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393 ユートピア sage 2010/09/07(火) 00:06:38 ID:0DLptACU





心のオアシス〜5〜






好きな人との学校の登下校というものは、中々に嬉しいシチュエーションではないだろうか。
飽きるほどまでに通り慣れた道であろうとも、好きな人と一緒にいるだけでガラリと顔を変える。いつもは長く感じる道程も、好きな人と他愛も無い話をしているだけで時間が矢の様に過ぎていく。
誰もが一度は憧れることだ、勿論川嶋亜美も例に漏れずにそうしたいと思っている。それどころか、更に行動に移そうとしていた。

いつもより少し早めに起床して、朝ご飯を食べて、学校に行く支度をし、そして家を出た。
だが、いつもの様に真っ直ぐ学校に行く訳ではなく、わざわざ回り道をして違うルートで学校へと向かう。そんな事をする理由、並びに早起きした理由、それは竜児と一緒に登校するという行動に出るためだ。
昨日、竜児に好きになってもらえるように動くと決意した。その為の第一歩が登下校を一緒にするというものだ。
それだけか、と思う人がいるかもしれない。小さい、と思う人もいるかもしれない。だが、塵も積もれば山となる、という諺があるように日々の積み重ねが成功への近道だと亜美は考えた。だから亜美は、世間一般での常套手段を用いて、竜児へ一歩一歩近づこうと思ったのだ。


「多分この道を通ると思うんだけど」

以前、一度だけ竜児の家に行ったことがある亜美は、その時の記憶から竜児の通学路を割り出し、その辺りを見回して竜児の姿を探す。
うろうろしながら周りをきょろきょろして挙動不審極まりないが、美少女の亜美がやればたちまち画になるから世の中理不尽……もとい不思議である。
少しの間竜児を探していると、

「あ」

と声を出すのと同じくして本人を見つけた。
スクールバックを肩に掛け、いつも道理の、亜美が好きな高須竜児を。
精緻なフランス人形を彷彿とさせる容姿を持つ逢坂大河、というオマケ付きだったが。
亜美は大河の存在に僅かに眉根を寄せたが、そもそもあの二人は家族の様な付き合いをしている。朝起きるのもご飯を食べるのも、大河は竜児に依存していた。そんな二人が朝一緒に登校しない、なんてことはないだろう。そんなことは一学期のころから知っていた。
そして、そんな当たり前は関係ない。どれだけ大河が竜児の近くにいようと、それは所詮家族ごっこ。竜児が父親で大河が娘の、奇妙極まりない共同生活。恋や愛による結びつきではない。
それなら、亜美にもまだチャンスはあった。実乃梨という一番の脅威があるが、それでも引くわけにはいかない。最早亜美には、竜児しか眼中になかった。
その為に、亜美は行動に出る。

「高須くん、おはよう」

小走りで二人に近づきながら、まずは朝の挨拶。軽く微笑むことも忘れずに、少し前かがみになって竜児の目を覗き込む。

「お、おう。おはよう、川嶋」

「げ、なんで朝っぱらからばかちーに会わなきゃいけないわけ?それに今日はいつもより発情してるし。昼ごろにはこの駄犬と交尾でもするんじゃないの?」

「ばっ、な、なに言ってんだ大河!」


下から覗き込むような亜美から一歩後ろに下がり、挨拶をする竜児。一方大河はいつもの如く、犬猿の仲を体現するような発言である。
そんな大河の発言に、竜児は顔を真っ赤にしながら大河を睨む。別に、その発言道理にしてやろうかただしお前でなグヘヘヘヘ、と思っているわけではない。恥ずかしがっているのだ。
昨日のモヤモヤは朝起きても解消されておらず、朝飯を作っている時などに、竜児は無意識のうちに亜美のことを考えてしまっている。そのことも手伝って、今日の竜児にはいつも以上に亜美のことが可愛く見える。
それこそ、初めて亜美と対面した時の様な胸の高鳴りを感じていた。その頃はただ単純に可愛い女子に免疫が無かったからなのだが、今は良く分からないモヤモヤが心臓を不規則に動かす。

「んー、高須くんが望むならぁ、あたしはそれでもいいけどぉ。亜美ちゃんの身体に夢中になっちゃう獣な高須くん。キャー!もう、ス・ケ・ベ・さ・ん♪」

「お、お前まで何言ってるんだよ!大体な、女の子がそんなことを言うんじゃねえ!それがどれだけ危険かってのが分かってないのか!」

言葉に会わせて鼻先を人差し指でちょんちょんする亜美に、竜児は本気で照れる。これで照れない男子は世界中のどこにも存在しないだろう。
そんな二人に大河は「げっ……」と言ってあからさまに顔を歪める。

「あーあ、朝から嫌なもの見ちゃった。私先に行くね。発情犬は発情犬同士、尻尾と腰を振りあいながら学校に行くといいわ」

「あ、おい大河!」

二人に手をヒラヒラさせながら、大河は先に行ってしまう。
そんな大河の背中を見ながら、亜美は心の中で手をグッと握る。初日から竜児とのツーショットの登校だ。ガッツポーズをせずにはいられないだろう。

「行っちゃったね、タイガー」

「だな。ったく、どこかで転ばないか心配だな」

「大丈夫だって。タイガー、なんかこの頃しっかりしてきてるもん。文化祭ぐらいから」

「とは言っても、あの大河だからな。近年稀にみるドジだぞ?」

「……まあ、そこら辺は否定できないか」


大河が行ったことを確認した二人は、どちらからともなく学校へ歩き出す。
他愛も無い会話を交わしながら、通学路を進んでいく。

「あ、川嶋、歩く位置変わってくれねえか?」

「? いいけど」

突然の竜児の要求に、ポカンとしながらも川嶋は従う。竜児が右、亜美が左を歩いている位置を逆にしたので、今は竜児が左で亜美が右だ。
亜美には何故竜児がこんなことをするのか分からなかった。

「ねえ、何のために位置を変えたの?」

故に亜美は竜児に疑問を投げかける。
そんな亜美に、竜児は特に気負いなくこう答えた。

「車道側だと危ないだろ?いきなり車が走ってくることもあるんだからさ」

あくまで普通に、さも当然の様に、そこに何の迷いも無く、竜児はそのように告げる。
これだ、これなのだ。下心も打算もなく、ただ単純に相手の身を心配しての行動。そんな行動が出来る人はそうそういる筈もない。
亜美も、竜児のそんなさり気ない優しさに惹かれたのだ。

「……ん、ありがと、高須くん」

「こんなこと、礼を言われるほどでもねえよ」

そして、竜児は無意識だからこそ、それが当然だと思っているからこそ、それに何の感情も抱かず、誇りもしないし自慢もしない、ましてや優越感なんて絶対に感じることもない。

