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心のオアシス〜3〜





「は〜い、朝のホームルーム始めるわよ。みんな席に着いて〜。」

秋の暖かな温度もなりを潜めて、冬の冷気が肌に染みるようになってきた今日この頃。
2−Cの教室に独身こと、恋ヶ窪ゆりの声が響いた。その声に反応して、友達と雑談などをしていた者や、自分の席にいなかった者が、自分の席に戻っていく。

「みんな席に着いたわね。じゃ、クラス委員さん、号令お願い。」

「起立、礼。」

先生の声に対して、起立、礼の号令を出したのは、高須竜児だ。
今までならクラス委員の北村祐作の仕事だった。しかし、北村は元会長の狩野すみれの留学に合わせて学校を自主退学をして、すみれについて行ってしまった。
したがって、クラス委員がいない状態になってしまったのだ。
そこでクラス委員に抜擢されたのが、北村と仲が良かった高須竜児だ。責任感もあり、北村と仲が良かったことでクラス委員の仕事を度々手伝っていたことから、竜児が任命されたのだ。

「え〜、今日の連絡事項は……」

またいつもの日常が始まる。
しかし、川嶋亜美にとって、今日はいつもとは少し違う、ほんの少しだけ特別な日となる。


午前中の四つの授業を受け終えて、今は昼休み。成長期の高校生にとって、一日の学校生活の中で一番楽しみにしている時間帯だ。友達で集まって雑談しながら昼食を食べたり、恋人同士でイチャイチャしながら昼食をとったり、各自好きな方法で昼休みを満喫している。

「ふぅ……」

そんな中、亜美は昼食を早く切り上げていた。木原や香椎の誘いも断り、一人で昼食を済ませ、ある場所に来ていた。
そこは、校舎内の一角に設けられた自動販売機コーナー、そこにある自動販売機の間だ。
転校してきてから、亜美は度々この場所に一人で来てたのだ。主な使用目的は、自分ひとりで考え事をしたいとき。
今も例に漏れず、静かなこの空間で一人、思考に没頭する。
ここに来てすぐ買ったミルクティーをチビチビと飲みながら、考えることはたった一つ。

高須竜児のことだけだ。

少し前、幼馴染みの一言により、前から薄々とは気付いていた自身の気持ちを明確に理解してしまった。
川嶋亜美は、高須竜児のことが好きだ。
亜美自身、今までは何で竜児の事が好きなのか、分からなかった。
顔はお世辞にも良いとは言えない。どころかヤンキーにしか見えないほど顔が怖い。
小さい子供なら目が合っただけでトラウマになる程の破壊力だ。
だが、そんな顔にもかかわらず、竜児の趣味は家事全般。特に掃除には強いこだわりを持っている。
学校の掃除の時間は三白眼をギラつかせ、少しでも汚れている所を見つけると口元が禍々しく歪む。
(本人はただ汚れを見つけて微笑んでいる程度だが、周りからはそう認識されてしまう)。

「顔はあんなんだし、おばさんみたいだし、いつもならあんな奴、相手にもしないのに……」

亜美は一人、そう呟く。
何で好きになったのか、今なら簡単に分かる。

「あたしの本性知っても、離れていかなかった……」

ストーカーを追いかけていたとき、我慢しきれずに本性をさらけ出した。今までの人なら、その時点で亜美に関心を無くしていた。
しかし竜児は違った。亜美の本性を知っても、離れていったりはしなかった。
それが、亜美にとっては凄く嬉しかった。かつて無いほどの喜びが胸に溢れた。

「それで舞い上がっちゃって、高須君に迫った時もあったっけ……」

ストーカーを撃退した後、竜児は亜美を自宅に入れた。その際、亜美は竜児に迫った。
結局は邪魔者が入って未遂に終わったが、もし誰も入ってこなかったら……

「……っ!」

その先を想像してしまい、一気に顔を赤くする亜美。顔を冷まそうと両手を顔に当てる。

「うぅ……何やってんのよ、あたし……」

勝手に好きな人とのエッチを想像して、勝手に照れて顔を赤くしている。そんな自分が妙に情けなく思える。
未だに火照っている自身の顔を冷まそうと、ミルクティーに口につける。
その時、亜美の上から声がかけられた。

