最終更新: text_filing 2009年11月10日(火) 02:37:37履歴
エンドレスあーみん 2009/11/09(月) 00:12:56 ID:wT4AjmDA ◆YK6vcTw7wM
何かおかしい。
はじまりは、一本の電話からだった。
その時、あたしは自分の布団の中で、寝てるんだか、起きてるんだか…
よくわからないんだけど、何か、心地良い。そんなオフを一人寂しく満喫していた。
Tellll………
「………」
『亜美か?俺だ。俺だよ。』
「……なに?ゆーさく?」
『おお。久しぶりだと言うのに良く解ったな。
以前、電話を掛けた時は全く忘れ去られていたのに。
いやはや、亜美も成長したもんだ。偉いぞ。』
「はぁ?あんたなにいって…」
『もう、こっちへ来てるんだろう?
だから、転校してくる前に―――
この時のあたしは、あんまり眠かったもんだから、祐作の、訳の解らない話を最後まで聞かなかった。
だって、ホントに意味が解らなかったし…久しぶりとか言ってなかった?昨日、学校で会ったばっかじゃん?転校?はぁ?
何言ってるの?あたしに転校して欲しいってか?ふざけんな。何で祐作にそんな事言われ…
なーんて事を思った様な、思わなかった様な、とにかく、そんな感じの夢を見た。
筈だった。夢の筈だった。
その日、目が覚めたのは結局、昼過ぎで二度寝、三度寝上等の体たらく。いくらオフだからって、我ながらど〜かなと思う。
全然、動いて無いのにしっかりお腹だけは空いてて、それを理不尽だと感じながらも仕方ないから、
ストレートティーと魚肉ソーセージを胃の中に流しこんだ。
出すモノ出して、顔でも洗うかと、洗面台に立った辺りで、ようやく意識がはっきりしてきた。
意識がはっきりしても、寝過ぎた後の身体は信じられない位怠いので、もうしばらくは、居間でダラダラテレビでも観るのが正しいオフの過ごし方。
―なんだけど、ふと、さっきの夢の事が頭によぎった。夢にしては、断片的にくっきり残っている現実感…
何の新鮮味もない祐作の声、いつか聞いた様な内容。自分でも良く解らないが、無意識的に枕元置いてある携帯に手を伸ばし…
次の瞬間、あたしの背筋は体感で摂氏−178℃にまで冷えていた。
あるんだけどないもの
あるべきものがなくて、ないはずのものがある
このトンチか、禅問答みたいなモノの解答は、あたしの場合、「着信履歴」だった。
あたしが寝ていた筈の時間に残る「北村祐作」以下、昨日以降には、ずらりと仕事関係者。
あたしの記憶が確かなら、着信履歴トップは「香椎奈々子」の筈…
しかし、「香椎奈々子」なんて人からの電話もメールも無くて、アドレス帳に、さえ「香椎奈々子」は存在しなかった。
「木原麻耶」も 「櫛枝実乃梨」も「ちびとら」も、それから「高須竜児」も…
「北村祐作」を残して、あたしの大切なアドレスは皆、消えてしまっていた。
あたしは怖くなった。怖くて怖くて怖かった。
携帯のディスプレイに表示された今日の日付。その、表示された、狂った日付が自身の機能の正常さを語る。
真冬にしては、妙に薄いあたしの布団。あたしの部屋着。そして、思ったより、寒くない。
まるで、春か春と夏の間みたいだねぇ〜なんて、呑気な事を考えていた。
1.願い
あああああああああ〜〜〜〜〜〜
今、あたしの真っ白な頭の中では「あ」が数十行位に渡って、書き連ねられている。
うそ〜?マジで?うそ〜?みたいな、そんな感じ。
あたしの頭が残念な感じにお釈迦になったのでは無いなら、これは…
『全部チャラにしなよ。それで一から始めたらいいじゃん。あたしのことも、一から入れてよ。』
聞き入れられたのだろうか…叶えられたのだろうか…
あたしが、超絶に可愛いから。そして、あんまり可哀想だから。それで、神様が、あたしに同情して…贔屓してくれたんだろうか
もの凄く、楽観的で自己中心的な考えだけど、難しい事わかんないし、何より、自分の正気を疑いたくない。
実は、ホントのあたしは交通事故にあっていて、ベッドの上でこんな夢を見ている。とか、
実は、度重なるストレスに心が壊れちゃった。とか、あまつさえ、ヤバイ薬で幻覚を見ている。とか、
そんな可能性は考えたくない。だって、それじゃ、あたしがいくらなんでも、可哀想過ぎるもん。
なら、やっぱりコレは現実なんだ。あたしは、過去に居る。
でも、記憶の引き継ぎってオマケは良いとして…こんなのまで…オマケしなくて良いのに…
今朝から微妙に重いあたしの身体。どうやら、寝過ぎだけが原因ではないみたい。
どうすんの?コレ………かつてのメタボリックなお腹。あたしの記憶が確かなら、早いうちに165cm45kgを取り戻さないと、結構、イヤな事になったハズだ。
ちくしょう。あたしが、どれだけ苦労して、コレを落としたと思ってんだ…
そして、さらに贅沢を言えば、もっと過去に飛ばして欲しかった。日付から考えて、もう「人間関係」出来あがってるんですけど…
このまま転校したって、相変わらず「異分子」なんですけど…記憶があるのはそういう事?