「高須くんって、無自覚だよね」

「は、何がだ?」

「べっつに〜。そんなこと本人に言ったって絶対に分からねーし」

「またお前は……喋り出したかと思ったら勝手に一人で自己完結して黙り込む。それ、何とかならんのか?」

「んー、無理かなぁ?だって亜美ちゃんの考えてることなんか亜美ちゃんしか分かるはずないしぃ」

そんな会話のキャッチボールをしながら、亜美と竜児は学校に向かっていく。
その道のりは、亜美にとっていつもより圧倒的に早く終わった。








 ◇ ◇ ◇






「高須くん、一緒にお昼ご飯食べよ?」

午前中の四つの授業を消化して、今は昼休み。生徒たちは待ってましたと言わんばかりに弁当を取り出し、購買組の面々は戦場に赴く武士の様な形相で教室を走り出ていった。
そんな中、勿論弁当を持参した(更に勿論自分で作った)竜児に、亜美はそう尋ねた。女の子特有の可愛らしく小さい弁当箱を持ちながら、授業が終わるとすぐに竜児の席に向かったのだ。
ちなみに大河は実乃梨の机へまっしぐらだった。

「お前、木原や香椎はいいのか?いつも一緒に飯食ってただろ?」

「まあ、たまにはね。それより高須くん、返答は?」

そんな亜美の問いかけに、竜児はあまり間をおかずに答える。

「おう、お前がいいんなら俺は構わねえぞ」

「よし、じゃあ決まり」

そう言うと、亜美は近くの机を竜児の机にくっ付ける。二人は正面から向き合いながら昼食を食べる。周りから見たら竜児と亜美はお見合いしているように見えただろう。

「それにしても、どうしたんだ?今日はやけにちょっかい出してくるじゃねえか。俺、何か癇に障ることしたか?」

弁当を食べながら、二人は会話を交わす。それこそ昔から知っている幼馴染の様な自然な感じで二人とも接している。

「そんなことないよ、高須くんは何もしてない。いや、厳密にはそうとは言えないけど。とにかく、高須くんは何も気にしなくていいよ」

「なんだ、昨日のことでも関係してるのか?」



昨日、亜美は二人の男に拉致されかけた。お前のことを犯すと、その男二人に直接言われた亜美の恐怖は相当のものだった。
そんな亜美を竜児は助けたのだ。
今日の亜美は何かいつもとは違うと竜児は感じていた。それらしい理由といえば、昨日のことが関係しているのではないかと考えるのは至極当然のことだろう。
弁当のだし巻き卵(ふっくらふわふわ)を食べながら、竜児は何が亜美を変えたんだろうと考える。が、何も思いつかない。そこが鈍感な竜児らしいとこだった。

「んー、まあ、そうね。昨日のことは関係してる。っていうか、関係しまくりかな」

含みのある言い方をしながら、亜美は弁当のこんにゃくの炒め物(ヘルシー志向)を食べる。女の子らしく、ちょっとずつちょっとずつ口に含んでく。どっかの大食らいなトラ娘とは大違いだな、と竜児は思う。

「なんだ、昨日のお礼か?だったらいいのに。そもそもあれは俺がもっと早くあそこに着いていればあんなことにはならなかったんだしな。それについては、俺が川嶋に謝らなきゃいけねえ」

「なんなことないよ、昨日も言ったけど、高須くんが来てくれなかったら、今頃あたしはすごく大変な目にあってた。高須くんには、感謝しても感謝しきれない」

「だからいいって。って、昨日からこればっかだな」

「ふふ、そうだね」

一緒に笑いあう竜児と亜美。その姿は自然体で、すでに付き合っている恋人の様に見えるものだ。
こんな時間が、心の底から幸せだと亜美は感じる。心地よい緊張を感じると共に、安心感を抱くことが出来る、竜児という存在。
亜美は再度決意する。
竜児の隣にいると。竜児の恋人になると。
もう亜美には竜児以外は考えられない。竜児が自分以外の誰かと恋人になっているところなんて想像も出来ないし、仮に出来たとしてもしたくない。ましてや大河や実乃梨といっしょになるなんて絶対に認めない。
頑張るぞ、と心の中で自分を鼓舞する。

と、亜美が心の中で奮起したところに、「キーンコーンカーンコーン」という昼食が終わるチャイムが鳴り響いた。
とりあえず、昼食の時間はこれで終わりにして、次からもっと頑張ろうと亜美は思う。




 ◇ ◇ ◇





昼食から時間は流れて、放課後になった。
部活がある者は遅れないように小走りで部室に向かう。勿論実乃梨もその一人だ。
それ以外の帰宅部の者は、のんびりだらだらしながら帰宅する。

「竜児、私今日は寄る所があるから一人で帰るね」

「ん? おう、そうか。俺も買い物しないといけないから、丁度いいか。今晩、何食べたい?」

「肉」

竜児の問いかけに、大河はどストレートに一文字で返した。
そんな大河に竜児は苦笑しながら、

「分かったよ、今晩は肉料理にする」

要求を受け入れる。その様はまるで娘の我が儘を聞き入れる父親のようだ。

「それでこそ私の奴隷よ。ご主人様が肉を食べたいって言ったんだから、うーっんと美味しいご飯作りなさいよ。それがアンタの喜びに繋がるんだから」

「へいへい、分かった。今夜は竜児特製ミルフィーユとんかつを作ってやる」

「うわ、なにそれ美味しいそう!」

竜児の得意げな宣言に、大河は目をキラキラギラギラさせながら涎を垂らす。
それを竜児がティッシュで素早く拭き取った。正に阿吽の呼吸である。

「おう、この頃作りたいと思ってた料理なんだ。上手いこといったらレパートリーに加えてえし。だから、お前は用事を早く済ませてこい。康子も待ってるんだからな」

「うん、分かった。じゃ、竜児、また後でね」

手を振りながら大河は教室を後にする。
軽いため息を吐きながら、竜児も買い物に向かおうとスクールバックを肩に掛け、教室を出た。
所々に埃が落ちている廊下を、掃除をしたい誘惑と闘いながら歩いていく。両手の指がワキワキなっている辺り、相当我慢しているのだろう。
そんな誘惑に打ち勝って、昇降口へと辿り着く。
そこで、帰ろうとしているのか、自分の下駄箱からローファーを出している亜美と遭遇した。


「おう、川嶋。今帰りか?」

「え? ああ、高須くんか。うん、今帰り。っていうか、早く帰らないといけないんだよね」

「ん? 何でだ?」

竜児が亜美に聞く。
それに対して、亜美は少し疲れたような顔で答えた。

「今から仕事の打ち合わせがあるの。だから急いで行かなきゃいけないの」

スクールバックを片手に持ちながら、靴を履くためにつま先をコンコンとする。
そんな亜美に、竜児は驚嘆の声を上げる。

「学校帰りにか、すげえな。疲れてるだろうに、更に仕事までするのか」

「まあ、これがあたしの選んだ道だしね。誰にも文句は言えないよ」

「そっか。じゃあ一緒に帰ることは出来ねえか」

竜児の発言に、亜美は驚いた。

「え? ど、どういうこと?」

「いや、一緒に帰る人がいないからさ。大河は用事あるからどっか行ったし」

「…………」

この時ほど、亜美は仕事を恨めしく思ったことも、サボりたいと思ったことも無かった。竜児との下校と仕事の打ち合わせ、天秤に掛ければどちらに傾くなんて火を見るよりも明らかだ。
加えて、竜児から一緒に帰ろうと提案されたことが、更に嬉しかったのだ。
だが、現実は実に残酷だ。竜児と一緒に下校したいが、もちろん仕事をサボる訳にはいかない。

