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戯     2009/10/08(木) 02:09:09 ID:Zk6l1+Eb

   ― 戯 ―                       98VM



独神。
高校時代、29歳の女教師をそんな風に呼んでいたっけ。
私自身はそんな風に呼んだことはないが、面白おかしく聞いていた事も確かにあった。
あの頃は、遥かに先の事に思えて、その数字にリアル感がなかったものだ。
けれど、今になってみると意外にあっという間だった。

フロリダの空はどこまでも蒼く澄んで、その先にある星の海を微かに映し出す。
特に用事があるわけでもなく、7 Miles Bridgeをオープンカーでのんびり走る。
キーウェストまでいったら……、またオーランドへ戻る。
何もない休日は、ただメキシコ湾を渡る風だけが道連れのドライブ。
ここ何年か、それが私の休日の過ごし方だった。

青と蒼に挟まれた無骨な灰色の道。 コンクリートの防壁のせいで海の上を走っている実感は無い。
しかし、それでも中々に心が晴れる。
雲ひとつ無い真っ青な空を、シミのように白い海鳥が横切って、私は顔を上げた。
やはり、フロリダの空はどこまでも蒼く純粋で。
初めて見上げた時とそれは変わらないはずなのに…
今は郷愁にも似た青が目を眩ませる。

…明日、私は30歳の誕生日を迎える。


星の海に憧れて、ひたすらに突っ走った。
立ち止まることなく。
振り向くことなく。
きっと色々な物を切り捨ててきた。
たぶん、沢山の物を犠牲にしてきた。

しかし、そのお陰で、私は手に入れることが出来たのだ。
――星の海を。
それは、それまでの人生全てを塗り替えてしまうような衝撃。
何度かそこに行って、そして何日もそこに身を置いて。
何者にも代え難き時間を過ごしてきたのだ。
だから、私に、後悔する事など何も無い。
地上に置き忘れたものなど無い。 私の魂は星の海に放たれたのだ。

やがて私は、ウェスト・サマーランド・キーで車を停めた。
壊れたOld 7 Miles Bridgeの袂まで散歩する。 役割を終えた巨大な鉄橋は荒れるがままに放置されている。
何度も見た景色だが、今日は何故か少しだけ違って見える。
青空に幾つか白い雲が混じり始めて、一層のコントラストを成す中、朽ちた巨大な人工物。
この橋を見て、『寂しい』と思ったのは、多分今日が初めてだ。
私は、懐に忍ばせた手紙を取り出した。
それは、まだ封を切っていない手紙。
白状しよう。
こんな海の果てまで来なければ、私にはその手紙を開く勇気が湧かなかったのだ。
差出人の名前は北村祐作。
ヤツの笑顔は… もう忘れかけている。
今の私には、隣に立って、支えてくれようとする人もいる。
けれど、怖かった。
見たくなかった。
あれは、
あの日々が育てたものは、
私にとって、生涯唯一つの想いだったのかもしれない。

開かれた封書の中には、見覚えの有る小柄な女と佇む、アイツの写真と、薄い一枚の紙切れ。
そしてこの上なくシンプルに、ただ一言のメッセージ。

『結婚します。』

……よく晴れた空なのに、肌に冷たい感触が宿る。
一つ、二つ。
遠い空から落ちてきて、ポツ。ポツ。と囁き声を上げる。

遥か蒼く澄んだ空を見上げる。

ポツ。ポツ。と。

―――頬を冷たいものが濡らしていった。

                                                           おわり。

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