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鼻息荒く、鈍い光を灯した三白眼の男の正体は、
かの有名な、『怪人トンカラトン』…とかでは、無い。
したがって、贄を欲して徘徊している訳では、無い。
現在の彼の頭の中は、
−−−大河のアホが弁当箱を学校に忘れて来た。
と、いう事で占められている。
別に、憤りを感じている訳では無い。
この程度、迷惑の内には入らない。忘れたんなら、取って来てやる。
ただ、家に着いて、すぐに弁当箱を洗えないのが、気になるのだ。
彼、高須竜児は、究極のお人好しにして、至高のきっちり屋であった。
一刻も早く、弁当箱を綺麗に洗いたい。
そんな、一種、病的な几帳面さから、竜児はダッシュでやってきた。
「WAWAWA☆忘れもの〜♪」
着いた。これで、洗える。弁当箱を。
自作の歌など歌いつつ、上機嫌で、教室の扉に手をかけた。
ガラガラガラガラガラガラ
「お、おう!?」
「あっ…」
扉を開けた、その先で、女が四つん這いになっていた。
見上げる瞳は、どこか不安気で、口元のホクロは、今日もなんだか、色っぽい。
「か、香椎…な、なにしてんだ?」
「え…と、ちょ、ちょっとね。何でも無いのよ。ホント。
高須君こそ、どうしたの?もしかして、忘れ物?」
放課後の教室で四つん這い。何でも無い訳は無い。
無いが、そんな事より、随分、扇情的な姿ではないか。
ともすると、情熱、持て余…しそうになるが、
奈々子はスッと立ち上がり、手近の椅子を引いた。
「べ、弁当箱を忘れたんだ。それで、取りに。」
つとめて平静に、竜児は返した。
「そうなんだ。高須君も案外ドジね。
いつも、タイガーのお世話を焼いてるから、しっかり者だって思ってた。」
言いながら、奈々子は引いた椅子に腰を下ろす。
「そうでもねぇよ。」
と、無愛想に返し、
「さて、弁当…弁当…おう!?」
ある事に気付いた。問題発生。奈々子が腰掛けているのは大河の席だった。
弁当箱は机の横のUに吊り下げられている。
つまり、位置的に奈々子に遮られている。
−−−あの〜スイマセンが弁当箱取りたいので、どいて下さい。
とは、言えない。先の流れで、自分の弁当箱を取りに来た事になってしまった。
別に、隠した訳では無かったが、今更、訂正し難い。
それこそ、変に勘ぐられそうだ。

う〜ん。どうしたものか……、と
しばし、逡巡してしると、不意に、
「ねぇ、どいて欲しい?」
と、奈々子。
「!?」
いつ解った?どうして解った?こいつ、エスパーか?
そんな、竜児の表情を読み取ったのか、
「ウフフ。初めからよ。
ゴメンなさいね。知ってて、からかってみたの。」
ひょいと脇に吊してあった弁当箱を摘んでみせる。
「はい。お弁当箱。」
「お、おう。サンキュ。」
「けど、高須君がタイガーのお弁当箱取りに来るなんて、あの噂はホントなのかしら?」
噂?噂って何?正直、心あたりがありすぎる。
「何だよ、噂って?」
どうせ、ロクな噂じゃないだろう。
解ってはいるが、一応、聞いてみる。
「高須君とタイガーが同棲してるって話よ。」
ニンマリと言った表情で答える奈々子。
「ど、同棲なんて、大河とは家が隣同士だから、それだけで。
弁当だって、一人分も二人分も対して変わらないから作ってるだけで…。」
「あら、そんなに焦らなくても良いのに。
結構、カワイイのね、高須君て。
っていうか、お弁当、高須君が作ってるんだ。
タイガーちゃんの愛妻弁当だと、思ってたのに、意外ね。
あ、でも、タイガーはお料理苦手だったっけ?」
「おう。アイツの料理の腕ときたら、そりゃ、もう。」
「うふふ。なんだか、解る気がするわ。」
それから、クッキー、お粥、目玉焼きの失敗談から、一般的な雑談へと話は流れた。
香椎とこんなに、話が弾むとはなぁ…
ひょっとしたら、今日だけで、今までの累計の倍は話てるんじゃ。
ふと、そんな事を竜児が考えていると、
チラッと一瞬、だけ、奈々子の視線が黒板の上に掛けられた時計へと向けられた。
「あ、悪い。すっかり、話しこんじまって。
じゃあ、俺、そろそろ帰るよ。
弁当箱、洗っちまわないといけねぇし。」
「え?あ、そんな、気にしなくて良いわよ。
随分、楽しかったわ。あたしの方こそ、引き止めちゃってゴメンなさいね。」
奈々子の表情が、少し、残念そうに見えた。
独りにしないで。もう少し、お話しましょうよ?みたいな。
「なぁ、香椎?お前さ、もしかして……」

