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◆KARsW3gC4M sage New! 2009/09/17(木) 19:13:19 ID:I4w64zDb

[キミの瞳に恋してる(2)]

人が恋に墜ちるキッカケなんて、意外と些細な事である場合が多い。
人それぞれだけど、例えば、カッコいいから、優しいから、一緒に居て面白いから。
十人いれば十通りの理由がある。
私の場合は、優しくて面白いから、そんな理由だ。
恋焦がれた彼を射止めたくて考えうる限りの努力をした。
そして気を惹きたくてバカな事をした…それが裏目に出てしまった、その結果が今の私『木原麻耶』なの。
.
彼と出会ったのは高校入試の日。
あの日、私は試験会場を見つけきれなくて迷い、途方に暮れていた。
今になって考えれば案内の張り紙もあっただろうし、誰かに聞けば良かっただろう、人の流れについて行けば良かった。
でも入試前の緊張で、そんな事なんか考える余裕がなく、ただポツンと立ち尽くす。
それが昔の私の姿。
その頃の私は今と違い『真面目』で、そして…人見知りが激しく、引っ込み思案だった。
初対面の人とは何も話せない、話し掛けられないように俯いている。それが常だった。
徐々に人波が減っていき、焦って顔を伏せたまま周囲を目で伺う。試験開始時間が近付いて更に焦燥する…。

「どうしたの?」
急に頭上で聞こえた声に私は驚いて身体をビクンと跳ねさせた。
男子だ…、どうしよう。
「受験生…だよね? 早くしないと試験が始まっちゃうよ」
何も喋らない私に戸惑いながらも、優しい声で問い掛けてくれる。
これが最後のチャンス、ここで何も言えなかったら受験出来ない。
解ってはいる、けど…けど私は怖かった。
それまで男子が話し掛けてきた時は、からかわれる時か、要件を話す時、そのくらいしかなかったし。
「あ〜…、あはは緊張してる? う〜ん、もしかして試験会場が分からないとか?」
私は恐る恐る頷く、言葉には出来ない、だが意思を伝えないといけないから…。
「そっか、俺も同じ受験生だから心配しないでよ、ちょっと受験票を見せて?」
そう言うと、彼は私が手にしていた受験票を摘みあげて目を通す。
内心、怖々していた。このまま意地悪されて返してくれなかったら…って。
「なんだ、俺と同じ教室じゃん。うん、なら一緒に行こうよ。ほら急ごう?」
「あ…」
その彼は私の右手に受験票を持たせ、左手を掴んで走り出す。
お父さん以外に初めて触れられた…、暖かくて…私より大きな手……。

試験前に廊下を走るなんて…見付かったら印象が悪いんだろうな。
でも確かに開始時間は十分をきっていて急がないといけない。
五分前には席に座っていろって先生も言っていた。
だから、彼に引かれるままついて行く…。
「よし…ギリギリ、この教室だ…あ、俺は先に行くから」
そう言って教室の戸を開けようとする彼に、私は勇気を出して声をかける。
「あ、ありがとう…」
その時、初めて面を向かって彼の顔を見た。
「ん、いいって。お互い頑張ろうぜ」
笑って、ヒラヒラと手を振って教室内に入っていく彼を見ていた。
眼鏡を掛けて、ちょっぴりソバカスがあって…明るそうな男の子だった。
そう、ここまで言えば解るよね? 能登久光だ。
アイツのおかげで私は受験出来たんだ…、あの時、アイツが連れて行ってくれなきゃって思うと…。
私に優しく接してくれた能登に恋をしてしまうのは自然な流れであった。
そして無事に合格し、入学して一週間も経った頃だろうか? 廊下で能登を見付けた…。
『あ…あの時の人だ』
合格してたんだ…。良かった。
どうも隣りのクラスらしい。
その頃には、まだ名前も知らない能登に対して恋心を抱いている私が居た。

