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きすして2(上) 356FLGR

 ゴールデンウィークのスタートを翌日に控えた四月末、本家某バックスからクレームを
付けられることも無く、今日も堂々と営業している須藤バックスの窓際のカウンター席で、
存在自体がサプライズな女子高生モデル川嶋亜美と妙に色気のある女子高生、香椎奈々子、
そしていつもの木原麻耶…、ではなく逢坂大河の三人がま〜ったりと話し込んでいた。

 大河は竜児と一緒に下校するつもりでいたのだが、竜児から『すまん。担任から雑用を
頼まれた。すぐ片付けるからどこかで待っててくれ』というメールを受け取り、すかさず
『スドバで待つ。可及的速やかに処理せよ』と返信し、ここでミルクティーを飲みながら
竜児を待っていた。そこに、ふらふら〜っと川嶋亜美と香椎奈々子がやってきて、
なんとなく三人でお茶をすることになったのだ。いつも一緒にいる木原麻耶は北村祐作を
ストーキング中らしく、「バカバカしいから見捨てて来た」と亜美はあきれ顔で大河に語り、
奈々子は祐作の朴念仁ぶりにあきれ果て「やっぱり、あれは犯罪」と憤慨していた。

 その話題が一段落すると、亜美と奈々子の興味は大河がここにぽつんと一人でいるという
ちょっとした異常事態に移った。
「あんた、なんで一人なの? ひょっとして破局?」と、冷やかす様に亜美が言った。
「うっさいわね、んなわけないでしょ。竜児はガッコで雑用中なの」
「な〜んだ。つまんねぇの」亜美は冗談っぽく言って外を見た。
 二人の様子を見てクスクスと笑っていた奈々子が、
「ねえ、タイガー」
「ん?」
「高須君と一緒に登校してるじゃない。あれって待ち合わせなの?」
「へ? 待ち合わせって言うか、朝ご飯は竜児の家で食べてるから」
「どういうこと?」奈々子は首を傾げた。
「タイガーは毎朝、高須君の家に寄って、朝ご飯食べてからきてんのよ」
「へぇ、どうして?」
「ママがね、朝がダメなのよ。あたし以上に。それにパン食じゃパワーが出ないっていうか、
物足りないっていうか……。それに、やっちゃん、えと、竜児のお母さんと話しもしたいし」
「ふぅ〜ん。お姑さんとの関係もバッチリなのね」と、奈々子がいかにも冷やかしという
感じで言えば、
「もう、これがバッチリなのよっ!」と、大河も負けずに切り返す。
 そんな二人の様子を見ながら亜美はふっと笑った。

「でもさぁ、あんた良く一月半ぐらいで母親と和解出来たね。バレンタインの時はババァ
呼ばわりしてたのにさ」
 亜美はそれがずっと気にはなっていたけれど聞けずにいたのだ。けれど、最近の大河の
様子を見ていると、今はもう聞いてみてもいいように思えた。
「まあね……。離婚した時の状況も良く分かったしさ、少なくとも私が生まれた時はママも
ジジィも仲が良くて、望まれて生まれて来たんだって思えたらね、なんだか許せちゃった…」
 そう言って、大河は穏やかに微笑んだ。
「…そりゃね、全部許せたわけじゃないけどさ、わだかまりが無いわけじゃないけどさ、
過ぎた事だし…昔の事を今のママに言ってもね…」

