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201 みの☆ゴン110〜116 ◆9VH6xuHQDo 2009/12/06(日) 22:52:48 ID:F354Lzgi




「あれ?くそっ、どこだ……」
 体育館沿いにある、ちょっとした草むらの中で、実乃梨がかっ飛ばしたボールを探す竜児。
確かにここらへんで間違いないはずだったが、落下した形跡が見当たらない。目的のボール
の代わりに空き缶やら古雑誌といったゴミがいくつも発見され、竜児は暴れそうな掃除魂を
グッと押さえ込みながら、しばらくウロウロしていると、天から神の声が降ってくるのだった。

「高須。もしかしてお前が探しているモノは、ボールか?」
 全くその通りである。さすがは神様。しかし神の声が聞こえるなんて、日頃の行ないを神様
は天から見守ってくれているのであろう。もしかしたら、このサクラの木の精なのかもしれな
い。竜児は木に向かって、ペコリと頭を下げるのだった。
「……どんだけ天然なんだ高須。不思議ちゃんかてめえは。上だ上。わたしだ」
「おうっ! 兄……じゃねえ、狩野、先輩……先輩の方が不思議ですって! なんで木の上に
 いるんですか!」
 見上げた、ひとしきり大きく、見事な枝振りを魅せるサクラの木の上……太い枝の間には、
全校生徒の心の兄貴にして生ける伝説、女生徒会長・狩野すみれの姿があった。それはまるで
生まれる時代を間違えたくノ一と見間違えるほど黒髪を颯爽と靡かせ、凛とした表情で竜児を
まっすぐ見下ろしているのである。幸いにもすみれの背後で輝く夕焼けのおかげで、チラチラ
見える太ももの奥、スカートの中身は見えない。そんなすみれは文字通り上から目線で物申す。

「物事ってのには全て理由があってだな……わたしが此処にいるのには、ふたつの理由がある。
 まあ、そいつはともかくとして、てめえが探しているボールはここにある。こいつは、グラ
 ウンドの方から飛んできて、そこの体育館の窓ガラスにぶち当たって、わたしの所に跳ね返
 ってきたんだ」
 ボールを握りしめたまま、すみれは腕を組み、少し上の体育館の窓ガラスを睨むのだ。
「窓ガラスに? 危ねえ……よく割れなかったな……」
 すみれにつられ、竜児も体育館の窓ガラスを見上げる。すると、
「あのなぁ高須。んな簡単に学校のガラスが割れる訳ねえだろうが。体育館や教室のガラスっ
 てのは、2枚以上の合わせガラスか、少なくとも強化ガラスで出来ているんだぞ? 一般的
 なガラスより3倍以上の強度を持っているんだ。てめえ、それぐらいも知らねえのか?」
 そういうすみれも本当は、先日繰り広げられた大河との、バトルロワイアルで破損したガラ
スを弁償した時に得た知識だったのだが……その説明を聞いて、へえっ、と感心する竜児に、
すみれはボールをお手玉のようにポンポンもて遊びながら語りだす。

「ほお……興味あるのか高須。てめえは物理好きか? ふん、このボール。直径10センチ、
 重量は200gくらいか……例えばだな。200gの物体Bをバットで打つとしよう。飛距離
 が、うむ……だいたいグラウンドから20メートルくれえだから、バットの反発係数をαと
 仮定して計算、インパクト後の初速をv、バットの加速度をS。するってえと、運動量yに対
 し、衝撃力xを判別する計算式は、x= -α( v - B) + v' + (ΔxB/b)*(S-x' )……」
 すみれは、呪文のようによくわからない計算式を暗算し始めてしまう。
「なんでいきなりアカデミックな授業始めるんすか……狩野先輩が物理や数学が得意なのは分
 りました! 解説してくれるなら、もっと分りやすく言って下さいって!」
 そう竜児が嘆願すると、すみれは急につまらなそうな顔になり、
「なんだ、つれねえヤツだな……分りやすく言うとだな、もしグラウンドどころか、至近距離
 からこいつをフルスイングで思い切りブチ当てても割れねえんだよ。あのガラスはな……。
 割れねえ代わりにおもいっきりリバウンドして、わたしの脳天にでっけえコブを作っちまう
 って寸法だ……という訳で高須。こいつを打った犯人は誰だ?」
 目を眇め、すみれは竜児を尋問する。しかし竜児は、
「……知らないです」
 と、真犯人を擁護するのだった。するとすみれは口をへの字に曲げ、
「知らねえ? んな訳ねえだろ。いいか高須。別に取って食おうって訳じゃねえんだ。わたし
 だったからいいが、もし他の生徒だったらどうする?危険を未然に防ぐのも、わたしの役目
 だ」
 ズバッと吐き捨て竜児の出方を見るすみれ。
「……この件は俺が責任持って対処しますから、狩野先輩は他の仕事してください。いつもお
 忙しそうですし」
 あくまで実乃梨の名を噤む竜児に、すみれは呆れたような表情に変わる。

