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[言霊(5)]
「こんっっのエロ犬っ、お前は何やってるんだ?」
私達の目の前に現われたのは逢坂大河…。
竜児を下から睨付け、搾る様に低い声で唸る。
隣で寄り添う私を一瞥し、何も言えずにいる彼に質問を返す。
「聞 い て ん の 竜 児 ?ねぇ…、犬の癖して耳が遠いの?」
今の彼女の姿は凶暴な虎とダブる。
震える柴犬に前脚の鋭い爪を首筋に押し付けて威す虎……そんな幻覚を私は見てしまう。
夕方の一件から間もない、だからこの状況は予想外だった。
彼女の心を傷付けてしまった、それを贖罪した上で彼を自由に……、たらい回しにするのは止めさせる。
そして出来るなら『仲直り』をしたい。
それは時間が掛かるだろう。けど少しづつ歩み寄れたら…。
そう漠然と考えていたのだ。
「お、ぅ…あ、亜美を送っていってるんだ…そ、それだけだ」
彼が迷いながら言った言葉は脚色していない事実だ。
だが、それは彼女の質問の本質とは違っている筈。
彼女を刺激しない様に言葉を選んで…無難な事を言った。
けど、それは逆効果の様だ。
彼女は握り締めた拳を震わせて、紅潮した頬を引きつらせて彼を喰い殺さんばかりの形相で睨あげる。

「そんな事は聞いて無い。だから……何をしているの?って聞いてるでしょ」
私はとんだ思い違いをしていたのかもしれないと考え始めていた。
「いや…た、大河。今言った通りだ。嘘じゃねぇ……なっ?」
大河は虎。私は…彼女の言う通りチワワなのだろう。
実はあの時、何も言い返さなかったのは…傷付いたから…じゃなくて怒りに震えていたのだとしたら…。
そうだ。そうだった………私は聞いたじゃないか、夏に大河の咆哮を。
『竜児は私のだ!誰も触るな!』
そう。虎はチワワに噛付かれた位じゃ致命傷は負わない。
彼女が彼に触れる事を許したのは…『実乃梨ちゃん』だけ…。
「みのりんに告白出来なかった位で逃げてんじゃないわよっ!!!なにをすぐに諦めとるんじゃいっ!!!」
煮え切らない態度に臨界点を超えたのだろう。大河が大きな声で吠え、彼を容赦無く蹴倒した。
竜児が地面に向かって倒れ、手を繋いだ私は彼に引っ張られてコケる。
手を離せば私まで倒れる事は無かった。だが、そうしなかったのは彼だけに責めを負わす訳にはいかないから…。
咄嗟だった。けど実は…ただ単に身が竦んで動け無かったのかもしれない。

一つ解っている事は、その鋭い爪が私にも向けられていて身動き出来ない事だけ。
「ってぇな……何してんのよ!!クソチビィ!!コラァッッッ!!!!!!」
だが私はその圧力に屈しないで吠え返す。
だって腹が立つじゃん?
何様のつもり?竜児を物みたいに扱ってさ。
確かに大河の言う事はもっとも。でも……間違ってもいる。
好きな相手に致命傷を負わされたら誰だって怖くて先に進めなくなる。
彼は漫画のヒーローじゃない。
『拒絶』されて、彼女達に都合良く振り回されて……自分の事は蚊帳の外に放られ、表向きとはいえ眼中に無いと言われても諦める事は許さない。
暗にそう言っているのだ当事者である大河は。
「アンタには関係ない!!私はこの駄犬と話してるの!!バカチワワは黙ってろ!!」
彼は誰より強くて、そして脆い……それを理解している筈なのに、彼女は自己満足の自慰に彼を巻込もうとしている。
相手の都合なんか無視して…。
自分が好きだと気付いた時には手遅れで、せめて親友との仲を取り持つ事で本心を誤魔化そうって事ぉ……はあ?
それこそ『逃げ』だし。
「うるせぇ!!アンタは自分が言っている事がどういう意味か理解して言ってんの!!??」