「……そう言ってくれるのは嬉しいけど、流石に仕事をサボる訳にもいかないから。じゃあね、高須くん」

断腸の思いで、竜児の誘いを断った。急いでもう片方の靴を履いて、出て行く準備を整える。

「おう、別に今日しか一緒に帰れないってわけじゃねえんだし、またでいいぞ。じゃあ、仕事頑張れよ」

「うん、ありがとう。それじゃ」

背中越しに振り返ってそう言い、亜美は小走りに走って行った。

「んじゃ、早いとこ買い物済ませるか」

何でだか分からないが、走り去っていく亜美の背中にほんの少しの寂しさを感じながら、そう呟いて竜児も買い物に向かった。




 ◇ ◇ ◇





雲ひとつ無い、お出かけ日和な快晴の日曜日。12月という冬真っ盛りの割には、気温も少しばかり高い。まさに外出にはもってこいな天気だった。
そんな日に。

「それでさー、マネージャー仕事の打ち合わせど忘れしててさ。亜美ちゃん一人でファミレスで待ちぼうけ。酷くない?」

「へぇ、そうなのか。川嶋も大変なんだな」

亜美の愚痴に、苦笑いで無難に答える竜児。
そんな二人は何故なのか一緒に居た。
場所は大橋市内の大型デパート、その中の服売り場。
そこで亜美は自分の服を選び、竜児はそんな亜美に付き合っているのだ。

「高須くん、コレどうかな?」

1着の服を手に取って自分の身体に被せながら、亜美は竜児に聞く。
勿論ファッションセンスにかけては亜美の方が何倍も詳しいし、センスもある。これは一重に、少しでも竜児好みの服を持ちたいという気持ちからだった。

「んー、どうだろうな。俺としてはさっきの方がいいと思うぞ」

何故二人が日曜日に一緒に買い物に来ているのか。それは、先週の竜児の発言に起因する。
竜児が亜美を助けた後、身体から力が抜けている状態でも竜児と一緒に買い物に行きたいという亜美に、竜児はいつでも買い物には付き合ってやると言った。
その発言通りに、今日服の買い物に行くから付き合って、という亜美に付いてきたのだ。

「えっと、この黒い服のことかな?」

「おう、俺はそっちの方が似合ってると思うぞ」

竜児にそう言われて、亜美は心の中に温かい嬉しさが染み渡る。
思わずニヤケそうになる自分の顔を、嗜虐の表情で覆い隠す。

「そう言うってことはぁ、高須くんはこの服を着た亜美ちゃんを見てみたいってことなのかなぁ?」

いつも通り、からかう様に猫なで声で竜児にスリスリとにじり寄る。

「べ、別にそういう意味じゃねえよっ。ただ、俺は正直な意見を言ったまでで……!」

顔は100人ヤってると言われても信じてしまいそうなほど裏の世界の住人に見えるが、中身は外見に反して純情少年である竜児は、すり寄ってくる亜美から離れるべく後ずさる。顔を照れと羞恥に赤く染めながら、まくしたてる様に早口で抗議する。

「ぷっ、あっはははは!やだもー高須くん、亜美ちゃんの言うこと真に受けちゃって。顔まで真っ赤にして、似合わねー!」

一変、亜美は竜児の様を見て腹を抱えて笑いだした。目に涙が浮かび上がっているあたり、相当ツボにハマったのだろう。



「お、お前なぁ!またいつものからかいか!楽しいのか、毎回毎回!」

「うん、楽しい。少なくとも、あたしは高須君以外にからかいたいと思わないからね」

「っ……」

唐突な亜美の感想に、さっき以上に顔を赤くして竜児は息をのむ。
そんな竜児に気づかずに、亜美は手に持っている服を色んな角度から見て、確認するように頷いた。

「よし。高須くんが似合うって言ってくれたし、これを買おう」

自分の発言の効果に自覚がない亜美は、さきほど竜児が似合うと言ってくれた服を、迷わずレジに持っていく。

そんなことをしている内に、あっという間に時間は過ぎ去っていった。





時間は14時を少し過ぎたころ。
二人はデパート内にある喫茶店でお茶を飲んでいた。
亜美が紅茶、竜児がコーヒーだ。その他にもお腹を満たすためにサンドイッチなどの軽食も頼んでいた。

「今日はありがとう、高須くん。久しぶりに静かに楽しく買い物が出来た」

「たまたまじゃねえのか?俺が居たからじゃなくて、今日はたまたま気づかれなかったっていう可能性もあるぞ」

砂糖もミルクも入れていないブラックコーヒーを飲みながら、竜児は告げる。

「まあ、その可能性も否定できないけど、いいんじゃない?高須くんのおかげってことで」

「または、今日の川嶋は芸能人オーラが全然出てなかったとか」

さっきのお返しとばかりに、竜児は不気味にニヤケながら亜美に皮肉を言う。傍を通りがかったウェイトレスが、恐怖で「ヒィー!」と叫びながら運んでいたジュースを零した。

「有り得ねえよ、そんなこと!だって亜美ちゃんだよ!?可愛くてスタイル良くて人当たりも良くて話しかけやすくてパーフェクトな亜美ちゃんだよ!?それが声を掛けられないってぜってー高須くんのおかげなの!」


まくしたてる様に亜美が怒鳴った。どうやら地雷を踏んだらしい。
だが、竜児は狙い通りだった。いつも通りの亜美の素の対応に、竜児は満足げに目を細めて笑う。今度は、偶然その竜児の顔を見た小さい子がこの世の終わりみたいな顔で大泣きしだした。

「まあ、お役に立てたなら何よりだ。こんなひ弱な男子でも、虫よけぐらいにはなるんだな」

「……そうよ。始めっからそう言っとけばよかったのに」

相当気に障ったのか、亜美は今でもご機嫌斜めなご様子だ。テーブルにあるタマゴサンドをガツガツと口に運んで、一気に紅茶で流し込む。
おいおいその食べ方は花も恥じらう女子高生としてはどうよ?と心の中で竜児は思いつつ、まあこんなもんかと自己完結した。毎日毎日大河の食べ方を見た竜児にとって、亜美のがっつきも可愛いものだった。
と、その時。

