web上で拾ったテキストをこそっと見られるようにする俺得Wiki

123 174 ◆TNwhNl8TZY sage 2010/04/11(日) 18:07:08 ID:yUS7SWKy











「これは?」

時刻は午後九時を少し回ったところ。
寝かしつけようとベッドの上、いつものようにせがまれ、絵本を読んであげているときだった。
その絵本はごくごくありふれた、宝物を探して世界中を大冒険するという、どこにでもあるおとぎ話。この子の一番のお気に入り。
もう何度読み聞かせただろうかわからない。今では内容をそらで全部語れそうな自分にも、そしてこの子にも苦笑がもれる。
よく飽きないものだ。
初めて贈ってもらった物だからだろうかと思うと少し嬉しい。
覚えているわけがない。それほど幼い、まだ生まれて間もない頃のことだというのに、そうであってほしいというのは親の欲目か。

「こないだね、おとうさんにね、もらったの」

物語は佳境、ついに宝物を探し当てた場面。あとはめでたしめでたしまでそうかからない。
そんな、所謂いいところで突然ベッドから降りると、クローゼットを開き、奥にごそごそ手を差し入れる。
なにやら何かを探しているみたいで、大した時間も経たないうち、お目当てのものを見つけたらしい。
こちらに隠しながら戻ってくるその顔には、考えていることをそのまま表情として変換したような、にんまりとした笑顔。
そして散々もったいぶった後、「それ」を手に乗せ渡してくる。
なにかと思えばただの写真立てで、それも飾ることもせず、飾るべき写真すら入っていない。
尋ねた問いの返答が今のそれで、しげしげと眺めてみる。
どういったつもりでこんなものをこの子にあげたのだろう。
壁際に備えた棚には既に飾れるだけ写真が飾ってある。
この子を中心に連れ添って写ったものが多くを占め、飾ってないものだってアルバムにしまい大切に保管してある。
成長記録と言うのは堅苦しくて味気ない。
これは思い出で、思い出を形にして残したもの。
いつでも振り返ることができ、まだ来ぬいつかの写真が空いたページを埋めてくれるのが今か今かと楽しみだ。
だからなおさら不思議に思う。
写真のない写真立てを贈ってどうするのか。この子もなぜそのままにしておくのか。

「お父さんは、なんて言ってこれを?」

意図が掴めずもう一度尋ねる。
すると満面の笑みを浮かべ、彼女は言った。

「赤ちゃんが生まれたら、それに入れて飾ろうねって」

写真を、と言いたいのだろう。
これには正直面食らった。中々粋なことをする。

「そう」

だから空のままにしてあるのか。
だったらこの写真立てに添える写真は決まった、家族全員を映したものにしよう。
この子と、お腹に宿った新しい命と、私と、彼と。
そうしたい。
胸の辺りがじんわり暖かくなっていくのを感じた。
しかし疑問も残る。
この写真立ての存在を、何故この子は今まで内緒にしていたのだろう。
口止めでもされていたのだろうか。
理由もなくそういうことをするとは考えにくいし、仮にしていたとして、その理由は?
思案にくれる私に、そっと耳打ち。

「だからね、それまで大切にしとくの」

壊さないように。失くさないように。傷をつけないように。汚してしまわぬように。
宝物だから。
ただ贈られたものではない、その時が来るまで託された、宝物だから。
忘れていたわけじゃなく、たんにおとぎ話に出てきた宝物から連想し、それで私に見せてきたようだが、それにしても大げさだと少々呆れてしまった。
その写真立てを使うことになるまでにはまだまだ時間がかかる。
早く早くと気持ちが逸るのは誰しも同じだが、それを押し付けるわけにはいかない。


今はゆっくり身体を作るのが仕事なのだから。
けれど、それ以上に嬉しさがこみ上げてくる。
早く逢いたい、抱きしめてみたいと興奮気味に言っていた様子に。
名前はどんなのがいいかと、真剣に考えてくれていることに。
どんなことを一緒にしようかと夢を語るその姿に。
なにより、芽生えた責任感が誇らしくあり、嬉しかった。
アルバムを紐解けば成長を確認し、実感することはできる。
それはこの上ない喜びであり、そして今、その瞬間に立ち会えたと感じられて───

