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468 174 ◆TNwhNl8TZY sage 2010/09/24(金) 21:30:16 ID:ywj9KWJH




「×××ドラ! ─── ×××ドラ! × y ───」




袖振り合うも多生の縁。この言葉を思いついた人はきっとロマンチストに違いない。
道端ですれ違うようなちょっとしたことでだって、その人たちには生まれてくる前からの繋がりがある。次の生でだって何かしらの関わりを持つ。
袖、振り合うも。そんな些細で、ありきたりで、気づきもしないようなことでだって、ちゃんと運命がある。
そういう風に考えることができるんだから、出会いの仕方ひとつとっても、なかなか感慨深いものがある。
あのときこうしていれば全く別の出会いがあって、そのときこうしていたから今の廻りあわせがある。
縁っていうのは、つくづく不思議だなあって思う。
点と点とを線で結んで、解けちゃわないように強く強く絡まりあって、繰り返すうち、いつしかこんがらがってお団子みたいに大きな丸になった。
所々がへっこんでたり飛び出してたりする、縁でできた歪な円。
その円は、一息で抱きしめるにはこの腕じゃぜんぜん足りないくらい、あまりに多い愛娘たちとその子供たち。大切な縁で繋がった、大事な家族。
どの子ももったいないぐらいの良い子たちで、複雑な気持ちはないこともないけれど、大好き。
沢山の子供たちに囲まれて、やっちゃんはとんでもない幸せ者だ。こんなに早くおばあちゃんになるとは夢にも思ってなかったけど。

「なんでうちには赤ちゃんきてくれなかったんだろ」

それ以上に、まさかもう一人、ポンと生んじゃうなんて露ほども考えてなかったけど。

「ねぇねぇ、どうしてなんだろ」

それはこの半年以上もの間、何度となく向けられた質問。毎日毎日、今日まで聞かない日はなかった。
テレビを見ながら何の気なしに。ご飯を食べながら思い出したように。お布団に包まって、寝言でだって。そして今だって。
いい加減耳にたこでもできちゃいそう。できてるかも。できてたっておかしくないなあ。
粋でいなせなねじり鉢巻を頭に巻いた、真っ赤でちっちゃなたこを耳にくっつけたお間抜けな自分を想像しても、この気分はいくらも晴れなかった。

「う〜ん。どうしてなんだろうねぇ」

曖昧に濁して逃げることにはとっくに飽きてる。苦くて固い笑みを浮かべることはとうに困難で、苦痛ですらあった。
でも、他にどうすればいいんだろう。
なんでもかんでも教えてあげるのは簡単だけど、難しいのはこっちの方。
ただでさえ整理整頓とか、そういうのって苦手なのに、目に見えないものの整理なんていったいどれから手をつけていいのやら。
吸い込んだ空気は肺の中をひと回り泳いで、深く潜った後、環境に微妙に悪いらしい成分になって口からもれ出ていった。

「ほんと、どうしてなんだろうねぇ」

あれからけっこう月日が経って、傍にいる時間もそれなりにあったけど、ただの一度だってそういうことをしたことはない。
当然かもしれない。竜ちゃんからしたらって考えると、手も握ってこないのはそんなにおかしなことじゃあない。
真面目な子だもの、やっちゃんの子供だっていうのが信じられないくらい真面目のかたぶつさんで、そんな竜ちゃんだから誰に対してだって、胸を張って自慢できる。
だから、酷いことをしたって罪悪感もなきにしもあらずで。
酔いが完全に引いた頃になって目が覚めて、やけにきちっと寝巻きを着ていたのをぼんやりとした頭で理解した瞬間、突然目の前を駆け抜けてった昨夜のあれやそれで、起き抜けに悶絶した。
まさかと妙にだるさを覚える体をまさぐってみたら、主に下半身からツンと鼻につく臭いと、乾いた名残が内股に張り付く感触がして。
夢だと思いたかったのはよっぽど竜ちゃんの方だったろうけど、やっちゃんだってそう思ってた。
だって、こんなの違う。嬉しがるのも、熱くなるのも、苦しくなるのも、全部違う。
あれが夢だったらまだいい。おかしくなったのはやっちゃんだけで、笑い話にもならないような夢を見ただけのこと。
それを悲しく思うこと自体間違ってる、夢じゃないことをどこかで望んで、否定しなくちゃいけないのに、微かに残る温もりを探しては内心で歓喜して。
板ばさみになっていたところに、囁くように耳元で声がした。
それは、半ば言わせたようなもの。