「あれ、川嶋さんじゃない?」

「あ、ホントだ。川嶋さんじゃーん」

二人用の席に座っている竜児と亜美に、傍を通りがかった誰かが話しかけてきた。
二人が同時に声の方に視線を向けると、そこには二人の少女が立っている。年は亜美と竜児より少しばかり上だろう。
上はコートにマフラーという冬に備えた服装だが、下は何故かこの寒いのに、ロングの茶色い髪を背中に流している方はミニスカートにニーハイソックス、セミロングの髪をツインテールにしている方はショートパンツにヒールの高い編み上げブーツだった。
誰が見ても、どうぞナンパしてこい声掛けてこい男どもさあさあさあ!、と全力で言っているような、男を意識した格好だった。
そんな彼女たちの魂胆を見抜けない鈍感な竜児は、どうしてこんな恰好をしているんだろうと最初に疑問に思い、その次に何故自分たちに話しかけてきたのかと首をかしげた。

「安藤先輩に桜庭先輩……」

亜美が呟くように二人の名前を口にする。その口調と視線には、隠しようもない嫌悪が混ざっていた。
そんな亜美を見て、竜児はこの二人の女性は優しく、性格のいい人たちじゃないなと勘繰った。

「知り合いなのか?」

「……うん、モデルの知り合いで先輩。いわゆる、仕事仲間」


分からない竜児に、亜美は簡潔に説明する。
まるで、彼女たちのことは口にもしたくないと言わんばかりの、端折った説明だった。

「そうそう、仕事仲間なの。それでさ川嶋さん、隣の席いい?」

そう言うなり、川嶋曰く安藤と桜庭は二人の了承なしにずかずかと席に座り、ウェイトレスを呼んで勝手に注文した。

「……高須くん、もう行こ」

「は?え、いいのか?仕事仲間なんだろ?」

「うん、いいの。それじゃあ先輩たち、失礼します」

二人に軽く会釈をして、店を出るべく席を立とうとする亜美。懸念したが、それに続こうと竜児も立ち上がりかける。
しかし。

「ちょっと待ってよー、川嶋さん。彼氏ぐらい紹介してくれてもいいんじゃな〜い?」

そう安藤が制止の声を上げた。
亜美の発言から分かる通り、安藤と桜庭はどちらも先輩だ。
安藤の制止の声は口調こそ穏やかで柔らかいものの、安藤自身の目は全く笑っておらず、醸し出す雰囲気も亜美と竜児の拒否を受け入れない、一方的な威圧感があった。

「……高須くんは彼氏じゃありませんよ」

嫌だ、という嫌悪感と仕方ない、というような諦観を隠しもせず、亜美はしかめっ面のまま投げやりに適当に答える。

「お、高須君て言うんだー。で、告白はどっちから?キスはもうしたの?どんなシチュエーションだった?」

「……ですから、高須くんとは―――」

セクハラ全開な安藤の発言に亜美はやんわりと否定した。現状としては竜児と亜美は付き合ってないので、否定することしか出来ない。
そのことについて悲しい思いを胸に生じさせながら、亜美は早くこの二人が飽きてくれるのをひたすら待つ。

「またまた、謙遜して。もしかして恥ずかしいの?」

「そういうわけでは……」

「で、彼とはもうヤッたの?」

しかし、否定しても否定しても安藤と桜庭は聞き入れずに、飽きもせずに次々と手前勝手に質問を続ける。
しかも下世話な話ばかり、挙句の果てに性行為のことまで聞いてきた。竜児と亜美はそれまで以上に嫌悪感と苛立ちに顔を歪める。



「もしかして彼が初体験?ってそんな訳ないか。川嶋さんならもう何人の男とヤッてるか」

「っ!……先輩、言っていいことと悪いことがあると思いますが」

桜庭の勝手極まる、根拠の全くない発言に、亜美は拳を握りしめて耐える。その拳をこの女の顔面の真ん中に殴りつけることが出来たら、どれだけスッキリするだろうか、とそんなドス黒い感情を胸に抱きながら。
そんな亜美の様子に、安藤と桜庭の二人は意地汚く笑みを作る。まるで口裂け女にでもなったかのような、歪んだ三日月の様な口元だった。
そんな二人の様子を見て、亜美は気づいた。二人の本当の真意に。
安藤と桜庭は、亜美に竜児との関係を聞くことなど目的ではない。そんなものは真の目的のための手段だった。
二人は、亜美を一方的に虐めたいだけなのだ。
二人はモデルの中でもあまり売れておらず、年下なのに自分たちより売れている亜美を毛嫌いしているのだ。
自分たちの実力が足りない理由に蓋をして、筋違いな劣等感を、二人は亜美に抱いているのだ。二人して、いつかあの川嶋亜美をコテンパンにしてやりたいと常々思っていた。
そんな折に、二人は恰好の現場に出くわした。

「川嶋さん中身は知らないけど外面はいいもんねー。そのぶりっ子仮面で何人の男ども惑わしてきたんだか。中身が汚かったらありゃ詐欺だわ、詐欺」

彼氏かどうかまでは分からないが、あの川嶋亜美が男と居るのだ。男の噂なんて全然聞かない川嶋亜美が一緒に居る男なのだ。好きにしろそうでないにしろ、亜美が竜児に好意を抱いていると二人は思ったのだ。
そこで口から出まかせでもいいから、どんどんと亜美を陥れていってやろうと二人は考えた。
邪悪な笑顔を浮かべながら、二人は亜美を追い込んでいく。それはさながら、美しい白雪姫に騙して毒りんごを食べさせようとしている魔女の様な、そんな汚い笑顔だった。

「10人か、20人か。うわ、気持ち悪ー。ねえ、彼氏さん、あなたはどう思う?」

言うことはドンドン下品に劣悪にエスカレートしていく。
そして遂に、亜美の心をズタズタにしようと、二人は竜児に標的を定めた。どれだけこの男が川嶋亜美を信頼しているか分からないが、それでも最後にはこの男に亜美のマイナスな印象を植え付けてやれると、意味も無く確信していた。

「いいかげんにしてください!それ以上言ったら、例え先輩でも―――」

「お前には聞いてないんだよクソビッチ。いいから黙って聞いてろよ」

その核心からか、二人とも一気に化けの皮を剥いだ。今まで言葉だけは穏やかだったが、ここにきて汚い言葉を連発してくる。
念願であった、川嶋亜美を貶している状況である。低俗な優越感を顔中に纏わりつかせながら、更に竜児に聞いてくる。


「ねえ、どう思う彼氏さん?この女は、アンタがされた様に色目を使って沢山の男どもを騙してきたんだよ?最悪って思うわよねぇ?」

「いや、俺は別に……」

安藤と桜庭はやいやい言ってはいるが、亜美がそんなことをしていないことぐらい竜児は理解している。それぐらい亜美のことを信頼しているのだ。
知り合う前までは分からないが、それでも亜美は、ぶりっ子を利用して人の心を弄ぶなんて最低な行為はしないと竜児は思う。これまでの短い付き合いだが、それでも亜美が一本の揺るがない芯を持っていることは気づいている。
そうじゃなかったら、今頃亜美の評判はガタ落ちしている筈だし、たとえ男子の人気者になっても、女子に敵が多い筈だ。
だが実際、大橋高校内では亜美の悪い評判は聞いたことがないし、男子女子両方からも好かれている。それが、なにより亜美が真っ直ぐな人間だということを如実に示していた。