「何だ川嶋、またこんな所にいたのか」

この声を聞いたとたん、亜美はガバッっと顔を上げる。
亜美の目に映ったのは、亜美の想い人であり、今までずっと考えていた対象である高須竜児がいた。

「そんなのあたしの勝手じゃん、高須君には関係ないわよ。」

そんな竜児に、亜美は素っ気無い返事をしてしまう。

「ああ、そうだな。俺には関係ないよな。」

そう空返事をしながら、竜児は自動販売機で缶コーヒーを買った。
そしてそのまま、教室に帰ろうとする。
その時、北村の言葉が脳裏を掠めた。

『素直になれ、亜美。今までみたいに素直にならずにいたら、高須との距離はいつまで経っても縮まらないぞ?』

そしてその言葉が頭に浮かんだ瞬間、亜美は竜児のズボンの裾を掴んで、竜児を引き止めていた。

「何してるんだ川嶋、離してくれねえか?」

竜児が亜美に掴まれた部分を見下ろしながら聞いた。

「な、何でもう帰っちゃうのよ。」

唇を尖らせ、そして若干頬を赤くしながら亜美は言った。
数少ない竜児との二人っきりの時間だ。こんなチャンスを、みすみす手放す亜美ではなかった。

「何でって、俺は缶コーヒー買うためにここに来たんだぞ。缶コーヒー買ったら帰るのが普通だろ?」

「そうだけど……」

亜美はどうにか竜児が教室に帰らないようにしたいのだが、生憎とそんな都合の良い方法は簡単には思いつかない。

「ははぁ〜ん、高須君、そんなに早く教室に帰りたいんだぁ〜。その理由は、ちびトラに色々言われるから?
それとも、誰かさんの顔を早く見たいためかなぁ?」

だから亜美は、いつもの竜児をからかう時にする態度でしか、竜児を引き止めれなかった。

元来、竜児と亜美は話自体は沢山してきたが、内心を全部さらけ出すようなこと自体はしなかった。
その理由は、亜美の性格故にだ。
亜美は高校生という若さに関わらず、モデルの仕事をしている。仕事の世界では自分の考えや気持ちを押さえ込まないといけない時が多々ある。そんな世界で過ごした亜美は、無意識にだが、いつしか友達にも素の自分を隠すようになってしまった。
そんな亜美に、いきなり素直になれというのは無理な話である。

「だ、誰がそんなこと……!」

亜美の予想通り、竜児は赤くなりながらうろたえる。
そんな竜児の様子に、チクリと胸に痛みが走る。
この痛みも、竜児への想いを理解した時からは頻繁に感じるようになっていた。

「だったらそんなに早く帰る必要ないじゃなぁい?」

「……分かったよ。」

ため息をつき、肩を落としながら竜児は亜美の正面に座り込む。

「怒った、高須君?」

「別に。お前がそういう奴だって知ってるからな。もう慣れた。」

「ふ〜ん、高須君って優しいんだね。」

「そんな感情篭ってない声で言われても嬉しくねえぞ……」

そう言いながら、竜児は買った缶コーヒーのプルを開け、コーヒーを飲む。
それから亜美はしばしの間、竜児との会話を楽しむ。
その内容は、とりとめの無いものばかりだ。お互いの近況やら、友達がどうだったとか、至って普通な内容だった。

「んで、あたしが服を選んでるときにお客の一人があたしに気付いちゃって、そっからはもう大変だったわよ。
サインせがまれるわ、握手求められるわ。お陰で買い物は出来なかった、マジ最悪。」

