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花丸の後で◆0cCCiuM1HA 2009/10/22(木) 21:02:40 ID:3HMozTmH




 川嶋亜美が高須竜児を『落とす』と公言してから二週間。その影響は高須家の夕食風景にまで及んでいた。
「……ちょっとエロちー、あんた食べてる時ぐらい発情すんのやめなさいよ。」
「えー? タイガーには関係ないでしょー?」
「わー竜ちゃんモテモテー。」
女が3人寄れば姦しいのは文字の通り。亜美が加わることで、より賑やかしくなっていた。亜美は隙あらば1ミリでも
竜児との距離を詰めようとするし、大河はさせじと箸と口の動きを止めずに目を光らせる。
「……お前らはもうちょっと静かに食え。いいから泰子はさっさと食って準備しちまえ。」
そう言いながらも悪い気分ではないのか、竜児も寄り添ってくる亜美との距離を必要以上に取ろうとしない。
亜美が学校を去ったあの日―――唇にほんの僅かな熱だけが残ったあの日から、なんだかんだで二人の気持ちは
一致しているのだろう。それが大河にも分かるからこそ、不機嫌になるのである。
「ふん! せいぜい犬同士励んでなさいよ。」
何に? とは聞き返さない竜児。亜美の告白同然の発言を受けた竜児がはっきりと返答したわけではないが、
既にややもすればバカップルにしか見えないこの二人。そこまでの既成事実もまだない。ないのだが
「あーハイハイ、長く頑張りたいからタイガーはご飯食べたら早く帰ってねー。」
「うっさい、私がいつまで居ようと勝手じゃボケチワワ。」
どうも亜美の方はそれを今すぐにでも作りたいようで、かつては虎のみが入れた竜の領域へ平然と踏み込んでくる。
縄張り荒らしのチワワに対し、敵意を剥き出しにしている。そんなところだろうと竜児は大河の不機嫌を分析していた。
純粋に亜美の分が増えたというのもあるが、不満のはけ口を求めるようにいっそう食べるようになった大河が
高須家の家計を若干圧迫し始めていることも含め、ともあれ竜児はため息をつくしかないのである。


 話は竜児たちが三年生に進級して少し経った頃にさかのぼる。亜美が何の前触れもなく帰ってきた日から始まった
竜児攻略作戦は苛烈を極めた。以前は「高須君」だった竜児への呼称が「竜児」と呼び捨てになったのは小手調べ。
人目もはばからず手を握ったり抱きついたり、椅子に腰掛ける竜児の膝に座るような肉体的接触は当たり前で、
止める者がいなければ唇以外の場所―――主に頬や額や耳、手や指先から首筋にまでも口付けるのさえ茶飯事である。
唇に直接しないのは本人曰く
「それは二人きりの時に、ね?」
と、亜美なりの乙女心が境界線を引いているようであった。このような光景が一般的な共学の高校の教室内で
繰り広げられた場合、どのような事態が起こり得るであろうか?
「何故だー!」
「……あ、悪夢だ……。」
「あははははははははははははははははははははははははははははははははははは!」
「亜美ちゃんってば大胆……。」
「やだ…なにこれ…。」
「見事なバカップルだと関心はするがどこもおかしくはない。」
答えは『地獄絵図』である。かつての大橋高校のアイドルが今や名実共に本物のアイドルとなって帰還した初日、
特に男子生徒を中心にテンションの上がりようは常軌を逸していたが、そこまで高ぶってしまったが故に
『落とす』公言は多大な落差となって大橋高生徒を襲ったのである。余りのことに精神に異常をきたした者が
多数出たため、二桁を超える早退者と二台の救急車が出動する惨事となった。特にアホの春田などは間接キスが
どうのこうの言いながら竜児に迫ってきたので、虎の手により物理的な重症を負って搬送されていたのは余談である。
「彼女いたんじゃなかったかあのアホは……?」
「大変そうだな高須。亜美は普段猫かぶりだが、その分本気になると凄いから注意しろ。」
そう忠告してくるのは竜児のクラスメイトで親友であり、亜美の幼馴染でもある生徒会長兼クラス委員兼
失恋大明神兼裸王の北村祐作その人である。

「北村……うん、そういうことはもうちょっと早く聞きたかった。」
「もー竜児ったら、恥ずかしがらなくてもいいのに〜。」
「川嶋、お前はもうちょっと周りを見ろ周りを!」
忠告は的確だったが、椅子に座る竜児の膝の上に対面するように乗ろうとする亜美をどうにか制している状況では、
遅きに失したと言わざるを得ない。自分を椅子のように見立てて座られる形になるのはどうにかまだ耐えられる。
というか先ほどまで不意討ち気味に「座っていい?」という問いに何気なく「おう」と答えてしまったら、
座るのは隣の席とかじゃなくて俺の膝でしたぁーッ! という感じにキングクリムゾンであった。(教室内の時間が
吹っ飛んだ的な意味で) ともあれ、さしもの竜児も流石に人前で『対面に座る位置』はまずいし恥ずいのだ。
キングクリムゾンでもう既にいっぱいいっぱいだったけど。
「なにしとんじゃエロチワワがー!」
「大…ごふぁっ!?」
アホをモルグに葬った虎が今度はその牙をチワワに向けたが華麗に回避され、それは代わりに竜に突き刺さる。
「見事なドロップキックだ逢坂! ますます磨きがかかったな!」
「北村……お前実は楽しんでるだろ?」
「人生は常に楽しんだもの勝ちだぞ。そうは思わないか、高須。」
倒れ伏した竜児にそう北村が笑いかけた。アニキに似てきたな、と心中でつぶやきながらその手を借りて竜児は
立ち上がり廊下へと足を向ける。その背中に「どこへ行くのか」と声がかかれば「飲み物でも買ってくる」とだけ返し、
後ろのチワワと虎の追いかけっこは見ないようにして教室を後にするのであった。
 これまた余談であるが、この件をきっかけに失恋大明神に帰依する者が多数現れ、その規模は全校生徒の
三分の一を超えることになる。特に半数以上がその庇護を受けることとなった竜児のクラスメイト連中は、
一週間もするとこのバカップルたちを見ても動じることなく何かを悟ったような趣で過ごすようになったという。
これは後世、世界を変革する政治家と呼ばれた北村祐作総理の若き日の逸話のひとつとして語られることとなる。


「やれやれ……。」
 ため息をつきながら銀色と茶色の硬貨を細長い穴へと投入する。赤いランプが無数に灯った自動販売機を前に、
どのボタンを押そうか逡巡していると、その僅かな間に横から手が伸びてきてミルクティーのボタンを
押されてしまう。竜児がここに来た時、周囲に人は居なかったのでかなり驚いた。
「うおっ!?」
「へへー、もーらいっ。」
「川嶋、って俺の120円ッ!?」
「半分こにする?」
「俺の金だろ……あぁもういい、奢ってやるよ。喉が渇いてたわけじゃないしな。」
異様な熱気に包まれた教室を脱出したのは、雰囲気に茹った頭を冷やすためである。戦略的撤退とも言うが。
「ごめんごめん、竜児の分は私が出すから。」
コーヒーでよかったよね、と確認するまでもなく亜美は硬貨を投入していく。美しい指先の例えとして
『白魚のような』という表現があるが、竜児にはボタンを押す亜美の指先は白魚なんかよりも美しいように思えた。
「はい。どうぞ。」
「……おう。」
ミルクティーと一緒に取り出されたコーヒーが手渡される時に、その指先が竜児のそれと触れ合う。
尻すぼみ気味に小声で返してしまう竜児に対し、狙って竜児に触れていた亜美は確かな手応えを感じ、
心の中でガッツポーズ。堂々と接触するのもひとつの手段だが、こうした何気ない触れ合いが男心をくすぐることを
女優の母から演技と共に伝授されていたのである。川嶋亜美という少女は、モデルとして実績を重ねる中で
自分の美しさがどのようなものかを自覚し、それを表に出す手段を身に着けていった。元々素材がよかったのもあるが、
女優の娘でモデルという環境が亜美の美しさを形成したのには疑う余地がない。その美が今、無数のファンではなく
やけに目つきの悪い一人の男だけに向けられていた。

