web上で拾ったテキストをこそっと見られるようにする俺得Wiki

「ん、あっ あぁぁぁぁぁ〜〜っ」

何度目かの絶頂を迎えて、ベッドに沈む。
いつに無く乱れているのが、自分でもはっきり解る。

久しぶりの逢瀬を楽しむ夫婦、ではない。
黒を基調とした落ち着いた広い寝室に己の吐息が耳障りに響く。
枕元の壁では、金色の帯に縁取られた男女が私を見下ろしている。
見つめ合う男は暗い背景に溶け込むかの如き黒をまとい、女は対照的に白に包まれている。
今まさに口付けを交わそうとする様子はロマンティックだが、それ以上に悲壮感が漂う。
彼らを背後から覗く顔はこの上なく不吉で、金色の帯に描かれた薔薇だけが救いだ。
「Liebe(愛)」と名付けられたその絵は、なんだか今の自分に妙にあっている気がして、笑ってしまう。

「久しぶりで君の役に立てたかな?」
夫は左の唇だけに笑いを浮かべてガウンを羽織る。
そして軽くキスした後、つかの間、光が差し込み、やがてドアが閉まる音がした。
気を利かせてくれたのだ。
月明かりが僅かに差し込むだけの部屋で黒に抱かれる白い女をもう一度見上げた。
「Liebe(愛)」
画家はこの絵で一体何を表現したんだろう。
・・・バカな私には、とても解りそうになかった。

考えるのは止めよう。
どうせ、また朝は来るのだ。
そして、私はゆっくりと、眠りに落ちていった。


    『川嶋安奈の憂鬱・3』


昨日は、仕事を早く切り上げて帰ってきた。
私の不機嫌に監督は困り果てていた。
予定されていたカットの半分も取り終わらぬうちに帰ることを宣言した私。
今の私は、こんな我侭さえ許される。

――――自己嫌悪の極みだ。

きっと、亜美が苦しんで、苦しんで、辿り着いた我侭を、私は赦さなかったのだから。

夫は私の様子がおかしい事にすぐに気がついてくれた。
下手な慰めや、気遣いは無い。
私の「違い」をただ、黙って受け入れてくれるだけ。
けれど、昨晩ばかりは、其れが無性に悲しかった。
私にはこうして支えてくれるヒトがいる。
だが、きっと亜美にはいないのだ。

私に出来ることはなんだろう。
シーツだけを巻きつけて、だらしなくリビングのソファーに沈んだ。
体がひどくだるい。
年甲斐も無くがんばりすぎたせいか。
過去の男共が口をそろえて言うには、私はそっち方面は普通より弱いらしい。
演技と思って、勝手に落ち込む馬鹿な男も過去にはいた。
私には比べようも無いが、きっと本当なのだろう。






リビングには昨晩帰ってきたとき投げ出したバッグが忘れ去られている。
夫は私のこういう所は大抵放置する。 ちゃんと自分で面倒を見ろということなんだろう。
だらしない、とは思ったが、それ以上に動くのが億劫だった。
そのバッグからはみ出た携帯が光を点滅させている。
時計を見た。
当然、夫の姿は無い。
当たり前だ。 時計が示す時間は、もうすぐ昼だった。
今日の仕事はキャンセルだ。
事務所の皆には今度埋め合わせをしないといけないな、と考えながら立ち上がる。
シーツはしばらく乳房にひっかかっていたが、面倒になって押さえるのは止めた。
どうせ、家には誰もいない。
ストッカーを開いて氷を引っ張り出し、グラスに入れる。
冷蔵庫を開くと視界に入ったミルクに独り言ちた。
「最近のお気に入りは、はちみつ入りホットミルクです、か。」
・・・やってみよう。

湯気を上げるマグカップを抱えてソファーに戻る。
ちかちか点滅する光が目障りだ。
視界から消したくて、携帯を拾った。
着信履歴を確認する。
マネージャー、マネージャー、プロデューサー・・・・・・。
あと数分で入りの時間だ。どうやってももう間に合わない。
おそらく既に嘘をついているだろうが、一応断っておこう。
それにしても・・・ドタキャンなんて何年ぶりか。
以前は確か本当に熱を出して倒れた時だったと思う。
まぁ、今日だって病気みたいなものだ、と自分に言い訳しながら、
両手に抱えたマグカップからちびちびとミルクをすする。