今は亜美のプライベートに関する話だ。
内容としては、休日に買い物に行って服を選んでいたときに、自分が芸能人と気付かれてしまった。
そうなったら、後はもう混沌の極み。やんややんやと亜美に押し寄せる人、人、人。
状況を見た店員が止めに入らなければ、いつまで続いていたか分からない程だった。

「芸能人も大変だな。俺は実際にそんな場面に遭遇した事も、見たことも無いから分からねえが、きっと大変だったんだな。」

「大変なんてものじゃないわよ。まあ、日常茶飯事だから、もう慣れちゃったけどね。」

「嫌な慣れだな……」

苦笑いをしながらそう言った竜児。
次の瞬間、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。

「あ……」

亜美の表情に影がさす。竜児との時間が終わりを告げたからだ。

「お、もう時間か。川嶋、戻るぞ。」

言いながら、竜児は立ち上がる。そして、教室に戻ろうとする。
仕方なく、亜美も立ち上がる。
竜児の後について教室に向かう。教室に着いたら、竜児はある人物に独り占めされてしまう。
その人物は逢坂大河。生活力が限りなくゼロ、もしかしたらマイナス側にまで傾いているかもしれない程の女子だ。
そんな大河を、世話焼きな竜児は、生活の全てにおいて干渉している。
洗濯や掃除、食事や朝の起床まで、あらゆる面で大河は竜児に依存している。一週間毎日だ。土曜も日曜も。
そう亜美は考えると、胸に苛立ちが生じた。
その苛立ちは時間が経つにつれて大きくなり、亜美をある行動へと後押しする。
亜美は竜児の手を掴んで立ち止まった。

「っと、どうした、川嶋?」

「高須君……」

途端に心臓が暴れだす。これから竜児に言うことを考えるだけで、顔が赤くなるのが分かる。

「どうしたんだ、川嶋。黙ってちゃ分からないぞ?」

「……」

一度、落ち着くために深呼吸をする。そして勇気を持って顔を上げて、竜児の顔を真正面から向き合った。

「高須君は、今週の日曜、空いてる?」

「は?日曜?特に用事はねえけど……」

「じゃあさ、亜美ちゃんの買い物に付き合ってくれない?」

言った、遂に言った。今まで恥ずかしくて言えなかった事が、やっと言えた。
思えば、竜児への気持ちに気付いてから、何度思ったか。竜児と一緒に買い物に。
特別なことなんて何にも無い、恋人同士がするみたいな普通のデートを。
その夢が、言えた。亜美の胸に小さな達成感が湧き上がる。

「別にいいが、何で俺なんだ?」

「えっ……?」

そう言われ、亜美は戸惑った。
ここで自分の気持ちを言う勇気はないし、適当な嘘も思いつかない。
亜美の頭の中は今、パニックという名の混沌と化していた。

「どうした川嶋?急に黙って。」

そう言われたから、亜美は反射的に竜児の顔を見た。
相変わらず、怖い。特にその目。この目に睨まれて逃げ出さない人は恐らくいないだろう。
そう思ったところで、亜美は思いついた。

「え、えっと、高須君がついて来てくれれば、例えあたしに気付かれても近づいて来ないじゃん?
いくら亜美ちゃんが可愛くて魅力的で輝いていて話しかけずにはいられないような美しい存在でも、高須君の顔見たらそんな気も失せるじゃない?」

と、亜美は上手く誤魔化した。

「はぁ、俺は虫除けかよ……」

「いいじゃない、虫除けでも亜美ちゃんと一緒に買い物に行けるんだから。そこらの男子高校生に聞いたら泣いて喜ぶわよ?」

「……」

それでも、竜児はまだ渋っている。腕を組みながら「うーん……」と唸っている。

「もしかして、何か予定とかあった……?」

「いや、さっきも言ったが予定はない、けど……」

「けど?」

「……お前は良いのかよ?」

竜児の問いかけに、亜美は「は?」と首を傾げる。
何でそんなことを聞くのか、亜美には理解できなかった。こっちから誘ったんだから、後は竜児が承諾すればいいだけの話である。
それなのに竜児は、亜美に了承を求めてきた。