「そういや大河はどうした?」
「……はぁ? あんな短足チビ虎にこのなっがーい足の亜美ちゃんが追いつかれるわけないっての。」
「そ、そうか。」
だというのに、この男は二人きりにも関わらず別の女のことなど聞くものだから、思わず刺々しい言葉が出てしまう。
またしても余談だが、逢坂大河は瞬発力こそ素晴らしいものの体格的にどうしても歩幅が狭いため、中距離以上を
走るとなると平均以下の成績しか出ない。手乗りタイガーを怒らせたら距離を保ち逃げるのが正解である。
走ってると勝手にコケてくれることも多いし。もっとも竜児の場合、コケた時点で心配になって助け起こしに
自分から戻り、その牙にかかってしまうのだが……。
「あーその、なんだ、向こうでは何してた。」
「映画の撮影ばっかり、かな。学校も少し行ったけど、友達とかあんまり深く関わらないようにしてた。」
ここに戻り辛くなりたくなかったし、と続けながら亜美はかつての定位置である自販機の隙間に納まって座ると、
それに合わせて竜児も対面に座り込む。
「やっぱ大変だったか?」
「そうね、辛いことがないわけじゃなかったけど……楽しかった。」
親の七光りで役を取ったも同然の新人が、誰かの嫉妬なんかを買ったりするのは想像に難くないし、それを避けるには
その役に見合うだけの努力と結果を求められるだろうに、なんでもないように亜美は笑った。実際、女優の母から
薫陶を受けた分以上に亜美は努力したのだ。結果を出すことで望みを叶えるため―――竜児の元に戻ってくるために。
「芸能ニュースとかCMとか色々出てたよな。」
「可愛く映ってたでしょ。」
「まぁ……な。」
有名女優の娘が銀幕にデビューするというのは話題性があり、映画も数ヶ月の撮影期間を経て完成する大作となれば、
格好の宣伝材料である。そのような作品で助演とはいえ台詞もそれなりにある役をデビューの舞台に持ってこれる辺り、
女優としての亜美の母の地位が窺えよう。それを差し引いても亜美自身が相当にレベルが高いので、自然と画面に
映る機会は増えていった。映画の公開頃に放送される何本かの番組にもゲスト出演し、既に収録を終えている。
「当然よ、だって亜美ちゃんなんだから。」
以前から亜美にはナルシストの気があったが、世間の反応を見る分にそれは正しい自己評価だったと言えるかもしれない。
ナルシストには違いないが、竜児もまたその美しさは認めざるを得ないのだ。
「で、クランクアップしたから戻ってきたの。試写会のチケット押さえられると思うから、一緒にいこ?」
「おう……予定も特にないしな。」
「うん♪」
そんな美少女にデートに誘われたら嬉しくならないわけではないのだが、心中を表に出すまいと思わず仕方ないから
行くというような体で答えたが、その心の機微が亜美にはバレているのに竜児は気付いているだろうか。
「亜美ちゃんが居ない間、竜児の方は何してた? 寂しかった?」
「……そうだな。」
竜児は亜美が居なくなった後のことを少しづつ話し始めた。記憶はほぼ完璧に戻ったこと。修学旅行が沖縄じゃなくて
雪山でスキーになったこと。櫛枝実乃梨には好きだったと過去形で告げ、今度こそキチンと振られたこと。
泰子と進路のことで揉めて祖父母と会ったこと。一時は就職して料理人にでもなろうかと思ったが、結局は進学して
もっと稼げる仕事に就いてから母親を支えようと親子で話し合って決めたこと。三年になって進学クラスになると
2-C連中とはバラけてしまったが、北村と何故か大河も同じクラスで二人とは今まで通りなこと。
「私も行きたかったな〜、修学旅行。」
「雪山になっちまったけどな。まぁそれなりには楽しかったぜ。」
少し特別な高校二年生の思い出は今も鮮明に思い出せる。ちなみに誰かが遭難しかけたとかそういうのはなかった。
「その後、実乃梨ちゃんに……振られたんだ。」
「ああ、というか振ってもらったんだ。」
「そっか……。」
確かに実乃梨には好意を持っていたが、あの後で竜児の心はもう別の存在に占められていた。振ってもらうために
改めて気持ちを伝えたのは、竜児なりのけじめである。亜美の見た感じでは実乃梨も脈なしではなかったように
思うのだが、自分にとっては好都合であるし、何より一度はなかったことにしようとした臆病者にかける情けなど
ないとばかりに何も言わずにいた。心の中で実乃梨に対して少しだけ舌を出して、少しだけ謝りながら。