高鳴る胸の鼓動を抑え、偶然を装って至近まで近寄り、そのまま通り過ぎようとした…。
その時だ、その声が聞こえたのは。
「なあっ、あの娘…ちょー可愛くね? かなり好みだわ」
窓際にもたれ掛かったアイツがそう言ったのが聞こえた。
私は一瞬、自分の事かな? とか思わず考えてしまう。
「え〜能登って、ああいう女子がタイプなんだ? 意外、ほら…優等生っぽい娘が好きかとばかり…」
彼の横に並んだ男子が驚愕の声を上げ、窓の外を指差すのをチラリと盗み見る。
そうだよね…私みたいな地味なのは…不釣り合いだもん。
チクッと胸を刺す痛みを覚えながらも、その『優等生っぽくない』という人の姿を確認する。
ギャル…か。
そっか、ああいう女子がタイプなんだ…、私とは真逆の……。
「まあ、どうせならって感じ? その前に俺もモテる努力を…」
と、彼が言った事も聞いてしまう。
それは自分にも言われているような気がして…。
今になって考えれば、そこからが私の『ケチ』のつき始めだった。
彼が言った事を勘違いしていたから、ギャルが『好き』とは明言してなかった。
それは二年生になって、亜美ちゃんや奈々子を見る彼の反応から読み取れた。

結果論なんだけどね。
ともかく、この時に初めて彼が『能登』という名前なのを知り、また私が変わるキッカケとなった。
能登に振り向いて欲しくて私は誓ったのだ、生まれ変わってやる、と…。
少女漫画のような展開だけど…うん、私は必死だった、高校デビューしてでもアイツに好きになって欲しかった。
スカート丈を詰めた、髪形を変えてブリーチ、ファッション誌を読み漁って服装を変え、同時にメイクの仕方を覚えた。体型の維持に躍起になった。
勇気を出して、クラスの子と話すようになった、明るく振る舞おうと仮面を被る。
『麻耶って近頃、変わったよね、可愛い』
仲の良くなった娘にそう言われて嬉しかった。能登が好む女の子に近付いたと形になって現われたからだ。
『ありがとう、私も高校生活を楽しもうかなって』
そう笑って返し、生まれ変わる自分に酔い始めた。
親も家で私が『おとなしくしてる』よりは…と思ったのだ、何も言われなかった。だから加速していく、ある程度に止めておくべきだった。
男子達に『あの木原が化けた』とチヤホヤされたから、もう止まらない。
男子達の評価は、能登からの評価にも思えてしまったから…バカな事に…。

そして二年生になり、能登と同じクラスになった。私は驚喜し胸を躍らせる。
『私を見てよ、キミの為におしゃれをした、可愛くなった、…見てよ』
そう目で訴え掛けもしてみた。
それが第二の『ケチ』だ、積極的に自分をアピール出来なかった。
克服した筈の『引っ込み思案』は、アイツに対してだけは直せなかった。
話す事くらいなら出来たけど…。
見目だけ取り繕っても無駄だと悟った時には遅かった。かと言って今さら元に戻す勇気もない。
褒められる事に慣れてない私は手に入れた自分を捨てれなかった。
そして間違った方向に動いてしまう…暴走し始める。
能登と仲良くなりたいが為に、姑息で、他人の気持ちを無視し、誤解を招く行動をしてしまった。
まずは能登と仲の良い男子と仲良くなろうとした、上手くいけば、その子からアイツに伝えてもらえるかも…なんて都合良く考えて。
第一候補は高須くん、一年の時は能登と同じクラスで仲も良いらしい、しかし彼は『ヤンキー高須』なんてあだ名があり、実際に怖かった。
新学期早々、校内最凶生物『手乗りタイガー』と頂上争いをした事もあり、また、私自身の貞操が危ない、と誤解して候補から外した。

