり、と睨みつけるような視線を送り、

「…ただいま…」

とだけ、実に素っ気なく返答した。

「お、おお、帰ってきたか…」

 キッチンからは、美由紀の大好物である、焼き立てのサーモンのムニエルを乗せた大皿を手にした竜児が出てきた
が、美由紀は、亜美の時と同様に、憤りが込められた一瞥を父親に向けた。

『ご、ご機嫌斜めだな…』

『斜めどころか、ほとんど垂直って感じよね…』

 互いの耳元で囁くように言葉を交わしたが、そのやりとりを、二人の娘は、鬱陶しそうに双眸を半開きにして、じっと
見ている。
 その仕草は、胡散臭いものに対する亜美のそれにそっくりだった。やはり、血は争えないと言うことなのだろう。

「な、なぁ、美由紀。そんなところに突っ立ってないで、食事にしようや。ほら、ちょうど、お前の好きなサーモンのムニエル
が焼き上がったところだから、パパやママと一緒に食べよう」

 美由紀は、『サーモンのムニエル』を聞いて、一瞬だけ頬をひくつかせたが、すぐに元通りの仏頂面になった。

「じゃ…、手を洗って、うがいしてくる」

 抑揚のない返答だった。それが、彼女の怒りやら、困惑ぶりを如実に示している。



「「「いただきます」」」

 席に着き、親子三人での、食前の挨拶が交わされた。
 美由紀は、挨拶こそいつものようにしたものの、その後は、父母には目もくれず、ひたすらご馳走を食い散らかした。

「うっぷ…」

 サーモンのムニエル、ステーキ、鶏肉と車海老とムール貝をたっぷり乗せたパエリア、グリーンサラダ、
それに生クリームたっぷりのケーキをたらふく食い、それらを消化器官の奥底まで流し込むように、砂糖が
たっぷり入った炭酸飲料をがぶ飲みした。

「み、美由紀、だ、大丈夫?」

 あまりに豪快な食べっぷりに、竜児も亜美も、心配になったが、当の美由紀は、双眸を半開きにした鬱陶しそうな
仏頂面のまま平然としている。

「な、なぁ、美由紀…、お、美味しそうに食べてくれて、パパもママも、う、嬉しいよ」

「………」

 仏頂面で反応がない美由紀に、竜児も亜美も、内心はたじたじであったが、ここが正念場だと思い、ごくりと固唾を
飲んで、言葉を継いだ。

「で、明日の日曜日なんだが、て、天気もよさそうだから、どっかに、で、出かけようじゃないか。ピ、ピクニックとか、映画で
もいいし、遊園地や動物園や水族館でもいいし、ショッピングとかでもいいし、と、とにかくだな…」

 冷や汗を額に浮かべながら、しどろもどろの父親を、美由紀は、じろりと一瞥すると、ポケットから携帯電話機を取り出
した。
 そして、リストからある番号を選び、ダイヤルした。

「あ、もしもし、おっきなママですかぁ? 美由紀です」

「「げっ!!」」

 竜児と亜美は、絶句した。通話先は、よりにもよって、亜美の実母であり、かつ二人の天敵である女優の川嶋安奈で
あった。

「おっきなママ、忙しいのにごめんなさい。え、今日のレッスンはどうだったかって? うん、歌のレッスンはやったけど、
ピアノの先生が具合が悪くて、ちょっと早めに終わっちゃった。うん、うん…、ちょっとレッスンは物足りなかったかな? 
でね、おっきなママ…」

 話が核心に触れつつあることに、竜児も亜美も、剣呑な雰囲気を察したが、美由紀の携帯電話機を力ずくで取り上
げて、通話を打ち切ることは出来なかった。そんなことをすれば、相手が、性悪な川嶋安奈だけに、後でどんな祟りが
あるか分かったものではない。

「ちょっと、今日、困ったことがあってぇ…。え? 何でパパとママのことだって分かったの?
そう、だから、ちょっと、おっきなママに相談したくて…。うん…、うん…。うわぁ〜、ありがとう! でも、おっきなママ、
忙しいんでしょう? それなのに、おっきなママのおうちに行ってもいいの? うん、うん、ほんとにいいのね? じゃぁ、


明日、私一人でおっきなママのおうちに行くから、宜しくお願いします。では…」

 通話を終えた美由紀は、再び仏頂面で父母を見た。
 竜児も亜美も、顔面蒼白、冷や汗を浮かべて、凝固したかのように身を強張らせている。

「ね、ねぇ…、み、美由紀。あなたは、パパとママとのことを、ご、誤解しているわ。さっき、あ、あなたが見たのは、
ほ、ほんのおふざけで、け、結婚している人なら、誰でもやっていることなのよ。だ、だから…」

 亜美のしどろもどろの釈明は、そこまでだった。

「さっき、パパとママがやっていたのが何なのか、ともちゃんから大体は聞いたから。だから、ママの説明は、嘘くさい!」

「う、嘘だなんて、そんな…」

 目撃者が奥手の美由紀だけだったら、誤魔化しようがあっただろうが、美由紀よりもませている、ともちゃんが
居合わせたが不運だった。

「嘘かどうかは、明日、おっきなママに訊くから。その時に、今日、パパとママがやっていたことを、出来るだけ詳しく説明
して、おっきなママに、それが何であるかを教えてもらうからね!」

「「ひぃ!」」

 何てこった、事もあろうに、二人にとっての最大の天敵に、恥を曝すことになってしまうのだ。

「み、美由紀、そ、それだけは勘弁してくれぇ!!」

 テーブルに額を擦り付けて懇願する父母を、美由紀は口をへの字にして一瞥した。

「パパ!」

 呼ばれて竜児は、申し訳なさそうに顔を上げた。

「それから、ママ!」

 亜美は、びくっ! と一瞬、身を震わせてから、顔を上げた。
 美由紀は、顔面蒼白で悄然としている両親の顔を見比べるように交互に睨めつけると、言い放った。

「二人とも、サイテー!!!」

 それっきり、ぷぃっ、と席を立ち、自室へと引っ込んで行った。

「サ、サイテー、だってさ…」

 蚊の鳴くような声で亜美が言い、竜児も、

「たしかにサイテーだ…。弁解のしようもねぇな…」

 と言って、うなだれた。
 美由紀が難しい年頃になりつつあることは確かだった。しかしながら、親である竜児と亜美が、あまりにも迂闊過ぎた。
 しかも、明日、美由紀は、祖母である川嶋安奈に洗いざらいをぶちまけるらしい。いったい、後でどんな祟りがあるの
やら、二人は、背筋に薄ら寒いものを感じ、顔を見合わせて思わず身震いをするのだった。
                        (次回は、『川嶋安奈の性教育(仮称)』かな?)


126 SL66 ◆5CEH.ajqr6 sage 2010/06/12(土) 07:52:21 ID:LYFWRxJ+
以上です。


106 SL66 ◆5CEH.ajqr6 sage 2010/06/12(土) 07:15:19 ID:LYFWRxJ+
以下、17レスの小品でありますが、ご一読戴ければ幸いです。

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