さみしかったとうわ言みたいに何度も呟いていたやっちゃんを見かねて言ってくれた、その場しのぎにも等しい言葉。
これ以上なくだめにさせる魔法の言葉。
芯を熱くさせるには申し分なく、元より酒精にやられていた理性は崩れる速度をぐんと伸ばして、最後の最後まで溶け合う躊躇を奪い去るのにまたとないぐらい充分だった。
寂しい思いはさせない。
そういうときに交わされる言葉なんて信じる方がバカを見るって、そんなの身に沁みてわかってるんだけど、なのに、それでも。
言うほどさみしかったわけじゃない。半分はうそで、半分はほんとう。
竜ちゃんとインコちゃんと、三人だったのがいつしか四人になって、なんだかんだ楽しくて、家族が増えたことにいちゃもんつけちゃうほど贅沢さんだったつもりはないよ。
毎日に新しい彩が加わっていって、だけどある日突然わかった。
あの視線の先にいるのはいつだって、だから、それがさみしかった。
なんだか自分だけ彩が欠けたように思えた。
ありていに言うんなら、ずばり嫉妬してたんだ、やっちゃんは、竜ちゃんの隣に付かず離れずいられる大河ちゃんに。
おかしいよね。おかしいよ。なんとも子離れできない残念なお母さんで、お腹抱えてひーひー笑えちゃうって、おかしすぎて。
笑いすぎて涙が溢れる。
こぼすまいと顔を上げれば、そこには一人、ご機嫌に語るお客さんのつまらない話にさもおかしそうに耳を傾けて、上辺だけの相槌打って、味のしない液体を流し込む不細工な笑顔の自分がいた。
たぶん、そのときには、もういろんなことがムリになってた。
最後まで愛想を振りまけていたのはお客さんの手前だったっていうのもさることながら、悪酔いしてたおかげもある。
へらへらしてれば周りは勝手に盛り上がって、いつもどおりに過ごせて、実際その日はなんとかもつことができた。
無理やりに溜め込んだものは、それが安さだけが売りの出来の悪いお酒だろうと、目を逸らしたくなるような嫉妬心だろうと、いずれ塞き止める蓋を決壊して口から出て行く。
街灯も遠い暗い夜、冷たい道端に蹲って咽こみながら、へべれけのくせしていやに醒めた頭のどこかはそんなことを考えていて、あんまりバカらしくって、達観を気取ってるのが滑稽で、どうしようもなくみっともなかった。
なにをしてるんだろう、いったい。
寒空の下、体を丸めて抱え、際限なんてないような嘔吐感をやりすごす。
どんより厚ぼったい雲を仰ぎ見て、口だけが何度も、何度も形を作って、白い吐息は言葉にならない。
宵のまにまに昇っていったそれは、手を伸ばせば届く位置までで、すぐに溶けて見えなくなった。
なにがしたいんだろう、いったい。
人生の半分は一緒だった。
つい最近のこと、歳はあの頃の自分に並ばれて、背なんて、あんなに小さかったのに、だいぶ前に追い越されてた。
膝を着いて合わせていた目線は、いつしか、見上げなくちゃ合いもしなくなっていた。
引いていたはずの掌に、包まれて、引かれることの方が多くなっていた。
その反対の腕で、持ちきれない荷物を文句も言わずに持ってくれていた。
あげられたものは高が知れてるけれど、半分こして分かち合えるものは、自分の分からほんの少しだけ、多めにあげた。
それだけでよかったのに、けど、それと同じぐらい沢山のものも貰った。
今の幸せは、その積み重ね。今あるものは何もかも、自分だけじゃ手に入らなかった。
瞼を瞑って振り返れば、そこがどこでだって関係ない。
そこは大切な思い出ばかりで埋め尽くされて、ただでさえ、覚えてられる容量に限りがあるやっちゃんの頭をいっぱいにさせる。
さすがに何もかも鮮明にとまではいかなくって、でも、どれもこれもが昨日のことのように過ぎっていく。
忘れられない幸せの色。
ああ、そうだよ。だからもう、だめなんだよ。今さらそんなの、考えられない。止められないよ、これ。
閉ざす瞼を薄く開いた。その先に現れた、ありもしない幻。
腰を下ろしていたのも構わずに咄嗟に追い縋れば、幻なんてあっけなく掻き消えちゃって、固くて痛い地面にぶつかった。
寸前、消えかけた幻に重なる小柄な影。