「高須。あんまり私を見くびるなよ? 私はどんなに忙しくても、てめえの事はてめえでやる。
 勉強にしても得意なのは物理や数学だけじゃねえんだ。……そういえばこの前、ある英語の
 テスト受けてな……TOEFLってヤツなんだが120点。SATってのは、全科目800点だったぞ」
 驚愕のスコアに竜児は血の気が引く。人並みはずれた天才とは聞いていたが、まさかそこま
でとは……世界中のどこの大学でも入れる超ハイレベル。竜児は耳を疑う。
「はあ? それって満点……フルマークじゃないですか! アメリカ人の大学生だってそんな
 の無理っすよ! 向こうで教授や、連邦公務員にでもなるんですかっ!……っていうか……
 SATって、アメリカの大学適性試験ですよね。狩野先輩……もしかして留学するんすか?」

 ふっ……と笑みを浮かべたすみれの視線は、体育館を超え、その遥か上空。まるで宇宙空間
を見据えている……ように見えなくもない。そして、
「frontier」
 そう、すみれは呟くのであった。その時、「うお〜いっ! 竜児く〜〜んっ!」と竜児を呼
ぶ天使の声がこだまする。
「あー、いたいた! 竜児くん遅いから心配しちまったよ〜! れれ? うおーっ! 木の上
 にいらっしゃるのは狩野先輩ではないですかっ!! 先輩、おパンツ丸見えっすよ〜!」
 竜児を心配してやってきた実乃梨は、すみれに気付くなりクルクル回ってビシッとすみれの
下半身を指差すのであった。
「櫛枝実乃梨か。この斜陽角だと、パンツは見えねえはずだが」
 バレたか〜っと、実乃梨はおつむをコチンと叩き、舌をだす。そんなお茶目な実乃梨から、
すみれの目線は再び竜児へ戻す。
「ああ、高須。さっきの話だが、今は内緒にしておいてくれ。その事でウチの父親が今、校長
 先生と打ち合わせしている。私はな……私は行くんだ。宇宙に。誰も見たことのない、誰も
 行ったことのない、『限界』に。この私が、飛んでやる。超えてやる。私にならそれができ
 るって、認めてもらえたらしいよ。とりあえず留学……それが宇宙への、第一歩」
 新世界の開拓者という、すみれの途方もなくでっかい夢を告白され呆然とする竜児だったが、
この人ならできる。きっとどこでもどこへでも飛べる……と全力で納得してしまうのだ。
「マジっすか?……でも狩野先輩なら可能ですよ……おうっ! 不覚にも駄洒落に……」
「あはっ! 竜児くん0点! でも狩野先輩なら可能ですよ!」
 なんだそりゃ、俺の使い回しかよ! 実乃梨0点! っと、実乃梨に突っ込む竜児。そんな、
中睦まじいふたりの様子をしばし眺めてから、すみれは体育館の窓を見やる。そこにはさっき
からクリスマスツリーを囲んで大河とはしゃいでいる、北村の姿が写し出されているのだった。