「あたしから誘ったんだよ?何で高須君がそんなこと聞くの?高須君ってバカなの?」

亜美は自分の疑問を竜児に投げかける。
そんな亜美に、竜児は答えた。

「いや、川嶋は売れてるモデルだろ?そんな川嶋と、俺なんかが一緒にいていいのかなって……」

竜児の答えに、亜美は小さく、フッと笑った。

「そんなに構えなくていいよ。ただ、普通に買い物に行くだけだから。」

そう言われ、竜児は一瞬考え込んで、

「……分かった、行くよ。」

と答えた。
そう竜児が言った瞬間、亜美の顔が笑顔に弾けた。
今までのような作り物の笑顔や愛想笑いではなく、一切の偽りのない純粋で無垢な笑顔だった。
そんな亜美の笑顔は、竜児が今まで見てきた亜美のどの表情よりも輝いて見えた。
そんな亜美に見とれてしまうのは、仕方の無いことだった。

「約束だよ、高須君!もし破ったら、亜美ちゃん何するか分からないからね!?」

「お、おう。」

竜児は癖で前髪を手でいじる。しかしそれは、亜美の笑顔に顔を赤くしていることを隠す為だった。
そんな竜児に、亜美は気づいていない。日曜日のことを思い、はしゃいでいる。

「そろそろ戻るぞ、川嶋。5限目が始まっちまう。」

「そうだね、高須君!」

そして二人は、教室に向かって歩き出す。竜児は歩きで、亜美は少しステップ気味に。
こうして、亜美にとっての少し特別な日、竜児を二人っきりのデートに初めて誘えた日は終わりを迎えた。







時は過ぎて日曜日。亜美と竜児の初のデートの日になった。
天気はデート日和な快晴。
ちなみに、亜美は竜児とのデートの日が決まったら、可愛いことに照る照る坊主を作って毎日晴れになるように祈っていた。

今亜美は、待ち合わせ場所である大橋駅の前に向かっていた。
デートを決めたあの日、待ち合わせ場所などを決めるために帰りに二人で須藤スタンドコーヒーバー、通称スドバに寄っていた。
そこで話した結果、待ち合わせ場所は大橋駅前、時間は午後の2時、ということになった。
ちなみに、亜美はこの時しっかり竜児と携帯番号とアドレスを交換しておいた。

駅前に向かう亜美。いつも通り、周りに可愛さを振りまいている。道行く男は皆が皆、亜美の可愛さにすれ違いざまに振り返る。
そんな様子に、亜美は気付いていない。いま亜美の頭は、竜児とのデートで一杯だった。期待や不安、喜びに戸惑い、色々な感情が胸の中で渦巻いていた。

「ふぅ、まだ来てないか。」

自身の携帯で時間を確認する亜美が呟く。先に待ち合わせ場所に着いてしまった。
それも当然、亜美が着いた時刻は1時半。待ち合わせの時間より30分も早い。
その理由として、亜美が楽しみにしていたという事も少なからず影響しているが、大半は亜美の職業による。
働くようになると、今までより格段に重要になるものがある。それは、時間だ。特に亜美のような芸能人は、時間厳守の世界だ。
それ故に、亜美はいつも待ち合わせには余裕を持ってくるのだった。

竜児が来るまで時間を潰すために、携帯をいじる。
するとすぐに、亜美に声がかけられた。

「ねえ君、今一人?良かったら、今から俺たちと遊びに行かない?」

声に反応して顔を上げたら、前にはいかにも遊んでいそうなチャラチャラした男が二人いた。
亜美は大きなため息を吐く。

(またか……しかも、よりによってこんな時に……)

