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278 翼をください 4 sage 2010/04/01(木) 16:56:55 ID:0UhxovYI





 翼をください #4





 修学旅行当日。
 竜児たちは、今日から2泊3日のスキー旅行を行う。
 朝、高校を出てから、バスの中でゆられる事、早2時間弱。
 朝からハイテンションでバスに乗り込んだ生徒たちであるが、一向にテンションが下がるような気配がない。
 若いっていいわねぇ。特に問題児の揃ったクラスだと世間から専らの認識である、2-C担任のゆりは、多少卑屈な気分で窓の外を見やった。
 あれほど、沖縄じゃなくなった事にブーブー言ってたくせに、ゲンキンなものね。小さく呟くが、車内の喧騒にもみ消されてしまう。
 窓の外は、白い帽子をかぶった山がちらほらと覗いているが、最初こそ、雪だーという声がいくつかあげる者も居たが、今は興味の外の様である。
 私も十数年前はあんなだったのかしら。ゆりは、ふとそう考えて、そのせいで自分の年を再認識してしまい、落ち込んでしまう。
「ふふふ、精々今の内は楽しんでおく事ね。人生、楽しい事より苦しい事の方が多いんだから」 
 終いには、ぶつぶつと呪詛を詠うゆりであった。
 最前列に座るゆりには、担任として生徒達を監督し、律する責任があるのだが、半ば放棄してしまっている。
「ねえねえ、何かユリちゃん先生の目が怖いんだけど」
 そんなゆりを木原が見つけた。
 木原の隣に座る香椎も、ちらりとゆりの様子を窺って、
「ほんとだ。どうしたんだろう」
「まあ、先生なんだから修学旅行なんて、珍しくないんじゃない?」
 そう言ったのは、木原と廊下をはさんで隣に座る亜美で、ゆりの姿を見ようともせず鏡を覗き込み、髪を弄りながら如何にも興味なさげである。
「独神もこんな所に来ている場合じゃない、って思ってるんじゃね?」
「ば、バカ!?」
 春田が、へらへらと無駄に大きな声でそんな事を言うものだから、隣席の能登は、慌てて春田の口をふさいだ。
 冷や汗をかきながら、恐る恐る前の方を窺うと、
「ゲッ!」
 ちょうど後ろを振り向いていたゆりと目があった。
 何と言うか、物凄い形相だった。
 日頃竜児と付き合って、そういう顔には慣れている能登ではあるが、思わずビビってしまった。
 そう、まるで初めて竜児を見た時と同じような恐怖を感じた。
 人の顔を見て、殺られるっ!?と思ったのは久しぶりの事だった。
 能登は、咄嗟に前席の影に隠れて、
「ふざけんな、お前のせいで何か俺が悪いみたいになってるじゃんか」
 キンタマ縮みあがったぞ、と春田の頭を小突いた。
 少々力がこもってしまったのは、能登の感じた恐怖を鑑みれば仕方がない事だと言えるだろう。
「いってー。あにすんだよぅ」
 小突かれた頭を抑えながら、春田が不満を漏らした。
 その目が涙目になっていることからも、能登の必死さが見て取れた。
「自業自得だろ!バスから降りた時を考えると、雪山について欲しくなくなるじゃないか!」
 能登は、器用にも声を抑えながら怒鳴り、もう一発拳骨を春田の頭上に落とした。
 今度は、一発目よりも威力は弱いが、それでも痛いものは痛い。
 何故自分が殴られているのか、殆ど理解していない春田は、
「さっきから、能登は俺のこと嫌いなんかよ!?」
「たった今嫌いになったわ!」
「な、何でさー!?」
「自分の胸に聞いてみろ!」
 能登の言葉に、バカ正直にも春田は自分の胸に手を当てて、眼を閉じた。
 ぶつぶつ呟いているのは、実際に胸に聞いているつもりなのだろう。
 アホだ、コイツ。能登の心の中に、春田と友人になってから、もう何度目か分からない想いが過った。


「なに二人で漫才してるわけ。バカなの?」
 そんな二人の言動に、木原が眉をしかめた。
「ぐ……」
 自分にも思うところがあるのか、能登が苦虫をつぶしたような顔をした。
「元はと言えば、木原が……!」
「何よ。人のせいにしないでくれる?」
 木原と能登が睨みあう。
 最近になって、二人がこんな風に対立する光景が多くみられるようになっている。
 そのせいか、皆いつもの事だと取り合おうとしない。
 余りにも分かりやすい二人の態度のせいで、その原因も大方の人間が察していた。
 亜美は、相変わらず鏡の中の自分に夢中であるし、香椎は、二人に呆れたような顔をしながらも口を挟もうとはしない。
 能登については、自分も能登と共にバカにされているということすら分かっていない。
「ははは、二人とも、最近仲がいいなぁ」
 そうやって呑気に笑う北村は、自分が燃料を注いでいる事に気付いていない。
 かあっと木原の顔が朱に染まる。
 それは羞恥によるものではなく、主成分を怒りが占めていた。
「そ、そんなっ!そうじゃなくてっ!」
 声を荒げ、しかし言葉が続かない。
 違う、そうじゃなくて。一番仲良くしたいのは、ううん、もっと先の関係になりたいって思っているのは――。
 そう言えればなんと楽だろう。けれど思うだけで、言葉にはなってくれない。
 それは、魔法の言葉だ。
 唱えれば最後、今までの関係を良くも悪しくもガラリと変えてしまう。
 今の木原には、その言葉を唱えるための勇気がどうしても出ない。
 敵はとても強力で、鈍感で。この魔法の言葉以外に、攻略方法はない。
 唱えて倒すか、倒れるか。正に、諸刃の刃だ。
 強力なライバルもいる。自分とは、全然違う孤高の虎。
 あの小さな体の一体どこにそんな力があるのか、彼女は、媚びず省みず。ただ、前へ前へと突き進んでいく。
 思い出すのは、あの日の事。北村のために前生徒会長へ殴り込みをかけた、あの日の姿。
 ぼろぼろになりながら牙を剥いて。たった一人のために、叫び続けた。
 ……きっと、まるおが好きになるのも、ああいう――
「――麻耶」
 思考の海に溺れかけていた木原を救ったのは、手にのせられた柔らかい感触と耳朶を打つ聞きなれた声だった。
 視線を落とすと、香椎の手が自分の手に重ねられている。その拍子に、涙がこぼれ落ちそうになるのを感じた。
「あ……」
 そこでようやく自分が、涙目になりかけていた事に気付いた。視界がぼやけそうになるのを、木原は何とか堪える。
「お、おい、木原。大丈夫か?」
 突然俯いてしまった木原に、心配そうな北村の声が掛かる。
 木原は、その声に応える事が出来ない。顔すらあげる事ができない。
 今、北村の顔を見てしまったら、きっと泣いてしまう。
「……ちょっと、バス酔いしちゃったみたい。ほら、麻耶、席変わろう。窓側の方がいいわ」
 香椎は、木原の背中をさすりながら彼女と座席を交代した。
 ここなら、斜め前に座る北村から木原の姿は見えない。
「ごめんね。ありがとう、奈々子」
「いいのよ」
 首を振り、香椎は木原の背中を撫で続ける。
 泣かない、泣かない。
 木原はそう自らに言い聞かせながら、ぶるりと背中を一度震わせた。