―状況は変わらないから、持ってる記憶で何とかしろ―
何だか、中途半端に願いが叶えられてしまった。あんまり、手放しで喜んでられないって事ね…
とりあえず、明日は祐作と祐作のおじさま、おばさまと会うんだっけ?
うわ…出だしじゃん。一番、大事な日じゃん…今日は夜更かししないで寝よう…
お風呂で念入りに綺麗にして、エクササイズしたら、即、寝よう。
これで、明日、目が覚めて、冬だったりしたら、笑うけど。
―翌日、風邪をひく事も無く、無事に朝を迎えたあたしは、指定の待ち合わせ場所で、非常にソワソワしながら、祐作を待っていた。
「お久しぶりです。おじさま。おばさま。」
「おかげさまで。母も元気でやっています。」
「あ、昨日もドラマに出演てましたね。」
「はい。自慢の母です。」
あたしの挨拶を、何か嫌なモノでも見るかの様な目でチラ見する祐作。
おにょれ。あたしだって、やりたくてやってるんじゃねぇやい。
あたしは、早くファミレスに行きたい。だから、あたしは、川嶋亜美は、機械の如く、忠実に過去を再現する必要があるのだ。
ここで、変なアドリブ入れて、ファミレスに行かないパターンに派生でもされたら目もあてらんない。
だから、今、この時は、女優になります。演じます。
そんな感じで、気分的には早送りでファミレスまで来た。
そして、この時、この瞬間こそが…リスタート。あたしの第二の人生の始まりなのね〜〜
2.初見殺し
「彼女、川嶋亜美。こう見えても俺とタメで、昔この辺りに住んでたんだ。
彼女が引っ越すまではお隣さんだったんだよ。いわゆる幼馴染って奴なんだ。」
「初めまして!夕月玲子の娘です。…なんてね。違うか。
初めまして!亜美です、よろしくね!」
あたしのボケに高須君、タイガーはもとより、祐作までもが、キョトンとしている。
でしょうね。この時期のあたしだったら、親の事を自分から言い出したり出来なかったろうからね。
でも、この2人は、あたしが川嶋安奈の娘だとか、そんな事、関係なしに接してくれるからね。別に良いの。
ふふん。参ったか、祐作め。さっきのお返しだ。
硬直する高須君に、あたしは、スッと…両手を差し出す。
「ね、握手。祐作の友達なら、あたしにとっても友達だよね。」
――手が溶けてしまいそう。手の平から、とろとろと。
高須君の手の感触を充分、堪能した後、あたしはタイガーの手にある雑誌をひょいと掠める。
「もしかして、これって…あ、ああ、あたしが載ってるやつだね。」
そうして、高須君の眼をじっと見つつ…
「高須君…だったよね?どう?もし、雑誌を見て、可愛いって思ってくれたなら…
あたしはモデルのお仕事をしていて、ホントに良かったと思います。」
うわ…やべ。やりすぎた。タイガーも祐作も当の高須君も、あっけにとられて…こころなしか、ちょっと引いてる。
「あ、あはははは。
な、なんてね。あっ、いっけない。
祐作。おじさまたち待ってるよ。席戻んなきゃ。」
「あ、ああ。悪いな。高須と逢坂はまだここにいるだろ?後でまた話そう。」
「お、おう。」
「また後でね!」
あたしは、2人に手を振って、逃げる様に踵を返した。
出来る事なら、食事中の、祐作の「どうしたんだ?お前」と言わんばかりの視線からも逃げたかった。
嫌な汗が止まらない。パスタの味が判らない。
「よう。うちの親、帰っていったわ」
相変わらずユニクロ丸出しの祐作に伴って、あたしは高須君とタイガーの席へ移動した。
「お待たせ。」
何か、前回よりも、周りの注目を集めてる気がする。なんたって、今日は本気でおめかしして来てるからね。
今日のあたしは最強に可愛い。自分で言うのもなんだけど、絶対にタイガーよりも可愛い。
「……ご機嫌だねぇ……犬が尻尾振ってるみたいだねぇ……」
タイガーの冷たい言葉が突きささる。
くぅ…この娘ってこの頃はこんなムカつく娘だっけ?最近は、すっかり丸くなっていただけに、油断した。
あたしはこんなのと張り合う気でいたんだ…あの頃のあたしは何を考えていたのだろう?