「はぁ?なんとも思わないの?頭イカレてんじゃないの?」

竜児の否定的な発言に、二人の顔が一気に不愉快そうに歪む。
自分たちの思った通りに事があまり進んでないと見るや、凄まじい自己中っぷりを発揮して、勝手に露骨に不機嫌になり、今度は竜児の悪口を言いだした。

「アホなんじゃないの?アンタはあたしらが言ったことを真に受けてホイホイ頷いてりゃいいんだよ顔面ヤクザ」

「っていうか、マジ面白いんだけど!なにアンタの顔!見るだけで子供は泣き出すんじゃないの?公害並みの迷惑さだっつーの!」

「ホントホント!アンタ、ヤクザか何か?ってヤクザに決まってるか。その顔で一般人な訳ねーよな、顔面凶器夜叉面野郎!」

アッハハハハハハ!、と二人は腹を抱えて大笑い。周りの目なんか気にしないで思いのままに笑いこけている。聞いているだけで不快感を抱く、辺りに響く、二人の笑い声という名の不協和音。
竜児はというと、そんな笑い声を聞きながら、唇を血が出るほど噛み、爪が手のひらに食い込むぐらい握りしめ、奥歯を砕く勢いで噛みしめて、目をギュッとつむりながら耐えていた。
悪口を言われるのは小さいころから慣れている。昔はもっと酷いことを大勢から言われたこともある。
だがしかし。
何故か、亜美の前で改めて言われることが、猛烈に嫌だった。亜美に聞かれるだけで心が鋭い刃物で切られたかのように痛みを発して、心の中が津波を受けたかのように激しく波打ち、意味も無く涙が溢れそうになる。

その時。

パシャッ、と。
何かの音が竜児の耳に聞こえてきた。

ハッとして顔を上げてみると、さっきまで大笑いしていた二人は笑い止んでいて、代わりに目を見開いて驚いていた。
そんな二人の顔には、水が掛っていた。ひざに上にはまだ溶けきっていない小さな氷が転がっている。
何が起きたのか、どうしてこうなったのか、竜児には何も分からなかった。


「あーら、ごめんなさぁい先輩。あんまり二人の顔が汚かったから思わず水で洗い流してしまいました。でも良かったですよね?ババ臭い厚化粧も落ちると思うし」

そんな竜児の耳に、相手を罵倒する声が届く。
声に反応して隣に目を向けてみると、二つのコップを持っている亜美が居た。
その顔は顎を上げて、二人を見下ろしている傲岸不遜な態度。視線に、ありったけの嫌悪感と怒りと侮蔑の念を込めて二人を射ぬく。先輩後輩の上下関係なんて意にも介さないような姿勢だった。

「て、テメェ、クソアマ!何するんだよ!」

「意味分かんないし!」

顔を怒りに歪ませながら、立ち上がって亜美に食ってかかる二人。そうされて当然な自分たちの行為は棚に上げて、都合良く激昂する。

「え〜、何言ってるんですか〜?亜美ちゃん人間だから動物の言葉分っかんな〜い。ってことで高須くん、行こう?」

そんな二人の怒りなんて柳に風と受け流し、それどころかそもそも相手にもしないで、竜児の手を握って喫茶店を出ていく。お代はテーブルの上にちゃんと置いておいた。
歩いている亜美の表情は、無表情。しかし、胸の内はマグマもぬるく感じるような怒りの炎によって燃え盛っていた。亜美は、怒りの臨界点を超えると顔には何の表情も浮かばないことを、この時身をもって体験した。

「お、おい、いいのか川嶋。あのままで」

「いいのよ。それよりも、早くここから離れましょ」

後ろから「死ね」だの「モデル界からいなくなれ」だの「今度覚えてろよ」などの罵詈雑言や呪いの言葉が掛けられている。
そんなものは無視して亜美は急ぎ足で先を急ぐ。まるで、あの二人から早く離れたいように。竜児の問いかけにも、平坦な口調で簡単に答えるだけだった。
そしてあっという間に、竜児と亜美はデパートの外に出て行った。



そして。
デパートから二人の家路への分かれ道。
そこまで、竜児と亜美は無言だった。互いに話さず喋りかけず。しかし、繋いだ手は決して離さず、むしろ始めより強く握り合っている。
二人に吹き付ける風は、正に冬の風だった。身を裂くような冷たい寒風。それは例外なく、竜児と亜美の体温を奪っていく。
だがしかし。
繋がる手の平に伝わる相手の体温だけは、どんなに時間がたとうと下がることはなかった。






 ◇ ◇ ◇






亜美と別れて竜児は家に帰った。
康子と大河との夕飯も終わり、大河も家に戻り、風呂にも入って後は寝るだけだ。
自室のベットに横になりながら、自身の思考に埋没していく。
考えることは今日の昼の出来ごと。想うことは亜美への自分の気持ち。
久しぶりだった。ああして自身の顔を貶されたのは。
最近ではてんで無かったと竜児は思う。怖がられることはしょっちゅうで今でも日常茶飯事だが、真正面から馬鹿にされたのは本当に久しぶりだった。今でも思い出すだけで惨めで最低な気持ちになる。
そして次に込み上げてくる感情は、言葉では上手く表現できなかった。
ただただ耐えるだけだった竜児の隣で、亜美はどうしてくれたのか。怒れない臆病な自分の代わりに、亜美が怒ってくれたと思うのは傲慢だろうかと竜児は思う。
ゲラゲラ笑っているあの二人に、亜美は水をかけてくれた。亜美にとっては仕事の先輩であるのにも関わらず、一遍の迷いなく行動に出てくれた。
それが竜児には、今まで生きてきて一番嬉しかった。(ちなみに康子のことは別次元なので除外にしていた。とことんなまでのマザコン竜児なのだった)
胸が締め付けられるような、何かが溢れ出るような、そんな曖昧な表現でしか今の心境を竜児は表現出来ない。

「……っていうのは逃げか」

自分の思考に自分でツッコむ。
そう。竜児はほとんど自分の気持ちに気づいている。亜美のことをどう思っているのか。
他人の為に怒ることができる、澄んだ心の持ち主である亜美。そして、自分が弱ったときに傍にいてくれて、自分を励ましてくれる亜美。
傾いている。亜美に気持ちが傾いている。
しかし、実乃梨が好きだという気持ちが邪魔をしている。
なまじ真面目な性格である竜児は、実乃梨が好きなのに亜美に気持ちが傾く自分が許せないでいるのだ。
自分の性格に雁字搦めに捕らわれながら、竜児は眠りに落ちていく。
何だかんだいって今日は色々と動いたので、肉体的にはすごく疲れていて、身体は今すぐにでも睡眠を欲していた。
そんな睡魔に勝てる筈もなく、竜児の意識は消えていった。