 そんな木原の姿を眺めていた亜美は、そっと溜息をついた。
 目的地に着く前からこれじゃ、先が思いやられる。
 亜美にとって木原は、親友と言っても良いほどの位置に居る少女だ。
 だから、亜美にも木原を助けてあげたいという気持ちは、少なからず存在する。
 けれど、今の亜美に人の事を考える余裕は正直なかった。
 申し訳ないとは思うけれど、自分の事で一杯一杯なのだ。
 パタンと、手に持った鏡を畳む。
 今自分が座る、二つ前の席の一つに竜児は座っている。
 竜児は、今朝からどことなく緊張した様相であった。
 鋭い目を更に研ぎ澄ませて、まるで何かを決心しているかのような。
 決心。
 それが一体何なのか、亜美には予想できてしまう。
 予想できて、彼女の胸の中には、ぐるぐるとたくさんの感情が渦巻いている。
 それは、焦燥や不安、そして僅かの期待。
 彼が、本当に振られてしまえばいい。そんな最低な期待。
 けれど、一方で亜美は、その結果はないだろう、と思っている。
 実乃梨は、今日もいつもの何を考えているのか分からない笑顔。
 寧ろ何時もよりテンション高めに、さっきから癇に障る大きく無邪気な声で隣の大河と喋り続けている。
 彼女が何を考えて、竜児の告白をなかった事にしようとしているのか。
 その理由は、亜美には分かるけれど理解は決してできないものである。
 淡い希望をもたせて、生殺しの状態を続けて。
 これでは竜児が、余りにも可哀相だ。亜美は、実乃梨が座っているであろう座席を睨んだ。

 †

「わあ」
 眼前に広がる光景に生徒達は皆、感嘆の声を漏らした。
 白銀世界。
 連なる尾根は、純白を抱き。
 なだらかな斜面に惜しみなく積もった雪は、キラキラと陽光を反射し煌めいている。
 既に一般客がその斜面を気持ちよさそうに滑っている場面を見て、生徒達の心が弾んだ。
 ごわごわして、実用一辺倒の原色のレンタルウェアには幾分の不満はあるものの、彼らの意識は既に雪を削りながら滑っている。
 一度集合させられ、教師の注意事項も耳半分である。
 教師もその事は分かってはいるが、もしもの事があれば困るので心ここにあらずの生徒達に言い確りと含めて自由時間を言い渡した。
 生徒達は、歓喜の声を上げて、白銀へと散っていく。
 バスの中では卑屈になっていたゆりも、何か吹っ切れたのか、職務そっちのけで楽しむ気満々である。

「……俺、スノボの方が得意なんだけどなぁ」
 そうぼやいて見せる春田だが、十分すぎると言っていいほどの腕前である。
「春田のくせに生意気だよ、生意気」
 こちらは、ごく平均。人並み程度に滑る能登がぼやく。
「だってさぁ、別にスキー限定にしなくてもよくね?」
 今回の修学旅行では、生徒はスキーのみに限られている。
 その理由は諸説あるのだが、
「スノボだと事故の可能性が増えないとも言い切れないし、レンタル料金も違うんじゃね?それに、教師も監督しやすいだろうし」
 このあたりが理由であるだろう。
 
「お、お、おー、行ける行ける。ハの字、ハの字」
 所変わって慎重にゆるゆると滑る二人組。
「中一以来だけど、何とかなるものね」
 木原と香椎である。
 春田や能登の様に、スピードを出してその爽快感を楽しむといった楽しみ方とはまた違ったものであるが、彼女たちも各々笑顔を浮かべている。
 木原も久しぶりに見る一面の銀世界に、バスの中では暗かった顔がはればれとしている。
 元々木原は、一つの事を引きずるような性格ではないのもあるだろう。
 それも木原の良い所だと、香椎は思う。
「来て良かったわね」
「うん!」
 などと、会話を楽しみながら滑る二人。
 成程、こういうスキーの楽しみ方もあるのだろう。


「やっほー、わほーい」
 斜面を滑り終えた二人がはしゃぎ声を振り返ってみると、こちらに向かって滑ってくる影があった。
 ぶかぶかの服装でゴーグルなどの重装備ではっきりとはしないが、声からして実乃梨のようだ。
 実乃梨は、かなりのスピードと共に雪を散らせて走っている。
 そして、あっという間に二人の前まで来て、綺麗に止まって見せた。
 ふぉぉ、と木原は感嘆の溜息。
「凄い凄い。上手いねー」
「サンキューサンキュー。私には、体動かすしか能ないからのう」
「別に早く滑れなくても良いって思ってたけど、そういうの見ると羨ましいなー」
「おうおう、そんなにおだてても何にも出ないよー?」
 実乃梨は、てへへと照れたように笑う。
 彼女は、わざわざスキー板を脱ぐと、
「よし、じゃあ、ガンガン滑ってくるぜー」
 とリフトの方へ元気にかけていった。