丸くなったのはあたしも同じなのかな?あたしも他の人からはこんな感じに見えてたの?な〜んて事を考えていたせいで
「あたしは高須君の横に座るから、祐作は逢坂さんの隣に座りなよ」と言いそびれ、ごく自然に同性同士でソファに座る事になってしまった。
「亜美、時間はまだ平気だよな?なにか頼む?」
この、アホ作がッ!!さっきパスタ食ったばっかだろうが。
「ううん。さっきお腹いっぱい食べたから、いらない。……お2人は?」
あたしに話題を振られた高須君は、ビクリと跳ねた。タイガーは俯き気味にぷるぷる震えてる。
「え、ええと。俺たちは……どうだろう?どうだ大河。」
タイガーは俯いたまま、ふりふりと首を振った。話題終了。そろそろかな?
「あーあ、家族サービスして疲れたな。悪い、ちょっとトイレ」
あたしの記憶通りに祐作が席を立ち、
「あ、なんか俺も便所……ええと便所はどっちだっけ……」
間を置いて、高須君も席を立った。
さて、あたしとタイガーの一騎打ちはこれが最初だっけね…確か。はぁ…
ここは「あの頃」の亜美ちゃんに頑張って貰おう。ホント「あの頃」のあたしは強かったんだなぁ〜
「ねぇ。あの人、あんたの彼氏?」
「……」
「亜美ちゃん、奪っちゃっていーい?」
「……」
「言っとくけど、冗談じゃないからね。マジよ。」
「……」
「黙ってるって事は、良いって事なのかな?」
「……彼氏じゃ、ないから」
「ふぅん。」
「……初対面の男に発情?ホント、犬みたいな奴。バカじゃないの?勝手にすれば?」
「ああ。そういえば彼、どことなく犬っぽいね。従順そうじゃん?」
「従順ね…アンタ、オモチャが欲しいなら、他あたれば?
それだけのツラだもん。従順なオモチャなんて、よりどりみどりでしょ?」
「ツラしか見えない様な、つまんない奴なんてお断り。」
「ふん。アンタに何が解る。あんな奴の何が良いんだ。」
「これから、知るのよ。良いこと教えようか?……明日からあたしは…う〜ん、やっぱヤメ。」
「……もったいぶんな。言え。」
「〜♪」
「ふん。思わせぶりな事言って、ホントは何も無いんだろう。」
「ヒ・ミ・ツ♪」
「………ムカつくわね……この場で、八つ裂きにしてやろうか?」
「〜♪」
あたしの安い挑発にタイガー爆発寸前。このままじゃ…マジヤバイ気がする。
だって、ホントはこの場面で一発ぶたれてるし……
こんな修羅場でも、余裕たっぷり人を見下した感を全開に出せるあたしは、絶対、将来は母を超える大女優になれるに違いない。
…って。祐作と高須君はまだなの?確か、もうそろそろ、水入りに来る筈でしょ!?まさか…殴られなきゃダメなの?