「……んで、泰子の実家行く時に大河が着いてきてな。少し慰められたりした。」
「ふーん、タイガーと一緒だったんだ……へー、そう。」
「なんだよ? 大河は割といい奴だぞ? ドジでわがままだけど。」
「知ってる。ドジでわがままだけど。」
教室での反応といい、大河が竜児に本気になったのはこの辺に何かがあったのは間違いないと亜美は踏んでいた。
ともあれ自分がいなかった時に起きたことである。それはそれとして、相手が実乃梨から大河に代わろうとも
元より引く気などない。自分も真っ向から受けて立つ覚悟を固めていた。
「にしても料理人かぁ……イタリアンとか?」
「特にどれをってわけじゃなかったけどな。もしかしたら本場に修行に行ったりしたかもしれん。」
「それもいいけど、亜美ちゃんのマネージャーになってみたりしない? 強面なのも使い方次第で武器になるわよ。」
「はは、それもいいかもな。」
竜児は冗談として受け取ったが、亜美は半ば本気である。きっと竜児ならば自分のために全力を尽くして
マネージャーをしてくれるだろうという、確信めいた予感がある。おまけに仕事中でも一緒にいられるし、
何よりもこの業界、マネージャーと結婚することはそう珍しくないのだ。そんな皮算用的な打算が亜美にはあった。
「給料弾んじゃうから考えといてね? …で、まだあのチビ虎の世話焼いてんの?」
「ああ、相変わらず……いや、ちょっと違うか。あいつもお袋さんが再婚した相手との間に産まれた弟と最近会ってな、
 随分な可愛がりようだったぜ。」
竜児はソフトな表現を用いていたが、実際のところ猫可愛がりという表現では生ぬるい虎可愛がりとでも言うべき
溺愛振りであったという。
「あのタイガーが、ねぇ。」
「今も時々会いに行ってる。その度に写メ送りまくってくるんだあいつ。」
赤ん坊の(しかもほぼ無関係の)写真で携帯ン中がパンパンだぜ、な高校生男子というのもそうはいないだろう。
それほどまでに大河の愛顧は深い。妙な母性本能に目覚めて離乳食まで作ろうとしていたがそれは周囲が引き止めた。
そんな感じで今まで通り、特に大河の父親が事業で失敗とかもしなかったので、竜児にとっては今でも隣の家に
住んでいる家族といった間柄である。大河の方はそれだけに留まりたくないようだが。
「それで、大学行くんだ? どこ? まさか東大とか?」
「まさか。具体的には決めてねぇけど、国公立のどこかには行きたいな。浪人なんかして泰子や祖父さんにも
 必要以上に負担をかけたくねぇしよ。現役で入れそうなところを狙うつもりだ。」
「私は本格的に女優やるつもりだけど……再編入だし、文系でクラス別になっちゃったのは残念かな。
 ……タイガーも文系じゃなかったっけ?」
「ああ、大河は一刻も早く父親の庇護から抜け出たいみたいだったけどよ、急がば回れだからとか言って急に理系に
 変えやがったんだ。元々成績は悪い方じゃなかったし、ちょっと勉強教えてやったら北村や俺と同じクラスに
 入っちまうほどになったよ。」
「理系に変えたのって……もしかして竜児がお祖父さんたちに会ってから?」
「ん? 確かそうだが何で分かったんだ?」
「勘よ。」
主に女のそれが、推測を確信に変える。これが川島亜美が逢坂大河を明確に敵として認識した瞬間であったという。
 離れていた時のことをお互いに一通り話し終え、沈黙が訪れる。視線を外すでもなく、言葉を交わすでもなく、
代わりに手の中にある程よく温まった液体で喉を潤す。悪い気分ではない。またこんな日が来るとは竜児は
思っていなかったし、密かにこの日の再来を願っていた亜美にしても確信があったわけではなかった。
少なくとも別れのあの日には。そして今、その日が訪れたのだから。
「あの日も、そこの間に挟まってたよな。」
「……うん。」
何かあるとよく彼女を見かけた隙間。ここに来る度に誰かいないか確かめるのが、少し前にできた竜児の新しい癖。
「私が竜児を本当に好きになった日ね。」
「おう!? ……変わらねぇな、そういう物言いは。」
「ううん……私、変わったと思う。ねえ覚えてる? 人の言葉には嘘が含まれてるって話。」
「ああ、そんな話も……したな。」
竜児はその話の後のことまでも鮮明に覚えている。忘れようはずもない、自分が覚えている限りで生まれて初めて
感じた熱のこと。言葉を紡ぐ亜美の唇を見ていると、あの時に感じられた熱が再び甦ってくるような気がして、
視線を少しだけ逸らし頬をかいた。

「ね、今から3分だけ、私の言うことを全部信じてくれる?」
「3分? ……おう、分かった。」
亜美が瞳を閉じる。それも数秒のこと、開かれた眼差しは真っ直ぐに竜児を射抜く。
「私ね、これから竜児には、竜児にだけは絶対嘘は言わないから。」
「川嶋……。」
「秘密、ならちょっとは持つかもしれないけど……もう竜児への言葉に嘘は混ぜない。それと好きよ。大好き。」
「おう……っておいっ!?」
まるでついでのように告白された竜児の理解は3秒ほど遅れた。その遅れを亜美は待たない。
「私のことをそのまま受け入れてくれたのは竜児だけ。私のことをストーキングするぐらいのファンだって、
 本当の私を見せたら逃げちゃった。……多分、あの後からずっと好きだった。」
「う、んん……。」
呻くようにしか竜児は返せない。単純に照れくさいのである。
「竜児は……本当の私だったら、好きになる?」
「俺は……。」
「っていうかこんな可愛い亜美ちゃんが好きだっつってんだから、答えなんかひとつしかないと思うけど?
 決まってるよね? 答えもう決まってるよね!?」
「お、おい川嶋……ちょっと落ち着け。」
異常なテンションで迫ってくる亜美を改めて見れば、湯気が出るのではないかと思うほど赤面していた。きっと自分も
そうだろうと顔面の熱さから竜児は推測する。事実そうだったが。
「しょうがないじゃん! 本当に好きなんだから!」
二人きりで剥き出しの自分をぶつけた結果、年相応の少女がそこにいた。
「少なくとも、嫌いじゃねぇよ。上っ面だけのお前よりずっといいと思う。……それと俺もちゃんと言わなきゃな。」
竜児の間近にまで迫っていた亜美の顔が思わず強張る。夢にまで見たその言葉が竜児の口から
「お帰り、川嶋。」
「うん、ただいま…って、なにそれ!? なんでこの流れでそれなのよ!」
出なかった。流石の竜児とてこの状況で選ぶべき選択肢が分からないわけではないのだが。
「す、すまん川嶋! だけどもうちょっと待って欲しいんだ。今の俺じゃまだお前の気持ちを受け取れねぇ。」
「大河のこと?」
「……それもある。でも必ず本当のお前に答えてみせる。だからそれまで、その気持ちは預からせてくれ。」
「ふぅ〜ん……まぁいいわ。預けてあげる。この亜美ちゃんが待つなんて、本当に特別なんだから。」
もしかしたら拒否されるかもしれない。ほんの僅かではあったが亜美の内心にその疑念がなかったわけではない。
もしもそのようなことになれば、きっと自分は竜児の胸を借りて泣けるだけ泣くだろうことが容易に想像できる。
ひょっとしたら形振り構わず凶行に走ったかもしれない。それだけ亜美の心根は臆病であったと言えよう。
だが竜児は答えてみせると言った。今はその言葉をもらえただけで亜美は満足、とはいかないまでも十分。
「だから、早く答えをちょうだい。」
「……分かった。そろそろ戻るか……ん?」
壁を背に立ち上がりかけた竜児の前で亜美が左右を確認していた。次の瞬間には竜児の視界はほぼ塞がり、
唇に覚えのある熱と柔らかさを感じる。数秒の後、視界が開けた先に亜美の笑顔が現れた。
「ただいま、竜児。」
周りに誰もいないことを確認した亜美が仕掛けた不意討ちは見事に成功。竜児は壁に背を擦りながら再び
座り込んでしまった。思わず唇を指でなぞり、今あった感触を反芻してしまう。
「まったく……敵わねぇよ、お前には。」
「そんなこと、ないよ。」
亜美の差し出した手を掴んで立ち上がると、缶コーヒーの残りを一気に飲み干しリサイクルボックスに放り込む。
ここに来る直前まで走っていた亜美はもう既にミルクティーを空にしており、同じように投げ込んだ。
「行こっか。」
「おう。」
手を繋いだまま教室に戻ってしまった二人が、もう一悶着起こすのは別の話。