「ふうん、で、高須君はどう思ってるのよ? あんたのママの事」
「竜児には…許せないって気持ちもあると思うんだ。でも、あたしは戻って来れたから、
許そうって思ってるんだと思う。許して、それで仲良くなろうって思ってくれてる。
だから、私が戻ってすぐに、竜児は駆け落ちした時のことをママに謝ってくれたんだ」
「へぇ、高須君らしいわね」
「そんで、あんたのママは高須君のこと許してくれたの?」
「うん、ママも竜児には感謝してるのよ。でも、なかなか信じてくれなかったな。ずっと、
隣に住んでる同じクラスの男の子に養ってもらってたなんてね。最初に話した時なんか、
もう唖然としてたわ。まあ、あたしがママを許せる気持ちになったのは竜児のおかげだし、
それに竜児がいなかったらさ……」
 大河はふっと外を見て口をつぐんだ。死んでたかも…とは口にしたくなかった。
「そう」亜美が呟く。
「良かったじゃない」
 大河は微笑んで小さく頷いた。
「ただね……」
「ただ?」奈々子は大河を見た。
「顔が……」
 ブッっとラテを吹き出しそうになる亜美。咽せる奈々子。
「毎日見てるのに慣れてくれないのよね。なんで、あたしとあーみんは最初っから平気
なんだろ」
 大河は大橋に戻ってしばらくしてから、友達に『ばかちー』は無いかなと思い呼び方を変えて
いた。でもまだ不慣れで、たまに間違う。
「亜美ちゃんは平気だったの? 高須君の顔」
「んー、まあ、怖そうってだけなら業界にはいっぱい居るし…」
「あ、ちょっと待って。今、毎日見てるって言わなかった?」
「言ったけど」
 ええ、言いましたけど、それが何か?とでも言いたげな顔で大河は奈々子を見た。
「高須君、毎日タイガーを送ってくんだ。甲斐甲斐しいねぇ〜。あ〜やだやだ」
 手をひらひらと振り、亜美はもう勝手にやってろって感じのリアクション。
「まあ、送ってもらうっていうか、弟の世話を手伝ってもらうっていうか、一緒に晩ご飯を
食べるっていうか……」
「あんた、まさか作らせてるんじゃないでしょうね?」
「作らせてなんかいないわ」
 大河はブンブンと顔を横に振ってから、亜美をキッと睨む様に見て、
「作ってくれるのよ!」と、言い切った。
 亜美と奈々子はシンクロ率100%でカックンと項垂れた。
「とうとう、出前シェフかよっ」
「いかにも高須君らしいわね」
「大体、なんで高須君があんたの家で晩ご飯を食べてるのよ?」
「やっちゃんがお家で晩ご飯を食べられなくなったのよ。仕事が変わっちゃったから。
晩ご飯を一人で食べるの寂しいじゃない」
 お好み焼き屋の店長が家で晩ご飯を食べられる筈が無かった。晩飯時は飲食店にとって
最大の書き入れ時なのだから。
「ああ、それ分るわ…」奈々子が頷いた。
「結構、堪えるのよね。特に続くとね」
「でしょ、そんなの竜児が可哀想だもん」

「ようこそ、須藤バックスへ」女子大生バイトの奇麗な声に迎えられ、開いたドアから顔を
出したのは地獄の三白眼の持ち主、高須竜児。ぎらつく眼光は、まさに今から流血の惨劇を
繰り広げんと獲物を探しているわけでは無く、悪い子や勉強しない子を出刃包丁片手に探し
回っているワケでも無い……

「おぅ、大河。待たせたな」
「ぅおっそいのよ! 竜児! じゃあね、あーみん、奈々子」
 大河はカウンター席のスツールから飛び降り、振り回すみたいに鞄を肩に引っ掛けて
小走りで竜児の元に駆け寄った。
「じゃあな。川嶋、香椎。うわ、たいが、おい、ちょ……」
 竜児は手を上げて挨拶しかけた格好のままで大河に腕を掴まれズルズルとスドバの外に
引きずり出されていった。
「へぃへぃ、御盛んなこってぇ〜。ちゃんと避妊しろよ〜」
 その様子に亜美は完全に呆れて言いたい放題。バイトの女子大生や他の客が苦笑している
のもおかまいなし。奈々子は大河に引きずられていく竜児を笑顔で見送った。

「タイガーったら、文句を言いながら顔はニッコニコだもんね」
「ほ〜んと、やってらんねーっつーの」
 亜美はカウンターに頬杖をついてトーンダウンした口調で言った。

「私にも、あんなふうに笑える日がくるのかしらね」
 奈々子は寂しげに呟いた。

「え? なんか言った?」
「ううん、なんにも。なんでもない」
 奈々子は冷めかけのミルクティーに口をつけた。

「ねぇ、亜美ちゃん。ちょっと家に来ない?」
「急にどうしたのよ?」
「お父さんが出張に出ててね、しばらく一人なのよ。一人で晩ご飯を食べるのも
つまんないし、ちょっと寂しいのよね」
「…ふうん、そういうことね。まあ、今日はヒマだし。いいよ」

***

 夕食の片付けを終えて、竜児と大河、それに大河の母親はダイニングで緑茶を楽しんで
いた。大河の弟はリビングのベビーベッドですぅすぅと寝息をたてている。

 娘の彼氏が来て夕食を食べていくというのは、良くある事なのだろうけれど、作るのも
片付けるのもやっていくのはどうだろうか、と大河の母は思っていた。でも、こんな風に
一緒に過ごしてみると、高須竜児という少年に娘がどこまでも惹かれていってしまう理由が
分る様な気がした。なんの代償も求めないで、ただただ大河を柔らかく優しさで包む様に
愛したのが高須竜児という少年なのだろう。自分や陸郎が互いを傷つけるための道具にする
ことで傷つけられた大河の心を、こんな風にゆるゆると優しい日常を共にすることで癒して
いったのだろう。

