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私はあまり人前で泣いたことがない。
私のキャラは『泣かない』キャラなんだそうだ。
確かにここ数年、『泣き』のシーンを撮った記憶が無い。
一番最近に人前で泣いたのは、あの霧雨の夜の事だ。
さすがの夫もぎょっとしていた。
TVに映っているのはお笑いバラエティ。 で、明かりも点けずに滅多に泣かない私が天を仰いでいた
のだから、さぞかしシュールな光景だったろう。
何故、涙が止まらなかったのかは正直、自分でも判然としない。
娘の仕事を取られた悔しさだったのか。
それとも、夢が壊れてしまった悲しさだったのか。

ちょうど、亜美の歳くらいの時には、一晩泣き過ごしたこともあった。
文字通り、涙が枯れて疲れて寝てしまうまで、泣き続けるのだ。
もちろん、その頃は一人で泣いていた。
その頃も、その後も、ずっと、一人で泣いていた。
だから、誰かの胸の中で泣けるって事が、温かい事だとは知らなかった。
でも、今は違う。
あの日も、散々涙を流したのは夫の腕の中だった。
泣いたからといって何かが変わるわけでもない。
失った仕事は戻ってこないし、娘が仕事を再開することもないだろう。
でも、とりあえず、私の夢のお葬式は終わった。
あとは、また前を向いて歩いていくだけだ。
心の中で颯爽と前を向いたつもりだが、ちょっぴり後ろ髪が引かれる。
私の夢、ちゃんと成仏してくれるだろうか…


    あみママ!  -1-


梅雨らしい雨もないまま、蒼天に焼け付く光の季節がやってきた。
お肌の天敵である。
若い子はまだいい。 日焼けしても健康的とかなんとか言っていられる。
だが、もともとメラニン不足の私には鬼のような季節だ。
私の場合、褐色のお肌になるんじゃなくて、文字通り焼け爛れる。
この上なくデンジャーな季節なのだ。
だから、外出時には色々と気を使う。
エンジ色の羽がついた黒の鍔広の帽子、サングラス、サテンブラックの長手袋、シンプルなサテン
ブラックのベアワンピースにワインレッドのオールレースストールを突っかける。
このクソ暑いのに、黒を選んだのは、UVカットもさることながら、地味な色がいいと思ったからだった。
本当はファミリーユースで買ったのに、亜美が別居してるおかげで、すっかり私の買い物用になって
しまった黒のスカリエッティも併せて、黒ずくめになってしまったが。
私用を済ませたら、そのまま仕事に行くつもりだったので、マネージャーと事務所の運転手が来てい
たが、運転手は私の車を運転すると聞いて固まっている。
「あなたのお給金じゃ買えないでしょ? 運転できてラッキーじゃない。」
ちょっと悪戯っぽく笑ってからかう。 老年と言えた運転手が退職して、若い子が運転手になった。
頼りないけど、からかいがいはある。
「私、右から乗るのって初めてなのよね。 や、さ、し、く、してね。」
意図的に所々言葉を省く。
ほおづきみたいに真っ赤になった。 かわいい奴。 
一方、マネージャーは呆れている。 かわいくない奴。

そのかわいい運転手は、最初はガチガチでクラッチをつなぐ度にガクンガクンとやっていた。
この車のセミオートマは癖があって100km以下では走りにくい。
しかし、都内を抜ける頃には目が爛々と輝いて、運転も随分慣れてきたようだった。
目的地に近づくと、道行く男子高校生がみな立ち止まって車を見る。
やっぱり、男の子は車とか好きらしい。
その車が自分らの通う学校の方へ向かっているならなおさらだろう。
やがて目的地の来客用駐車場にセクシーな車体が辿り着く。
ここに来るのは初めてだった。
二人にはここで待つように言い、おもむろに車から降りる。
付近にいた生徒達から、歓声ともどよめきともつかぬ微妙な声が沸きあがった。
校門には『大橋高校』と書いてある。
そう、今日は夏休み前の三者面談の日なのだ。