 川嶋亜美は大橋高校に戻ってくる際、本人の強い希望で一人暮らしを始めている。家賃は別として、希望としては
オートロックでセキュリティがしっかりしており、家具付きで広く通学に不便のない所というものであったが、
手頃な物件はすぐに見つかった。っていうか知ってた。
「なんであんたが引っ越してくんのよ……。」
「そんなの亜美ちゃんの勝手だしー。あ、これ引越し蕎麦ね。」
逢坂大河の住むマンションの上階が、現在の亜美の住居である。亜美が挨拶代わりに大河に持ってきたのは、
インスタントのカップ蕎麦であったという。そして人一倍お人好しで掃除好きな高須竜児が、この機会に際して
何もしないわけはない。強硬に断られでもしない限り、頼まれなくても手伝いにやってくる。そういう人間なのだ。
そのこともあって竜児には出前で取った本格的な蕎麦が振舞われたが、怒った虎によって大部分を略奪されたのは
言うまでもない。そのようにして近所に居を構えた亜美は、高須家に頻繁に出入りするようになったのである。
「いらっしゃいこの泥棒チワワ。」
「お構いなく、負けタイガー。」
「なんなんだお前らのその挨拶は……。」
 先に高須家に上がり込んでいた大河が家主の代わりに亜美を出迎え、ようやく話は冒頭まで戻る。
食事も終わり泰子を仕事に送り出した後、ゆっくり過ごしたいと思うのはこの部屋の住人の共通意見である。
少し前ならインコちゃんを愛でたり、竜虎が共に遊戯に興じたり、虎が傍若無人な我侭で竜に牙を剥くといった
光景が見られたが、今はもっぱら修羅場一歩手前であった。
「ちょっと、いい加減帰りなさいよタイガー。」
「私が家族の家に居るのは私の勝手でしょ。」
竜児と亜美の仲はこの二週間で大分緊密なものになっていた。過度に公共の場でイチャついて不純異性交遊で
停学になりかかったり、担任の独神が二人をかばった後で血の涙を流したり、大河が竜児にとっては家族であって
妹みたいなものでしかないことを告げられたり。そのような段階を踏んで今に至る。竜児にも大河を異性として
見る目がなかったわけではないが、二人はきっと近過ぎたのだ。そして機会が足りなかった。竜児の心に空いた
櫛枝実乃梨の形の穴を塞ぐように、そこに亜美が入り込まなければこうはならなかったのかも知れない。
二人が恋人同然になっても、大河は竜児との距離を変えようとはしなかった。今も弁当は作ってもらうし、
平然と高須家に来ては夕食を馳走になる。それは半ば竜児に対する意地と気遣いであり、自分の領域であった場所に
踏み込んできた亜美を、竜児と二人きりにさせまいとする半ば嫌がらせでもあった。亜美は亜美で大河の心情を
知りつつ竜児の傷心に付け込んだ負い目があり、そんな大河を無碍にできずにいる。とは言え、自分がいない間に
竜児にフラグを立てられなかったのは大河の落ち度であり、過剰に塩を送ってやる義理もない。
「もう竜児と亜美ちゃんとの甘い夜が始まるんで、お子様タイガーはさっさと寝たらいいと思うんですけどー?」
「あーはいはい分かったわよ。耳栓して寝るから好きなだけ盛ってなさいよエロチワワ。」
「はーいおやすみなさーい、振られタイ……うっ!」
虎の眼光がチワワを射抜く。思わず固まった亜美をそのままに、事態を静観していた洗い物中の竜児に一瞥をくれると
大河は玄関から出て行った。手放しで二人を祝福できるようになるには、まだ時間が必要なのだろう。最終的には
自分の立場を弁えて本修羅場になる前に大河が引くのだが、こうした衝突は学校などでもしょっちゅうあった。
「………ほどほどにしとけよ。」
口を開いた竜児はそれだけ言うと、皿を一枚水切りかごに置いた。未だ消化しきれぬものを抱えながら。
 夕食を終えて一通り家事も済ませると、残り少なくなった一日で竜児がやることと言えば受験生としての勉強、
入浴、そして寝るぐらいのものである。それも急ぐほどのものではなくのんびりできる、要は暇になったのだ。
それは亜美にとっても待ち望んでいた、ようやく訪れた二人の時間である。そこで亜美がすることはひとつ。
「りゅ・う・じ♪」
竜児の背中に柔らかい感触。当ててんのよと言わんがばかりの密着振り。流石に二人だけともなれば竜児もそれを
制止しようとはしない。自惚れでなければ、自分の想いは相手と通じ合っていると確信するが故の接触。
「………。」
「なんか言ってよ。」
だというのに手応えは今ひとつ。亜美は未だに竜児から恋人として囁かれるべきあの言葉を聞けていなかった。

「……おう、なんつーか柔らかい。」
「それだけ?」
「他に何言えってんだよ……。」
「したくならない? 私と。」
「………。」
「私はしたいよ。竜児とひとつになりたい。」
再び黙り込んだ竜児に、今日こそはという決意を込めた言葉が響く。
「川嶋、もうちょっと自分を大切にというか考えてだな……。」
「考えてるわよ!」
焦れた亜美が竜児を身体ごと振り向かせる。
「竜児しか考えられない。竜児以外何もいらない。それじゃ駄目なの?」
「……俺には、そんな価値は……。」
目を伏せた竜児を見て亜美は悟った。『極めて低い自己評価』、それが最後の障害であることを。
 高須竜児という少年は己の出自を知った際に「ああ、やっぱり」という感想を抱いた。それは幼少の頃より
他人から疎んじられていた原因である禍々しい外見が、母と自分を捨てた父親より受け継がれたものであったから。
自分は汚れている。その思いを抱えつつも竜児が非行に走らなかったのは奇跡的とも言えよう。その代わり、
偏執的なまでに掃除を行い汚れを許さない性質が育まれたのには、このような根幹が存在したためである。
そしてそのような父親と同じにはなるまいとして、高須竜児という人格は禁欲的に構築されているのだ。
「……ざけんな……。」
「え?」
「ふざけんなって言ってんのよこのダメ犬がぁ!」
亜美の怒りと悲しみが炸裂した。大河が何故未だに竜児を犬呼ばわりしているかが今なら分かる。自分が惚れた
相手だからこそ奮い立って欲しい。犬なんかではなく竜だと立ち上がって欲しいのだ。そしてこの気持ちを
真っ向から受け止めて貰いたい、そう思うからこその不器用な叱咤激励だった。
「私も! 大河も! そんなあんたに惚れたっての!? これ以上くっだらねーこと抜かすとブン殴るわよ!」
「お、落ち着け川「落ち着けるかぁぁー!!」
襟首を掴んで引き寄せる亜美の手は、さながら万力のごとき感触を竜児に錯覚させた。間近に迫るは憤怒の形相。
なまじ美人が怒ると恐ろしいが、亜美のそれは竜児の凶眼もかくやという勢いである。
「あんたがどう思おうと! 私が好きなのはあんただけ! だからしたい! 文句ある!? それとも竜児は
 見栄っ張りな私なんかとはしたくないって思うわけ!?」
「んなわけねぇだろ! お前は本当に、その……可愛いし。したくないなんてむしろ……あ。」
竜児が細々と釈明をしていると、眼前の憤怒の形相はいつの間にか和らいでいた。
「ね? 自分を否定なんかしたらあんたを好きだって想ってくれる人に失礼だって思わない? こんなのは結局、
 お互いを好きだって想う同士であれば他に何もいらないんじゃないかな。私はそう思う。」
「……俺の親父のことは知ってるよな。今子供ができたら、お前にまで泰子みたいな苦労させちまう。」
ここで堕胎という選択肢が浮かばない辺り、この少年の純真さがうかがえよう。
「きっとそれは望んでした苦労なんじゃないかな……? それにその苦労は父親がいなかったからでしょ?
 竜児はそうなったら私と子供を置いてどっか行っちゃうんだ?」
「い、一緒にすんなよ……そんなことはしねぇ。一緒に育てるに決まってる!」
「なら大丈夫じゃない? 竜児は、私が好きになった男はあんたの親父とは違う。」
「そんな汚れたろくでなしの血が俺にも流れてる……それでもいいのかよ?」
「……いいよ。汚れてるならそれも全部受け止めてあげる。竜児になら……ううん、竜児に汚されたい。」
こうまで自分の全てを受け止めようとしてくれる相手を母以外に知らなかった。そんな相手にめぐり逢えたこと自体、
奇跡と言えるのかもしれない。そしてその言葉には一片の嘘も含まれていないのだ。今は竜児自身がそれを信じたい
気持ちになっている。気が付けば竜児は亜美を抱き締めていた。視界が歪み、頬を伝った涙が亜美の髪を濡らす。
「いいんだな? 本当に俺でいいんだな!?」
「いいに決まってるじゃない!」
「じゃあ言うぞ川嶋! 好きだッ! 俺と、俺と結婚してくれー!!」
「……うん、する! 結婚する!」
夢見た言葉をついに聞き、愛する男の胸元に顔を埋めて亜美も泣いた。やがてお互いに涙が溢れる瞳で見詰め合うと、
どちらからでもなく唇を合わせる。最初は長めに、次いで息継ぎを挟んで短く、何度も、何度も、互いに伴侶と決めた
相手と抱き合いながら。合わせた胸から激しく伝わる二つの鼓動が融け合い、生きる意味がそっと変わる瞬間。