「大河、連休、どうするか決めたの?」母親が聞いた。
「…うん」
 竜児は目を伏せて、湯のみの中を見ていた。
「ママと一緒にお父さんのところに行く」

 大河は母親と生まれたばかりの弟と三人で暮している。借りているこの家とは別に
本当の家があって、新しい父親はそこで暮している。仕事の都合で父親がここで暮すのは
やっぱり無理だった。
 この暮らしが母親と新しい父親にとって辛いものであることは大河にも良くわかっている。
それでも母親はこの生活を選んでくれた。それは嬉しかった。それが単純で純粋な愛情に
よるものじゃなく、贖罪や憐憫を兼ねたものだとしても、多分、そうなのだろうけれど、
やっぱり嬉しかった。
 だから、ちょっと長い休みの間ぐらいは家族で過ごさなきゃいけないと大河は思った。
そのために、母親のところに戻ったのだし、自分だけが幸せだなんてあり得ない、とも
思った。
 それに、母親と一緒に過ごせる時間は、この家族の一人として過ごせる時間は、実は
とても短くなってしまうかも知れないと大河は思っていた。この連休がこの家族とすごせる
最後の機会になるかも知れない。大河にはそんな予感すらあった。だから、竜児には連休は
本当の家で家族と過ごしたいと伝えていた。
 大河の親権は母親に移ったけれど、大河は相変わらず逢坂大河だった。それが大河が
母親と過ごせる時間が短くなるかもしれないと考えている理由だった。母親ははっきりとは
言わなかったけれど、自分を入籍させることに再婚相手の実家が反対しているらしい事は
大河にも分っていた。自分の事で母親と新しい父親が揉めるのかと思うと辛かったし、
そんな事にはなってほしくない。

「大河、いいのよ。こっちに残っても」
「ママと行く。いいよね、竜児」
「おぅ。その方がいい。俺もじいちゃんのところに行かなきゃなんねぇし」
「本当にいいの?」
「…邪魔? ママ、お父さんとイチャつくつもりなのね。なら、遠慮するけど」
 大河はジトっと母親を睨んだ。
「おいおい」竜児はあきれ顔。
「そんなんじゃ無いわよ。まったく、この娘は」
 並んで座る母娘の仕草はあまりにも良く似ていて竜児は吹き出しそうになるのを必死に
堪えていた。
「高須君はそれでいいの?」
「へ?」不意に話しを振られて竜児は間抜けな声を上げた。
「あ、ええ、俺も家族揃って過ごした方がいいと思います」
「そう、ありがとう。高須君」
「いえ、そんな」
 リビングのテレビ台に置かれている時計が八時過ぎを指していた。
「そろそろ、帰ります。すいません、毎日遅くまでお邪魔してしまって」
「あら、もうそんな時間?」
「え、ちょ、もうちょっと」
 大河は慌てて立ち上がって、竜児の横で腕をばたつかせた。
「お前、何やってんだ?」
「デ、ディフェンス」
「はぁ?」
 まあ、確かにバスケのディフェンスに見えなくも、いや、見えない。
「ここは通行止めよ」
「お前、明日の準備しなくていいのかよ」
「そ、それは何とかなるハズよ」
「意味がわからん」
「つ、つまり、そうよ、手伝いなさい。そうすれば何とかなるわ」
「大河!」
 母親に強い語気で言われて大河の動きが止まった。
「ごめんなさい」呟く様な小声で言った。
「物には頼み方があるでしょ」
『そっちかよ!』と、竜児は心の中で思いっきりつっこんだ。
「そっか」
『納得するな!』と、竜児は心の中で更に思いっきりつっこんだ。
「…竜児、その、手伝って欲しいんだけど。あたし、ドジだから忘れ物するし…」
「…わかったよ。すいません、なんか、そう言う事なので…」
「仕方ないわね。九時までよ」
『やらせといて仕方ないとはこれいかに?』と竜児は思ったが、これも言わない。
「竜児、こっち」
 恐縮する竜児の腕を大河は引っ掴んで竜児を自分の部屋に引きずっていった。

***

 キスした。竜児とキスした。ついさっき、玄関で、彼の帰り際に、キスをした。
 そのせいだ、こんなに辛いのは。
 ベッドに寝転がって、自分の下唇を中指でなぞった。キスの感触が生々しく思い出されて
首筋が熱くなった。

 明日の準備はあっという間に終わってしまった。竜児の言う通りにするだけで準備は
さくさくと進んだ。自分ひとりでやったらこの三倍は時間がかかったかもしれない。
きっと竜児には荷物が最後にどうなっているのか分っていて、そうなるように荷造りを
していくから手際良くできるのだろう。
 持っていく服は竜児が奇麗に畳んでくれて、トランクの中にぴっちりと収まっている。
こっちに戻ってくる時に、同じ様に奇麗に収めるのは難しいかもしれない。