それに気付いても当たる勇気が持てない癖に、相手には強いる。
『みのりん』と『竜児』の為ぇ?
嘘付くな『自分』の為の間違いでしょうが。
「竜児の考えも気持ちもガン無視?大河ちゃんが全部決めてあげるから逆らうなってか?
自分の事は棚にあげといて何を言ってんの!!!
自分は大層な事を吐かしてる癖に"告白"する事から逃げて、相手からも逃げて……押し付け合ってっ!!
竜児は物じゃないんだ!!
なんで一番大切な人の事を考えてあげれないのよ!!!」
私は大河に詰め寄り、猛り狂う。
彼女自身から聞いた訳では無い『憶測』で物を言った私も同類なのだろう。
だけど…事実だよ。
「っ!アンタに何が解る!何度も言うけど、竜児はずっとみのりんの事が好き!私は上手く物事が運ぶ様に協力するって約束した!
なのにっ…このバカ犬は勝手に判断してみのりんから逃げ回ってるんだ。情けない。
一回位で諦める位なら初めから好きになんかなるなっ!
ふんっ!第一に発情バカチワワがでしゃばる意味が分かんない!さっさと失せろ!」
大河が私と竜児を交互に睨み付けながら猛る。
この前まで『傍観者』だった私には耳が痛い。

彼女から見れば、途中から割り込んだ『異分子』が隙をついて『忠犬』を盗ろうとしている。
そうだね。うん間違いない。
つまり私の言い分も大河の言い分も正論だし、事実。
立つ視点が違うだけ…。
でも、一つだけ違うんだよね。
それは彼に本心を包み隠さずにぶつけれてるか否か。
私はしているよ。自信を持って言える。
でも大河と実乃梨ちゃんはどうかな?

二人して黙り徹して、たらい回して…それを彼がどう思うか…。
最終的に判断する竜児の心に訴えかける事が出来るの、ねぇ?
私は見逃さなかったよ?
ちょっと私の言った事に動揺してたし…『余計な事』を言われ無い様にまくし立ててるよね。
情けないのはアンタの方。そんな奴に容赦は必要無い。
「ふぅ〜ん…そこに"今の竜児"の考えは反映しない訳だぁ?恋のキューピッドなタイガーちゃんは。
へぇ〜"大怪我"した理由を無理矢理でも納得したいから自分の都合の良い事以外は無視して…それって本当に上手く事が運ぶって思ってんのぉ?」
私は大河を嘲笑いながら、睨み付ける視線に怒りを込める。
彼女がその言葉を聞いて僅かに瞳が揺れ、慌てて口を開こうとする。

「大河。あんたがそう信じたいなら勝手にしな、でも本音を隠したまま……自分の思い通りにはならない。
いくら取り繕っても無駄。
竜児と実乃梨ちゃん…掛け違えたボタンを無理矢理に掛け直そうとしたら千切れる。
あんたの望む答なんか出てこないよ。それだけは言っておいてあげる。
絶対に後悔するから…」
だが私はその暇を与えず、彼女に吐き捨てる。
そして踵を返し、この光景を唖然と見ていた竜児の手を引いて起こす。
「竜児、行こっ?」
彼の返事は待たず…引き立てる様にグイッと腕を引いて、早足で大河を横ぎる。
「お、おい…亜美」
呆然と立ちすくむ彼女を視界の端に捕らえ、すぐに背ける。
正直…呆れていた。
憶測も良い所だけど…大河の『好き』は私なんかの言葉でぶれる、その程度のモノなんだと…。
誰より長く、身近に彼と居て……一番、彼の事を知っているのに、壊れるのが嫌で踏み出せない。
挙句に誤魔化そうと必死で………ああ、もういいや。
『余計な考え』を私は思考の外へ放る。
千切れた糸は…所詮は簡単に千切れてしまう運命にあった……そういう事なのかもしれない。