なるほど、少しだけ、温かくなった気がした。







嫌味なぐらいに美しく色づき細くたなびく雲を、金色に輝く飛行機雲が横切っていく。
夕刻になって、ようやく空を見上げた。
役者がソデに消えて、初めてそいつが今日の空の主役だったことに気がつく。
それほどまでに、昨夜から今日に掛けての私は鬱に入っていたようだ。
結論から言えば、今日のドタキャンは大正解だった。
そんな状態じゃ、どうせいい仕事は出来なかったろうし、嘘の辻褄も合う。

昼過ぎからひっきりなしに電話が掛かってきた。
もちろん、ドタキャンの件ではない。
体調の悪い時や、不機嫌な時の私に文句を言うような猛者は数少ない。
だから、すべての電話の中身は今一番聞きたくない内容の方だった。
適当に言い訳して、体調が悪いから詳しくは後日にしてくれ、と言い逃れる。
後から後から、皆同じ事を聞く。
「なぜ・・・、」「なんで・・・、」「どうして・・・、」
「そんなの、私に解るかけないでしょ、こっちが聞きたいくらいよ!!」
と何度叫びそうになったことか。
体調が悪い、という嘘のおかげで、そこまでの勢いが付かなかったのが功を奏した。
皆、娘とも連絡を取りたがっていたが、当然学校に連絡するのは厳禁にしている。
娘の仕事用の携帯は当然のごとく繋がらない。
電源すら入ってないのは明白だし、そもそも『携帯』しては居まい。
それでも、その番号しかしらない事務所の連中は何度も掛けたらしい。
ご苦労なことだ。
そんなことをするくらいなら、娘が引退宣言したその時に拉致れよと。
だが、事務所の連中も私同様、いきなりの引退宣言に混乱したらしい。
その後、契約関係の話は親権者じゃないと出来ないから、私に確認するのが先決と判断したようだ。
判断としては間違っていない。
あくまで私が承知していた場合においては、だが。

電話の嵐も、日が沈むと一段落した。
「まったく、家の我侭娘は・・・ 何を考えているやら。 はぁぁ・・・。」
芝居がかった独り言を呟いてみる。
もちろん、それで心が軽くなる訳も無い。
静かになると、またけだるさが私を包み込んだ。
カウンターには氷が溶けて水だけになったグラスがとり残されている。
自分のだらしなさを責められている気がして、堪らず、ソファーに身を横たえる。
横たえた視線に今度はマグカップが映った。
マグカップには飲みかけのミルクが少しだけ残っているはずだ。
瞼が妙に重い。
ぼやける視界の中、
殆ど無意識に指が伸び、カップの縁をなぞっていた・・・。