「あ」
 不意に、木原の隣でにこにこ微笑んでいた香椎が、何かを見つけた様に呟きを漏らした。
「ん、どったの?」
 麻耶が聞くと、香椎が指をさした。
 木原がそれを追ってみると、
「……まるお」
 リフトの近くに北村が居た。
 香椎は、黙ってしまった木原を覗きこみ、
「……どうする?」
「……」
 木原は、暫く考えるそぶりを見せる。
 その瞳は揺れている。瞳を揺らすのは、動揺だろうか。
 怖いのかもしれない。木原の様子から、香椎は推測する。
 ――北村君は、鈍すぎるから。
 それに、北村は、未だに前生徒会長の事を引きずっているようにも見える。
 強力なライバルもいる。
 正直、麻耶の恋は、厳しいかも、と香椎は思っている。
「……行く。まるおと一緒に、リフトに乗る!」
「そう」
 決心したように木原は、拳を握った。
 遊んでいるような外見からは想像できないが、彼女はかなり奥手だ。
 今まで異性と付き合った経験もないという彼女。
 好きな人と一緒にリフトに乗る。たったそれだけでも、どれくらいの勇気を要したのだろうか。
 そんな彼女の勇気を、香椎は最大限に応援してあげたかった。
 二人が、北村に向かって歩き出した時、丁度前方に亜美が滑り降りてきた。
「あ、亜美ちゃん」
「ん?……やっほ、楽しんでる?」
「うん!それにしても、亜美ちゃんも上手いねー。すっごいスピード出てたよ」
「そんな、普通だよ、フツー」
 亜美は、ゴーグルを外し、困ったような笑みを作った。
 そして、何となく気になった部分に、
「……それよりも、も、って?」
 と首を傾げた。
「さっき櫛枝が滑ってたの」
「……ああ、実乃梨ちゃんはスポーツ万能だからねぇ」
 ソレしか取りえなさそうだし。そう言いそうになった口をふさぐ。
 どうしても実乃梨に対してギスギスした気持ちになる亜美であった。
「ね、それよりも、亜美ちゃんも付いてきて」
「……?どこに?」
「リフト。麻耶がね、まるおくんと一緒に乗るんだー、って」
 香椎の返答にリフトの方を見やり、ああ、と亜美は目を細めた。


「でも、あたしの出来ることなんてないと思うけど……」
「一緒に居てくれるだけでいいの。お願い!」
 木原は、とうとう亜美に手を合わせて頭を下げてしまった。
 これでは、亜美も断るわけにもいかない。
 木原と香椎は、亜美にとって大切な友人となっていた。
 それどころじゃないんだけどな。小さく呟く。
 滑る途中で、亜美は竜児の姿を見つけていた。
 どうやらスキーは未経験の様で、何度も転んでいた。
 ――あたしがスキーを手とり足とり教えてあげよう。
 そう目論んで、気持ち速度を上げて滑り降りてきたのだ。
 直ぐに竜児の所に向かおうとしたところで、木原達に捕まってしまった。
 ま、それは、この後でもいいか。
 亜美は、そう思い直し、
「いいよ。それじゃ、急ごうか」
 と頷いた。
「わー、ありがとっ!」
 抱きついてきた木原の身体を受け止め、背中をぽんぽんと叩いた。
 多くは手助け出来ないけれどせめて、頑張れ、と気持ちを込めながら。

「まるお、一緒にリフトのろ?」
 リフト待ちしている北村のところへ行きつくと、開口一番、木原は北村を誘った。
 少しだけ声が裏返ってしまったのは、矢張り、緊張していたのだろう。
「別にいいが……香椎と乗らなくても良いのか?」
「リフトに乗ってるところ、奈々子と写メ撮り合いたいんだもん」
 ねー、と木原と香椎が首を傾け合い、声をそろえた。
「ふむ、そう言う事なら別にいいが……」
 よし、と木原は心の中でガッツポーズ。
 たかがリフトに一緒に乗るだけ。
 それでも彼女にとっては、ライバルとの差をつける大きな一歩だった。
「あーあー、嘘ついちゃってまあ」
 浮かれかけていた木原であるが、思わぬところで邪魔が入った。
 木原達の直ぐ後ろに居た能登だ。
 彼の姿を見とめ、木原があからさまに嫌そうな顔をした。
「なに、何か用?」
 木原がつっけんどんに尋ねると、
「おまえら、割り込みなんですけど」
 と、能登も負けじと木原を睨んだ。
「――っ!」
 正論と言えば、正論の能登の言葉に一瞬言葉に窮した木原だが、
「うるさい!」
 と、声を荒げた。
「何でお前がしゃしゃり出てくるワケ?どーして私の邪魔すんの?まじウザいんですけど、ウザい、ウザい、ウザい、ウザい!」
 理屈もへったくれもない怒涛の反撃に、能登はうろたえるものの、ぐっと歯を噛みしめた。
「木原こそ、身勝手してるじゃんか。自分が北村とべたべたしたいからって、変な工作してんじゃねぇ」
「工作なんてしてないもん」
「したね!絶対したね!」
「アンタには関係ないでしょ!」
「俺は、俺達の親友の幸せを祈ってるの。な、春田?」
 二人の舌戦に入ろうにも事情も呑み込めず、ただ眺めていた春田に唐突にバトンが回された。
 春田は、目を丸くして、何となくピースサインをつくった。
「いえーす。……って、え、何の話?」
 普通ならば、春田のリアクションにある程度空気も和むものであるが、今回はそう簡単にいくものではないようだった。
 自分から振っておきながら、能登は春田の反応など意にも介さず、
「悪いけど、木原達の工作って、なんかイヤらしっぽくて、萎えてくるワケ」
「はあ?アホが萎えようが、すっげーどうでもいいんですけど?」
 一向にとどまろうとしない二人の言いあい。
 それは既に言いあいとしての範疇を超えた所へ、一歩足を踏み入れている。