 帰ろうとする竜児をなんだかんだと三十分近く引き止めた。玄関で竜児が靴を履こうと
する度に、もうちょっと、もうちょっと、と言って引き止めた。そんな事をしていると
余計に切なくなるのに。

「じゃあな、電話ぐらいしろよ。声、聞きてぇから」
 照れくさそうに竜児が言った。
 キュンとした。胸の奥が締め付けられるみたいに苦しくなった。

 たったの四日間なのに、それがすごく長い様な気がした。眼が潤んで来たのが分って
竜児の顔を見ていられなくなった。だから、竜児の胸に頭を預けた。竜児の手が頭の上に
触れて、髪を撫でた。

「そうだ。夏休みにでも一緒にじいちゃんの所に行こうぜ。ばあちゃんが会いたがってる」
「ほんと?」
「ああ、俺なんかより大河の方が気に入ってるんじゃないか」
「へへ、あたしの方が可愛いもんね」
「そりゃそうだろ」

 竜児の声を聞いていると、切なさが和らいでいく。
 どうしたって、竜児が好き。だから、怖い。彼を失ってしまうことが怖い。そんな事、
絶対に無いって思ってるけど、絶対に無いって分っているけど、でも怖い。
 だから、もっと、強く彼と繋がっていたい。なにがあっても離れない様に強く、強く
繋がりたい。自分が彼の物だという証拠を早く自分の身体に刻み付けて欲しい。そう思う。

 きっと、その時はもうすぐ来るのだろう。

「ねぇ、竜児。やっちゃん、古いアクセサリーとか持ってないかな?」
「なんだよ、いきなり」
「無いかな?」
「まあ、聞いてみるけど。その、大した物はねぇと思うぞ」
「古ければいいの。おばあちゃんの物ならもっといい」
「よく分んねぇけど、聞いてみるよ」
「ありがと…お願い」

 きっと、それは見つかる。そんな気がする。

「ねぇ、りゅーじ…キス、して」
「な、おま…」
 竜児の顔を見上げた。少し潤んだ眼で彼を見つめた。竜児はちょっと慌てた感じで、
けど、優しくて、優しくて、本当に優しくて…
 あたしは竜児の首に腕をまわして背伸びした。竜児は背中を少しまるめてかがむ様に
しながら、あたしの背中を軽く抱いて……キスしてくれた。竜児の少し乾いた唇が触れて
熱かった。唇が離れて、あたしの踵が着地すると竜児はあたしの身体をギュッと抱き締めて、
あたしの旋毛に「すきだ」って、言ってくれた。

 その後、外に出て行く竜児を見送って、足音が遠ざかっていくのを確かめてから、
鍵をかけた。重く響く金属音が酷く悲しかった。せめて竜児に鍵が渡せたら、こんなに
辛くないのかもしれない。
 自分の部屋に入ってベッドに寝転がった。
 やっぱり、キスだけじゃ…全然、足りない。そのせいだ、きっと、こんなに怖いのは。
自分の腕で自分の肩を抱くと、涙の粒が頬を滑り落ちていった。

***

「亜美ちゃん、起きてる?」
「ん? もう、寝る気、満々なんですけど」

 二人で過ごす夜は予想を超えて多いに盛り上がった。亜美に慣れない料理をやらせてみて、
出来具合のひどさに二人で大ウケしたり、落ちモノの対戦ゲームでこれまた意外なほどに
白熱したり。冷蔵庫にストックされていた缶ビールを一本くすねて、「にが」とか
「まず〜」とか言いながら二人で飲んで、飲み干したらちょっとだけ酔って、その勢いで
北村祐作の鈍さはリアルなのかポーズなのかについて討論してみたり、麻耶は北村を諦める
べきかあるいはもっと粘るべきか、独身は独身のまま三十一歳独神になってしまうのか、
などと、まあ、そんな話題で盛り上がった。
 そんなこんなで、十一時をすぎて、亜美は帰るのが面倒になり、結局、奈々子の家に泊まる
ことにした。それから二人はさらにファッションネタやモデル業界裏話などなどで盛り上がり、
只今午前一時半。亜美は奈々子のパジャマを借り、奈々子の部屋に敷いた布団に収まり、
奈々子はベッドに収まっていた。
 ベッドと布団では高さも違うからお互いの姿はまるで見えない。灯りも落として、
もう寝るだけなのに、それが何となく勿体なくて二人はポツポツと話しを続けていた。