「おやすみ」

いつしか静かに寝息を立てていたわが子の頭を撫でる。
さらさらと顔にかかる長い髪。そっと梳くと現れた柔い頬。また違った滑らかさが指に伝わる。ほのかに温かい。
それがくすぐったかったようで身動ぎをし、そのまま寝返りをうった。ばんざいをするように投げ出した手がなんとも微笑ましい。
浮かんでいるのは、ただ目にするだけで安らぎを与えてくれる穏やかな寝顔で、自然、私の表情も緩む。
一体どんな夢を見てるのだろうか。いい夢であってほしいと、そう切に願う。
起こさぬように毛布をかけてやり、スタンドのスイッチを切った私は枕元に放られていた写真立てを手に取りベッドから出た。

「お疲れ様です。今日は遅かったですね」

リビングでは人の家にも関わらずすっかりくつろいでテレビを眺めているヤツが。
私に気付くと立ち上がり、先日帰国した際に買ってきていた日本茶を淹れはじめる。
ほどなくして急須と湯飲みを二つ持ってきて目の前に置き、熱いお茶を注ぐ。
慣れたもんだ。ひょっとしたら私より上手く淹れてみせるんじゃないだろうか。

「ああ。ちょっとな」

「それは?」

テーブルに置いた写真立てを目敏く発見し、興味がわいたのか、北村が手を伸ばす。
触れる寸前で叩き落した。

「なんですかいきなり」

そんな顔するな。べつに汚れるからとか、そんな理由で触らせねぇわけじゃねぇよ。
私は湯気をくゆらせる茶を一口啜り、深く息をつく。
海外での生活が長いとこういうのはありがたい。郷愁を覚える。いや、掻き立てられる、と言った方が近いか。
最近久々に帰ったのも手伝ってるのかもしれない。
また近いうち帰ってみるか。
嫌になるほどバタバタしていてろくに休めもしなかった一時帰国を思うとその気が失せないでもないが、まぁ、そういった部分は目を瞑ろう。
こっちで出産する気はあまりないし、あれだけ楽しみにしていたあの子にも、ほとんど良い思い出を作ってやれずに終わった。
もう少しお腹が目立つようになったら向こうでお産に備えることにしよう。
あいつらに目に物見せてやるのはその時だ。

「会長?」

怪訝そうな北村が声をかける。

「なんだよ」

「ああ、いえ、なんだか不機嫌そうだったもので」

出していたつもりはないが、どうやら顔に出ていたらしい。
湯飲みを傾け中身を流し込む。

「熱ぃんだよ」

「すみません」


いつも熱めに淹れろと言っておいて、今日に限って出されたものに熱いとケチをつける理不尽な私に思うところがあるだろうに、北村はその素振りすら見せず頭を下げる。
実際よくやってくれてるよ、北村は。
突然やってきて、頼んでもないのにあの子の面倒を見させてくれと言ってきたときは何事かと思ったが。
なかなかどうして子煩悩だし、最初の頃こそ手を焼いていたが今では家事も一通りこなせるようになったし、細かいことにも気がいくから助かっている。
が、いただけないこともある。

「そういや北村、この間帰ったとき」

「遅れたことなら何度も謝ったじゃないですか。俺にも用事があったんですよ」

それはどうでもいい。
ただでさえプライベートを潰させているんだ、そんなことを責めようとは思ってない。
元からして想定外の連続だった。忌々しくもあいつの家に居る日だったというのもある。後手に回らざるをえなかったのもしょうがない。
もし北村がおまけ二人を連れてではなく、即座にあの場に駆けつけていようと結果が今と変わるということはなかっただろう。
にしてもだ。

「ちげぇ。テメェ、これ幸いとか思ってたろ」

「さぁ、なんのことやら俺にはさっぱりです」

「とぼけんな、下心丸見えだったぞ」

大仰にしらばっくれる北村。それならそれでいい。
あんな下手くそな慰めで傾く女はいねぇと教えてやろうと思ったがやめよう。

「で、なんなんですか、それ」

ずいぶん神経が図太くなったな。
しれっと話を逸らしやがった北村は、またもあの写真立てに手をかけようとする。
その前に私が手に取った。北村がいよいよ顔を渋らせる。

「何かあるんですか、その写真立て」

「宝物だ」

きょとんとされた。ま、ムリもない。
何の変哲もない写真立てを唐突に宝物だと言われても理解に苦しむのはわかる。
私はさきほどのやりとりを掻い摘んで教えた。
合点がいったようで北村は鷹揚に頷き、