 そんな二人を、
「まあまあ、そんな喧嘩しないで、仲良くやろうよ、ね?ここは、わたくしめに預けてみないかね」
 と、実乃梨が納めようとするも、
「お前が預かってどうするんだよ」
 一蹴。
 能登にざっくり切られて、う、と実乃梨が口ごもった。
「あー、訳が分からん!さっきから。とにかく、みんな冷静になれ、冷静に」
 とうとう、北村が場を収束させようと動きだすも、彼の言葉は、ずれてしまっている。
 まるで、自分がさも当事者ではないと言わんばかりの言葉。
 実際、彼は理解していないだけなのであるが、それは、この場で、彼が、発する言葉として不適切であった。
 静観を決め込んでいた亜美も、はあ、とたまらず溜息。
 あーあ、やだやだ、と意識して声を大きくして皆の意識を引き寄せる。
「祐作。アンタのその鈍さって天然?それとも、分かってやってるの?」
 亜美には、木原の気持ちが分かるような気がした。
 そして、鈍くてバカな北村が、まるで以前の誰かとかぶって見えた。
 今は、まあ、そこそこマシにはなったが、亜美が教えなければきっと今もバカのままだっただろう誰かと。
「……何が言いたいんだ?言いたい事があるなら、はっきりと言え、はっきりと!」
 そのせいか亜美の言葉には若干以上の棘が含まれていて。
 さすがの北村もむっとした顔になった。
「やだ、まるおくん、本当にそこまで天然なわけ?殆ど、暴力……」
 思わぬところから――香椎の毒に北村は、目を見張った。
 暴力。言い得て妙だ。亜美は思う。
 鈍い刃が誰かを傷つけているのも知らず、めった刺しにする。
 無知は罪だ。
 北村は、数か月前にまるで漫画や映画の様な恋をして、結果的に破れた。
 そして破れた今も、その人を思っている。凄い事だ。そう簡単には出来ない事だ。
 北村の一途に思う心。その部分は、亜美も認めていて。
 しかし、認められない部分がある。
 人を我武者羅に愛すること。それは立派だ。亜美も恋をしているから分かる。それが如何に大変で、挫けてしまいそうになるかを。
 けれど、それだけではダメなのだ。
 自分へと向けられた愛にちゃんと気付いてあげる事が出来なければいけない。むしろ、前者よりもこちらの方が大切だと思う。
 後者の方は、傷つくのは自分ではない誰かなのだから。
「っ――うっ、うぅ、うっ、ひっ……」
 とうとう木原が嗚咽を漏らし始めてしまう。
 無理もない、と直ぐに彼女の背中を撫でてあげながら、香椎は思う。
 既にバスの中で半泣きになっていたし、彼女の修学旅行にかける意気込みは、奥手な彼女にしては大きかった。
 北村と木原では学力に差があり過ぎる。3年になれば、クラスが別々になってしまうだろう。
 そうなれば、卒業まではあっという間。木原では、きっと何も進展させる事が出来ない。
 木原にも、殆ど後がないのだ。
 
 †

 それから、竜児たちの班を取り巻く空気は重苦しく、とても楽しい修学旅行のソレとは思えないものであった。
 竜児は、実乃梨に話しかけるタイミングを逃してしまっているし、亜美も竜児にアピール出来ずにいた。
 北村も、全ては理解していなくても、自分が木原を泣かせた事に関係していることくらいは察しているらしく、ずっと沈んでいるし、能登も同様だ。
 唯一、春田は、居心地悪そうにしながらも、健全に修学旅行を楽しんでいるようだった。
 否、もうひとり、大河だけは何時も通りといえば、何時も通りであったが。
 しかし大河は、スキーが滑れないようで彼女たちとはまた別の意味で、修学旅行を楽しめていなかった。


