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284 すみれきた sage 2010/08/13(金) 14:39:00 ID:L5guqYso



 県立大橋高校卒業証書授与式
 メインイベントである卒業証書の授与中に会場がざわめいた。
「狩野すみれ。……欠席」
 すみれの名前が呼ばれた瞬間に。
 大きくざわめいた下級生達は、兄貴は学校をやめたという勘違いを
していたために。そして、少しざわめきを見せた卒業生はこの後の式の
進行を知っていたがゆえに。
「ごほん」
 国立選抜クラスの担任の咳払いがひとつ入り、会場は徐々に静けさ
をとりもどしていく。
 再び、張り詰めていく空気に満足した担任が、次の生徒の名前を読み上げ、
式はまたたんたんと進みだす。
 神妙に聞いてることが大人になるためのテストかのように思える来賓
ならびに校長、まぁ簡単に言えばおえらいさんの話が終わり、下級生に
とってはまるで価値の見出せない楯やらハンコやらのの記念品の
贈呈も済んでしまい、式はだんだんと終焉に近づいていく。
「送辞。卒業生ならびに在校生起立」
 この大舞台で式の進行をしている独神の声が響くと同時に、
「「はい」」
 と返事が聞こえ、規律正しく立ち上がる。
 卒業生は期待を胸にふくらまし、在校生は誇りに満ちた顔つきで、
独神の次の言葉を待つ。
 独神は一呼吸おくと、すぅ〜と息をすい、
「在校生代表。生徒会長、北村祐作。」
 おもしろ頼れる脱ぎたがりの名前を読み上げる。
「はいっ!」
 聞く者全てに好感を与える活きのいい返事をし、北村は壇上に向かう。
 胸をはって、堂々と。

 独神の声に反応した北村は、手に奉書紙を握り締め、
胸にはいろいろな思いをかみ締めて、壇上にむかう。
 背筋を意識的にのばし、きもち歩幅を大きめにとりゆっくりと
威厳が感じられるよう。ずっと見ているといってくれたあの人に
恥ずかしい姿をみせないように。
 壇上の前で一礼をすると、進行役の独神と軽く目が合った。
教師のような強い信頼というよりは、姉のように優しく慈愛に満ちた
その顔は「がんばって」といっているような気がした。
 北村はそんな独神にうなずいてみせ、一歩一歩踏みしめながら
マイクの前に向かう。
 4か月前に恋愛映画のような告白をし、コメディ映画のような
振られかたをしたあの場所へ。
 あきらめることはできても忘れることのできないものが、心の奥で
ズキッといたんだ気がしても、そこは無視。
 緊張のせいか強く握り締めていた奉書紙をひろげて、大きく息を
はきだすと送辞を読みはじめる。
 今、ここにはいないすみれにありったけの感謝をこめて。

北村は送辞を送りながらすみれのことを、そしてすみれの
いなくなってからの事を考えていた。
 すみれが旅立ったあの日から自分なりにいろいろ頑張ってきたつもりだ。
ただ、自分があの日から成長している気がしない。
 隣を歩いていてくれる高須は、同じ期間でまぶしくなるほどかっこよくなり、
ただのアホにすぎなかったはずの春田もいつのまにか男として、
一本筋が入ったような気がする。
 他にも、亜美も櫛枝もここにはいない逢坂も、ぐんぐんと大人に
なっている気がして、じぶんだけが置いてきぼりを食らった気分だ。
今の自分を見たら、あの人はいったいなんというのだろうか。
 きっと、ふがいなかったこの半年を、しっかりと叱りつけてくれるだろう。
涼しげな目許に優しさをうかべて。
 ――あぁ、会いたいなぁ。
 読みあげながらふと思った。
 そんな気持ちが、ますます北村の口から出る言葉に重みを乗せていき、
力強さは増してゆく。
 誰を想定して送辞を詠んでいるかなど大橋高校の生徒なら誰でもわかる。
だからこそ先輩への敬意と感謝の気持ちがダイレクトに伝わっていく。
 ハンカチをとりだす卒業生が半分にもなろうかというころ、
大橋高校創立以来最高と言ってもいい送辞を高らかに謳いあげた北村は、
多くの拍手に送られて、舞台を降りる。
 見る者全てに「こいつなら大丈夫」という安心感を与えて。 