「あーあーあーあー何してんだ。何で仲良く出来ないんだよお前は。」
もうダメだ。あたしは覚悟を決め、歯を食いしばった瞬間、危機一発。
「まったく。どうせ、お前が、逢坂に何か失礼をしたんだろ!?」
「ゆぅさくぅぅぅ〜〜〜っ!」
おせぇんだよ。しかもタイガー贔屓かよ!?と、言いたいトコをグッと堪え、
「あたし、もう帰りたい。」
と、言っておく。別に、帰りたくないけど、このまま居ても仕方ないし。
「悪かったな、逢坂。高須も。俺、こいつ連れて帰るわ」
祐作は全身で申し訳無さを表現し、あたしを引きずって、店の外へ連れ出した。
「はぁ…遅ぇんだよ。助けに入るのが。
あの子のバカ力で殴られて…顔、腫れでもしたら、どうしてくれんのよ!?あぁん!?」
過去へ来て以来、あたしは初めて毒づいた。
「……お前な。どうせお前が悪いんだから、良いんじゃないのか?それで。」
「今回は、あたしは悪くないわよ。良いトコ、両成敗でしょ?」
「……今回は?どういう意味だ?」
しまったぁ〜〜勢いで、つい失言しちゃった…
「いや、あはは。え〜と」
「それに、何で逢坂がバカ力だって知ってるんだ?」
「え〜〜と…なぜでしょう?
何でかなぁ〜あたしぃ天然だから、わかんないなぁ〜てへ☆」
「………」
「イヤン。祐作のえっち♪顔ちか〜い☆きもーい★」
「………」
「イタイ!!イタタタタタ。千切れる千切れるって!!
マジ。やめ…やめて。亜美ちゃん、琵琶法師になる…なっちゃう。
わかった。わかったから。言う。言うから。ちゃんと話すから。話すから離して。」
解放された耳は、信じられない位の熱を持って今にも溶け落ちそうだった。
「冷やしとけ」
とか言って、祐作が缶ジュースを投げつけてきた。
「こんな高カロリーなもん飲めねぇよ。
どうせなら無糖ストレートティーでも奢ってくれりゃあ良いのに…
まったく気が利かないんだから。少しは、高須君を見習えば?」
長い話になるから…と、近くの公園にゆっくり腰を落とし、包み隠さずに全てを打ち明けた。
あたしが未来から来た事。高須君が好きな事。そして、今度こそ高須君の心を射止めるつもりでいる事。
「どう?話を聞いた感想は。当局に通報する?それとも入院?まぁ、尿検査位は受けるわよ。」
「にわか…には信じられん。」
「そりゃそうよね。」
「しかし、作り話にしては、出来過ぎている。」
「そう?あたしだったら絶対信じないけど。祐作ってバカ?」
「…お前。殴るぞ?」
「ィッタァ〜イ。さっきからなんなの!?その暴力癖は会長さんの影響?すっごい迷惑なんだけど……」
「!?」
「ふん。狩野すみれ、だっけ?冗談じゃねぇっつ〜の」
「……わかった。信じる。お前の言う事を全面的に信じよう。」
「はぁ?別に信じて貰わなくても結構なんですけどぉ〜」
「いや、困るだろ?色々。協力者が必要なんじゃないか?」
「別になんも困ってないんですけど…てかむしろ今、あんたに絡まれて困ってる。」
「いや、今は良くても、この先、困る事がある筈だ。
何故なら、それがこの手の話のお約束だからだ。」
「はぁ〜?」
「亜美。この話は誰にも言うな。言っちゃダメだ。これは、俺とお前だけの秘密に…」
うわ…何でいきなりテンション上がってんだよ?マジうぜぇ。祐作うぜぇ。
「キモイ。シネ。近い。
言われなくても、誰にも話したりしないわよ。
てか、転校先で「未来から来ました♪」なんて言えねぇし
いくら、亜美ちゃんでも、絶対イジメられるわ。」
「それが良いだろう。」
「てか、何でそんなに楽しそうなの?あんた。」
「いやいやいや。決して、楽しんでなどないぞ。
うむ。幼なじみとして、亜美を応援する所存だ。」
「なぁ〜にいってんだか。いつもタイガー贔屓な癖に。」
「それは、お前の世界の俺だろう。俺は亜美の味方をするぞ。
幼なじみだしな。お前の方が付き合いが長い。」
ホントかよ…
「いや、祐作に応援されて、事態が好転するとは思えないし…
出来れば、ご遠慮させて…」
「遠慮するなんて水くさいじゃないか。俺とお前の仲だろう?ハッハッハ。まぁ、任せておけ。
うむ。じゃあ、今日のところは、家に帰るとするかな。」
ハッハッハ。いやぁ、面白い事を聞いてしまったなぁ〜そうか、そうか
―などと大声で呟きながら、祐作は夕日へと消えて行った。
祐作に打ち明けたのは、どう考えても失敗の様な気がする…
まぁ、良いか。何か不都合があったら全て祐作のせいにしてしまおう。
祐作でもスケープゴート位の役には立つだろう。
あたしは、炭酸片手に沈みゆく夕日を眺めながら、いざとなったら祐作を切り捨てようと、深く心に誓った。
何かおかしい。
はじまりは、一本の電話からだった。
その時、あたしは自分の布団の中で、寝てるんだか、起きてるんだか…
よくわからないんだけど、何か、心地良い。そんなオフを一人寂しく満喫していた。
Tellll………
「………」
『亜美か?俺だ。俺だよ。』
「……なに?ゆーさく?」
『おお。久しぶりだと言うのに良く解ったな。
以前、電話を掛けた時は全く忘れ去られていたのに。
いやはや、亜美も成長したもんだ。偉いぞ。』
「はぁ?あんたなにいって…」
『もう、こっちへ来てるんだろう?