「あの……俺たちグラウンドに戻りますけど。狩野先輩、そっから降りてこないんですか?」
「降りないんじゃねえ……降りられねえんだ」
 えっ?……完全無欠であるはずのすみれの以外な発言に声を詰まらす竜児。
「あの……もっと高い宇宙を飛ぼうとしてる人がなに言ってんすか……まあ、そっからだと結
 構な高さありますよね」
 こんな時でも強気なすみれは真っ赤になって否定する。
「馬っ鹿やろう! これっくらいの高さから飛び降りるのなんざ、余裕過ぎて問題にもなんね
 えんだよ! だいたい無重力の宇宙には関係ねえだろーが!……あのな、そこいらに『アレ』
 が……『アレ』だ『アレ』……いただろ? 『アレ』がいたんだ……どっ、どうだお前ら?」
 初めて見る全校生徒の心の兄貴にして完壁超人生徒会長・すみれの怯える顔。尋常ではない。
豪放磊落なみんなの親分が、名前も言えないほど怖がる『アレ』とは……。ヴォルデモードで
もいたのだろうか。竜児と実乃梨は顔をしかめると、すみれは空中に大きく文字を書き始める。
「先輩『アレ』ってなん……え? 『エッチ』?……次は『イー』っすか?……それ『ビー』
 すよね……で、『アイ』合ってますか? 以上? 終わりすか?……てことは、『H』『E』
 『B』『I』……へっ」
 ヘビ? っと『アレ』の正体を見破り、大至急足元を調べ出す竜児。靴の裏側までも確信し
たりするのだが、『アレ』らしきは見当たらない。すると、いつの間にか草むらに移動してい
た実乃梨が何かを持って飛び出してきた。
「『アレ』ってヘビの事かいな。この子じゃねえの? 蛇拳!」
 なんと実乃梨は長さ10センチほどのヘビを素手で掴んでいた。一瞬竜児はたじろぐが、実
乃梨の逞しさに感動を覚え、唐突に惚れ直してしまう、その時だった。
「だああああああああああああああ!!!! くくっ櫛枝ぁ! はっ、早く『ソレ』を退治し
 ろっ! 退治してくれっ!! 頼むから!! 頼む! どわあああっ!!!」  
 身も蓋もない悲鳴を上げて、慌てふためくすみれは木の幹にしがみつく。折角の美貌は歪み、
シュープで切れ長の瞳には涙。その唐突なすみれの恐慌状態に、実乃梨も動転、掴んでいたヘ
ビを引っ張ってしまうほどである。
「あわわわわっ、すっすいませ〜ん!! ってか先輩!! 今度はマジ、パンツ全開っすよっ!
 サッ、サルベージ!」
 慌ててヘビを草むらの向こうへグルグル廻しウインドミル投法。激しく回転しながら、ヘビ
は遥か彼方へ消えていった……。
「狩野先輩、もう大丈夫ですよ! ヘビはもういませんからっ! 降りてきてくださ〜い」
 大量の冷や汗と涙で、頬にべたべたと貼り付いた黒髪を整え、今更体裁を整えるすみれ。手
遅れだろ……とポツリと漏らす竜児に対し、コホンと咳払いし、
「……ついでに私は、暫くここで校内の監視をするとしよう。ご苦労だったな、櫛枝。ありが
 とう。これに免じて今回の件はスルーしてやる。ほら、受け取れ」
 すみれが投げたボールを実乃梨はパシッとキャッチ。一礼後、竜児と並んでグラウンドへ駆
け足で戻っていく。

そして竜児が、

「……白か……痛ってえ!」
 すみれのパンツの色を呟いてしまって、実乃梨から思い切り
耳たぶを思い切り引っ張られてしまうのであった……。

***


 体育祭当日。開催を知らせる花火の音が、パンッと響く空はどこまでも高く蒼く澄んでいる。
 その青空の下、すで大橋高校のトラックでは、午前中最初の注目競技である男子100メー
トル走の決勝が始まろうとしていた。プログラムに沿い、会場にアナウンスが流れる。
『わ、私が言うの?……えっと……ちゅ……次は〜……だっ男子100メートル決勝でしゅぅ
……ふおお……! ガガガ!』
 期待通りにセリフを噛んでしまった大河の代わりに、慌てて投げ出されたマイクを拾い、北
村が決勝まで勝ち残った生徒の名を読み上げた。
『……選手〜。第五コース、2ーC、春田選手〜……』

 その一方、2ーCの応援席に座っている竜児の隣から低い声が聞こえる。
「ほお……わが軍は、春田殿が出陣でござるか……お手並み拝見といこうかの。ふぉっふおっ
 ふおっ」
 武将化した実乃梨は望遠鏡のように丸めたプログラムで、春田がいるスタート地点を覗き込
んでいた。そこでアップしている春田は応援席に向け、アホ面全開で手をブンブン振るのだった。
「亜美ちょわ〜ん! 俺ガンバる〜☆」
 いきなり名指しされてしまった亜美は周囲の注目を浴てしまい、微妙に引き攣りながらもニ
ッコリ笑顔。春田に答える右手はぎこちなく揺れていた。
そして、レディー……。