何度目かのインターホンの音で覚醒する。
あたりはすっかり真っ暗になっていた。
時計を見る。
夫が帰ってくるにはまだまだ早―――
・・・混乱しているらしい。 夫ではありえない。
自嘲気味に笑いながら、インターホンを覗き込んだ。
インターホンのカメラには同じ事務所の10歳くらい年下の俳優が映っていた。
一人のようだ。
花束をちらつかせ、口の端に笑いを浮かべる。 ・・・本人はニヒルなつもりらしい。
門前払いする気満々だったが、一応出ることにした。 花には罪はない。
扉を開けると、早速お預けをとかれた犬のようにソレは喋り出した。
「いやぁ、具合が悪いのに、押しかけてしまってすみません。 でも、安奈さんが、仕事に穴を開ける
なんて、珍しいから、心配で心配で、つい・・・」
話し始めてすぐにソレの視線が慌しくなって・・・ ああ、そういえば昼にシャワーを浴びたあと、シルクの
ガウンを引っ掛けてそのままだった。 下は当然生まれたまま。
光沢のある薄手のガウンは出るべき所が出ているのがはっきりわかる。
下着を着けていないのも、その先端を見れば一目瞭然。
ちょっとからかってやろう。
この二世俳優は私を抱くことだけが目的で、いつも私の前では手を擦っているような奴だ。
けれど、私の体が欲しいわけじゃない。 欲しいのは私の『名前』だ。
『川嶋安奈と不倫』ともなれば、暫くは黙ってテレビや週刊誌に引張りだこになる。
下心が見え見えなのに、気付かれていないと思っているあたり、拙い演技力以上にお頭の中身も
気の毒な男だった。
そういえば、コイツは私の事を、ババァの癖にもったいぶりやがって、俺に抱いてもらえるんだから
喜んでケツ振りやがれ、くらいに思っていると誰かに聞いた。
ならば、遠慮は無用だ。
憂い顔を作り、髪を中途半端にかき上げる。 
けだるく目を伏せ、こぼれた髪は一片二片、頬に舞い戻る。
適当に話しに答えつつ、耳の下に添えた指先の動きで首筋へと視線を誘導する。
鎖骨を覗かせ、胸が苦しいかのように添えられた手は、喉もとのくぼみを指し示す。
徐々に降りていく指先。
ゆっくりと、じっくりと女の体を見せ付ける。
花束を受け取りつつ、止めとばかりにガウンの隙間から先端が見える程度に、体を傾けた。
男は頬をひくつかせ、唾を飲み込むためにのどを鳴らす。
ババァと侮っていた相手に欲情しているとは情けないにも程がある。
微笑みながら―――少しばかり笑みに意地悪さが混じってしまったかもしれない。
「ありがとう、ツヨシクン。」 わざと名前を間違えた。
「へっ? お、俺は」
「あら、ごめんなさい、違ったかしら。」 言わせない。
「っく」 流石に顔色が変わった。屈辱に顔を赤らめている。
「こんなくだらない事も思いだせないなんて、やっぱりぼーっとしてるみたい・・・。 ごめんなさいね、
休ませてもらってもいいかしら? えーっと・・・。」
「ええ、お大事に! どうぞごゆっくり、別にあんたが2・3日休んでも誰も困りませんから!」
くだらない事と言われたのが余程気に障ったらしい。 捨て台詞よろしく背を向ける。
馬鹿なくせにプライドだけは高いなんて、実に滑稽な男だ。
その上堪え性もない。 縦社会の芸能界で私を「あんた」と呼ぶなど、普通なら有り得ない。
それ以前にこんな男に名前で呼ばれる事すら不愉快なのだが。
「ふふふ。 本当に綺麗な花有難うね、ミチタカクン。」
立ち去り際、あえて芸名じゃなく、本名で呼んでやる。
親の七光りで生き残ってこれたのに、芸名だけを変えて虚勢を張っている。 この男の一番の急所だ。
挫折を知らないボンクラにはこの位でちょうどいい。
扉を閉じたちょうどその時。
―――地面を蹴り飛ばした気配がした。  






男が帰ると、少しだけ気分が晴れた。
やっぱり、私は悪い女だ。
毒を吐かないと気がすまないとは。
しかし、ちょうどいいスケープゴートがいてくれて助かった。
さすがの私も、誰彼かまわず毒を撒き散らしたのでは拙い。

リビングの空いている花瓶に花を生けながら、思考を再開する。
私に出来ることはなんだろう。
娘の事は言えない。 私も逃げを打ちそうになっていた。
やっぱり、親子だなと、微かに笑う。

さて、採り得る選択肢はいくつかあった。
一つ、説得を試みる。
一つ、無理やり仕事を入れる。
一つ、娘の意思を尊重する。

一つ目は、一番建設的だ。 だが、当面の問題は回避できない。
説得がすんなりいくとは到底思えないからだ。
娘はあれで結構、意固地になる性質だ。
この案は長期計画として、おいおい考えよう。

二つ目は、雑誌に予告を載せたり、プレス発表して、既成事実を作ってしまう作戦だ。
あの子の性格を考えると、私に対しては兎も角、出版社等には迷惑を掛けられないということで、
嫌々でも仕事はしてくれるだろう。
実際、今日聞いた話だと、直近の撮影何件かを最後に仕事を辞めると言ったらしい。
せめて、大きな仕事だけでもこの方法でひっぱろうか、と思わない事もない。
だが、昨日の様子を考えれば、これをやったら親子の絆さえ危なくなりそうだ。
却下。
仕事の上ではベストな選択だが、私達親子にとってリスクが大きすぎる。