だから、転校してくる前に―――
この時のあたしは、あんまり眠かったもんだから、祐作の、訳の解らない話を最後まで聞かなかった。
だって、ホントに意味が解らなかったし…久しぶりとか言ってなかった?昨日、学校で会ったばっかじゃん?転校?はぁ?
何言ってるの?あたしに転校して欲しいってか?ふざけんな。何で祐作にそんな事言われ…
なーんて事を思った様な、思わなかった様な、とにかく、そんな感じの夢を見た。
筈だった。夢の筈だった。
その日、目が覚めたのは結局、昼過ぎで二度寝、三度寝上等の体たらく。いくらオフだからって、我ながらど〜かなと思う。
全然、動いて無いのにしっかりお腹だけは空いてて、それを理不尽だと感じながらも仕方ないから、
ストレートティーと魚肉ソーセージを胃の中に流しこんだ。
出すモノ出して、顔でも洗うかと、洗面台に立った辺りで、ようやく意識がはっきりしてきた。
意識がはっきりしても、寝過ぎた後の身体は信じられない位怠いので、もうしばらくは、居間でダラダラテレビでも観るのが正しいオフの過ごし方。
―なんだけど、ふと、さっきの夢の事が頭によぎった。夢にしては、断片的にくっきり残っている現実感…
何の新鮮味もない祐作の声、いつか聞いた様な内容。自分でも良く解らないが、無意識的に枕元置いてある携帯に手を伸ばし…
次の瞬間、あたしの背筋は体感で摂氏−178℃にまで冷えていた。
あるんだけどないもの
あるべきものがなくて、ないはずのものがある
このトンチか、禅問答みたいなモノの解答は、あたしの場合、「着信履歴」だった。
あたしが寝ていた筈の時間に残る「北村祐作」以下、昨日以降には、ずらりと仕事関係者。
あたしの記憶が確かなら、着信履歴トップは「香椎奈々子」の筈…
しかし、「香椎奈々子」なんて人からの電話もメールも無くて、アドレス帳に、さえ「香椎奈々子」は存在しなかった。
「木原麻耶」も 「櫛枝実乃梨」も「ちびとら」も、それから「高須竜児」も…
「北村祐作」を残して、あたしの大切なアドレスは皆、消えてしまっていた。
あたしは怖くなった。怖くて怖くて怖かった。
携帯のディスプレイに表示された今日の日付。その、表示された、狂った日付が自身の機能の正常さを語る。
真冬にしては、妙に薄いあたしの布団。あたしの部屋着。そして、思ったより、寒くない。
まるで、春か春と夏の間みたいだねぇ〜なんて、呑気な事を考えていた。
1.願い
あああああああああ〜〜〜〜〜〜
今、あたしの真っ白な頭の中では「あ」が数十行位に渡って、書き連ねられている。
うそ〜?マジで?うそ〜?みたいな、そんな感じ。
あたしの頭が残念な感じにお釈迦になったのでは無いなら、これは…
『全部チャラにしなよ。それで一から始めたらいいじゃん。あたしのことも、一から入れてよ。』
聞き入れられたのだろうか…叶えられたのだろうか…
あたしが、超絶に可愛いから。そして、あんまり可哀想だから。それで、神様が、あたしに同情して…贔屓してくれたんだろうか
もの凄く、楽観的で自己中心的な考えだけど、難しい事わかんないし、何より、自分の正気を疑いたくない。
実は、ホントのあたしは交通事故にあっていて、ベッドの上でこんな夢を見ている。とか、
実は、度重なるストレスに心が壊れちゃった。とか、あまつさえ、ヤバイ薬で幻覚を見ている。とか、
そんな可能性は考えたくない。だって、それじゃ、あたしがいくらなんでも、可哀想過ぎるもん。
なら、やっぱりコレは現実なんだ。あたしは、過去に居る。
でも、記憶の引き継ぎってオマケは良いとして…こんなのまで…オマケしなくて良いのに…
今朝から微妙に重いあたしの身体。どうやら、寝過ぎだけが原因ではないみたい。
どうすんの?コレ………かつてのメタボリックなお腹。あたしの記憶が確かなら、早いうちに165cm45kgを取り戻さないと、結構、イヤな事になったハズだ。
ちくしょう。あたしが、どれだけ苦労して、コレを落としたと思ってんだ…
そして、さらに贅沢を言えば、もっと過去に飛ばして欲しかった。日付から考えて、もう「人間関係」出来あがってるんですけど…
このまま転校したって、相変わらず「異分子」なんですけど…記憶があるのはそういう事?
