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やった・・・ やってしまった・・・
最悪だ。
やることなすこと裏目にでている。
「あみちゃん、おっきくなったらママみたいになりたい!」
幼き頃のあの言葉が、私の頭から離れない。
あの子の道を決めるのはあの子自身だと。
何度も自分に言い聞かせたけど、多分、心が納得していないのだ。

―――だって、ずっと夢見てきたのに。

―――ねぇ、夢をみるのは子供だけの特権じゃないでしょう?


    『川嶋安奈の憂鬱・2』


久しぶりに亜美の顔を見たのはひどく寒い日だった。
待ち合わせの時間を守った娘は、高層ビルのレストランの窓から外を見ていた。
夕暮れが近い。
鈍色の空に、胡麻粒のように小さなシミが点々と西に向かって飛んでいく。
コンクリートの巨大な箱に張り巡らされた鏡は、今日は茜色を宿さないだろう。
娘が私に気づく。
ただ白を失っていくだけの背景の中、其処だけが美しく色づいた気がした。
その笑顔は前に会ったときと同じで・・・。
ほっとした。 心底ほっとした。
変わっていない。娘はまだ、私の知っている「亜美ちゃん」だ。
愛娘を正面から見るために身を滑らせる。
あっけないくらいに簡単に、私の貌は笑っていた。

互いに近況を報告しあい、とりとめのない話題で時間を浪費する。
学校のこと、仕事のこと、友達のこと・・・。
娘の話題は、今までに無く豊富だったが・・・。
窓に目を移せば、瞬く光の海。
曇り空も地上の星には関係無い。
航空識別灯の赤がゆっくり瞬くのを眺める振りをして、窓に映った娘の顔を見る。
鏡は時として、不思議と目に映る以外のものを見せてくれる。
電話の度に感じていた涙の気配は、こうしている間も消えてはいなかった。
娘が心を痛めているのは間違いない。
だが、実際顔を合わせてみれば、理由はすぐに見当が付いた。
他愛のない会話の狭間に、見たことの無い貌が覗いている。
電話では解らなかった。
それは女の貌だった。




大人なようで子供。子供のようで、驚くほど大人な時もある。
たしかにそんな年頃だ。
私に何も話さないのは、自分で何とかするしかないのが分かっているからだろう。
けれど、転校の話が出てきたということは・・・。
色々理由を付けているが、逃げ出すしかないほど追い込まれたのか。
あるいは、変に優しい所が有る亜美の事だから、色々しがらみも有るのかも知れない。
もしかしたら、意地を張って自爆した可能性も・・・。
いずれにしても、失恋なんて事になれば、娘にとっては初めての事だろう。
娘を締め付けているのは色恋ばかりではなさそうだが、大きな部分を占めているのは間違いない。
ただ好きというだけの、飯事の様な初恋とは違う、自分を犠牲にしても相手を想う、恋。
学校や、友人を語る時の言葉や仕草の端々に、そんな想いが透けている。
けれど、その想いは相手に届いていないのだろうか。
私の愛娘をここまでコテンパンにしてくれるとは、いったいどんな男なんだろう、と思うと同時に
底意地の悪い私は、劇団の話をするのにいいタイミングだな、とも思ってしまった。
既に同じ年頃の女の子が多くて、実力のある劇団には根回ししてある。
娘も前に話した時は乗り気だったし、何より演技に熱中してくれれば、恋の痛みも和らぐだろう。

「ねぇ、亜美。 前に話した劇団の事だけど、今度の日曜にでもいってみない?」
「え? う、うん・・・ あ、でも、その日はたしか撮影が」
「大丈夫よ。 劇団の方にはあなたの事話してあるし、撮影のスケジュールは調整させるから。」
「・・・・・・」
「いい?」
「うん・・・・・・。 わかった。」