一拍置いて。溜めて。溜めて。
「家の鍵でも、無くしたのか?」
と、尋ねていた。
時間を気にする素振りを見せたわりに、急ぐ気配が感じられない。
なにより、今、感じた、話相手が居なくなって寂しい。
独りにされると困る。という奈々子の表情に、竜児は心当たりがあった。
小学生の自分である。あの時の自分はきっと、こんな表情をしていたハズ。
竜児は思い返していた。
―――その日の竜児 は独りだった。
泰子は早番で、昼から家を出ている。
つまり、鍵なんて落としたら、深夜まで閉め出される。
そんな日だった。そんな日に限って、落とした。
もう、己が悲運を呪うしかない。いくら、探しても見つからないし、
だんだんと、人気のなくなりゆく教室の中では、
そうするより他、仕方がなかった。ちょっと泣いた。
最終的には、机に突っ伏していた所を、見回りの事務員さんに発見され、保護。
ストーブとお茶と事務員さんの温もりに咽び泣いたのであった。
「!?」
いきなりの問い掛けに、目を丸くする奈々子。
「もし、無くしたんなら、俺も一緒に探すぞ?」
そういえば、先程、床に這いつくばってたのは、隙間に落ち込んでないか探してたのか?
教室って。本棚とか何やらで、色々、隙間があるからな。
とか、言って、別にそんな事は無かったぜ。
って、オチだったら、かなり恥ずかしいよな、俺。
などと、竜児が杞憂していると、
「…何で、解っちゃったの?」
うん。我ながら、よく気付いたものだ。
何か、閃いたんだよな。天啓というか。
正解と解ったとたん、竜児の思考は、かくの如く変化。
「でも、良いよ。一通り、探したけど、見つからなかったし。
それに、洗い物があるんでしょう?邪魔しちゃ悪いもの。」
「困ってる時は、遠慮すんなよ。
大丈夫。俺は、有事にそなえて、自分のロッカーにスポンジを1ダースは置いてある。
最近では、自分のロッカーにばかり、掃除用具が偏るのはどうかと思い、
大河のロッカーにも保管させてある。常にリスクの分散は怠らない。
そういう訳だから、今、行って洗ってくる。
ついでに、高須棒も取ってくる。
隙間の奥の方に、あった場合、手じゃ届かねぇだろうし。」



「でも、」
「じゃあ、ちょっと待っててくれ。すぐ戻ってくるから。」
「あ、ちょっと…」
でも、やっぱり悪いから。
と、続けようとした奈々子の言葉も聞かずに、竜児は走って行ってしまった。
もう…。ぷぅ、と方頬を膨らませる奈々子は、考えていた。高須竜児について。
高須君、一度も『してやる。』って言わなかったなぁ。
大河の弁当を作ってる。俺も探す。高須棒を取ってくる。
作ってやってる。探してやる。取ってきてやる。
とは、言わなかった。本当に優しい人なんだ。
困ってる人に手を差し伸べるのは、癖の様な感じなのかしら?高須竜児の優しさを感じ、気づけば心が温もっていた。
ほっこり日向ぼっこ、そんな感傷に浸っていた。

***

「おう。お待たせ。じゃあ、やろうか?」
「やろうか?って……
どうするのソレ?」
本当にすぐに戻って来た竜児は、大掃除児星人であった。
手に雑巾。バケツ。ちりとり。箒(大)と(小)
「せっかくだから、教室丸ごと掃除しちまおうと思ってさ。
ほら、部屋掃除してたら、無くしたと思ってた物とか色々出てくるだろ?
埃溜まってる隙間なんて許せねぇし。」
これはヒドイ。何という、潔癖症。
「香椎も綺麗な教室と汚い教室だったら、綺麗な方が良いだろ?」
「…う〜ん。そうね。普通に探しても見つかりそうにないし。
それも、良いかもしれないわね。」
正直、教室の掃除(否当番)など、冗談ではない。
でも、今は何だか、それも良いかな、と思う奈々子だった。
「けど、制服だと大変そう。
そうね。ジャージに着替えたいんだけど、良いかしら?」
「お、おう。」
「…少し、外して欲しいんだけど?」
「お、おう!?あ、そうか、すまん。
じゃあ、出てるから着替えたら呼んでくれ。」
「…解ってると、思うけど、もし、覗いたりしたら、
そうね、明日、タイガーに密告しちゃうかも。」
「ば、ばか。そんな事しないからッ。
じゃあ、出てるぞ。」



と、慌てて、外に出る竜児。両手にバケツを持ったままで。
うふふ。からかい甲斐があるわね。
優しくて、カワイイ、か……ホント、人は見かけによらないなぁ。
そんな事を考えながら、奈々子はスカートのファスナーに手をかけた。
扉一枚隔てた所に男子が居る。
そう思うと、何だか妙な気持ちになった。
スリルというか、一種の背徳感というか、今まで、感じた事の無い。
気付けば、もう奈々子は竜児を意識し始めていた。