「タイガー、幸せそうだったね」
「もう、デレデレだもん。見ててイヤになる。ほっとんど公害」
 でも、その口調にはそれが本当にイヤな事だと言うニュアンスが無い。
「まだ一緒に居たりしてね」
「しかも、やってる最中だったりしてぇ」
「何を?」
「へぇ〜、奈々子そんなこと言うわけ?」
「ふふ、亜美ちゃんは、そういう経験あるの?」
「ふふん、それぐらい……、あるわけ無いじゃん? 奈々子は?」
「無いけど…」
「けど?」
「…無いわ」
「あ、そう」

「ねえ、ホントに、しちゃってると思う?」
「さあねぇ」
「知らないよね?」
「オラ、知らね」
 亜美は素っ気なく応えた。でも、なんとなくまだそこまでは行っていないような気がした。
けれど、そうなるのは時間の問題だとも思う。竜児が我慢できないというよりも、大河が
必要とする、そんな気がする。

「高須君ってさ…」
「ん?」
「なんかやばそう…」奈々子がぽつりと言った。
「なにが? 顔?」
「ううん、ほら、高須君、手先器用だし…」
「だから?」
「上手なんじゃないかしら。基本的に優しい人だし」
「なにが?」
「愛撫」奈々子はさらっと言った。
「うわ、言っちゃったよ」
「なんか、やさしく隅から隅まで……的な」
「な、なに言ってんの。そんな、掃除じゃないんだから」
 亜美の脳裏にモヤモヤとしたビジュアルが……
「俺が隅々までキレイにしてやるぞ、みたいな」
「や、やめて。こえーから。マジで」
「あぁ、キレイにされちゃうのか……タイガーちゃん…」
 隅々までキレイにされて、くたっとしている大河の姿が見えたような……
「や、やめよう、奈々子。この話は危険が危なすぎ」
「そ、そうね……もう寝るわ」
「おやすみ。奈々子」

 亜美は布団をかぶって目をつぶった。つぶったのだが……
(眠れないって。そんな、隅から隅までって)
 心拍数がすっかり上がってしまって寝るどころの話じゃなかった。
(まったく。あんな幼児体形のどこがいいんだか…)
 亜美は大河の水着姿を思い出した。
(でも、胸は小さいけど背中から腰のラインとか、きれいなんだよね。タイガー…)
 つまり、大河は幼児体形じゃなかった。身体が小さいからそう見えるだけで、特に後ろ姿は
本当に奇麗だった。認めたくなかったけど。
(あんな、小さくて奇麗な娘が彼女だなんてさ…)
 竜児の胸に収まる大河の姿が脳裏に浮かんだ。
(そりゃ、男の子的には堪んないよね…)
 大河は竜児の腕に包まれて幸せそうに笑う。
(そりゃ、幸せだよね…)
 大河は顔を上げて何かを竜児に囁く。
(…大好きな男の子に愛されてるんだから)
 竜児は優しく大河の頬に触れて、そしてキス。
(そんな人に抱き竦められるのって、どんな気分なんだろう)
 大河の身体を自分の中に埋めるように竜児は大河を抱き締めた。
(自分の体内(なか)に彼を受け入れるのって、どんな気分なんだろう)
『りゅーじ…きて』声が聞こえた…、気がした。 

(でも、ホントに今頃……)
 ぞくっとした寒気にも似たような感覚が首筋に走った。
(やばいって。こんなの)
 そう思っているのに、自分の胸にさわさわと触れる手の動きを止められない。
(どうしてくれんのよ、奈々子)
 パジャマのボタンを一つだけ外して、右手を中に滑り込ませて左の胸に当てた。
(ちょっとだけ)
 軽く触れる様に、奇麗な乳房の形をチェックするみたいに指を這わせた。寒気の様な
感覚が背筋を駆け上がり溜息が漏れた。人差し指で敏感な突起の周りに輪を描く様に
撫でると、甘い刺激が声になって漏れだしそうになった。必死に奥歯を噛んで声が
漏れない様にしながら、それでも指が止められない。
(だめ…)
 スッとパジャマから手を引き抜いた。
(だめだって…)
 人差し指を舐めて濡らして、パジャマの中に手を滑り込ませていった。濡らした人差し指で
小さな突起を撫でると、理性を嬲る様な強い刺激に肩がビクンと大きく震えて、「んんっ」と
小さな喘ぎが微かに漏れた。
(やばっ)
 亜美は手を止めて、奈々子の気配を伺った。
(だいじょうぶ…かな)
「うんん」小さく呻いて奈々子に背中を向ける様に寝返りをうった。