「ったく、初日からこれじゃあ、先が思いやられるな。櫛枝の気持ちを確かめるどころか、まともに話す事も出来ずに修学旅行終わっちまいそうだ」
 ホテルで夕食をとり、さっさと風呂にも入った竜児は、散歩がてらロビーのソファに深く座り、重い溜息をついた。
 そうしてロビーのシャンデリアを見上げる竜児の顔に、彼を上から見下ろす少女の影が差した。
「大きな溜息。ふふ、高須君がそんな顔してると、とんでもない悩みを抱えているように見えるね」
「川嶋か……」
「何か残念そう。こーんな超絶美少女の亜美ちゃんが、高須君のオーラにも挫けず話しかけてあげたのに。……あ、実乃梨ちゃんがよかった?もしかして」
「……」
「図星、か」
 亜美は、常人のそれよりも高い位置にある腰に手を当てて、もう、と苦笑した。
 そして竜児とテーブルを挟んで、対面のソファに腰掛けた。
「っ、それで、とんでもない悩みって、どんな悩み抱えているように見えるんだよ?」
「あ、話すり替えた」
「……」
「もう、そんなに怒らないで。ちょっとした冗談じゃない。……そうね、後処理どうしよう、とか?」
「後処理?」
 要領を得ない亜美の答えに、竜児は眉をひそめた。
 すると、亜美は声を低く、重みをもたせて、
「あー、殺っちまった。死体、どう処理すっかな……」
 とか?と亜美は、口調をまたころっと変えて笑った。
「……無駄に役者だな。将来は、女優になるつもりか?」
「さあ?あたしより演技上手い人ならそこら中にごろごろいるし。亜美ちゃんが幾ら可愛くっても、それだけで通用する世界でもないしね」
「ふーん。そんなもんか」
 竜児は、何となく亜美の方を見て、
「それ……」
 亜美の髪を指す。
 そこには、竜児があげた銀色のヘアピン。
 ああ、これ?亜美は少しだけ嬉しそうな顔をして、
「高須君に貰ってから、ずっと付けてるの。あたしの一番のお気に入り」
「そ、そうか」
 亜美の微笑にどきりとする。
 最近は、余り意識しなくなっていたけれど、亜美は、矢張り美少女だ。
 竜児の周りには、実乃梨や大河を筆頭に可愛い女の子が多いが、亜美は何と言うか一線を画している。
 容貌やスタイルはもちろんなのだが、何と言うか亜美は、自分の魅力を最大限に発揮できる所作を身につけている。
 もしかしたら、これが人気モデルと一般人の差というモノなのかもしれない。
 ……亜美以外にモデルの知り合い何ぞいるわけない竜児には確かめようもないが。
「それで、実乃梨ちゃんとは話せたの?」
「……いや。タイミングがなくてな」
「まあ、今日は、皆ギスギスしてたからね」
 数秒、二人の間に沈黙が過る。
 こういうの、確、天使が通るとか、幽霊が通るとかいったか。ぼんやりと、竜児はそんなくだらない事を思った。
 ねえ。ふと、亜美の声。
 竜児は、目を細めた。僅かに首をかしげる。
 亜美の声は、唐突に暗色に沈んでいた。
「あたし、高須君に懺悔しないといけないことがあるんだ」
「懺悔?」
 また似つかわしくない難しい言葉だな。
 そう茶化す事の出来ない雰囲気があった。


「高須君が、実乃梨ちゃんに振られたのって、あたしのせいかも」
「何だよ今更?」
 意味が分からない。自分が振られた事と彼女が関係しているとは、到底思えなかった。
 それに振られた理由ならば、クリスマスイブの日、亜美自身の口から亜美の推測とはいえ、聞いている事だった。
「前にね。高須君の知らないところで、あたし、実乃梨ちゃんに嫌味を言った」
 それは、大河があの狩野すみれともみ合いになった日。
 言うつもりではなかったけれど、実乃梨の横を通り過ぎる時、思わず口走っていた。
 ――罪悪感はなくなった?
 亜美の頭の中に、自分の声が蘇る。どうしてあんなこと言ったのだろう。
 きっと、あの言葉が竜児、大河、実乃梨、3人の絆を壊す時計を速めた。
「嫌みって、何だよ?」
 亜美は、竜児の問いには答えず、
「でもね、その事を後悔したくはないの。多分、あの言葉があったから高須君は実乃梨ちゃんに振られて、あたしにもチャンスが巡って来た。だから、後悔したくない。
 ……そう思って、本当に後悔しないで済むなら、楽なんだけど、ね」
 あたしはね。亜美は、じっと竜児の目を見据えた。
 見返してくる竜児の目には、困惑の色が濃い。
 もしかしたら、あたしが言っている事を理解できていないのかもしれない。
 それでもいい、と亜美は思った。
 ――あたしは、懺悔と言っておきながら、許してもらおうなんて思っていないんだろうから。
 ただ、言って楽になりたいだけ。何処まで最低なんだろう。少しだけ、自分が嫌になる。
「あたしはね。高須君が、実乃梨ちゃんに振られた事をきっと喜んでる。高須君が振られなければ、あのイブの日はなかったし、あたしは小悪魔を捕まえられなかった」
「小悪魔?なんだそれ」
 何だか話が一気に胡散臭くなったのは、竜児の気のせいであろうか。
 一方で、亜美は思う。
 竜児が実乃梨に振られ、その日に竜児に自分が出会えた事。
 きっとその時、あたしは翼を手にした。
 たとえそれがイカロスの翼であっても。あたしは、空を飛び、奇蹟をこの手につかんだ。
 もしかしたら、神様からのクリスマスプレゼントだったのかもしれない、なんて柄にもない事を考えた。
 亜美が今、こんな事を考えて、竜児にこんな話をしてしまうのは、木原の泣く姿を見てしまったからかもしれない。
 一歩間違えば、自分もああいう風になったかもしれないと思うと。
 亜美の事だから、人前に泣くような事はなかっただろうけど。
 自分がそんなに素直ではなく、度胸もない事くらい、亜美は良く知っている。
「でもそれは、自分勝手な言い訳。あたしが、最低な事言ってるってことは、どうしても変えられない。ごめんね」
「……別に川嶋のせいじゃねぇよ。それに、まだ」
 まだ、櫛枝の本当の気持ちを確かめていない。
 そう言おうとして、竜児は、口を噤んだ。
 それは、自分に告白してくれた亜美に言うべきことではないような気がした。
 けれど亜美は、いいよ、と首を振った。
 まるで、竜児の言わんとしている事を察しているかのように。
「確かに、実乃梨ちゃんは高須君に本当の気持ちを伝えていない。へらへら笑って、やり過ごしてる。あたしは、それがすごくムカつく」
「お、おい、川嶋?」
「だって、あの子、高須君がどれだけ傷ついて、苦しんで、悩んでいるかも知らないで、へらへらして。それが、あたしは許せないの」
「俺は、別に……」
「うん、わかってる。高須君が、実乃梨ちゃんのせいだって思っていない事くらい。あたしが許せないの。結局は、身勝手な嫉妬でしかないのも分かってるつもり」
 嫉妬。亜美が実乃梨に対して嫉妬を感じているという事は。
 竜児の心臓が再度跳ねた。心拍が速くなる。
 これは、つまるところもう一度告白されたという事と大差なかった。
「あたしも、実乃梨ちゃんの本心を聞いてみたいって思う。何時だって、道化の仮面で隠してるあの子の本心を」
 そう言って、亜美は不意に立ち上がった。
 その目には、何やら決意の炎らしきものが宿っている。
 竜児は、唖然としたまま、
「川嶋……?どうした?」
「……ねえ、高須君。実乃梨ちゃんの本心を聞きたいって思わない?」
「……は?」