次に春田。進級して早々に仲が良くなったみたい、でも論外。春田はアホだから、下手な事を話せば余計な事態を生みそうだ。よって無理。
そして最終的に…まるおだ。
これが第三のケチで、最大の誤算だった。
当初は能登と仲の良い高須くんの親友で、後に友人になる。
けど四月の段階では『友達の友達』という感じだった。
私はまるおに近付き、わざと能登の前でベタベタ…尻尾を振った。
積極性に話し掛け、あだ名で呼び、仲の良さをアピールした。
こうすれば能登が妬いて、私を見てくれる、と勝手に自分の勘定に入れていた。
でも、アイツは気付かない、だからムキになってエスカレートして…我に帰った時には引っ込みが付かなくなっている自分がいた。
それが昨年の十一月位だ。
誰からみても『木原は北村の事が好き』みたいな状況になってしまい、アイツの態度も硬化して…。
まるおの失恋に乗じて誘惑する女、そうアイツに見られてしまっている、それは進行中。
『アイツから気付いてほしい』
自分から告白する勇気が持てず、他人を利用しようとした私への天罰だ。
正攻法ではなく、邪道で回りくどいやり方をした結果。

誰も悪くない、自爆なのだから…。
なんとか状況を改善しようと行動した。
でもそれは私の手前勝手な考えを基軸にしていて…。
まだアイツに想いを『偶然』気付かれる、という方針に固執した。
よく考えればすぐに解る、初めから小細工無しに気持ちをぶつければ、こんな事にはならなかった。
余計に事態は悪化し、能登は私に冷ややかに蔑んだ視線を送り始めた。
そして修学旅行中に『最悪の状況』で『最悪の選択』をしてしまい、能登と口喧嘩し…絶交状態に自ら追い込んでしまう。
自業自得…まさにソレだった。
そこからの私は、アイツに八つ当たりしてばかり、逆恨みしてしまった。
修学旅行が終わった頃だったか?
バツの悪そうな顔をした能登が、私と仲直りしようとしてくれようと近付いて来た事があった。
でも私はアイツを睨み付けて、追い返してしまった。
『何で気付いてくれないの! バカ能登!』
と…自分勝手に、我儘に、他人を巻込んで、まるおと能登を騙して…傷付け、貶め、どんどん瓦解していく。
自分の取った選択が全て裏目に出て、自爆して自縛し…。
進む事も引く事も不可能で、ヤケになって……。

そして今日という日を迎えた…。
修学旅行の事件以来、私と能登は一言も話してない、目も合わせれない、近付く事すら出来ない。
それはもちろん私のせい、解ってる…解ってるけど……今さら言えないじゃん、能登が好きだなんて…。
言っても信じてなんかくれない、アイツに嫌われたんだ私は…。
アイツの背中をチラリと見て、すぐに逸してフッと自嘲の溜息を吐く。
五限目の授業が終わり、能登がフラッと教室を出て六限が始まっても戻って来なかった。
今までそんな事なかったのに…、私は気になって戸をチラリチラリ、何回も見てしまう。
だって…近頃、アイツは憂鬱そうな表情ばかりしてて、絶対…私のせい…謝りたくても意地になって謝れないし……素直になれない。
「能登くん…どうしたんだろ、…ね?麻耶」
放課後になり、まだ主の戻って来ない机をボーッと見ていたら奈々子が話し掛けてくる。
「し、知らない…、あんな奴…どうでもいいんですけど」
話し掛けられるまで気付かず、私は驚いてビクッと肩を震わせる。
すぐにアイツの机から視線を逸し、咄嗟に言い訳…いや、そう言う以外の方法を私は知らない。