 舞台を降りた北村は、定められていた位置に立つ。
 場所は先ほど送辞を読みあげたとこからちょうどまっすぐ。
答辞を読むことになる卒業生を正面から見据える形になる。
 当たり前ちゃ当たり前の話だが生徒会の合宿の時にも立っていた場所。
そこですみれ以外の誰かを見上げることになることへ、かすかな違和感を
感じながら。
 ……この時までは。 
 所々から聞こえてくる女生徒達のすすり泣きの声をバックに、
少しだけ困惑した顔を見せる独神の声がマイクを通して体育館に
響きわたる、
「えー、卒業生代表、前生徒会長狩野すみれ。……でしたが
狩野さんが欠席のため――」
「はいっ!!」
 ……はずだった。
 はずだったのに威勢のいい返事がそれをさえぎる。
 入場口に立っていた声の主は、説明する必要がないくらい、
我等が兄貴。狩野すみれ。
 一瞬、体育館は驚きのあまり声を失う。
 衝撃は女生徒のすすり泣きの音まで消え去っていく。
 ただ本人はそんな会場の様子など微塵も気にした様子もなく
進んでいく。
 すみれが壇上に近づくにつれ、会場の感情レベルまでに達した
硬直はゆっくりと解けていき、式の参加者たちの声にならない思いが
すこしづつ拍手の音に、姿を変えた。
 万雷の拍手に包まれながら祭壇へと進むすみれを、北村はわずかに
笑いながら見上げていた。いろいろな感情がごちゃまぜになって、
どんな顔をしていいのか分からなくなり結果的に笑ってしまった。
そんな感じの笑みを。
 およそ半年ぶりにみるすみれは記憶の中とも、財布の中の写真とも
なんらかわりがなかった。涼しげな目元も、背中までさらりとのびる
艶やかな髪も、自信ありげに端が上がる朱の唇も。
 なにかに吸い寄せられるように、すみれの顔から目が離せず強く見つめていると
ふと視線がぶつかった。
 その瞬間、すみれは悪戯っぽくにやりと笑って見せ、そしてその顔を隠すかのように
深々と聴衆にむかって頭を下げた。
 より一層の、割れんばかりの拍手の音がすみれをつつむ。
 そんな光景を見て、北村は親友に向かって、あの時のセリフを心でなぞる。
それはそれは嬉しそうに。
 
「な、高須。やっぱり、一番盛り上がる頃に現れるんだ。スーパースターは」

 すみれはお手本のようなお辞儀の後、拍手が鳴り止むのを待って、
何もなかったかのように、高らかに答辞を詠みはじめる。
 大橋高校きっての千両役者はここでも期待を裏切ることはなかった。
「ぶれることなく自分の道を進んでいく背中を見せ続けてくれた父へ。
 優しい眼差しで絶えず見守り続けてくれた母へ。
 その憧憬の目を持って私の姿勢を正し続けてくれたさくらへ――――」
 両親および家族への感謝の言葉で始まったそれは、具体的な出来事を例に挙げながら
時に情感たっぷりに、時に笑みを交えながら、生きた言葉として飛んでいく。
 おそらく、小中学生がこれを聞くことができたなら、高校生活というものに対して、
間違いなくあこがれを抱くだろう。また、これを聞いた大人たちは(実際に聞いた
保護者達がそうだったように)昔通った母校に対して郷愁を抱くにちがいない。
 そんなことをつい思わずにはいられないほどの素晴らしさで耳に飛んでくる言の葉は、
聞くものたちにあれほど素晴らしかった北村の送辞でさえ、前座にすぎないと感じさせた。
 そして、同時にこうも思う。この師匠があって、あの弟子があるのだと。
 会場にいるものすべてのなにかしらの感情を昂ぶらせながら、答辞は会場を泳ぎ、
感動の渦を巻き起こす。
「――――。
 ご指導、ご鞭撻をし続けてくれた諸先生方。
 掛替えのない思い出を共有し続けてくれるであろう学友たち。
 未熟な自分を支えてくれた先輩方に、慕ってくれた後輩たち。
 その他にもこの素晴らしい三年間を彩ってくれたすべての人々の幸せを祈って
閉めの言葉とさせていただきたいと思います」
 型にはまった、硬い文面でありながらも、魂をこめるという難事をさらりとやって
のけたすみれは、先生、友人、先輩や後輩などに感謝を述べると、
そこでいったん文節を切り奉書紙をたたんだ。
 そして突然の行動に泣きながら呆然とする聴衆を見渡し、最後に北村の目を
見据えると、何か覚悟を決めたかのように頷いて、言葉を紡ぐ。
 今まで以上に力強く。