待って。
置いてけぼりなんかいやだよ。
手の届かないとこになんか行かないで。
そんなのひどい。
そんなのってない。
ひとりにしたりしないで。
あんなに辛かったのに、また捨てられちゃったら、今度は、もう、きっと。
考えたくもないことだけが滾々と沸いてくるのが耐えられなくて、こんなとこから早く帰りたい。
いつまでそうしていたのか、凍えそうな体をどうにか立たせる。若干ふらふらする。たたらを踏むまいと注意して砂利と埃を払い落とす。
歩く早さは牛歩さながら。抜けない酔いが殊更不快感を助長させる。
景色がぶれて回って二重になって、足元さえもおぼつかない。
おんぼろな我が家にたどり着くまでに三回くらいは絶対転んだ。もっとかもしれない。えずいた回数なんか数え切れない。
最低な夜だった。
ううん、違う。
一番最低だったのは、なんにも悪くない竜ちゃんに当り散らしたやっちゃんだった。
喚いて叩き起こして、あーしろこーしろって言いつけて、近所以前に家族迷惑かけまくって、感じ悪いったらない。
そこで収めていればいいものを、しなくてもいい世話を焼いてくれたのに、その上で、とうとう我慢ができなくなった。
何を言ったかなんてほとんどわからない、勢い任せに口をついて出ていく、紛れもない本心。
その都度高まる後悔を押し退けて、胸に澱んで痞える感情をそのまま吐露して、そうしてまた後悔した。
顔を覆いたくなる衝動に襲われる。こんなの知られたくなかった。
取った取られた、なんて、まんま子供みたいなことを本気で悩んでるなんて、どうかしてるって思われるに決まってる。
酔っ払いのたわ言にしたって支離滅裂で、自分本位丸出しで、頭の悪さなんてもうどうしたって隠しようがない。
見なくったって首まで真っ赤になってるのがわかった。
脈打つ心臓が張り裂けんばかりに暴れ始めたせいですごく苦しい。
駆け巡る液体はゆうに沸点を超えていて今にも中から燃えちゃいそう。
呼吸ってどうやってやってたんだっけ。
鼓膜の内側でする、なにか轟々とした爆音が一向に鳴り止まなくってやかましい。
そんなのもうどうだっていい。それよりも猛烈に逃げ出したい。できないならいっそ消えてなくなりたい。
押し潰されそうな感覚に、目頭が異常に引き締まるよう。
それでも止め処なく鬱積を吐いていくやっちゃんを、竜ちゃんは見切らないで、一言一言を落ち着けるように静かに、ゆっくり語りかける。
ちょっとぶっきらぼうな言い草は相変わらず。嘘がないのも、相変わらず。
怖いほどの真剣さに次第に惹きこまれていく。
傾けることを拒絶していた耳は、いつしかその声しか拾えなくなっていた。
今ここにいるのは二人だけ。今そこにいるのはただ一人。今この目に映るのは、そのただ一人。
まるで熱病にかかったようだった。もしくは夢遊病。
大切? 捨てたりしない? 一緒にいてくれる? なにがあっても、ずっと?
ぼんやりと唱えた確認、その返答をぼんやりとしたまま噛みしめて、次いで確かに約束をした。
最後に、そこまでしてようやく搾り出せた、尋ね事。

「好き、かぁ」

「なにが」

声に出していたことをそこで気づく。
いつの間にこんなに近くに。
はっとして目をやれば、鼻先がぶつかりそうなすぐそこにずずっと乗り出すあの子がいて、その様子はさっきまでの少しふて腐れていたものから一転、興味津々っていう風に輝く。