三つ目、考えたくないが消去法でこれしか残っていない。
娘にとっては花マルだが、私にとっては茨の道だ。
現役女子高生という看板と、17〜18歳という年頃をみすみす棒に振るなんて、ビジネスとしては
ありえない選択だ。 契約によっては違約金も発生する。
今回のCMの件だって、亜美あっての企画だ。 広告代理店もスポンサーも結構乗り気だし、こちら
から持ちかけておいて、娘の都合で「できなくなりました」では激怒するだろう。
その他にも・・・
次から次へと娘のスケジュールが頭に浮かぶ。 
娘は未成年なので、契約関係はすべて私が関わっているし、色々手を掛けてもいた。
そうだ、本当に、色々手を尽くしていたのだ。
ふつふつと娘の我侭に怒りが再燃してくる・・・が。
これまでの根回しを思い返していると、ふと、さっきの二世俳優が頭に浮かび、急激に心が冷え込んだ。
―――『親の七光り』
その言葉が頭に浮かんだ時、私の心はむしろ恐怖に満たされていた。
―――あの子が嫌っているのは『川嶋安奈の娘』なんじゃないか?
それは恐ろしい考えだった。
だが、思い当たる。 あの子はなんと言っていた?
「わたしはママじゃない、ママと同じには出来ない」
いやな汗がどっと流れ出す。
確かに色々手を回してきた。 だがそれは切欠を与えているだけ、幸運に頼らずに済んでいるだけ。
感受性の鋭いローティーンの女子のカリスマになれたのは、亜美自身の素養と努力によるものだ。
モデルにせよ、役者や歌手にせよ、立派な舞台装置や衣装が用意されていれば頂点に立てるほど
オーディエンスは甘くない。
事実、鳴り物入りでデビューして、二年も経たずに消えていく者のなんと多いことか。

しかし、そんな話をあの子にしたことがあったか?
私は、あの子の努力を称えた事があったか?
さも、当然のように「流石は私の娘」だと、言ってはいなかったか?






拙い、拙い、拙い、拙い、拙い。
いまさら誤解だといっても説得力が無い。
実際、裏から手を回しているんだから、どうにもならない。
劇団の件も・・・。 ああ、そうだ、役をあてがった・・・。 
普通は素人同然の亜美に役がつくなんてありえない。
どんどん繋がっていく。
確かに自分自身も覚えがある。 ちょうど、自分のあり方を考え出す年頃だ。
昨日、あの子は「やりたいことができた」と言っていた。
それが何かは解らない。
私のやり方に反発して、自分なりの目標を決めたということか。
きっとそうだ。
そして、そんな娘の決心に私はどう応えた?
答えは・・・ヒステリーだ。
笑ってしまう。 どっちが子供なんだか。
昨日、何を言ったかは覚えてないが、けれど私は、激情に駆られて自分勝手な思いを曝け出して
しまったんだろう。
誓って言うが、娘の為を思ってやってきたというのは嘘じゃない。
でも、それがかえってあの子を傷つけてしまったのも、どうやら嘘じゃない。
そしてそれは、私が思う以上にあの子の心に突き刺さったのかもしれなかった。
だって、
亜美のあんな、・・・あんな絶望したかのような表情なんて、見たこと無かったのだから。

覚悟を決めよう。
これであの子の為に何も出来なかったら、自己嫌悪でどうにかなってしまいそうだ。
自分の決めた道なら、たとえ傷ついてもそれは自身の責任だ。
聡明なあの子なら、そんな事は解っているだろう。
だから、これからの事はいい。
今は、娘が野ざらしに放り出していく全ての事柄を綺麗に収めることが大事だ。
これは、私の責任でもある。
こうなったら、土下座でもなんでもして見せよう。
娘を傷つけた罪悪感に悩むより、そっちの方が全然楽だ。

単なる代償行為だが、娘の為になると思うことで、気分は少し楽になった。
眠りこけた時に倒してしまったのだろう、マグカップとミルクを片付けながら、
『覆水盆に返らず』を英語ではあふれたミルクがどーのこーのと言ったような・・・
と、つまらない事を考える。
こうなってしまっては、もう前に進むしかない。
とはいえ、これからやるべき事を具体的に考えると・・・
胸の代わりに、胃と頭が痛くなりそうなのだが・・・。








全てが一段落したのは桜が散る頃だった。
娘は相変わらず親戚の家から高校に通っている。
私の苦労も知らずに、のうのうとまぁ、と思わない事も無かったが、あの子はあの子で大変なようだ。
もともと進学を希望していたが、何かに取り付かれたように猛勉強を開始した。
頭のいい子だったが、学校の勉強はろくにやってない。
成績ははっきり言って良くなかったから、適当な私大に放り込むつもりだった。
多分、それも気に喰わなかったんだろう。
なんとか親子関係は修復したが、私を見る目は明らかに変わってしまった。
とにかく、私が決めた事は全て否定するつもりのようだ。
夫のほうはそんな私達を見ても泰然としている。