「それで宝物、ですか」

「かわいいだろ?」

「ええ。会長のお子さんとは思えませんね」

湯飲みの中身を思いっきり引っかけた。当然北村が顔面からお茶を浴びた。
けっこう様になってるじゃねぇか、水も滴るいい男ってやつみたいでよ。失礼な口をきくヤツにはお似合いだ。湯飲みごと投げられなかったことを感謝しろ。

「ほんの冗談だったんですけど」

「黙れ。次つまんねぇことほざいたらポットからとびきり熱いやつを直飲みさせるぞ」

シャレになりませんよなんて言いつつ北村は手早く水溜りを作るフローリングと、飛び散ったカーペットを拭く。
その間私は写真立てを見つめていた。
どこからどう見てもその辺ででも売ってるような、これといって特徴があるわけでなく、いっそ安物の印象さえ受ける。
だけどもこれは紛う事なき宝物。あの子にとっても、私にとっても。
宝物を飾るには相応しいだろう。だからこれは私からしてみても宝物になる。その宝物を撮るのはもう少し先のことだがな。
ふと、お腹にそっと掌をあてがう。


───似合っていないとわかってはいても、さすがにあの時は気落ちせずにいられなかった。
それこそ北村が付け入ろうとしたほどにショックを受けていた。
普段、意図的にあっちと連絡を絶っているせいといえばそうだが、私は自分で思っていたよりも独占欲が強かったらしい。
他の連中の隣に行くのを見なければならないのが我慢ならなかった。それが日替わりであっても、待っていれば私の所にも来るとわかっていても。
おかしいだろう、状況はイーブンなのに。
もちろん夢を叶えるために私は今ここにいる。けれど、それのみでここにいるのかと言われれば、口籠もってしまう。
引かない、逃げない。
そうありたくて、でも、自分を曲げるのも生に合わず。
特別になりたいのになれない歯痒さに苛まれる現実にも妥協を見出せず。
結局のとこ、狭量な人間だ。
嫌なものは嫌だと、素直に認めればいいものを、弱さが露呈するのを避け、口実を見つけてはこじつける。
あるいはそういう弱さが女らしさであるならば、それができていたならば。
不意に漏れでていた笑みは自嘲からか、はたまた強がりからか。
馬鹿馬鹿しい考えだ、そんなもの私じゃねぇ。
ただ、私にも少ないとはいえそんな側面があり、私の一部分を担っていることも否めない。
だからあれだけ喜んだんだ、宿った命に。
本当に喜んで、故に、一切の可能性を考慮することを怠った。思えばあの子の時だってそうだったというのに。
二度あることはなんとやらと言う。もし三人目ができたらせめて心の準備だけはしっかりしておかなければなるまい。
きっと、もたない。
二度目の衝撃は色々な不安が織り交ざっていた初めてとは違い、純粋な歓喜が占めていた分信じられない大きさをもって私を飲み込んだ。
前後不覚に陥り、無様にも取り乱し、挙句、本気で連れ出そうとしたほどに。
そんな状態ではまともに考える頭もなかったんだろう。過去、あのいけ好かないあいつの役回りを、時を経て今度は私が演じただけだ。
オチさえも変わらず、そして最後は元鞘に。
みっともないことこの上ない。
毅然と振舞っているつもりでも内実は見透かされていたらしい。北村にも悟られたくらいだ。
しかし、それでも私は三人目が、四人目が、五人目ができたって、最後はやはり喜ぶと思う。
おめでとうと喜んでくれるなら。
なんてことはない。そう言ってもらっただけでわだかまりも嫉妬心も忘れてしまうのだから。
甘いな、私も。でも悪い気はしない。むしろ、心地よいとすら感じる。

「にやけてますよ、会長」

そうか、にやけていたのか。自分では気付かなかった。
指摘されたのは少し恥ずかしくもあるが、そんな内心を表には出さず、また引き締めるのも面倒くさく、私は緩んだままの顔を北村に向ける。
タオル片手に北村は肩をすくめてみせた。

「せめて俺のいないときにお願いできませんか」

「イヤだね。私が私の家で誰を想おうが私の自由だ」

「デレデレですね」

「うるせぇよ」

表現のしづらい複雑な表情をしている北村に、いっそケンカを売ってるんじゃないかというような鋭い言葉を投げられ、顔に血液が集まっていくのを自覚してしまう。
こうなった北村はしつこいし、次第にネチネチとなにやら暗いことを聞いていようといまいと小声で囁き続けるので、相手をするのが億劫だ。
と、どう追い返したもんか考えあぐねていると、前触れもなくリビングのドアが開けられる。
現れたのはこっくりこっくり眠たそうに頭を揺らし、開いているのか怪しい目を擦りつつ歩いてきた、寝ていたはずの愛娘。
近寄り、抱き上げて目線を合わせる。