「ねぇなになに、なぁに、なにが好きなの」

「ん? んーと、ん〜」


なんか、言いよどんだ。特に理由は見当たらない。質問を拒む理由だって、特に見当たらないのに。
このままとぼけていようか、それとも。
どうしようかなと逡巡するその瞬間、狙いすましたかのように、テーブルの上、鎮座していた携帯電話がぴろぴろぴぴぴと鳴ってぶいんぶいん動く。
目の前のことはとりあえず横に置いておく。先送りなのはわかってる、けれども、この際それもしょうがない。
通話ボタンを押せば、聞きなれた、いつもより少しだけ慌ててることを含んだ声が飛び込んできた。
何かあったのかなって思ってたら、何かなんてもんじゃないことがあった。
早口にまくし立てるその内容に、こちらも面食らった。
横目で壁に掛かるカレンダーをチェックする。赤く丸印の付いた日付は来週のそのまた来週の欄。
早すぎるような気もしないでもないけど、まあなくもない、かな。
予定日なんてただの目安だし、当てにしてたところで、お腹にいる赤ちゃんには外の事情なんて関係ないもの。
今がいいって、そう思っているのをむりやり我慢させるものじゃあない。
それにしてもと、こめかみの辺りを人差し指でくりくりと押さえる。
来月は丸だらけだったのがこの調子じゃ、ほんと、当てにならなさそう。
ていうか、なんとなく、なんとなーくだけど、これからたいした間隔を空けず、立て続けにこんな一報がやって来るような気がして、ああそういえば結局前もそうだったなあと現実逃避気味に懐かしさが胸を撫でる。
あっちはあっちでかなりあたふたしていたようだったから、とにもかくにもこれから病院に連れていくと言い置いて、ばいばいもなしに電話は切れた。
切羽詰ってるなあ。そりゃあそうだよねえ。
さてと、完全に不意打ちだったけどこうしちゃいられない。
通話が終了したことを表示している画面の端に目を滑らせ、時刻を確認する。よかった、最寄のバスはまだ出ている。
これが深夜か明け方だったら大変だった。
タクシーひとつ寄こしてもらうにもけっこう時間がかかるし、お店開けてたらそうほいほい抜けてられないし、眠いし。
そういう風に考えたなら、このぐらいの時間はちょうどいいのかもしれない。
外は暗がりを濃くしてはいるけど、出歩くぶんには遅くない。少し肌寒いようだから何か、羽織るものを持たせていこう。
お店には、出掛けにでも連絡入れとけばいっか。帰り、いつになるかわからないし。

「どっか行くの」

支度の手を早めていると、そう声をかけられる。
向き直れば、ちょこんと座るあの子が見上げてる。
いつかそうしたように、膝を着いて目線を合わせる。

「うん。ちょっとお出かけしよっか」

「どこまで」

「赤ちゃんのところ」


特に黙っている理由もないし、今度は即答で教えてあげた。

「ほんとお」

パアッ、ていう擬音でもくっ付いてそうな笑顔が縦にこくこく振れる。
やっぱり嬉しいんだ。
ふにゃっとふやけたその破顔ぶりにつられてこっちまで頬が緩んでく。

「ほんとだよ〜。会いに行っちゃおう」

「いっちゃお〜」

そうだ、嬉しいんだ、やっちゃんも。
なんでもいい、なにかできることがあったらしてあげよう。
できないんなら、せめて近くにいてあげよう、気を紛らわせてあげるくらいはできる。
それもできなかったら、少し離れたところからでだっていい、無事を願って、上がる産声を待っていよう。
孫なんて距離を置いた言い方はしたくない、家族がまた一人増えたことが、やっちゃんにとってだって、やっぱりとっても嬉しいから。
だから心ばかりの、心からのお祝いを言いに行こう。
二番目でいい。一番目はちゃんととっておいてあげる。
野暮なことはしないよ、えっへんやっちゃん空気読めちゃう系だから。
まずは若いお二人で、なんて、だめだなあどんどん年寄りくさくなっちゃうの、永遠の二十三歳的にはかなり認めたくなんてないんだけど。
でも、いいんだ。どうだってよくはないけど、甚だ遺憾てものだけど、百とあと一歩ほど譲って、諦める。
だって、なんてったっておばあちゃんだもん。
やっちゃんはみんなのおばあちゃん。そんでもって、みんなのお母さん。
それは変わらないから。
こういうときくらいしっかりしなくっちゃ。