私達は一言も発せずに黙々と歩む。
指を絡ませて手を繋ぐ事も無く、彼の羽織ったキルトジャケットの袖ごと腕を掴んだまま…。
だが…あと少しで帰り着く……そんな時に竜児が歩む事を止める。
「なぁ…亜美よ」
「……………なに?」
私はぶっきらぼうな言い方で返す。
「駄目だ……やっぱり……俺は言わなきゃ駄目なんだ」
「………何を?」
そう言った竜児が真に言わんとしている事の判断に迷う。
わかんない……わかんないし。
「大河に……言わねぇと駄目なんだよ、俺の考えって奴を。
このまま……黙ったままなのは……アイツが……」
「可哀相って?良いじゃん自業自得……無駄だよ何言っても」
竜児の言葉を遮り、私は一息に言って先に進もうとする。
が……今度は彼の方が私の腕を掴んで離さない。
「違う……可哀相とかじゃなくて、俺は大河に解って欲しいんだ。
なんで櫛枝より亜美の事を好きになったか。
なんで今の今まで言えなかったか」
私を真直ぐに見詰め、彼は噛み締める様に言った。
「あっそ……じゃあ行けば?速攻で戻って教えてあげたら良いじゃん、そこは大河と竜児の問題ですしぃ、亜美ちゃんには関係ありませぇ〜ん」

私の心中を嫉妬と苛立ちと悲しみが覆う。
まだ彼の中を占める大河の割合に、彼の余計な優しさに、そして……それを羨ましいと想う自分に…。
「確かに亜美には関係は無い事かもな、けど……亜美に大河と一緒に聞いて欲しいんだ」
「はあ?イ・ヤ!何でよ、聞かなくても良い!
どうせ大河は……解ってなんかくれない、絶対に駄々をこねるのなんか分かってる!時間の無駄!」
言葉と裏腹に私の心は泣いていた。
紡ぎ直せると期待してみたら駄目で、愛しい彼の気が大河に向いている事、実は駄々をこねているのは自分である事に。
少なくとも……今の私はそうなのだ。
竜児と互いに惹かれているのは解ってて、でも彼は大河に余所見している。
それが私自身が言った『竜児の考え』を彼女に説明するという事だとしても妬いてて…頭の中がグチャグチャ。
縋った『理想』を諦めるのは尚早と考えてみても、早々に見切りをつけてしまいそうになる自分の弱さ。
情けなくて、悲しい。
「無駄…じゃねぇ。俺は少しづつ繋げば良いって言ったよな、だからまずは取っ掛かり。
お前達が千切った糸同士を持つ所からだ、今から見せてやる」

何を言ってるの?二度ある事は三度ある、そう言うじゃん。
私は自信ありげに言葉を紡ぐ彼に疑いの目差しを向ける。
目を細め、ジッと彼の瞳を見詰める。
それを竜児も同様に見詰める、そう…そっか、逸した方が負けって事だね。
どうしても見せたい訳だ竜児は…。
オツムの足りない本能に忠順忠実なチビ虎を納得させれる、…と私に示したいんだ。
彼女の特性を理解している彼にも出来るかは疑わしい。
竜児だって見たんだから……解るでしょ?
蹴られたし、罵倒されたし………色々と必死だし。
やっと見付けた『拠所』を守ろうと…必死なんだよ大河は。
なるべく荒れない様に…手入れしてるつもりなの。
でも私だって……そうだもん。
出来るなら元通りにしたいもん、歪でも。
じゃあ私は…私は………信じるしか無いじゃん竜児を。
いくら難しい事を並べたって…敵わないや。
一度でも見てみたいと想った『理想』は簡単には諦められない…。
「…私はただ竜児の横に"居るだけ"
無駄だと思ったら帰る。
それでも良いなら見届けてあげる」
目を逸さずに私は答える。
目を逸さないのは『勝ち負け』じゃなく信頼を示すため。

以前、一緒に糸を紡ごう…そう言ってくれた。
私は下手くそだから……やり方を竜児が見せてくれるって……なら私は見てみたい。
見届けたい…。また皆で仲良くしたいから、私と大河が戯れあって竜児も巻込んで、実乃梨ちゃんが窘めて……ん?祐作ぅ?
あいつはほっとけば良いよ、勝手に遊んでるだろうし。
「おぅ、それで良いから」
竜児が頬を緩め、私の手を握る。
暖かい彼の体温…私の冷めた心を溶かす温もり。
ヤキモチを妬かせたのは、これでチャラにしてあげる。
竜児と私の指が滑って重なり…しっかり絡んで繋がれる。
それは…どちらからとも無く、自然に…。
.
「……で、どうやって入る訳?」
来た道を足速に戻り、私達は高級マンションのエントランスに居た。
実は数日前に修学旅行のしおりを皆で作ったのだ。
その時はエントランスまで大河が迎えに来てくれた、だが今日は……。
「お?ああ…大丈夫だ。入り方は知ってる」
そう言って竜児がニヤリと笑う。
細められた三白眼がガラス張りの自動ドアをギロリッと睨む。
『こんなもんガスバーナーで炙ってマイナスドライバーで小突けばイチコロよう』
とかは考えて無いだろう。常識で考えて。