―状況は変わらないから、持ってる記憶で何とかしろ―
何だか、中途半端に願いが叶えられてしまった。あんまり、手放しで喜んでられないって事ね…
とりあえず、明日は祐作と祐作のおじさま、おばさまと会うんだっけ?
うわ…出だしじゃん。一番、大事な日じゃん…今日は夜更かししないで寝よう…
お風呂で念入りに綺麗にして、エクササイズしたら、即、寝よう。
これで、明日、目が覚めて、冬だったりしたら、笑うけど。
―翌日、風邪をひく事も無く、無事に朝を迎えたあたしは、指定の待ち合わせ場所で、非常にソワソワしながら、祐作を待っていた。
「お久しぶりです。おじさま。おばさま。」
「おかげさまで。母も元気でやっています。」
「あ、昨日もドラマに出演てましたね。」
「はい。自慢の母です。」
あたしの挨拶を、何か嫌なモノでも見るかの様な目でチラ見する祐作。
おにょれ。あたしだって、やりたくてやってるんじゃねぇやい。
あたしは、早くファミレスに行きたい。だから、あたしは、川嶋亜美は、機械の如く、忠実に過去を再現する必要があるのだ。
ここで、変なアドリブ入れて、ファミレスに行かないパターンに派生でもされたら目もあてらんない。
だから、今、この時は、女優になります。演じます。
そんな感じで、気分的には早送りでファミレスまで来た。
そして、この時、この瞬間こそが…リスタート。あたしの第二の人生の始まりなのね〜〜
2.初見殺し
「彼女、川嶋亜美。こう見えても俺とタメで、昔この辺りに住んでたんだ。
彼女が引っ越すまではお隣さんだったんだよ。いわゆる幼馴染って奴なんだ。」
「初めまして!夕月玲子の娘です。…なんてね。違うか。
初めまして!亜美です、よろしくね!」
あたしのボケに高須君、タイガーはもとより、祐作までもが、キョトンとしている。
でしょうね。この時期のあたしだったら、親の事を自分から言い出したり出来なかったろうからね。
でも、この2人は、あたしが川嶋安奈の娘だとか、そんな事、関係なしに接してくれるからね。別に良いの。
ふふん。参ったか、祐作め。さっきのお返しだ。
硬直する高須君に、あたしは、スッと…両手を差し出す。
「ね、握手。祐作の友達なら、あたしにとっても友達だよね。」
――手が溶けてしまいそう。手の平から、とろとろと。
高須君の手の感触を充分、堪能した後、あたしはタイガーの手にある雑誌をひょいと掠める。
「もしかして、これって…あ、ああ、あたしが載ってるやつだね。」
そうして、高須君の眼をじっと見つつ…
「高須君…だったよね?どう?もし、雑誌を見て、可愛いって思ってくれたなら…
あたしはモデルのお仕事をしていて、ホントに良かったと思います。」
うわ…やべ。やりすぎた。タイガーも祐作も当の高須君も、あっけにとられて…こころなしか、ちょっと引いてる。
「あ、あはははは。
な、なんてね。あっ、いっけない。
祐作。おじさまたち待ってるよ。席戻んなきゃ。」
「あ、ああ。悪いな。高須と逢坂はまだここにいるだろ?後でまた話そう。」
「お、おう。」
「また後でね!」
あたしは、2人に手を振って、逃げる様に踵を返した。
出来る事なら、食事中の、祐作の「どうしたんだ?お前」と言わんばかりの視線からも逃げたかった。
嫌な汗が止まらない。パスタの味が判らない。
「よう。うちの親、帰っていったわ」
相変わらずユニクロ丸出しの祐作に伴って、あたしは高須君とタイガーの席へ移動した。
「お待たせ。」
何か、前回よりも、周りの注目を集めてる気がする。なんたって、今日は本気でおめかしして来てるからね。
今日のあたしは最強に可愛い。自分で言うのもなんだけど、絶対にタイガーよりも可愛い。
「……ご機嫌だねぇ……犬が尻尾振ってるみたいだねぇ……」
タイガーの冷たい言葉が突きささる。
くぅ…この娘ってこの頃はこんなムカつく娘だっけ?最近は、すっかり丸くなっていただけに、油断した。
あたしはこんなのと張り合う気でいたんだ…あの頃のあたしは何を考えていたのだろう?