 ◇ ◇ ◇




亜美の水かけ事件からは、さして変化らしい変化は竜児と亜美には無かった。
そんな12月も下旬な今日、竜児は夕陽に染まる教室で佇んでいた。
理由としては行事の準備のためだった。詳細に言えば生徒会主催のクリスマスパーティーの実行委員会としての仕事が終わった所だ。
皆の記憶にも新しい、北村祐作の全校生徒の前での公開告白。それが成功して北村はすみれとアメリカに渡ったのだが、クリスマスパーティーはその北村の置き土産的な企画だった。
だが、その企画を実行するには新生生徒会だけでは人数が絶対的に足らなかった。
そこで、全クラスに実行委員会の募集をして、竜児はそこに参加したのだ。竜児だけではなく、大河も実乃梨も亜美も能登も春田も木原も香椎も、全クラスから多くの生徒が名乗りを上げた。
その実行委員会としての仕事を終わらせて、竜児は今から帰ろうとしているところだ。

「高須くん」

そんな時。
スクールバックに荷物を詰め込んで、さあ帰ろうとしたところで、誰かに呼び止められた。
声のした方に振り返る。凛としたよく通る声。その声を聞いただけで、声の主の姿を見る前からそれが誰か分かっていた。

「櫛枝。どうしたんだ?」

竜児に声をかけたのは実乃梨だった。
実乃梨も実行委員会に入っていたが、女子ソフト部部長として練習もおろそかには出来ないし年明けには大会があったので、練習が無い時や練習が終わった後などに準備に参加していた。
今日は放課後のすべての時間が部活だったのか、ユニフォーム姿で少し額に汗をかいていた。この真冬に汗が出るのだ、余程本気で練習していたのだろう。

「んー、ちょっとね。高須くんに言いたいことが……っていうか、提案?あーいや、違うか」

何やら自分ひとりでウンウン唸りながら頭を抱えている。
心なしか頬が赤くなっているが、竜児は部活をしてきたんだから当たり前かと考える。

「何だ、櫛枝らしくない歯切れの悪さだな。頼みごとか何かか?」

「いやー、頼みごとっちゃ頼みごと、かな?うん」

腕組みをしながらうんうんと頷いて、そこで一つ深呼吸。心は決めたとばかりに顔を真剣にして前を向く。
実乃梨に感化されてか、竜児も自然と背筋を伸ばす。いつもの実乃梨の空気じゃないことは今の彼女を見れば分かる。
ピンと張りつめた糸の様な緊張した教室の空気。
そして、実乃梨が口を開く。



「高須くん、クリスマスパーティーあるよね?」

「おう、皆で頑張ってるからな。想像してるよりすげえパーティーになりそうだよな」

「うん、そうだね。えと、それなんだけどさ―――」

そこで一旦言葉を切る。竜児の様子をうかがう様に、チラリと視線を竜児に向けてきた。
心なしかその視線には、熱が含まれているかのような錯覚を竜児は覚える。

「あたしとさ、クリスマスパーティー一緒に過ごさない?」

そしてその錯覚は、竜児の勘違いでは無かった。
自分の想いを視線に乗せて、実乃梨は竜児を熱く見つめる。

「……え?」

実乃梨の発言に、口をポカンと開けて驚く竜児。しかし頬はきちんと赤く、状況の把握は出来ているようだ。
簡単に言えば、実乃梨が竜児をクリスマスパーティーでデートに誘ったのだ。好きな女子にデートに、しかもクリスマスの日に誘われたのだ。これで嬉しくない男子はいないだろう。

「…………」

「…………」

実乃梨は竜児の返事を待っているのか、無言で竜児を上目づかいで見続ける。ちゃんと頬を赤くしながら、さながら恋する乙女の様な可憐な姿で。
対する竜児は、まるで恋に奥手な男子の様に、何をしたらいいか分からないというような格好だ。こちらもちゃんと、頬を赤くしながら。
そんな二人はまるで、初々しい恋人同士の様な、そんな雰囲気を教室中に充満させていた。


ガランッ!


その時、教室のドアが不自然に音を上げる。
竜児が教室に入った時は、前後どちらのドアも開いていた。したがって、今の音はドアの開閉音ではない。
竜児と実乃梨が同時に、音のした方に視線を向ける。
そこには――――



亜美は実行委員会の仕事を終えて、教室に向かっていた。
仕事が終わったら竜児に用があったのだが、先に竜児が教室に言ったと聞いたので、仕事が終わってもしつこく付きまとってくる諸々の男子を振り切って、こうやって急いで竜児の後を追っているのだ。
用というのは他ではない。
竜児と一緒にクリスマスパティーを過ごすために誘うことだった。
竜児との距離を縮めるには、パーティーは絶好の機会だ。聖なる夜に一緒に過ごせば、今の竜児と亜美の距離は今以上に縮まるし、聖なる夜を過ごしたという、他の二人には無いアドバンテージが生まれる。
その為に、亜美は教室を目指す。
そして、亜美は教室に到着した。

「あたしとさ、クリスマスパーティー一緒に過ごさない?」

そんな亜美に、実乃梨の声が聞こえてくる。
その声に反応して、そっとドアから教室の中を覗き込む。心臓が変な規則で揺れ動き、上手く呼吸が出来ずにハアハアと息遣いが荒くなる。
亜美の目に飛び込んできた光景は、竜児と実乃梨の姿だった。
ただし。
実乃梨は頬を赤く染めながら竜児を上目づかいに見ている姿。竜児はそんな実乃梨の視線に照れてか、俯きながら明後日の方向を見ていた。加えてこちらも、頬を赤く染めている。

「っ……」

愕然とする。
その光景に。
二人の姿に。
醸し出す雰囲気に。

亜美は二人に、自分がどんなことをしても絶対に入り込めない、絆みたいなものを感じ取った。
同時に、自分はどうしても、どんなに仲良くなっても『異分子』なんだなと、厳然で残酷な現実をこれでもかと言うほど思い知った。

激しい動揺から、掴んでいたドアを不用意に揺らしてしまう。
ガランッ、という音が無音の教室に寂しく木霊する。二人以外には誰もいない教室なのだ、当然竜児も実乃梨も音に気づいて視線を亜美に向ける。

「川嶋!?」

「あーみん!?」

突然の亜美の登場に驚く二人。

「……!」

こんな場所に居たくない。嫌でも二人の『繋がり』を見せ付けられるここになんて、一秒でも居たくない。
二人に構う余裕も無く、亜美は背を向けて逃げるように走り出していった。






まるで目が固定されたかのように、亜美が走り去ったドアから目を離せない竜児。
加えて頭の中も真っ白で、何を考えているのか、何を考えたらいいのかさっぱり分からなかった。
ただただ呆然と、亜美が走り去ったドアを見続けるだけだった。それこそ、つい先ほど自分をクリスマスパーティーに誘ってくれた実乃梨のことも意に介さずに。