「亜美はとても優しい子だからね。 いつか君の気持ちも解ってくれるさ。」
「母親になる頃に?」
「はっはっは。 そうだね。 それだって、あっという間かもしれないよ?」
「いやだわ、そんなの。」
「相変わらず、君は我侭だね。 やっぱり、母娘そっくりだ。 ・・・だから、僕は心配していないよ。」

ずるい人だ。 こんな風にいわれたら何も言えなくなる。
でも信じてみてもいい。
今回、亜美は「廃業」という言葉を使わなかった。
事実上は廃業だが、あくまで字面では「休止」にした。
きっと、あの子にできる私への最大限の譲歩だったのだろう。
反発だけが全てではないのも、また確かなのだ。


一通り片付いたとはいっても、余波は残っている。
自分では全部「親の七光り」と思ってしまったのかもしれないが、確かに実績は残したのだ。
業界内でも川嶋安奈の娘としてではなく、純粋に期待していた関係者も確実にいた。
「学業の都合により、長期間活動を停止する、復帰については全く未定」
これがプレス向けのコメント。
業界では皆、暗に復帰が無いことを感じ取っていた。
本気で残念がってくれる人もいれば、ムカつく事を言う奴もいる。
「いんや〜 川嶋さん、亜美ちゃん、ほーーんと残念だわぁ。 もう、一番脂が乗ってるって時にねぇ〜
 なーに、もしかして男関係とか・・・ なーんちゃってぇ〜。 でーも、おかげでうちはほくほくだしぃ〜
 亜美ちゃんにはちょっと感謝かなーって。 川嶋さんも残念だと思うけど、元気だしてねぇ〜。
 最近、うちのタレントも、川嶋さん、ちょっと怖いってぇ・・・ うふふふ。 それじゃぁ ねー。」
例の化粧品のCM、年間契約はあの福笑いが取った。
この件で広告代理店には散々嫌味を言われたし、私自身の仕事にも悪い影響がでた。
亜美から福笑いに変わった事で、契約条件がつめなおしになって、スポンサー側が金額を出し渋った
らしい。 それだけ広告代理店の儲けは減った訳だから、恨まれるのは当然だった。
一方、オカマ野朗は大喜びだ。 亜美から仕事を奪ったと、風説の流布に躍起になっているが、心ある
ものは相手にしていない。
それはそうだ。 福笑いが亜美に勝っているのは乳のでかさくらいなのだから。
亜美の引退時期を考えればだまされる奴など居はしまい。
しかし、CMの出来は良く、福笑いの露出は最近順調に増えていた。
時間が無かったので、結局ほぼもとの企画のまま作られたにもかかわらず、だ。
それは、私にとって、特別な意味のあるCM。
本来、そこに映っていた筈の少女を想い、やるせなさに溜息をつく。






それにしても、『川嶋さん、ちょっと怖い』か。 話半分にしても多少自覚はある。
気をつけよう。
亜美のことを責めるように言う者も実際、少なくは無い。
なんの根回しも無く、突然殆どの仕事をキャンセルしたのだから仕方が無い。
そんな不満は、どこでどんな形で表面化するかは解らない。
根も葉もないゴシップでも、金にはなるのだ。
私は弱みを見せられない。
亜美を巻き込まない為にも。


そんな日々を過ごせば、いつもよりも神経が磨り減るのも道理だ。
ぐったりと疲れて、家に辿り着く。
今日は久しぶりで夫よりも早く帰って来れたようだ。

・・・甘いお酒が飲みたい。
グラスにクラッシュアイスを叩き込み、無造作にボトルを探る。
捕まえたのは1975の数字が書かれたカルヴァドス。
ちょうどいい。
一度グラスに火を入れると、芳醇な香りがさらに引き立つが、今はどうでもいい。
琥珀の液体は、分け隔て無く安らぎを与えてくれる。
ただ、それだけだ。

シャリシャリと音を立てるグラスを片手にソファーに腰掛けた。
夕刻から降り始めた霧雨のせいか、使い慣れたリビングがいつもより暗く静かな気がする。
カウンターの小さなダウンライトは、さらに暗さを引き立たせ、
もっと強い光と、雑音が欲しくて。
なんとなく手元のリモコンを操作した。

馬鹿でかい画面が突然、福笑いを映しだす。

アルコールのせいなのか。
それとも疲れていたからなのか。
誰もいないと、こみ上げて来るものを抑えるすべが無い。

耐え切れなかった。

私の、思い出のCMは、たった15秒で流れ過ぎていく。

けれど、溢れ出した涙は

いつまでも、いつまでも、

流れ続けていた・・・

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