「最後に、高校生活の仕上げともいえる最後の4ヶ月をここで過ごしてもない
私に、答辞という大任を任じていただいたことへお礼を述べるとともに、
その大任を受けているにもかかわらずこの佳き日に遅刻をし、
素晴らしい式に泥を塗ることになったことについて深くお詫びいたします。
大変申し訳ありませんでした」
 そういって、深々と頭を下げた。
 頭を上げたすみれは、もう一度ゆっくりと聴衆を見渡すと大きく息を吸う。
 その雰囲気に北村を含めた聞き手達は、今からすみれが紡ぐであろう言葉が
とてつもなく大事なものであることを理解する。
 そして少しの逡巡のあと、空気とともに言葉が放たれた。
「できることなら、お詫びついでにもうひとつ私のわがままをお許しください」
 まっすぐにすみれをみつめる北村の視線がすみれのそれと重なると、微かに笑う。
 少し優しく色っぽい、その表情は北村の見たことがない類のもので、隠した傷がまた疼く。
 北村の傷の疼きなど知る由も無いすみれは、その表情のまま口を開いた。特に
気負った様子もなく、全校生徒に向けて……いやそうではなかった。
「北村、私は……お前が好きだ」
 たった一人の男に向けて、淡々と声を紡いだ。
「……言わずに忘れるつもりだった。だからお前からの手紙も無視したし、
意図的にお前の情報も遮断しようとした。でも一人でいる時にふいにお前の
声がする。迷った時にはお前の笑顔が頭にちらつく。あぁ北村に会いたいな
なんて勝手に口が動いた時に私は観念した。この気持ちを整理しなければいけない。
この事で、いつか後悔で前に進めなくなる日が来るだろうからってな。だから
どんな結果になろうとも私は伝えなければならないんだ。いつでも自分を信じるために……。……だから」
 外れることのない視線の先にはすみれ独特の切れ長の目。その中心を彩る瞳には、
強い意思がやどり、迷いなんぞは一切見えない。
「大好きだ。北村祐作」
 そしてすべてを伝えると、すみれは目許に手をやった。
 ちょうどそのとき、この告白を余すことなく聞いていた体育館に、一瞬風が吹く。
 同時にスミレの香りが北へと抜けた。

 きっと場にいた人みんな、このさわやかな香りをかぐ度に思い出す事になるのだろう。
 卒業生代表と在校生代表がちゃんと見つめあっていたこの式の事を。




289 名無しさん@ピンキー sage 2010/08/13(金) 14:47:11 ID:L5guqYso
以上です
駄文失礼いたしました

283 名無しさん@ピンキー sage 2010/08/13(金) 14:37:35 ID:L5guqYso
今から短編を投下させていただきます

はじめに注意事項を少々
すみれ×北村の話しです。二人以外はほぼ出ません
エロなしです
原作アフターものです

では、よろしくお願いします

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