「川、嶋……」

「…………」

そんな竜児の様子を、実乃梨は沈痛な面持ちで見ていた。
デートに誘った自分を無視して、後から入ってきた亜美に関心の全てを寄せている。
だが、それも仕方ないことだと実乃梨は思う。
竜児本人と亜美本人は気づいてないかもしれないが、ここ最近の二人の雰囲気は以前とは全く違っていた。
何が二人の間にあったか実乃梨には知る由もないが、最近の二人は本当に仲がいい。
二日に一回は必ず昼食を一緒に食べるし、たまに竜児特製の弁当を亜美が食べているのを目撃している。登下校はほとんど一緒にしているし、他の男子にはモデル業で培った営業スマイルを向けるが、竜児に対しては素の自分の笑顔を向けている。
なまじ竜児と亜美の二人と親しい間柄の実乃梨である、他の人以上に二人の変化に気がついた。

「……高須くん」

だからこそ。
今の自分には、こうすることしか出来ないと実乃梨は思う。
悲しいし悔しい。今すぐにでも涙が次々と溢れそうになる。
だが、竜児の気持ちが向いているのは今は自分ではなく、亜美なんだという厳然たる事実があるのだ。
身を切るような思いで、実乃梨は竜児に告げる。

「あーみん、行っちゃったよ?追いかけなくてもいいの?」

「え……?」

「今の高須くん、あーみんを追いかけたくて仕方無い!って顔に見えるよ」

誰が見たって火を見るよりも明らかだ。
だが当の竜児は自分の気持ちに気づいていないのか、気づいているけど気づいていないふりをしているのか分からないが、行動に移さない。
そんな竜児に気付かせるためには、誰かが言葉にしないといけないのだ。

「いや、でも、櫛枝も……だから……」



だが、そんな実乃梨の最大の親切に、竜児は気づけない。
ゴニョゴニョと申し訳なさそうに実乃梨に何かを言う。
そんな竜児に、実乃梨は心の中で嬉しい気持ちが込み上げた。
竜児は、自分のことを犠牲にして他人を優先することが出来る人間なのだ。良く言えば献身的で友達思いの良い人、悪く言えば自分の気持ちを省みない大馬鹿者。

「あたしのことなんか気にしないで! 高須くんは、自分の気持ちに素直になりなよ」

そんな竜児を、実乃梨に申し訳ないと思って前に踏み出せない大馬鹿者の背中を、実乃梨は優しく後押しする。
自分の気持ちに素直になれない竜児に、代わりに気持ちをはっきりと代弁する。
さながら、息子の恋愛を見守る母親の様な慈愛に満ちた優しい笑顔で。

「あーみんのこと、好きなんでしょ?」

「……!」

実乃梨の言葉に目を見開いて驚く竜児。
口をポカンと半開きにして、間抜けな表情で実乃梨を見る。

「好きなら、追いかけたいんなら、することは分かるでしょ高須くん?」

竜児を見て、亜美が走り去ったドアを見て、そして再び竜児を見る。

「……おう」

しばらく沈黙していたが、意を決したかのように呟く竜児。
そして実乃梨を見て、すまなそうに顔を伏せる。

「すまねえ、櫛枝。俺、行かなくちゃならねえから」

「おうよ、高須くん!愛しのハニーを捕まえに突っ走れ―!青春は待ってくれないぜ!」

実乃梨に力強く頷きながら、亜美が出ていったドアから走り出す。その背に実乃梨の声援を一身に受けながら、速く速く矢の様に駆けていった。


「…………」

そんな竜児の背中を見送りながら、実乃梨は小さくため息をついた。

「全く、本当に手を焼かせるぜ、高須くん……」

言いながら、近くにあった誰かの机に腰をかける。いや、正確に言うならへたり込む、と言った方が正しいか。

「っ……う、ううぅ……!」

唐突に、突然に、実乃梨の瞳から涙があふれ出す。
それも当然か。
竜児は亜美を追いかけていった。それが導き出す事実は、自分がフラれたということ。
高校生の少女が涙を流すには、充分過ぎる理由だった。

「うっ、うあぁぁ……た、高須くん……高須くん……高須、くんっ……!」

自分が好きな、愛しい竜児の名前を連呼する。
だが、いくら名前を呼んでも応えてくれる人はいないし、流れ出る涙をぬぐってくれる優しい手は現れない。
自分がフラれたんだな、という事実を、嫌というほど味わう。
流れ出る涙も、溢れかえる竜児への想いも、どちらも止まる気配が無かった。

「う、ヒッ……高須くん……」

止まらない竜児への想いが、実乃梨の口を勝手に動かす。
ついぞ言えなかった言葉が、自然とその唇からこぼれ出した。

「高須くん……大好きだよ……!」

誰にも聞かれることがなかった涙と嗚咽にまみれた実乃梨の告白は、寂しく教室に響き渡るだけだった。






 ◇ ◇ ◇




駆ける。
亜美を見つけるために、竜児は無人の廊下をひた走る。冬の冷たい空気を肺に入れ、熱い呼吸を繰り返しながら、ある場所を目指して走っていく。
場所に見当は付いている。亜美を探しに行く上で、自然とそこが頭に浮かんだ。

「ハァ、ハァ、ハァ……!」

息を荒げて走る竜児の頭に、先ほどの亜美の顔が浮かぶ。
悲しそうな、泣きそうな、嫌なものでも見たような、そんな顔。そこにいたのは、モデルとして社会で働いている大人な川嶋亜美ではなく、どこにでもいるような少女である川嶋亜美だった。

(あんな顔、お前には似合わねえよ)

心の中で、竜児はそう思う。
あんな悲しい顔なんて、亜美には全然似合わない。
あいつに似合うのは、弾けたような満面の笑顔だ、と竜児は思った。
雑誌の表紙を飾るようなとって付けた偽物の笑顔なんかじゃなく、亜美自身の真の笑顔が、彼女の一番の魅力なのだ。
竜児もそこに惹かれて亜美のことを好きになったのだ。他にもいつくか要因はあるが、亜美の笑顔も好きになった重要な要因の一つだった。

「―――フゥ……」

そして。
足をとめた竜児の目に映るのは、校舎内に設置してある自動販売機だった。
言ってしまえば竜児と亜美の秘密の場所。
漠然と、亜美はここにいるんじゃないかと竜児は思ったのだ。
初めてここで亜美と会ったのはいつだったか、竜児は記憶を遡る。
確か、まだ亜美が転校してすぐだった頃だ。ジュースを買いに来た竜児を追って亜美はここに来たんだ。素の自分をばらされない様に、くぎを刺しに来たんだと竜児は思い出す。
それ以外で鮮明に記憶に残っているのは、文化祭の練習の時だ。実乃梨と喧嘩をしてしまい、教室を飛び出してここまで逃げて来た竜児を亜美は再び追いかけてきたのだ。
今度は明確な理由や意味などなく、ただただ自分のことが心配だったから追いかけてきてくれたんだと竜児は漠然と思う。そこで亜美は言葉こそきつかったが、竜児を慰めてくれた。亜美が居なかったら2−Cはあそこでバラバラになっていたと思う。
二人にとってそんな思い出の場所なのだ、この何でもない自動販売機が置いてあるところは。
だから亜美はここに居るんじゃないかと、竜児は何となく思う。そうであってほしいと、この場所は亜美にとっても思い出の場所であってほしいと願う。