校門から、昇降口に向かう間、なにかの部活の一団が学校の敷地内をランニングしている。
それを監督するように、褐色の肌のいかにもな先生が腕を組んでいた。
教員には挨拶しておこう。
私は社交的で、話の解る気さくな父兄なのだ。
一昔前のクロエのサングラスをちょっとずらす。
最近の流行とは違うやや細めのシルエットだが、私の顔に置くと十分な大きさだ。
斜めに流した視線を束の間伏せて目礼する。
そして、おもむろにサングラスを戻しながら、目が隠れた頃に微笑みを作った。
撃墜確認。
うん。 私ったら、先生ともキチンと親交を深める模範的な保護者だ。

校門から昇降口までは、さほど離れていないが、それにしても暑い。
夏の強い日差しに炙られて、コントラストの飛んだ野外から見ると昇降口は真っ暗に見える。
それでも、見えた。 昇降口では、すでに娘が待っていた。
目が逢う瞬間、娘の顔に喜色が浮かぶ。
監督と脚本家を怒鳴りつけてまで時間を取った甲斐があるというものだ。
私が学校行事に顔を出すのが、この前はいつだったのかなんて、はっきり言って思い出せない。
それくらい久しぶりだったのだ。 三者面談といえど、娘は嬉しいのだろう。
が、それも束の間。
娘は、きりりと顔を引き締めて、
「ママ、おっそーい。 遅刻だよ? ちゃんと時間に遅れないでって言ったじゃん。
 それに、なに、その格好。 普段着で来ないでって言ったでしょ?」
いきなり手厳しい。 しかたないでしょ、運転手がヘタレだったんだから。
「はいはい。 ごめんなさい。」 でも、素直に謝る。
「うっ…、ま、まぁ、ちゃんと来たからいいけどさ…」
信用ないなぁ…。 ドタキャンなんか、時々しかしてないじゃない、とは言わないでおこう。
これでも最近としては破格の友好的態度だ。 機嫌を損ねたくは無い。
「これ、そんなに派手かしら? 地味な色を選んだのよ?」
「色以前に、そんなワンピ、普通の父兄は真昼間から着ないんだっての。」
「あら? そうなの? これけっこう涼しいのに…。」
「そりゃ、それだけ背中パックリあいてれば涼しいでしょ。 もう。」
うーん。 一般的な父兄についてのリサーチが足りなかったらしい。
「それより、もう先生待ってるから…」



「川嶋ぁ〜〜」
私を呼んだのでは無いのは明らかだが、名前を呼ばれて、つい声の主のほうを向いてしまった。 
って、な、なんだあの悪鬼羅刹の如き面相の男は!
なんであんなのが、うちの娘を……まさか、新手のストーカー!
「高須くん…」
「わりぃ かわし… あ。」
よく見ると少年だ。 というかここの生徒なんだから、少年に決まってる。
「あ、これ、私のママ。 ってか、流石の高須君でもTVで見たことくらいはあるか。」
「お、おぅ。 あの、は、始めまして、…たっ、高須竜児です。」
少年は凶悪な面相で、…いや、怯えてるのか?
「ママ?」
あ、いけない。 …思わずメンチ切ってたわ。
「え、あ、ああ。 亜美の母です。 馬鹿な娘だけど、仲良くしてあげてね?」
表情を180度転換。 極道姉さんモードから聖母の笑顔モードへ。
「い、いえ、こ、こちらこそ。」
顔に似合わず、どちらかというと純朴そうな少年だ。 よくよく見ると優しげな佇まいがある。
「亜美ちゃん、馬鹿じゃないもん。 ね、高須君?」
「おぅ、川嶋…さんが馬鹿だなんて思った事は一度もねー…です。」
「ふふふふ。 なーに、緊張してるの〜」
「だって、お前なぁ、親御さんの前なんだぞ。」
「………」 なんだろう、なんかひっかかる。
「亜美ちゃんのママ、美人でびっくりしちゃったぁ?」
「っていうか、なんで… そうか、三者面談なんだな…。 あ、そうだ、これ。 前に川嶋…さん
に頼まれてたノート。」
「あ、有難う。 高須君のノートって凄く見やすいから。」
「おぅ。 それじゃ、その、これから面談なんだろ?」
「うん、本当に有難うね。」
「ああ、返すのはいつでもいいからな。 …じゃ、失礼します。」
私に向き直って会釈して去って行った。 なかなか礼儀正しいじゃないか。
だが、なんだろうこの違和感。
娘の横顔を覗き込む。
感情の見えない顔をしている。 わが娘ながら、なかなかやるな。
「今の子、なんていったかしら?」
「え、高須くん、だけど? 顔に似合わず、頭いいの。 あたし、私文クラスだから、国立受けるには
 理系科目は自力でやらないと。 彼、国立理系志望だから。」
やはり動揺はない。 気のせいか?
「ふーん…そうなの。」
一応、憶えておこう。 高須… 高須… 高須… 高須、なんだっけ?