喜色満面という感じではなかった。むしろ不安げな表情。
本格的な演技を学ぶのはこれが始めてだから、多少不安になるのは仕方が無い。
しかし、演劇は面白い。 実際に舞台に立てばきっと虜になる筈。
なんせ、私の娘なのだ。
モデルとしての仕事ぶりを見ても分かる。嫌いな筈が無い。
小さな役だが、早々に舞台に立てるようには手配した。
何より大切なのは「劇」という空間を身をもって感じること。
観客と役者、その間にある感情の流れを感じることだ。
技術なんて後からいくらでも着いて来る。
この子の事だ、きっと今まで通り上手くやってくれるだろう。
それより、学校での人間関係の方が厄介かもしれない。
そもそも娘は、あまり学校のことは話さないほうだった。
友達といっても、幼馴染の祐作君くらいしか思いつかない。
それが急に学校や友達のことを話すようになった。
それはいい変化だと思う。
そこに留まることは、今の彼女にとっては辛いことなのかもしれないが。
しかし、逃げれば必ず後悔が残る。 少なくとも、私の経験上はそうだった。
つい先ほどまでは一刻も早く東京に呼び戻そうと思っていたが気が変わった。
これからの女優修行の為にも、きっちり決着をつけて帰ってきて欲しい。
だから・・・

「そうそう、転校の事だけど、きりのいい新学期になったら、でいいんじゃない? 一緒に暮らせる方が
嬉しいけど、2〜3ヶ月が待てないほどじゃないもの。」
「う・・・ん。 そう、だね。 春まで・・・・。」
「そうね、春まで。 季節が変われば、まぁ色々変わるから。 転校するにはちょうどいいわ。」

この年頃の2〜3ヶ月は長い。
色々変わるし、変えられる。
第一、私の娘が簡単に負けて、ケツまくるなんて、・・・・・・お天道様が許しても、お母さんは許しません。

そして、確かに変わった。
一つは私の望まない方向に。
一つは私が仕掛けた方向に。





「お、川嶋さん、亜美ちゃん、今度CM決まりそうなんだって? なんでも例の化粧品って聞いたけど
本当なら、正に『川嶋安奈の再来』じゃなーい。 こーりゃ、話題ばっちり。 こないだ誰だっけ、写真
屋さんも言ってたけど、亜美ちゃん、相変わらず超可愛い上に艶も出てきたってぇ〜。 大ブレイク、
しちゃうんじゃなーい?」
大手事務所のプロデューサーが馴れ馴れしく話しかけてきた。
亜美風に言うならば、「しななんか作ってチョーキモイんですけどぉ、死ねば?」というやつだ。
だが、情報の速さは侮れない。
その企画は確かにある。私が若い頃出演し、大きな話題をさらったCMだった。ムカつくことに、企画
のキーワードはオカマプロデューサーの言うとおり、正に『川嶋安奈の再来』だった。
最初の一本は、当時のCMを完全再現、変わるのはモデルだけという『仕掛け』が予定されている。
この企画は娘にとって大きなチャンスだ。
年間契約で契約金も膨大になる。
しかし、まだ本決まりになった訳ではないから、私は適当にあしらっていた。
「ガードかったいなぁ。 こないだ当の亜美ちゃんにも聞いたけど、きょとんとしてたっけぇ・・・もしか
してまだ言ってなかったの? っていうか、まだまだ決まりじゃないのかなぁ〜?」
牽制のつもりか、このオカマ野朗。 自分とこのアイドル入れたいんだろうが、あんな小娘、亜美と
比べたら福笑いだっつーの! っていうか、亜美にまで馴れ馴れしく話しかけてるのかコイツ。
「さぁ? 私の仕事は女優ですからぁ。 契約とか難しい話は解りかねますの。 それより。そこ、
ど・い・て くださらない?」 ムカついたから、嫌味たっぷりに会話の終了を告げる。
「ちっ。 あ〜、そういえば今日も亜美ちゃん見かけたけど、なんか顔色悪かったなぁ〜。 もしかして
先輩方に苛められちゃってたりしてぇ。 んっふっふっふ。」
本気で嫌な野朗だ。 って、・・・娘が来てる? なんだろう? 今日はそんな予定は無かった筈。
心なし足早に楽屋へ戻る。
果たして娘はそこにいた。 確かに、顔色が優れない。
とりあえず、私は娘を伴って楽屋の中へ移動した。