「んっ……!」
不意に竜児の口内に侵入したのは亜美の舌。驚いて開いた歯を潜り抜け、竜児のそれを絡め取ろうとする。
思わず舌を引っ込めようとする竜児だが、狭い口内にそのような逃げ場はなくすぐに捕まってしまい、亜美の
唾液まみれにされてしまう。そうなると負けじと自分からも亜美の舌に絡み付こうとする。唇とはまた違った
柔らかさを持つ器官同士が絡み合い、擦れ合う感覚は今までとは明らかに一線を画す感覚を二人にもたらした。
そこで唐突に亜美が離れる。
「ぶはっ……はあっ、はあっ……。」
夢中になりすぎて呼吸を忘れるほどの充足感であった。それを感じていたのは竜児もであり、亜美の呼吸が
落ち着いたのを確かめると、もう一度それを感じたくて今度は自分から亜美の領域へと舌を伸ばす。
「ん……んんっ、んふ……。」
舌先同士が触れる。お互いの舌の味は脳を蕩かすように甘く感じられ、擦れる度に背筋を『気持ちいい』何かが
通り抜けていく。互いに技巧など持ち合わせず、自分がしたいように、それでも相手を知りたくて、相手に自分を
伝えたくて、触れ合う。竜児が意図的に唾液を流し込んでみると、亜美の舌を伝って喉が鳴る感触が伝わってくる。
本当に全てを受け入れてくれるのだということを亜美に身体で示され、竜児は感激に打ち震えていた。
続いて亜美の舌もお返しとばかりに唾液を運んでくる。当然それを受け入れるのには何のためらいもない。
相手の内側に踏み込んで体液を交換しようとするそれは、浅い段階にせよ性行為であると言ってもよい。
お互いに他人から『気持ちいい』を与えられるのは初めてであり、それを止めるものもなければ自然と
貪るように求め合ってしまう。そして若さが故の愛欲はこの程度で満たされはしない。
(……硬くなってる……。)
気付けば亜美は下腹に硬質な感触を覚えていた。愛する相手が自分を求めてくれている確かな証に、
乙女は歓喜と不安の混じった感情で震えたが、求める意思が一歩を踏み出させる。
「……竜児の部屋、行こ?」
「じゃあ俺は風呂に……」
「そのままでいいよ。私は来る前に家で浴びて来たし、それに竜児を今すぐそのまま受け入れたいから……。」
入浴していないことを思うところがないわけではないが、竜児はそれにうなずくと亜美の手を引いて自分の
部屋の戸を開く。自らを戒めていた全てから解き放たれた今、年齢相応の性欲が竜児を突き動かしていた。
押入れから敷布団だけを乱暴に広げて、思い出したように居間の電気を消しに部屋に戻り、後ろ手に部屋の
戸を閉める。らしからぬ段取りの悪さは本人も気付かぬ緊張によるものか。
「もういいから……しようよ。」
「お……おう。」
薄暗い部屋にカーテンを引こうとしたところで呼び止められた。呼び止めた当人は布団の上に座ってワンピースを
脱ぎ始めており、慌てて竜児も部屋着のスウェットを脱ぎ始める。ほどなく二人とも下着のみの姿になった。
「来て……。」
布団に身体を横たえて亜美が誘う。暗がりに浮かび上がる純白の下着は色こそ平凡であったが、そのデザインは
精緻であり、相当気合を入れて身に付けたであろうことが伺える。泰子の下着を普段から扱っている竜児にも、
それがかなりの代物であることは理解できた。しかし、竜児がより注目するのはそれに包まれた肢体である。
他人に見せるために磨き上げられたそれは、本人が自画自賛したくなるのが納得の出来映えであった。
滑らかな肌には傷はおろか無駄毛の一本すら許されず、彫刻のように美しい腹部のくびれには控えめなくぼみが
顔を覗かせ、それでいて手足の肉付きは細過ぎず太過ぎない絶妙のバランスを保ち、白布に包まれた女の象徴たる
二つの山は男の本能を刺激しっぱなし。はちきれそうなブツを抱えている竜児がそれに抗えるはずもない。
「川島っ!」
「きゃんっ……もう、名前で呼んでよ。」
「ああ、悪い……亜美。」
「竜児……ん……。」
思わず覆い被さってしまったところでたしなめられ、少し冷静になった。見詰め合って手を握って、
まずは確かめるように唇を合わせる。軽く舌を絡めてから頬に、目蓋に、耳に、思いつく場所に口付けていく。
「……んっ。」
首筋にした時、明らかに今までとは違う反応。嫌がってる風ではなかったので舌先で舐めてみる。
「んっ、んふっ……くすぐったいよ……。」
なんとなく悔しくなったので、再び首筋を舐めながら右手を脇腹に這わせる。手に吸い付いてくるような感触を
心地良く思いながら、少しづつ上を目指す。やがて肌とは違う感触、それに沿って背中に手を潜り込ませる。