「亜美…ちゃん……眠れないの?」
 ベッドの上から潤んだ眼をした奈々子が亜美の背中を見下ろしていた。
 亜美は寝たフリ。ぴくりとも動かない。
『ドサッ』
 亜美の背後に何かが落ちた。亜美が慌てて振り向くと、そこに奈々子がいた。
「亜美ちゃん、何してるの?」
 奈々子のパジャマのボタンは殆ど外れていて、開けたパジャマの隙間から白い肌がのぞいて
いた。
「あんたこそ…」(何してんのよ?)と言いかけた時に奈々子の手が伸びて亜美の胸に触れた。
「奈々子…ダメ、やめ…っ」
 びくん、と亜美の肩が揺れた。
 ウォーミングアップ済みの亜美の身体はあっけないほど簡単に奈々子の指に反応した。
「手伝ってあげる」
「やめて」
 亜美は寝返りをうって奈々子に背中を向けた。
「やめない…」
 奈々子は後ろから抱く様に亜美の胸に触った。掌で乳房を包む様にして優しく刺激する。
耳元に顔を寄せて囁く。
「シテたんでしょ。分ってるんだから」
「ん、あっ」
 長い髪から覗く亜美の耳は暗がりの中でも分る程に赤くなっていた。亜美の両手は情けない
声が漏れない様に口を必死に押さえつけていたけれど、奈々子の指はそれを馬鹿にするように
蠢いて亜美を壊していった。

「あ、ごめんね。亜美ちゃん。直接触って欲しいよね」
 そう言って、奈々子はパジャマの内側に手を滑り込ませると、亜美の滑らかな肌に直に
触れて、ぐにぐにと柔らかさを確かめるように指を乳房に沈めた。亜美の口からは鳴く様な
喘ぎ声が漏れだして、それを押しとどめようとしていた手はもうすっかり役立たずになって
いた。それどころか亜美の手は奈々子の手が離れていかない様に押さえつけていた。
 奈々子は人差し指で軽く転がす様に亜美の乳首をいじめた。
「はぅん、んくっ」声を漏らして、跳ねる様に背中を仰け反らせた。
「も…ぅ…だ…め……」
「そう」奈々子は小声でそっけなく言うとパジャマから手を引き抜いた。
「あっ…」
 名残惜しそうに漏れた声がもれた。
「ふふ、もっと、気持ち良くしてあげる」
 奈々子は亜美の下腹部に手をあてて指先を柔らかい部分におし付けた。亜美の肩が大きく
震えて、はしたない声が漏れた。奈々子は亜美のスリットの形を探る様に指を遊ばせて亜美を
追い込んでいった。

 奈々子は身体を起こして亜美の肩をに手をかけて仰向けにさせた。息を荒げて顔を
上気させた亜美は抵抗できなかった。奈々子にされるまま、羞恥で増幅された快感に
溺れていた。
 奈々子は右手を亜美のショーツの内側に滑り込ませていった。柔らかい部分に中指を押し
当てると、くちゅっという微かな音がして亜美のスリットは奈々子の指を飲み込んだ。
「あうぅっ…ん」
「あら、ぬるぬるじゃない」
 奈々子が指をタップする度にくちゃくちゃと濡れた音がした。
 亜美は喘ぎながら身体を仰け反らせた。
 奈々子は亜美の中から漏れだしてくるぬめる体液をすくいとる様にして指を濡らして、
亜美の小さな入り口の周りを焦らす様に弄った。
「あ、やめ…て…おねがい」
「怖いの?」
 亜美は小さく頷いた。
「しょうがないわね」
 奈々子は人差し指と薬指でやわらかいスリットを広げて、中指を奥から前の方に擦り上げて
いった。亜美はわなわなと震えながらだらしなく開いた口から絞り出す様に息を吐いた。
たっぷりと濡れた奈々子の中指が亜美の陰核の周りをぬぷぬぷと嬲ると、亜美の背中が
びくんと大きく跳ねた。高い喘ぎ声を何度も漏らしながら、亜美の身体はひくひくと揺れた。
ショーツから引き抜かれた奈々子の指に、亜美の体液がまとわりついてぬらぬらと光っていた。

「大丈夫?」
 不意に心配になって奈々子は間の抜けたことを聞いた。
「……ひどいよ」二の腕で顔を隠した亜美が言った。
「…えと、ごめ…」
「やりたい放題やってくれたわね。奈々子…」
 亜美は勢い良く起き上がり、奈々子の肩をつかんで押し倒した。腰の上に跨がって奈々子の
大きな乳房を鷲掴みにした。鼻と鼻が付きそうな程に顔を近づけて、
「ナナコ、あんたにアノ世ってもんを見せてあげるわ」
「あ、亜美ちゃん?」
「ふふ、うふふふふふふふふふふ」
 怪しく笑いながら、亜美は奈々子の乳房に指を沈めていった。