パンッ!
 ピストルの音と共に、発射された弾丸のようにスタートを切る春田。「ツイ〜ンツイ〜ン、
カムカムタァーボだぜ〜♪」と口ずさむに春田の身体は、一蹴りごと猛烈に加速していく。
そこに『春田選手〜! 早い早い〜! ダントツだっ〜! おら行け〜アホ毛〜!!』と、
大河の絶叫アナウンスが場内の大声援と共に鳴り響くのだ。
「おおうっ! 春田早っえ〜! 人間ひとつ位は取り柄があるんだな! 頑張れ〜!」
 と、珍しく春田を褒め讃える竜児の近くにいた亜美は思わず立ち上がり、一言。
「へえっ……やるじゃん」
 すると丁度竜児たちの反対側の応援席から蛮声が上がった。
「おい、バカ宮! 抜かないと次の試合ださねえぞ! 抜かせ抜かせ!!」
 ぶっちぎりと思われた春田の後方、1ーB若宮京太郎、バスケ部のホープが、後半もの凄
い追い上げをみせる。春田も気が付き、アゴをひいてトラックを蹴り上げる脚に力を込める。
残り30メートル、ゴオオオオッと、若宮の猛チャージをかける風切り音が、春田に迫る。し
かし2ーCの体育祭実行委員、その責任感と、亜美の前での晴れ舞台という、春田的必勝シチ
ュエーションに身体が反応、分厚い大気を切り裂き、一陣の風と同化した春田の身体は、ゴー
ルラインへ最初に飛び込むのであった。

「はあっ、はあっ! やたっ……一等! はあっ、はあっ、おめ〜早えなっ〜☆バスケやめて
 陸上部来いよ〜っ! オヒョ☆」
 いままで陸上部だろうが何だろうが負けた事はなかった脚が自慢の若宮は、地べたにへたり
こんでいたが、へらっと手を伸ばして来た春田の腕をガッシリ掴み、持ち前の明るい笑顔をみ
せるのだった。
 そうして非公式ながら10秒台のハイレベルな闘いに幕を閉じる。

***

 これからムカデレース女子が始まる。体育着姿の控え選手の中には、長いロープで大河、
亜美、実乃梨の順で足首を結ばれている三人娘の姿があった。三者三様に髪をアップにして
おり、三つの白い首すじが露わになる。こういうのも体育祭の醍醐味だと、竜児は密かに思
うのだ。

「あれ? ねえ、みのりーん、イチが左で、ニで右だよね?」
「逆だよ大河ぁ! 右からだよ右っ!」
「ちょっとタイガー、あんた平気? 足引っ張んないでよね〜? あ、そろそろよ!」
 さっきの春田の激走に感化された亜美は、柄にもなく本気モードになっている。出場チーム
たちはスタートラインに一列に並び、勝負の時をじっと待つのだった。

 そして、タイムイズカム。スタートを切る。出場チームが一斉に足を前に出す。土埃が一面
に湧き立つのであった。

「イッチニ! イッチニ! ちょっ、ちょっ、ちょっとぉ! け、結構、歩幅が違うじゃん!
 すっげー走りにくいんですけどっ!」
「なにすんだ、ばかちー! そ、そこっ! 私のワキに触るなっ! ううっ、寒気がするぅ!」
「触んないと、走れないじゃん、ガマンしな!……結構敏感なのねぇ、ちびすけ。あっは〜?」
「あひゃひゃっくくくくっ! くすぐったい! もう限界!……あほちー! 放せ! こら!」
「大河! 暴れちゃ駄目だっ! 転ぶ! 転ぶって! あーみんもワキワキじゃなくって大河の
 肩持って、肩! うおおおっ危ねえ!」

 先頭の大河は見事にずっこけ、覆いかぶさるように亜美は大河の上に倒れてしまい、当然実
乃梨も仲良く崩れ落ちる。
「イッチニ! イッチニ! あ、亜美ちゃ〜んおっ先っ〜! がんばって〜!!」
 派手にクラッシュした三人娘の横を、2ーCからもう1組出場している麻耶たちが通り過ぎ
る。そのしんがりを務める奈々子は、聖母のような優しい眼差しを三人に向け、そのままトッ
プでテープを切るのであった。