でも何も知らない人が見たら……ねぇ?
なんちゃって嘘だよ。
私はダウナーだった気持ちが浮上してきていた。
もしかしたら竜児なら、解決の糸口…新たな糸を結ぶ事が出来るかもしれない。
大河が信頼した彼なら……私なんかより、って。
彼が暗証番号を打ち込む後ろ姿を見守りながら、腕を組んで待つ。
といっても、それは数秒で済む訳で…彼が私に向かって頷いて、行こうと促す。
私は腕を組んだまま、さも渋々連れて来られました、そんな雰囲気で振る舞って彼を追う。
本当は真逆なんだけどね。
エレベーターに乗ってる間、私は彼を数度チラリと見た。彼は緊張した様子だった。
でも私が見た事に気付いた竜児が頭をポンポンと優しく撫でてくれた。
『心配するな、俺に任せろ』
そう言うみたいに…。
私はムッとした顔をしてみる。
亜美ちゃんは天邪鬼だからさ……本当は嬉しいんだよ。
だから…されるがまま。
そして暖色の灯が灯された廊下を渡り、私達は大河の部屋の前に着いた。
問題はどうやって入る…か。
呼び出した所で大人しく出て来る訳が無い。鍵は…持ってると聞いた事がある。

が…勝手に入ったら犯罪だ。
なら…どうやって?
そう考えあぐねていたら、彼は携帯を取り出す。
微かに耳に届く呼び出し音。私はそれを聞こえないフリをする。
「おぅ、起きてるか?」
大河の携帯に繋がったのだろう、彼が開口一番にそう言う。
「さっきの事で大切な話があるんだ」
大河が何を言っているかまでは聞こえない、が…乱暴な口振りな事だけは解る。
「おぅ…、おぅ、いや…でも聞いて欲しいんだ。頼む、いや、お願いだ」
今度はハッキリと聞こえる『うるさい!死ねっ!』の一言。
「…死んでも死にきれねぇだろ。俺はお前に説明しなくちゃいけないからな」
大河の苛立った返答を聞いても彼は顔色一つ変えずに紡ぐ。
「頼む……時間は取らせない、聞くだけ聞いてやってくれ。
相談…しなかったのは悪かった、言えなかったんだ…でも今ハッキリさせたい」
この押し問答を何回も繰り返す。
本当に嫌なら大河はすぐに通話を止める筈。でも続いているのは……多分、怖いから。
言われる事の察しはついてて、受け入れる事に勇気が持てない。
その気持ちは充分に理解している、が…真摯に頼み続ける竜児の願いは通じた。

彼が感謝の言葉を述べた後、携帯を閉じる…。
カチャリとドアの鍵が開く音がして、彼はノブに手を掛けて開放つ。
そして素早く身体を潜らせる、私は手を引かれて一緒に…。
「なんでバカチワワも居るんだっ!!!」
同時に大河の激昂した声が玄関の中に響く、が…竜児の一言で黙る。
「それは亜美も居ないと成立しないからだ、本当は櫛枝も居た方が良いけど、まずは大河に俺の考えを聞いて欲しいんだ」
「ちっ!惚気話なら帰れ、普段の駄犬ぶりが嘘みたいに、あんたが珍しく真面目な口振りだから入れてやったのに…」
「惚気話じゃねぇよ、大真面目な話をするんだよ。今から」
先程と威勢はそのまま……でも私は気付いてしまう。彼女の瞼が微かに腫れている事に、微かに声が震えている事に。
大河はドキドキしてるんだと思う、竜児に何を言われるか、その内容も察していて……怖くて心細くて…折れそうな気持ちを虚勢を張って必死に誤魔化す。
チラリチラリと竜児と私を盗み見て、何かを考えていた大河が口を開く。
「……そう、そっか…うん。仕方無いから聞いてあげるわよ」
その声から覇気が消え、やけに素直になる。