本日の対戦成績
 第一ラウンド 勝者 香椎奈々子
 第二ラウンド 勝者 川嶋亜美
 第三ラウンド ドロー 両者同時ノックアウト

***

 新しい朝が来た。希望の朝かどうかは知らないが、外では雀が鳴いていた。

 とんでもない格好で朝を迎えた二人は、昨夜の出来事についてまるで話さなかった。
お互いに痴態をさらし合ってしまったその出来事は二人が共有する黒歴史の一ページと
なった。とりあえず、昨夜はどこかがおかしかったのだ。良く知った友人同士が愛し合う
姿なんてものを妄想するから、あんなことになったのだと亜美は思ったし、奈々子もそう
思った。
 ダイニングで向かい合わせに座って、トーストと目玉焼きだけの簡素な遅い朝食を取り
ながら、亜美と奈々子はテレビを観ていた。朝のニュースバラエティは流行のファッションの
特集だった。それは今、流行っているから、つまり亜美から見ればもう遅れているものだ。
「ねえ、亜美ちゃんはずっとモデルだけでやってくの?」
「さあ、どうなんだろね」亜美は適当にはぐらかした。
 ずっと芸能界でやっていくつもりだった。親も含めて周りが女優への転身を望んでいる
ことも分っている。自分もそのつもりではいる。けれど、それを口にして、期待されるのは
怖かった。
「奈々子は?」
「私? とりあえず大学に行って…。その先はどうなるのかしらね。結婚して、子供を
産んで、専業主婦になって、多分、亜美ちゃんから見たら呆れるぐらい普通の人生だと
思うわ」
「普通ねぇ…。いいんじゃないの、それで」
「そうかしら?」
「それだって、そんな簡単じゃないって…」
「そうね……」
 奈々子は呟いた。実際、奈々子の両親は上手く行かなくなった。考えてみれば、何年も、
何十年も一緒に暮らすパートナーを見つけるの事がそんなに簡単な筈が無い。どんな人と
一緒に歩いていたいのか、今の奈々子にはぼんやりとしたイメージしかない。
「…高須君みたいな人に出会えるのかしら…」
「げっ?」亜美は眼を見開いて奈々子を見た。
「あ? ち、違うのよ。タイガーにとっての、っていう意味」
「ああ、そういう事ね。マジでビビった」
「ゴメン、ゴメン」と手を振りながら奈々子は笑った。
「まったく…」そして、小さく溜息。

 ちょっとした沈黙があって、奈々子が呟いた。
「違うわ…」
 奈々子の顔からは笑みが消えて、すっかりシリアスな顔になっていた。
「ちがうの、…高須君の事は…好きよ。私も」
「奈々子?」
「だって、あんなに優しい人、いないもの」
 知ってる。亜美は心の中で呟いた。
「でもね、私はタイガーの邪魔はしないの。勝ち目も無いしね」
 寂しげな表情で奈々子は言った。
「タイガーはね、希望なの。私にとってはね…」
「希望って?」
「彼女があんな風に笑える様になれたんだから、私にもそんな日が来るって…」
 亜美には言葉が無かった。
 初めて、奈々子の内側を見た気がした。逢坂大河がそうであり、高須竜児がそうである
ように、香椎奈々子の心にもやはり傷はあったのだ。
「だから、私は彼女の幸せを邪魔しないの。誰にも邪魔させないの」
 奈々子は亜美を針で刺す様に見た。
 亜美は、それが自分に対するメッセージであることを認識した。

「本当は昨夜話そうと思ってたんだけどね…」
「もしかして、その為に呼んだ?」
「ううん、寂しかったのも本当。昨日は本当に楽しかったわ。だから、言い出せなくて」
「ふぅん…」
「ねえ、亜美ちゃん。高須君の事、なんとも思ってないよね?」
「思ってねぇって。奈々子が心配してる様な事はひとっつも無い。ナッシング」
「そう、ならいいのよ。安心したわ。ごめんなさいね。変な事を聞いて」
 奈々子はミルクティーを一口飲んだ。
 亜美はバターを塗っただけの冷めたトーストの残りを口に放り込んだ。