「脱がすぞ?」
亜美は協力的に身体を転がし横寝になる。それを同意と受け取った竜児も同じように向かい合わせに横寝になり、
背に回された右手が淀みない手つきでホックを外す。洗濯で泰子の下着に触れる経験の多かったことが活きた。
少し身体を起こした亜美の腕を通し、乙女を守る最後から二番目の防壁が抜き取られる。
「おお……!」
思わず声が出る。亜美から渡された自身のアイドルDVDはその身体の美しさを十二分に収めていたが、それでも
ある領域以上を観るのは想像に頼るしかない。その領域が今、竜児の目の前に拓かれた。その手の雑誌や
ネット上の画像、一応(事故的な偶然であったが)実物を見たこともあったが、今まで見たどんなそれよりも
綺麗で、可愛くて、エロい。そう思えた。惚れた贔屓目だとしても、偽らざる竜児の本心である。
「見てるだけじゃなくて触って……いいよ。」
「おう……。」
恐る恐る触れたそれは、つきたての餅のような弾力と吸い付いてくるような感触でその手を受け止める。
かと思えば崩れることもなく、さながらプリンのように緩やかに揺れるのだ。プリンの頂点に飾り付けられた
さくらんぼも慎ましく震え、明るい場所であったなら淡く艶めいた姿で食べて欲しそうに踊ったことだろう。
窓からのわずかな明かりは、竜児の手の中にある二つの球体をはっきりと見せはしないが、それ故に感触を
より正確に伝えると共に劣情を煽り立てる。
(やわらけー……ここはちょっと硬いな。)
そう思いながらつまんださくらんぼを優しくこねると、指の間でみるみる硬さを増していく。
「んぁっ……あっ!」
その様があまりにも可愛らしかったので、思わず竜児は吸い付いてしまう。赤ん坊の頃したように。
そうしていると頭にそっと腕が回されて抱き締められる。竜児がおしゃぶりに夢中になっている一方で、
亜美は痺れるように湧き上がる感覚を抑えられずにいた。それは別の感覚によって阻害される。
「ぃたっ!?」
「すっ、すまん川……亜美。大丈夫か?」
「ん……平気。ちょっと歯が当たっただけだから。」
痛みはあったがそれだけではない痺れが増しているのも確かで、亜美は続きをうながす。歯を立てないように、
痛みを和らげるつもりで再び口付けられたそこは甘い痺れを増し、痺れは全身へと広がっていく。
「はあぁぁ〜……ふふっ。」
ため息ともあえぎともつかない吐息と笑顔が漏れる。亜美は離れている間、竜児を想って何度か自分で自分を
慰めたこともあったが、竜児に『される』ことがこんなにも嬉しいなどとは想像できなかった。全部をあげたくて
全部を欲しいと想う相手に、こうまで求められ夢中にさせられる自分が誇らしくすら思える。
「んんっ! ……んふぅ。」
竜児の頭を抱きながら身体を震わせ、亜美は小さな波を乗り越えた。
「今度は、私にさせて。」
額に汗をにじませながら亜美は身体を起こす。その視線の先には、下着では隠しようもない隆起がある。
「うわ、すご……。」
トランクス越しにそっと触れたそれから、布地の上からでも硬さと熱さが伝わってくる。しかもより鮮明に
雌を求める若い雄の血潮が脈打つのが分かるのだ。そして狂おしいほど相手を求めているのは竜児だけではない。
亜美が手ずからトランクスを脱がそうとするが、突起に引っかかったりでうまくはいかない。
「自分で脱ぐって。」
「う、うん……。」
身体を起こした竜児が最後の一枚を脱ぎ捨てる。流石に気恥ずかしい。
「そんな近くでまじまじと見んなよ……おうっ!?」
というのも、完全に直立している一物を亜美に至近距離で観察されているからに他ならない。ほどなく美しい指が
優しく包み込むように、そそり立つ剛直に絡みついた。が、それきりである。
「ビ、ビクビクしてる……ちょっと大き過ぎない?」
「そうでもない……と思う。比べたわけじゃねえけど平均ぐらいじゃねえかな?」
「どうしたらいいのこれ……?」
「えっと、そうだな……まずは……で、指で輪を作る感じに……」
男を悦ばすための方法は心得ていないらしく、竜児は自分のやり方をかいつまんで説明した。それを聞いた亜美は
まず唾液を鈴口に垂らすと、それを潤滑油代わりにして両手を上下させ始める。

「こう?」
「ああ、そんな感じ……もうちょっと強くてもいい。」
禁欲的だったこともあって、回数自体は同年代の少年に比べかなり少なかった竜児の自慰は、もっぱら唾液を
潤滑油代わりとしていた。こんにゃくなどの食材を用いるのはMOTTAINAIの精神に反するし、高須家の経済状況では
ローションなどを買う余裕もない。厳密にはないわけでもないが、そんな余裕があれば業務用洗剤を買ってしまうのが
高須竜児という高校生主夫なのであった。結果として自慰ですら身近なものを活用することになる。
「うっく……!」
「い、痛かった?」
「いや大丈夫だ。割とすぐ乾いちまうからな。」
回数が少なかったのには、唾液が潤滑油として使いにくいという側面があったせいもある。幸か不幸か竜児は
包茎でなかったため、包皮を自慰に用いることができないでいた。代わりに清潔さを保ててはいたのだが。
唾液を付け直す亜美だが、竜児を気持ちよくしようと摩擦すればすぐに乾いてしまうため、その度に付け直すのは
効率的とは言いがたく、いまひとつ手応えを感じられない。
「あ……こうすればどうかな。」
「お? おおおッ!?」
それは純粋なひらめきであった。いちいち唾液を付け直すのが面倒なら、常に唾液塗れの状態にすればいいし、
指で輪を作って摩擦するのも唇と舌でやればいい。亜美の今の行為を一言で表すなら、『フェラチオ』がもっとも
適切であろうことは疑いようがない。その名称すら知らぬまま亜美は口腔で奉仕する。
「風呂入ってないってのに……うおっ!」
人体の中でもっとも柔らかいとされる部位が粘膜を摩擦する。本来、食事のために使われる部位を用いた奉仕は、
竜児をどこかいけないことをしているような気分にさせると同時に、性器を直に舐めてまでしてくれることへの
ある種の感動を巻き起こしていた。禁欲的ではあったが興味がないわけでもない竜児は、この行為の存在を
知ってはいたが、それを求めるには入浴していないというはばかりがある。そんなものを一足飛びにして亜美は
竜児を咥え込んでしまう。汗を流していない性器はむせ返りそうな雄の匂いを伴っていたが、むしろ亜美はまたひとつ
竜児を知れたことに喜びを見出していたし、男性自身を口に含むことさえ、それが竜児のものであるというだけで
嫌悪感はない。むしろ妙な愛らしさを亀の頭のような形状の器官に覚えていた。
「ぷはっ……どう? 気持ちいい?」
「いいけど……亜美お前、ほんとエロいな。」
「嫌?」
「嫌じゃねえけど……好きだ。」
それに対しての答えはこれだとばかりに亜美は再び竜児を咥え込む。大味に吸い付いたり舐め回したりする程度の
単調な愛撫ではあったが、同じく経験のない竜児にはちょうどよい。そうしている内に亜美の舌先は未知の味を覚えた。
鈴口から漏れる先走りの味、それが竜児の味であると理解すると、鈴口ばかりを舌で攻める。それを味わって飲み込み、
自分に取り込む度に胸の奥が熱くなる気がした。
「うっ、そろそろいいぞ? ……でないと出ちまう。」
自分でするのとは違って緩やかに、しかし確実に射精へ至る階段を登りつつある竜児は、亜美の頭を撫でながら
そう促したが、亜美の方はやめようとはしない。男が持つ精子、自分の中にある卵子と結びついて新しい命を
誕生させるそれがどんなものか、なんとなく興味があった。
「おっ、おい! ほんとに口に出ちまうぞ!?」
思わず腰を引こうとした竜児だが、その腰には亜美の両腕が回され逃げることを許さない。形のいい胸が潰れて
竜児の太ももに押し付けられる。亜美は鼻息も荒いまま離れようとせず、激しく頭を上下させてラストスパート。
背中を丸めながら布団をきつく握り締め堪えていた竜児に限界が訪れた。
「でっ……うぅーッッ!!」
「んんッ!? ……んっ……ぷあっ!」
糊のような精液が弾ける。竜児は歯を食い縛り堪えようとしたが、一度決壊したそれを止めることはできず、
他人によって与えられる初めての射精の快感に脳をかき回されていく。そのあまりの勢いに亜美は口内で射撃中の
砲塔の固定に失敗、発射された白い砲弾は容赦なく亜美の顔面や胸に降り注ぐ。熱いほとばしりを可能な限り
その身で受け止めて少し咳き込み、それから喉を鳴らす。
「はぁ……はぁ……だ、大丈夫か?」
「けほっ……うあ、にっが! 勢いもそうだけど味も凄いのね、これ……赤ちゃんできるのも納得かも。」
「なんだそりゃ……確かに美味いもんじゃないとは思うが、って飲むのかよ……。」
「いいの、竜児のだから。」