内心鬱陶しく感じながらも、亜美はいつもの作り笑顔で対応する。

「すみません、あたし今から友達と予定あるんですよぉ。」

「ええ!?そうなの?」

「そうなんですよぉ、だからごめんなさい、他の人をあたって下さい。」

「でもさでもさ、君みたいな可愛い子を待たせるなんて、その友達も酷くない?そんな友達放っておいて、俺たちと遊ぼうよ!」

一向に食い下がらない二人に対し、亜美は内心で舌打ちをした。

(うっせぇな、お前らなんか眼中に無いっての……)

だが、そんな内心は顔に出さず、何とかして二人を追っ払おうとした。

「ごめんなさい、本当に無理なんですよぉ。」

胸の前で手を左右に振って、ついて行く意思が無いことを示す。

「……」

そんな亜美を、男二人は今までと一転した、さも面倒くさそうな目で睨む。

「はぁ……あのさぁ、お前、ちょっと可愛いからって調子乗ってんじゃねえの?」

「え……」

今までと違う雰囲気になった二人に、戸惑う亜美。

「可愛いのなんて今だけだぜ?声かけられるのも今だけ。そのチャンスを見逃しちゃってもいいのか?」

「で、ですから、さっきから言ってる通り……」

そう亜美が言ってる時に、「チッ」っという舌打ちが聞こえてきた。

「グダグダ言ってねえでついて来いよ!!」

痺れを切らした二人のうちの一人が、亜美の手を掴んで強引に連れて行かれそうになる。

「ちょ、ちょっと、離して下さい……!」

相手の手を解こうと腕に力を入れるが、男の力に適うはずもなく、びくともしない。
相手の成すがままになっている亜美。
怖い。とても怖い。
亜美の心は今、「怖い」という感情に支配されていた。このままどうなるのか。何をされるのか。恐怖心は想像力を助長し、亜美に色々なことを想像させる。

(やだ、やだ……!怖い……!!誰か、誰でもいいから、助けて……!!)

誰でもいいから助けて。
頭の中で、何度もその言葉をリピートする。
しかし、その思いも空しく、亜美と男二人の行動を見ている周りの誰も、亜美を助けようとしない。誰もが気付いていながら、面倒事に巻き込まれたくないとでも言うように、何もしない。

「大丈夫だって、君も絶対に気持ちよくなるから。今までの女だって皆そうなってたぜ?最後には自分から腰振って、『もっともっと』ってお願いしてくるんだからよ。」

怯えている亜美に、絶望の言葉が投げかけられた。
最初から薄々は気付いていた。しかし、気付かないようにしていた。だが、今の言葉で確信してしまった。

(あたしは、こいつらに犯されるの……!?)

言葉にならない程の絶望感が胸に溢れた。
恐怖と絶望から、亜美の瞳から涙が溢れた。

(誰か、誰か……)

亜美の頭に顔が浮かぶ。
目つきが悪く、どう見てもヤンキーにしか見えない顔が。しかしその顔は見た目だけで、中身は驚くほど優しく、様々な魅力に満ちている、男の顔を。

「助けて……」

知らず知らず、口から言葉が出ていた。
ここに現れてくれることを信じて、愛しい人の名前を。

「助けて、高須君……!」






そう言った瞬間、亜美を引っ張っている男が立ち止まった。

「何だてめぇ、邪魔だ、どけ。」

それと同時に、その男はそう言った。
亜美が顔を上げてみると、前の男二人の前に、一人の男が立っていた。
その男は、全力で走ってきたのか、膝に手をつきながら肩で息をしている。

「おい、聞こえねえのか、ああ!?」

男の言葉に、息を切らしている男はゆっくりと顔を上げる。

「「っ!?」」

亜美を連れていこうとしていた二人が同時に、息を呑む音が亜美に聞こえた。
それも当然か。

男二人の前に立ちはだかったのは、高須竜児。
今はそのヤンキー顔を、息を切らしているせいか、歪ませていていつもの10倍増しの怖さだ。今の顔の竜児をどこかのヤクザの次期組長と言われても、納得できるほどの怖さだ。