***

 午前中、最後で最大のイベント。騎馬戦男子が始まろうとしている。ルール的にはピコピコ
ハンマーで、ヘルメットにくっついてる紙風船を割るのだが、
「北村くん! これ使って!」
「おお、逢坂! ありがとう!……しかし大丈夫だ。気持ちだけ頂くとしよう!」
 北村に提案を遠慮され、少しシュンとする大河は、その隣にいた竜児にクイッと向き直り、
「じゃあ竜児……せっかくだからこれ、あんた使いなさいよ。ほれほれ」
「あのなあ、大河。木刀なんぞ使ったら相手が命を落としちまうじゃねえか……だいたい失格
になっちまうだろ。俺も結構だ。そんな物騒なモンとっとと背中にでも隠せ」 
 そんなこんなで、各騎馬どもは、ゾロゾロと出陣し、トラック沿いに円を描き、決戦の時を
迎えるのだ。すみれがホイッスルを吹く。ピーッ! 各馬一斉に乱れ交わる。

「てめーら決闘だ! 無礼講じゃあ! やったる!」「ただで済むと思うなよ! おらああっ」
「あっ! 後輩のくせにこの野郎! 覚えてろ!」「忘れた!」「うわわわん!お母さ〜ん!」
 怒号と絶叫の中、あちらこちらで勇ましくも若干滑稽な闘いが繰り広げられていく。因みに
一番早く撃沈した騎馬は、1ーAのいかにも不幸なツラをした男子が騎手を務める騎馬であった。
 竜児といえば、なかなかの善戦を魅せている。これでも一応元運動部、中学三年問はバドミン
トン部なのだ。

「よし! 次! あ、おい春田!気持ちは分かるがお前は手を出すんじゃねえ! こういうの
 は正々堂々とだな……」
 と、先頭の騎馬を務める少々興奮気味の春田を静める竜児。しかし正々堂々と言いながらも
竜児は、正面からピコピコやり合っている騎手だけ狙って、後ろから近寄り、ピコッと、紙風
船を仕留め続けている。ちょっとズルいが、効率的で、確実な戦法だ。2ーCのポイントゲッ
ターとして、竜児を含め春田以下、馬になっている3人も、身長の高さで選ばれていた。高い
方が叩かれにくいし、叩きやすい。しかも、最大の武器は竜児の奇面フラッシュ。ここぞとば
かり大活躍だ。
「こぇぇぇぇぇぇ────っっ! 顔がこぇぇ!」応援席からも「ぎゃー!」と悲鴨が上がる。
 その横から竜児を狙う騎馬がそろそろ近寄って来る。
「竜児く〜ん! 右右〜! 志村〜、後ろ後ろ〜!」
 はっと右を向き、ギリギリでハンマーを避ける竜児。相手の騎馬は、その後ろにいた北村に
紙風船をぶっ叩かれてしまう。
「危っねえ〜……北村、サンキュー! 実乃梨もサンキューなっ!……でも変なギャグを取り
 込まないでくれ。紛らわしいぞ……」
 竜児たちの助太刀をした後、戦場の中央に向き直り、北村は吠える。
「やあやあ我こそは北村佑作にござる! いざ勝負〜!」
 争っている数十騎の中心へ、見事な一騎駆けを魅せるのであった。

……そして数分後。一騎打ちになる。竜児の正面には北村の姿があった。誰もいなくなった戦
場に一陣の風が横切る……。
「流石だな高須……まさか親友のお前と争う事になろうとは」
「いや待て、北村……同じ組だし、争う必要全くないだろ? おうっ! っぶねえ! ……や、
 やりやがったな〜? とおおっ!」
 既に勝利が確定している2ーC同士の闘いに会場は盛り上がる。いつも仲が良い実乃梨と大
河は、この時ばかりは、違う騎馬に黄色い声援を送るのであった。