「あら…まあ、んふふふ〜可愛いわね麻耶は…、喧嘩した能登くんが気になって気になって仕方無いのね」
奈々子は口元を手で覆い、ニヤニヤしながら見てくる。
「な、なな何が…、ちょっ奈々子、何か勘違いしてない?」
図星な私は慌てて否定する、私が能登に抱いている気持ちを言い当てられそうだから…。
こんな事、誰にも言えない、言ったら軽蔑されるハブられる。最低最悪な私の行いは知られたくない。
能登が好きなのに、まるおに好意を持ってるフリしてる…なんて。
「そうかしら、勘違い…かなぁ? それにしては麻耶は能登くんの事を話してる時って………うふふ♪」
もしかしたら奈々子は気付いているのかもしれない、この前からずっと…こうして事有るごとに…からかってくる。
「だからぁ…何度も言ってるじゃん! ア、アイツはかんけっ、関係無いって…私…私は能登なんて……!」
その都度、私は奈々子に対して嘘をつく…。理由は今まで言った通り、作ってしまった『外面』が『内面』を隠す。
嘘を一つついたら、それの信憑性を崩さない為に、更に嘘をつかないといけない。
積もり積もって…今に至るのだ、打ち明けて相談なんて出来っこない。

「そうなの? クスッ…じゃあ私が能登くんを"慰め"に行っちゃおうかしら………麻耶が行かないなら」
奈々子が小さな声で呟いて身を翻す、それを聞き逃さなかった私は急いで彼女の腕を掴む。
「はぁ!? そ、そんな事したらアイツが調子に乗るし! 行っちゃ…だ、駄目」
だって奈々子が行ったら…敵わないもん、美人で優しいから……アイツはコロッて転がっちゃう。
私の咄嗟の行動に、奈々子はより楽しそうな笑みを浮かべて、私を見下ろす。
「奈々子…もうやめなよ、麻耶ちゃん嫌がってんじゃん」
追い詰められていく私に、助け船を出してくれたのは亜美ちゃんだった。
机に腰掛けて手鏡を見ながら唇にグロスを塗り、うんざりそうな顔で…。
「麻耶ちゃんがそう言うなら、きっとそうなんだよ。能登くんは眼中に無い、別の"誰かさん"が好きって言ってるしぃ?」
そう言ってはいる、けど…亜美ちゃんは絶対に気付いてる。だって…怒ってるもん。
私の『行い』を怒ってる…、だから近頃は……怖い。
「でもさ、麻耶ちゃん。素直にならないと相手は見てくれなくなる、後悔した時には遅いよ…なんてね」

その亜美ちゃんの言葉は私の胸を抉る。強烈に突き付けられた一言だった。
悔しかった…、解りきった事なのに、私だって素直になれるもんなら…なってる!!!
誰も解ってなんかくれない、私の気持ちなんて…、しでかした事…その上辺だけ見て…。
そりゃあ確かに自業自得の大自爆だけど、ふんっ! そうだよ!
なら、このまま突進んでやる! もういい!
思うままにならないから、ムカついて自分の事を棚に上げ、そんな風に斜め上にキレて……情けなくて惨めで、テンパって…。
他力本願な事をして能登が気付くわけない、自分勝手に振り回して利用したまるおに申し訳ない。
奈々子にからかわれてムカつく、亜美ちゃんに諭されて悲しい。
もう頭の中がグチャグチャ、私はどうしたらいい? そしてオーバーヒートして思考が焼き付いて…
『どうにでもなれ』
と、自棄っぱちな気持ちになる。
椅子を蹴飛ばすように立ち上がり、キッ!と能登の机を睨む。
『能登がさっさと気付かないからだっ!! バカ!!!!』
心の中で咆哮し、まるおの姿を探す。
いいもん! 能登が見てくれないなら、本当にまるおの事を好きになってやる!