「お前ら、何しようとしている……?」

竜児が声を出す。その声は、いつも友達に出しているような優しい声ではなく、途轍もなく低い、相手に恐怖心を与えるほどの声だった。
息を切らしていたせいもあるが、竜児にこんな声を出させたのは、男二人に対する憤激。かつて無いほどの怒りの感情が、竜児の身体に渦巻いていた。

「その子は、俺の友達だ……
もしその子に何かあったら、許さねえぞ。」

竜児はあえて怒鳴らなかった。限りなくドスの利いた声で男二人に言い放つ。
それが、男たちには堪らない恐怖を呼んだ。

「「ひ、ひいいいいぃぃぃぃ……」」

男二人は、すぐさま回れ右。一目散に竜児から逃げていった。

「……」

竜児は、少しの間逃げ出していった男二人の背中を睨みつけていた。
そしてすぐに、その視線に心配の色を乗せて亜美の方に向ける。
亜美は地面に座り込み、俯いて身体全体を震わせていた。

「大丈夫か、川嶋!」

すぐさま、亜美の傍にしゃがみ込み、肩に両手を置く。

「悪い、川嶋……俺が遅れたばっかりに、お前に怖い思いさせちまって……」

「高須君っ!!」

竜児が言い終わらないうちに、亜美が竜児に抱きついてきた。いや、しがみ付いてきた、という方が正しい。
そしてそのまま、竜児の胸に顔をうずめて泣き出した。余程怖かったのだろう、周りの事は気にしないで、感情の赴くままに涙を流す。

「高須君……高須君っ……!」

「怖かったな、川嶋。もう大丈夫だ、俺がいるから、安心しろ。」

そんな亜美の身体を、竜児は包み込むように優しく抱きしめる。右手は亜美の背中をさすり、左手は亜美の頭に置いて優しく撫でる。
少しでも亜美に安心してもらおうと、自分に出来る限りの優しい声で言う。
亜美には安心してもらおうと、竜児は「大丈夫」と言ってはいるが、あの二人に腕っ節で適うとは微塵も思ってない。
竜児は顔こそ怖いが、普通の高校生だ。本気の殴り合いなんてしたことはない。あの二人に勝てる要素なんて一つもなかった。
だから竜児は、最後の手段をとった。自分の最大のコンプレックスであった、昔から嫌いで嫌いで仕方が無かった、怖い顔での威嚇。
亜美のためなら、竜児はその自分の嫌いな顔を使うことを辞さなかった。
竜児は今日、生まれて初めて自分の怖い顔に感謝した。

竜児は亜美が落ち着くまでずっと亜美を抱きしめて、頭を撫でていた。
しばらくすると、亜美も幾分か落ち着いたのか、竜児の胸から顔を離す。

「もういいのか、川嶋?」

「うん、さっきよりは、大分落ち着いたから……」

そう言う川嶋の声は普通に戻ってはいるが、まだまだ弱弱しかった。
その声を聞いた竜児は、もう今日は買い物には行かない方がいいと判断した。

「川嶋、帰るか?」

「え……?」

「今日はもう無理だろ?」

「でも……」

竜児の提案に、亜美は渋る。

「でも?」

「買い物に、行きたい……」

亜美は、今日の竜児との買い物を本当に楽しみにしていた。どうしても、竜児と買い物に行きたかった。

「買い物ならいつでも行けるだろ?川嶋が望むなら俺もついて行く。だから、今日は帰るぞ?」

「本当……?」

「おう、本当だ。」

「なら、帰る……」

竜児の言葉に、素直になる亜美。そして立ち上がろうとする。
しかし、

「おっと……」

腰が抜けているのか、よろめく亜美。そんな亜美を、竜児が手を伸ばして支える。

「大丈夫か?」

「大丈夫……じゃないか。フラフラして、上手く立てない……」

いつもからは想像できないほど、元気の無い笑顔を浮かべる亜美。
そしてそう言いながら、亜美は竜児の片腕に自分の両腕を絡ませる。

「お、おい、川嶋!?」

「上手く立てないから、高須君が支えて?」

竜児の目を見つめながら、上目遣いで言う。

「お、おう。」

そんな亜美に、竜児は赤面する。瞳が潤んでおり、いつもの亜美の表情より艶やかで魅力的に見える。
しかも亜美の顔は竜児の顔の至近距離。顔を赤くするなという方が無理な話だ。