ゆっくりとした動作で二人分のスリッパを用意して、トボトボと先を進む後姿……。
彼女も理解したのだろう、これ以上は『先延ばし』も出来ない『逃げれない』…と。
変に素直…そして妙な違和感を覚えた。
広いリビングに通され、テーブルを挟んでチョコンと座った大河は小さくて…哀れで……諦めの表情を浮かべていた。
ポツンと一人で座る大河、対して竜児と私は並んで座る…その対比は、彼女に無言の圧力を掛けている筈。
三人がバラバラに座れば、少しは希望が持てたかもしれない。
でも、現実は変わってしまった虎と竜の距離感と、急接近した私達の仲……癒えてない傷口を抉る様な現実を見ているのだろう。
「大河、俺は櫛枝に二度目の告白はしない。亜美の事が好きだから……好きになっちまった。
だから…櫛枝とは距離を置こうと思ってる」
静かな部屋の中で、彼が大河に向かってそう言う。
ストレートに言い放った言葉は大河にとって……『親子関係』の終焉。
私なんかに言われるより、確実に、そう…残酷なまでに見せつけられた夢の終わり。
「竜児…」
大河は縋る様な目付きで彼を見て、すぐに視線を逸す。

竜児の迷いの無い目差しを見てしまったら、今の彼女には眩しくて…悲しくて、でも聞くと言った建前……逃げれない。
「でも縁切りじゃねぇ、ただ"元通り"に…クラスメートに戻ろうって事だ。
俺はそうしたい、多分櫛枝も…」
「違うもん、みのりんはそんな事を望んでいない……絶対……。
私のせいでみのりんは本当の気持ちを言えないだけなの」
でも大河にも譲れない事はある、それが今言った事。
唯一の拠所、傷付いた理由、せめてそれだけは竜児に届けたい、そう見える。
「おぅ…俺が今まで大河に相談出来なかった理由はそれなんだ」
そう言うと墜ちた大河の表情に僅かだが光が差した気がする。
そして私は解らなくなる。
彼が言いたい事が理解出来ない、ただストレートに言うだけで…『取っ掛かり』は掴めるのか疑問。
「何か…亜美も言ってたけど、櫛枝は大河っていうフィルターを通して俺を見ている気がする。
俺も考えてみた。櫛枝をどう見ていたか」
そう一旦締め、少し間を開けて彼は続ける。
その表情は苦しそう、遠くを見ながら紡ぐ。
「俺は………櫛枝を、先入観とか思い込み…色々と勝手に想像して好きになった気持ちになってたんだ」

「え…」
その言葉を私と大河は同時に吐く。
だって驚くよ『好きだった』『好きになったつもり』
同じ『好き』でも意味合いが違うのだから。
「いつだって明るくて、面白くて、偏見は持たずに誰とも仲良くなれる……自分が持って無い物を櫛枝は持ってて、
キラキラ綺麗で、こういう娘みたいになりたい、もし仲良くなれたら…俺もなれるかな、
そう想ってたんだよ。
今、考えてみれば憧れ…みたいな」
「でも知れば知る程……何か違うな、って。
見てるのは……いつだって大河、その付属で俺を見ていた。
それを"認めたくない"そんな気持ちで迷って…。
俺は見て貰いたかったんだろうな、本当の意味で自分を…」
「ま、待ってよ。みのりんはちゃんと見てる、竜児が望む様な意味で」
大河が彼の言葉を遮り、慌てて訂正しようと試みる……が、竜児は止まらない。
「俺もそう想いたかった…何回もその考えを追い出そうとした。
でも無理で……どう見られたかったか、自分の胸に手を当てて聞いてみた………そうしたら亜美の顔が浮かんで消えないんだ」
『亜美』と言った瞬間、私の顔を見て……再び彼女を見据える。