***

「ていうか北村。その荷物なんだよ?」
 体育祭は昼食タイムになり、弁当を広げる竜児は、正面に座る北村が抱えている大きな包み
を指差す。
「弁当。今日はみんなでこいつを食べたかったんだよ」
 ドン、と応援席のド真ん中に置かれた包みの結び目が解かれた。あまりにも立派な三段お重
が現れ、覗き込んでいた春田がブー! と、焼きそばパンを盛大に吹き出す。
「ブハハなにそれ〜? マジで弁当〜? そんな弁当持ってきてんの茶魔か面倒ぐらいだよ〜!
 ギャハハ!」
「うむ……ば、ばあちゃんがさ……中もすごいぞ、みんな見てくれ!」
「うむじゃないよ北村! 漫画じゃん! 漫画弁当! うわっ!……て、て、てゆっか、あん
 た、さ、39って、なによ?」
 春田の爆笑を聞きつけた能登も手を叩いて受けまくりながら、ご開帳された漫画弁当に海苔
で描かれた数字を問う。
「さ、さく……祐作の、さく……っ」
 佑39は答える。その答えで、「ぶほぉっ!」竜児の口は決壊した。北村を中心に笑い続け
ている竜児たちの周りには、なになに? とクラスメートたちが覗きにくる。
「伊勢海老? はあ? ブハハ!」「なにそれ? なんで? 北村の弁当なんでそうなちゃっ
たの?」「まるおが一人でご馳走食ってる〜! ぎゃはは!」
 覗いた傍から爆笑の渦に巻き込まれ、そこへトイレにツレしてきた実乃梨と大河が戻ってきた。
「なんだこの騒ぎは、みんなして何見てんの? おじさんにも見せてごらん」
 実乃梨は、その大きな瞳に飛び込んできた御馳走爆弾を被弾。爆発したかのように笑い転げる。
「なに? みのりん。どうしたの?」
「見てみ大河! あれが異次元弁当だよ! 北村くん、異次元弁当持ってきよったわ……」
 大河は少し眉をひそめ、大ヒットを飛ばしている北村の弁当、爆心地に目を向ける。
「え? 北村くんが? 異次元弁当? それって一体なん……ふへぇっ?」
 わざとらしく目を擦り二度見し、大河も四つん這いになって爆笑する。「ふぎゃーはははは
……ご、ごめんっ、き、北……ぷっ……あひゃーははははは!」
 しかし北村はそれで気を悪くした風でもなく、
「いいんだ、笑え笑え、逢坂もみんなも笑ってくれ!」
 北村自身、笑いすぎて涙目になってはあはあ肩を揺らせている。その背後からひょいっと顔
を出す幼馴染みの美少女は、
「あーはーはーはー! 祐作? まーたやられてんだあ! 昔っからそうだよね〜、おばあち
 ゃん弁当! 孫だ〜〜い好きだもんね、祐作んちのおばあちゃま。巳代ちゃん! ってか
……伊勢海老って! ありえなさすぎでしょ? 触覚なっが!」
 本物の兄弟みたいに北村の肩を背後から掴み、グリグリふざけて揉む。あ! ばかちーがセ
クハラを! えろちー! と目敏く喚くのは軽やかにスルー。
「まあ、とにかくだ。みんな手伝ってくれないか? 食ってくれ。頼む。残して帰ったりした
 らばあちゃんがかわいそうだからさ。煮物、唐揚げ、ハンバーグ、玉子焼き、ウインナー、
 枝豆、サイコロステーキ、しょうが焼、ミニグラタン、ナポリタン、ちらし寿司……」
 ゆうに五、六人分はあるだろうか……改めておかずを読み上げられ、そのボリュームと、一
口頂戴した唐揚げの旨さに、すみれが聞いたら卒倒するであろう、その名も巳代ちゃん(ヘビ
年・主婦歴推定80年)の孫ラブ?超溺愛さを竜児は垣間見るのであった。

「ね〜、ゆりちゃんも、いっしょにまるおのお弁当食べよ〜よっ!」
 生徒たちの輪から少し離れ、出前のうま煮そばをふうふうしていた独身でおなじみ担任の
恋ヶ窪ゆり(29)はビクッ! と肩を震わせ、年を重ねてなにやら一層丸みを帯びた顔を向ける。
「……えっ!?……い、いいの?」
「は〜い、ゆりちゃん29歳だからおニク食べなよ〜☆あ〜ん」
「春田くん……ふっ……ふふふふっ……食ったろうじゃないのおおっっっ! キイィィィ!!」