丸くなったのはあたしも同じなのかな?あたしも他の人からはこんな感じに見えてたの?な〜んて事を考えていたせいで
「あたしは高須君の横に座るから、祐作は逢坂さんの隣に座りなよ」と言いそびれ、ごく自然に同性同士でソファに座る事になってしまった。
「亜美、時間はまだ平気だよな?なにか頼む?」
この、アホ作がッ!!さっきパスタ食ったばっかだろうが。
「ううん。さっきお腹いっぱい食べたから、いらない。……お2人は?」
あたしに話題を振られた高須君は、ビクリと跳ねた。タイガーは俯き気味にぷるぷる震えてる。
「え、ええと。俺たちは……どうだろう?どうだ大河。」
タイガーは俯いたまま、ふりふりと首を振った。話題終了。そろそろかな?
「あーあ、家族サービスして疲れたな。悪い、ちょっとトイレ」
あたしの記憶通りに祐作が席を立ち、
「あ、なんか俺も便所……ええと便所はどっちだっけ……」
間を置いて、高須君も席を立った。
さて、あたしとタイガーの一騎打ちはこれが最初だっけね…確か。はぁ…
ここは「あの頃」の亜美ちゃんに頑張って貰おう。ホント「あの頃」のあたしは強かったんだなぁ〜
「ねぇ。あの人、あんたの彼氏?」
「……」
「亜美ちゃん、奪っちゃっていーい?」
「……」
「言っとくけど、冗談じゃないからね。マジよ。」
「……」
「黙ってるって事は、良いって事なのかな?」
「……彼氏じゃ、ないから」
「ふぅん。」
「……初対面の男に発情?ホント、犬みたいな奴。バカじゃないの?勝手にすれば?」
「ああ。そういえば彼、どことなく犬っぽいね。従順そうじゃん?」
「従順ね…アンタ、オモチャが欲しいなら、他あたれば?
それだけのツラだもん。従順なオモチャなんて、よりどりみどりでしょ?」
「ツラしか見えない様な、つまんない奴なんてお断り。」
「ふん。アンタに何が解る。あんな奴の何が良いんだ。」
「これから、知るのよ。良いこと教えようか?……明日からあたしは…う〜ん、やっぱヤメ。」
「……もったいぶんな。言え。」
「〜♪」
「ふん。思わせぶりな事言って、ホントは何も無いんだろう。」
「ヒ・ミ・ツ♪」
「………ムカつくわね……この場で、八つ裂きにしてやろうか?」
「〜♪」
あたしの安い挑発にタイガー爆発寸前。このままじゃ…マジヤバイ気がする。
だって、ホントはこの場面で一発ぶたれてるし……
こんな修羅場でも、余裕たっぷり人を見下した感を全開に出せるあたしは、絶対、将来は母を超える大女優になれるに違いない。
…って。祐作と高須君はまだなの?確か、もうそろそろ、水入りに来る筈でしょ!?まさか…殴られなきゃダメなの?
「あーあーあーあー何してんだ。何で仲良く出来ないんだよお前は。」
もうダメだ。あたしは覚悟を決め、歯を食いしばった瞬間、危機一発。
「まったく。どうせ、お前が、逢坂に何か失礼をしたんだろ!?」
「ゆぅさくぅぅぅ〜〜〜っ!」
おせぇんだよ。しかもタイガー贔屓かよ!?と、言いたいトコをグッと堪え、
「あたし、もう帰りたい。」
と、言っておく。別に、帰りたくないけど、このまま居ても仕方ないし。
「悪かったな、逢坂。高須も。俺、こいつ連れて帰るわ」
祐作は全身で申し訳無さを表現し、あたしを引きずって、店の外へ連れ出した。
「はぁ…遅ぇんだよ。助けに入るのが。
あの子のバカ力で殴られて…顔、腫れでもしたら、どうしてくれんのよ!?あぁん!?」
過去へ来て以来、あたしは初めて毒づいた。
「……お前な。どうせお前が悪いんだから、良いんじゃないのか?それで。」
「今回は、あたしは悪くないわよ。良いトコ、両成敗でしょ?」
「……今回は?どういう意味だ?」
しまったぁ〜〜勢いで、つい失言しちゃった…
「いや、あはは。え〜と」
「それに、何で逢坂がバカ力だって知ってるんだ?」
「え〜〜と…なぜでしょう?