娘に連れられて、校舎の中を進む。
目指す目的地は案外近かった。
『面談室』 今の学校はこんな部屋があるのか…。
私の頃は…もしかしたらあったのだろうか? 学校の事なんか、正直殆ど覚えてない。
僅かに覚えているのは嫌な思い出ばかりだ。
「失礼しま〜す。」  娘の余所行きの声とともにドアが開かれる。
その中途半端な大きさの部屋には、三十路に届くかどうかくらいの若い女教諭が待っていた。
「先生〜。 ごめんなさーい。 ママがなかなか来なくってぇ〜。」
「い、いいのよ、川嶋さん。 それより、お忙しいところ、ほ、ほんとうに来て頂いて、す、すみません。」
何?この先生。 遅れて来た相手にへりくだってどうすんのよ。 もっとしゃんとなさいっての。
「いえ、思ったより車が混んでて、遅れてしまいましたわ。 ごめんなさいね。」
私の返した言葉にまた気を遣う。 なんとも、さえない先生だ。
かくて、面談は開始されたが…。
なかなか要領を得ない。 私を前にして緊張しているようだったので、いつもこうなのかは解らないが。
飽きてきた。 さっさと終わらせよう。
「で、先生、要点を掻い摘んで言うと、亜美は私立文系クラスだけれど、国立を第一志望にしていて、
今の成績では、その第一志望はちょっと難しい。 カリキュラム的にも不利。 それでよくて?」
「あ、は、はい…。」
つまり、『考え直せ』ということだ。
亜美を見る。
静謐な顔は親しくないものには無表情に見えるだろう。 
けれどそれは、難しい事は解っている、だが、諦められない。 そんな顔だ。
「あなた、随分、成績が上がったのね…。」
「え、う、うん。 でも、まだまだこれくらいじゃ…。」
「先生? カーブは緩やかになるでしょうけど、仮にこのまま成績が伸び続けたら?」
「…可能性のあるラインには乗れる、と思います。」
「そうですか。 」
さて、どんな顔を見せてくれるか。
「……亜美、あなたにできて? すぐに演劇を諦めた根性無しのあなたに。」
「!!!」
細く繊細な髪が宙に舞うほどの勢いで、紅潮した顔を向けてきた。
う〜〜ん。 ゾクゾクするようないい反応。
「いいわ、国立第一志望って事で。 その代わり、滑り止めは私が指定する私立大学を受けなさい。
それと、浪人は許さない。 万一全部落ちたら進学も諦めてもらうけど、それでいい?」
「お、お母さん、それはいくらなんでもちょっと… ひいっ」
三十路が余計な口を挟もうとしたが一睨み。
「どう? 約束できる?」 勝ち誇ったように、出来るわけないわ、と言わんばかりに。
目に涙を溜めた娘は…
「いいわ、それでっ。 絶対、ぜぇっっったい、合格してやるんだからっ!!」
そう言い放つと、勢いよく席を立ち、ドアに向かう。
「じゃ、先生。 そういう事で。」
酸欠の金魚のようになっている気の毒な三十路を残して私も後を追う。 まだ、言う事があるのだ。
「待ちなさい、亜美。」
立ち止まる娘。 振り向いた顔には悔し涙が一筋。
「ちゃんとママを校門まで送りなさいな。」
最高の笑顔を作る。
眉間のシワが、怒りを越えて憎しみに近い感情を抱いているのを、雄弁に物語っていた。