「じゃ、じゃあ帰るけど、お前の家ってどっちだ?」

「ん、こっちよ。」

亜美は自身の家の方向を指差す。
その方向に、二人は歩き出した。

亜美は自分の家までの少しの間、竜児との二人っきりの時間を満喫した。
恋人同士じゃなきゃ接近できない程、近づいた。しかも、竜児の片腕に抱きつきながら、街中を歩くことが出来た。
買い物に行けなかったのは残念だったが、それに匹敵するほどの価値があることだった。

「ここが、あたしの家。」

自分の家に視線を向けてそう言いながら、亜美は抱きついていた竜児の腕から離れる。

「今日は本当にありがとう。あのままあいつ等に連れて行かれてたら、今頃あたしは大変なことになってた。」

「いや、礼を言われるほどのことじゃねえよ。俺は当然のことをしただけだしな。」

そう竜児が言ったら、亜美は小さく笑みをこぼした。

「どうした、川嶋?」

「ううん、何でもない。ただ……」

「ただ?」

「あの時の高須君、凄くカッコよかったな、って……」

「なっ!?」

亜美の言葉に、顔を赤くする竜児。

「な、何だよ、いきなり……!」

「別に、ただそう思っただけ。」

そう言いながら、亜美は玄関の方にスタスタと歩いていく。
鍵を取り出し、玄関の鍵を開ける。
そして、竜児に振り返る。

「しつこい様だけど、今日は本当にありがとう。高須君には、言葉にならないほど感謝してる。」

「おう、もうあんな奴等に捕まるなよ。」

「うん、気をつける。」

そして、少しの間をおいて、亜美が再び喋りだす。

「でももし捕まっても、高須君が助けてくれるから大丈夫かな?」

悪戯好きな子供みたいな顔で、亜美はそう言う。

「ば、ばか!んな都合よくいくかよ!」

「ふふ、冗談よ。」

そう亜美に言われ、竜児は肩を落としながらため息を吐く。

「お前はまた俺をおちょくって……」

「でも」

亜美は目を閉じて、助けに来てくれた高須の姿を思い出す。

「高須君が凄いカッコよかったっていうのは本当。まるで、私だけの王子様みたいだった。」

そして、顔を赤らめながらそう言った。
その言葉は、嘘も偽りも無い、亜美の本心だった。

「じゃあね、高須君。」

そう言って、亜美は足早に玄関に入っていった。理由としては、自分の言葉に顔を赤くして、その顔を竜児には見られたくないためだ。
誰もいない、亜美の家の玄関。

「本当に、私だけの王子様になってくれたら、どんなに嬉しいか……」

それ故に、今の亜美の言葉を聞いた者は誰もおらず、妙に寒い玄関の中に溶けていった。










竜児は今、自分の家に向かって考え事をしながら歩いている。
その考え事は、自分の気持ちだった。

(何で、俺はあんなに怒ったんだろう……知り合いが拉致られそうになってたからか?)

連れて行かれそうになっていた亜美を見た瞬間、竜児はかつて無いほどの怒りを感じた。
だが、自分が何故そこまで怒るか分からなかった。
同じようなことが、昔あった。中学のとき、同じクラスの女子が今日と同じように不良に絡まれていた。
見過ごすことも出来ず、その不良たちを眼光一つで追っ払った。
その時は、「大変だ」とは思ったが、今日ほどの怒りを感じることは無かった。

(やっぱ、友達だったからか……?それとも別に理由があるのか……?)

竜児は何とも言えないモヤモヤを感じながら、自分の家に向かって歩いていった。

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