率直な感想を述べながらも亜美は身体についた精液を手で拭い、舐め取っては飲み込んでいく。脱力感を伴う余韻に
包まれながらも、竜児もティッシュを何枚か抜き取って自分の吐き出した欲望を拭き取るのを手伝う。
「あとは……ここね。」
仕上げにまだ硬さを失わずにいる肉の大樹に亜美は口付ける。先端から垂れた樹液を裏筋を辿って丁寧に舐め上げ、
尿道に残るものさえ吸い出されると、達した直後の敏感な場所を触れられる快感に呻きながら、竜児の大樹は完全に
硬度を取り戻す。
「気持ちよかった?」
「ああ、すま……いや、ありがとな。」
詫びかけて止め、代わりに礼を言って亜美を抱き締める竜児。亜美は自分の意思で竜児を受け止めてくれたのだ。
唾液以上に『汚い』体液を受け入れてくれた感激もあるし、それに対し詫びるのは不敬であろう。だから感謝を
身体全体で伝えた。抱き締めて唇を合わし、自分の精液の味が残っているのも構わずに舌を絡ませ、亜美をゆっくりと
押し倒しながら。
「ん……いいよ。」
亜美のこの一言だけでお互いが求めていることは伝わる。竜児が乙女を守る最後の防壁に手をかければ、亜美の方は
腰を浮かせてその侵攻に応じてしまう。なんの抵抗なく亜美の両足から湿り気を帯びたそれが抜き取られると、
ついに二人を隔てるものはなくなった。暴かれたのは整えられている薄い茂み。そこを焼き尽くさんがばかりの
凶悪な視線が注がれているのを亜美は感じる。もちろんそれはただの勘違いであり、単に年相応の興味でもって
目の前の少年が裸の自分―――その最も秘すべき場所を見つめているのを理解していた。羞恥は今までで最大。
だがそれ以上に自分の全てをこの愛すべき目つきの悪くも心優しい少年に捧げたいと思う気持ちが勝る。
「………!」
自分は今、ひっくり返ったカエルみたいな格好をしているに違いないと亜美は思う。足を大きく広げて全てを竜児に
さらけ出しているのだが、なんとなく自分の腕で目隠しをしているからだ。それは自分が見えていないから相手も
見えないと思い込みたくなる心理による逃避であったが、当然そのようなことで竜児の視線を遮ることはできない。
暗がりに目が慣れてきたこともあって、汗ばんだ亜美の身体は余すことなく竜児に見られていた。特に開かれた
足の根元であり、亜美の身体の中心からは視線を外すことができない。実際に見るのは初めてのそこに顔を近づけ
観察すると、汗とも違う液体で濡れているのが分かる。汗でない匂いがするのもそのためだろうかと推測し、
濡れた花弁にそっと触れる。亜美の身体が一瞬震えたが構わず、しかし慎重に二本の親指で花弁が割り開かれていく。
「すげえ……綺麗だ。」
「……バカ……。」
恥ずかしさのあまりこぼれた憎まれ口は、小さ過ぎて竜児の耳には届かなかった。まだ直に触れられてもいないのに
蜜を溢れさせ始めていた花、それしか見えなくなるほど集中していたという方が正確だろうか。開かれて姿を現した
『ひだ』は慎ましく上品に花を飾り立てる。空気にさらされてひくついた粘膜から立ち昇る雌の匂いに、
誘われるように顔を寄せる。
「痛かったら言えよ。」
「ん……ぃひっ……ひゃぁあっ!」
前置きから指で触られるのかと亜美は予想していたが、実際は口付けであった。舌が優しくも執拗に最も敏感な
場所を這い回り、塗りたくられる唾液と湧き出す蜜で花はますます潤っていく。蜜は決して甘くはない。
だが男を惹きつける成分をふんだんに含んでいるかのように竜児の舌を痺れさせ、虜にしていた。その勢い、
砂漠を歩いた旅人が渇きを潤さんと水を欲するがごとく。
「い…!」
「い?」
「いい、よぉ……! 気持ちいいのぉ……!」
自分で慰めた時には想像もできなかった舌での愛撫は、確実に亜美の下半身を蕩かしていく。気持ちいいのであれば
竜児に止まる要素はない。今はただ亜美の『女』にむしゃぶりつき、全てを味わいたかった。
「はぁ…あぁっ、いぃ……んひぃッ!?」
蜜の湧き出す辺りを舌で味わいねぶる。その中心にもすぼめた舌先で少しだけ入り込むと、より濃厚な味に舌先が痺れる。
聞こえる息遣いに悦びの声が混じる頃、竜児はその標的を変更する。普段包皮に包まれていて、男の持ち物と類似した
突起に舌先を滑らせる。