 ゆりは春田から割り箸をぶん取り、脂身たっぷりの角切りステーキに喰らい付いた。呆然と
する生徒たちが見守る中、うま煮そばの汁もゴクゴク飲み干してしまう。既にゆりの脳内では、
メタボやら、コレステロールや、中性脂肪というワードは消し飛んでしまったようだ。ヤケ食
いの仔細は決して齢の事を、春田に指摘されただけではなく、最後の競技……というか種目で
ある仮装行列に出演することにしてしまったからであろう。一度は断固謝絶したのだが、クラ
ス全員に頭を下げられ、さすがの独身も、勝手にテーマを決めてしまった負い目があって承諾
してしまうのであった。
 ただ竜児から「これ、先生の衣装ですっ」と渡されたそのコスチュームを見て絶句。うなだ
れつつも、なんとかゆりの唇は……これを私が着るのかよ……と漏らすのであった。

***

 午前中の競技で、総合得点一位で折り返した2ーCのボルテージは最高潮。午後の競技が始
まっても、その勢いは衰えず、先ほど終わった綱引きでも決勝まで勝ち進み、準優勝するのだ
った。だがこの時点で相手の女将軍すみれがいる理系国立選抜クラスにトップを奪われてしま
い、2ーCは僅差で追う展開になる。
 次はプログラム的には最後の種目である仮装行列。実際にはサプライズ競技が残っているの
だが、それはさておき気合を入れ直す竜児たちであった。2ーCの仮装行列のテーマは『ナイ
トメア・ビフォア・クリスマス』……のはずだったが、

「叩け……叩け……叩けぇー! ゆーあーきんごーぶきーん……」
「前から思っていたんだが……実乃梨の役はなんの役なんだ?」
「えっ!? あ、これ!? い、いや、その……自分でもよくわからねぇんだ」
 グラウンドで靴のひもを結んでいた実乃梨は、テーマとなんの関係もない、ハゲヅラ、アイ
パッチ、出っ歯、そして腹巻──で完全武装していた。
「なんか、春田くんが『おばけ屋敷できなかったおわび』っていって、特別いい役をくれたみ
 たい。春田くんって、わりといい奴だよね」
「そうか。……そうかあ?」
 実乃梨は、話し辛そうな出っ歯をかぽっと外し、アイパッチとハゲヅラのままで眩い笑顔を
竜児にまっすぐ向けてくれる。いつもの、真夏の太陽そっくりに輝く黄金色の満点笑顔だ。ど
こもかしこもピカピカでツルツルで……いや、ハゲヅラが眩しいということではなくて、竜児
は実乃梨から視線を外すことができない。

「あのさー、竜児くん。あーみん、なんか最近、変わったよね」
「まあ……そう言われてみれば、そう……かな?」
 一応頷き、同意の言葉を返す。行列の先頭で、ヒロイン役に抜擢され、主人公役の春田のネ
クタイを直している亜美にちらりと視線をやる。美貌とぶりっこ鉄仮面で人気者なのは転校
当初から変わらないが、
「変わった、っていうか……なんか、振り切れった感じだよな。……なんでだろ」
 亜美は作りあげた外面を崩さないように、誰にでもフランクに接しつつも、ある一線を超え
ることは回避していたように竜児は感じていた。
「もう、動かないでってば! うーん、春田くんって、もしかしてえ……ちょっと、おばかさ
 んなのかもしれないなあ……かわいそうだなあ〜……」
「う〜ん、俺ばかかも〜☆ ハッ! 俺がばか? 泣いているのは私? あ、これ綾波ね!」
 春田とじゃれつつ意地悪に笑っている亜美は、鉄仮面が多少ズレようとも、他人にどう見ら
れようとも、素直にしたいようにしているように思える。一体なにが奴をそうさせたのかはわ
からないが。そんな述懐を漏らすのをやめ、その代わりにちょっと意地悪に亜美を見やり、
「ったく、どんな裏があるんだかな。あの腹黒娘」
 逸らしてみると、 実乃梨は竜児の腕のあたりを軽く叩いてくる。
「こーら、そういうこと言わないの! あーみんはさ、変わったんだよ。私たちみたいに」
「……俺たちみたいに?」
「そうだよ。私たちみたいに。いい風に」
 竜児は視界に踊る春田の不抜けたツラを眺める。俺たちみたいにって、まさか……まさかな。
 竜児はもどかしく実乃梨をただ見下ろす。そんな二人を羨ましそうに見ているトナカイ犬役
の大河にも気づかずに……。



208 ◆9VH6xuHQDo sage 2009/12/06(日) 23:02:31 ID:F354Lzgi

以上になります。
お読み頂いた方、有り難うございました。
まとめの方、ご苦労様です。いつも有り難うございます。
またこの時間帯をお借りするかもしれません。
失礼致します。

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