「上辺だけ見ずに、内面を拾ってくれた。…隠さず、誤魔化さずに、守ってくれた。目一杯の優しさをくれた…。
俺が見て貰いたかった事を見てくれて、見せてくれたのは亜美なんだ」
「だから…好きになった、惚れちまった。
急な心変わりみたいだけど……いや心変わりだな。
……俺は"自分だけ"を見てくれる人が欲しかったんだ、俺はしっかり自分を見てくれる人と居たいし、そんな相手の事を見てやりたい」
その紡がれた言葉に大河の目は見開かれ、瞳が潤む。
「みのりんは…見て無かったの?竜児の事を…違う、違う、それは誤解だ、よ?私が竜児の近くに居るから…みのりんは遠慮みたいな感じになってるだけ」
それは自分に言い聞かせる様…大河の気持ちを揺さぶっている。
だって、じゃないと……彼女は失ってしまう。
自分を見てくれる存在も、彼と居る理由も…。
「俺は自分で決めたい、流されたくない。
自分の幸せってのは誰かから貰うんじゃなくて、自身が手に入れる物なんだ。
それと……櫛枝を"好きだった"って気持ちは大事にしたい。
変なフィルターを通さずに"良い恋をした"と想うから。それは事実だから、自分の気持ちに正直になりたい」

彼が全てを言い切り、リビングに流れるのは重くて永い沈黙。

私は竜児に掛けた『おまじない』が伝わって良かったと想う一方で……大河が哀れだと考えていた。
彼が彼女に伝えた事は余りに残酷で……贔屓目で見ずとも正論。
だから大河は何も言えなくなる。ただ生気の無い虚ろな瞳でテーブルを見るだけ。
「……言いたい事はそれだけ?」
それでも、大河は泣かない。……虎は強いから並び立つ竜に弱味は見せない。
彼女が一言呟いて、竜児は返す。
「おぅ、もう隠すもんなんか無い位にな」
と…。
「なら帰れ」
「おぅ」
淡々と返事を返す竜児。冷たい訳じゃない、いつもの口調で…そう普段通りに振る舞う。
私はその姿に戸惑いを覚えた…、そして彼に手を引かれる。
「亜美、行くぞ。大河悪かったな、夜遅くに…おやすみ」
大河は黙ったまま動かない。
私は彼女を正視出来ず、フローリングを見ながら彼に付いて部屋を出た。

階下へ降りるエレベーターの中で竜児が言った。
「大河は解ってくれる…あいつを信じて、真摯に訴えれば、きっと…いや絶対に」
その言葉に返事を返そうとして止める。
私は……横に居て聞いた"だけ"だから。竜児と大河の"問題"だから…。

.
「うん、ゴメン。そこらへんは上手く言っておいてよ。じゃあ…ね」
あの後、私は一睡も出来ないまま一夜を越した。
何とも言えない気持ち…が頭の中を渦巻いて、学校に行く気なんか出ない。
奈々子に電話して『今日は休む』と伝え、日光で微かに透けたカーテンを見ていた。
こんな状況で寝れる訳も無く、このままベッドの中でボーッと一日を過ごそうか。
かといって美容の大敵の一つ、睡眠不足。
今月は仕事が暇とはいえ、油断は出来ない。手を抜いて楽をすれば、後で痛いシッペ返しを食らうのは目に見えている。
少し身体を動かして疲れたら……寝れるかな?
……お腹も減ったし。
人間とは不思議なもので、一度そう思ったら空腹が気になって仕方が無くなる。
人前で恥かしくない程度に身嗜みを整え、私は外へ一歩を踏み出す。
向かう先はスドバ、某コーヒーショップのパチモンな店だ。
ちなみに蛇足だけど、なかなかに美味しいのだ。本家に負けない位には。
実は何気に気に入っている。
「げっ……なんでばかちーがココに居るのよ?」
店内に入って見付けたのは目を充血させた大河の姿だった。