教室を出て、廊下を見渡す。
居ない、まるおが居ない、何処?
「麻耶!?」
「あ〜あ……」
後ろから聞こえる二人の声を無視し、私は廊下を進む。
頭に血が昇り、憤然した様を周囲に晒しながら……逆ギレそのもの。
校舎内を突進み、生徒会室へと続く渡り廊下の先にまるおの姿を見付けた。
これから生徒会活動なのだろうか?
「まるおーっ!!」
私は大声を出して彼を呼び止める。
「ん? おお、木原じゃないか、どうした」
呼掛けに彼が振り向き、そう言って立ち止まる。
渡り廊下の端から端、20メートルの位置で私達は向き合う。
その瞬間、私は戸惑う。
自棄な気持ち…勢いでここまで来たは良いとして…。
私は本当に今から『まるお』に告白をしてしまって良いのか、と。
さっきまで考えてたじゃん…、…アイツに対しての当て付け紛いの行為を彼に働いて、私は何を得るのだろう。
まるおは『アニキ』が好きだ、今も多分、だから『失恋大明神』なんて自称しているんだ。
誰にも『告白されないように』牽制してるんじゃないの?
それをわざわざ『告白』なんてして…私が得るのは、クラスの仲間との間に亀裂を作る事くらい…。

ただでさえ自分勝手な振舞いをしているのだ、能登が言った事を内心思っている子も居るよ、絶対に…。
ああ、でも良いや、もう。私なんかが今から足掻いたところで、何も変わりない。
何をしたって他人は『木原麻耶』は…自分勝手な奴と見てるから。
自分が招いた事だもんね? なら、さっさと散ってしまおう。
当て付けで彼に告白して断れて、アイツに見下されて、親友二人に影で笑われて……。それしか道が無いんだ。
「今、ちょっとだけ時間…ある?」
………これで良いんだよね?
「まあ…少しなら」
…本当に?

.

その後の事、か…。余り言いたくないな。
じゃあ簡潔に…。
校舎の外まで連れ出して、一思いに言っちゃった…『ウソ』を。
そして私はまるおに『フラれた』よ、それは予想通り。
でも一つだけ…怖い事があった、まるおは……怒ってたんだ。
解ってたんだ、私が『ウソ』をついた事。返してくれる言葉とは裏腹に、その目は……明らかに怒っていた。
私は……血の気が引いていく感覚に襲われて、思わず言い訳して…その場を誤魔化そうとした。

すると、まるおは疑わしそうに目を細めて私を見てくる。
『ご、ごめん! ほ、ほら来月の一日って……エイプリルフールじゃん? その…その予行演習ってか、う…、練習、練習だって!
あれよ、あ、う…ネタバレして練習しても意味無いですしぃ! 無理矢理付き合わせて……本当にごめん!』
そんな…私の下手な言い訳なんて、通用しない。
言葉では言い表せない『恐ろしさ』に私は震え上がる、私が告白した事が気に食わないわけじゃない……亜美ちゃんと一緒だ。
『木原麻耶』がついてるウソなんて見破っていて、…素直になれず悪足掻きして、他人を騙している惨めな様…それが怒りを誘ってるんだ。
それを理解した時、私は謝る事に精一杯。自分の過ちを彼に悔いる事しか出来ない。
そして彼が去った後、私は後悔と罪悪に押し潰され…泣いてしまった。
ただ泣きじゃくる、それは私にとって最後の抵抗で…、懺悔で、自傷だった。
泣けば済む事ではない、けど泣かずにはいられない。
アイツに侮蔑され、親友とまるおに蔑まれる。
もう戻って来ないのだ、数あったチャンスをフイにして、全てを失った。
バカな私に御似合いの結末。

その時だ、私の耳にソレが聞こえたのは…。甲高い金属音が至近から聞こえたの、その方向に目を向けると居たんだ。
この醜態を一番見られたくない奴に……能登に見られてしまった。
動揺を隠せないアイツを見てしまい、私は頭の中が真っ白く融けていく。
「あ…そ、その……うっ」