***

「ふぅ。随分、綺麗になったわね。」
「おう。俺、基準で舐められるまで、が掃除の鉄則だからな。
こんくらい磨けば、合格だ。
…けど、鍵見つからなかったな。」
「あ、そういえば、鍵、探してたんだったわね。」
「おい。」
「うふふ。冗談よ。
それでも、掃除に夢中になって、時間は忘れちゃってたわね。ほら。」
ピッ。と奈々子が指差す先。
掛け時計が、有史以来の高須家の晩飯時を知らせていた。
「あ、ヤベェ。夕飯、何も用意してねぇ。
あ、来る前に、米だけ研いで来たっけ?
仕方ない、今夜は、ありあわせでなんとかするか……」
ブツブツと呪詛を唱える竜児。
「ホント、付き合わせちゃってゴメンね。
もう、下校時間だし、諦めて帰りましょ?
あたしは、ファミレスででも、時間を潰す事にするわ。
ちょうど、お腹も空いて来たしね。
…あ、そうだ。良かったら、高須君も一緒に来ない?
付き合ってくれたお礼に、ご馳走するわ。ね?」
「へ?い、いやいや、そんな気にしなくて良いって。
全然、大した事してねぇし。結局、見つからなかったしさ。」
「良いの。あたし、高須君が居てくれてすっごく助かったもの。」
奈々子は、本当に、嬉しそうな顔をする。
竜児は、こういう女の子の表情に弱かった。
「………そ、そっか。
でも、やっぱ、遠慮しとくよ。
俺が飯作らねぇと餓えちまう奴が居るから。」
「そう。残念ね。」
そう言うと、本当に残念そうに、シュンと奈々子の表情が萎れてしまった。
その表情に、ドキンとする。
あ…やっぱ独りで飯は寂しいよな……
竜児は、女の子の弱った表情にも滅法弱い。そんな男だった。
「そ、それより、香椎こそ、俺ん家に夕飯食べに来ないか?」

慌てて言い繕った結果がコレだよ。
「家に?高須君って結構、大胆なのね。
夜に女の子を家に連れこもうだなんて。」
ジト目で見据えられ、微妙な空気になる。
「あ、いや、だから、違くて。そうじゃなくて。
香椎の家、遅くまで帰れないんだろ?
それに、大河も飯食いに来るハズだから、別に2人きりじゃないし…
そういうつもりは、全然、無いんだ。
俺は、ただ、ファミレスよりは、家の方が良いだろうから、その。」
「ウフフフフ。ホント、高須君ってカワイイ反応するよね。
高須君が変な事考えてる訳じゃない事、ちゃんと解ってる。
だって、考えてたら、今の方が危ない状況だもの。
だから、信じれる。そんな人じゃないって。
…で、タイガーも、って?」
少し、語尾に怒気がこもる。本当に、ほんの少し。
それは、奈々子、当人でさえ気づかない。無意識的な怒気。
奈々子と付き合いの長い、麻耶や、他人の感情に賢い亜美ならば、
もしかしたら、気付けたかもしれないが、竜児には気付けない。だから、
「ああ、毎日、大河はうちで飯食うんだ。
もう、習慣みたいなもんで。ほとんど、家族同然だよ。」
と、包み隠さずに話てしまった。
勿論、これは大きなミステイク。言ってはいけない一言。
「ふぅん。そう…なんだ。
……じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかしら。
けど、本当は、あたしの方がお礼しなきゃいけないのに…ホントに良いの?」
「いや、そんな、ホント気にすんなよ。困ってる時はお互い様だって。」
「う、うん…」
「どうしても気になるんだったら、飯作るの手伝ってくれ、
正直、今から、一人じゃ間に合わんかもしれん。
それで、おあいこにしようぜ?な?」
「解ったわ。あたし、結構、料理得意なのよ。任せておいて。」
「お、おう。それじゃ、頼むな。」
「ええ。それじゃ、また外してくれる?
流石に、ジャージじゃ、外、歩けないし。
……今度は、もし、覗いても黙っててあげる。」
「ばっ、ばか。俺は、掃除用具、片してくるから。
帰る準備しててくれ。」
「ウフフフ。やっぱり、カワイイ。」

***

帰路を行く二人。
大河以外の女子と二人っきりの下校に、若干、胸弾む竜児。
その一歩後ろを歩く、奈々子は、この瞬間が永遠に続いて欲しいと願い、
この後の、高須家で待ち構えているであろう超難強に奮うのであった。
一歩も退かない。負けない。
自覚する。竜児への想いを。



負けられない。呟く、小さな声。
太陽は沈み、月はまだ出ない空の下。

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