 確かに、高須竜児の事は諦めた筈だった。本当に男と女の間に友情が成立するのか
分らないけれど、そんな関係で良いと思っていた。なのに、諦めた筈なのに、どこかで
やはり惹かれてしまうのは、彼が川嶋亜美の、自分の本当の姿を分ろうとしてくれている
からなのだろうと思う。それは彼にとっては友情なんだろうけれど、それが愛情だったらと、
期待している自分がいる。それを奈々子に見透かされて、変な気を起こすなと釘を刺された。
 そうすべきなのは分っている。高須竜児の友情が愛情に変質することは無いだろう。
それほどに、逢坂大河は高須竜児の一部になっている。でも、それでも、自分が彼に恋した
事実を、彼の心には刻み付けておきたかった。憶えておいて欲しかった。そして、その上で
友人でいてくれたら…、そう思った。

***

 その頃、連休初日の高須家では、竜児と泰子が卓袱台を囲んでいた。
「大河ちゃんがいないとさびしいねぇ」
「しょうがねぇだろ」
 卓袱台にはアジの干物をメインに生卵に漬け物、みそ汁、そして白飯がならんでいた。
竜児はもそもそと白飯を噛み締めながら、昨晩の事を思い出した。
「大河がさ…」
「うん?」みそ汁を啜っていた泰子が応えた。
「古いアクセサリーを持ってないかって」
「なんで?」
「さあ、古い程いいらしい。ばあちゃんの物ならもっといいらしい」
「アクセサリーねぇ。あったかなぁ」
 泰子はおもむろに立ち上がって部屋に入っていった。
「あぁ、泰子、メシ食ってからでいいって」
 言っても無駄。泰子の部屋からがちゃがちゃと部屋を物色するような音が聞こえた。
しばらくして、「うわ〜、なっつかし〜」という間の抜けた声が響いた。
 部屋から出て来た泰子が指でつまむ様にして持っていたのは、少し表面が曇りかけた
銀色の細い指輪で、水色の小さな石が申し訳程度にはめ込まれたそれはどう見たって
高そうじゃなかった。
「家出した時にもってきたんだけど、値段がつかなくて売れなかったんだよね」
「へぇ、じゃあ、そればあちゃんのなのか?」
「そうだよ。これ大河ちゃんがつけるのかな?」
「そうだろうな。でも、それあげちゃっていいのかよ? ばあちゃんのだろ。元々」
「大河ちゃんにならあげてもいいんだよ。だって、おヨメに来るんでしょ」
「お、おぅ」竜児は耳をちょっと赤くして応えた。

 泰子は指輪を眺めた。
「ちょっと大河ちゃんには大きいかな」
 指輪を薬指にはめて具合を見ていた泰子は「そっか…」と呟き、
「大河ちゃんのサイズにリフォームしておいてあげる」と言った。
「え? 金、かかるんじゃねぇのか」竜児は申し訳なさそうな表情で泰子を見た。
「指輪のサイズ直しはそんなにかかんないんだよ」
「へぇ、そうなんだ」
「うん、そうなんだよ」
 泰子は卓袱台に指輪を置いて、アジの干物に箸をつけた。
「干物、おいしいね」泰子が言った。
「おぅ、まあまあだな」と応えながらも竜児は物足りなさを感じていた。やっぱり、
大河がいないともの足りない。

 朝食を終えて後片付けを終えた竜児は泰子と居間でお茶を啜りながらテレビを観ていた。
大して面白い番組でもないので、竜児はお茶を飲んだら勉強だな、と思っていた。掃除や
洗濯は泰子が仕事に出てからの方が良い。気を使わせないで済むから。そう思っていた。
「ねぇ、竜ちゃん」気怠く呼びかけた泰子だったが、目はマジだった。
「あん?」
「大河ちゃんと、えっちしたい? それとも…もう、しちゃった?」
「な、な、なんだよ。いきなり」
 竜児の小さな黒目がゆらゆらと泳いだ。
「ねぇ、どうなの? 竜ちゃん」
「どうなの、って言われてもよ」
「ちゃんと答えて」
 泰子は真剣だった。気圧されて竜児は小声で答えた。
「……そりゃ、してみたいけどよ。…してねぇよ」
 竜児をじ〜っと見ていた泰子は、その答えを聞いて安心したのか、固まっていた表情が
ふにゃっと溶けた。
「よかったぁ」
 泰子はおもむろに立ち上がって自分の部屋に入っていった。
「なんだよ? 意味がわかんねぇ」
 竜児が呆気にとられていると泰子は紙袋と茶封筒を持って部屋から出て来た。
「竜ちゃん、これ読んで」そう言って泰子は茶封筒の中に入っていた薄紫色の便箋を取り
出して竜児に差し出した。
「なんだよ? これ」
 竜児は便箋を開いて見た。最初に見て、自分の網膜に投影されている情報が信じられず
目をこすって見直したが、やっぱりそこに書かれているものは竜児の想定の範囲外だった。

(つづく)

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