私の真意なんて誰も気付かない、目の前に示された結果は、私がまるおに告白し、アイツに知られてしまった…その事実だけ。
終わった…、もしかしたら有り得たかもしれない挽回の機会も、何もかも失ってしまったのだ。
真の意味でアイツを手に入れる事が出来なくなった瞬間、そう思った。
「っ…んで、ひっく! なんで? っうぅ!! アンタが…ぐすっ! ……ここに居るのよ!?」
目の前が真っ暗になる。
後悔、罪悪、自棄、自失…そんな感情に呑まれ、気付いた時には能登に噛付いている自分がいた。
どうしようもない自分への怒りを、アイツにぶつけて泣き叫んで…、駄々をこねる子供みたいに八つ当たりしてしまう。
身から出た錆とはいえ、辛かった…辛くて悲しくて…。
でも、そんな時だ、能登が慌てふためきながら、こんな事を言ってくれたんだ…。

「わ、分かった! よ、よし!俺が木原と北村の仲を取り持ってやる!! う、嘘じゃない! 前に横槍を入れちまった事を反省してるっ!!
ずっと謝りたかった!! だから罪滅ぼしっ! そうお詫びに相談も聞くし、手助けするよ!! だから泣きやんでくれよう!!」
胸にチクリとした痛みが走り、そして…それ以上の暖かい気持ちに包まれる。
誤解されたままなのは…痛いよ、胸が締め付けられる程に。でも、まだ切れてなかった縁を見付けて…驚喜して……同時に戸惑う。
こんな私に差し延べてくれた手を、取るべきか否か…躊躇する。
でも、そんなの愚問だ…だって私はやっぱり諦められない。
どんなに嫌われたって…好き…大好きなんだもん。アイツと繋がる最後の細い糸を裁ちたくなんてない!
「すんっ! うっ! わ、わかった…っひう……お願い…私を助けて…っよう…!!」
『臆病な私に勇気を頂戴』
そんな想いを込めて能登に懇願した。
ここで素直にならなかったら、いつ、どこで素直になるんだ。
これはアイツが私に差し延べてくれたチャンス、これを機会にして…少しでも良いから『見て貰える』ように努力する。


...
..
.
泣きじゃくる私を能登は慰めてくれた、あんなに酷い事を言った私に優しく…してくれた。
嬉しかった、義理で接した様子は感じられず、以前のように…優しく私の側に居てくれた。
私はアイツに謝罪した、八つ当たりした事を…。
まだ『形だけ』かもしれないけど、仲直り出来たんだ…、アイツが引っ張り上げてくれた。
チクチク痛む心と、再び巡り逢えた多幸感を胸に秘めて、私は家に帰り自室に籠る。
私が『変わる』キッカケをくれたアイツにメールを送る為だ。
自分の心情、想い、それらをアイツに届けたいから、文章を打っては消し、添削して…悩んで、自然な文体になるよう頭を捻る。
そして、出来たのがこんなメール。
『あんな事があったから、正直、能登のこと今も信用は…出来ない、ごめん。
でも、でも…私も信じられるように頑張る、深い事まで相談出来そうなのは能登だけだから…。
奈々子にも、亜美ちゃんにも言えない事…言えるの能登だけだもん、二人にからかわれたり、ウザいって思われるの嫌だ。
…男子の気持ちを理解したいから能登に教えて貰いたい』

急に『信用してる』なんて変だから『歩み寄りたい』と綴って、アイツへの素直な気持ちを匂わせる。
親友達にも相談出来ないから、頼れるのは能登『だけ』と紡いで、次いで二人きりで逢えるように誘う。
今の私にはこれが限界、止まっていた時間は巻き戻せないから、仲良くなった時の何倍も時間を掛けて進まないといけない。
そして徐々に素直に想いを伝えていって、最後に恋心を告げる。
………変じゃないよね? 不自然かな?
うん、でも…これが私達の開いた距離を縮める最善策だと思うんだ。
そう信じて送信ボタンを押し、携帯を閉じる。
もう私は遠回しな事はしない、ストレートにアピールするんだ。
『見てよ』じゃなく『見させる』
アイツに対して素直になって『可愛い女』になりたい。
私は諦めない、絶対に能登を振り向かせてやるんだから!



続く

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