 †

「で、何で、俺はここに居るんだ……」
 辺り一面を暗闇に囲まれて。
 ホテルの一室は押し入れの中、膝を抱えて竜児は、ぽつりと呟いた。
「それは、こっちのセリフだ。いきなり部屋に来た亜美に押し入れに押し込まれて、頭が混乱してるんだが」
「まーまー、いーじゃん。結構楽しいし」
「……春田、お前は能天気で良いな」
 それ程大きくはない押し入れに竜児のほか、北村、春田、能登までもが押し込められている。
 別に彼らが、女子の部屋に忍び込んだわけではない。ここは、正真正銘、彼らの部屋である。
 それなのに何故、彼らがこんな窮屈な押し入れで膝を抱えているのか。
 竜児をひきつれて、突然彼らの部屋にずかずか入り込んできた亜美が、殆ど何の説明もなく彼らを押し入れに押し込んだのだ。
 部屋を去る際に、
「暫くしたら、あたしが此処に女子を連れてくるから。その時になっても、絶対に外に出てこないでね」
 と言い含めて、さっさと部屋を去って行った。
「というか、ここに女子を連れてきて、アイツは一体何をするつもりだ?」
「さあ?でも、俺達の班の悪い空気を修復するって言ってたじゃん。今日はみんな変だったし、フインキが戻るんなら、だいかんげーい」
「ふんいき、な。まあ、俺も今日は、悪かったと思うし、解決できるんなら嬉しいけど……なぁ」
 能登が北村を窺う。
 暗闇の中、十数分。彼らの目は、既に暗所に慣れていた。
 ふむ、と北村は、顎に手を当てて考え込むしぐさをした。
「亜美がそんな事を進んでするような奴だとは思えんな」
「えー亜美ちゃん、ちょー可愛いじゃん」
「可愛さと、性格ってのは、あんまり関係ないさ。否、むしろ亜美の場合、可愛いからこそあんな性格になったと言うべきか」
 高須はどう思う?
 北村が、さっきから黙ってしまっている竜児に問いかけた。
「高須も、亜美が関係の修復に動くつもりだと思うか?」
「いや、正直……」
 竜児も、亜美がそんな事をするような人間には思えなかった。
 それに、竜児を此処に押し込む前の会話。
 ――あたしも、実乃梨ちゃんの本心を聞いてみたいって思う。何時だって、道化の仮面で隠してるあの子の本心を。
 ――……ねえ、高須君。実乃梨ちゃんの本心を聞きたいって思わない?
「一体何をするつもりだ……?」
 何となく。本当に、確証も根拠も全くないのだが、竜児は嫌な予感がした。
 不意に部屋をノックする音。
「む、始まったか?」
「おーい。おいおいおーい。……居ないみたいだよ」
 遠くから聞こえるのは、実乃梨の声。
 北村の言うとおり、亜美の企みが始まったようだ。
「お風呂に行っているのかしらね」
「えー、どうする?センセーにばれたらまずいし、もう部屋に戻っちゃう?」
「まーまー。中に入って、待ってよ?」
「え、え、亜美ちゃん、勝手に入っちゃまずくない?」
「いーから、いーから。廊下に突っ立ってたらセンセに見つかるし」
 亜美の声と共にガチャとドアが開かれた音。
「おじゃましまーす」
 ちっともそう思っていない声色で、亜美はずかずかと男子の部屋へとはいっていく。
「わ、亜美ちゃん……」
「ほら、何してるの。早く」
「うん、お、おじゃましまーす……」
 亜美に促されるように、木原が後に続き、香椎も室内に足を踏み入れた。
 ドアの前に一人、実乃梨が取り残された。


「ほら、実乃梨ちゃんも」
「え、ああ、でも私、部屋に戻ってようかな。ほら、大河、部屋においてきちゃったし」
「仕方ないじゃん。チビトラは、風呂から上がったかと思ったら爆睡しちゃったんだから。そんなことより、早く早く」
「わ、わわ!あーみん、大胆だー。もしかして私貞操のピンチかい?」
 何故か渋りだした実乃梨を、亜美は腕を掴んで部屋に引っ張り込んだ。
 亜美の言うとおり、この場に大河はいない。
 風呂からあがり、徐に部屋の布団にもぐりこんで寝息をたてだしたのだ。