「じゃあ、そろそろ行こうか」

「はやくっ、はやくっ」

急かすあの子にはいはいと笑みつつ、戸締りをちゃっちゃと済ます。
表通りに出るまでの路地はもうすっかり日が暮れていて、吹きつく風と合わせて、徐々に体温が下がっていくのを実感する。
季節が廻るのが年々あっという間になっていくよう。
つい最近まで温かかった空気にほのかに冬の匂いがした。
思ってたよりも寒いかも。どちらともなく身を寄せ合う。歩調を僅かに小さくした。
差し伸べた手に小さな掌が重なった。隙間を無くすように握りしめる。きゅっと、力を込めて握り返された。
冷えるなあ、今日。
だからなのかな、いつもよりももっと、余計に感じる。
感触はすべすべしていて柔らかい。まだまだ短い指のお腹がぷにぷにしてる。
伝う温もりはやや高めで、弾む内心が流れ込んでくるよう。
それが不意に途切れた。すべすべのぷにぷにもすっと抜ける。
よっぽど注意が赤ちゃんに向いてたのか、それか、散漫していたみたい。
ぜんぜん気がつかないで足元の小石に蹴躓いて、あの子はぺちゃりとすっ転び、アスファルトの上で大の字になっていた。
しっかり繋いでいたつもりが、案外そうでもなかったようで、注意がどうこうなんて偉そうには言えないなあ、これじゃあ。

「あららら、大丈夫?」

声をかけたときには、もう自分で起き上がっていた。
軽く付いた埃を叩いてあげる。上着がちょっと汚れたくらいで、擦り傷もなさそうで、その点は安心した。
赤くて細い筋が鼻から垂れている以外は。

「ごめんねぇ。痛いとことかない」

どこかで貰ってからずっとバッグに入れっぱなしだったポケットティッシュで拭う。
幸いにもそこまでたいしたことはなかったみたいで、鼻血はすぐに止まった。

「んーん、へいき」

「そっか」

えらいえらい。言葉にはしないで、口の中で呟く。
代わりに、こう言った。

「お姉ちゃんだもんね」

微かに鼻をすするこの子の手を、また離してしまわないよう、少しだけきつめに繋ぎなおす。
歩く速度はゆっくりでいい。ゆっくりがいい。
急ぐのと慌てるのは一緒くたにされがちだけどどこか違う。
バスには充分間に合うから、だから今は、ゆっくりでいい。
一歩ずつ、前へ。一歩ずつ、歩幅を合わせて。
慌てず騒がず、置いてけぼりにしないよう、小さなこの手を引いて歩こう。
今頃大慌てなはずの誰かさんは、こんなやっちゃんを見て笑うかな。
まったく暢気だな、おまえらしいよって、皮肉りながらでいい。それでも笑ってくれたら嬉しい。
引いていた手は大きくなって、頼りのないこの手を引いてくれていた。
それは今だってそう。
なんにも変わらない。
あんな何年も前の、しかもさせた約束を律儀に守ってるとか、そんな都合のいいこと考えてない。
そんな約束しなくったって、きっと引いてくれたままでいてくれた。
なにがあったって、どんなときだって、どれだけ離ればなれになってたって、この手とあの手は繋がったまま。
そしてやっちゃんは、空いている方の手でまた新しい手を引いている。
引いて引かれて、引かれて引いて、引き合って。
それがどこまでだって続いていく。どこまでだって繋がっていく。
この子だって引かれているだけじゃない、こんな風にして、いずれ手を引いて先を歩くようになる。
沢山の妹たちに加えて、また沢山の妹たちが生まれるんだから。
みんなのお姉ちゃんなんだから。

「なっていいのかな、お姉ちゃんに」

なのにいつまで経ってもおんぶに抱っこの甘えん坊さんじゃあ困っちゃうよ。
そんなに自信なさげでも困る。
せっかちになれとは言わないけど、のんびりしすぎるところもちょっと。
でも、大丈夫。

「なれるよ」

みんなから頼りにされるお姉ちゃんに必ずなれるって、やっちゃんは信じてる。
バス停のある表通りまで取り立てて何もない、人も少ない道を連れ添って進む最中、前に後ろにぶうんと大きく腕を振りながら。
引き合い触れ合い振り合った、大切で、なににも代えがたいこの縁が解けちゃわないよう、一層強く紡ぎ繋いだ。

                              〜おわり〜


475 174 ◆TNwhNl8TZY sage 2010/09/24(金) 21:35:17 ID:ywj9KWJH
おしまい

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