「どうしたの、こんな時間に」

「おといれ」

「そう。一人で大丈夫?」

「うん、へーき」

いい子ね、と私は背中をポンポンと叩き、静かに下ろし、ふらふらトイレへと歩いていく小さな背中を見送る。明かりは勝手に点くから後は一人ででもできるだろう。
そんな私達を、いや、私を見て陰気を散らされた北村が、ポツリ。


「相変わらず、お子さん相手だと性格変わりますよね」

性格まで変わるというのはさすがに言いすぎだ。言葉遣いに関してはやはり気をつけているが、それは教育上当たり前だろう。
そこまでギャップがあるとも思わないが、まぁ他人に接するよりは多少態度が軟化している感もしないでもない。
別段甘やかしているわけでなし、そんなにおかしなことだろうか。

「俺のこともその十分の一でいいから優しくしてくれませんか」

「ポットの中身直飲みで飲み干せたら考えといてやるよ」

早まったかもしれない。私の諧謔を本気で真に受けたのか、それともそれくらいの覚悟を見せればあるいはと考えたのかどうかはさて置き、北村が真顔になった。
壮絶な決意を固めた強烈な光を灯す目、グビリと喉を鳴らすその様子から、もしやと不安が過ぎる。

「おかあさん」

助けられた、のだろう。北村が愚行に走る寸前、絶妙なタイミングであの子が割って入ってきた。
一人でちゃんとできたらしい、手も洗ってきている。
いくらか眠気が覚めたみたいで、リビングをキョロキョロと、まるで何かを探しているようだ。
しまった、写真立て。持ってきていたのを失念していた。

「おとうさん、どこいっちゃったの」

違った。そっちじゃないのか。しかしなんでまた急に。

「さっきまで、おとうさんがいて、赤ちゃんがいて、おかあさんもいて、それでみんなで、あれ」

なにを言っているのか自分でも気付いたらしく、その顔には戸惑いから一転、濃い落胆の色を浮かべている。
寝ぼけていたんだろう。どんな夢を見ていたのかが窺い知れて、より心を揺さぶられる。
悲しげに差し俯けた顔。できるだけ優しく、優しく、頬に手を添える。

「今度、また、お父さんに会いに行こう」

見上げた瞳は潤いを増していくが、滲んだそれはこぼれない。こくこくと小さく首を振っていても、それでも。
強い子だ。それでこそ、だ。

「なあに、そんな顔する必要はないぞ。俺がお父さんになればもう寂しくないだろう」

こいつはこいつで強いな、別な意味で。おまけに肩に回された腕がえらく馴れ馴れしい。強めに抓り上げると慌てて引っ込める。
わざとおちゃらけて湿った雰囲気を台無しにしてくれた。
そこまではいいが、いささか度が過ぎたスキンシップと調子に乗った発言には責任を取ってもらうとしよう。
わき腹、それも肋骨と肋骨の隙間に肘鉄を食らわそうと狙いを定める。が、それも不発に終わった。

「やだ」

無垢で、純粋で、素直というのは時として残酷だな。北村にはむしろこっちの方がダメージはでかかっただろうよ。
まさか手を叩いて喜ばれるとも思っちゃいなかっただろうが、こうまで明確に拒絶されたら、その胸中たるや推して知るべしだ。
今まで築き上げたものが瓦解していき、失意の淵に立たされた北村が訳を尋ねる。
問われたこの子は特に考えるでもなく当然のように言った。

「おとうさんはおとうさんだもん」

まったくだ。私は思わず声を上げて笑っていた。
子供特有の理由なき理由に、納得したような、できないようなという微妙な顔をしていた北村もつられて苦笑を浮かべる。
そしてそれじゃあお婿さんにでも、とおどけた北村が言いかけると、それを制止し、これもまた当然だと、この子は胸を張った。

「それもおとうさんって決めてるの」

かわいいだろう? 私の、私たちの宝物は。

                              〜おわり〜





129 174 ◆TNwhNl8TZY sage 2010/04/11(日) 18:12:28 ID:yUS7SWKy
「×××ドラ! ─── ×××ドラ! × s ───」

おしまい
竜児はどんな魔法を使ったんだろう。北村に幸せが訪れるのはいつだろう。
てか全員は無理じゃないかこれ。

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