「…………」

その予想は、的中する。
自動販売機と自動販売機の間、そこからにゅるっと足がはみ出していた。造形物の様な、完璧と言っていいほどの両足。
流石モデルをやっているだけあって、長いうえに程良く太ももに肉が付いていて、それでいて足首部分は驚くほど細い。モデルをやるために生まれてきたかのような、そんな理想な足だ。
見間違える筈もない。あんな高校生の男子にとって刺激的な足は、亜美以外にはありえない。

「……川嶋」

竜児が声を出して亜美を呼ぶ。
その声に反応して、亜美がバッと立ち上がって竜児の方を見る。

「川嶋、あの――――」

「イヤッ!!」

話し始めた竜児の声を遮って、亜美が大声を上げる。
駄々をこねる子供の様に、顔をそむけて耳を手でふさぐ。

「イヤ、聞きたくない!実乃梨ちゃんとのことなんか、絶対に聞きたくない!!」

言い終えると同時に、亜美は竜児の隣を抜け出して、再び逃げるように走り出した。

「川嶋!ちょ、待ってくれ!」

突然の亜美の行動に、竜児は反応出来ずに亜美を捕まえることが出来なかった。

「クソッ!」

竜児にしては珍しく悪態を吐きながら、すぐさま亜美を追いかけようとする。
そんな竜児が、もう一度亜美がいた自動販売機同士の間を何ともなしに見た。
それは何の意味も意図も無く、ただの気まぐれと言ってもいい。
そんな竜児の目に、ある物が映った。
近くに寄ってしゃがみこみ、それを拾う。

「川嶋の、生徒手帳?」

竜児が呟いたように、落ちていたのは亜美の生徒手帳だった。
先ほど急に立ち上がった際に落としたのだろう。
そんなことを思いながら、何の気なしに亜美の生徒手帳をパラパラとめくる。

「ん?」

捲っていく内に、何かがヒラヒラと生徒手帳からこぼれて、裏側を上にして廊下に落ちた。
その落ち方から、紙か何かかと竜児は当たりを付けた。
裏側が上なのでどんな物なのか分からずに、竜児は拾い上げて表を上げた。

そして。

「―――――――あ」

言葉にならない呟きを零す竜児。出そうと思って出した呟きではなく、無意識のうちに出たため息にも似た呟きだった。
竜児の手に握られている一枚の紙。亜美が生徒手帳に入れてまで、毎日肌身離さず持っていたいと思った物。

それは、写真だった。
何の変哲もない、どこにでもある普通の写真だ。

「――――――――」

何が竜児にとって言葉を喋れなくなるほどの衝撃だったのか。
何が亜美にとって常日頃から携帯するほどの内容だったのか。

その写真に映っていたものは。
竜児と亜美だった。

文化祭の時の写真であろう、竜児は黒い半そでのシャツ姿、亜美は普段の髪型ではなくてツインテールにしている。
そんな竜児と亜美が、写真の中で笑い合いながら雑談している。プロレスショーの合間の休憩時間に写真部が撮った一枚だった。
何気ない、いつもの日常を映した写真だ。第三者が見たら、誰だってそう思うだろう。
だが。
当の本人たちにとっては、かけがえのない宝物だ。
現に亜美はその写真を生徒手帳に入れていつも持ち歩いている。

「…………」

そんな亜美に、皆のイメージである大人な亜美ではなく、それこそ年相応な女子高生のように健気な亜美に、竜児はかつてないほどの愛しさが込み上げてくる。

「川、嶋……」

心の底から亜美を求めている。今すぐに亜美の誤解を解き、自分の気持ちを打ち明けたいと竜児は思う。

「川嶋」

その為には、やることは分かっている。何をやるにもまずは亜美を見つけ出さないと話にならない。

「川嶋!」

その為に竜児は廊下を駆ける。亜美を見つけるために。自分の気持ちを伝えるために。
場所はもう分かってる。
先ほどの亜美は余程混乱していたのだろう、自分が向かう先が行き止まりだとは気付いてないようだった。
亜美が向かった先、それは。

屋上。

夕陽が照らす大橋高校の屋上で、勘違いしている亜美と自分の気持ちに気付いた竜児が相対する。



脇役は降壇し、壇上でスポットライトを浴びているのは主役の二人だけになる。
舞台はすべて整った。
ここに、二人の物語の序章は終わる。
ここからは掛け値なし、怒涛必須で超弩級の本編部分が開始する。
迷子のお姫様を探し出す、顔の怖い王子様。
モデルをやっている亜美と、母子家庭で育った竜児。
それはまさしく、住む世界が違う二人の恋物語である『ロミオとジュリエット』そのものであり、しかし決定的にソレとは違う。『ロミオとジュリエット』は最終的に悲しいラストを迎えるが、竜児と亜美の物語はまだまだ本編に入ったばかり。
完成されて変えようのない未来が待っている訳ではなく、筋書きは一秒一秒ごとに、今新たに執筆されていく。
どんな内容になるのか、ラストは一体どうなるのか。
それは、これからの竜児と亜美の行動で決まっていく。
さしあたっての最初の山場は、告白というストーリーにおけるクライマックス。
二人の物語は、本編最初からフルスロットルで展開されていくのだ。
確認として再度言葉にしておこう。
二人の物語の本編は、まだ始まったばかりだ。





421 ユートピア sage 2010/09/07(火) 00:44:09 ID:0DLptACU
今回はここまでです。
すみません、前に次に投稿するときは完成した時って言ったのに、また今度も途中で終わります。
予想以上に長くなってしまったので、今回はここまで進めて投稿しようということにしました。
次こそはラストになる予定です。告白だけですからね。出来るだけ早く完成させるようにします。
今回、母子家庭の子供が身分が低いという、人種差別と捉えることができる表現を使ってしまいました。
そのことで不快に思われた方には、ここで謝罪しておきます。本当に、すみませんでした。
では、今回はこの辺で。
自分の稚拙な文章を読んでいただき、ありがとうございました。


422 ユートピア sage 2010/09/07(火) 00:45:37 ID:0DLptACU
追記
途中で支援してくれた皆様、本当にありがとうございました。



392 ユートピア sage 2010/09/07(火) 00:05:07 ID:0DLptACU
お久しぶりです、ユートピアです。
ちわドラ!である「心のオアシス〜5〜」が出来たので、投稿したいと思います。
前の話で感想を書いてくれた方や読んでくれた方には最大限の感謝を。
それでは、次のレスから連投します。

心のオアシス〜5〜
カップリング:竜児×亜美
エロなし
※オリキャラが二人、少し出てきます

このページへのコメント

続きってどこにあるんだ…?

気になって作業に集中できない……

よし、探そう。

Posted by ファン 2011年08月30日(火) 16:04:38

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