「へー結構きれいにしてるんだねー」
「……というか、私達の部屋より明らかに綺麗」
 木原と香椎は、男子の部屋を一通り眺めながら、畳の上に腰を下ろした。
 二人の言うとおり、彼らの部屋は荷物もキチン整えられていて、ゴミ一つ落ちていない。
 ……逆に、彼女たちの部屋は、服やら食べかけのお菓子やらが散乱していて、男子が見ると幻想をぶち壊されてしまうような有り様だ。
「まあ、高須君が居るからね」
 実乃梨の腕をつかんだまま、亜美も腰を下ろす。
 実乃梨も諦めた様で、大人しく亜美の隣に座り込んだ。
 女子4人で円をつくる形になる。
「それにしても、高須君が家事好きっていまだに信じらんないんだけど」
「ね、あんな怖い顔してるのに」
「ふむ、ギャップ萌えってことかね」
「あはは、萌えってなによ、ウケるー」
 木原の甲高い笑い声。
 押し入れのなかで息をひそめ、耳をそば立てる4人は、
「今の、ウケるようなとこあったか?」
 と首を傾げあった。
 彼女たちの年代は、箸が落ちただけでも笑うというくらいだ、彼女たちにしか分からないツボがあったのだろう。
「そう言えば、あたし、皆の好みのタイプって知らないなー」
 唐突に、本当に唐突に亜美がそんな事を言い出した。
 始まるのか、と押し入れの中、男子4人が固唾をのんだ。
「亜美……いくらなんでも、不自然すぎるぞ」
 北村の漏らした呟きに、他の3人も頷いた。
 しかし、女子の方は気にしていないようで、
「んー私は、大人っぽくて、私を支えてくれるような人がいいかな」
「包容力のある人ってことかな?……今時の男どもじゃ、難しくない?」
「やっぱりそうかな。私も、実際にタイプって男子に会った事ないし」
「あ、あたしはね!」
「はいはい、麻耶はまるおでしょ。じゃあ、実乃梨ちゃんは?」
 私の話もちゃんと聞いてよー、という木原の訴えを黙殺し亜美が実乃梨に意味ありげな笑みを浮かべながら尋ねた。
「ふえ!?わ、私かい?」
 自分には関係のない話題とでも言わんばかりに、話半分で部屋をきょろきょろしていた実乃梨が素っ頓狂な声を上げた。
 そして、あははとぎこちない愛想笑い。
「どーだろね。私、まだそういうの興味ないっていうか、それよりも集中したい事があるっていうか」
「ソフトボール?」
「そう、奈々子ちゃん正解。最近ようやく調子が戻って来たし、今年のオフはもっと体力つけようって思ってるし。正直それどころじゃないんじゃよ」
「えー、折角の高校生活、部活ばっかりじゃもったいないよー」
「でも、そう言うのも、青春ってことなのかしら?」
 香椎の言葉に、木原はそうなのかなぁと納得できない顔。
 彼女としては、部活に汗流す青春は理解できないのだろう。
「そう、それじゃあ」
 亜美は、四半秒の不自然な間をとり、
「イブの日に告白しようとしてきた高須君を振ったのも、そのせい?」
 爆弾をひとつ、投下した。


「えーーー!」
 突然の暴露に、木原と香椎は声をそろえて驚嘆した。
 あの高須竜児が、櫛枝実乃梨に告白?あり得ない。
 未だ、竜児の強面のイメージから余り脱却できない二人にとって、その事実は衝撃的であった。
 それは、押し入れの中の竜児以外の3人にとっても同様で、思わず声を上げそうになり三人が三人とも自らの手で口をふさいだ。
 どういうことだよ。知らなかったぞ。
 三人してそんな視線を竜児に投げかける。
 竜児は、予想だにしていなかった自らの暴露話に照れたように、前髪を弄る。
 こう言う時どんな態度をとればいいのか、開き直ればいいのか、意味のない否定をすればいいのか。
 どちらにせよ声をあげられない竜児は、そっぽを向き、成り行きを見守ることしかできなかった。
 既に、押し入れから出るなんて選択肢はない。
 そんな事をすれば、彼女たちから何を言われるか分かったものではない。
 何でこんな事に。竜児は無力な自分を嘆いた。
「ど、どういうこと。高須君が、櫛枝に告白って」
「っていうか、亜美ちゃんどうしてそんなこと知ってるの!?」
「さー、どうしてだろうねぇ。不思議だなー」
 実乃梨が俯いて、頭を掻いた。
 そして、苛立たしげな声色で、
「あーみん、何でそんな事言うかね」
「あれー、言っちゃ駄目なことだった?ごめんねー、実乃梨ちゃんがあんまりにも平気な顔してるから、どうでもいいことなのかなって思っちゃったー」
「……」
「でも高須君を振った理由、あたしが思ってたのと違うんだよねー。だから、実乃梨ちゃんの口からハッキリ聴きたいなあ。ねえ、どうして高須君の事振っちゃったの?」
 木原と香椎は、呆気にとられて顔をひきつらせる。
 唐突に始まった二人の言いあい。
 亜美は、軽い口調であるが言葉の端々に苛立ちが見て取れるし。
 実乃梨は俯いたまま表情がうかがえないが、仕草が此方も苛立っていることを如実に語る。
 険悪。
 何と言うか、修羅場だった。
 しかし、木原と香椎も唐突に始まったソレを修羅場と呼んでいいのか、分からない。
 何故、亜美は、こんな話をし出したのだろうか。彼女の意図がいまいち読めないのだ。
 一体、この話のどこに亜美が絡んでいるのだろうか。
「さっきも言った通り。今は、恋なんてするひまないから」
「じゃあ、高須君の事嫌いじゃないってことー?」
「別に、嫌いじゃないさ。でもそれは、友人としてってこと。恋人とかそう言うの、今は考えらんない。それだけ」
「ふーん、そーだったんだ。あたし、てっきりタイガーに対する罪悪感からなのかなって思ってた」
「……」
「てっきり実乃梨ちゃんも高須君の事、満更でもなかったのに、高須君を好きな誰かに対する罪悪感から、高須君を振ったんだと思ってたぁ」
「何それ?わけ分かんない」
 きっと、実乃梨が亜美を睨みつける。
 亜美は、そっぽを向いて彼女と視線を合わせようとしない。
「でも、実乃梨ちゃんも残酷だよね。高須君をきっぱり振るんじゃなくて、淡い希望をもたせて生殺しの状態にしてるんだから。何なら、あたしが代わりに伝えとこっか?
 半端な言葉で生殺しにしとくより、ハッキリ止めさしてあげた方が、親切ってもんだよねぇ?」
「……」
「そうじゃないと、高須君が可哀相だもんねぇ。それなのに、実乃梨ちゃんったら、平気なツラで高須君の告白なんて忘れたふりして、チョー天然なふりしちゃって。
 でもって、皆仲よくーだのずっとこのままーだの」
「平気なツラなんて何時見たわけ?本当に見たわけ?あたしの何が分かるの?心が目に見えるか?っていうか、あーみんには関係ねえから」
「あるよ」
 そこで漸く、亜美は実乃梨と視線を合わせた。
 今まで浮かべていた薄い笑みを引っ込め、真剣な眼差しで実乃梨を貫く。
「関係、あるよ」
「……は?どこにだよ」
「だって、あたし、高須君のこと好きだから。実はイブの日に告白も済ませてんの。……まだ、返事もらってねぇけど」
 爆弾、2つ目。それも原子爆弾級の。
 被曝した香椎と木原は、声を失い、目を見開いている。
「――――っ!!」
 一方の押し入れの中も大惨事である。
 二次災害を受け、皆一様に驚愕のまなざしで竜児を視線で問い詰める。
 3人とも絶叫を堪えた自分を褒め湛えながら。
 そんな視線を受けながら、竜児は、何となく悟っていた。亜美が、実乃梨の本心を聞き出そうとしている事に。