何でかなぁ〜あたしぃ天然だから、わかんないなぁ〜てへ☆」
「………」
「イヤン。祐作のえっち♪顔ちか〜い☆きもーい★」
「………」
「イタイ!!イタタタタタ。千切れる千切れるって!!
マジ。やめ…やめて。亜美ちゃん、琵琶法師になる…なっちゃう。
わかった。わかったから。言う。言うから。ちゃんと話すから。話すから離して。」
解放された耳は、信じられない位の熱を持って今にも溶け落ちそうだった。
「冷やしとけ」
とか言って、祐作が缶ジュースを投げつけてきた。
「こんな高カロリーなもん飲めねぇよ。
どうせなら無糖ストレートティーでも奢ってくれりゃあ良いのに…
まったく気が利かないんだから。少しは、高須君を見習えば?」
長い話になるから…と、近くの公園にゆっくり腰を落とし、包み隠さずに全てを打ち明けた。
あたしが未来から来た事。高須君が好きな事。そして、今度こそ高須君の心を射止めるつもりでいる事。
「どう?話を聞いた感想は。当局に通報する?それとも入院?まぁ、尿検査位は受けるわよ。」
「にわか…には信じられん。」
「そりゃそうよね。」
「しかし、作り話にしては、出来過ぎている。」
「そう?あたしだったら絶対信じないけど。祐作ってバカ?」
「…お前。殴るぞ?」
「ィッタァ〜イ。さっきからなんなの!?その暴力癖は会長さんの影響?すっごい迷惑なんだけど……」
「!?」
「ふん。狩野すみれ、だっけ?冗談じゃねぇっつ〜の」
「……わかった。信じる。お前の言う事を全面的に信じよう。」
「はぁ?別に信じて貰わなくても結構なんですけどぉ〜」
「いや、困るだろ?色々。協力者が必要なんじゃないか?」
「別になんも困ってないんですけど…てかむしろ今、あんたに絡まれて困ってる。」
「いや、今は良くても、この先、困る事がある筈だ。
何故なら、それがこの手の話のお約束だからだ。」
「はぁ〜?」
「亜美。この話は誰にも言うな。言っちゃダメだ。これは、俺とお前だけの秘密に…」
うわ…何でいきなりテンション上がってんだよ?マジうぜぇ。祐作うぜぇ。
「キモイ。シネ。近い。
言われなくても、誰にも話したりしないわよ。
てか、転校先で「未来から来ました♪」なんて言えねぇし
いくら、亜美ちゃんでも、絶対イジメられるわ。」
「それが良いだろう。」
「てか、何でそんなに楽しそうなの?あんた。」
「いやいやいや。決して、楽しんでなどないぞ。
うむ。幼なじみとして、亜美を応援する所存だ。」
「なぁ〜にいってんだか。いつもタイガー贔屓な癖に。」
「それは、お前の世界の俺だろう。俺は亜美の味方をするぞ。
幼なじみだしな。お前の方が付き合いが長い。」
ホントかよ…
「いや、祐作に応援されて、事態が好転するとは思えないし…
出来れば、ご遠慮させて…」
「遠慮するなんて水くさいじゃないか。俺とお前の仲だろう?ハッハッハ。まぁ、任せておけ。
うむ。じゃあ、今日のところは、家に帰るとするかな。」
ハッハッハ。いやぁ、面白い事を聞いてしまったなぁ〜そうか、そうか
―などと大声で呟きながら、祐作は夕日へと消えて行った。
祐作に打ち明けたのは、どう考えても失敗の様な気がする…
まぁ、良いか。何か不都合があったら全て祐作のせいにしてしまおう。
祐作でもスケープゴート位の役には立つだろう。
あたしは、炭酸片手に沈みゆく夕日を眺めながら、いざとなったら祐作を切り捨てようと、深く心に誓った。
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