「それッ……ダメ! すぐにっ、ダメなのぉッ!」
亜美がしてくれたように竜児も吸い付く。自分の時もやめてもらえなかったので、半ばその意趣返しに突起自体を
潰そうとするように舌は動き続ける。限界はすぐに来た。
「ふぐッ……ん〜〜〜〜ッッ!!」
仰け反った背中が頭を布団に押し付ける。亜美が歯を食いしばって耐えると波はすぐに引いていった。その快感は
男の刹那的なそれに似てはいたが、それでも女は幾分か余韻が長い。正座から開放された時にも似た甘い痺れが
濡れそぼった中心から竜児が離れても続いた。空気に触れた秘芯が気化熱で冷える。それも数秒のことであり、
冷えた分を補って余りある熱量を持った物質が花弁にあてがわれる。
「ほんとに、できちまうぞ?」
それは竜児からの本当に最後の問いかけ。この期に及んでやめるなどという選択はお互いに存在しなかった。
亜美はそれにうなずくと、自分からも問い返す。
「一応、安全日だから……だけど、あのね? 『アレ』ならワンピのポケットに入ってるから。」
代名詞が何を指しているかは竜児にも察しはつく。一般的に避妊に用いられるゴムないしポリウレタン製品をあらかじめ
用意する辺り、亜美の本気と周到さがうかがえる。竜児は内心で舌を巻きながら脱ぎ捨てられた服に手を伸ばした。
が、その手を止めたのもまた亜美の声であった。
「できれば……つけてほしくないな。」
「……? なんでだ?」
「初めてだから……初めてぐらい、竜児をそのまま受け入れたい……そのままひとつになりたい。ダメ?」
それは初体験を夢想しながら自分を慰めた際、漠然とあった願望。
「………。」
「私の希望、っていうか単なるわがままだって分かってる……だから使うかは竜児が決めて。」
伸ばした手は服まで届かず、亜美の膝の裏へと添えられる。
「名前考えといた方がいいか?」
「バカ……ごめんね、でも……ありがとう。」
「いいさ、俺だってそのままで亜美と繋がりたいって思っちまったし。」
理性的な愛が故に隔たりを持とうとする一方で、本能的な愛が故に隔たりを除こうとする。今回は本能的な愛が
竜児の中で勝った。あとはひとつになるだけ。
「いくぞ。」
「来て……。」
深呼吸してから狙いを定める。口での愛撫で場所が確認できていたので迷いはない。そのまま腰を沈めると、
抵抗を受けながらも未だ誰も触れたことのない場所へと竜児は入り込んでいく。
「いっ! たぁぁッッ! へ、平気ッだからそのまま……!」
「お、おう。」
文字通り身を裂かれる痛みが亜美を襲うが、歯を食いしばってそれを堪えて竜児を促す。竜児は懸命に痛みに耐える
亜美を心苦しく思いながらも、健気に全霊を持って自分を受け入れてくれる恋人に応えるべく侵入を続ける。
そうして粘膜の間を割り進んでいくと、ついに先端に今までと違う感触を覚えた。亜美の最奥まで全てが
竜児の『男』によって『女』に塗り変えられた証。
「大丈夫か?」
「はぁっ……はぁーっ……うん、大丈夫。なんだか嬉しいし……ねえ、抱き締めて。」
「おう。」
涙を零しながらの求めに竜児は応えると、その背中にも亜美の腕が回され抱き締め合う。自然と唇は重なり、
少しでも痛みを紛らわせられればと竜児の方から舌を絡めていく。ひとつになれた相手への愛しさを込めて。
「んくっ……はぁ……んんっ!」
竜児は気遣ってなるべく腰を動かないままでいるがそれも限界はある。亜美の膣内で竜児自身が少し跳ねるだけで
痛みが走り、背中に爪を立てさせる。それは軽く血が滲むほどのものであったが、竜児には痛みに気を回す余裕はない。
それよりも今は亜美にこれ以上の痛みを強いたくはないという思いが半分、そして残りは初めての『女』の味に
酔いしれてしまいそうになるのを堪えるのが半分であった。
「……くあっ、すまねぇけど亜美の中……なんて言うかすげーいい……! 入ってるだけでこんな……くっ!」
「嬉しい、竜児……竜児! 好き……!」
「亜美! んっ……亜美……!」
名前を呼び合いながら唾液を交換していく。初めて『男』を受け入れたばかりの亜美の『女』も鼓動に合わせて
締め上げては絡みつく。全身でひとつに溶け合おうとするように。亜美の脇腹から吹き出た汗が肌から滑り落ちて
布団に染みる。汗が布団を軽く湿らせたほどになる頃、痛みは静まりだしていた。

「ぅん、はぁ……もうそんな痛くないから……竜児の好きに動いて。」
「分かった……ゆっくり、するから。」
おもむろに腰を動かすと、途端に悪寒にも似た快感が背筋を伝い竜児の脳を溶かし出す。とても好きに
動ける気などしなかった。濡れた粘膜同士が擦れるだけで、すぐにでも登りつめてしまいそうになる。
『女』の器官は『男』の精を受け入れ子を産むためのものであり、よりそれを効率的に行える者が子孫を残すよう
進化したとすれば、男が進んで精を注ぎたくなるような傾向を持つのではないだろうか。だとすれば
この気持ちよさはむしろ納得するところ―――と、どうでもいいことを考えて紛らわすのにも限界があった。
「うわもう……出ちまいそうだ。すまん。」
「うんっ、いいから……そのまま、お願い……んっ!」
亜美は亜美でまだ残る痛みとは別に、自分の中に受け入れている竜児がうごめく度、鈍く痺れるような何かが
湧き上がってくるのを感じていた。愛する人に間違いなく初めてを捧げることができた証である痛みですら喜びとして
受け入れた亜美は、その痺れを受け入れることにも抵抗はない。むしろもっと求めようと両脚でも竜児の身体を
抱き締めてしまう。亜美に包まれた竜児は一段と膨らみ、今にも弾けようとしていた。
「竜児ぃ! 来てぇ! 竜児ぃ……!!」
「亜美! 亜美ッ! あみいいッッ!!」
愛しい名前を叫びながら竜児の背中が弓なりに反り返る。一瞬の後、子宮目掛けて精が放たれた。
「出てるよ……! 竜児の熱いの……中に……ッ!!」
「〜〜〜ッッッ!!!!」
竜児は声にならない叫びと共に、白く濁ったマグマを六度か七度ほど亜美の中で爆発させる。
「―――ぅッ! はぁ……はぁ……あぁー……。」
疲労と脱力を伴ったため息が漏れた。それに混じったわずかな涙は亜美には気付かれていないだろうか。
「竜児の、いっぱい出たね……無理言ってごめんね。」
「謝んなよ。今、割と―――いやかなり幸せなんだ。」
「うん……しばらくこのままでいていい?」
亜美の問いにうなずいてから、竜児はそっと目の前の唇に自分のそれを重ねる。受け入れてもらえた幸せと、
受け入れることのできた幸せを互いに噛み締めながら。
「ん……ふふっ。」
先ほどまでの性急なそれとは比べるべくもない緩やかな触れ合い。繋がったままの性器から伝わる脈動さえも
穏やかな心地よさを感じる。亜美が指で竜児の髪を撫で梳くと、竜児も亜美の髪に指を通す。そうしながら
鼻同士を擦り合わせるのが嬉しい。自然と笑みがこぼれた。
「んじゃそろそろ……ああ、風呂入ってくか? 俺は後でいいからさ。」
一通りじゃれあって離れようとした際、自分たちが汗などの体液に塗れていることに気付いた竜児の提案である。
「一緒に入らないの?」
「一緒って……いいのか?」
「もっと凄いことなら今したじゃない。ね? 入ろ?」
「お、おう。」
一緒に入浴することに対する竜児の懸念は、倫理的なものよりも浴室が狭いということの方が大きかったのだが、
亜美の積極性に押し切られてしまった。竜児としても大変魅力的な提案であったのも確かなのだが。
そうこうしてようやく竜児は亜美から離れる。
「まだ何か入ってるみたいで……変な感じ。でも嬉しい。」
「………。」
気恥ずかしさからか、何とはなしに竜児は脱ぎっ放しの服に手を伸ばしたが
「ほら、どうせ脱ぐんだし服なんかいいから。」
その手は亜美に取られる。そのまま暗がりの中を手を繋いで浴室へと歩き出した。生まれた姿のままで。

 そして向かいの建物の窓から二枚のカーテンの隙間を縫い、居間を覗く猫科動物の如く拡大した瞳孔が
連れ立った男女の肌を確認してしまったことに、未だ二人は気付かずにいるのである。


続?

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