 ――あたしも、実乃梨ちゃんの本心を聞いてみたいって思う。何時だって、道化の仮面で隠してるあの子の本心を。
 ロビーでの亜美の言葉が再び蘇った。
 余りにも不器用で強引なやり方。実乃梨に喧嘩を吹っ掛けて、真意を問おうとしている。
 これでは、実乃梨だけでなく、亜美までもが傷つくのではないか。
 今すぐにでも、ここから飛び出して亜美を止めるべきなのか竜児は迷う。
 迷い、結局体は一歩も動かず、暗闇の中。耳だけが、研ぎ澄まされている。
 亜美の言葉は続く。
「だからさ、何時までも高須君を縛られてたらこっちが困っちゃうわけ。ねえ、あたしを助けると思って、ひと思いに振っちゃってくれない?」
「……」
「もし言いにくいようならあたしから言っても良いかな。そろそろ、あたしも生殺しは辛いんだぁ」
「――っ!だからっ!好きにすればって!」
 耐え切れなくなったかのように、実乃梨が歯をむいて叫んだ。
 対する亜美も、感情を抑えきれなくなったかのように、
「これだけやっても本心教えてくれないんだ。本当、いい面の皮してる。人を見下すのも大概にしてくれない?」
 静かに、けれど確かな憤慨を実乃梨に叩きつける。
 ともすれば、殴り合いでも始まりそうな空気。
 これが男子同士だったなら、きっと既に始まっていただろう。
 そんな空気を打ち破ったのは、
「い、いい加減にしなってば!」
 ショックから立ち直った木原の一喝だった。
「やめようよ、折角の修学旅行に女子同士で喧嘩なんて……。ただでさえ、私達の班、空気悪いのに。……私のせいで」
 最後の方は、声が小さくなって、涙目になってしまった木原を、香椎が気遣わしげに肩を叩いて、
「そうだよ。亜美ちゃんの気持ちも……分からないでもないけどさ。でも今のは言い過ぎ。謝って、ここで終わりにしよう?」
 香椎のフォローに亜美は、ムッとした顔で俯いて、ふう、と何かを切り替える様に目を閉じて、一つ息を吐いた。
 再び、顔を上げた亜美の顔には、整えられた笑みが浮かんでいる。
「ごっめーん、実乃梨ちゃん。少し言い過ぎちゃった。あたしも、ちょっと焦ってたみたい。でも、さっきあたしが言った事、考えてくれると嬉しいな」
「亜美ちゃん!」
 香椎が咎めるも、亜美はどこ吹く風、じっと実乃梨を見据える。
 その視線を受けて、実乃梨は、パァンと両手を叩き合わせた。
「ほらよ、これで手打ちだ。あーみんの事は許してやる。でも、あたしからこれ以上何かするつもりはないから」
「また逃げるんだ?」
「なにぃ!?」
「もう、二人とも!」
 最早、悲愴じみた木原の声に、二人はさすがにばつの悪そうな顔をした。
 香椎も少し怒ったような表情で、
「いい加減にしなよ、二人とも。子供じゃないんだから、キャンキャン喚かないの。もう、今日の事は二人とも忘れて、ここでお終い。それでいいね」
 有無を言わせぬ香椎の言葉に、二人はこくんと小さく頷いた。
「も、もう、今日は帰ろう?男子、いつになったら帰ってくるか分かんないし、もう私眠くなってきちゃった」
 気を使う様な木原の言葉が、亜美と実乃梨の心を刺す。
 何やってるんだろう。亜美は、口の中だけで呟いた。
 自分の感情も抑えられないで、関係のない友人を傷つけてまで。
「……ごめんね、実乃梨ちゃん。さっきの事、忘れてくれていいから」
「……分かった。いいよ、忘れた」
 亜美は、また心に芽吹いた苛立ちから目を反らすように、顔をそむけた。
 視線の先には、押し入れがある。
 ――ごめんね。
 きっと伝えたい相手には見えていないだろうけれど、口の動きだけでそう伝えた。

 女子4人が部屋から居なくなった後。
 取り残された男子4人は、そろって気まずそうな顔である。
「……すごく、見てはいけないものを見た気がするぞ。第一、結局亜美は何がしたかったんだ」
 北村がメガネを押し上げながら言うと、
「ていうか、櫛枝も、けっこう、なんつーか」
 能登が天井を仰いだ。
「そ、そんなことよりさぁ。高っちゃんが櫛枝に告白してるってこともだけど、亜美ちゃんが高っちゃんを好きだってことが、驚天動地なんですけど」
 春田は、驚き過ぎて四文字熟語を正確に言えるくらいである。
 北村と能登においても春田の言葉には一理あるのだろう、3人の視線が揃って竜児に向けられた。
「は、はは……」
 竜児は力なく笑い、肩を落とすしかなかった。


290 翼をください 4 sage 2010/04/01(木) 17:11:17 ID:0UhxovYI
投下終了
お目汚し失礼しました。

277 翼をください 4 sage 2010/04/01(木) 16:56:03 ID:0UhxovYI
投下します
翼をください #4
※注意
・進行速度の関係上、原作よりもアニメ版をベースにしています。
場面:アニメ第21話付近(修学旅行一日目)
エロ:なし
以下本編

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