見付かる前にスルーしようとした瞬間、彼女が私に気付き、さも嫌そうな顔をする。
「それには同感だわ、なんでタイガーが居る訳ぇ?てかサボりかよ、うっわ…シンクロとかうっぜぇ」
「ふん…そっちもサボりでしょ?」
キャラメルモカとドーナツを二個注文し、そんな言葉を無視して窓際のカウンターに腰掛ける。
すると、大河が横にチョコンと座る。
てか…朝からどれだけ食べるんだよ?
ベーグルにスープにドーナツに…うぇっ……トレイに盛ってるし。
「あれあれぇ、おっかしぃなあ〜、横に誰も居ないのにぃトレイだけ置かれてるぅ〜
オバケかな、や〜ん怖いしぃ……んんっ?なんだ〜タイガーじゃん、居たんだぁ?小さ過ぎて見えなかったよぉ」
「あら、干され過ぎて存在が霞んだと思ってたら、目も霞んでたんだ。
それともストレスで変な葉っぱでも吸ってラリってんの?
とうとう墜ちる所まで墜ちたの?」
あ〜無視だ無視、ああ言えばこう言う……相手にしてたらキリが無いし。
互いにソッポを向いて、ドーナツを口に運ぶ。
「ねぇ…ばかちー」
うん美味しい、ドーナツはやっぱりシンプルなのが一番ね。妙にゴテゴテしたのは重いしカロリー高いし。
「……私、竜児の事が好き」

突然の告白に私の動きが止まる、サラッと軽く……この娘は言った『竜児が好き』だと。
「……そう」
一言で簡潔に返して、私は迷う。
昨日の今日で……あっさり認めた、隠す事を止めたから。
「でも竜児には言わない、このまま秘密にしとくわ」
彼女を見ると、昨日の生気の無さは嘘みたいに晴れていた。
「…大河はそれで良いの?」
私は聞き返す、でも……言った後で問い掛けるのは無意味だと悟る。
その顔は柔らかく微笑んでいるから…。
「良いの。私は強くなりたい、一人立ちしたいもん。竜児とみのりんに見せてやりたいもん。
でね昨日、ちょっとだけばかちーが羨ましかった。
堂々と竜児に好きだって伝えれて、竜児に好きだって言われてて……。
竜児が言ってたのって結局は惚気だけど…うん。なんかスッキリした」
昨日、感じた違和感……ほら大河が二人分のスリッパを用意したじゃん。
他人への気遣い…それは社会で重要な事。
彼女は『一人立ち』するために努力してるんだ。
そう考えたら合点がいく。
半欠けになったシナモンドーナツを口に放り込み、大河は続ける。
「へほ、ひゅーひよりふきひなれふひほをひふへるはへ、ふひへひはひ」

「何言ってるかわかんねぇ〜から、食べるか喋るか、どっちかにしろっつーの、あ〜あ…きったねぇ。それじゃあ一人立ちなんて万年は先だね」
顎に肘を付いて、そう言うと大河が私をキッと睨んでモグモグと口を動かす。
彼女が言った内容を…しっかりと私は聞いた。
『でも、竜児より好きな人を見付けるまで、好きでいたい』
そう…ちゃんと届いた。
「私は竜児が大切、みのりんも大切…だからお節介は止める。
竜児が決める事だから、もう邪魔はしない。
ズキズキ痛いけど…竜児を好きな事に自信を持つ、そして見付けるの、あいつより私を見てくれる"たった一人"を…。
それに…良く考えたらアレよ、犬は犬同士でくっつくのが自然の摂理だしね?
駄犬ごときが、私とくっつくなんておこがましいにも程があるわ」
ふんっ!と鼻で笑って強がる大河……可愛くねぇ。
でも竜児の言った通りだったよ、まずは相手を信じてみる事、端から疑って掛かったらこじれるだけなんだ。
そして、気持ちを飾らずに伝えれば解り合える。そう示してくれた。
彼女は…誰よりも強い虎。
誰も寄せ付けない気高い矜持を持った虎なのだ。

だから見付かるよ…絶対に。竜より相応しい相手が、きっと見付けれる。
誰かに頼らなくても。
「大河」
私は彼女に呼び掛ける。頑張る姿を見てるのは…実はまだ居るんだと伝える為に。
「頑張りな」
頭を優しく撫でて紡ぐ。それを嘲笑って憎まれ口を叩くと思ってたら……素直に、そして喜びを隠さずに返してくれた。
「うん!」
と…。


続く

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