無言で足早に歩く娘の1歩後ろから、話しかける。
「亜美、聞きなさい。」
反応無し。 こちらも相手を無視して続ける。
「私より綺麗な女なんていくらでもいる。 私より演技の上手い奴なんていくらでもいる。 けどね、
川嶋安奈は私だけ。 最高の自分で居る限り、誰も私の場所には辿り着けない。」
娘の足が止まった。 しかし、振り返りはしない。
「だから、あなたも最高の自分でいなさい。 それがどんなあなたなのか、私には解らないけど。」
私の言葉の真意を測りかねている表情で、娘が振り向く。
「ま、無駄だと思うけど、せいぜい頑張りなさいってこと。 負けると思ったら、そこで御終いよ。」
そして、少し冷やかし加減に付け加えた。
「劇団の時みたいに、3日やそこらで終わったらつまらないもの。」
琥珀がかった大きな瞳に強い意思の炎が灯る。
娘の怒りは、少しばかり違った感情に変わったようだ。 それでいい。

「今日は来てくれてありがと。」
校門のところまで来て、やっと小さな声で話してくれた。
「ママが学校に来てくれたのって、小学校低学年の時以来だね。」
そうか… 記憶にない訳だ。
「たまには、親らしい事もしないと、ね。」
そうそう、忘れる所だった。 不愉快な誤解は解いておかねばなるまい。
「あ、それと、オカマ野朗はこっぴどく懲らしめておいたわ。」
「え?」
「あの変態に私が何か頼むなんて有り得ないわ。 全部あなたの誤解よ。」
「でも、ママと大山さんってよく話してるって…」
「あれはね、話というのではなくて、果し合いというのよ。」
「な、なにそれ…。」
「あのオカマ野朗はあなたが生まれた頃からの宿敵なの。 またあなたにちょっかい出したらすぐに
ママに知らせるのよ。 ぶっ殺してやるから。」
「ママ…。 亜美ちゃん、犯罪者の娘にはなりたくないんですけど。」
「あー 大丈夫、マネージャーに殺らせるから。」
やっと少しだけ笑ってくれた。
敵役は大いに結構、私にくる役の3分の1は実際、悪役だ。
でも、別れ際に、もう一度だけ笑顔が見たかったのだ。


結局、娘は駐車場までついてきた。
「じゃあね。 あんまり無理しないのよ。 第一志望になんて受からなくていいから。」
対する娘も、挑発するような表情を作り、
「ママも無駄なこと考えなくていいよ。 あたし、滑り止めなんか必要ないから。」
心底楽しくなった。
ついつい吹き出してしまう。
娘は馬鹿にされたと思って、いっそう私を睨む。
私はそんなのは気にせずに、笑顔で別れの手を振る。
大人の余裕を見せ付けられた気がしたのか、娘は赤くなって俯きがちに手を振り返す。

そんな娘が可愛くて、けれど、同時に巣立ちが近づいているのが感じれて。 

TVスタジオまでの道中。
愛車に左側から乗り込んだ私は
かわいい運転手君に、車酔いになってもらう事にした。

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