スツールに腰掛け、娘にも座るように促す。
けれど、娘は固い表情で立ったままだ。
嫌な予感がする。 
無意識にタバコを取り出した事に気づき、火を点けずにまた箱に戻す。
そして、重苦しい沈黙はそう長くは続かなかった。

「ごめん、ママ。 あたし、劇団には入らない。 モデルも辞める・・・・・・。」

絶句した。
何がどうなったらそんな結論になるのか、てんで見当が付かない。

「もう、事務所には言ってきた。 仕事に行く気は無いからって。 あと、転校もしないことにした。」

言葉がなかなか出てこない。
世間様でそんな我侭が通用するとでも思っているのか?
どれだけの金が動いているのか分かっているのか?
自分の顔が、普通のサラリーマンが十年働いても手に入らない金額を一瞬で稼ぎ出す事を
知らないとでもいうのか!
私の頭は沸騰した。 その瞬間、『娘の気持ち』なんてものは頭から消し飛んだ。



珍しく、亜美の方からわざわざ楽屋を訪れたのだ。
何も考えずにバカなこと言うような子じゃないのは解っていたつもりだった。
それに、大人びていても亜美はまだ子供なのだ、ということも、私は忘れてしまった。
それどころか、もう、頭の中が真っ白だった。
ただ、ただ、裏切られた気がした。
何を言ったのか覚えていない。 きっと口汚く罵ったのだろう。
正気に戻った時、
目の前には青白く、くしゃくしゃに歪んだ亜美の顔があった。
そして、そこには私と同じ、
裏切られたという思いが浮かんでいた。

「あっ・・・あたし っは、ママじゃ、無い。 ママと同じになんかっ、出来ないよ!!」

そう叫んで、走り去ろうとする亜美の手に、私の手はかろうじて間に合った。

「亜美・・・・・・。」

しかし、言葉は無い。 娘の想いを、悩みを、聞く機会を自分で壊してしまった。
私はバカだ。 
娘の気持ちが解らなくなったと思っているなら。
今は話を聞くべき時だったのに・・・。

「ママ、迷惑掛けてごめんなさい。」
「でも、あたし、やりたいことが出来たの。 ついていきたい・・・ひと・・・が・・・・・・」

後半、消え入るような声を聞き取るには、
手を握っていた私ですら、遠すぎた。

握力を失った私の手から、娘が零れ落ちていく。

申し訳無さそうな横顔を最後に、
川嶋亜美は楽屋から出て行った。

いつにもまして無駄に広く感じる楽屋には、ポツンと私だけが残される。
顔を覆いそうになるのをなんとかギリギリ踏みとどまった。
そうだ、喧嘩なんか珍しくない。
今までだって何度も喧嘩した。
大丈夫、これからも上手くやっていけるだろう。
私たちは親子だから。
けれど、何か大切なものが壊れてしまった気がしてならなかった。

私は今まで、暗闇の中に輝くスポットライトに憧れて、がむしゃらに進んできた。
富も、名声も、手に入れてきた。
そして何よりも大切な宝を手に入れた。
その宝が、より強く美しい光を放つよう、自分の全てを注ぎ込むことが、いつしか私の
生きがいになった。
二人で光輝く世界に立つ事を夢みていた。
それはエゴだと。
あの子の道はあの子が決めるのだと。
そう思い直しても・・・

心とはやはり、儘ならないものなのか。

胸の内のもやもやは簡単には消えてくれそうに無い。

―――だって、ずっと・・・夢見てきたのだから。

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